ホラー・ホラー・ホラー
ショート・ショート・ショートの「ホラー編」です。
体験談をもとに書かれていますので、ホラー小説のような恐怖感はないと思いますが、現実に体験したことだけに、ちょっと背筋が寒くなる内容になっています。
~~第1話 光る眼~~
息苦しさに、目を覚まそうとした。
寝返りを打って、体を楽にさせようとした。
ところが・・・
からだが動かない。腕も、頭も、足も、どこもかしこも動かなかった。
それどころか、金縛りに合ったように体が硬直している。
心なしか、息も苦しい。目も開けられないようだ。
これは夢なんだ。疲れているだけなんだ。
自分にそう言い聞かせて、無理矢理頭を振って目覚めようとしたが、一向に体が言うことを利かなかった。
焦った。もがいた。しかし、相変わらず体はピクリともしなかった。
いったいどうしたんだ?
背中に汗が滲んでくるのがわかった。
精一杯の力を振り絞って、うっすらと目を開けようと瞼に力を入れてみた。
なんとか、ゆっくりと視界が、おぼろげながら自分の部屋を映し出していく。
とその時、私は心臓が凍りつくのを感じ取った。
背筋に寒いものが走る。
体中の毛穴がいっぺんに開いたような感じがした。
真っ暗な部屋の中で、すぐ目の前で、ふたつの目が光って私を睨みつけていた。
じっと動かない鋭い光。
すぐ目の前に、私に突き刺すような鋭い光が、闇の中から、じっと見据えている。
動かない。ただ私を斜め上から見つめているのだ。
青白い光だ。何の感情もない、刺すような光。
ぞっとした。
金縛りの原因がこれであることは間違いないと確信した。
力いっぱい左腕を動かそうと、力を入れてみた。
動かない。
光は、鋭さを増したように、そしてほんの少し近づいてきたように思えた。
殺されるかもしれない。
ふと、根拠も理由もなく、そんなことが頭に浮かんだ。
私は叫ぼうにも声が出せず、左手を大きく振るように、その光を押し退けようとしていた。
ふっと、全身の力が抜けて、解き放たれた風船のように、体が宙に舞ったような感覚が押し寄せた。
しっかりと瞼が開き、体が動くようになった。
大きく振ろうとしていた左腕は、体を覆っているタオルケットの中に仕舞われている。
鋭い光は、それでも私を睨みつけていた。
私は、タオルケットの中から腕を出して、見つめる光った眼を排除しようと、宙に向かって腕を振った。
そのとき、完全に正気に戻った。
目を凝らして、光の原因を探す。
暗闇に目が慣れてくると、ふたつの鋭い光は、テレビとビデオの主電源の光だということがわかった。
真っ暗な部屋の中で寝ていた私は、たったふたつの小さな光を、鋭い眼だと勘違いしたようだった。
金縛りも、もう解かれている。
ホッと安堵の息を吐く。
疲れているのか・・・
びっしょりと汗を掻いていた。
安心したのか、そのまま疲れ果てた雑巾のように、私は深い眠りについていった。
翌朝、5時30分の目覚ましとともに、私は目覚め、起き上がった。
テレビのリモコンを手に取り、そっと電源をONさせた。
つかない・・・
私は、疑問に思いながら、テレビに近づいてみた。
テレビもビデオも主電源が切られていることに初めて気づいた。
そういえば・・・
節電のために、午前1時になると、テレビとビデオの主電源が切れるように、タイマーを設定してあったのを思い出した。
では、あの光は、いったい・・・・?
