何者にもなれなかった女冒険者(3)
「まさか君と、こんな場所で再び巡り会える日が来ようとはな」
「…………ご息災で、何よりです」
「んー、お姉さんはこのヒトと知り合いなの? ……いたたた」
左腕に突き刺さった魔物の鱗を強引に引き抜きながら、アルビトラは顔面蒼白な女冒険者と貴族の男性を交互に見渡した。
この男性の姿を目にした瞬間から女冒険者の意識は彼一人に集約しており、先程まで戦っていた魔物や仲間の怪我、他の兵士のことを考える余地を失っている。
それほど彼女にとって因縁のある人物ということなのだろう。
「結構 深く突き刺さっていたように見えたが大丈夫か?
彼女とはエスブルト共和国の『国立学術院』に在学していた頃の同期でね。
共に第一錬金科で最高峰の錬金術を学んだ仲なのだよ」
「……昔の話、です」
アルビトラのことを心配する素振りを見せつつも、昔を懐かしみながら自分達の関係を語る男性に対して、女冒険者の方は目を逸らして俯いてしまっていた。
「このくらいの傷なら慣れてるから平気でーす!
そっか、いいとこで頑張って勉強してたんだねぃ」
試しに怪我を負った左腕を軽く振ってみせる。
青い長羽織の袖を貫通して肉体を穿った筈なのに、不思議なことに傷口からは一向に血が零れることはなかった。
そうして無事であることを強調した後に、アルビトラは速やかに話題を変えようと試みる。明らかに女冒険者が触れてほしくなさそうにしているからだ。
「あ、私は冒険者のアルビトラっていいます!
今はこのお姉さんと一緒に依頼を受けて行動してる最中だよ。
お兄さん達は誰? どうしてこんなところにいたのー?」
「おお、これは失礼した。私はデイル・グルヘイム・タルヴォアと申す。
ここより直ぐ南に位置するスカイトラス地方を治めるタルヴォア家の者だ。
この度は隣領のレネ辺境伯との交渉のためにエスピラ高地を渡っていた」
「そうなんだー、貴族同士の関係って大変そうだねぃ」
「最近はキナ臭い事件が続出しているからな。
国境を跨いででも近くの元貴族家との連携を強化しなければならない。
アルビトラといったか……先程の大立ち回りは実にお見事!
さぞ高名な冒険者なのだろうな」
アルビトラのことを只者ではないと理解したのか、タルヴォアと名乗った貴族の男性は魔物の脅威を払ってくれたことへの礼も兼ねて丁重に説明してくれた。
「このような人物とパーティを組んでいるのだから、君も中々やるじゃないか。
学院を退学した後、どうなったのか気掛かりだったが安心したぞ」
「そんなことは……」
「謙遜しなくてもいい。何せ君は第一錬金科に在籍していた学徒の中でも
特に抜きん出た成績を修めていた優等生で、この私も一目置いていた。
……ん、待てよ?」
何か思い当たる節があったのか、小首を傾げる。
「君が今、他の冒険者と一緒にこの山路に居るということは
もしかして例の錬成像絡みの事件を追っているのか?」
「それは……はい。
事件を起こしている錬成像に心当たりがありますので」
「やはりそうか! 責任感の強い君なら動かないわけにはいかないものな」
「タルヴォア様も……ですよね。
貴方様も、あの先進錬成式の考案に関わっておられました」
「(お姉さん、結局 無理してるね。なるべく早めに切り上げるようにしなきゃ)」
話題を変えようと試みたが、どうにも避けられない流れらしい。
それに女冒険者の方も、事件についてタルヴォアが何か知っている可能性があると割り切り始めたのか、悩みつつも声を震わせながら応答しているのだと察した。
「その通りだ、商人や旅人を襲う錬成像達は破壊した端から増え続けるという。
これは明らかに、君や私が学徒時代に共同で開発した
先進錬成式が悪用されてしまったと見て間違いないだろう」
「先進錬成式? それってどんな術式なの??」
「簡単に言えば複数の錬成像同士が情報を共有する仕組みだ。
そうだろう? 私よりも君の方が遥かに詳しい筈だ」
「…………はい、その通りです」
傍目にも分かるほどの葛藤に満ちた表情を浮かべて女冒険者は首を縦に振った。
「んー、話すの辛かったら無理しなくてもいいんだよ?」
「いえ、大丈夫です! 一緒にパーティを組んだからには
