何者にもなれなかった女冒険者(4)
「どうにか、この錬成物の……定礎式の根本までは……」
机の上に置いた黄金色の破片を解き明かす作業を続けること数刻。
左目に装着した単眼鏡に映る現実を直視しつつ、様々な器具を駆使して地道に真実を暴き立てる。それが自分に与えられた役目であると悟った。
「あと、もう少し……」
二人部屋の窓の外では、徐々に東の空が白みを帯び始めている。
背後からは先に就寝した狐人の冒険者の安らかな寝息が響いており、徐々に睡魔に抗えなくなりつつあった。
「ここの式さえ……抉じ開けられれば……」
解析作業の進捗は凡そ九割といったところか。
戦いでは役に立てない分、ここで自分の存在意義を証明したいという焦りにより気付けば明け方近くまでの長時間作業となっていたが、それもいよいよ限界だ。
「………少し、だ……け……」
まるで糸が切れた人形のように、机に突っ伏す形で意識の手綱を手放した。
そうして黄金色を間近で見続けた瞼の奥より、入れ違いのようにして悍ましき暗黒の靄が押し寄せて来た――
嗚呼、またこの夢か……。
まただ……また、あの光景が……。
もう、思い出したくなかったのに……久々に黄金色を視たせいで……。
涙と悲鳴、絶望と痛痒が、微睡の奥底より掌を伸ばしてくる……。
国立学術院を退学させられて、故郷の町からも追い出されてしまった。
冒険中に仲間達を喪い、私自身も心と身体に大怪我を負ってしまった。
……二度だ。
これまでの人生で二度、私は奈落の底へと突き落とされたのだ。
――それは輝かしき 日の出のような幼少期。
エスブルト共和国の首都ボロルの端。昔から平民達が暮らす川沿いの区画で産まれ育った私は幼少の頃より好奇心旺盛で、気になったことは徹底的に調べ上げないと気が済まない性分であり、よく周りの大人達を困らせていた。
やがて成長するに連れて秘めた素質が開花し始めると、元貴族家の子供や裕福な商人の子供くらいしか通えないような『国立学術院』に、代価と寄付を支払わずに特別待遇での入学が許された。
「なんと素晴らしい! この理論が完成すれば常理を揺るがす大発明となる」
「やはり君はものが違う!
コネで入学したような元貴族家のボンクラ達は天と地ほども開きががある」
基礎教養を修了したのは十代前半。より多くの物事を探求できるからという理由で第一錬金科へと進み、必死で修学と研究を続けた果てに数多の称賛を得た。
思うがままに常理を解き明かす喜びに心が弾み、時を忘れて没頭した……。
――空模様が一律ではないように、日が昇るにつれ徐々に暗雲が立ち込める。
「ちっ、薄汚れたドブ河育ち醜女が……調子に乗りやがって」
「あんな奴をのさばらせておくなんて屈辱にもほどがあるわ。
こっちは単位を取るのでやっとなのに」
躍進の裏では嫉妬や悪意が常に付き纏う。
特に学術院に通う元貴族家の者達からの反発は相当のもので、数々の小さな嫌がらせを受けたものだ。
「気にすることはないよ、君には君の素晴らしさがある。
さあ、共にこの錬成式を完成させて彼等を実力で黙らせようじゃないか」
その一方で、隣国から留学したタルヴォア家の嫡子のように私のことを認めてくれる学友達も少数ながら現れ始め、以前に増して錬金術の研究に腐心していった。
ところが……。
「う、うわああ! 学習試験中の十二番が院外に飛び出ていったぞ!」
「七番の駆動系に異常発生! このままだと自壊します」
「くっ、ボロルに駐屯している騎士団に応援を要請するんだ。
市民に被害が出る前に稼働中の錬成像を停止させろ!」
私達が研究していた先進錬成式を採用した錬成像達が、ある一定の時を境にして過剰に自己改良を繰り返し、管理できない事態となってしまった。
