僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(6)
・今回より投稿時間を変更させていただきます
[ 王都アンバーハイヴ ~ 『女王へと至る路』 ]
レギの申し出を受けて馬車へと乗り込んだアルビトラとヴィルツの二人は中央通りを悠々と進んで行く。
同じ市街地の筈なのに徒歩で散策した昨日とはまるで異なる印象を受けた。
それはヒトの視線の高さと馬車の車窓から視える景色の差であり、平民ないしは放浪者と貴人達との間に隔たる格差なのかもしれない。
しかしアルビトラにとっては取るに足らない違いであった。
「あっ! そういえば私達まだ朝ごはん食べてなかったよぅ」
「じゃあ公園辺りでやってる屋台で何か買って行こうか。
僕も何か腹に入れておきたいと思っていたんだ」
「いいね、いいね! 昔より屋台の種類が増えてるし、いっぱい試したいねぃ」
「……これから王城に行って王女様と会うっていうのにどんな神経してるんだよ」
突然の状況の変化にも関わらず普段と変わらぬ様子のアルビトラに対して、相応に緊張しているヴィルツは思わず愚痴を零しながら溜息を吐いた。
「腹が減っては何も上手く行かないよ。
それにヴィルツだって昔は冒険中に何度か王族と会ったことがあるじゃないか」
「ふん、俺様はお前達と違って毎回 特注の胃薬を持参してたんだよ!
今回は急だったから そんなもん用意してねぇ……朝飯は止めとくぜ」
「そうか、なら姫様の用件が済んだ後で何か食べに行こう」
「出来れば王都で評判の酒場でも紹介してくれよな」
この中では常識人寄りのヴィルツは悪態を吐きつつも、能天気なアルビトラと旧友であるレギの存在が幾らか平静を保たせてくれていることを自覚していた。
そんなこんなで中央公園に差し掛かると、さっと馬車から降りたレギは数分の間に八人分の軽食を購入して戻って来た。かなり手馴れている様子である。
なお彼が購入したのは豚肉の腸詰を小麦のパンに挟んだ代物で、僅かに香辛料や特性の調味液が添えてあり、空きっ腹をこの上なく刺激してくれた。
胃痛で食べることが出来ないヴィルツは少しだけ恨めしそうな視線を送るのみ。
「たしかアルビトラさんは、かなり食欲旺盛だったよね?
僕と御者台の二人で三人分として、良ければ残りは全部どうぞ」
「いいの? やったー!」
「レギは昔からそういうところで気が回るよな~。
だけど王家御用達の馬車の中ってことを忘れんなよ……」
充満する軽食の匂いを察して窓を空けつつ、呆れ半分に言葉を零すヴィルツ。
とはいえ一行は終始 和やかな雰囲気で進み続けるのであった。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 『百花橋』 ]
「レギ様と御来賓が乗っておられる馬車だ、開門せよ!」
「開門! 開門!!」
中央通りを突き進むと、昨日も目にした南東端の巨大な門へと差し掛かる。
御者台で手綱を操る兵士が門番を見降ろしながら命じると、二つ返事で観音開きの重厚な門が開かれていった。
ゴゴゴゴ……と静かに唸るような音と振動を響かせて開帳された先には、途方も無く巨大な石造りの大きな橋が続いていた。
橋の両端には等間隔で四角柱の橋塔が幾つか備わっており、純粋な防衛力も相当なものであることが伺える。
「凄ぇな……向こうの孤島まで、いったい何メッテあるんだ!?」
「だいたい五百メッテだよ、橋の幅は三十メッテくらいかな」
『百花橋』と名付けられた巨大な建造物の先には大灯台を改修して築いたという現在の王城と、それを囲う城壁が聳えている。
その規模の大きさ、堅牢さには旅慣れたヴィルツですら圧巻されてしまった。
「あれれ? 橋塔に天辺が広めの台座みたいに変わってるー!
