何者にもなれなかった女冒険者(8)
※西角の刻=午前9時
東角の刻=午後3時
昼過ぎにサルロスの町を発ったアルビトラは西へと延びる街道を一直線に突き進み、夕暮れ時にはレネ領とガティナ領の境目までやって来ていた。
彼女は率先して馬車や騎獣に乗ることはなく、基本的には徒歩で渡る。
それは獣人種に属する狐人の身体能力の高さあってのものだが、旅先での出会いや視界に映る景色を記述することを何よりも大切にしているからであった。
しかし今は城塞都市カルシャナに逃げ込んだタルヴォア家の嫡子を追跡しなければならない状況なので、珍しく全力疾走で駆け抜けている。
「今日は、もう少しだけ距離を稼いでおきたいかなー」
時折 休憩を挟みながら走り続け、ちょっとした坂道や丘陵など起伏のある地勢に差し掛かった際には風のロープを打ち出す独自魔術を駆使して走破する。
その機動力と持久力は、下手な騎兵などよりも遥かに疾い。
「(お姉さんが教えてくれた過去の不幸な出来事の数々に)
(あの貴族のお兄さんが絡んでいたのだとしたら、相当に狡賢いヒトだよね)
(生産拠点に逃げ込まれたら、次にどんな策を使ってくるか分からないよ)」
サルロスの宿屋で涙ながらに身の上話を明かした女冒険者の姿を思い出しながらひたすらに街道を走り続ける。
痛みも、悲しみも、既に遠い過去の出来事のようだったが、この事件の首謀者を止めるという意思の熾火だけは、現在もアルビトラの裡で燃え続けていた。
故に、彼女は橙色の陽光を真正面から浴びて、西に向かって走り続けた。
「(流石に……この辺りで休んでおいた方がいいかな)」
完全に陽が沈んで夜が更けた西征の刻に差し掛かった頃、ようやく彼女は脚を停めて街道沿いの小さな村にて宿を採った。
生憎と宿泊部屋は全て埋まってしまっていたので、藁が積まれた馬小屋で一泊させてもらえるように交渉した。雨風を凌げる分だけ野宿よりは上等だ。
「ふぃ~、おやすみなさい」
ルァザ式携行食料とサルロスの飲食店で買っておいた干し肉などを平らげた後、
馬小屋の主である農耕馬達に軽く挨拶をしてから藁の塊に飛び込んだ。
そのまま、すーすーと幸せそうな寝息を立てて 彼女は深い眠りに着く。
悪夢は見ない、悪夢など彼女には存在しない。
何故ならば、そういった負の症状は須らく彼女から遠ざけられるからだ。
充分な食事と睡眠さえ採れば、どんなに疲弊していても、どんな大怪我を負ったとしても明日の朝にはアルビトラは快復する。まるで何事もなかったかのように。
「ああ、つい一昨日くらいだったかな。
立派な馬車が一台と、荷馬車が二台、それに護衛の騎兵達が
脇目も振らずに街道を直進して行ったんだ」
「俺はその時、たまたま隣の村から戻って来る最中だったんだがよ。
あやうく正面衝突しそうになったぜ……。
しかも、わざわざ馬車から顔出して怒鳴り散らかしてきやがった!」
「ありゃ、どっかのお貴族様か何かかねぇ?
だとしたら俺達、後で仕置きされないよな??」
「ふむふむ、かなり急いでた上に余裕が無さそうな感じだったんだねぃ」
翌朝、畑に向かおうとする村人達から ここ数日の出来事を聞いて回った。
彼等の証言を照らし合わせていくと、馬車に乗って移動していたのはタルヴォア家の嫡子で間違いないだろう。
忘れないうちにボロボロの冊子を開いて、しっかりと書き綴っておいた。
「……思っていたよりも感情的なのかな?
