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何者にもなれなかった女冒険者(9)

※なんと! 大変 光栄なことにレビューをいただきました!!

 作品を目にしてくださっただけでなく、評していただき感無量でございます!


※東征の刻=午前3時


 千を越えた黄金色(こがねいろ)の残骸を置き去りにして、縦横無尽に駆け巡った挙句に彼我の距離が十メッテに迫る地点で着地した。


 向かって右側にタルヴォア家の嫡子が、左側に令嬢が佇んでいる。

 両名とアルビトラは、ほぼ一直線上に位置していた。



 ダンッ! と間髪入れずに勢いよく地面を蹴って踏み込む跳躍音。

 真紅の光粒を纏ったアルビトラが一挙にタルヴォア家の嫡子に肉薄し、抜刀と同時に右斜め上へと斬り上げる首筋狙いの斬軌を描く。



「させませんよ」


 黄金色(こがねいろ)の"杖"が左方向より滑るように割って入り、半瞬ほど遅れて令嬢自身も詰め寄って来る。

 太刀筋の芯で相手の首筋を捉える寸前に差し込まれたのだ。


 金属同士が一瞬だけ擦過する耳障りな怪音が響き渡り、僅かな火花が散った。



「………」


「………」


 刹那にも満たぬ間の静寂。

 大気を伝播する衝撃の波により令嬢の長い髪が静かに捲り上がり、アルビトラの狐耳や尻尾の毛先が僅かに揺れた。



「くっ、うぅぅ」


 一拍遅れて男が呻き声を零すと同時に、戦の喧噪が再演される。

 斬撃が完全に伸びきる前に"杖"を差し挟みながら大外へと曳いてみせたのだ。


 高度な打ち払い(パリング)であることは言うまでもないが、アルビトラの居合貫きに合わせて実行したのだから、常軌を逸して余りある。



「んー、そういう感じかー」


 特に驚いた様子は見せず、冷静に納刀してから攻勢を維持。

 再びタルヴォア家の嫡子の首筋に照準を定めて居合貫きを放つと見せ掛ける。


 今度は身体ごと割って入るようにして令嬢が立ちはだかるが、アルビトラは抜刀の直前で柄から右掌を離し、鞘を握る左腕を水平に振り抜いた。



「(……これくらい良い反応する子なら、こういう手が効くんだよねぃ)」


 即ち、居合貫きを囮とした鞘による打突である。



 令嬢の持つ"杖"を目掛けて鞘の先端部で一撃。

 更に納刀した状態での柄頭(つかがしら)によってもう一撃。


 カッ カンッ! と甲高い金属同士の激突音が重なって鳴り響き、翻弄された令嬢の指が微かに揺さ振られる。



「……構造的弱点を突いてきますか」


 面貌は変わらず、声のみ僅かな驚愕を滲ませる。まるでヒトであるかのように。


 ほぼ同時に異なる部分を打つことで発生する二つの衝撃の相乗作用。これにより得物を保持する握力に一瞬だけ綻びが生じてしまう。

 如何に強靭な膂力であったとしても、ヒトを模した身体構造をしている以上、この術理からは逃れられない。そのことをアルビトラは既に見抜いていた。


 そうして"杖"を弾いて令嬢の守りを抉じ開けてから一歩踏み込み、嫡子との距離を限りなく零へと近付けたのだ。



「く、来るな! 来るなぁぁ!!」


「…………」


 瞬き一つにも満たない間の化け物同士の攻防に、ヒトであるタルヴォア家の嫡子が付いていける筈もなく。むしろ千体を越える錬成像(ゴーレム)が壊滅した事実から未だに立ち直れていない有様だ。


 そんな彼の醜態を目にしてもアルビトラは何も感じることはなかった。

 女冒険者の人生を壊し、奪い、悪辣な方法で殺害しようとした彼に対する怒りすら、とっくに白紙化している。ただ依頼達成に必要な行動を採り続けるのみ。



「くそぉぉ! こんなところで終われるものかよ!」


 それでも彼の持つ『バルティア・ローゼスの機装剣』は優秀だった。

 これもまた錬成像(ゴーレム)である以上、『中枢個体』からの指示で即座に必要な行動を採ることが出来る。令嬢の隠れた手足に成り得るのだ。



 ガッ ィィン!!


