何者にもなれなかった女冒険者(7)
[ オルクシア地方 ~ レネ領 エスピラ高地 旅籠屋『バルサムバーグ』 ]
「そういえば、あの二人が冒険に出てから今日で三日目だ。
全く音沙汰がないが、今頃は事件の真相に近付いている頃合いかな?」
酒場のカウンター席にて紙の束に目を通していた青年商人がふと思い出したかのように呟いた。
彼はここ数日の間、店主を始めとした酒場に訪れる多くの者達と交流し、この地域の文化や需要のある商品について積極的に学んでいる最中であった。
「あの二人? ああ、あの女冒険者と"春風"のことかい」
「そうそう、彼女達だよ。
二十万デルミスの例の依頼を受けたパーティは何組か現れたようだが
やはり、あの二人が一番興味深いと感じたんだ」
「遥か北方のキーリメルベス連邦からやって来た商会長サマが気に掛けるなんざ
"春風"はともかく、あいつも遅咲きながら運気が巡ってきたってか」
数年前から女冒険者の隆盛を目にして来た酒場の店主は、巌のような面貌を僅かに破顔させて不器用な笑みを浮かべた。
彼女が所属していた冒険者ギルドが全滅した顛末を知る者として、多少なりとも同情するところがあったのだろう。
故に、彼女がこのまま再起するのであれば喜ばしく思うのは道理である。
「ま、この事件は国境を越えてかなり多方面に根を張ってるっていう話だからな。
幾ら二つ名持ちと組んだとはいえ、たった数日で解決は出来ないだろうさ」
「……昨日、ちらっと噂に聞いた例の組織が絡んでいたりするのかな?」
交流した者達から耳にした情報を片っ端から書き連ねたザラ紙のうちの一枚を手に取り、そこに記しておいた組織名を一瞥する。
エスブルト共和国も加盟している『デルク同盟』と呼ばれる勢力内の各地で、とある秘密結社が暗躍しているという噂であった。
酒場の店主は少し考える素振りを見せた後、慎重に言葉を紡ぎ始めた。
「御上は何も言って来ねぇが、可能性は充分にあるだろうよ。
そもそも大量の錬成像を造るとなりゃあ、それだけ莫大な資本が必要だ。
その辺の銭勘定はアンタの得意分野だろ?」
「まあね、僕が住んでいた国でも錬成像や魔具像はよく見掛けた。
昔、冒険者をやっていた頃の仲間の中にも詳しい奴が居たから
ある程度の製造コストの検討は付く……その運搬費用なんかもな」
仮に貴族家の資本が裏で動いていたとしても、この事件の規模からすれば単独で成し得るものではない。元冒険者だという青年商人の見立ては鋭かった。
「とりあえず彼女達の無事と事件の早期解決を願うばかりだよ。
でないと僕は、いつまで経っても此処での商売が始められないからな!」
「確かになぁ、販路の開拓を目指して流れて来たアンタにとっては
商隊を襲う錬成像が徘徊してる土地なんて堪ったもんじゃないだろうぜ」
「ああ、そういうわけなんで暫くはこの店に留まらせてもらうよ。
それに……あの二人組が戻って来たら少し話してみたいしね」
「こっちとしちゃ飲み食いして金払ってくれる太客は大歓迎だ。
ふん、あの女達がお気に召したってか?」
「違う、違う。そもそも僕には既に最愛の妻がいるからな」
首に掛けていた頑丈そうな紐を引っ張り、その先端に付けてある真新しい結婚指輪を堂々と開示してみせた。
「長身の女性の方は、冒険者にしては中々に理知的な目をしていた。
きっと面白い知識や道具を沢山蓄えていそうな気がしてね。
そして狐人の方は……なんというか、纏う雰囲気からして規格外だったな」
青年商人の眼光が鋭い輝きを放ち、真剣な面持ちへと移り変わる。
アルビトラの正体を知る前から、彼女を一目見ただけで只者ではないと完全に見抜いていたのである。
「特に彼女が佩いていた刀剣……あれも ただの粋然刀ではないだろう。
もしかしたら伝説級の武器かもしれない! 是非とも じっくり視てみたい!」
どちらかといえば彼女達自身よりも、彼女達が所持している道具や武器の方に関心があるような様子であった。
「おいおい……こんな遠方の国に長期出張して、新妻に逃げられても知らんぞ?