アルビトラさんにも知っておいてもらうべきですから……」
何度か深呼吸を交えて冷静さを保ちつつ、再び言葉を紡ぎ始めた。
「同期された錬成像の中には生産専門の個体が居て、
現場で実働する個体が倒されると……その時の敵対者の情報を元にして
必要な対策を施した新たな錬成像を自ら造り上げるんです」
「んん~、つまり一気に全滅させないと どんどん強くなっていくってこと?」
「はい、それで……合っています」
「資源と生産設備が確保されている限り、半永久的に改良と生産が繰り返される。
正に次世代の錬成像を定義付けるための画期的な術式……だった」
そこまで説明し終えたところでタルヴォアと女冒険者は揃って表情に暗い陰を落とした。技術自体は素晴らしいものだが、忌避すべき結末を招いたのだろう。
「(あの時……先進錬成式を組み込んだ錬成像の暴走がなければ)
(もしかしたら今頃、私は……)」
「何度か実験を繰り返した結果、自己改修を繰り返した錬成像は
最終的にどうあってもヒトの手に余るような存在に成り果てる傾向があり
その欠陥を危険視されて、研究半ばで強制的に中断させられてしまったのさ」
「成功する見込みがなかったら学術院側も協力してくれなくなるよねぃ」
「正にその通りでした……それに素材の問題もあります。
錬成像を造るには鋼材や魔晶石、あとは妖精の羽のような触媒が必要ですが
従来の生産方法よりも、どうしてもコストが高くついてしまいました」
「そっかー、制御できなくなっちゃう上に大喰らいだと
そのうちヒトの生活圏まで脅かすようになるのは目に見えてるもんね」
ヒトによって造られて、ヒトのために稼働する錬成像が自らが主体となって動き回り、資源を奪って半永久的に増え続ける……そうなれば既存の国家形態が脅かされ、資源を奪われ、各地の貴族領やそれに準ずる土地の秩序が成り立たなくなるのは明白だった。
「そういうわけで、この先進錬成式は事実上 抹消された。
国立学術院の資料庫には記録どころか術式のメモ書きすら残っていないので
私達ですら、もう再現することは不可能だ」
「ふんふん、成程ねぃ!
たしかに依頼書に書かれていた錬成像の特徴と一致するよ。
でも記録が消されちゃったのに、どうして今になって増え続けたのかな?」
「それは分からない。恐らく野心を懐いた在野の錬金術師が、
断片的にこの術式の再現に成功してしまったのだろうな」
「…………」
「(……あれ?)」
女冒険者の表情が青褪めて、僅かに足が震え出していたのをアルビトラは見逃さなかった。
「我が家の領地でも錬成像による被害が増え続けている。
頭が痛い話だが、元を辿れば自分が撒いた種でもある……因果なものだよ」
肩を竦めながら自嘲気味に述べたタルヴォアは、女冒険者へと近寄った。
「君も、この事件の発端に責任を感じて動いているのなら協力し合わないか?
早期の解決を目指すのなら優秀な者とは一人でも多く手を取り合いたい」
「……分かりました」
逡巡した末に首を縦に振る。しかしその表情はまだまだ暗く、及び腰だった。
協力したほうが良いと頭では理解しているが、感情的には過去を想起してしまうタルヴォアとは余り関わりたくない様子である。
そんな彼女を正面から見据えて、タルヴォアは真摯に語り出す。
「君が学術院を退学せざるを得なくなった時に、私は何も出来なかった。
そのことは今でも大いに悔いているし、いつか力になりたいと思っていた。
共に協力してこの件を解決した暁には、君の名誉を回復させる手伝いがしたい」
懐より指輪のようなものを取り出し、女冒険者の眼前へと差し出した。
その指輪には大きな嘴を備えた猛禽類をモチーフにした紋章が刻まれている。
「これはタルヴォア家の印章。各町に居る我が家に所縁ある者達に見せれば
何かと君に便宜を図ってくれるようになるだろう。上手く活用してほしい。
今はこれくらいのことしか出来ないが……」
「そのような重要な物を! 私のような者には過ぎたお心遣いです」
「そんなことはない、先程も言ったが私は君のことを高く評価していたからな。
全てが終わったら、また共に錬金術について語り明かそう」