~~第2話 闇からの警告~~
闇の中に濃霧が溶け込んで、冷たく静かに時間が流れていた。
深い靄が、体を、過去を、そして人間の感情を全て包み込んで消してしまったように、私は無気力に佇んでいた。
午後8時40分。長い会議が終わって、軽井沢事業所を出た私は、小さく体を震わせて、軽井沢駅に向かってゆっくりと歩き出した。
街は静かだった。人の姿も、車も、そして人の息遣いも感じられない、ゴーストタウンのような空間が、私を包んでいた。
2月の相当寒い季節に来たときよりも、寒く、侘しく感じられた。
私は改めて腕時計を見つめた。
午後8時45分。確かに午後9時前だった。
6月の下旬でも、軽井沢の夜は寒い。
今日の昼間は雲っていた。だが、寒くはなかった。
今は、東京とは格段に違って気温が低かった。
そして、人影もなく、駅前の商店さえ、既に閉店していた。
ネオンも、客引きも、そこには存在しない。
軽井沢の東側、通称「旧軽井沢」と呼ばれる側である。
会議のあと、ある幹部社員から「今日は久しぶりに飲みましょうね」と誘われたが、それを固辞して東京に帰る決心をして駅まで歩いてきた。
今日は軽井沢で、久しぶりに営業幹部と酒を飲み、営業の愚痴でもじっくりと聞いてやるつもりだった。
だが、明日の朝9時からの重要な打ち合わせを行うと連絡が入り、それが全ての予定を吹っ飛ばしたのである。
私は軽井沢駅に、若干足を速めた。
今からだと、20時55分の東京行き新幹線あさまに間に合うはずだ。
それでも、東京に到着するのは、22時20分である。
自宅に帰り着くのは、きっと午前零時を廻るだろう。
滞在時間3時間30分の軽井沢出張だが、今の私の仕事量から考えると珍しいことではなかった。
私は、旧軽井沢の人がひとりもいない街の中を、靄に包まれながら、駅に向かって歩いていた。
人が果たして住んでいるのか、と思うほど、人の気配を感じなかった。
と、ふと足を止めて、私は振り返った。
静まり返った靄の中で、何かを聞いたような気がした。
私は、駅前の交差点をぐるりと見回した。
猫一匹歩いてない街・・・深い靄が、自分の喜びも、悲しみも、切なさも、苦しさも、すべて飲み込んでしまったように、虚ろで、乾いたもののように感じられた。
私は、自分の耳が気のせいだったことを認めるかのように、目の前の駅舎にむかって歩き出そうとした途端、今度ははっきりとわかる声が私の耳に突き刺さった。
きゃぁぁぁ・・・
女性の悲鳴である。それも近い。
確かに女性の悲鳴だった。
私は俄かに色めきたって、声のした方向を探そうとキョロキョロした。
悲鳴は一度だけ。
どこからだ? いったいどこから・・・
そのとき、私の鼓膜を突き破るような悲鳴が背後で聞こえた。
ハッとして振り返る。そして、暗闇の中を目を凝らして、悲鳴の先を見つめた。
体が硬直しているのがわかった。
軽井沢の闇は、女性の悲鳴によって、今目覚めようとしていた。
~~第3話 夢・・・だったのか~~
私が24、5歳の頃。
仕事はコンピュータ会社の経理担当。丁度、時期は8月頃で、お盆休みだというのに、下期の予算編成業務で、結構忙しい毎日を送っていた。
会社は当時、横浜の桜木町に位置し、8階建てのビルに独占的にテナントとして入居していた。
ソフト開発の会社だけに、徹夜組の社員も少なくなく、夜中でも煌々と電気が付いているような会社だった。
私が働くフロアは3階で、約70平米の広さに、総務部総務課、人事課、業務課、経理課、それに営業部営業1課、2課、販売課が同居している。
午後10時を廻り、流石にフロアにはほかの社員が退社して誰もいなくなった。フロアにたった一人は慣れたもので、特に淋しさも、孤独さも感じることなく、各部署から提出された予算表とにらめっこしていたと思う。