 左掌で鞘を握り締めたまま、右掌で刀身の半ばまで抜いた状態の刃を相手の首筋に押し当てようとしたアルビトラの前に、黄金色(こがねいろ)の茨が突如 這い渡る。



「まあまあ、硬いね」


 見た目の割に、硬度は魔鋼材に匹敵するのかもしれない。


 茨によって喰い停められたと悟るや否や、一旦 両腕を引きながら向かって右側……タルヴォア家の嫡子の左側面へと回り込みながら刀身を納め、再び居合貫きの構えを採った。


 即座に抜刀、魔鋼材を断つ気概を賭して一閃。

 防壁のように伸びた二本の茨を刈り獲って、納刀する。



「この、化け物めが!!」


 狼狽えながら必死に後退(あとずさ)る彼の手元より、再び黄金色(こがねいろ)の茨が這い出していた。


 短剣の柄より無数の歯車が回るような音が鳴り、柄には蟲の足を彷彿とさせる細い針金のようなものが無数に蠢いている。

 如何なる機構なのか定かではないが、刃の根本で部材を組み上げるようにして新たな刀身を創り、茨に変換し、秒速 三十トルメッテほどの速さで伸ばしていた。



「不思議な武器だねぃ。斬っても直ぐに再生する?

 いや、違うか……茨を再生産しているのかな? かな?」



「その通りでございます。デイル様の『バルティア・ローゼスの機装剣』は

 それ自体が極小の錬成像(ゴーレム)であり、生産工場でもあります。

 貴方が幾ら斬り裂こうとも、資材が尽きない限り茨が枯れることはありません」



「ふーん、しかも茨の精度も段々上がっている気がするよ。

 これにも、お姉さんの産み出した先進錬成式が使われていそうだね」


 己に注意を惹き付けさせるためなのか、武器の特徴を語りながら追い縋って来た令嬢が、諸手で"杖"を握り締めて鋭い刺突を繰り出した。

 単発ではなく一息で十回は突き穿つ、驟雨の如き凄まじい絶技。

 


「ん、樹林帯で戦った錬成像(ゴーレム)と同じ、聖槍騎士団の技だねぃ」


 あの時と同じように納刀した状態で、鞘を巧みに振るって打ち弾いて対処する。


 然れど、以前と異なり今回は立ち回りに制限がない筈なのだが、アルビトラは反撃に転じる機会を見出せなかった。

 そればかりか令嬢の繰り出す絶技の勢いに圧されて試験場内に突入した方角へと僅かに後退、じりじりとタルヴォア家の嫡子から引き離されていく。



「いいぞ! そのまま押さえ付けろ! ここからなら仕留められる」


 ようやく余力を取り戻し、その場で黄金色(こがねいろ)の短剣を一度掲げてから大仰な仕草で振り降ろす。

 新たに生産された二本の茨が這うように伸びて令嬢の左側面を越えて忍び寄り、絶技を捌き続けるアルビトラの右脇腹に深々と棘を突き刺した。


 地味で姑息な一撃なれど、深紅の被膜ごと穿つ貫通力を秘めていた。



「いたたた……」


 焼けるような痛みが走り、僅かに鞘を振るう腕が鈍る……ように見えた。



「その隙、いただきますわ!」


 勝利を確信した笑みを浮かべて、令嬢がこれまで以上に鋭い刺突を放って来た。

 実にヒトらしい機微なれど、その笑みは一瞬で崩れることとなる。


 隙だと判断したものはアルビトラの咄嗟の演技。"杖"の先端を擦り抜けるように躱して距離を詰め、令嬢の首を撥ね飛ばすための居合貫きを繰り出した!



「……私としたことが」


「へぇ、これを躱せるんだ」


 首筋狙いの太刀筋を察して即座に上半身を捻った令嬢であったが、代わりにその完璧な美貌である顔面を斬り裂かれる形となる。

 基となった人物から剥ぎ取ったであろう皮膚が無惨に裂け、その下の黄金色(こがねいろ)の装甲が露わとなった。



「き、貴様! よくもクリステルの皮膚を!!