通常、錬成像は制御用の機材や、何等かの制御式を組み込んでいるのだが、自己改良に乗じて設計者から施された枷を外すようになったのだ。
「聞いたか? ついにあのドブ河育ちがやらかしたそうだぜ。
あいつが基礎構築した錬成式に問題があったんだろう」
「いい気味よ、このまま学術院から消えてくれないかしら」
私のことを目の仇にしていた者達からの嘲弄や嫌がらせが激しさを増す一方で、それでも私のことを信じて支援し続けてくれる者も僅かながら残っていた。
だからこそ次は失敗しないと強く誓い、汚名返上のためにも先進錬成式を組み込んだ錬成像を造り続けた。
――今にして思えば、どうしてあの時の私は錬成像に拘っていたのだろう。
元々は常世のあらゆる事象に心を馳せ、自由に歩き回りながら、思うがままに解き明かしたいと欲したからこそ、錬金術を学ぼうと思った筈なのに……。
「私達は君の才能を信じている。
幾らでも協力するから、一緒に這い上がっていこう」
タルヴォア家の嫡子の篤い言葉と抱擁、そして少数の学友達からの期待は大いに救いとなり、心の支えとなった。
細かく式を変え、素材を見直し、やがて妖精結晶を硬質化させた疑似金属が最適であるという結論に至った。
もう二度と勝手な自己改修などさせない。周囲を失望させない、嗤わせないという思いに駆られて、来る日も来る日も机に齧り付いて理論を練り上げた。
そうして完成したのが黄金色に輝く新型の錬成像達。
完璧な理論、完璧な制御手段を備えた最高傑作と呼ぶべき成果。
形状は細長い頭部を備えた四足歩行型で、犬を模していた……と思う。
少なくとも戦闘を前提としたヒトガタではなかった筈なのだ。
だというのに……。
「なんだコイツ、どこから現れた!?」
「嘘でしょ、自分からこんな形になるなんて……きゃあああ!」
「誰か、誰か停めてくれ! 制御鍵の入力を受け付けないんだ」
あれ程、入念に設計したというのに。
黄金色の錬成像達はたった一日の間に自己改良を繰り返し、ヒトを模した四肢を持つ殺人鬼のような形状へと成り果ててしまっていた。
またもや繰り返される惨劇。しかも前回より基礎性能が向上しているためか精鋭騎士でも喰い止めることは難しく、学術院の内外に多大な被害を齎してしまった。
こうなると主要設計者だった私を庇える者は皆無となり、潮時とばかりに大半の学友達は見切りを付けて距離を置いた。
前述のタルヴォア家の嫡子のように、最後まで擁護してくれようとした者は居たのだが、当の本人である私は既に心が折れてしまっていたのだ。
理論が破綻しただけならば再び挑めば良い。
しかし、多くの者達を傷付ける結果を招いた事実に耐えられなかった。
日に日に増していく罵倒や嘲弄。支援打ち切りの話も飛び交い始め、遂には第一錬金科を除籍となる。
最終的には自主退学という形で国立学術院を去ることになったのだ……。
「どの面下げて戻ってきやがった! 一人だけいい生活してたくせによ」
「恥ずかしくないのか? お前が造った錬成像のせいで
家を焼かれちまった奴も大勢居るんだ」
「そうだ、そうだ! とっとと首でも吊って詫びを入れろってんだ」
生まれ育った川沿いの平民街に戻ってみたものの、家族を始めとする昔馴染み達は大きな失敗を犯した私を受け入れてくれる筈もなかった……。
「ごめんなさい、ごめんなさい……すぐ、出ていきますから……」
当時の私は、そうとしか思えなくなってしまっていた。
浴びせられる罵声も、石や屑鉄も、全部 当然の報いであると。
結局、嗚咽交じりの謝罪を繰り返しながら着の身のままに平民街から走り去り、そのまま首都ボロルを後にした。
それが、一度目の奈落。
――偽りの陽光の如き黄金色は、どこまでも追い掛けて来る。
「ねえ、そこの貴方! 村の隅の雑貨屋の店番をしていた子よね?