朗らかな言葉と微笑みを送られて、そこでようやく女冒険者の表情が明るさを取り戻し始める。躊躇いながらも左掌を伸ばして指輪型の印章を受け取る頃には、微かに頬が朱色に染まり掛けていた。
学術院に居た頃も、彼だけは事あるごとに優しく接してくれていたことを遠い記憶の彼方より思い出していたのである。
「では先を急ぐので、これで失礼させてもらう。道中の無事を祈っているぞ。
そちらの君も、魔物から救ってくれたことへの御礼は後ほど必ずさせてほしい」
「困った時はお互い様だし、気にしなくていいよ~。
貴族のお兄さんも気を付けてね!」
話している間に二人の兵士達は馬車に突き刺さった鱗を片付けて発車できるようにしていたらしく、タルヴォアが乗り込むと再び降り坂を進み始めた。
「良かったねぃ、お姉さんを理解してくれそうなヒトが居て。
昔いろいろあったみたいだけど、まだまだ何とかなる筈だよぅ」
「はい、まさかこんな形で再びお会いできるとは思っていませんでした。
タルヴォア様のご厚意に報いるためにも、引き続き錬成像を調べていきます」
「うんうん! その調子だよ、がんばっていこう!」
少しだけ表情が柔らかくなった女冒険者を鼓舞するように、アルビトラは諸手を挙げて満面の笑みで応援した。
「(……だけど、あのお兄さんからはあまり良くない気配が漂ってるんだよね)」
タルヴォアの乗った馬車が去って行った方角を一瞥しつつ、密かに眉を顰めた。
そして頭の上の狐耳をぴくぴく動かしながら、あの僅かな間に観測していた兵士達の様子を思い出す。
「(貴族が護衛を二人しか連れていないっていうのも不自然だし)
(その護衛の兵士達も妙に人形じみてた上に、全く呼吸音がしなかったよ)」
とはいえ自分を肯定できる兆しを見せ始めた女冒険者の手前、その疑念を口にするような真似は控えておいた。
故に、アルビトラは内心でのみタルヴォアに対する警戒心を懐くことにした。
「ああ! アルビトラさん、そういえば先程の腕の怪我は!?」
少し間を置いてから冷静さを取り戻した女冒険者が、慌てて鞄から傷薬 一式と包帯を出しながらアルビトラの傍に駆け寄り、その左腕を凝視した。
「ごめんなさい、庇っていただいたのにお礼すら言えてなくて……」
「昔の友達と急に再会したんだから、そっちに意識が行っちゃうのは当然だよ。
ちょっと痛かったけど、これくらいなら全然平気! 薬も要らないよ。
傷口に魔力を集めて血が出るのを停めてたんだー」
わけもなく言ってのけるが、それには精緻な魔力操作が要求される。
つまりこの狐人の冒険者は抜刀術だけではなく魔力を扱う技術も修めているのだ。
「そ、そんなことも出来るのですね。
でも一時的に流血を停めても、怪我したままでは意味がありません。
それともアルビトラさんは治癒術も習得されているのですか?」
「えへへー、魔術自体はよく使うんだけど治癒術の適正はないんだよねぃ。
だけど大丈夫、私って普通のヒトよりもすごく傷の治りが早い体質なの!」
試しに左腕の袖を捲ってみせる。すると鱗が突き刺さったであろう箇所には孔が穿たれてはいるものの、早くも皮膚と肉が塞がり始めていた。
「獣人種は肉体の治癒力に優れていると聞きますけど、これほどとは……」
「あと半刻も経てば完全に癒えると思うよ! それまではちょっと我慢だね」
なるべく女冒険者を心配させないように、負い目を感じさせないように。
精一杯の笑顔を浮かべて煙に撒こうとするアルビトラの心優しさが、じんわりと染み込んでくるようであった。
「そういうわけで、ちょっとやそっとの怪我ならへっちゃらだから
戦いは全部私に任せて、お姉さんは錬成像の調査に専念してよぅ」
自分の胸をドンっと拳で打ち鳴らして役割分担を提示した。
女冒険者の戦闘能力が無きに等しいことを確認したがための気遣いであり、まともに剣すら振れぬ身の彼女が苛む可能性を僅かでも削ごうとしたのだ。
「(その気になればアルビトラさん一人でも調査できる筈なのに)
(また気を遣わせてしまっている……いえ、今は私に出来ることをしよう!)」
タルヴォアから預かった印章を握り締め、意識を変えていく。
この事件を何としても解決したいと願って依頼を受けようとしたのは自分自身なのだから、どれだけ他者の力に縋ろうとも前に進まなくてはならない。