 ここまで芸術的な精度で剥ぎ取るのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ!」


 敵にすらなり得ない男が、何かを喚き始めている。

 今のアルビトラにとっては些末なことだった。



「どうやら、急がば回れってことみたいだねぃ。

 あのお兄さんよりも貴方から片付けたほうが良さそうだよ」


 尋常ならざる動きを垣間見せる令嬢を優先的に倒すべきだと判断を改めた。

 とはいえ彼自身はともかく『バルティア・ローゼスの機装剣』とやらを野放しにしておくのも、それはそれで危険……故に。



「ちょっと、そこで大人しくしててねー」


 真紅の光粒を束ねた三枚の浮遊盾を呼び寄せて、タルヴォア家の嫡子の前後に一枚ずつ、頭上に一枚配置して取り囲んでみせた。

 そして盾同士で圧し潰すようにして身動きを封じたのである。



「むぎゅうぅぅ」


「……で、デイル様!!」


 顔面の損傷から立ち直りかけた令嬢が慌てて駆け寄ろうとするが、それをアルビトラが許す筈もなかった。




「…………」


 右脇腹より零れる血と、鈍い痛みを(こら)えながら重心を低く落としながら更に半歩踏み込み、抜刀した。あの女冒険者の後遺症に比べれば軽いものだろう。


 対して令嬢は主人の傍へ駆け寄ることを一時中断し、迫る太刀筋を防ぐために"杖"を諸手で構え直そうとする……が、アルビトラはその行動を読んでいた。

 或いは、敢えて防御態勢を誘発させたのだろう。



「ん!」


 居合貫きの最中、急激に太刀筋が様変わりを果たした。

 振り抜く直前で地面間際を擦る程の超低空軌道を描いて令嬢の"杖"を潜り抜けた先にて、ほぼ垂直に刀身を撥ね上げたのである。



「左腕部破損、切断」


 生憎と首筋は狙えなかったが、その代わりとばかりに令嬢の左脇に剣閃を迸らせ腕の付け根より一挙に斬り裂くことに成功。着実に相手の戦闘能力を奪っていく。


 そのままアルビトラは令嬢の左側面へと回り込む。

 片腕を喪った相手から反撃を受け難い位置であり、また拘束したとはいえタルヴォア家の嫡子の位置からでは令嬢が壁になって茨を繰り出させない位置でもある。


 そうして体勢を整えられる前に追撃を試みる。今度こそ首筋を刈り取るのだ。



「……仕方ありません。左腕部の独立魔力炉を起爆します」


 追い込まれて尚も令嬢は冷静さを損なわず、淡々と次善の策を講じる。

 垂直に斬り裂かれて未だに空中にあった左腕部が不自然に発行し、彼女の宣言通りに膨大な魔力が膨れ上がり始めた。



「腕だけ自爆させる気かな!?」


 これには流石のアルビトラも居合貫きを中断せざるを得なかった。

 その場で踏み留まり、両脚で確りと地面を踏み締めて防御姿勢を採りつつ、肺の中の酸素を全て放出する勢いで息を吐き出した。



 直後に僅か二メッテ後方より凄まじい爆発と閃光。左腕部の残骸が爆ぜていた。

 轟音と振動が拡散し、周囲の酸素を一瞬で燃焼させながらアルビトラと令嬢を諸共に包み込んだ。




「ふぅ、ちょっと……びっくりしたよ?」


 閃光が晴れ渡る中、五体満足のアルビトラの姿が露わとなった。

 身体や衣服に纏わせていた真紅の光粒……『霊滓』が爆発の衝撃を代わりに防いでくれたらしく彼女自身は軽傷で済んでいる様子。


 とはいえ戦闘中に再び纏い直すのは困難なので、一度きりの防御手段を剝がされた形となる。広く研究されている魔力とは性質や扱い方が異なる別種の力なのだ。



「魔力炉ごと起爆したというのに霊滓の膜を剥がすのがやっと、ですか。

 『霊滓綺装』……(かび)が生えたような古臭い遺物といえど全く侮れませんね」


 一方で令嬢……だった個体の方は、顔面や手足に張り付けていた皮膚が完全に剝落し、着込んでいたドレスもすっかり消し飛んでしまっていた。

 剥き出しの黄金色(こがねいろ)の装甲だけでは他の錬成像(ゴーレム)達と区別を付けるのは難しい。




「損傷範囲拡大、戦闘不能状態に陥るまで百五十秒……。

 致し方ありません、残存機能で害敵の排除を優先します」


 機械的に呟き、身体の各所に設けられている独立魔力炉を最大出力で稼働。

 そして左脚で豪快に地面を踏み付けるようにして踏み出し、"溜め"を講じた。




「……ッ! その構えって、もしかして聖槍騎士団の副団長さんの?」


 ここで初めてアルビトラの面貌が驚愕で支配された。

 戦った相手の戦術を解析し、時には模倣すら可能としている先進錬成式なれど、まさかこの位階の大技まで再現しようとは思っていなかったのだ。



「『風紡(キリム)』!」


 反射的に左掌より風のロープを打ち出し、施設の天井へと打ち込んだ。

 三枚の浮遊盾をタルヴォア家の嫡子の拘束のために宛がっているので、これより繰り出される大技を避けきらなければ活路は無い。



 ダ ン ッ !!