昔 見た時は、大きさはともかく形自体は普通の橋塔だったのに」
「それは つい最近になって増設された気球の発着場だよ。
今の時間帯は警備のために全機 出払っているけどね」
「成程な、この大橋は前哨基地も兼ねているってわけか。
これから外から魔物に攻め込まれても、そう簡単には陥落しないだろうよ」
「そういえば橋の傍の崖地を繰り抜いた軍港があったっけ。
気球の保管や整備する場所もばっちりだねぃ」
「勿論、一頭たりとも市街地に魔物を侵入させたりはしないさ!」
難攻不落な大橋を堂々と渡って行くに連れて、より一層と潮騒の音と香りが濃さを増していく。陸地から五百メッテも離れた場所ともなれば当然であろうか。
アルビトラ達が馬車に乗ってから半刻を少し過ぎた頃、一行はいよいよ王城が存在する孤島へと辿り着いた。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 『メルリヌス城』 ]
孤島を覆い囲む琥珀色の城壁の正面に設けられた門を越えると ささやかな庭が広がっており、その先には連なるようにして佇立する三本の塔の根本へと至った。
その内の一棟、向かって左側の塔は古来より近海を往来する船乗り達の導となった大灯台であり他の二棟は後から増築された形となる。
中央の塔は主要となる城館、右側の塔は居住空間や倉庫などを兼ねている。
「王城まで来たのは初めてだけど、何だかすごい建物だねぃ。
どちらかと言えば芸術家が設計した大きな教会みたいだよ!」
「元から在った大灯台の形状を活かして増築したそうだ。
灯台としての役割は、今でも担っているけどね」
「左側の塔は大灯台だけあって高さは四十五メッテくらいか?
他も四十メッテ弱、城壁の高さは三十メッテってところだな……。
よくもまあ、これだけの建物を孤島に築いたもんだぜ」
工費を想像して呆れながらも関心したように嘯くヴィルツと、いつものように冊子を開いて王城の形をざっくりとスケッチし始めるアルビトラ。
二人の賓客を乗せた馬車は少しだけ速度を落として右側の塔の裏側に設けられた馬舎へと入っていった。
「二人ともお疲れ様……と言いたいところだけど、本番はこれからだ。
今回は姫様個人との面会だから中央の城館の正門からじゃなくて
右側の塔の入口に案内するよ」
「中はどんな感じなんだろう。わくわくするよ! よ!」
「くっ! いよいよ胃液が逆流して来そうだぜ。
今更だが、その姫様って いったいどんな奴なんだ?
俺様はこの国に来たばかりだから、あんまり詳しく知らないんだよ」
胃を抑えながらヴィルツが疑問を口にするのも無理はなかった。
これから謁見することになる第三王女は王位継承権が低く、表舞台に姿を現すこともあまりない。大陸北部で暮らしていた彼が把握するのは困難だ。
「本名はアンネルジュ・エティス・ルイーズ・リリベリス・マーニェンバッハ様。
女王陛下の第四子で、つい先月 十四歳の誕生日を迎えられた」
「な、長い!! 絶対に名前を覚えられないよぅ」
「どうせアンタは誰かを名前で呼ぶことはないんだから問題ないだろ。
それで、王女様の性格とかはどうなんだ?」
「うーん……その、なんというか」
「どうした? お前が言い淀むなんて珍しいじゃないか」
「……と、とても気さくで行動力のある御方だよ。
何せ周囲を黙らせて僕みたいな冒険者を側近として起用したくらいだからね。
だから謁見の作法などは、あまり気にしなくていいと思う」
「大真面目な今の女王様とは随分と違うみたいだねぃ」
現在のロンデルバルク王国の最高権力者、女王アルヘルミナは規律や秩序の維持に拘る厳粛な賢王としてデルク同盟内でも名の知れた人物だ。