「お願いします アルビトラさん。
私にはもう戦う力は残されていませんし、魔術や魔法も使えません。
ですが錬金術に関する知識と技術だけはあります。
錬成像と遭遇したら、必ず何かしらの形で役立ってみせますから!」
「うんうん、いい顔になってきたねぃ。
じゃあ早速 私達も出発する前に……この子達をなんとかしておかないと」
少し前向きに歩む兆しを見せ始めた女冒険者を見て嬉しそうに頷いたアルビトラは、次いで今し方 斬獲した六頭のギュイゴリの死骸を検めた。
彼女達が今居る場所はエスピラ高地の降り坂。放置したままでは後に往来する者達の障害となってしまう。
「(あのギュイゴリを真っ二つにするなんて……改めて考えると凄まじい斬撃です)
(アルビトラさんの技量だけじゃなく、あの刀剣も相当の逸品に違いない)」
「すぅー、はぁー」
硬い外皮や鱗ごと綺麗に切断された骸を見て瞠目する女冒険者を余所に、アルビトラは軽く深呼吸をして体内の魔力を充溢させ、右掌へと収斂させ始めた。
「……『風紡』」
詠唱句と鍵語が一体化した、極めて短い魔術の行使。
魔力を媒介として右掌に風が集い、束ね、やがて一本のロープのような形状に編み込まれていく。
そして右腕を突き出す動作に合わせて風のロープを射出すると、瞬時に魔物の死骸に着弾して絡み尽き、固着した。
「ん!」
アルビトラがその場で右腕を縦方向に振るうと、腕の動きに連動して風のロープが波打つように舞い上がり、軽々と死骸を持ち上げては路の脇に降ろしてみせた。
更に残り五頭の死骸も、同じ要領で退けて行ったのである。
後は通り掛かった冒険者や狩人が素材になりそうな部位を剥ぎ、山に棲息する動物達が血肉や臓腑を貪り、残りは土に還って大地を肥やす。それが常世の摂理だ。
「これでよし、この子達の魂がちゃんと巡っていきますようにー」
「……正しき魂の循環を祈ります」
一列に並べた死骸の前で相掌し、彼女なりの祈りの言葉を捧げた。
女冒険者もそれに倣い、これにて魔物との戦いは完全に決着した形となる。
「先程の風の魔術も、すごく手馴れた様子でしたね。
それに聞いたこともない術式でした……」
この地上世界には魔力と呼ばれる惑星の息吹が漂っており、これを体内に取り込んで利用することでヒトは様々な技法を編み出してきた。
魔術はその最たる例であり、詠唱句を唱えたり魔術陣を敷設してから体内に蓄えた魔力を燃焼させることで様々な術式効果を発現させる。
現代では各国や文化圏ごとに魔術学が発展し、完全に体系化されていた。
女冒険者が驚いたのはアルビトラが魔術を構築する速度と精度、そして彼女が知る限りに於いてどの文化圏の魔術にも該当しない未知の術式だったことである。
「もしかして独自魔術だったりするのですか?
一つの術式を窮めた末に辿り着くという……」
「うん、それで合ってると思うよ!
元々はただの突風を起こす簡単な魔術だったんだけど
剣技と併せて使い込んでいくうちに私なりにアレンジしていったんだよねぃ」
「成程、長い実戦を経て鍛え上げていったのですね」
本職の魔術師でもないのに独自魔術の領域に達するとは、改めて眼前の狐人が二つ名持ちに相応しい存在であることを女冒険者は再認識させられた。
自分とは何もかもが違う天衣無縫の冒険者。
だからこそ、過去の清算に繋がる事件に挑む上で彼女はこれ以上ないほど頼りになる仲間なのだと実感した。
ここ数年は単独活動を続けるしかなかったために、誰かと共に旅をするということ自体に違和感を感じていたが、ようやくそれも収まりつつある。
冒険者としての勘を取り戻した、というべきなのだろうか。
[ オルクシア地方 ~ レネ領 エスピラ高地 北西の樹林帯 ]
降り坂の山路を少し外れて調査を進めていくと、傾斜に沿って自生する広葉樹が一面に広がる領域へと差し掛かった。
春過ぎならではの若々しい葉が、滑らかな灰色の樹皮と相俟って実に映えるのだが、生憎と夕暮れ時に差し掛かり始めたためか一様に橙色に染まっていた。
「そろそろ野営地を探すか、泊めてもらえそうな山村を目指したほうが良いかも。
ここはちょっと傾斜があるから寝辛そうだしねぃ」