 左脚の踏み込みに連動させるかのように、残った左腕のみで保持する"杖"による刺突を繰り出すと各所の独立魔力炉より発現させた純魔力を一極集中させた上で、先端より撃ち出した。



 ……ズ ガガガガガ!!


 放射された途方も無い純魔力が螺旋を描いて先程までアルビトラが立っていた空間を抉り裂く。

 試験場の硬い地面を貪り、先に(そび)える分厚い壁を打ち砕いて大穴を空けていた。



「うきゅぅぅ……」


 咄嗟に風のロープを駆使して天井へと逃れようとしたアルビトラであったが、間一髪のところで純魔力砲撃の直撃だけは避けたものの右脚を掠めていた。

 ズタズタに肉が裂かれて夥しい血が流れている。おそらく骨も砕けている。



「(先刻の連続突きの方は、ほぼ完璧に真似できていたけど)

 (流石にこの大技は幾分か見劣りするね……おかげで助かったけど!)」


 彼女の見立てでは模倣元の約七割程の精度。これが現状の先進錬成式の限界か。




「……機能停止。申し訳ごさいません、デイル様」


 損傷が増した身体で無理やり撃ち出したのだから、『中枢個体』の方も無事では済まされない。独立魔力炉が次々に輝きを失い、装甲の随所に(ひび)が奔り、静かに崩れていく……。



錬成像(ゴーレム)に指示を出していた『中枢個体』が停まれば、

 これ以上学習されることは停められたのかな? ……あいたたた!」


 天井から地面へと降立った瞬間、裂かれた右脚から激しい痛みが押し寄せた。

 令嬢を倒したことにより僅かに気が緩んでしまったのかもしれない。

 いずれ負傷した箇所は捲き戻るとはいえ、怪我を負った瞬間だけは苦痛から逃れることは出来ないのだ。


 大技の回避に専心していたことに加えて怪我の痛みで散逸してしまい、三枚の浮遊盾の制御が甘くなってしまっていた。




「貴様ーーー! よくも、よくも私のクリステルを!!」


 自身を拘束していた浮遊盾の一枚をどうにか押し除け、僅かに空いた隙間より短剣を持つ右腕を突き出すタルヴォア家の嫡子。

 何よりも大切な令嬢を喪い、貴族としての矜持や振舞いの一切が剥がれ落ちて、ただただ激昂しながら喚き散らしていた。



「此処から生きて帰れると思うなよ! いや、楽には殺さん!

 貴様がどれだけのことを仕出かしたのか、その身を以て味わせてやる!」


 どの口が言うのだろうか? アルビトラは呆れた視線を卑小な男へと傾けた。

 そして動かなくなった右脚を引き摺るようにして、一歩一歩 近付いていく。



「(そういえば、お姉さんもこんな風に歩いていたっけ)」


 奇しくも彼女と同じ右脚と右脇腹を負傷した状態だ。

 右腕はまだ健在だが、少しだけ女冒険者の歩みを理解できたような気がした。



「く、こ……このぉ!!」


 卑小な男が最後の悪足掻きを試みる。

 短剣の刀身を茨に変換して伸ばしていき、令嬢が落とした"杖"に絡めて拾い上げると、アルビトラに向けて叩き付けようとしたのだ。



「遅いねぃ」


 先刻までの令嬢との攻防に比べれば、停まって視えるに等しき緩慢さ。

 目前まで迫った杖を、雑な水平薙ぎで両断し、返す刀で茨をも斬り捨てる。


 脇腹と右脚に魔力を集約させて流血を堰き止めながら、更に前進。




「やめろ、私に近付くな!

 私を殺せば先進錬成式の発展は著しく停滞するんだぞ。

 それにクリステルが居ない今、出荷中の錬成像(ゴーレム)の全容を知るのは私だけだ!」



「…………」



「く、くそ……どうしてこんなことに!

 私が子供の頃に先立ったクリステルを蘇らせたかっただけなのに……。

 ようやくここまで、彼女と語り合った理想郷に近付いたというのに……」



「ねぇ」


 一切 興味が持てない、どうでもいいような身の上話を語り始めた卑小な男の眼前まで近付くと、アルビトラは浮遊盾を除けながら淡々と告げていった。



「最後に訊かせてほしいんだけど、どうやってこれだけの錬成像(ゴーレム)を造ったの?