午前1時を過ぎた頃、連日の疲れからか、睡魔が襲ってきたので、仮眠を取ることにした。
フロアの隅に設置している応接室のソファで少し眠ることにした。
応接室は、窓のない12、3平米の狭いフロアに、応接セットが置かれているだけの部屋だ。フロアは電気をつけて、応接室を真っ暗にして、長いソファに横になったのは午前2時前だった。
しばらく横になっていた。
応接室のドアの隙間から差し込むフロアの電気が気になった。
体が疲れているわりには目が冴えて、すぐには眠れなかった。
ようやくウトウトしかけたとき、いきなり応接室のドアが開かれて、ドアの入り口に誰かが立った。
急に差し込んできた光に、ちょっと眩しい思いで右手で顔を覆った。
誰だろう、こんな時間に・・・
徹夜していた人がいたのか・・・
そんなことをおぼろげに感じながら、それでもソファに横になっていた。
すると、ドアの入り口に立っていた人が、いきなり応接室の中に入ってきた。
彼は、いや近くにきてようやく男だとわかったのだが、彼は、私の傍まで来て顔を覗き込むと、何を思ったのか、いきなり私の足を摑んで引っ張り出したのだ。
ど、どういうことなんだ・・・・
だが、私は金縛りに合ったかのように体が硬直して動かなかった。
男の為すがままに、私は両足を引っ張られて、応接室からフロアに引っ張り出されようとしていた。
床を引き摺りだされる感触が、後頭部や背中に感じながら、私は応接室から引っ張り出された。
フロアの眩しい光が、右手で覆われた瞳の中に被さるように入ってきた。
眩しい・・・
私は目を見開いて、両足を引っ張る男を見ようと目を開けた。
なにをするんだ! と怒鳴ってやるつもりだった
目を見開くと、そこは応接室の中、閉まったドアからフロアの光が漏れていた。
眠ったときと同じ光景が目に入ってきたのだ。
夢・・・?
夢だった。やはり疲れていたのだ。疲労で、嫌な夢を見ていたのだろう。
それにしてもリアルな夢だった。
私はソファから起き上がり、汗でびっしょりになったワイシャツを気にしながら、ソファから下りて応接室の電気をつけようとした。
えっ・・・・・
確かにソファに横になる前に、ソファの下に揃えておいた自分の革靴が、ひっくり返って乱れていた。
壁のスイッチを押して電気をつけると、床に、確かに何かを引き摺った痕跡が、私の汗と思われる湿り気とともに、くっきりとついていたのである。
~~第4話 見ないほうがいいよ~~
会社のセミナーをサボって、渋谷のネットカフェで映画を見ることにした。
平日の昼間だけに、渋谷といえども静かだ。
3時間ほどサボれる。
私は、まず1本目としてアクション映画を堪能した。
余韻を残したまま次の映画に移る。
次の映画のタイトルは「奇談」
阿部寛さん主演の、ホラーとは言えない何とも言えない映画だが、何故か吸い寄せられた。
DVDが始まると、今までちょっと暑いと思っていた個室内がひんやりし始めた。
気のせいだろう。
小さな個室の中に、なんだか異様な気配を感じて、ちょっと背筋が寒くなった。
ホラーではないのに、意外と気が小さい自分に苦笑した。
画面に集中しようとした瞬間に、私の横を白い煙のようなものが、ふぅ~と横切ったのを感じた。
ん?
個室である。
誰かがいるわけもなく、気のせいだと画面に向かうと、また白い影がふぅ~と横切る。
それでも気のせいだと無視して、画面を観ていると、耳元に、そっと・・・・
「見ないほうがいいよ」
と小声で囁く女性の声がした。
ぎょっとして振り返ったが、勿論誰かがいるわけでもない。
両隣のボックスは無人。正面もさっきから音がしないので無人だろう。
いったい誰が・・・・
それでも画面を止めずにいたら、
「見ないほうがいいてっば」
とはっきりと私に向かって囁いたのだ。今度は正面の上のほうだった。
私が顔を上に向けると、そこには・・・・・・
あっ!!