まあ、どんなヒトであれ私がやるべきことは変わらないけどー」
山路で出会った時は、それなりに理知的な男性のように思えた。
女冒険者への仕打ちからは冷酷な策略家のように感じた。しかし、その実態は異なるのかもしれない。
ヒトから皮膚を剥いで錬成像に被せているように、彼自身もまた何層もの擬態を施して周囲を欺いて生きているのかもしれない。
天真爛漫に生きることしか出来ないアルビトラにとっては理解の埒外であった。
その後、立ち寄った村より出立したアルビトラは再び街道を走り続ける。
ガティナ領の東西に流れるクタルド河の幅は、狭い場所で約三十メッテ。広い場所では百メッテを超えており、対岸へ渡るための小舟や橋を何度も見掛けた。
そんなクタルド河に沿って突き進む道中では群れから逸れた魔物と交戦したり、空を飛んでいた野鳥を捕えたりしながら西角の刻と正午に二回ほど休憩を挟んだ。
最後の携行食料を開封し、捌いた野鳥の肉を調理して共に皿に盛る。
一人の食事は慣れているのに、今日は何故か少しだけ寂しさを感じた。
きっと気のせいだろう。
昼食を採った後、更にアルビトラは走り続ける。
徐々に陽が傾いて東角の刻へ、更に傾き夕暮れ時がやって来た。
そして遂に、クタルド河を跨ぐようにして聳え立つ長大な城壁が視界に映り始めたのである。
サルロスの町から城塞都市カルシャナまでは、普通の商隊ならば五日ほど。
タルヴォア家の嫡子が乗る馬車とその護衛達は昼夜を問わずの強行軍を行ったために丸二日で渡りきった。
しかし"春風"のアルビトラは、休息を挟んだ上で約一日半で到達したのである。
[ オルクシア地方 ~ ガティナ領 城塞都市カルシャナ]
「うわぁ、これがカルシャナかー!
サルロスよりも ずっと大きな町、いや都市って感じだねぃ!」
城壁は二十メッテほどの高さがあり、それが東西に約三千メッテ、南北に約二千メッテほど続いていた。
大陸中に数ある城塞都市の中でも、広さでいえば中々の規模である。
「えっと、たしかこの都市は……」
一旦 その場に座り込んで革鞄から冊子を取り出すと、事前に役人から教えてもらっていた都市の情報を確認することにした。
城塞都市カルシャナはエスブルト共和国の南西端に位置する要衝。
現在の人口は一万二千人ほど。
主な産業は織物、製紙、そして錬金術を用いた準工業。
南側にロンデルバルク王国、西側にデルシアスタ王国と隣接しており、百年ほど前までは両王国の侵攻を食い止める"盾"としての役割を担っていた。
しかし現代では両王国ならびにエスブルト共和国が『デルク同盟』という連帯に加盟したために戦は遠い過去のものとなり、城塞設備は形骸化している。
国の中枢から最も離れた閉ざされた都市として、財力のある商会、元貴族家など影響力のある者達が牛耳っているという。
特に数年前の都市議会の再編に伴って冒険者統括機構の支部なども解体され、保安活動などは全て自前の兵士……治安維持部隊が担うようになった。
「ほとんど都市国家みたいな状態なのかな?
古い権力者達の受け皿になってるのかも……」
更に記述した内容を辿っていく。
ここからはレネ家の当主、ジョルジュに自白させた内容だ。
今回の首謀者であるタルヴォア家の嫡子は、この都市の顔役でもあるカローヌ家の長女と婚姻関係にあり将来的にはカルシャナ内に移り住む予定であった。
彼自身は国立学術院で最先端の錬金術を修めた秀才であり、既に都市産業に絶大な影響を及ぼしているとのこと。
つまり、先進錬成式を用いた黄金色の錬成像の大量生産。
ヒトの皮を張り付けることで無尽蔵の兵士を造り出し、国内外の有力者達に売り付けて更なる富を築こうとしているのだ。
「……お姉さんが悩み抜いて産み出した技術が、とことん悪用されている。
今はまだ、大半が都市内に留められている"出荷待ち"の状態だけど
このままじゃ、そう遠くないうちに国中に発送されるんだろうねぃ」
サルロスの倉庫に納められていた錬成像はその第一陣といったところか。
本格的な販売と発送が始まる前に何としても阻止しなければならない。
依頼内容の達成に繋がるからであるが、それ以上に……女冒険者の尊厳を守り、無念を晴らすくらいの義理はアルビトラにだってある筈なのだから。
「よし、今日中に乗り込んじゃおう! そろそろ陽が沈む時間だしね」
合掌するかのようにして冊子を閉じて革鞄に仕舞い込み、立ち上がった。
未踏の都市に攻め入るのなら、入念な偵察を繰り返して万全の体勢を整えてから挑むのが定石だろう。特に大きな都市ならば尚更に。
しかし彼女はそのまま乗り込むことを決意する。疾さを選択したのだ。
街道からカルシャナへ続く分岐路を直進すると、いよいよ都市を丸ごと囲うほどの長大な城壁が目前に迫った。
等間隔で側防塔が設けられており、形骸化して久しいとはいえ視る者に視覚的な重圧を与える外観をしている。
アルビトラは思わず額に掌を当てて、ぽかんとした面持ちで壁を見上げた。
「こうして見ると、大きいねぃ!