 お兄さんの実家だけのお金だと難しそうだよねぃ」


 女冒険者のことはどう思っていたのか? と訊こうとしたが止めておいた。

 どうせロクでもない返答しか聞かせてもらえない気がしたからだ。



「わ、私を支援してくれた大いなる組織……『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』の御力添えだ。

 そうだ、そうだとも! 私を殺せば『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』は貴様を許さない!

 貴様は一生、大いなる組織の影に怯えることになる! それでもいいのか?!」


 決戦の直後には似付かわしくない朗らかな笑顔を浮かべながら訊ねるアルビトラに気圧されたのか、すんなりと資本提供を受けた秘密結社の名を明かした。

 更に思い出したかのように、その影響力を盾にした命乞いまで始める有様。



「ふーん、そうだったんだねぃ……最後に答えてくれてありがとね!」



「あっ……」


 ピュゥ という微かな風切り音を響かせて水平真一文字に粋然刀(カタナ)を振るった。

 刀身の先端で引っ掻くように、男の喉を裂く。



「…………ッ!!?」


 喉部から夥しい量の鮮血が溢れ、激しい痛みに悶えながら地面に倒れ込む。

 一切の悲鳴すら挙げられなくなっていた。


 後は息絶えるまでの十数分の間、地獄の苦しみの中で悶え続けることだろう。



「…………!!」


 タ ノ ム 、ヒ ト オ モ イ ニ ラ ク ニ シ テ ク レ !

 唇の動きから、そのように懇願されたような気がした。


 女冒険者を暗殺しようとした時だけでなく、これまで数多の人物を同様の手段で始末してきた彼だからこそ、この殺害方法の非情さを心得ているのだろう。



「んー、悪いけど お兄さんの魂が巡っていくことは祈ってあげられないかな。

 じゃあ……さようなら」


 彼が最後まで握り締めていた『バルティア・ローゼスの機装剣』を斬断した後に(きびす)を反して試験場を後にする。 

 後には絶望と苦悶に包まれながら己が流した血の海に沈む男が残された……。






 [ 城塞都市カルシャナ 工業区『真鍮館』 生産所 ]


「作業しているのも全員、錬成像(ゴーレム)なんだねー」


 足を引き摺りながら、試験場と隣接する同規模の建物までやって来たアルビトラは内部を検めて当たり障りのない所感を零す。


 此処は黄金色(こがねいろ)錬成像(ゴーレム)を造り上げる場所であり、彼女が視た通り生産用錬成像(ゴーレム)達がヒトに代わり労働力を代替しているようであった。

 しかし指令を出していた『中枢個体』を喪ったことにより現場は大いに混乱している。或いは途方に暮れているのか。



「依頼内容は元凶の錬金術師(キュメステス)の討伐と、生産施設の破壊だったよね。

 後の細かいことは冒険者統括機構(マスカラード)の役人さんに任せればいっか!」


 故に、アルビトラは躊躇なくタルヴォア家の嫡子を処理した。

 出荷中の錬成像(ゴーレム)の後始末だの、関連する技術や施設の扱いだの、貴族家の背景事情だの、クリステルだの、そんなものは他の者がやっておけば良い。


 『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』に付け狙われる? 些末なことだ。

 後のことは後で考えれば良い、それが"春風"のアルビトラの足跡だった。



「もう、あんまり魔力は残っていないけど……これだけはやるよ!」


 目を瞑って深呼吸。両腕を突き出し、体内より魔力を絞り出して練り上げる。

 既に傷口は塞がり掛けているので、流血を気にする必要はなくなっていた。


 痛みも既に引いている。憎しみも無い、恨みも無い。

 全ての傷や負の感情は白紙状態(ニュートラル)に戻っていく。



 然れど、一つだけ他の感情とは少しだけ異なるものが在った。

 それは怒りの感情。怒りの記述。怒りの日。


 痛み、悲しみ、憎しみなどと同じく怒りも表面上は喪われているのだが、実のところ奈落よりも深いアルビトラの底に沈殿しているだけなのだ。

 自分でも解らなくなるほど深い、深奥に蓄積されていくだけなのだ。


 そして、至極 限られた瞬間にだけ沈殿した怒りが一挙に浮上することがある。



「(この生産所は、お姉さんにとって一番 最悪な悪夢の光景だよね)」

 

 彼女が錬金術師(キュメステス)としての未来を奪われ、仲間を喪い、ボロボロになっていった元凶が全て詰め込まれている上に具現化しているのだ。


 女冒険者は二度の奈落に堕ちる悪夢を頻繁に見ると涙ながらに吐露してくれた。


 もし、この生産所を目にしていたらどのように感じたことだろう?