「ははっ……周りの家臣や使用人達にも、そういう風に思われているよ」
少し苦笑交じりに話すレギからは、明らかに言葉を選んでいる様子が如実に伝わって来ていた。
「幸い、ヴィルツと一緒に冒険していた時に会った王族に比べれば
意外と話が通じ易い御方だとは思うよ」
「そうかい、だったら少しだけ気が楽になるかもな。
どの道ここまで来たら、もう肚を括るしかないんだけどよ」
「ヴィルツだったら、何だかんだで上手く切り抜けられるさ」
率先して馬車より降りたレギは、御者台の兵士達に労いの言葉を掛けて解散させた後にアルビトラとヴィルツを先導して建物内へと踏み込む。
中央の城館に比べると右側の塔の入口はやや小規模ながらも丈夫そうな造りの扉が設けられており、多くの使用人達が労働に従事している姿が見受けられた。
「おお、レギ様! お帰りなさいませ」
「え、本当? こんな時刻にレギ様の御姿を見られるなんて!」
「お連れになられている方々はどなたかしら」
「きっとアンネルジュ様のわがままで連れて来られたんじゃない?」
「ええー、だったらお気の毒さまね」
レギ達の姿を目にした途端、様々な憶測が飛び交った。
これに対してレギは笑顔を浮かべて軽く手を振りながら通り過ぎ、速やかに上階に繋がる階段まで二人を先導していく。
「副団長さん、人気者だね~」
「こいつは昔から、どこの国でもこうだったから驚きやしないぜ。
それよりも大層な言われようだな、件の姫様は」
「ははっ……姫様は、アルビトラさんとは別の意味で自由奔放だからね。
振り回されてきた彼女達も苦労しているんだよ」
迷いのない足取りで階段を登りつつ、時折背後を振り返って二人の様子を伺いながら淡々と言葉を返す。
「だけど姫様は本当はとても頭が良いし、先見の明もある。
わがままに振舞っているのは性分もあるだろうけど、半分くらいは演技だよ」
「ああ、成程……そういうことかい」
切れ者が過ぎれば、良からぬ野心を懐いた家臣達が第三王女を担ぎ上げようとするかもしれない。だが普段より女王の風格とは程遠いお転婆姫として周囲に認識されていれば不要な政争は起こり難いのである。
そのことに納得したヴィルツは、それ以上の野次や疑問を挟まなかった。
そのまま三人は四階まで登りきると、一旦 廊下を進んで中央の城館へと移る。
そして奥の区画に設えた五階へと続く階段を登ると、そこからまた長い廊下を経由して右側の塔へと戻っていった。
「行ったり来たり……随分と回りくどい構造だな!」
「この階は王族の方々と、その側近達が暮らしている区画だから厳重なんだ。
それと此処からはあまり大きな声は出さないほうが良いかもね」
「はーい」
「ああ、昔のような馬鹿な真似は二度とやらないぜ……」
「あの時のヴィルツは怖い物知らずだったからなぁ」
何やら過去に大失敗でも仕出かしたのだろうか。
妙に殊勝な態度で口を閉ざすヴィルツと、それを朗らかな表情で思い返すレギ。
幼馴染であり、嘗ての仲間同士でしか分からない会話をアルビトラは微笑ましいものを見る目で眺めながら二人の後に付いていくのであった。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 『メルリヌス城』五階 第三王女の部屋 ]
再び右側の塔まで戻って来た一行は、そのまま北側に設けられた一室へと歩を進めていく。
第三王女の部屋の前では二名の騎士が警備に就いており、レギの姿を見咎めた途端に最上位の敬礼を以て迎えてくれた。
「お勤めご苦労様です。アンネルジュ殿下は御在中ですか?」