でも門を警備してる兵士のヒト……あれって、もしかして?」
東側の城壁に設けられている門、つまり都市の入口を数名の兵士が警備していたのだが、近付いていくにつれて違和感を覚えた。或いは既視感というべきか……。
彼等からは生気が感じられず、また呼吸をしている気配がない。エスピラ高地やサルロスで遭遇したヒトを模した錬成像というわけである。
「城壁の外を護るヒトまで錬成像に置き換わっているのなら
もう都市内に生身の兵士は一人も居なかったりして?」
国境近くの都市の門番ともなれば非常に重要な役割である。
ただの防衛要員というだけでなく来訪者の入都を受け容れるかどうかの一次審査を担っており、相応の経験を積んだ人物が配置されることが多い。
にも関わらず、カルシャナの玄関口を預かるのは錬成像だったのだ。
「生体反応ヲ検知、接近者……一名」
「生体反応照合……完了、要警戒対象ト断定!」
「中枢個体へ連絡、迎撃指示ヲ受理」
アルビトラが更に近付いていくと、門番役の錬成像達が一斉に彼女の方角へと首を傾けて警戒を露わとし、手にした長槍を構えた。
「んー、サルロスに居た子達よりもいい反応するねぃ。
流石は錬成像の生産拠点ってことなのかな?」
特にアルビトラを見咎めてから穂先を傾けるまで判断の早さが段違いだった。
指令を発している存在との交信速度の差なのだろう。つまり、この都市内に『中枢個体』とやらが居るのだとアルビトラは察した。
「応援要請! 東門ノ分隊ハ要警戒対象ノ足止メヲ実行セヨ」
「付近ノ分隊ガ到着スルマデ防戦スルベシ」
「各自 展開、展開!」
門の周囲を警備していた十体ほどの錬成像が一斉に散開しながらにじり寄る。
これに対してアルビトラは左掌で鞘を握り締め、一切の躊躇なく駆け出した。
「(反応はいいけど、動き自体は今までの子達と大差無いね!)」
今のアルビトラには足手纏いの同行者が居るわけでもなければ、倉庫の地下のような閉鎖空間で冷却ガスを使用されたわけでもない。
如何に先進錬成式を組み込もうとも、僅か十体の錬成像が阻める筈もなかった。
ヒュゥゥ……――
銀色の髪と尻尾を靡かせながら幾らかの剣閃を迸らせると、兵士達はあっけなく残骸へと成り果てる。五秒にも満たぬ寸劇の閉幕を告げる夕刻の風が凪いでいた。
…キィン。と納刀時の鍔と鞘が打ち重なる金属音は、何処か寂寥としていた。
己の能力を縛る要因から解き放たれたアルビトラにとって、この程度の相手など敵にすらなり得ない。
ただ強者が弱者を駆逐するだけの解体作業に、達成感などは感じなかった。
「ん、これから増援がこっちに向かっているのなら
門から入るのは止めといたほうが良さそうだね」
戦ですらない作業に付き合う道理はないとばかりに右掌を壁上へ向けて掲げる。
「『風紡』!」
独自魔術の行使。
体内の魔力を右掌で練り上げ、詠唱句と鍵語が一体となった宣言を行うと、遍く風が集うと同時に編み上げられて一本のロープのような形状を象った。
「……一晩で終わらせよう」
風のロープを射出、壁上の一角に着弾させて固着した。
そして地面を蹴って跳躍し、ロープを巻き取る要領で壁上へ向けて自身の肉体を凄まじい速度で発射させるのである。
二十メッテの城壁など何の障害にも成り得ない。
百年前に築かれた城塞都市など、この狐人の冒険者にとっては只の観光地に過ぎないことだろう。何故ならば、彼女はそれ以前より戦い続けているのだから。
「んー……壁の中は不思議な感じになってるねぃ」
東側の壁上より都市内を一望すると、城壁に匹敵する高さの内壁が設けられており、二つの区画に隔たれている様子が垣間見えた。
アルビトラの立っている場所から向かって右手、即ち北半分の区画は古い石造りの建物や木造家屋が連なっており、松明や篝火などの最小限の証明がぽつぽつと照らされているのみ。
向かって左手、南半分の区画は洗練された家屋が並んでおり、その大半は石造りか混凝土、或いは鋼材で建てられている。
また等間隔で街灯が建てられており、人工的な明かりによって照らされた街路が宵闇の訪れを妨げているようであった。
「錬金術を使った準工業……っていうやつの影響かな?