珍しい品に目を輝かせるってのは商人のサガなのかねぇ」
店主は少し呆れたように嘯いたものの、他人の家庭環境をとやかく言うような無粋な真似は止めておくことにした。
アルビトラがレネ領からガティナ領へと渡ろうとしていた頃、旅籠屋に残った者達の間では、このようなやり取りが繰り広げられていたという――
[ オルクシア地方 ~ ガティナ領 クタルド街道 ]
ガティナ領では東端から西端にかけて一直線に伸びるクタルド河が流れており、この豊富な水源を活用して多くの村や町が誕生した。
時代が下るに連れて河川沿いには立派な街道が整備され、今日では隣のレネ領から様々なヒトや物が往来するための要路として広く活用されている。
そんなクタルド街道を、陽光が昇りきらぬ早朝から異様な速さで突き進む一行の姿があった。
上等な馬車が一台と、荷物を積んだ幌馬車が二台から成る三台編成。
その周囲には護衛の騎兵が八騎、歩兵が二十名も随伴しているのだが、この兵士達はいずれも能面の如き無表情につき感情の機微が感じ取れない。
「くそっ! ……忌々しい。まさかこんな事態になるとはな!」
最大速度で走らせている馬車は絶えずガタガタと揺れ続けている。
昨晩から一睡もできなかったからか、或いはこれが本性であるのか、搭乗者は苛立ちの絶頂点に達しており、それを隠そうともせず車内で独り言を呟き続ける。
「だが、このまま走り続ければ今日の夜にはカルシャナに着く。
……今頃 ジョエル殿は大慌てだろうが、精々 身代わりになってもらおう」
車窓から視える外の景色を眺めながら愚痴を零す黒髪の貴族の男性。
即ち、着実に追われる身になりつつあるタルヴォア家の嫡子であった。
「サルロスから連れ出せた錬成像は此処にいる二十八体だけ……。
残り二十五体を町中に放棄する羽目になるとは、大損もいいところだ。
あの女め、死して尚も私に盾突くとはな」
橋上での一幕の後、別邸に戻って支度を済ませて町を発とうとした頃には、冒険者統括機構の役人達が迫って来ていた。
此度の錬成像事件の首謀者がタルヴォア家であることを確信した動きであり、随分と肝を冷やされたものである。
まず間違いなく、女冒険者が掴んでいた証拠をアルビトラが提出したのだろう。
死体を回収しなかったことを悔いる気持ちよりも、屈辱の方が勝っていた。
「それにしても二つ名持ちの冒険者の影響力というのは本当に厄介だな。
だが私はこうして町から脱出を果たした……。
多少、盤面が狂ってしまったが、まだまだ どうにでもなる範疇だ」
逸早く行動した己の判断力を大いに自画自賛していた。
実際に、もし彼が真っ先にサルロスから離れていなければ今頃は縄で縛られていたかもしれないのだ。
そして城塞都市カルシャナに入れば、千体を越える錬成像が控えている。
これを動かしてサルロスごと制圧してしまえば、冒険者統括機構といえど容易にタルヴォア家に手出しすることが出来なくなると考えていた。
「そのためにも、あの二つ名持ち……"春風"のアルビトラは確実に仕留めて
あの愚かな女の代わりに顔を剥いでやらねば、どの道 安心して眠れない」
エスピラ高地の山路で垣間見た彼女の尋常ならざる戦闘力は思い返すだけで背筋が凍る程である。
正に規格外の化け物。一種の災害のようですらあると感じた暴威。
先進錬成式が導き出した対アルビトラ用の戦術である冷却ガスですら彼女を停めることが出来なかったのだから、最早 真っ当な手段で討ち獲ることは難しい。
故に、今度は圧倒的な数の暴力で嬲り殺す。
サルロスを包囲して、町人を人質に取って、能う限りの苦虐を与えてやる!
討ち獲った暁には毛と皮を剥ぎ、喧伝も兼ねて錬成像の素材にしてやろう。
「ふっ……ふふふ、あの方々の支援がある限り、私の計画が失敗することはない。
巻き返すどころか、この状況すらも利用すれば良いのだ」
それまでの苛立ちを露わにしていた面貌から、憤怒と愉悦が入り混じった歪な笑みへと変わっていく。
どうせ今のタルヴォア家の嫡子の立場は悪化しているのだ。
事件を起こさせていた黄金色の錬成像の正体と出処が白日の下に晒され、数日の後には冒険者統括機構を通じてエスブルト政府の耳に入ることだろう。
「だったら、その前に"春風"を斃した勢いと名声に乗じて
ガティナ領とレネ領を纏めて切り獲ってしまえば良い!