「はい、レギ殿。侍従達に午前の茶会の段取りを命じておられました」
「南国の珍しい茶葉が手に入ったと、いたくご満悦でしたよ」
「それは何よりです。それでは客人と共に入室させていただきます」
コンコンコン……と、金細工が施された白い扉を三回ノックする。
響き渡る音からして木材と思われるが、どことなく陶器のような音色のようにも感じられる不思議な材質であった。
「聖槍騎士団 副団長レギ、ただいま戻りました。
アンネルジュ様がご指名なされた者達を連れております」
「あら流石はレギ様! 時間ぴったりね。遠慮なく お入りなさい」
「失礼いたします」
丁重に扉を開けてレギが先に入室し、ヴィルツとアルビトラも後に続く。
部屋の広さは横に十メッテ、奥行き五メッテ程度。アルビトラ達が宿泊している『ウテルの弦亭』で例えるなら一人部屋の約五倍、四人部屋ならば二倍半の広さといった具合だろうか。王族の私室としては随分と控えめである。
しかし内装は相応の豪奢さであり、充分な威厳を感じさせるだろう。
特に間仕切として用いられている薄っすらと光沢を放つ暗黄緑色の天鵞絨は、誰が見ても一目で最高級品であることが伺えた。
「ようこそ、おいでくださいましたわね。
レギ様のお知り合いだけあって、とても聞き分けのいいヒト達ですこと」
部屋の中央に置かれた豪奢な丸机の傍の椅子に 優雅に座る年若き王女。
顔立ちや声は年齢相応ながら気の強そうな印象を与え、腰まで届く若草色の長い髪と緑蛋白石色のドレスで程好く中和されている。
そして彼女の身の回りの世話を担う侍従達が部屋の隅に控えていた。
「冒険者のアルビトラです! お招きありがとうございまーす」
「し、商人の……ヴィルツ・ウォーラフと申します。
栄えあるアンバーハイヴの地にウォーラフ商会を広めるべくやって参りました。
この度は分不相応にも殿下に謁見する栄誉を賜り、至極の境地でございます」
普段通りの変わらぬ態度で振舞うアルビトラと、やや緊張しながらも恭しく首を垂れて己の立場と目的をはっきりと明示するヴィルツ。
彼女達が名乗りを済ませている間、レギは側近としての務めを果たすべくアンネルジュの座る椅子の右斜め後方に移っていった。
「まあ! 随分と豪胆な御方!
でも伝説の冒険者とまで呼ばれている狐人ですもの。
それくらいでなくてはね……ふふっ」
全く緊張する素振りを見せないアルビトラを面白いものを見る目付きで微笑むと、ゆっくりと椅子から立ち上がりながら右掌を己の胸に当てて言葉を続けた。
「アンネルジュ・トゥリアン・マーニェンバッハよ。
アルビトラ様、ヴィルツ様。お会い出来て光栄ですわ。
早速ですが空いている席にお掛けになって」
「こちらこそー! 高そうな椅子だねぃ」
「……ッ! よろしいのですか? 光栄です」
部屋の隅で待機していた侍女達が近寄り、アンネルジュの向かいの席の椅子を引いてくれたのでアルビトラは遠慮なくちょこんと腰掛け、ヴィルツはやや戸惑いながらも一礼して言われるがままに着席する。
ちなみにトゥリアンとはロンデルバルク王国に於ける未婚の王女の称号のようなものであり、後に続くマーニェンバッハとは父親の持つ爵位名。
つまりこの場合は「マーニェンバッハ公爵と女王陛下の娘」という意味になる。
ミドルネームを用いていないのは、アンネルジュが完全に私的な立場で接しているということだろう。
「こんなに ふかふかな椅子は久しぶりに座ったかも!」
「……噂通り、面白い御方ですこと」
アルビトラに対して好機の視線を送る。
どちらかといえば珍しい小動物を検分するかのような態度であった。
「さあさあ、お客様達にお茶を淹れてあげて頂戴!