あの貴族のお兄さんの家や工場があるとしたら、こっちだろうね」
ここまで分かり易く格差が広がっていると侵入する側としては逆に有難い。
そんな所感を懐きながら、アルビトラは壁上より再び『風紡』を放って南半分の区画の建物へと飛び移るのであった――
[ 城塞都市カルシャナ カローヌ家の邸宅 寝室 ]
「何だと!? もう"春風"が都市内に侵入したというのか!
私がこちらに着いてから、まだ二日しか経っていないんだぞ?」
「ええ、身体的特徴が合致しているので間違いありませんわ。
東門を警備させていた末端の個体達と交信を行いました。
現在は工業区の市街地を移動中とのこと」
「ぐぬぅぅ……いったい、どんな移動手段を用いたというのだ!!」
強行軍の疲労が抜けきっていなかったのか、本日の晩餐会を早めに切り上げて婚約者の邸宅で休もうとしていたタルヴォア家の嫡子は驚愕に包まれた。
一方、彼の隣には凶報を伝えた一人の女性が佇んでいる。
足元まで届くほど伸ばした優雅な黄金色の長髪が特徴的な妙齢の女性。
ヒトとは思えぬほど完成された美貌。落ち着き払った理知的な振舞い。
この人物こそが、タルヴォア家に輿入れすることになったカローヌ家の令嬢。
……ということになっている錬成像であった。またの名を『中枢個体』。
兵士を模した錬成像と同じくヒトの皮膚を被せているのだが、その完成度は桁違いの出来栄えであり、正に芸術品のようだ。
「如何なさいますか? 敵はかなりの手練れのようですが」
「……奴を相手にするなら、冷却ガスを有効に散布できる場所が絶対条件だ。
その上で戦力を一極集中させないと倒せないだろうな!」
忌々し気に吐き捨てながら寝台から飛び起きて、急いで衣服を着込んでいく。
アルビトラを迎え撃つ作戦は幾つか考えていたであろうに、彼女の余りにも速い到着によって全てがご破算となったのだから、怒りを露わとするのも無理はない。
「この都市内で今からその条件を満たすことが出来る場所は、一つだけ。
非常に危険ですが我々の工場に誘因するしかありません」
「ああ、そうだろうな! くそっ、せめてあと一日あれば……」
上質な礼服の上に錬金術によって補強された革鎧を着込み、最後に黄金色の短剣を腰に差す。
「ともかく百四十番以降の錬成像も全て叩き起こせ、緊急起動だ!
……お前も私と一緒に来い!」
「勿論でございます。
それでは都市を警備している個体達を適時 侵入者へと差し向けて
徐々に工場の敷地内へ誘い込むようにいたしましょう」
感情的になる彼とは対照的に、令嬢の方は至極 落ち着き払っている様子。
或いは、そのように設計されているのだろう。
寝室を飛び出して錬成像の生産工場へと向かうタルヴォア家の嫡子の後を、令嬢はしずしずと追い駆けた。
歩いている最中にも、末端の錬成像との交信は絶えず行われていた。
[ 城塞都市カルシャナ 工業区 居住施設の屋根の上 ]
南半分の区画の建物の屋根へと飛び移ったアルビトラは、早速ながら歩哨の兵士から手洗い歓迎を受けた。
勿論、この兵士とはヒトの皮膚を被せた黄金色の錬成像である。
後列の個体が地上から石弓や携行火筒を放った後、前列が人為らざる脚力で地上から屋根の上まで跳躍して迫り、槍で突き刺そうとして来たのだ。
「ん、都市内でもおかまいなしなんだ!
それとも戦闘が起こっても良いような建材で建てられているのかな?」
僅かに身を逸らして矢弾を避け、火筒弾に対しては眼前まで引き付けてから居合貫きを試みることで真っ二つに両断し、起爆前に無力化する。
「要警戒対象、無傷」
「射撃武器ハ通用セズ、中枢個体ニ 情報ヲ送信」
「(最初に撃ってきた子達だけ奥の方に退却していく? 妙だよ)」
不審な点を感じつつも、槍を持って近接戦闘を仕掛けて来る個体達を次々に斬り捨てていく。
いたずらに戦いを長引かせて無関係な市民の生活を脅かすわけにもいかない。
「何だよ今の音、こんな町中で誰が騒いでやがるんだ」
「えっ、警備兵が逃げていってるわよ? 何が起こっているのかしら」
「あ、あそこだー! あの建物の上に誰か居るぞー」
屋根の上から眼下の市勢を検めると、突如 勃発した戦闘に対して現地の住人達が唖然とした表情でアルビトラの方を見上げていた。
「うーん、とりあえず逃げた子達を追い駆けてみるしかなさそうだねぃ。
今から町のヒトに貴族のお兄さんの居場所を聞いて回るのも無理みたいだし」
[ 城塞都市カルシャナ 工業区『真鍮館』 ]
「……百十六番、反応消失。たった一秒も抗えませんか」
タルヴォア家だけでなく、不明組織からの資金提供により運営されている巨大な工場施設『真鍮館』まで徒歩で移動する最中、令嬢は思わず感嘆の声を漏らした。
既に何度もアルビトラと錬成像達の交戦情報は送信され続けていたのだが、ここにきて彼女の技の冴えが各段に増しているように感じたのだ。
これが本来の動きだと言わんばかりの鎧袖一触ぶり。
先進錬成式の特性で戦術を更新しても、追い付かない。相手の底が視えない。
「お、おい! 奴を上手く誘導できているのだろうな?!
