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何者にもなれなかった女冒険者(2)

※1メッテ=1メートル

 1トルメッテ=1センチメートル


「お姉さんはこの依頼書に書いてある錬金術師(キュメステス)をやっつけるために

 どういう風に動いていくか、考えてはいるの?」



「まずは件の錬成像(ゴーレム)が暴れた現場に足を運んでみようと思っていました。

 警備隊と交戦したのなら破片の一つでも落ちているかもしれません……」



「ふむふむ、それを見付けてどうするのー?」



「破片を調べれば使われている素材や技術から出処を割り出せます。

 実は昔……少しだけ錬金術(キュメイア)を齧っていた時期があったので……」


 最後の方はしどろもどろになりながら、まるで触れられたくない過去であるかのように女冒険者が説明を果たした。


 性分なのか、自己肯定感の低さからなのか、彼女は総じて腰が低い。

 見た目だけで判別するのなら一回り下の少女のような外観のアルビトラに対しても敬語を使い、相手の機嫌を伺うような態度を一貫させていた。



「そっかー! お姉さんは色んな知識を持っているんだねぃ。

 じゃあ、そういう感じで取り掛かって行こっか」


 自分よりも遥かに格下の冒険者の言葉であるにも関わらず、アルビトラは疑うことなく彼女の方針を採用した。

 そして革鞄より一冊のボロボロの冊子を取り出し、忘れないように書き記す。


 とりあえず動き続けていれば そのうち事件の真相にぶち当たるだろう……という楽観的な性格なのかもしれない。




「よーし、そうと決まったら ぱぱっと準備しないとねぃ。

 おじさん! 三日分くらいのお弁当ください!」



「久しぶりに顔を出したばかりだってのに、せわしないもんだぜ。

 悪いが少し前から携行食料の販売は隣の売店でやるようになったんだよ」



「そうなんだ!

 言われてみれば、お店の雰囲気も昔と比べてちょっと変わってた気がするー」



「この旅籠屋(はたごや)は……二年くらい前に増築したんです。

 国境間の往来が活発になって、利用者が増えたので……」



「あー、成程! だから冒険者や商人を襲う悪いヒトも現れるようになって

 こういう冒険依頼が発布されるようになったんだね」



「そういうこった。だから販売専門の売店を設けて

 そこで食糧だけじゃなく武器防具や細かい道具も取り揃えているのさ」


 彼女達が旅をするラナリキリュート大陸の中央文化圏では、こういった国境付近や地方と地方の端境(はざかい)などに石造りの旅籠屋(はたごや)が建っていることが多く、ここエスブルト共和国もまた大陸中央東部に位置するため例外ではない。


 いわゆる僻地で営む旅人の宿というやつで、彼女達が立ち寄った旅籠屋(はたごや)のように敷地内に商隊(キャラバン)が丸ごと停車できる馬舎を設けていたり、周囲を木柵や土塁で囲んで防衛力を高めていることが多かった。


 そうしてアルビトラ達は高ランクの依頼を受けるにあたり、売店まで足を運んで必要な物を購入し、不要なものを売却して荷物の整理を始めることにした。





「んーとね、そっちのルァザ式の大きいほうを三個!

 それから常用具の小セットを一つと、魔力活性剤の小瓶も三本ください。

 あ、ほとんど使い切っちゃってる手持ちの常用具は下取りに出すね」



「あいよ、しめて四百三十……いや四百デルミスにしとくよ。

 たくさん買ってくれたからな」



「わーい! ありがとう!」



「しかしルァザの大型を三個となりゃ随分と大所帯なパーティなんだな。

 これ一つあれば、七人パーティの一日分の栄養価を賄える!

