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僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(7)


 [ バルクラント地方 ~ バルクム・イルド渓谷 ]


 アルビトラ達が第三王女との面会を行った翌日。奇しくも王都より遥か西に位置する“絶望の谷”にて、後に彼女達の歩む路に深く関わる出来事が進行していた。



「うひゃいっ!」


 ブシュゥゥゥ! と足元より木霊す奇妙な音に驚き、次いで勢いよく噴き出した温水を咄嗟に避ける隻眼の少女。

 もし直撃していれば火傷では済まされないことだろう。


 小規模な活火山が隣接しているためか、ゴツゴツした岩肌の地勢は昼間にも関わらず薄暗く、生物が嫌悪感を催す刺激臭で溢れていた。



「うっへぇ~~、こりゃ堪らないね。

 分かってはいたけど、あんまり長居したいとは思えない場所だよ」



「硫黄や水蒸気の噴射だけでも危険だが、何よりも堆積した呪詛が染みている。

 古き戦場(いくさば)の傷痕といった具合か、ヒトの肉体には さぞ辛かろう」



「まったくだよ! 少なくともデートスポットには絶対に選んでほしくないね」


 『霊滓綺装』と思しき大剣の調査と回収に赴いたギラ・レスティート博士であったが、想像以上の劣悪な環境に思わず身に纏っていた黒い短外套(ショートマント)の裾で鼻と口元を抑え込みながら悪態を吐く。


 そんな彼女の隣に並び立つ巨漢の武人、ゾガルディアは冷静な検分を行う一方で契約者の少女の身の安全を第一に考えていた。



「間欠泉に加えて瘴気まで湧いている、くれぐれも慎重に進むべし」



「ゾーガさん、やさし~♪ ひとまずは僕のお手製の丸薬で凌ぐとするよ」



「……それで足りるのか?」



「本音を言えば、気流操作で完全に遮断したいさ!

 でも、そうすると『霊滓』の流れまで遮ってしまうし、

 お目当ての大剣を見逃しちゃって本末転倒になりそうだからね」

 

 小さなポーチの中より一口サイズの丸い物体を取り出し、包み紙を外してから口内に放り込むと急激にギラの肉体を蝕む諸々の症状が和らいでいく。

 とはいえ周囲に蔓延る臭いまでは誤魔化せないので、短外套(ショートマント)の裾を即席のマスク代わりにし続けることにした。



「僅かでも身体に異変を感じたら、一旦 退()き返す事も検討するべきだな」



「うんうん、なるべく無理はしないのが一番だよね。

 じゃあ()が高いうちに、ある程度 調べて回ろうじゃないか!

 夜になったら何が出るか分かったもんじゃないしね~」


 不意の噴射に注意しながら歩き進むこと一刻ほど。

 傾斜を降りるに連れて足場に出来そうな岩が狭くなり、硫黄を含んだ瘴気が濃密になっていく。旅慣れた冒険者ですら躊躇するほどの難所に差し掛かった。



「わっ! ……ととと、こりゃ ちょっと僕の足で進むのは難しいや」



「無理はするな。此処からは我が肩に乗るが良い」



「そうしたほうが良さそうだ。お願い、ゾーガさん!」


 言うよりも早く身を屈めていた巨漢の武人の傍へとギラが近寄り、馴れた所作で彼の左肩に腰掛けた。

 武人が再び身を起こすと、ギラの視点は一気に二メッテ半もの高さへと至る。



「ふふふ、この地上を睥睨する高さ! 特等席って感じだよ~」



「天井付近からも水蒸気が噴射している。くれぐれも留意せよ」



「分かっているともー!」


 そうして二人は最新の注意を払いつつ更に渓谷の奥に向けて進み続けた。






「むぅ」



「どうしたのゾーガさん?」



「そこの岩壁を見よ、魔物の死骸が積み上げられておる」



「本当だ! これはエラゴルシュ、結構強めの魔物だね。

 だけど矢弾(ボルト)を浴びせてから槍で突き刺して的確に仕留めてあるよ」


 向かって前方右側の岩壁に視線を移すと、牡牛の頭に鼠のような胴体……そして大きな蝙蝠のような翼を生やした三頭の魔物の死骸が、一箇所に固められていた。

 恐らく複数人の集団と交戦し、駆逐された直後といったところか。



「すんすん……硫黄のせいで気付かなかったけど、真新しい血の臭いがする。

 まだ討伐されてから、そこまで時間は経っていないみたいだ♪」

 