そうしたら貴方達は退がって お昼まで休憩でもしていなさい」
「で、ですが……」
「何も危険はありませんわ! だってレギ様が傍に付いてくれているもの」
「……かしこまりました、アンネルジュ様」
一度こうだと決めたら中々 意見を曲げないアンネルジュの性格を熟知する侍従達は言われた通りに来客用の茶杯に紅茶を注いで丸机の上にそっと置いていった。
「これでゆっくりとお話できますわね」
茶杯の近くに置かれた小さな硝子容器から砂糖を掬い、躊躇なく投入。
容器の蓋を外した途端に ふわっと漂う上品な甘い香りや均一に整えられた粒度からは、大衆用に普及し始めた代物とは一線を画した品であることが伺えた。
「……ケルネイト糖ですか、紅茶用に特別に精製された高価な輸入品だとか」
「あら、よくご存じですわね。
色々なお砂糖を試して来ましたけど、これが一番気に入っておりますの。
もし お口に合いそうなら、良ければお試しになって」
「は、ははっ……商人に転向する以前から多方面の商材を勉強していました。
しかしながら、この大陸でのケルネイト糖の価値は黄金とほぼ等価……。
殿下の懐の豊かさと拘りぶりに感服いたします」
果たして、この一杯でどれくらいの金額に至るのだろうか。
あまり裕福ではない家に生まれたヴィルツは、若干 引き攣った笑みを浮かべながらアンネルジュの振舞いを眺めることしか出来なかった。
一方、アルビトラは勧められたままにケルネイト糖を混入してから一口味わい、「ちょっと変わった甘さだねぃ」などと呑気な感想を呟いていた。
「それでは貴方達にお越しいただいた理由と用件について お伝えしましょうか。
それとヴィルツ様のお店のこともね」
ニヤリと含みのありそうな笑みを浮かべながらアルビトラとヴィルツを順番に眺めてくる。傍から見る限りでは、いたずらを思い付いた少女のように思えた。
一方でアルビトラはお出しされた紅茶を啜っており、ヴィルツは更に表情を引き締める。レギは申し訳なさそうに苦笑するのみ。
「わたくし、本当は貴方達に色々と聞いてみたい事があるのだけれど
貴方達もレギ様もお忙しい身でしょうからね? 本題だけに絞りますわ~」
「そうだねぃ、できれば晩御飯までには宿に戻りたいかなー」
「ご、ご配慮に痛み入ります」
「ふふっ……二ヶ月ほど前だったかしら? "絶望の谷"と呼ばれている渓谷地帯で
怪しげな真紅の光粒を放つ大きな剣が偶然にも出土したそうですの」
「ふむふむ?」
「ですが、その大きな剣を手に取ろうとした者達は揃って不幸な目に遭いました。
真紅の光粒によって身を爛れさせ、苦しみながら息絶えたのです」
「それはまた……穏やかな話じゃあなさそうですね」
「ええ、放っておけば渓谷を渡る者達が被害に遭い続けてしまいますわ。
それに発見された剣は相当に歴史的価値のある遺物なのだとか。
そこで女王陛下は内密に精兵を派遣して回収をお命じなさいました……ですが」
一度、アンネルジュは手元の茶杯へと視線を落とす。
南国特有の清々しい紅茶の香りが幾分か場の雰囲気を緩和してくれていた。
「一ヶ月が経っても連絡は付かず、第二陣を送り込んでも同じことの繰り返し。
そしてつい先日、第三陣を送り込みましたけど、恐らく結果は同じでしょうね」
「回収部隊として派遣された精兵は約十五名ずつ。
第三陣までで合計四十五名……かなりの犠牲を強いていると言えます」
「有難うございます、レギ様」
聖槍騎士団副団長という立場上、ある程度は他の部隊の兵力にも通じているレギが空かさず補足を加えてくれた。
「近頃は王都への魔物の襲撃も増えているので
これ以上の被害は抑えたいと女王陛下も心を痛めておられますわ。
そんな折に、アルビトラ様の持つ武器のことをレギ様より耳にしましたの」
「ほよ? この子のこと?!」
「ええ、城壁外で上位種の魔物から兵達を助けてくださったそうですわね。
その時にアルビトラ様の武器からも真紅の光粒が放たれていたのだとか」
「"絶望の谷"で件の剣を目にした者の証言と照らし合わせてみると
アルビトラさんの粋然刀の光粒は凄くよく似ていると考えられます」
「んー、つまり……似たような力を扱える私だったら平気かもしれないから、
その渓谷に行って剣を取って来いっていう依頼なのかな? かな?」
長年の冒険者生活での経験からか、既にアンネルジュとレギが言いたいことを察しつつあったアルビトラは、相変わらず一切 臆することなく言葉を発した。
「話が早くて助かりますわね。
ええ、ええ! そういう お願いがしたいのですわ! ……如何かしら?