そうすれば父上や兄上も私に従わざるを得なくなるだろうからな!」
懐より取り出した『バルティア・ローゼスの機装剣』……彼が名を連ねる秘密結社の協力を受けて完成させた、最新にして最小の錬成像を眺めながら新たな決意を固めるのであった。
[ オルクシア地方 ~ レネ領 サルロスの町 レネ家の邸宅 ]
サルロスを含む近隣一帯を治めるレネ家の当主、ジョエル・ジョン・レネは窮地に立たされていた。
冒険者統括機構に務める役員や、彼等に雇われた冒険者達が突如として敷地内に雪崩れ込んで来たのだ。いわゆる捕り物の現場である。
「き、貴様等ぁ! この儂に対してこのような仕打ちをして、
後でどんな末路を辿ることになるか覚悟は出来ておるのだろうな!」
「進退を憂慮しなくてはならないのは貴殿の方かと。
一連の騒動の首謀者であったタルヴォア家と懇意にされていたことは
多くの者から証言を得ていますので」
「この若造めが……言わせておけば!」
激昂するレネ家の当主、ジョエルは五十歳を少し過ぎた中年の男性。
そんな彼を淡々と詰めている役人の方は、彼よりも一回り以上も年下の冷徹そうな青年であった。
「儂の支配地で冒険者統括機構如きに好き勝手にされてたまるか!
お前達! コイツ等を叩き潰して摘まみ出せぇい!」
ジョエルが号令を発すると、邸宅の奥に控えていた五人の兵士が凄まじい速度で駆け寄って来ては各々が持参した騎槍と大盾を構えて隊列を組んだ。
いずれも感情が欠落したような面貌をしているが、その動きはヒトとは思えぬほどに俊敏で統率の取れたものである。
「主命ヲ受理、侵入者ヲ排除シマス」
「突撃陣形、用意――」
兵士が一斉に騎槍を構え、役人達は慌てて後退。護衛として随伴している冒険者達は武器を取り出して応戦しようとした……が、次の瞬間。
「このヒト達とはまともに戦わない方がいいよー」
この場には似付かわしくない気楽そうな声と風が迸り、瞬き一つの間に五つの剣閃が繰り出される。
「……ッ!!」
「脚部破損……」
「姿勢制御、不能」
五人の兵士、否……ヒトを模した五体の錬成像達の両脚が一挙に斬り裂かれ、その場で次々に転倒して一時的に行動不能へと陥る。
「ん、やっぱり倉庫を警備していた錬成像と同じだったね」
左掌で鞘を握り締め、右掌は柄に添える居合貫きの構えを維持して呟く。
接近から抜刀に至るまで、誰も視界に捉えることすら出来ない程の早業であり、それを実現させているのは彼女が鍛え上げた練達の技巧と独自魔術、そして粋然刀と呼ばれる独特な形状の刀剣の真価を引き出しているからだ。
「……流石は"春風"ですね。
よし、他の冒険者達は損傷した錬成像を駆逐しなさい」
「これが錬成像だって? 確かに足をぶった斬られて血が出てないな」
「槍を構えた時は圧倒されかけちまったが、地面を転がってりゃ楽勝だぜ」
「依頼主からの命令は絶対だ、悪く思うなよ」
本来なら手練れの冒険者が複数人で挑んだとしても先進錬成式を組み込んだ錬成像を倒すことは難しい。
しかし初手で両脚を斬って機動力を奪えば彼等でも十二分に勝機があった。
程なくして錬成像達は破壊され、それ以外の生身の兵士達は役人が敷地内に踏み込む際に既に鎮圧されている。
防備を失ったジョエルは力無く項垂れると、すっかり観念したのか役人達からの取り調べにも粛々と応じ始めた。
「ねえねえ、おじさん。あの貴族のお兄さんと仲良しだったのなら
カルシャナっていう場所については何か知ってるの?」
「ぐっ、うぬぬ……」
取り調べのための質疑が一段落したのを見計らってアルビトラからジョエルに直接 質問を行った。
他の役人や冒険者達とは異なり、このような現場にも関わらず全く気負った様子が無い。まるで飲食店でオススメのメニューを訊ねるかのような気軽さだ。
そんな場違いな雰囲気を醸し出す彼女に対し、得も言われぬ不気味さを直感的に感じ取ったジョエルは思わず身震いをする。
「か、カルシャナは……タルヴォア家の倅の婚約者の町だ。
奴はそこに錬成像の生産工場を建てておった。
……くそぅ、どうしてこんなことに」
「そうだったんだ!