「先客か」



「それっぽい気配はあるかなぁ?」



「……ふむ、前方 五百メッテ先。集団と思しき気配が漂っておる」


 問われて脚を留めたゾガルディアが眉を(ひそ)めて警告を発すると、ギラはポーチの側面に備え付けていた お手製の望遠鏡を手に取り、眼帯で覆われていない左目に押し当てた。



「どれどれ~……あ、本当だ! 十人くらいの純人種が歩いてるよ。

 こんな辺鄙な場所でピクニック? そりゃ随分と愉快な話じゃないか!」


 特殊な水晶を削り出した二枚のレンズによって拡大された視界の先では、明らかに訓練された足取りで慎重に歩を進める者達が映し出されていた。


 なお彼女が手にした望遠鏡は市販品とは一線を画する性能を有している。

 ただ遠くの物を観測するだけでなく暗視や魔力視、生物が放つ独特の波長、そして『霊滓』をも捉えることが出来る優れものなのだ。




「奇妙だ。バルクム・イルド渓谷は危険度の割に採取できる素材が少ない。

 冒険者が好んで足を踏み入れるとは考えられぬ……どうする?」



「ふふん、もう少し近付いて彼等の目的を調べてみよう!

 もしかしたら僕達と同じ目的かもしれないよ♪」


 望遠鏡をポーチの側面に戻し、代わりに何かの液体が入った小瓶を取り出す。

 きゅきゅっと小さな両手で木栓を捻りながら開封すると、内部の液体が勝手に小瓶から飛び出して独りでに宙を踊り出す。




「成れ果ての影精サダラークに、この僕が(こいねが)う。

 常理を孵す夜霧の調(しらべ)。穢れた血と肉と骨を捧げ、欺瞞の堕胎を此処に刻む」



 飛散した液体を介して遠く離れた大陸に根差す影の精霊と交信しながら、ギラはその小さな口をはきはきと動かして淀みなく詠唱句を紡ぎ続けた。

 同時に、彼女の意志と ささやかな魔力が何処(いずこ)かへと捧げられていく。


 これぞ魔法(スペリオル)の所作。常理に適応し、常世を漂う精霊への祈祷である。




「『夜と欺殷の詩徒(レイヤーフォール)』」



 鍵語の発信を以て術式が完了するのは魔術(スペルアーツ)と同じ。

 ()れど、魔法(スペリオル)の場合は術式の構築から発現までを精霊に委ねるのである。


 十数秒の間隔を置いた後、ギラとゾガルディアの肉体の周囲に灰色の(もや)のようなものが漂い始めた。




「とほほ……やっぱり遠く離れた大陸だと効果が薄いや。

 でもまあ、これで暫くの間は僕等の姿は周りから視えなくなったし、

 話し声や足音も聞こえなくなった筈だよ」



「即席の隠形としては充分だ。

 然らば、奴等の真後ろに付いて何用でこの地を訪れたのか伺うとしよう」



「うんうん、取るに足らない雑魚だったら放置すれば良いしね♪」


 ゾガルディアが少し早歩きになり、ずんずんと距離を詰めること数十分。

 峻険な地勢を苦心しながら進む先客者達の背後へと忍び寄ることに成功した。






「隊長殿、本当にこの奥に進むのですか? 最早 濃霧と湯気で何も視えません」


「ここまでに遭遇した魔物もかなり危険な種族ばかり……。

 そろそろ治癒術師の魔力や医薬品が底を着いてきています!」


「仕方あるまい、同胞達の遺体は最奥に取り残されたままなのだ」

 せめて遺品の一つでも持って帰らねば、遺族や女王陛下に何と告げる?」


 先んじて渓谷の底へと潜っていたのは十一名から成る武装した集団。

 各々が纏う武具はいずれも上質な代物で、火を使わない魔具(デミ・マギア)製の提燈(ランタン)の灯りを頼りに進軍していることから、ただの冒険者や傭兵などではないことが伺えた。