その代わりアルビトラ様には相応の報酬をご用意しましょう」
「"絶望の谷"……バルクム・イルド渓谷はバルクラント地方の西端にあるんだ。
王都から徒歩や馬車で行くとかなり大変な道程になるけど、
ヴィルツの飼い竜なら一日あれば到着できる距離だ」
バルクラント地方とはロンデルバルク王国を形成する四つの地方のうちの一つ。
他にはこれまでアルビトラ達が立ち寄って来たスカイトラス地方、マナスター地方、そして王都を要するロンデル地方などが存在している。
「もしヴィルツ様にもご協力いただけましたら、
わたくしの持つ権限で王都での居住権や出店許可を確約いたしますわ」
「……それは願ってもない取引ではありますね。
出土した剣というのも、非常に興味深いです」
そもそもがアルビトラの持つ武器に興味を懐いて彼女と接し始めたヴィルツにとっては、それと似た性質を持つからもしれない武器が新たに見付かったとあらば弥が上にも心が動かないわけがない。
「面白そうだし私も引き受けてみたい気がするけど。
その前に幾つか質問しても良いですかー?」
「ええ、よろしくってよ」
「じゃあ一つ目! 危険な場所と状況なのは分かったけど、
それなら副団長さんが回収部隊に付いて行けば良いんじゃないかな?
二つ目! どうして王女様が何とかしようと思ったの?」
アルビトラの疑問は尤もである。
真紅の光粒という危険な要素を抱えた武器とはいえ二つ名持ちの冒険者の中でも指折りの実力者のレギならば、何かしら現地で対応策を講じられるのではないか。
そしてこの事態に対して第三王女アンネルジュが直々に動くというのも妙な話である。通常は王国軍の上層部ないしは政治の中枢である女王達が踏み込むべきだ。
或いは既に動いているのかもしれないが、だとしてもアンネルジュがアルビトラを招いてまで依頼を出そうというのは やや不自然に思えた。
「…………」
アルビトラの隣の席に座るヴィルツもまた言葉や表情には出さなかったが、同様の疑問を懐いているようであった。
「ふふ……やっぱり面白い御方ですわね!
わたくし、貴方のことが気に入り始めましたわ」
ますます好機の視線を強めながら、投げられた疑問に答えるべくアンネルジュは少しだけ呼吸と思考を整える。
「それでは一つずつ お答えいたしましょう。先程も少し触れましたけど、
近頃は王都の近くで凶悪な魔物が頻繁に出現するようになりましたの。
ですので防衛の要であるレギ様を王都から放すわけにはいかなくなりました」
「んー、たしかに一昨日 戦った大きな赤い蛇に何度も襲われちゃうのなら
副団長さんくらい強くないと安心して立ち向かえないよねぃ」
「危険に晒されている王都民の心情的にも、レギの存在は大きそうですね」
「その通りですわ。なぜ頻繁に王都が襲われるようになったかについては
今頃、女王陛下達が血眼になって原因を探っておられることでしょう」
「魔物が急に一つの村や町に集まる事件は割とよくあるよねぃ」
「それは、なんとも……歯痒い状況ですね」
「ええ、ええ……! レギ様に遠征していただく事が適うのでしたら
わざわざ他の兵達を"絶望の谷"に向かわせる必要などありませんもの」
「んー、まあそういうことなら納得だよぅ」
色々と気になる部分はあるが、一応の筋は通っているように感じた。
「ご理解いただけて何よりです。
そして二つ目の質問……わたくしが今回の件に絡んでいく理由ですが
これはずばり! 女王陛下の鼻を明かしてみたいからですわ!」
ニヤリとしながら堂々と言い放つ。
「だって女王陛下も大臣達も皆てんやわんやで全く進展しないんですもの。
そんな折に、わたくしがこっそりと解決してみせたら痛快じゃありませんこと?