 それにしては常用具は一つだけ……それで大丈夫なのかい?」


 ルァザというのはエスブルト共和国内で有数の農作地であることに加え、大型、中型、小型の三種類の携行食料を製造・販売していることでも有名だった。



「えへへ、今回は二人で旅するの! だから、これでいいんだよ」



「えっ、二人でこんなに食料が必要なのかい?! 山籠りでもするのか?」



「全部 私一人の分だよぅ。他のヒトより、いっぱい食べるの好きなんだー」


 売店の店員から驚愕の視線を受けて、ちょっとだけ気恥ずかしそうに代金を一括で支払い、購入した商品を受け取った。

 そんなアルビトラを隣で見ていた女冒険者も、大きく目を見開いて驚くばかり。



「三日で……これだけの量を食べ切るんですか」



「んー、このお弁当だけだと ちょっと足りないかな? 最低限って感じ!

 途中で立ち寄る村で買い足したり、魔物や野鳥を獲ったりするから

 お姉さんに迷惑は掛けないから安心してよ!」



「ええぇぇ……」


 信じられないといった表情を浮かべ、思わず後退(あとずさ)ってしまった。

 これでも最低限だと言い張るのだから、二つ名持ちの冒険者の規格外ぶりを早くも垣間見た気がする。



「そういう お姉さんのほうは、それだけで大丈夫なの?」


 アルビトラが女冒険者の手元に視線を移し、同じく購入しようとしていた商品を一瞥して疑問を口にする。


 女冒険者の購入物は、ルァザ式の小型サイズが一つ、常用具の包帯と針が少し、あまり質の良くない油砥石と拭き布のセットが一つ、小瓶に封入された安価な体力活性剤が二本、魔力活性剤が一本、傷薬が三つ、錬金術の触媒にも使用される妖精の羽の粉末剤がほんの少し、といった具合である。

 他はともかく食糧に関しては、一人で消費するにしても心許ない量だった。



「今の手持ちのお金で揃えられるのは……これが限界だったので。

 それにこの食糧でも切り詰めれば、どうにか三日は保つと思います」



「いやいやいや、小型サイズの目安は冒険者一人の一日分の食事くらいだよ。

 それ一個で三日も凌ぐのは相当厳しいって!

 お客さん……何度か うちで買ってくれていたけど

 まさか今まで そんな食生活をしてたのかい?」



「だ、大丈夫です……慣れてますので……」



「はぁ~。いくら冒険者といったって、もっと命を大切にしなよ。

 そっちの狐人(フォクシアン)の子はほとんど食糧ばっかりで傷薬も買わないしさ」


 片や一人で食べ切るには膨大な量、片や極貧生活にもほどがある程の少量。

 真逆の意味で常識外れな二人に、店員が頭を抱えるのも無理はない話である。



「私もこれで大丈夫だよ! よ!

 傷薬なんてなくても今まで何とかなってきたしねぃ。

 それじゃあ必要なものも揃ったし、そろそろ出発しよう!」


 最上位の冒険者とは思えないような発言を噛ましながら売店の扉を開けて建物の外へ出ていくアルビトラの後を、女冒険者はよたよたした足取りで付いていく。



「……あんな身体じゃあ、死出の旅路もいいところだな」


 止めたほうが良いとは思いつつも普段から冒険者を相手に商売をしている売店の店員は、自由身分である彼女達の事情に干渉するのは御法度だと弁えていた。






 [ オルクシア地方 ~ レネ領 エスピラ高地 ]


 エスブルト共和国の南端とロンデルバルク王国の北端にはエスピラ高地と呼ばれる緩やかな山間部が存在し、古来より二国間を隔てる天然の国境線とされていた。


 そんなエスピラ高地のど真ん中に建っていた旅籠屋(はたごや)を後にしたアルビトラ達は順路を北側に、つまりエスブルト共和国へ向かう道をゆっくりと進んでいる。

 現在の季節は春の半ば、時刻は昼前。穏やかな晴天の陽射しは実に心地良く、冒険者が旅をするには最高の時期といえるだろう……だというのに。



「はぁ……はぁ……すみません、私の歩調に合わせてもらって……」



「いいよ、いいよー。無理しないペースで歩いて行こう!」


 そこまで険しい山道ではないのだが、右半身を庇うようにして歩く女冒険者の速度は遅く、四半刻が発つ頃には早くも息切れし始めていた。



「(……せっかくパーティを組んでくれたんだから)