貴方の助言を取り入れてみたら、魔物退治がすごく楽になったわ」
辺境の村にて私に声を掛けてくれるようになった同年代の女性が現れた。
忘れもしない、忘れられる筈もない。
奈落の底に、僅かな光が差し込んだと思えた瞬間だった。
首都ボロルで居場所を失った私は各地を転々としながら、日雇いの仕事でどうにか食い繋いでいた。
といっても身寄りのない女を正式に雇い入れてくれるような場所などは無く、研究一辺倒の生活しかして来なかった私では娼館で働くことすら出来なかったのだ。
結局は人手が足りない辺境の村などで臨時の店番や荷運びをするのが関の山。
日々無為に過ごしていた……そんな時に転機が訪れたのである。
「ただの移民にしては妙に学があると思ってたのよね。
もし他に行く所がないっていうのなら、私達のギルドに入らない?」
彼女は駆け出しの冒険者だった。
辺境で産まれ育った者同士で広い世界を夢見て旅立とうと誓い、冒険者ギルドを立ち上げたものの、文字の読み書きすら出来ない者が大半だったため二束三文の報酬の簡単な依頼しか受けることが出来ずに困っていたとのこと。
「……分かりました、もう私にはやりたいこともないので」
未だに国立学術院での失敗を引き摺っていた私は、特に深い考えや目的もなく、ただ単に声を掛けてきてくれた彼女達の誘いに乗った。
ある意味で、天職に巡り合えたのかもしれない。
錬金術師ではなく冒険者として、常世を見て回り、解き明かす。
冒険者という自由身分になれたことで、小規模ながら幼き日に夢見た生き方が像を結び始めたのだ。
まだやり直せる。日は昇り続けている。
瞬く間に時が流れた。
「やったわね! 遂に冒険点が十を越えた。
これで私達も中堅冒険者ギルドの仲間入り……これも全て貴方のおかげよ」
「いえいえ、それを言うのなら
あの時 行き場を失っていた私を誘ってくださった皆さんのおかげですよ」
最初は彼女が立ち上げたギルド内の会計や荷物持ちといった雑務を熟す程度であったが、次第に私も一人の冒険者として参画するようになっていった。
それまで触れたこともなかった剣の扱いを必死に学び、持ち前の学術的な知識を活かして物資の調達や依頼主との報酬の交渉、法的なやり取りに至るまで文武を問わず貢献した。
「なに言ってんの! 貴方が難しい依頼の前に下調べをしてくれていたり
冒険で必要な薬や解析道具を用意してくれるから上手く行ってるのよ」
「そうだぞ、それに最近は剣の腕前もめきめきと上達している。
これなら十分に前線も任せられる!」
「ふふっ、私達も先輩冒険者として うかうかしていられませんわね」
彼女達からは嫉妬や嘲弄といった態度を向けられることはなかった。
辺境の田舎者故の、良い意味での純朴さに触れて沈んだ心が浮上していく。
忘れかけていた幼少期の探求心も蘇り、私は前だけを向いて再び歩き出した。
然れど、私が幸福を掴みかける度に いつも あの黄金色がやって来る。
まるで過去に築いた因果からは逃れられないと示す楔の如く……。
「なにこれ、こんな奴が徘徊してるなんて聞いてない!」
「ねぇ、貴方はアレが何か心当たりはある?」
「え、あ……ああっ!!?」
松明で照らされた その黄金色の輝きを目にした瞬間、私は有り得ないほどに動揺して思わず悲鳴を挙げてしまった。
簡単な冒険依頼の筈だった。拠点にしていた町の近くの小山で、新たな洞窟の入口が見つかったので内部を軽く調査するという仕事。
付近に棲息する魔物や野生動物は脆弱で、強い毒性を持つ植物もほとんど自生していない。そんな地域だったのに、洞窟の最奥で遭遇してしまったのだ。
「モクゲキシャ ヲ ハイジョ」
……急速に息が出来なくなった。
忘れもしない、忘れられる筈もない。
黄金色が、再び私を奈落に引きずり込むべくやって来たのだ。
ソレが突如、音声を発したことに誰もが驚く中、私は我を忘れて剣を抜いて突撃していた。
姿はより洗練されたヒトガタに変わっていたが、あの装甲材の輝きと駆動音は間違いなく先進錬成式を組み込んだ錬成像であると一目で理解したのだ。
過去の暴走事件や首都を追い出された時の記憶が一挙に押し寄せてしまい、とにかくこの悍ましき物体を破壊することしか考えられなかった。
「うあああああ!!」
「ちょ、どうしたの?! 皆、あの子を援護するわ」
「いやでも、あのキンキラした像がどんな奴かわからないし……」
「いいから! どの道、正体を探っておかないと帰るに帰れないじゃない」
ギルド長の判断で、勝手に突撃した私を助けるために仲間達総出で三体の錬成像と交戦することになった。
結果は……。
「うぅ、痛い……いたいよ、う……」
「あ、貴方だけでも……逃げなさい……」
「そんな! 私のせいで……私だけ逃げ帰るなんて……」
錬成像の動きを実に機敏で、しかも巧みな連携まで実践していた。
閉所である洞窟内にも関わらず縦横無尽に無駄なく動き回り、手にした長柄武器で容赦なく私達を斬り裂いて回ったのだ。
最初に戦闘不能に陥った私は湿気った洞窟の地面に倒れ伏したまま、次々に仲間が殺されていく光景を見続けることしか出来なくなっていた。
「こんなところに……こんなモノが潜んでいたなんて、ただ事じゃないわ。
貴方は……アレが何なのか知っているのでしょう?