市街地では あの化け物を停める手段なんてないんだぞ!」
「ご心配には及びません。今の所はこちらの思惑通りでございます。
このまま市街地を迂回させながら、この場までお越しいただきますので
幾分かは時間を稼げるでしょう……その間にご準備を」
「当然だ、此処で奴を討ち獲ることが出来れば……いや、討ち獲ってみせるんだ。
あの女の置き土産なんぞに私の計画が邪魔されて堪るものかよ!」
今は亡き学術院生時代の同期だった才女の面貌が脳裏に過ぎり、それを振り払うかのように怒鳴りながら『真鍮館』の敷地内へと入って行った。
[ 城塞都市カルシャナ 工業区 新八番街路 ]
後退した錬成像を追い駆けるアルビトラの両横の細い路から新たな錬成像達が出現し、それぞれが石弓を構えて矢弾を放った。
バシュッ! ……バシュッ! バシュッ!
一体はアルビトラの現在地へ、他の個体は移動先を狙った完璧な予測射撃。
手練れの冒険者や騎士であったとしても、疾走中にこれほどの精度で射掛けられては対処しようがない……だが。
「この感じ、時間を稼ぎつつ誘い込む狙いかな?」
駆け抜けながら、向かって左側より去来する矢弾に対して左掌で鞘を振るって打ち弾き、そのまま右掌を柄に添えて横薙ぎに抜刀しながら右側より迫る矢弾を両断。
そのまま疾走の勢いを止めずにダンッ! と地面を蹴って跳躍すると、空中で縦方向に回転しながら石弓を構える錬成像の近くに風のロープを撃ち込んだ。
「要警戒対象、目視範囲ヨリ消失……ッ!!」
錬成像の一体の首が撥ね飛ばされ、胴体も問答無用で両断された。
続け様に風のロープが撃ち込まれ続ける。
まるでアルビトラが進む道標であるかのように街路に張り巡らされ、それをなぞるようにして斬撃の嵐が閃く。後に残るは無惨な残骸だけだった。
「ん、これで二十一体! 入口のを含めて三十一体。
流石は本拠地だけあって無尽蔵の兵力って感じだねぃ」
更に街路を突き進んで行く。或いは、進まされて行くと、やがてアルビトラは一際 巨大な建物が聳える敷地へと辿り着くのであった。
「……『真鍮館 正面入り口』?