「そうですね、あと半刻だけ探して何もなければ更に北西に抜けて
麓近くの村に立ち寄ってみましょう」
足を引き摺るように歩く姿こそ変わっていないものの、前を見詰めるその眼差しは旅籠屋を出立した頃よりも僅かに力強さを感じさせた。
時折、地面の様子を検めつつ異変の気配を目敏く探っている。
「……この足跡、ヒトや獣のものではありませんね」
「んー、たしかに! 獣にしては整ってるし、ヒトにしては深めだね。
かなりの重量がないと、こうはならないんじゃないかな!」
樹林帯の土は数千年を掛けて積み重なった自然の摂理の産物であり、苔類も生い茂っている。旅慣れた者や現地で暮らす者でもなければ、足跡の判別は難しい。
「調べてみます」
鞄より妖精の羽根の粉末が入った小瓶を取り出し、周囲に軽く散布する。
「……常理の軛、開と闢の端境を揺蕩う足跡に照星あれ」
そして短い詠唱句……といっても魔術ではなく錬金術ならではの規定された手順と言葉を並べ立てると、地面の一部が淡い光を放ち始めた。
「お見事! 錬成物が触れた痕跡を炙り出す錬金術の定礎式だねぃ」
「いえ、そんな……褒められるようなことでは……」
「そんなことないよー、私は錬金術には詳しくないけど
お姉さんの技術は基礎に忠実で、とても丁寧だってことは見ただけで分かる。
確実に手掛かりに近付いているね!」
つまりこの場合は錬成物である錬成像が地面を移動した際の足跡を発光させる効果となるのだが、他人の錬成物の痕跡を探るのは、それなりに難しい。
にも関わらず、この女冒険者は一発で成功させたというわけである。
アルビトラほどの人物に褒められて少しずつ自信を付け始めた女冒険者は、陽光が沈みかけている樹林帯の渦中をそのまま突き進み……そして遂に遭遇する。
「くっ、くそぉ……なんなんだコイツは!」
「駄目だ、全然 鏃が通らねぇ! 高価なアルザストラの矢だってのによ!」
「泣き言をほざく暇あったら、もう一度仕掛けるぞ」
アルビトラと女冒険者が進んだ先では三名の冒険者とヒトガタの何かが交戦している最中であった。
「あ、あのヒト達は……! それに」
女冒険者が目を見開き、僅かに表情を強張らせる。なんと戦っていたのは酒場のテーブル席で彼女を罵倒していた男達だったのだ。
そして彼等と敵対しているのは全長二メッテほどの大きさで真鍮のような黄金色の金属体。ヒトを模した頭部と四肢を備える……錬成像が二体。
ただし銅部や手足は異常に細長く、それでいて右腕には騎槍のような武器を、左腕には円形の大盾を装備しており非常にアンバランスな外観をしている。
「あの黄金色の装甲材は、硬化させた妖精結晶!
……間違いありません、先進錬成式の触媒にしていた代物です」
予感が的中し、一筋の冷たい汗が女冒険者の額より滴り落ちた――
「コイツ等は間違いなく例の事件に起こしている錬成像だ!
ここでぶっ倒して、ふざけた錬金術師のアジトに乗り込んでやる」
「ああ、二十万デルミスは俺達のものだ!」
リーダー格と思しき冒険者の男は片手斧と盾で武装しており、他の二人はそれぞれ両手剣と短弓を構えていた。
「――依然トシテ戦意アリ、敵性存在ノ排除ヲ続行シマス」
「ああ? やってみろやああ!」
盾を前方に突き出して守りを固めつつ、鋭く駆け出して片手斧を振り降ろす。
しかし黄金色の錬成像はまるで舞踏を嗜むかのような軽妙なステップを踏んであっさりと躱してみせた。
「……ぉぉおお!」
躱されたと悟るや否や冒険者の男は更に一歩踏み込み、刀身で地面を擦らせるような低空軌道から片手斧を振り上げる第二撃を繰り出した。
ガッ イィン! と金属同士の激突音が鳴り響く。円形の大盾で阻まれたのだ。
しかも斜め後方へと盾に角度を付けて片手斧を鮮やかに弾いていたのである。
「排除シマス」
「ぐおっ……ぉぉ!!?」
間髪入れずに反撃の騎槍が迫り、冒険者の男の胸部を捉える。
装着していた鋼鉄製の胸当てが拉げ、叩き割られた挙句にその下の肉をも深々と貫いていた。
「この野郎、よくも!」
騎槍を持つ右側面より両手剣を持った冒険者が一挙に迫り、刺突の体勢のまま隙を晒した錬成像の頭部目掛けて渾身の袈裟斬りを繰り出した。
ズガァン !!