 三度目の奈落などでは済まされない、逃げ場無き衝撃に呑まれるかもしれない。

 



 カ ッ !



 アルビトラの双眸が見開かれた。


 その瞳は、喪われた筈の激しい怒りで燃え盛っていた。

 深奥に蓄積されている、数百年分の怒りと共に噴火したのである。

 タルヴォア家の嫡子との対決では一切 動かなかったというのに……。




 ゴゴゴゴ……。


 総身が煮え滾り、急激に体温を底上げされる。途方も無い熱を放出しているのか周囲の大気を屈曲させて蜃気楼すら発生させていた。

 同時に、その熱量に比例するかの如く魔力の源泉が解放される。


 瞬間的に常理と一体化し、無尽蔵の力が引き摺り出されていった。




「……『風紡(キリム)』!」


 しかしアルビトラは、激しく噴火した怒りを冷徹に制御する。活用できる。

 これもまた長き旅路の渦中で身に付けた技巧として昇華しているのだ!


 両掌でそれぞれ風を束ねて綱を象り、生産所内の設備に向けて無造作に射出し続けた。数だけでいえば傑戦奥義を放つ際に張り巡らせる『風紡(キリム)』を超えている。



術式解除(スペルブレイク)!」


 そして、全ての風を解き放つ。怒りごと綺麗さっぱり吹き飛ばす。


 至る箇所で爆風が巻き起こり、乱雑な破壊の傷痕を(もたら)した。

 かなりの年月を掛けて築かれたであろう黄金色(こがねいろ)の母胎とも呼ぶべき場所が、一人の冒険者の手によって叩き潰されたのだ。


 勿論、これだけで完全に生産所を無力化したことにはならない。

 より入念な破壊工作が必要となるが、それは別の者の仕事となるだろう。

 当面の間 黄金色(こがねいろ)錬成像(ゴーレム)が造られなくなれば依頼内容は完遂だ。



「ふぃ~~、これでお仕事は終わりだね!

 そろそろ引き上げて町で何かおいしいもの食べてから帰ろうっと」


 生産所の更に隣に位置する事務所内には誰も居ないとは思うが、なるべく姿を見られないに越したことはないだろう。


 現在の時刻は深夜過ぎ、東征の刻に差し掛かろうとしている。

 再び怒りは奥底へと沈んでいき、瞳と体温は元通り。魔力はからっぽだ。

 眠気はともかく、動き続けて凄まじい空腹感が襲い掛かっていた。




「……お姉さんの人生、少しは報われたかな?」


 今、アルビトラがこうして右脚を引き摺りながら帰路に着いているのも、あの女冒険者の足跡の延長線上を歩んでいるからなのだ。

 せめて彼女の魂が救われたことを切に願いながら、"春風"は独りで何処(いずこ)かへと過ぎ去っていく。


 夜明けに吹く風の色が常世に留まる悪辣な染みを薙ぎ払い、ただ静かに彼女の足跡だけを残していた。






 数時間後、日の出を迎える頃には工業区は騒然となっていた。

 都市の治安維持を担う錬成像達が一晩の間に壊滅させられていたばかりでなく、その生産拠点ごと徹底的に破壊されていたのだから無理もない話である。


 一方で、都市の北半分を占める旧市街の住人達は普段通りの生活を送っており、壁を隔てた温度差が一層と増した様子であった。



 その後、カルシャナの顔役達は都市議会を介して緊急の対策会議を開き、現状の確認と今後の都市運営の方針転換を余儀なくされていく。




 [ 城塞都市カルシャナ 工業区『真鍮館』 試験場 跡 ]