「同胞達は渓谷の奥で赫い宝玉が埋め込まれた武器らしき物を発見したそうだが

 その報告を最後に一切の連絡が途絶えてしまっている……」


「連絡用の使い魔すら送り出せないとは、余程酷い状況に陥ったのでしょう」


「ただでさえ凶悪な魔物が棲息しているのだ、無理もない」


 彼等は一人一人が優秀な武芸者であったが、例外なく疲弊の色が滲み出ている。

 何度も魔物との交戦を重ね、充満する瘴気や間欠泉の洗礼を受けたのだろう。

 しかし何の成果も挙げずに手ぶらで引き返すという考えは無さそうだった。


 そんな彼等の様子をギラ達は入念に検分していた。




「各自が鎖帷子の上に部分鎧、指揮官と思しき者は琥珀色の外套を羽織っておる。

 外套に描かれている紋章から察するに、ロンデルバルク王国の正規兵だな」



「大輪の華と針杖を象った紋章……女王様のためにせっせと働く蜂さんだ。

 ここまで僕等がすんなり歩いて来れたのも

 先に彼等が害獣を始末してくれていたからか~、やるじゃん!」



「うむ。装備品や身の熟しからして それなりの精鋭といったところか」



「あっはっは! こんな場所までお勤めごくろうさんだよね!

 会話の内容からして『霊滓』を浴びて壊死した お仲間を回収しに来たのかな」


 約十メッテ後方。付かず離れずの間隔を維持して王国兵達の様子を見定めつつ、彼等が切り拓いた路を悠々と進み続けた。






 渓谷の難道は更に地の底へと続いている。周囲の温度と湿度が上昇する一方で、何故か背筋が凍えるような悪寒が走るという奇妙な体験を誰もが共有し始める。



「ひぃっ! 何か今、向こうの崖で踊っていなかったか?!」


「臆病風に吹かれて幻覚で視えたか、情けない奴め」


「いや……あながち見間違いではないかもしれんぞ。何せこの地は

 大昔に我等の祖先との争いに敗れた異民族共を埋め立てた曰く付きの場所。

 魂の回廊へと至れず、常世に漂う悪霊が徘徊していても不可思議ではない」

 

 徐々に王国兵達の間に動揺が広がり、最奥を目指す脚が鈍くなる。

 無理もない、彼等の世代にとっては未知の領域にして凄惨な王国の歴史と直面しているのだから……。



「……こんな時にレギ様が居てくれればな」


「世迷い言を申すな。レギ様は今や王都の守護者!