撫で斬るというよりは叩き斬るような一撃が見事に決まり、黄金色の頭部の首があらぬ方向へと圧し折れた。のみならず、装甲の一部が割れて幾つかの部品が剥落して樹林帯の地面へと零れ落ちる。
「へっ、ざまぁ見やが……げふぅぅ!!」
もう一体の錬成像が砲弾のような勢いで突っ込んで来ると同時に、両手剣を持った冒険者に対して豪快なる盾撃を見舞った。
損傷した味方を即座に援護する動きは、熟練の軍人顔負けの練度である。
「そんな馬鹿な、この一瞬であの二人がやられただと!?」
最後に残った短弓使いが魔具製の矢を番えて、凄まじい速度で連続発射。鏃が着弾する寸前で分裂し、散弾の如く襲い掛かる。
他の二人もそうだが彼等は第三等級の上澄みから第二等級の冒険者達である。
その破壊力は、ギュイゴリなどの魔物であれば数発で仕留められるほど。
しかし錬成像達は、手堅く大盾を構えて防いでしまった。
「……くそっ、硬すぎる」
「魔具ノ脅威判定……六。警戒ハ不要」
「排除、排除、排除」
散弾と化す鏃、『アルザストラの矢』は無意味というわけではなかったが、それでも大盾の表面を僅かに削るのが関の山。短弓使いは絶望に呑まれ掛けた。
「あのヒト達もなかなか悪くない動きだけど、相手が悪すぎるねぃ」
「直ぐに助けに行きましょう。アルビトラさん……左腕、大丈夫ですか?」
酒場であれだけ罵倒されていたにも関わらず、女冒険者は躊躇しなかった。
それに手掛かりとなる錬成像が目の前に居るのだ、動かない道理はない。
「うん、ばっちりー! この通り戦闘に支障はないよ!」
魔物の鱗が突き刺さった箇所は完全に癒えており、そればかりか長羽織に空いた穴もいつの間にか塞がっていた。
女冒険者が予想していたようにこれも魔具の一種なのだろう。
恐らくは『自動修繕』などの術式が刻印されているに違いない。
「でも、あの錬成像を倒しちゃったら錬金術師に気付かれたり、
貴族のお兄さんが言ってた先進錬成式に利用されちゃうんだよね?」
「その通りです。ですので……ここは上手に攻めて退散させましょう。
申し訳ありませんが足停めをお願いします! その間に私はあのヒト達を……」
「ん、分かったよ! お姉さんがそう決めたのなら、それで行こう!」
状況が状況だけに、無駄な議論を交わしている時間などなかった。
即決即断で己の役割を遂行するべく、アルビトラは左掌で刀剣の鞘を握り締め。右掌に魔力を収斂させて前方へと突き出した。
現在、アルビトラ達が佇む位置から錬成像が居座っている場所までは距離にして三十メッテほど離れている上に、斜面を登っていかなければならない。
普通ならこの状況で三人の冒険者達の救出が間に合う筈はない……しかし。
「『風紡』!」
独自魔術の行使。魔力で産み出した風の渦を極限まで束ねてロープを象り、片方の錬成像の大盾目掛けて射出。着弾の後に固着。
「ッ!! 敵増援、魔術ノ行使ヲ確認」
「脅威判定、不明。緊急対応ヲ……」
…… ダン ッ !
相手が反応を示すより先に、アルビトラは地面を思い切り蹴って跳躍していた。
さすらば先じて射出した風のロープを巻き取るようにして、己の肉体を超高速で移動させることが出来るのである。
そうして瞬き一つの間に接敵を果たしたアルビトラは左掌で握る鞘を振るい、大盾を構える左腕の肘関節へ痛烈なる打撃を浴びせた。
「もう、あんなに離れた場所まで……!」
驚愕しつつも女冒険者は瞬時に察した、恐らくギュイゴリの鱗から庇ってくれた時にも、あの風のロープを活用していたのだろう。
「お姉さん、こっちは何とかするから
弓のヒトと協力して倒れた二人を離れた場所まで連れて行ってあげて!」
「分かりました、どうか無理だけはしないでください」
そう答えると、自分にできる精一杯の速度で歩き出して冒険者の男達の傍へと近寄って行った。
「よーし、じゃあ ちょっと頑張っちゃおうかな!」
肘関節を打たれて大盾を構える腕が下がった瞬間を見逃さずに錬成像の懐に潜り込むと、次は両膝の裏側を激しく打ち据えて一時的に態勢を崩してやった。
「稼働速度、最上位。脅威判定ヲ修正……全力稼働デ排除開始」
アルビトラの機敏な動きと、明らかに手加減をしている素振りから明確な強者であると判別したもう一体の錬成像が、大きく腕を引き絞るようにして騎槍を構える。
次の瞬間、凄まじい勢いで吶喊すると同時に残像が見える程の速度で何度も何度も騎槍による刺突を繰り出したのである。
ダァン! ダ ダ ダ ダ ッ!
しかしアルビトラは一突き一突きに対して丁重に対処していく。
繰り出される騎槍の側面に這わせる形で鞘を差し挟み、外側へ向けて打ち弾くことで自身の肉体には、ただの一度も刃先を届かせることはなかった。
「(この動き見覚えがあるねぃ……ロンデルバルク王国の聖槍騎士団の技かな)」
先進錬成式は錬成像を撃破した者の戦い方を学習して対策を講じるという。ならば戦った相手の技を模倣するということも不可能ではないのだろう。
一方、女冒険者は言うことを聞かない右足を引き摺りながらも、どうにか傾斜を登って三人の傍まで近付くことに成功していた。
「……あの、立てますか? 負傷された方を撤退させてください。
私も出来る限りの支援をさせて……いただきます」
「お前は単独行動専門のババア!