「ありゃりゃ、これはまた派手にやられたもんだ」


「…………」


 更に翌日の昼時、つまりアルビトラの強襲から約一日半後。

 新たに二人組の男女が『真鍮館』を訪れた。


 二メッテを超える巨体を徹底的に鍛え抜いた筋骨隆々な武人の肩に、十歳前後と思しき小柄で可愛らしい女性がちょこんと座りながら乗っている。


 男性の方は使い込んだ革服の上に無骨な部分鎧を装着しており、背中には身の丈程もある巨大な斧を背負っている。

 堀りの深い顔立ち、浅黒い肌はよく陽に焼けているようで長い年月を戦場で過ごしてきた者 特有の無骨さと威圧感を放っていた。


 それに対して少女の方は、黒とワインレッドを基調としたドレスを着熟し、顔面の右半分を覆う眼帯を装着している。

 青味がかった美しき銀髪の内側は宝石の如く煌めいており、どこからどう見ても常人とは掛け離れた者達であることが伺えた。



「折角だから中も視てみようじゃないか! ゾーガさん、どんどん進んじゃって」


「…………」


 肩に乗る少女が試験場の奥を指差し、「ゾーガさん」と呼ばれた巨漢の男が無言で ずんずんと歩いて行く。


 此処まで来る途中に、『真鍮館』で起こった惨劇の調査を行っていた都市議会の傘下の者達から驚愕の視線や、好機の眼差しを幾度も向けられたが二人組は一切気にする素振りを見せずに必要な検分を行っていた。




「おい、誰だよあいつ等? 見るからに真っ当な連中じゃないぞ」

「とっとと追い出した方が良いんじゃないか? 関係者以外、立ち入り禁止だろ」

「い、いや……待て! あの人達には関わるな!」


 周囲から騒めき声が漂い始める。



「都市議会のお歴々が言うには、ある組織の関係者の方々も

 一両日中に『真鍮館』の調査をしにやって来られるとのこと。

 あの二人組がきっとそうなのだろう」


「それって、タルヴォア家の御子息やカローヌ家の令嬢に出資してるっていう?

 いったい何者なんだよ、あいつ等……」


 どうやら彼等も全容は知らされてはいないらしい。

 どの道 巨漢の男に声を掛ける度胸は持ち合わせておらず二人組は放置された。





「おぅふ! こ、これは酷ーい!」



「四肢に増設した独立魔力炉に過剰稼働(オーバーロード)の痕跡有り。

 基礎骨子への損傷と相俟って自壊したようだ……忠義の戦士の最期だな」


 捨て置かれたままの『中枢個体』の前で立ち止まると、少女は大袈裟な反応を見せ、巨漢の男は淡々と分析結果を告げる。

 なお入念な現場検証のために錬成像(ゴーレム)達の残骸は全てそのままにされており、タルヴォア家の嫡子の遺体のみが撤去されていた。


 同じく放置されたままの『バルティア・ローゼスの機剣剣』の残骸を見付けて(おもむろ)に拾い上げた。



「あーあーあー! こっちも酷い有様だよ!!

 あの令嬢くんといい、折角この僕が基礎設計を担当してやったのに」



「あの様な陰謀屋には過ぎた武器だった……『中枢個体』も回収するのか?」



「うーん、そっちは別にいいや。気紛れで組み上げただけのガラクタだしね。

 それにタルヴォアくんの怨念が籠ってそうで、なんか嫌だろう?」


 黄金色(こがねいろ)の短剣の切断部分を眺めながら、少女は興味なさ気に返答した。

 既に彼女の脳内では、この短剣をどう修繕していくべきかで一杯だった。



 『中枢個体』や『バルティア・ローゼスの機装剣』といった特に高度な錬成像(ゴーレム)の設計には、全てこの少女が携わっていたのだ。

 つまり彼女の協力なくして二度と復刻することは無いのである。




「うむ、陰謀屋の趣向というのは全く以て理解不能だ」



「ゾーガさんみたいな根っからの武人気質は特にそうだろうね。

 タルヴォアくんの拗れた愛情も、それはそれで愉快だったけどさ」



「…………」



「たしか、自分より一回り年上の初恋の女性が早くに死んじゃって

 どうしても受け入れられなくて錬成像(ゴーレム)で再現しようとしてたんだっけ?

 隣国で本場の錬金術(キュメイア)を学んで、実家からは独立した資金源を確保して……。

 そこまでなら美談で済んだんだけどね~」


 手元で短剣の残骸を弄りながら、彼の事情を復唱した。

 彼女達が籍を置いている『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』を介して知り得ていたのだ。



「まあでも、想いが拗れて初恋の人の死体から皮膚を剥いで保存しただの。

 それが切欠で、他人の皮膚を剥いで興奮する特殊性癖に目覚めただの。

 どうしようもない男ではあったとも、実際 かなり気持ち悪かったし」



「昔から腐った貴族連中には、よくある話だ。

 錬成像(ゴーレム)で再現するにしても、奴の犠牲にされた者は少なくないだろう」



「ゾーガさんが言うと説得力が段違いだ。

 とりあえず先進錬成式を考案したのに、盗られちゃった子には同情したいかな?

