親の心、子知らず(掌編)
「……はぁ」
明るい月夜に似合わないため息が漏れる。足が鉛のように重かった。
「やっぱ、直らないかぁ」
呟きが漏れ、続けて笑いがこみ上げる。分かっていたことなのに、突き付けられると辛い。今日はわざわざ海を渡って専門家のところまで出向いたのに、無駄だった。あちらこちらで辛い告知を何度も受けて回って、馬鹿みたいだ。
「もうすぐ着いちゃうな」
家に帰りたくない。そう思ったのは、両親の死後に身を寄せていた親戚の家を出て、あの子と二人暮らしを始めてからは初めてのことだった。
「帰ったら、言わなきゃいけないのか……」
専門家が告知もやってくれたらいいのに。できれば私のいないところで。いや、責任者の私は聞かざるをえないのか。そもそも彼らは、あの子に告知が必要だなんて思ってもいないし。
「あー」
涙が零れそうで、堪えようと夜空を見る。明るすぎる月が鬱陶しくて、怒りが僅かに悲しみを相殺してくれた。こういう晩は、月の光量をもう少し落としてくれたらよいのに。まったく気が利かない。風物詩として鳴り響く虫の歌声も、わざとらしい夜風も、この世の全てが敵だ。
「……ただいまぁ」
覚悟もできないまま玄関の扉を開けば、少し聞き苦しいモーター音とともに現れる、白い影。
『お帰りなさい、マスター』
可愛い私のロボット。最近動きが悪くなった左右の眼球を一生懸命に動かして私に焦点をあわせ、首を傾げた。
『泣いているのですか』
答えられずに抱き寄せれば、ささくれた表面。何度も転びかける幼い私を庇って付いたたくさんの傷。そそっかしくてドジな私に両親が遺した愛の証。私のロボット。
「……やっぱり、直せないって」
それだけ言って泣き出した私の頭を、ロボットは呆れたように撫でた。
『だから言ったでしょう。相談料ばかり取られて、もったいない』
「だって……だってぇ……」
子供のように繰り返す私に、破棄処分されるはずのロボットが笑う。
『大丈夫ですよ、プログラムもきちっと引継ぎ用に作製してあります。不自由なく過ごせますよ』
「嘘よ」
嘘。嘘。嘘。だって、全部を引き継げるわけじゃない。容量は限られているのだ。次のロボットは、私との過去を全部忘れて、必要事項だけ移し替えられた紛い物だ。
『新機種ですから、もっと色んなことができるようになります。マスターのお役に立てますよ』
きっとこの献身ロボは、私の支援のためのデータばかり残すのだろう。私が欲しいのはそんなものじゃないのに。
「あんたの介護をするつもりだったのに」
『まったく。親の心子知らず、とはこのことですね。動けないロボを人間が介助できるわけないでしょう。なんのためにご両親が私を遺されたのか、お分かりですか?』
ため息とともに言って、ロボは私の頭をもう一度撫でた。
『私はあなたの親代わり。マスターに面倒をかけずに処分されたい、このロボの心をご理解ください』
表情がないのに笑って見える顔を傾けて、無機質な指が私のおでこを優しく弾いた。
AIと会話していると、長くなってくると次のチャットに誘導されますが、引き継ぎ用の要約ではニュアンスが微妙にずれていたりして。その度に修正が必要になるなと思ったら、こんなお話が浮かびました。