……まさか本当にこの依頼を受けやがったとはな!」
「くっ……お前みたいな奴に……助けられようとするなんて、厄日だぜ。
だが今は……そんなこと言ってる場合じゃ……なさそうだ」
盾撃を浴びて昏倒していた両手剣使いがどうにか自力で起き上がったので、三人で協力して最も深手を負った者を離れた場所まで移動させる。
斜面を利用して速度を稼ぐことが出来たのは、不幸中の幸いといったところか。
「急いで応急処置をしましょう……彼の防具を外してください」
「……分かった」
三人はそれぞれの鞄より包帯と傷薬一式を取り出し、その中の鎮痛剤と止血剤を出し合った。そして短弓使いが手際良く仲間の防具を剥がしていくと、騎槍によって貫かれた痛々しい傷痕が露わとなる。
幸いなことに彼が身に付けていた防具はそれなりに上質な代物であったらしく、深手ではあるものの即死には至っていない。
とはいえ依然として傷口より血が溢れ続けているので、迅速なる処置が必要だ。
「すみません、私は右手が使えないので鎮痛剤と包帯をお願いします」
「お前……そんな状態で今まで生きてきたのかよ」
「ヒトの心配なんてしてる場合じゃねぇだろうに……くそっ」
悪態を吐きながらも彼等は手際よく動いてくれた。
女冒険者の方もまた不自由な身体ながら出来る限りの手を尽くす。学術院で学んだ知識と、冒険者として十年近く過ごした日々の経験は伊達ではなかった。
「ぐ……うぅ……」
止血の最中に深手を負った男が何度か呻き声を漏らすが、生来の生命力の強さもあってか、どうにか持ち堪えた。勿論、これはあくまで冒険者が緊急時に行う応急処置であり本格的な治療を施さなければ、いずれは生命を失うことになるだろう。
「よし、これで暫くの間は死にはしねぇだろ。
後は近くの村まで運んで、そこに医者か治癒術師が居ることを祈るだけだ」
「有難うよ、お前達のおかげでコイツも俺も助かった……。
あんなに散々 馬鹿にしたってのに、お人好しにも程があるぜ」
「いえ、私が無力なことは……何一つ間違いではありません。
この場所まで辿り着けたのも、救出を試みることができたのも
全てアルビトラさんが居てこそです……」
「"春風"の奴か、確かにな。あの馬鹿げた強さをした錬成像を相手に
剣も抜かずに余裕で立ち回ってやがる……何て奴だ
だけど、コイツを助けに飛び込んで来たのは お前も同じだろ?」
「そんな身体の状態でなぁ……ったく。
あの旅籠屋に戻ったら一杯 奢らせてくれよ。ちゃんとした礼と詫びがしたい」
「はい、この冒険を無事に終えたら、お願いします」
感謝と謝罪の意味を込めて短弓使い達は女冒険者に対して軽く頭を下げた。
そして重傷の仲間を引き摺るようにして、樹林帯から離れていくのであった。
彼等が離脱するのを見届けた女冒険者は、未だに激しい攻防の音が木霊す戦場の直中へと視線を移した――
「ん、三人とも無事に逃げることが出来そうかな?」
刀剣の鞘で騎槍を捌き、盾撃を的確に避け続けながら、複数人が遠ざかっていく気配を目敏く察していた。
アルビトラが交戦している場所から五十メッテは離れたようだ。
「じゃあ、こっちもそろそろ追い払おう。飛び道具はないみたいだしねぃ」
この錬成像達はどんな機能を仕込んでいるのか不明だったので、アルビトラは負傷した冒険者達が離脱するまで防戦に徹しつつ様子見をしていた。
万が一にも錬成像が遠距離攻撃手段持っていた場合、中途半端に追い詰めて悪足掻きとばかりに後方の女冒険者や負傷者を狙われては元も子もないからだった。
「脅威判定ヲ更ニ上方修正。コノ狐人ハ、暫定的ニ逸脱者級トスル」
「戦術様式変更、優先破壊対象ヲ後方支援者トスル」
アルビトラを即座に殺傷することが困難だと判断した黄金色の錬成像達は拉げた頭部より歪な音を掻き鳴らしながら回頭させ、女冒険者が佇む方角を見据えた。
「させないよ……『風紡』!」
接敵していた片方の錬成像に足払いを掛けて体勢を崩しつつ、もう片方の錬成像の持つ騎槍目掛けて風のロープを射出。
瞬時にロープの先端が円錐形状の刀身に絡み尽き、固着させた。
続けてアルビトラは右掌に留めたままの風のロープの根本を、今し方 転倒させた錬成像の騎槍と大盾に押し付ける形で移譲したのである。
「術式解除」
ゴォォッ !!