 (なるべくアルビトラさんの足を引っ張らないようにしないと)」


 申し訳なさそうに隣を歩くアルビトラの様子をちらっと伺うと、鼻歌を歌いながら周囲の景色を楽しそうに見渡す余裕すら見せている。



「(私よりも一回り小柄で若そうなのに、なんて明るくて強いヒトなんだろう)」


 彼女の背丈は一メッテと七十トルメッテであり、純人種にしては恵まれた体格。

 対してアルビトラは狐耳の天辺まで含めると一メッテと六十トルメッテを少し越えるのだが、純粋な頭頂部までを測るなら一メッテと五十四トルメッテとなる。

 目線の高さは実に十五トルメッテ近くも開いていた。




 ここで女冒険者は、改めてアルビトラの容姿と装備に注目した。


 銀色の髪と狐耳、そして尻尾を生やした狐人(フォクシアン)で瞳の色は黄金。

 外見は十七歳前後の可愛げのある風采だが、漂々とした挙措や冒険者として堂に入った振舞いからは、年齢以上の貫禄を何処となく感じさせる。



「(身に付けている武器や防具は少ないけど、質を厳選しているみたい)

 (きっと補修しながら何年も大切に使い続けているのかも……)」


 白い上着と黒い短穿袴(ショートパンツ)こそ普及品のようだったが、足に履いた鞣革の長靴(ロングブーツ)は色褪せてはいるものの、かなり上質そうだ。

 そして身体を覆う青い長羽織(ロングコート)は相当の逸品のようで、両肩や腰に芯材入りの防具が付随しているだけでなく布地より微かに魔力が漂っていた。



「(これって、もしかして……魔具(デミ・マギア)?)」


 主に魔術(スペルアーツ)に類する術式を物質に刻印した代物を魔具(デミ・マギア)と呼ぶ。

 防具に施せば特殊な機能を付与したり強度自体を底上げすることが出来るのだが非常に値が張ってしまう。



「(それに長羽織(ロングコート)から紐で括り付けている鞘と刀剣も立派な拵えだし)

 (やっぱり二つ名持ちの冒険者は、何から何まで私とは違うのね……)」


 目線の高さなどとは比較にならないような、冒険者としての絶対的な格の差。

 だが、ここまで明確な差が開いているのなら逆に嫉妬する余地すらない。

 むしろ彼女に対する敬意と興味、そして小さな憧れのようなものを懐き始めた。


 そんな女冒険者から向けられている視線を気にすることなく、アルビトラは鼻歌を歌い続けながら周囲をきょろきょろと見渡し始めていた。



「ふんふーん、ふふふーん♪ ……あっ! ルミュールの実が()ってる!