だったら、貴方が冒険者統括機構に伝えるのが……一番、確じ……」
眼前で語り掛けてくれていたギルド長の背後より、分厚い刃が降り注ぐ。
「……ぅぁあっ!!」
身体も、悲鳴も、彼女を構成する一切が容赦なく両断された。
血と肉と臓物が、私の頭上から降り注いだ。
「あ、ああ……いや、いやあああああ!!」
噎せ返るような鮮血の臭い。
頭部に付着した内臓と思しき肉塊は急速に温度を下げて冷えていく。
変わり果てた戦友にして恩人の姿を目の当たりにして、悲鳴とも慟哭とも呼べぬ絶叫を挙げた。
「セイゾンシャ ノコリ イチ」
「モクゲキシャハ ハイジョ スル」
「ハイジョ ハイジョ ハイジョ」
ほぼ無傷の錬成像達が頭部を回頭し、地を這う私に向けて一斉に得物の刃先を傾け始める。
「ごめんなさい……皆、ごめん……なさい」
その場で何度も何度も無意味な謝罪を繰り返すことしか出来なかった。
私が理性を失って突撃しなければ、この錬成像の正体を察したからこそ冷静に撤退を進言するべきだった。なのに仲間を危地に飛び込ませてしまった。
もう後悔しても遅いと頭では理解しつつも身体と心は器用には動いてくれない。
「せめて……せめてコイツ等だけは……」
這い蹲ったまま、鞄より拳程の大きさの長方形の物体を取り出す。
それは過去に修めていた錬金術の知識と技術を活用して、コツコツと造り上げていた爆薬。仲間が絶体絶命の危機に陥った時に状況を打開する手段として密かに研究していた代物で、本来ならこんな洞窟の中で使える筈もない。
しかしこの時、私は仲間を喪って半ば自暴自棄に陥っていた。
この洞窟を崩落させてでも、この忌まわしき錬成像を葬ろうとした。
斯くして三体の錬成像が得物を振るうより早く起爆に成功し、狙い通りに洞窟の崩落を引き起こすことに成功。
もう、これで終わって良いと思った。
学術院を退学させられて、生まれ故郷を追い出されて、そんな私を受け容れてくれた大切な仲間をも死なせてしまった……。
これは罰なのだ、辺境に逃れてまで生き意地汚く足掻いてしまった私への。
爆薬の破裂により飛散した破片が脇腹を貫通して内臓にまで到達した。
焼けるような激しい痛痒が襲い掛かった。
更に、崩れた天井より降り注ぐ岩塊が、右腕と右足に圧し掛かり……。
「あああ……あああああぁぁぁぁッ!!?」
「――お姉さん、お姉さん! だいじょうぶ?」
ここで、私は奈落から現実へと急速に引き戻された。
部屋の窓の外からは、黄金色ではない真昼の陽光が差し込んでいる。
「はひゅぅ……はひゅぅ……」
荒い呼吸を何度も繰り返し、汗まみれの身体をガタガタと揺らす。
本当は勢いよく上半身を起こしたかったけれど、怪我の後遺症により自由に動かせなくなった右半身のせいか布団の中でじたばたと蠢くのが精々だった。
「(……布団の中?)」
机で解析作業を続けていた筈なのに、いつの間にか寝台まで移動していた。
「ん、相当うなされてたみたいだねぃ」
清潔な綿布を差し出しながら、心配そうに見詰めてくるアルビトラ。
「ありがとうございます……昔の、悪い夢を見ていたようで……。
もしかして……アルビトラさんが寝台まで運んでくださったのですか?」