ふーん、ここであの錬成像達を造ってるんだー」
革鞄から魔力活性剤の小瓶を二本 取り出し、纏めて一気に飲み干した。
『風紡』の連続使用で少しずつ消耗していた魔力が僅かに補填される。
既に自分が何者かの策によって誘い込まれていることには薄々気付いていた。
そして絶大な戦力差を覆すために、この策士はアルビトラを絶対的に不利な状況に陥れて最大戦力を叩き付けてくるに違いない……と確信めいた予感がしていた。
上等だ、やれるものならやってみなよ。手間が省けて とても良い。
とでも言わんばかりの堂々とした足取りで、敷地内へと踏み込んで行く。
その姿は最早、挑戦者や討伐者というよりも捕食者に近い圧力を滲ませていた。
[ 城塞都市カルシャナ 工業区『真鍮館』 試験場 ]
広大な敷地面積を要する『真鍮館』は、大別して三棟に別れている。
一棟目は錬成像の生産所や工房が密集した建物。二棟目は事務所や資材倉庫。
最後の三棟目は、組み上げた錬成像などの評価試験を行う施設である。
タルヴォア家の嫡子と令嬢が陣取るのは、この内の三棟目。
横幅八十メッテ、奥行き二百メッテ、高さ二十メッテの建物内の床は固い土が敷かれており、様々な鉄柵が設置されている。
そして緊急起動させた黄金色の錬成像達が整列しており、中には『アルヴェリウス流体』を収めた筒を保持した個体も見受けられた。
事前に散布していないのは、建物の外から攻撃魔術などで狙撃される可能性を考慮したからである。
「どうにか生産所からの移動は間に合ったか。
設備が損壊すれば今後の計画が頓挫してしまうからな。
流石に、武装まで持ち出せた個体は全体の二割くらいとなってしまったが……」
「現在、試験場には二個大隊規模の錬成像が集っていますわ。
その二割ともなれば、約二百四十体ほど……充分でしょう。
そろそろ お客様がお目見えです。お出迎えの準備をなさいませ」
杭の先端に宝玉を付けたような"杖"を手にした令嬢が淡々と告げながら、向かって前方の出入り口を指示した。
「ふん、徹底的に嬲り殺しにしてやるさ。狐狩りの始まりだ――」
建物を埋め尽くす程の錬成像に護られて安堵しているのか、『バルティア・ローゼスの機装剣』を握り締めながら不敵な笑みを浮かべた。
キィン……―― ゴォォゥン。
試験場の出入口、全て魔鋼材で象られた重厚な扉に一筋の剣閃が迸った。
そして豪快な前蹴りでも浴びたのか、真っ二つにされた上で内側に倒れ込み、地面を震わすほどの轟音と振動を撒き散らす。
「こんばんはー」
何とも気の抜けた第一声であった。
然れど、声の主の背後には黄金色の残骸が足跡のように積まれている。
錬成像を嗾けられる端から斬って回り、ここまでの誘いに乗って来たのだ。
「ようこそ、愚かな狐人の冒険者よ。
まさか私の計画がここまで狂わされるとは、予想だにしていなかった」
「んー、それはお姉さんが頑張ってくれたからだね!
私だけだったら手掛かりを掴むどころか、依頼を受けることすらなかったよ」
革鞄から取り出した最後の魔力活性剤を飲み干しながら、まるで世間話でもするかのような朗らかな口調で語る。
「くっ、やはり全てはあの女のせいか!」
「デイル様、どうか怒りをお沈めください。
冷静さを欠いてしまっては自滅を招きかねませんよ」
「あ、ああ……それもそうだな」
タルヴォア家の嫡子の傍で恭しく振舞う妙齢の女性の姿を見咎め、侵入者は少し意外そうな表情を浮かべた。
「わー! 綺麗なヒトだね! ……いや、ヒトじゃないか。
すごく精巧に取り繕っているけど、本質的には外の兵士達と同じみたいだね」
「あらあら、お分かりになられるのですか?」
「うん、生き物 特有の波長や物音が貴方からは感じ取れない。
ヒトのふりをした他の錬成像と同じで、すごく静かだよ
本当によく出来てるとは思うけどねぃ」
先進錬成式を組み込んだ錬成像は高度な情報共有能力を有しているが役割や生産時期によって、幾らか程度に差が在った。
エスピラ高地の樹林帯で遭遇したような、騒動を起こす役割の個体達は全てカタコトでしか喋れなかったのに対して、サルロスの兵士や倉庫で出荷待ちになっていた個体達は やや堅苦しいながらも日常会話での意思疎通が可能だった。
この令嬢……『中枢個体』に至っては、は完全にヒトと見分けが付かないほど達者で優雅で、気品すら感じるような語り口調である。
「まあ、でも明らかに他の錬成像達とは性能が段違いみたいだし
貴方が先進錬成式の中核ってところかな? かな?」
「ふふふふ! コイツは他の錬成像とはワケが違う特注品だ!!
我が婚約者だった女と瓜二つの機巧体に、剥ぎ取った生皮を張り付けた
永遠の令嬢なのさ……素晴らしいだろう?」
「うーん、悪趣味とか そういう話ですらなくなってくるねぃ」
陶酔するかのような口調で、生来の悪癖を表に出して秘密を吐露するタルヴォア家の嫡子にやや呆れながら、侵入者は建物内に配備された敵戦力を見渡していた。
「ま、お兄さんの趣味とか錬成像の秘密は後でゆっくり調べてもらうからさ。
……終わらせよっか、私もうお腹ぺこぺこなんだよねぃ」
その瞬間、侵入者の総体より夥しい威圧感が放たれた。
「うぐぅぅ、ひぃぃ……! は、早く冷却ガスをぶち撒けろおお!!」
男が慌てて叫び散らかすよりも早く、黄金色の筒を携えた錬成像の傍へ風のロープが撃ち込まれた。
それも一本ではない、立て続けに連射して来たのだ!