 お昼ご飯の前にちょっと摘んでおこうかなぁ」


 少し離れた場所に、やや赤黒い小さな果実の木が自生しているのを発見して思わず声を弾ませた。女冒険者の足の遅さなど一切気にしていない様子である。



「はぁ、はぁ……ここオルクシア地方のレネ領は……はぁ。

 ルミュールなどの一大産地……ですから。山にもたくさん、生えてます……」



「そうなんだ! 前に来た時は急ぎの依頼を優先していたから初めて知ったよ。

 じゃあ他の国のものより おいしかったりする?」



「は、はい……甘さが強め、です……町ではジャムがよく売られてます……」



「わー! それは楽しみだねぃ。立ち寄ったら絶対買おうね!」


 満面の笑顔で応じる彼女の姿を見て、女冒険者は少しだけ気が楽になった。

 その後、しばらくは山道を歩き続けていくうちに陽光が真上に差し掛かったので二人は適当な木陰に腰掛けて昼食を採ることにした。



「ふぅ……久しぶりに山道を歩いたので疲れました……」



「お姉さんはあの旅籠屋(はたごや)の常連みたいだったけど、いつもはどうしてたの?」



商隊(キャラバン)の馬車に乗せてもらって町まで移動していました。

 町に住むヒトからの依頼で探し物をしたり、臨時の店番をしたり、

 下水道に住み着いた鼠や小型の魔物を追い払ったり……そんなところです」


 どれも駆け出しの冒険者が一人でも熟せるような簡単な仕事ばかりだった。

 当然ながら得られる報酬や冒険点の査定も微々たるもので、その収入は一般の農民の半分にも満たないだろう。



「昔は……もう少し大きな仕事もしていたんですけど……」



「苦労してるんだねぃ。それでも冒険者を続けているんだから、

 お姉さんには譲れない目的がありそうだね」



「はい、今回のような錬成像(ゴーレム)が関わる事件を解決したいと思い

 少しずつですが……自分なりの対抗策を進めてきました」


 手頃な岩の上に腰掛けながら携行食料を取り出しつつ、採取してきたばかりのルミュールの実や食べられそうな野草の類を木皿の上に一固めにしていく。

 女冒険者の過去について根掘り葉掘り尋ねるような真似はしなかった。



「でも、山道を歩くだけでも苦労するのなら、錬成像(ゴーレム)の痕跡を辿るよりも

 商隊(キャラバン)に同行させてもらったほうが良かったんじゃないのー?」


 徘徊する錬成像(ゴーレム)達は商人の馬車に襲い掛かるとのことだったので、運が良ければ……否、悪ければ道中で襲撃を受けることも有り得たのだ。



「それでは駄目だと思います、確実に遭遇できるとは限りませんし」



「うーん、それは確かに……」



「それに、仮に錬成像(ゴーレム)の襲撃に遭って、撃退したとしても

 それを操っていた錬金術師(キュメステス)に私達のことが知られて……警戒されてしまいます」 



「そっかー、警戒されちゃうと相手の拠点に乗り込もうとした時に

 事前に逃げられちゃう可能性が高くなるってことだね!」



「はい、ですので……現場の痕跡から地道に辿るのが一番かと」



「わかった、お姉さんの方針に従うよー。

 だけど、少し齧っていると言ってた割には随分と精通しているみたいだね。

 本当はやり手の錬金術師(キュメステス)だったんじゃないの?」



「うっ、それは……」


 そもそも現場に落ちている錬成像(ゴーレム)の破片を解析しようとする時点で、それなり以上の知識と技術を持ち合わせていることが前提となる筈だ。

 しかし、そのことには極力触れてほしくなかったのか返答を詰まらせてしまう。



「あ、無理に言わなくてもいいよー。

 お姉さんが必要な手掛かりを掴む手段があるっていうのなら、それでいいし!」



「……ありがとうございます」


 明らかに隠し事をされているというのに、相変わらず気にする素振りは見せず、携行食糧を三分の一ほどに切り分けてから、もぐもぐと頬張っていった。


 アルビトラ達が購入したルァザ式は、蒸かして砕いた穀物類を主軸にドライフルーツやナッツなどを練り込んだ上で固形化させた代物で、やや淡泊な味わい。

 ヒトによっては物足りないとすら感じるのだが、栄養価の高さには定評がある。



「もぐもぐ……ルミュールやグローゼを採っておいて良かったー」



「そうですね、町で売っているものより少し酸っぱいですが

 いいアクセントになってくれています」


 元から小さな携行食料を左掌だけで小分けにしながら頬張りつつ、女冒険者もルミュールの実を堪能していた。



「食べられそうな野鳥でも飛んでいたら、お肉も付けれたんだけどねぃ」


 火を使わない簡単な食事の一時ではあったが、ここ数年の間 単独行動(ソロ)で活動するしかなかった女冒険者は久しぶりに食べ物が美味しいと感じることが出来た。

 それに味気ない筈の携行食料をおいしそうに頬張り、心より食べる事を楽しもうとするアルビトラを見ていると自然と心が温かくなってくるのだ。




「もう大丈夫です。充分に休憩を採ることができました」



「疲れちゃったら遠慮なく言ってね。

 急がば回れっていうし、今日の午後は丸ごと使って錬成像(ゴーレム)を探して行こう!」


 木陰より出立し、エスピラ高地を北上していく。

 多数の商隊(キャラバン)が通る山路を主軸として、時折 付近をまとめて探ってみるものの、残念ながら件の錬成像(ゴーレム)との戦闘が行われた痕跡は中々見当たらなかった。