「うん、そうだよ! 朝起きたら お姉さん、机で寝こけてたからね。
……もし辛そうだったら、今日は一日ゆっくり休もうか」
どんな夢だったのか、何か辛いことがあったのか。ヒトに話せない事情なのか。
彼女は決して自分から深く踏み込もうとはしない。
だが、それは薄情や淡泊なのではなくアルビトラなりの間合いの取り方であり、相手が真に助けを求めた時にだけ、風の如く軽やかに歩み寄ってくれる。
僅か一日足らずの間ながら、女冒険者はそのことを理解し始めていた。
だからこそ……心の外殻が緩んでしまい、普段なら外には漏らさぬように律していた奈落の恐怖が溢れ出す。熱い雫と共に。
「うっ……うぅ……」
頬を伝う一筋の涙。汗でまみれた布団と部屋の空気を、更に湿らせていく。
「うぅぅ……ごめんなさい、まだ……破片の解析、終わってないのに……」
惨劇の記憶は過去のものなれど悪夢という形で今なお蝕み続けてくる。
何故にこんな自分がまだ生きているのか?
冒険を続けていることを許されているのか?
様々なものが綯い交ぜとなり、女冒険者は嗚咽を零し続けた。
「……うん、焦らなくていいんだよ。
それに私は、そう簡単には居なくならないからねぃ」
女冒険者の涙の意味や抱えているものを薄っすらと察したアルビトラは、彼女が落ち着きを取り戻すまで、ただ傍に控えて優し気な言葉と微笑みを傾け続けた。
親身になって寄り添うような真似はしない。
一介の冒険者として、一時的に旅を共にする仲間として、ただそこに居る。
この瞬間だけは、奈落の底から少し浮かび上がれた気がした。
淡々としていながらも非情ではない、絶妙な間合いこそが今の女冒険者にとって最も有難い関係であった――
[ オルクシア地方 ~ レネ領 サルロスの町 宿屋二階 ]
樹林帯で錬成像の破片を入手したアルビトラ達は、そのまま傾斜に沿ってエスピラ高地を降りた先の街道を更に西へと進み、近隣で最も大きな町で宿を採った。
彼女達が二人用の宿泊部屋に案内されたのは、宵もすっかり更けた時分。
エスピラ高地の麓の村落に立ち寄れば、もっと早い段階で身体を休めることが出来たのだが、入手した手掛かりを基に事件を起こしている錬金術師の居場所を探していくのであれば様々な情報や物資が行き交う町を拠点にしたほうが効率が良い。
そういった判断により少し遠いサルロスの町まで足を運んだわけだが、女冒険者はその日の内に破片の解析をしたいと言い出したのである。
あの黄金色の錬成像を目にしてから、明らかに様子がおかしいとは感じていたが、アルビトラは彼女の提案に反対することなく任せてみることにしたのである。
「……という出来事がありました。
この事件を解決しないことには、死んでも死に切れません……」
悪夢が醒めて半刻ほどが経つ間、嗚咽を続けた女冒険者は徐々に落ち着きを取り戻していき、やがてぽつぽつと身の上話を零し始めた。
時折 夢に出て来る凄惨な記憶を中心に据えながら、本心を語る。
何故 この依頼に固執しているのかも、アルビトラに明かした。
全て明かしても良いと、思えた。
「そっかー、話してくれて ありがとう!
