第2話:世界が上書きされた日
初めまして、Orrochi_Zと申します。お楽しみいただければ幸いです。
全身をひどく打ちつけられたような感覚で、意識が戻ってきた。とにかく、寒い。最初に感じたのは、不快なまでの冷気だった。エアコンの冷たさじゃない。死体とか、何十年も閉ざされた地下室みたいな、骨の髄まで冷えるような嫌な寒さだ。
「……くそ、なんだよ……」
顔をしかめながら目をこじ開けると、そこにはあり得ない光景があった。空に星も月もない。代わりに広がっているのは、禍々しい紫色の空。そこら中に、スマホの画面が割れたような赤い亀裂が走っている。その亀裂はゆっくりと動いていて、まるでバグったコンピュータの画面を見ているみたいだった。
「は……? 何これ……」
体を起こそうとして、すぐに違和感に気づく。体が妙に軽い。というか、自分の体じゃないみたいに感覚がズレている。自分の手を見ると、さらに言葉を失った。着ていたはずのTシャツは消え、安っぽい金属の胸当てと革の手袋、それに重厚なブーツに変わっていた。まるで、自分がやり込んでいたゲームのキャラクターだ。
「……夢だろ、これ……」 心臓の鼓動が激しくなる。嫌な予感しかしない。
周囲を見渡すと、そこは確かに自分の家のリビングだった。でも、何かがおかしい。テーブルは残っているが、左側の壁が消え、代わりに湿った石造りの通路が続いている。お気に入りのソファは半分消えかかり、残りの半分はノイズのようにチカチカと点滅していた。
現実が、別の何かに塗りつぶされている。
「母さん! 母さん!」 叫んでみたが、自分の声が異様に響く。
数秒の沈黙の後、「アーラン! ご飯できてるわよ。早く来なさい!」と返ってきた。母さんの声だ。でも、おかしい。感情が一切こもっていない、機械の案内音声みたいな声だった。
急いでキッチンへ向かうが、廊下が異常に長い。壁はいつの間にか苔むした石に変わり、足元からは硫黄の臭いがする霧が立ち込めている。突き当たりにあったのはキッチンではなく、底の見えない闇に浮かぶ小さな石の足場だった。そこに、母さんが立っていた。人形のように硬直したまま、虚ろな目で宙を見つめている。
「母さん!」
駆け寄ろうとした瞬間、目の前に半透明のウィンドウが飛び出してきた。同時に、頭の中に無機質な声が響く。
[システム同期完了]
[名前:AzureBound]
[スキル:縮地(Flash Step)]
「っ! なんだよ、これ!」 割れるような頭痛に耐えていると、体が勝手に動き出した。
視界が青い光に溶け、景色が一瞬で後ろに流れる。気づいた時には、自分でも分からない速さで母さんの隣に立っていた。
「母さん! 俺だ、しっかりしろ!」 肩を揺さぶると、ようやく彼女の目に光が戻った。
「アーラン……? 本当に、あなたなの……?」 母さんが涙を流す。
「そうだよ! 早くここから逃げよう――」
だが、言葉が止まった。母さんの頭上に、緑色の文字が浮かんでいたからだ。
【メイドNPC — レベル1】
「……NPC……? 母さんが……?」
手の震えが止まらない。しかし、問いかける間もなく母さんの目から光が消え、また無表情な置物に戻ってしまった。ふざけるな。
視界の端にマップが現れ、ブンダランHIのあたりに緑色の光が点滅している。
[セーフゾーン:ジャカルタ・セクター]
理屈は後だ。今は逃げるしかない。母さんを抱え上げた瞬間、足場がガラスのように砕け散った。俺は反射的に跳び、光の粒となって消える足場から脱出した。
外に出た俺は、さらに絶望した。ジャカルタは、もう俺の知っている街じゃなかった。スディルマン通りの高層ビルには青く光る巨木の根が絡みつき、車は鉄の屑か、あるいは古臭い馬車に成り果てていた。
ただ遠く、ブンダランHIにだけは黄金のドームが輝いている。あそこが、唯一の安全地帯。
走り出した瞬間、バス停の陰から緑色の粘着質な塊が飛び出してきた。スライムだ。咄嗟に腕を上げると、いつの間にか手に短剣を握っていた。
「っ……!」 腕にスライムの体が触れ、焼けるような激痛が走る。
痛みをこらえ、俺はそいつを切り裂いた。光となって消えるモンスターを尻目に、俺はただ黄金の光を目指して走った。
ようやく理解した。世界は壊れたんじゃない。上書きされたんだ。現実という名のゲームに。そして、ここでの死は、本当の終わりを意味するんだ。
読んでいただきありがとうございます!
もし「続きが気になる!」「面白そう!」と思っていただけたら、下の【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】をポチッと押していただけると、執筆の励みになります!
次回からいよいよ本格的に物語が動き出します。よろしくお願いいたします!




