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オリは黄昏が始まる少し前、夜空が僅かに赤らむ前に起き出す。
オリが住んでいるのはアヴィスブルグの職人工房の屋根裏で彼女はそこで彫金師見習い兼下働きとして働いていた。
アヴィスブルグにはかつて多気に渡る多くの職人がいたが今は戦争で生き残った者達が一箇所に集まって共同で工房を開き、その界隈は職人通りと呼ばれていた。
そして身寄りのない孤児達を引き取り後世に匠の技を伝える、オリもその孤児の一人だった。
戦争の後誰もが苦しい暮らしの中で職人達は孤児を引き取り、養い育てたのである。
ただ修行は苦しく逃げ出すものも多かった。
戦争から100年たった今もそれは変わらない。
漆喰ははがれところどころ黄ばみ、窓は明り取りのものと出窓が2個だけという薄暗い部屋で台に板を乗せただけの寝台に、壁に打ち据えられた板の棚のみの女の子の部屋とは決していいずらい部屋である。
服は床に置かれた木箱に数着だけ、鏡もなく盥に水をはってそれで顔を洗い、髪を梳かし、
余った水は出窓の鉢植えにまく。
肩口で切りそろえられた髪は艶がなくゴワつきその上四方八方に刎ね、長い前髪の下の瞳は濃い菫色、そして彼女の頭で最も目立つのが頭の両脇に生えた太い巻き角である。
オリは先の戦争でその外見故に「魔族」の代表格としてもっとも狩られた有角族の数少ない生き残りだった。
ダイダロは見た目は角のため厳つく見えるが、陽気で調和を重んじる遊牧の民だった。
人間達とも辛抱強く話し合おうとし、多くが命を落としたのである。
物心ついた頃には孤児院におり、その後イルダ親方に引き取られ今に至る。
急いでくすんだワンピースにエプロンをつけ、台所にいき竈に火を入れる。
昨日のうちに捏ねておいたパン種を切り分け鉄板の上に丸くしたものを並べてゆき、同時にお湯を沸かし刻んだ野菜の切れ端とベーコンの切れ端をいれて煮込んでゆく。
焼き上げたパンを藤籠に盛り、テーブルに鍋と皿をだしておいて置くと階段の上からぞろぞろと人の降りてくる気配がする。
オリはその気配と鉢合わせぬように台所の勝手口から外にでて井戸から水をくみ上げ大きな盥にためておき、今度は入り口から入るとすでに朝食が始まっている中各部屋の前に出された汚れ物を数回に分けて回収して裏に運び洗濯を始める。
すっかり洗濯を終えた頃には朝食は終わっており、食器と鍋を片付けながら予めとっておいた小さなパンで鍋に僅かに残ったスープをこそぎ落としながら食べる。
それがオリの朝食だった。
こんな暮らしをもう10年も続けている。
黒い髪は艶が無くボサボサで伸びっぱなしでいっそ結んでしまえばすっきりするのだろうが、痛みきったくせ毛はそれを許してはくれないのである。
肌はくすんでぼろぼろだし、爪はところどころ欠け、着られるのは孤児院での年に2回慈善バザーであまったモノを頼み込んで恵んでもらうしかない。
そして古くなって着られなくなったものを下着に縫い直すのである。
毎日家事で工房中を駈けずり回りながら、職人達の機嫌が悪ければ殴られ、いつもお腹をすかせていた。
それでもオリには他にいくあてがないのである。
(おなかすいたなぁ・・・)
そんな事を考えながら手は休まずに洗物を続ける。
オリは今日で17歳になる。