ピシィィ―― ピシィィ――
魔力で産み出した風のロープに貫かれた端から筒に容れられていた冷却ガスが反応を起こし、次々に氷塊を産み出していく。
「いけません、今直ぐに『アルヴェリウス流体』を投棄しなさい」
令嬢が慌てて指示を出すも時 既に遅し。
抜刀術と魔術を同時に封じる数少ない有用な手札は呆気なく無力化された。
「ええい、斯くなる上は、前列から突撃だ!! 一斉に圧し潰してしまえ!」
「かしこまりました。優雅さには欠けますが勝利する事こそ第一義。
此方側の損害も拡大してしまいますが、数の力は嘘を付きません。
そして敵の消耗を強いた上で、私達も仕掛けていきましょう。
二個大隊、約千二百体もの錬成像が一斉に動き出す。
腐っても先進錬成式を施された個体だけのことはあり、一体一体が熟練の騎士や軍人に匹敵する機敏さを垣間見せた。
こんな群れにたった一人で挑むなど、余りにも無謀が過ぎるだろう。
「……そういうのは、もう飽きたんだよ」
先頭の錬成像が迫るより先に右掌を掲げて風のロープを射出し、天井部に固着。
地面を蹴って一挙に跳び上がり、天井付近より黄金色の群れを見据えた。
「無駄な足掻きを……! ええい、石弓持ちに射掛けさせろ!!」
「四列横隊に移行させます、順次 射撃開始」
敵陣の動きは素早く、既に矢弾を番えている。
まるで予め天井へ退避することも予測していたかのように――
樹林帯での遭遇戦、サルロスの倉庫の地下室での得手を封じられた戦い、レネ家の邸宅での掃討戦、そしてカルシュナ内での散発的な交戦と誘導。
ここ数日の間で、先進錬成式の厄介さは十二分に思い知らされた。
倒しても自己改修を繰り返し、策が通じなくなれば、無尽蔵とも思える数を頼りに圧し潰そうとする、『中枢個体』の指示も的確だ。
この都市に居ながらにして国の一つや二つを亡ぼすことすら可能だろう。
正に、恐るべき技術。
だが基を辿れば他者が築いたものを簒奪して、継ぎ接ぎした成果に過ぎない。
若き日の女冒険者が未来を信じて開発した次代の錬金術。
錬成像の生産工場と成り果てたこの都市とて、先人達が築いて来た準工業があったからこそ成り立っている。
『中枢個体』とて、基となった女性が居たのだろう。
「お姉さんは、あんな身体になってまで自分の脚で歩こうしたのにねぃ」
あの旅籠屋で垣間見た、生きる意味を賭した最後の冒険への渇望。
全てを喪って尚も、自責の念と悪夢を抱え続け、独りで抗おうとしていた。
死出の旅路と知って足跡を刻もうとする、あの瞳と同じものを視たいと思った。
だからこそ、彼女は女冒険者に突き動かされて、今こうして戦っている。
一方で、このデイル・グルヘイム・タルヴォアという男は、誰かが流した血と涙と努力の上を、無機質な車輪で踏み荒らしながら進み続けている。
そうして歪な趣向と悪辣な野心を象りながら、ヒトの皮を被せた些末な戯曲を描き続けているに過ぎないのだ。
自分の脚だけでは歩こうとしない。足跡を刻まない。
そんな輩は、"春風"のアルビトラの敵ではなかった。
「さあ、起きようか……アガネソーラ、忌導!」
そして静かな決意と共に、己の持つ無二の粋然刀の銘を呼んだ。
産まれた頃の記憶がなく、気付いた時にはこの粋然刀と共に大草原の直中で寝転んでいた彼女が、自分の名前以外で覚えていた唯一の銘。
其れこそが、この『霊刀アガネソーラ』だったのだ。
フォォ……――― ン !!
アルビトラの呼び声に応えるかのように『霊刀アガネソーラ』の鍔や鞘に設えてある小さな赫い宝玉が発光し、真紅の光粒が勢いよく噴き出し始める。
やがて光粒は束になり、瞬く間に固形化して周囲に浮滞していった。
「な、何だあれはー! 新手の魔術か?!」
「いいえ、魔力反応 無し。魔術どころか魔法ですらありません」
固形化させた真紅の光粒は三つ。それぞれがアルビトラの意のままに動く浮遊盾となって迫り来る矢弾を阻み、完全に受け停める。
のみならず、空中で静止させることにより即席の足場としても機能していた。
「真紅の光の飛沫の集積帯……まさか、『霊滓綺装』?