きっと皆、後で目を丸くして驚いてくれますわ!」
「……そんな理由でかよ!? あ、いや……その、失礼しました」
一つ目の質問に答えた時とは打って変わって、年齢相応の無邪気さと悪戯心で語り始めたアンネルジュに思わず素の口調で突っ込みを入れてしまい、ヴィルツは慌てて己の言葉を訂正しようとする。
「(この王女様、嘘は付いてないけど何か隠している感じもするねぃ)」
対してアルビトラは興味深そうにアンネルジュの発言の意味を吟味していた。
「もちろん、回収に向かわせている兵達や渓谷を通る者達の被害を
これ以上出したくないという思いもありますわよ。
だって可哀そうじゃないですか? わたくしだって心が痛みますの」
「アルビトラさん、それにヴィルツ。僕からもお願いする。
危険な場所に向かわせてしまう事になるのは忍びないとは思っているけど
今の状況で君達以上に適しているヒトを僕は思い付かない……」
一歩前に出て、レギが深々と頭を下げてきた。
立場的に遠征が適わない彼としても、犠牲者が増え続けている現状を黙って見ているのは心苦しい限りなのだろう。
「どうか姫様の頼みを聞いてもらえないだろうか」
「レギ、お前……」
そんな彼の性格を誰よりも理解していると自負する幼馴染のヴィルツは、容易にその心境を察してしまった。
「いいぜ。レア物を見に行ける上に人助けにもなる。
おまけに王都で店を出せるようになるのなら、引き受けないわけにはいかない」
「私もその渓谷の剣のことは気になるし、行っても良いよー。
でも今は商人のお兄さんの護衛の依頼を受けてる最中でもあるんだよね」
「じゃあ"絶望の谷"とやらに向かう僕を護衛するという体裁ならどうだ?
アンタに出した依頼の期限は、今日を含めてあと三日あるからな」
「それなら筋を通せそうだねぃ」
ヴィルツがアルビトラに依頼を出した切欠は、彼女の持つ特殊な武器を振るう姿が見たいという理由に端を発する。
であればアンネルジュの願いを叶える事は、現在の依頼主への不義理にはならないと判断した。冒険者稼業とは何よりも信義が大切なのである。
「有難う、二人とも」
「ふふっ、承諾していただけそうで嬉しいですわ。
それでは……ええっと、こういう時は冒険者統括機構という組織に
正式な依頼として発注すればよろしいのでしたっけ?」
「はい、姫様。公的立場の者からの特別依頼はそれほど珍しくありません。
ただ記録として残ってしまうので、僕からの依頼という形にします」
「……そうですわね。レギ様のよしなになさって」
こういった場合、アンネルジュは彼の判断を尊重する。
聖槍騎士団の副団長という要職に就いているがレギは現役の冒険者なのだから。
「それでは明朝までにアルビトラ様宛に特別依頼を出すようにいたします。
期日は儲けませんが、なるべく早めに回収していただけると助かりますわ!」
「はーい! "絶望の谷"っていう場所には私も行ったことなかったし、
なんだか わくわくしてきたよぅ」
「アンネルジュ殿下の憂患を払拭する一助になれるのなら、光栄でございます。
必ずや殿下の御前に件の剣をお届けいたしましょう」
相変わらずの様子のアルビトラ。一介の商人として身分を弁えるヴィルツ。
両者の態度は雲泥の違いがあったが、アンネルジュの申し出に対して前向きに取り組もうとする意思は共通していた。
その後、一同は幾らかの談笑を挟んでから面会の場はお開きとなる。
成人前の身とはいえアンネルジュの生活は、王族として様々な制約が課せられているので本来は多忙なのだ。
来た時と同じくレギの先導によってアルビトラとヴィルツは右側の塔の入口から庭へと出ると、その足で馬車が留めてある馬舎まで連れていかれた。
「ふぅ~、どうなることかと思ったが何とかなって一安心だぜ。
それにしても あの王女様、破天荒なようでいて意外としっかりしているな」
レギとアルビトラの他に誰も聞き耳を立てている者が居ないことを確認してからヴィルツは安堵の溜息を吐きながら遠慮ない所感を零した。
「ぜんぶが本心かどうかは分からないけど、
兵士さん達の犠牲を無くしたいっていう想いは本当だと感じたしねぃ」
「ああ、似たような特徴を持つ武器を扱うアルビトラなら適任だろうってのも
道理を得た判断であるとは俺様も思った……まあ型破りな依頼には違いないが」
王族の身でありながら冒険者と商人を直接 部屋に招いて願い事を申し出るなど如何にも世間知らずで浅慮な少女といった振舞いであるのに、アンネルジュは終始 レギの助言を受け容れるようにしていたように思う。
事前にレギから説明されていた通り、ただの身勝手なわがまま王女というわけではないらしい。
「いずれにしても二人が快く引き受けてくれて助かったよ。
でも危険な場所に向かわせることになってしまうのは変わらない。
そのことは本当に……」
「止せよ、お前と俺様の仲だろ?