 岩場の陰、山林、少し開けた草地、真新しい土砂崩れの跡などを順番に巡っていくが、それらしき手掛かりは無し。

 頭上の雲はゆったりと流れ続けており、徐々に傾き始める陽光が出たり引っ込んだりを繰り返していた。




「んー、この辺にも破片とかは落ちてないなー。

 ちょっと不自然な土砂崩れだし、ここで何か起こったっぽいんだけどね」



「もしかして、先に誰かが訪れて回収されてしまったのかもしれませんね……。

 他にもいくつかの冒険者パーティが依頼を受けていましたし」



「その時は、そのヒト達と交渉するしかないねぃ。

 このまま探すのを続ける? それとも今日はそろそろ切り上げる?」



「私と交渉してくれる同業者はいませんよ……。

 だから、もう少しだけ……ここで粘ってみます!」


 慮るように尋ねてくるアルビトラに対し、少しだけ語気を強めて継続を促した。

 二つ名持ちの冒険者の協力が得られることなど、もう二度と起こらない奇跡かもしれないのだ。アルビトラに見放される前に成果を出したかった。


 

「ん、了解! じゃあ日が暮れるまで探してみよっか」


 その後、山道を更に北に進んでエスピラ高地の降り坂に差し掛かった頃、ふとアルビトラが足を停め、急に真剣な面持ちで進行方向の先を見据えた。

 頭上の狐耳がピクピクと小刻みに動いている。



「……どうかしたんですか?」



「んー、二百メッテくらい先で誰かが戦っている気配がするよ。

 このまま進むと私達も巻き込まれちゃうかも」



「え、あ……本当だ。よく聞こえましたね」


 言われて初めて、女冒険者は進行方向上より微かな金属音のようなものが鳴っていることを察した。

 向かって前方には樹木や草花が重なって視界が閉ざされているだけでなく、それ等が響き渡る音を減衰させるために気付かなかったのは無理もない話である。



「行ってみましょう! もしかしたら錬成像(ゴーレム)かもしれません」



「そうだねぃ、誰かが戦っている最中だったら

 破片だけ拾って回れ右すると良いかも!」


 そうして前進を続けていくと確かに何者達かが争っている現場には辿り着いたが生憎と探していた錬成像(ゴーレム)のようには見えなかった。

 一台の馬車と、それを護衛する兵士達が魔物の群れに襲われている最中だった。




「立派な馬車だよ! お貴族様が乗っているのかな? かな?

 まあ、それは置いておいて馬車を囲んでいるあの魔物は……」



「ギュイゴリです、五頭……いや六頭も!?

 こんなに密集しているところなんて見たことありません」


 魔物の群れのうちの一頭は既に倒されて地面に転がっていたが、残りの五頭はまだまだ健在といったところか。女冒険者は思わず息を呑み、足が竦みかける。



「(倒れてる子も まだ微かに息があるみたいだねぃ)」


 ギュイゴリとはエスブルト共和国の各地に棲息する中型の魔物で、短剣のように鋭利に伸びた鱗を背中に持つ上に外皮自体が非常に硬いことで知られている。

 知能はやや高く単体ならともかく群れを成している場合は危険度が跳ね上がる。


 自慢の鱗で突き刺してくるだけでなく散弾のように射出する場合もあり、現に馬車の車体には何本もの鱗が突き刺さっていた。

 護衛を担う二名の兵士達が長槍を構えて応戦しているが、この分では仮に六頭を倒しきったとしても、馬車が走行不能に陥るのは目に見えている。



「硬くて鋭い鱗も厄介だけど、一番怖いのは機動力だね!