 生きてる間に是非 会って、話してみたかったと心から思うとも」


 周囲の黄金色(こがねいろ)の残骸を見渡しつつ、少女は急激に真剣な面持ちを象った。



「あの錬成式は本当に素晴らしいものだった。

 せめて、この僕……ギラ・レスティートの頭脳に刻んでおいてあげよう。

 それが不世出の賢人への、せめてもの手向けとしたいものだね」


 十歳前後の容姿とは掛け離れた知性と語り方を披露する少女は、無念の死を遂げたであろう女冒険者に一廉の敬意を払った。

 彼女は一度 見聞きした物事を忘却することが出来ない白紙を埋める者達(レスティート)の末裔。



「さて! ゾーガさんの方でも何か気付いたことはあるかい?

 あ、僕の可愛さや格好良さを再認識したっていうのは一旦 無しだ!

 帰ってから、た~っぷりと聞かせてくれ給えよ」



「斬り捨てられた錬成像(ゴーレム)達の切断面が非常に鮮やかだ。

 極めて鋭利な刀剣に、練り上げた技巧が合わさった戦果。

 一太刀、一太刀が絶技に値する……これ程までの遣い手は大陸に五人と居まい」


 定例となっている少女の戯言は完全に無視し、必要な所感を述べる。



「相変わらず お堅いことで……ま、そこがイイんだけどさ。

 さて置き、ゾーガさんがそこまで太鼓判を押すのなら

 『真鍮館』を壊滅させた"春風"のアルビトラって子は本物なんだろうな!」



「武芸や魔術(スペルアーツ)だけではない、真紅の残滓が漂っている」


 試験場の建物内、屋根の付近まで視線をなぞりながら静かに告げる。

 巨漢の男が見据えた先には戦闘中にアルビトラの持つ粋然刀(カタナ)より発せられた真紅の光粒の跡が微かに残っていたのである。



「ああ、本当だ! 確かにあれは『霊滓』の痕跡に間違いない。

 ということは彼女も僕達と同じ、『霊滓綺装』の遣い手だったのか。

 くふふ……そりゃあ、強いわけだ♪」


 少女の右目を覆う眼帯には、大きな真紅の宝玉が一つ 埋め込まれていた。

 同様に、巨漢の男が背負っている斧の刀身にも真紅の宝玉が付いている。


 ()れはアルビトラの『霊刀アガネソーラ』の柄、鍔、鞘に仕込まれているものと同種の代物であった。




「これから彼女が『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』に目を付けられていくとしたら

 いずれ僕達とも敵対することになるのかもしれないな。

 それはそれで、少し愉しみかもしれない」


 愉快そうに少女が笑い、巨漢の男は静かに溜息を吐く。



「……腰掛けの組織に肩入れするのも程々にな」



「分かっているとも♪ 僕等には僕等の旅の目的がある。

 それだけは絶対に忘れやしないから、其処は安心してくれ給え。

 じゃあ、もう少しだけ調べて回ろうじゃないか」


 そうして二人組は『真鍮館』の隅から隅まで渡って検分を続け、日が暮れる頃にはいつの間にか姿を見なくなったという。





 更に一日後、城塞都市カルシャナに冒険者統括機構(マスカラード)の役人と、彼等に雇われた冒険者達。そしてエスブルト政府から出向してきた調査員が訪れる。


 本格的な事件の真相究明や、戦闘用錬成像(ゴーレム)の違法販売を企てていた者達の所業が白日の下に晒されていき、事態は急速に収束していくこととなる――


・第1話の9節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・いよいよ第1話の黒幕との対決なので、気合を込めさせていただきました。

 少しでも読み応えのある一幕に仕上がっていましたら幸いです。

・最後に登場した二人組は、第2話以降で関わる予定をしておりますので

 どのような役処となるのか、こうご期待ください!


・さて、次なる10節目ではエピローグシーンとして綴っていき

 第1話を締めたいと思います。

 どうかアルビトラの旅路を見守ってあげてください。



◆人物紹介

挿絵(By みてみん)


・ギラ・レスティート博士 ※画像は第1話より5年後くらいの姿です

・6歳の頃に博士号を取得したワケアリ少女。なお僕っ子。

 頭脳労働は得意ですが、それ以外はからっきしです。

・ラナリキリュート大陸へ渡航してからは紆余曲折を経て

 『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』と呼ばれる組織に協力することになりました。



挿絵(By みてみん)


・ゾガルディア・ダルジャーク

・愛称はゾーガさん。

・ギラ・レスティート博士の護衛や身の回りの世話を担当する歴戦の勇士。

 ギラの話に付いていけるくらいの見識の広さと思慮深さを有しています。

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