顔を上げるとそこには・・・・・
真っ白い
時計。
会社に戻る時間を示していた。
慌てて帰り支度を始める。
危なかった、このまま映画を最後まで観ていたら、会社に戻る時間が大幅に遅れて、きっとその理由を追求されるだろう。
止めてくれた声に感謝だ。
だが・・・
それにしても、あの囁き声は誰だったのだろうか。
~~第5話 26時20分の出来事~~
私の働いているオフィスは、コンクリート打ちっぱなしの6階建てのビル。そのほとんどをテナントとして賃借している。
私が普段いるフロアは4階だが、何しろ部署を一つ任されている部長職だから、私の部下は、4階と6階と、別のビルの4階に分散していて、結構大変だったりする。
この日、私は6階フロアでファイルと格闘しながら調べ物をしていた。
時間は、26時20分(午前2時20分)を廻ったところ。
既に仕事の量から徹夜は覚悟していたので、特に焦ることもなく、一人静かに調べ物に没頭できていた。
6階は、30㎡を二つに区切り、片方を社長室(但しガラス張りなので中はくっきりと見える)、残りを人事グループと秘書グループで使用している。
私はどちらのグループの責任者でもあり、6階にはたびたび足を運ぶが、こうして6階で仕事をすることは滅多になかった。
「この建物は、出るって噂ですよ」
いやぁ、どこのオフィスでも、最新のテクノロジーを駆使したハイテクビルじゃない限り、そんな噂は付きまとうものではある。
そんなことを気にしていたら、徹夜どころか残業すらできなくなってしまう。
私は、幽霊を信じないことはないが、目に見えるもの以外は、目を瞑ることにしている。
ふと、6階でエレベーターが止まった気がした。
ん・・・? まだ働いている社員がいたのか・・・?
20mほど離れた別ビルに事業部があり、そこには150名ほどの社員が必死に働いている。徹夜をしている社員も少なくない。
こっちのビルの6階に灯りが見えて、社長が戻ってきたと勘違いして打ち合わせを申し込む幹部社員も、実は少なくないのだ。
社長じゃないと知ったら、がっかりするに違いない。
但し、深夜の午後11時を過ぎると、エレベーター自体が、専用のセキュリティカードがないと動かない仕組みになっている。そして、そのカードは社員全員が持っているわけではなかった。
いや、社長が接待や出張から戻ってきたのかもしれない。社長は24時間体制で仕事をするバイタリティ溢れる人だから。
一瞬、そんなことを考えながら、静まり返ったフロアで耳をすませた。
誰もエレベーターホールからこちらに来る人はいなかった。
空耳か。
私は、また気にも留めずにファイルに目を落とした、その瞬間に、一人の男性がふっと目に飛び込んできた。
物凄い驚きに、一瞬心臓が止まるかと思ったが、彼は、私に見向きもしないで、静かな足取りでフロア内に入ってきた。
年齢は20代後半、髪は少し長く、横じまのポロシャツにジーパン、そしてスニーカーを履いている。
うちの社員に多いスタイルである。
「お疲れ様です。随分遅くまで頑張りますね」
私はにこやかに声をかける。顔に見覚えがないが、そんなことはよくあることで、300名近くも社員がいると、入社3ヶ月半の私では、顔と名前が一致しない社員がいてもおかしくないのだ。
しかも、相手は私のことをよく知っている。何しろ、管理部門の部長だから、私は面が割れている。
私の挨拶にも返答をよこさないで、正面を見ながら彼は私の前を通過し、その先にある非常階段のドアを開けて消えていった。
なんだぁ??
一瞬の出来事で、引き止めることも、呼び止めることもできないまま、私はあんぐりと口を開けて、それを見守っていた。
まぁ、300人も社員がいれば、一人くらい私を気に入らない社員がいてもおかしくはない。
その後私は目的のデータを集めて、午前4時前に自席の4階に戻り仕事を続けたのだが、彼の不可解な行動が読み取れず、しかもその社員の名前が思い出せないので、翌日、6階の情報通と呼ばれている秘書のところに行って、昨夜の経緯を話して聞かせた。
彼女は、私の話を聞いてるうちに、徐々に怯える表情になり、
「見ました? ついに見たんですね?」
そう繰り返した。
どういうこと? と私が問い詰めると、
数年前に、まだ当社がこのビルを賃借する前の話なのだが、一人の青年が、このビルの6階の非常階段から屋上に上がり、飛び降り自殺をしたらしい、と秘書が恐々と話した。
そんな噂が、当社が入居したのちに広まった。彼を見た人も少なくなく、その時間は決まって26時20分だったという。
【終】