第1話:消えゆくシグナル ――チカッ。
初めまして、Orrochi_Zと申します。お楽しみいただければ幸いです。
――チカッ。
目の前のモニターが、不気味に瞬いた。最悪だ。
画面の中では、俺のキャラクター『AzureBound』が剣を振り上げた姿勢のまま固まっている。本来なら発動するはずの青いエフェクトは途中で崩れ、ノイズ混じりの四角いブロックになって散っていった。まるで、バグったテレビの画面みたいに。
「……は? なんだよこれ」
周囲のモンスターまでピタリと動きを止めている。世界全体がフリーズしたような不気味な静寂。画面の隅に目をやると、案の定だった。
Ping:939ms
「またラグかよ……クソが」
小さく吐き捨て、ため息をつく。うちの回線は、控えめに言っても終わっている。
だが、何かがおかしかった。ただのラグじゃない。地面のテクスチャがひび割れ、空のグラフィックが壊れた画像みたいに震え始めた。木も、岩も、次々と消えていく。後に残ったのは、何もかもを飲み込む黒い「空白」だけだ。
胸の奥がざわつく。「サーバーのバグか……?」
インドネシア、ジャカルタ
2033年5月23日 21時45分
雨上がりの湿った空気が、狭い部屋にこもっている。外では、道路を走る車の音と、軒先から落ちる水滴の音が混ざり合っていた。
俺の部屋は、二階の小さな一室だ。モニターの白い光だけが、この窮屈な空間を照らしている。机の上には絡まったケーブルと、読みかけのプログラミング本。そこに座っているのが――俺、アルランだ。
ボサボサの黒髪に、寝不足で赤く充血した目。
カチ、カチ、カチ……。無意識に指がキーボードを叩く。
モニターの中では、オンラインゲーム『Darkness Tale Online』の不気味な荒野が広がっていた。二本の魔剣を構えた俺の分身、AzureBound。高レベルのソードマジシャンである俺の前では、影のモンスターのHPはもう残りわずかだった。
「……これで終わりだ」
指が、慣れ親しんだコンボを叩き込む。AzureBoundが地面を蹴り、左右の剣が魔力を帯びて光り輝く。奥義。これで全てが終わるはずだった。
だが、その瞬間、画面が激しく跳ねた。
AzureBoundの動きが、壊れた人形みたいにガクガクと震えだす。剣の光が数千のピクセルに分解され、世界がその「形」を失っていく。
「おい、冗談だろ……っ!」
俺はデスクの端にあるルーターへ目をやった。いつもなら緑のランプが点滅しているはずなのに、今はドス黒い赤色に染まっていた。しかも、生き物の心臓みたいに、ドクン、ドクンと脈打っている。
「……なんだよ、これ」
背筋に、ゾワリと寒気が走る。
突如――
『キィィィィィィィィ――ッ!!』
鼓膜を突き破るような高周波が脳を直撃した。慌ててヘッドセットを投げ出すが、音は止まらない。それどころか、ますます鮮明に、頭の芯で響きやがる。
「な、なんだよ……やめろっ!」
こめかみを強く押さえる。鼻をついたのは、さっきまで食べていたナシゴレンの匂いじゃない。生臭い土の匂いと、錆びた鉄の臭気。心臓が、バクバクと暴走を始める。立ち上がろうとした瞬間、体が鉛みたいに重くなった。
何気なく自分の腕を見下ろして――俺は絶句した。
腕の周りに、光の粒がふわふわと浮いている。それが瞬く間に増殖し、俺の肉体を包み込んでいく。まるで、ゲームの素材がレンダリングされていくみたいに。
「夢……か……?」
光が「物質」に変わっていく。肌の上に、薄い金属の層が重なっていく。パチパチと音を立て、俺の肉体が書き換えられていく。触れてみると、冷たくて硬い。……本物だ。気づけば、俺は粗末な革の鎧を纏っていた。
モニターは、もうゲームの画面じゃなかった。暗闇の中に、白い文字だけが淡々と浮かび上がっている。
[ CONNECTION LOST ]
[ REALITY LINK ERROR ]
喉の奥が、ひりつくように乾く。「なんなんだよ、これ……」
[ REWRITING… ]
激しい明滅。そして――。
[ HOST DETECTED ]
「ホスト……?」
考える暇なんてなかった。
――パキッ。
背後で、嫌な音がした。振り返ると、壁に「ヒビ」が入っている。その裂け目から、不気味な光が漏れ出していた。内側から、世界という名のガラスが砕けているような音だ。
ヒビは止まらない。床へ、デスクへ、そして部屋全体へ。
「……っ!」
一歩下がろうとしたが、足元の床さえも粉々に砕け散った。
世界が、崩落する。
意識が、現実という枠組みから引きずり出される。光と影が混ざり合い、消去されるデータみたいに俺の感覚がバラバラになっていく。
その深い、深い闇の底で、無機質な声が響いた。
『エラー』
『現実上書き(リアリティ・オーバーライト)プロトコル起動』
『アノマリー(異常値)検出』
意識が遠のいていく。最後に、システムの声が宣告した。
『ホスト分類……ステータス:不明(UNKNOWN)』
俺の意識は、完全な虚無へと沈んだ。
プレイヤーでもなく、人間でもない。決して存在してはならないバグ。
**『アノマリー』**として。
その瞬間、現実は無慈悲に上書きされた。
読んでいただきありがとうございます!
現実が上書きされ、アルランの運命はどうなってしまうのか……。
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次回からいよいよ本格的に物語が動き出します。よろしくお願いいたします!