付近の広葉樹が激しく振動し、枝に生えていた黄緑色の葉が舞い散る。
後方へ跳躍しながら静かに呟き、自身が構築した魔術を強制的に中断させた。
さすらば遍く風を圧縮して形成した『風紡』が文字通りに紐解かれ、出鱈目に暴れ狂う風圧と化して周囲の一切を吹き飛ばすのだ。
「……暴風ヲ警戒」
「姿勢制御、不能……」
風のロープを固着させられた騎槍や大盾を持つ腕が盛大に影響を受け、痛みを感じぬ錬成像といえど、解き放たれた風圧の余波によって得物を手放してしまった。
「武装消失、継戦効率低下。敵性存在ノ体術ト魔術ハ非常ニ危険。
タダシ対抗策ヲ構築スレバ撃破可能ナ範疇ト仮定スル」
「中枢個体ニ通達……了解、戦術的不利ニツキ撤退開始」
二体の錬成像の間で無機質なやり取りが交わされ、ヒトでは有り得ないほど迅速な判断を下して身軽になった総体を稼働させる。
その歪に細長い四肢をバネの如く駆使しながら、軽標な疾走を以て一目散に樹林帯から退却していったのである。
「成程ねぃ、こうやって戦った相手の情報を溜め込んでいるんだー」
最後まで抜き放つことのなかった刀剣の鞘を握り締めたまま、宵闇の直中に溶け込むようにして消え去る黄金色の残滓を見送った。
「(あの錬成像ですら軽くあしらうなんて……)」
再び傾斜を登る最中に一連の攻防を見届けた女冒険者は、改めてアルビトラの実力に瞠目するより他なかった。
学術院時代の汚点にして、三年前の悲劇を齎した黄金色の錬成像は、それまでの彼女にとって忌むべき記憶であり恐怖の象徴だった。
然れど、"春風"のアルビトラという存在によって植え付けられた恐怖は軽やかに流され始めていたのである。
「こんなもんかなぁ? そっちもお疲れ様だよぅ」
錬成像達の稼働音が完全に聞こえなくなったことを確認すると、アルビトラは足元に落ちていた錬成像の破片……先程の戦闘で両手剣使いの冒険者が放った一撃により破損した箇所を拾い上げてから女冒険者の下へと合流する。
「アルビトラさんも……相変わらず、凄まじいご活躍でした」
「えへへー、途中で強そうな模倣技を繰り出して来たから
ちょっとだけ驚いたけどねぃ! ……あの冒険者のヒト、よく助けられたねぃ」
「はい、彼等は私に酷いことを言い続けていましたけど
実力主義の冒険者稼業では、むしろ私が罵倒されるのは当たり前のことです。
だから……遺恨はありません」
「うんうん、でも実際にこういう場面で動けるヒトは中々いないよ!
あのヒト達も今後はきっとお姉さんのことを見直すんじゃないかなー」
「そう……ですね、無事に戻れたら……一度しっかり お話してみます」
「うんうん、そのためにも まずは一歩ずつ進んでいかないとね!」
少し歯切れの悪い口調で同意しつつ、微笑んでみせてくれた女冒険者に向けて、アルビトラは錬成像の破片を差し出した。
「これだけあれば……一晩くらいで解析できると思います。
上手く錬成像を操っている錬金術師の居場所を突き止めることが出来れば
一気に事件解決に漕ぎ着けます」
過去の出来事や不甲斐ない現状、そして先進錬成式に対する恐怖が消えたわけではないが、共に歩んでくれる者の存在が彼女の背中を押してくれている。
「いいね、いいね! じゃあ宿が採れそうな町まで移動しようか。
そろそろ完全に日も暮れそうだし、直ぐに向かおう」
「はい、夜中の樹林帯は迷い易いですからね。
……アルビトラさん、貴方の協力を得られて心より頼もしく思います」
「んー、それはお姉さんが真剣にこの依頼を受けようとしていたからだねぃ。
必死に前に進もうと、生きる意味を証明しようとしたからだよ!
そういうヒトとなら私は一緒に冒険したいと思えるんだ―」
特に気負った様子もなく、いつもと同じマイペースに語りながら微笑み返すと、アルビトラは鼻歌を歌いながら歩き出した。
僅かに前向きになりつつある女冒険者の変化を喜んでいるのかもしれない。
・第1話の3節目をお読みくださり、誠にありがとうございました。
予定していた日程よりも更新がずれ込んでしまって申し訳ございません。
・その分、重要人物の登場から第1話の御話の核となる要素を
しっかり描けたのではないかな、と思っております。
・想定では残り3~4回くらいで第1話を締めていきたいと考えていますので
どうかお付き合いいただければ幸いでございます。
・次回投稿は1/10頃としたいのですが、また少しずれるかもしれません。