 普通に歩く時はそうでもないのに、丸まって転がり出すと停まらなくなる」



「ええ、平地ならともかく……山間部の坂道なら馬よりも速いです。

 あの馬車を最大速度で走らせても振り切ることは難しかったのでしょう」


 鞄から体力活性剤を取り出して一息に飲み干し、歩き回った疲労を誤魔化した。

 そして腰に下げた片手剣を左手で抜き放ち、動かない右腕には小盾を装着させてから、ぎこちない動作で距離を詰めて行くことにした。

 このまま馬車を見捨てて迂回するという選択肢もあるが、やや後味が悪い。


 それに迂回中にギュイゴリに気付かれて回り込まれてしまえば逃げ場を失ってしまうため、相手が気付いていないうちに先制攻撃で倒すのが最良なのだ。



「ん! 悪くない選択だと思うよ……選択だけはねぃ」


 意図を察したアルビトラも左掌で刀剣の鞘を握り締め、柄に右掌を添えた居合貫きの構えを採りながら、女冒険者の右側に着いて歩調を合わせてくれた。




「いきます!」


 馬車を取り囲む魔物の背後からどうにか忍び寄り、一体に狙いを定めた。

 鱗が無く、比較的外皮の薄い足の関節の裏側を目掛けて刺突を放つ。



「(……ダメ、全然 通ってない)」


「ビュイィィ!!」


 驚いた鳴き声を挙げながら首を背後へと振り向かせ、魔物が敵意を傾けてきた。

 残念ながら女冒険者の繰り出した片手剣はほんの少し突き刺さった程度であり、とてもではないが仕留めるには至っていない。



「うぅっ……」


 硬い皮膚に阻まれた衝撃の振動が、片手剣を握る左掌に伝播した。


 その瞬間、女冒険者の脳裏に三年前の悪夢が蘇り、全身が恐怖で硬直する。

 あの時も錬成像(ゴーレム)の硬い装甲を斬り付けようとして容易く弾かれ、奇襲に失敗した結果 かつての仲間達を喪い、彼女自身も大怪我を負う大惨事を招いてしまった。


 足が竦み、呼吸が乱れ、次に採るべき行動が分からなくなる。



「ビュギャア!」


「ギャッ! ギャギャ!!」


 他の魔物達も奇襲を仕掛けて来た女冒険者の存在に気付き、一斉に鱗を隆起させて射出体勢に移り始める。……その時だった。




 ―― ザ シ ュ ゥゥ ッ !!


 何かが女冒険者の眼前を擦過していき、遅れて肉を裂く音が響き渡った。

 眼前の魔物の胴部が水平真一文字に両断され、容易く絶命する。



「な、なにが起こったというの!?」


 (まさ)しく、目にも止まらぬ早業。彼女が驚愕の声を発し終える頃には、他の魔物達も次々に両断されていく光景が視界に映った。


 五頭の魔物は早くも残り一頭までに数を減らしており、そこでようやく女冒険者はこの惨劇を演じているのがアルビトラであることを理解した。




「…………」


 無言で抜刀、一閃。そして納刀。


 居合貫きの構えを採ったままのアルビトラの手元が、僅かに揺らぐ。

 途方も無い速さ故に、他者の視界に白刃が映る前に鞘に納まっているのだ。



「ビヤァァ!?」


 両断された上半身が地に落ちる瞬間、魔物は己の死を最後に悟る。

 硬い外皮も、鋭利な鱗も、まるで乾酪(チーズ)でも斬り別けるかのような容易さだ。



「え、嘘……あの一瞬で?」


 絶命した魔物の死骸を見咎めて更なる驚愕に陥った。

 胴だけでなく喉元も穿たれており、脚部の腱も的確に斬られている。


 つまりアルビトラは一頭の魔物に対して最低でも三回は斬り付けて、入念に生命を刈り取っていたのである。

 それでいて刀身に血脂が付着する(いとま)もない程の太刀筋の(はや)さ。




「これで、五頭」


 道中までとは異なる抑揚のない声調で、静かに戦果だけを呟いた。

 息一つ乱れる素振りすら見せない。


 自身の圧倒的な実力に奢ることなく一切の呵責も無し。

 僅かでも自身の生命を脅かす可能性のある牙持つ敵を、確実に屠るのだ。

 