それがお姉さんの今を生きている意味と目的だったんだね」
「こちらこそ……聞いてくださって感謝します。
話しているうちに、かなり気分が晴れやかになった気がします……」
「うんうん、よかったねぃ!」
「私、情けないですよね……アルビトラさんより一回りも年上なのに。
それとも、実は貴方のほうがずっと年上だったりするのですか?」
一見すると十代の少女のような外観であり、天真爛漫に振舞うアルビトラだが、いざ旅を共にしてみると見た目からは想像も付かないような戦闘力を発揮したり、達観した感性を時折 垣間見せていた。
とてもではないが只の十代の少女とは思えない存在感に違和感を感じたのだ。
「えへへー、その通りだよぅ。
まあ百歳から先は数えるのが面倒になっちゃったから覚えてないんだけどねぃ」
「ひゃ、百歳……!?
確かにエルフや樹人といった長寿の種族なら数百年を生きると言いますが」
そういった長命種は存在するし、実際に三百年弱を生きる者も現存している。
しかし百歳を越えれば確実に肉体は老化していく筈なのだ。
この常世に不老不死の概念などは無く、ヒトは必ず老いて死ぬのが摂理なのだ。
故にアルビトラが口にしたことは大いなる矛盾を孕んでいるのだが、女冒険者は彼女が虚言を挺しているとは思えなかった。
「んー、どうにも私は特異体質みたいでね」
左腕の袖を捲ってみせる。ギュイゴリとの戦闘で穿たれた箇所だ。
「……完全に癒えてますね。まるで時が捲き戻ったかのよう」
昨日の時点では傷口が塞がった程度であったが、今はもう怪我をした痕跡すら見当たらなかった。怪我が治るのが速い体質……どころではない。
「そうだね、だいたいそんな感じ!
怪我をしても、老いても、いつの間にか元に戻っちゃうんだー。
何でなのかは未だに解ってないんだけどね!」
明るい笑顔で、何の気負いもなく言い放つ。
「(到底 信じられない話だけど、でも……もし仮に本当だとしたら)
(アルビトラさんの強さや、この独特の距離感は納得できる気がする……)」
彼女の戦闘技術や冒険者としての勘。そして仲間の事情に寄り添うまでは行かずとも、傍に居続けられる絶妙な間合いは数年程度で身に付けられるものではない。
「そうですか……貴方のほうが、ずっとお姉さんだったんですね」
「あぅ! そう言われると、ちょっと恥ずかしくなるねぃ。
やっぱり齢の話はやめよう!」
珍しく尻尾をしならせながら、へにょんとなっていた。
「まあ、そんなわけだから 頼れるところは遠慮なく頼っていいよ!
お姉さんが生きる目的を遂げるまでの間、一緒に冒険する仲間だからね」
「……はい、是非よろしくお願いいたします」
窓を開けて換気すると、朗らかな風が宿泊部屋に入り込む。
黄金色と奈落によって齎された悪夢の残滓が、何処かへと洗い流された気がした。
[ オルクシア地方 ~ レネ領 サルロスの町 タルヴォア家の別邸 ]
オルクシア地方南部一帯を治めるレネ家は、交易によって富を築いてきた家柄であり、エスブルトが王国から共和国へと変遷する以前は伯爵位を有していた。
そのため古くから国境を挟んだタルヴォア家とは親交が深く、時代が下るにつれて互いの領地内に屋敷を設ける間柄となっていた。
現在、デイル・グルヘイム・タルヴォアが滞在しているサルロスは、レネ家の本邸が建っている町であり、両家の親交も兼ねて度々 訪れることがあった。
「(これでレネ家は父上や兄上ではなく、完全に私のみを信じるようになった)
(後は彼等が持つ販路に乗じて売り込むだけだ……実に順調だよ)」
交渉の成果に気分上々といった様子で馬車から降り、別邸の中へと入っていくと待ち構えていた兵士の一人が音もなく駆け寄って来て速やかに用件を告げた。
「デイル様、例ノ女 ガ 六十三番達ト接触シマシタ」
無機質な声色、淡々と単語を羅列するだけの言葉の模倣。
ヒトの形をしているが、生物とは思えない不気味さを醸し出している。
「ほう、昨日の今日でやるじゃないか。それで、結果は?」
「六十三番達ハ健在、倉庫ニ帰還シテイマス」
「ふむ、破壊されるまでには至らなかったか。