ということは、貴族のお兄さんは今頃 そこへ向かってるってことだねぃ」
必要な情報を得て納得したのか、それ以上のことは他の者に任せてアルビトラは次なる目的地へ向けて旅立とうとする。
そんな彼女を、最初にジョエルに話し掛けた冷徹そうな役人が呼び止めた。
「ご苦労様でした。ご助力に感謝します、アルビトラさん。
タルヴォア家の屋敷に続き、速やかなに制圧できたのは貴方のおかげです」
「んー、それを言うなら頑張って手掛かりを探っていた お姉さんの手柄だよ!」
「そうですね……途中で殉職されたのは誠に残念なことですが……」
「ま、冒険者って そういうものだからねぃ。
じゃあ私はそろそろ行くね、元凶を倒さないと解決にはならないし!」
「はい、どうかご武運を」
律儀に応対する役人に向けて笑顔で手を振ってから、アルビトラはレネ家の邸宅から凄まじい速度で離れていく。
「仲間を喪ったばかりだというのに悲しむどころか当然のように語って次に行く。
普段は単独活動専門の彼女が、珍しく誰かとパーティを組んだというので
何か特別な理由でもあったのかと推察しましたが……」
アルビトラの姿が見えなくなるまで見送った後に、ふと零す。
「数百年間も現役を続ける伝説の冒険者……化け物の行動は、理解不能ですね」
呆れが半分、恐怖が半分といった表情を浮かべた後に、役人は己の職務を思い出して現場の指揮に戻るのであった。
「よーし、メモを取ったら一直線に向かおうっと!」
サルロスの町の入口までやって来たアルビトラは、革鞄から一枚の地図を取り出して城塞都市カルシャナの方角を確かめた。
次にボロボロの冊子を取り出し、これまで何度か行っていたように旅の記録を仔細に綴る。調査の途中でも、食事の前後でも、彼女は時折この冊子を開くのだ。
怪我や病気、肉体の老化、感情の負荷といったものが捲き戻ってしまう彼女だからこそ大切にしている習慣。
その時々に感じたこと、大切そうな思い出、おいしい食べ物、次の冒険に繋がる情報……書式などは一切拘らず、自由奔放に、好きなだけ書き連ねる。
女冒険者を喪ったことによる悲しみは、既に白紙と化してしまっている。
今はもう何も感じないし、さっさとこの依頼を達成することしか頭にない。
だからこそ、白紙の冊子に己が生きている証を書き記してきたのだ。
この数日間の記憶などアルビトラの長い長い道程の中では、ほんの一瞬の出来事に過ぎず、いずれは風化して思い出すことすら難しくなるだろう。
だが女冒険者とパーティを組もうと思った切欠や、その時の自分の感情などは記録に残してきた。後で読み直すことなら出来る。
だからこそ、白紙の道筋に己が生きてきた足跡を刻んでいけるのだ。
これが彼女の冒険の書。
"春風"のアルビトラの、幻創の記述――
「できたー! 我ながら会心の出来栄えだよ!」
満面の笑顔で筆記を終えた冊子を閉じて、地図と一緒に革鞄へと仕舞い込む。
思い出は記述として残し、負の感情は風と共に過ぎ去っていく。
「お姉さんのためにも、ささっとこの依頼を片付けて
あの旅籠屋に戻ったらコルキオのお酒で乾杯したいねぃ」
そうして彼女は走り出す。
次なる目的地は、エスブルト共和国有数の生活圏である城塞都市カルシャナ。
一連の騒動の元凶であるタルヴォア家の嫡子との決着の時が近付いていた。
・第1話の7節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・タルヴォアとの決戦の前の幕間のような回でしたが、如何だったでしょうか。
ここからはクライマックスに向けて盛り上げていきたいと思いますので
どうか結末まで見届けていただけましたら幸いです。
・補足となりますが、アルビトラの記憶自体は捲き戻ることはなく蓄積されます。
ただ、やはり500年間も生きていると、どうしても忘れてしまうことが多く、
このようにメモを取り続けています。たぶん三桁の冊数は越えているかも……。
ラナリキリュート大陸は各国で学術機関が発展している関係で
優れた製紙技術も広まっている大陸なので、
紙の質を問わなければ比較的安価に冊子を入手できるのが救いですね。