何故、そのような代物を一介の冒険者が所持しているというのです」
膨大なる情報網を有し、常に更新し続ける令嬢はアルビトラが持つ武器の正体に検討が付いたようだ。
シュゥゥゥ……。
余った光粒が『霊刀アガネソーラ』の刀身へと纏わり付き、茜染めの払暁の刃の如き色合いへと変貌。浮遊盾と同等以上の硬度にまで補強された。
同様に、アルビトラが纏う衣服も薄い膜のようなもので覆われている。
「『風紡』!」
浮遊盾に乗りながら眼下を見降ろし、独自魔術を行使する。
しかし今度は同時に構築した術式の数が桁外れに膨大であった。
バッ シュシュ…… シュシュシュシュ……。
左掌より風のロープが断続的に射出される。その数は、一千 以上。
広大な試験場の屋内に所構わず張り巡らされたその光景は、恰も蜘蛛の巣や牢獄の如き異様な領域へと成り果てる。
そしてアルビトラは、足場にしていた浮遊盾より跳び発った。
静かに、鋭く、己の身体を弾丸の如く発射したのだ。
「デイル様、防御姿勢を! ……来ます!」
「ひ、ひィィィ!?」
警告を発した令嬢が"杖"を構えて嵐に備え、タルヴォア家の嫡子もまた黄金色の短剣より茨を出現させて己を護る防壁とした。
「往くよ……これが私の傷銘の旅路!」
さあ、垣間見よ。此れより放つは"春風"が数百年を歩いて編み出した傑戦奥義。
限りなく光速に近しい、幻創を刻む斬軌の足跡!
一千本以上の風のロープを次々に辿り、音速を越えた速度で錬成像の集団が陣取る建物内を縦横無尽に駆け巡る。
標的に定めた個体に接近した端から居合貫きにて斬断し、即座に次の標的へ。
彼女が擦過する度に剣閃が迸り、黄金色の装甲が斬り裂かれて鉄屑と化す。
彼女が踏破する毎に音速越えの衝撃波が拡散し、叡智と資本を結集させた筈の錬成物が暴威の前に屈していく。
「要警戒対象、接近」
「近接対応……不能、視界ヨリ対象消失」
「……ッ!! 腕部破損、脚部破損、頭部ハ………――――」
「第二十六小隊 沈黙、敵 接近……危険 危険 危険」
感情など無い筈の錬成像達の間に驚愕と混乱が蔓延した。
だが、もう全てが遅いのだ。或いは彼女が疾過ぎたのだ……。
千の、閃を、占し、鮮する――
「『亜光速抜刀舞踊』!」
瞬き一つの間に百の個体が斬り裂かれる。
二個大隊、約千二百体の黄金色の軍勢ならば壊滅までに要する時間は十秒程度。
戦略の立て方次第では国を滅ぼすに値する戦力である筈の、タルヴォア家の嫡子が描いた戯曲が、たった一人の冒険者によって喰い荒らされていく。
「馬鹿な、こんなことがあってたまるものかぁぁ!!」
斬り裂かれた錬成像の残骸や、建物内の鉄柵が舞い散る渦中にて、黄金色の茨の中に閉じ籠ったまま己の無力さを実感することしか出来ない。
「これが"春風"の本領……ということですか。
斯様な速度で動き回れば肉体、衣服、刀剣に至るまで自壊するでしょうに
真紅の光粒による皮膜で、亜光速域で稼働する負担を軽減しているのですね」
その一方で、令嬢は眼前の惨劇に驚嘆しつつも冷静な分析を重ねている。
一度だけアルビトラが迫り、音速越えの衝撃波が去来した際にも"杖"で適切に防いでいた。
ト ン ……。
千を越える閃の暴威が過ぎ去り、真紅を纏った冒険者が静かに地面に落着した。
其の表情は特に気負ったものではなく、かといって無貌でもない。
「ちょっと疲れたなー」とでも言わんばかりの朗らかさであった。
「ふぃー……お掃除完了! これでやっと、貴方達を斬れるねぃ」
大きく息を吐いて全身を弛緩させた後に、深呼吸。
黄金色の残骸の山を更に踏み越えて、場違いな程に軽い足取りで距離を詰めた。
・第1話の8節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・7節目が幕間としたら今回は疾走感を重視した回とさせていただきました。
そして次回はいよいよ決着! どうかご期待くださいませ!