 近年、急増している上位種の侵攻を防げているのは全てあの御方あってこそ!」


 彼等の背後にて盗み聞きを続けていたギラは、その会話内容を聞いて不謹慎にも吹き出してしまいそうになった。




「あははは! いいねぇ、イルスバルデくんの作戦が見事に嵌ってるじゃないか」



「……バルティア公爵の手引きで上位種の魔物を王都に送り込み続け、

 "北方の勇者"を縫い留めておく。戦略としては有効だが、誉を棄てた計略だ」



「ま、ゾーガさん的にはあんまり愉快な作戦じゃないよね~。

 でもまあ、あの勇者くんの行動を封じるなら こうするのが一番だよ♪

 でなきゃ今頃、彼がこの渓谷に乗り込んで『霊滓綺装』を取得しちゃってた」


 イルスバルデことバルティア公爵の計略に対する所感を二人が述べ合っていると前方の王国兵達に新たな異変の兆候が押し寄せていた。


 カサカサカサ……と峻険な岩場を素早く這い擦り回る足音が響き渡り始めたのだ。



「くっ、また魔物か……左斜め前方! おそらく上だ!」


「総員、抜剣! 治癒術師を中心に円陣を組むのだ」


 悪視界 故に音を頼りに即決即断。その行動の速さと訓練された動きは並の冒険者や常備兵とは一線を画している。間違いなく彼等は精鋭なのだ。

 しかし、どうやら今回ばかりは相手が悪かった……。




「ジュロィ、イブシュシュ……ギギル、イシュ!」


「ギギルロイ、イシュ!」


 充満する瘴気と水蒸気の幕を突き破り、何者達かが岩肌の壁を歩きながら迫る。

 その姿は、巨大な百足(ムカデ)のような下半身に純人種の上半身がくっ付いたような異形であり、ロンド語とは全く異なる言語を発していた。



「う、うわあああ! なんだコイツ等!?」


「壁を歩いてやがる、しかもかなり速い」


「魔物じゃあ……ない? 気を付けろ、武器を持っているぞ!」


 驚愕に支配されつつも円陣を崩す素振りは見せず、むしろ大盾持ち達が素早く襲撃者の方角へと己の得物を傾けていた。



「ゴリル、イシュビエル? ドゥイ! ジュラーク!」


「ガリリエ、ロンドジューヤ? ……ドルキ イシュ!」


 現れた異形は二名。全員が下半身を含めて四メッテほどの巨体であり、骨を削り出して造られたと思しき独特の大鎌を両腕で保持している。


 圧倒的な速度で迫り、凄まじい膂力で豪快に振るう。

 たったそれだけで、ヒトは紙切れ同然のように斬り裂かれていくのだった。



「ぐああ……!」


「馬鹿な、大盾ごと真っ二つだと? こんな事が有り得るのか!」


「ええい、爆雷弾を使え! 出し惜しむな!」


 一瞬で数名が刈り取られたことにより陣形に穴を空けられた王国兵達に動揺が走る。それでもまだ心が折れていないだけ瞠目に値するというべきか。


 そんな彼等の奮闘を、ギラ達は後方で冷静に検分していた。




「あの百足(ムカデ)の亜人種、恐らくは蟲人(グリルシアン)の一種だろう」



「そうだね、元々この地に追いやられた先住民の末裔か何かだと思うよ。

 話している言葉は古代ギアルリ語。かーなーりレアな言語だ!」



「彼等は何と言っている?」



「興奮して叫びながら喋っていたから完全には聞き取れなかったけど

 『誰だお前達は?』『剣を向けたな?』『やられる前にやるしかない』かな?」


 僅か十一歳、それも遠い異国よりやって来たにも関わらずギラは亜人種達が話していた古い言葉の内容をほぼ正確に翻訳してみせた。



「それから『まさか、我等の先祖を虐げたロンド族の兵士か? なら殺してやる』

 的なことも口にしていたよ……こりゃあ、完全に不幸な出会いみたいだね♪」



「ロンド族……懐かしい響きだ。

 現在のロンデルバルク王国の前身を築いた民族だが、因果なものだな」


 二人が考察している間にも王国兵達は凄まじい速さでその数を減らしていく。

 彼等とて何年も厳しい修練や実務を熟してきた筈なのに、その全てが隔絶した力の前に成す術もなく蹂躙されてしまった。




「申し訳ございませぬ、女王陛下…………そして、先遣調査隊の同胞達よ……」


 直後、隊長と思しき年配の兵士の顔面が兜ごと縦に真っ二つにされた。

 周囲の間欠泉の如く勢いよく噴射する鮮血を以て戦いの幕が降ろされた。




「ゴドゥイ、イシュ! イシュ!」


「……ギギル、グルギエラ!」


 僅かな間に王国兵を全滅させた亜人種の戦士達は、次に姿を隠している筈のギラとゾガルディアが居る方角へ大鎌の穂先を傾けながら激しく叫び出す。



「ありゃりゃ、あいつ等 僕の魔法(スペリオル)を看破してるよ~。

 『姿を見せろ、殺してやる』『そこに居るのは分かっている』……だってさ」



蟲人(グリルシアン)は特定の器官が異常に発達していることが多い。

 視覚や聴覚を惑わす隠形の術式だけでは不足したのだろうな。

 ……いずれにせよ素晴らしい戦士達だ、喜んで相手を務めよう」



「おっけーぃ! じゃあ適当に頑張ってねゾーガさん……交信解除(オブリビオン)


 万感の信頼を寄せているが故に、躊躇なく精霊との交信を中断して隠形を解く。


 するとギラを肩に乗せたまま、背負っていた巨大な斧の柄に右掌を添えたゾガルディアの雄姿が異形の戦士達の視界で明瞭に映し出されるのであった。

・第2話の7節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・今回は廃薔薇機関(ローゼンハルク)側の二人の動きということで

 少しコンパクトに綴らせていただきました。

・なおギラが最後に口にしていた交信解除(オブリビオン)というのは

 魔術(スペルアーツ)でいうところの術式解除(スペルブレイク)に相当いたします。


・アルビトラ達より一歩早く"絶望の谷"に訪れたギラ達ですが

 今後どのように邂逅していくのか、どうかご期待ください。

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― 新着の感想 ―
自分には考えられないような表現力を利用した物語で素敵です!
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