後で送信されてきたであろう情報に目を通しておこう」
一度、空模様を仰ぎ見て数秒の間 思案する素振りを見せる。
「彼女達は今、どうしている?」
「コノ町ノ冒険者用ノ宿屋二泊マッテイマス」
「ははは、それはまた好都合だな! 印章を渡しておいたので
タルヴォア家と交流のある町に立ち寄ると思ってはいたが
まさか私が滞在するサルロスに来るとは……どこまでも愚かな女だよ」
「如何イタシマショウカ?」
「向こうから訪ねて来るまでは放置で良い。
どの道、あの手練れの冒険者が一緒に居る間は迂闊に手は出せないからな」
脳裏に浮かぶのは、魔物相手に圧倒的な戦闘力を垣間見せた狐人の姿。
彼女が隣に居たからこそ、あの時 タルヴォアは長年探し求めていた旧知の女と偶然の再開を果たしたのに手を出すことを断念せざるを得なかったのだ。
「了解シマシタ」
軽くお辞儀をするような所作を演じてから、兵士らしき物体は本来の持ち場へと戻っていく。
「とはいえ、なるべく早めに始末しておきたいものだ」
エスピラ高地の山路で目にした旧知の女は本当に見すぼらしくなっていた。
否、貴族である彼からすれば国立学術院に在籍していた頃とて大差ない風采のように感じるが、少なくとも今よりは幾分かマシだった。
「(だが、あいつの才能だけは本物だった)
(このまま生かし続けておけば、必ず今回の騒動の主犯が私だと気付く)」
同時期に第一錬金科に入り、間近で躍進を目の当たりにしていたからこそ彼女の凄さ、類稀さ、そして自分の不出来さを思い知らされたものだ。
それはタルヴォアだけでなくエスブルトの元貴族家の子供達も同じであったが、周囲と違って彼は嫉妬や僻みを叩き付けるのではなく、彼女の才能を認めて利用することにした。
共に新たな錬成式を研究し、成果が実り始めた頃に収穫する。
兵器産業で富を築くタルヴォア家の第二子として産まれた彼は、隣国に留学してまで最高峰の錬金術を学び、自家に持ち帰ろうとする程の実利主義。
故に、平民出身の才女が齎した黄金色の成果は、野心のための恰好の獲物だった。
「学術院を退学するよう仕向けてから程なくして都落ちしたとは聞いていたが
まさか冒険者などに身を窶していたとは予想外……だが、悪くない」
別邸内の自室に戻り、机の引き出しより先進錬成式に関する資料……十年近く前に記されたためか僅かに色褪せ始めた紙の束を取り出して懐かしそうに眺めた。
「……これからレネ家を中心に新たな戦闘用錬成像を売り込むためには
その優位性を担保するために技術の独占は絶対条件となる」
故に、この錬成式に深く携わった者は一人残らず消していかなくてはならない。
既に先進錬成式を共同研究していた同期生の大半は、何らかの形で処分した。
しかし中核に居た彼女の所在だけは掴めずにいたのだが、まさか自領から程近いオルクシア地方で活動していたとは思わなかったという。
ここに来て偶然にも再会を果たしたのは、正に僥倖。
後ろ盾のない冒険者風情が一人 死んだところで、何の影響もない。
その場で処分できなかったのは残念だが、まだ幾らでもやりようはある。
「そういえば数年前に、この近くで試験稼働させていた錬成像達が
潜伏中の洞窟内で冒険者に倒されたという事例が起こったが
まさか あの件にも、あいつが関わっていたのかもしれないな……」
もし、そうなら尚更に彼女は始末しておかなければならない。
パーティを組んでいる狐人の冒険者との分断を図るべくタルヴォア家の嫡子は、旧知の女の前では決して見せたことがないような獰猛な笑みを浮かべていた。
・第1話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・当初は悪夢のシーンで区切ろうと考えていたのですが
タルヴォアの真意まで描いたほうが纏まりが良い気がしましたので
今節も少し長めにさせていただきました。
・さて、ここから第1話の折り返しとなります。
アルビトラ達がどのような結末を迎えるのか、こうご期待ください!
・次回投稿は……来週のどこかで更新できればと考えております!