「(す、すごい……!)」


 つい先刻まで隣に居た筈なのに、五頭の魔物を斬り裂いたアルビトラは、気付けば十五メッテほど離れた場所まで移動している。

 全ての魔物が仕留められたと思い込んだ女冒険者は、あまりの凄まじさに放心してしまい思わず構えを解いてしまった。



「まだだよ! そっちに倒れてる子を見て!」


 アルビトラの叫び声と同時、兵士に倒されたと思っていた魔物が身を起こした。

 どうやら死んだふりをして反撃の機会を伺っていたのだが、あっという間に自分以外の味方が全滅したものだから半狂乱に陥ってしまったのだろう。


 背を向けて鱗を隆起させ、最後の抵抗とばかりにその場で出鱈目に射出する。




 ダンッ! ダ ダ ダ!



「あっ……」


 拡散した鱗のうちの数本が、女冒険者の身に迫る。

 この足では咄嗟に避けることなど出来る筈もなく、盾を構え直す時間もない。

 ただただ己の判断の甘さと構えを解いたことを後悔するより他無かった。




 女冒険者が己の死を覚悟した時、束ねた風が戦場を貫くように駆け抜けた――



 離れた場所に移っていた筈のアルビトラが瞬時に女冒険者の傍まで戻って来たかと思えば左腕をドンッ! と突き出して、硬直する彼女の身体を押し飛ばしたのだ。


 そして、鋭利な鱗が去来する。

 身を挺して仲間を庇ったアルビトラの左腕に容赦なく突き刺さった。



「アルビトラさん!」


「あいたたた……でも、無事で良かったよ」


 少し眉を(しか)めて、痛そうな素振りを見せながらも脚を停める真似はしない。

 健在な右掌で抜刀し、死に損ないの魔物の首を撥ね飛ばした。


 そうして六頭のギュイゴリは余さず絶命し、一帯は静寂を取り戻す。

 まるで堰き止められていた空気が一挙に流れ始めたかのように、魔物の死骸より溢れ出た血の臭いが何処(いずこ)かへと霧散していくのであった。



「……」


「……」


 応戦していた兵士達の反応は意外と薄く、長槍を持って直立した体勢のままアルビトラに向けて軽いお辞儀をするのみ。どこか人形じみた振舞いであった。



「終わってくれたか、誰だか知らないが窮地を救ってくれて感謝するぞ」


 馬車の扉が開き、中に籠って難を逃れようとしていた人物が姿を現した。


 上等な礼服に身を包んだ三十路前後と思しき男性だった。

 適度に日に焼けた肌と短く纏められた艶のある黒髪。背丈は一メッテと七十五トルメッテほどの健康的な体格であり、決して派手さはないが一目で貴族であることを伺わせる洗練された所作で馬車から降りて地に足を着ける。



「なんと、これはまた可愛らしい冒険者達じゃないか。

 君達のような可憐な乙女に怪我をさせてしまい……ん、そっちの君はもしや?」



「貴方はまさか、タルヴォア……様」


 貴族の男性が女冒険者の顔を見るなり僅かに驚き、彼女のほうもまた盛大に困惑した素振りを見せ始める。

 思わぬところで古い知り合いと再会を果たしたかのような、そんな反応だった。


・第1話の2節目をお読みくださり、ありがとうございました。

 アルビトラののんびりと旅する感じと、戦闘面での容赦なさを

 表現することが出来ていれば幸いです。

・ここから如何なる方向に物語が動くのか、こうご期待ください。


・次回投稿は1/7を予定しております。


・※1/7追記 

 本日更新を予定していたのですが間に合わずに申し訳ございません。

 どうにか書き終えましたので、推敲した後に明日の7:10に投稿いたします。

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― 新着の感想 ―
何やら訳ありらしい主人公と、マイペースな獣人の少女。 正反対な二人の行く末が気になりますね… ここに行き着くまでに主人公の身に何があったのか、何故こんなに切羽詰まっているのかも気になります…!
軽い気持ちで読み始めたのですが予想以上に描写が緻密で引き込まれてしまいました 情報量が多いのにキャラクター同士の会話のテンポが良くて自然と頭に入ってきます アルビトラの存在がいいアクセントになってます…
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