それに昨日の借りを早速 返せる上に、思ったより早い出店まで適うんだ。
全員が益を得られる、これ以上の収まり処はないと思うぜ」
改めて頭を下げようとするレギをヴィルツが静止し、様々な意味を内包した上で出力した笑顔を浮かべてみせる。
己の立場と目的、レギの立場と複雑な心境。
互いに違う路を進むようになったからこそ汲み取れる、或いは尊重すべきものを理解した一人の成人男性の面構えであった。
「うん、有難う……そしてどうか気を付けて。
アルビトラさんなら大抵のことは何とかなるとは思っているけど
それでも危険だと感じたら一旦 退き返して良いからね」
「はーい! いのちだいじに でやってみるから大丈夫だよぅ。
副団長さんも王都とお姫様を守るの頑張ってね!」
そうして三名は馬車に乗り込み、来た道を引き返すようにして『百花橋』を渡り市街地へと戻る。
アルビトラ達を宿まで送り届けたレギはその足で冒険者統括機構の支部へと立ち寄り、第三王女の代わりに特別依頼の発行手続きを済ませていった――
「お帰りなさい、レギ様。依頼の方は無事に通りまして?」
「はい、聖槍騎士団からということで不審に思われることはありませんでした」
晩餐会を終えて宵も更けた時分にて、アンネルジュの私室へとレギが戻る。
「それは結構なことですわ。
第三王女が率先して回収を命じたことが広まってしまいますと
後々、しょうもない問題が生じてしまいますもの」
「……相変わらず、姫様のお考えと振舞いには感心するよ」
少しだけ口調を崩しながら"北方の勇者"は本心を吐露した。
アンネルジュの主導でこの難事を解決してしまうと、周囲からの第三王女の名声と政治的利用価値が向上してしまう。
そうなればアンネルジュを次代の女王として担ぎ上げようと企む勢力が現れ、要らぬ政争へと発展し兼ねない。
わがままで世間知らずな幼い王女の気紛れに付き合わされた冒険者が活躍し、たまたま状況が好転した……としておくのが最良なのだ。
「アルビトラさん達が無事に剣を持ち帰ってくれたなら兵士達の犠牲は止まり、
依頼を出した聖槍騎士団の評判にも繋がります。
その一方で姫様の影響力は変わらない」
「ええ、そうなってくれることを心より願いますわ。
一度は地に落ちた聖槍騎士団の名声を今のうちに回復しておきたいですもの」
ロンデルバルク王国の最精鋭戦力である聖槍騎士団は過去に大きな失態を犯し、その信頼を大きく失墜させていた。
アンネルジュが産まれる前の出来事なのだが、当時の王国に仕えていた宮廷魔術師の一人……後に"灰煙卿"の二つを得る男が王家の至宝を奪って国外逃亡を果たした上に、追手である騎士団員達をたった一人で壊滅してみせたのである。
これにより聖槍騎士団の名声は地に落ち、王国の将来を危ぶむ声が頻発した。
その後も辺境で暴走する錬成像の鎮圧に失敗するなどの失態が重なり、他の家臣や民達の間で失望が広まってしまった。
野心を懐いた諸侯を抑えるために女王アルヘルミナも大層 苦心したという。
「聖槍騎士団はロンデルバルクの象徴でもある伝統的な組織ですからね。
王国の安寧の為には絶対的な信頼を維持しなくちゃいけない。
姫様が僕を副団長に据えたのも、それが理由でしたっけ」
「その通りですわ。"北方の勇者"であるレギ様の名声を利用していることは
本当に申し訳ないと思っていますけども」
「誰かの役に立てるのなら僕は本望です……ただ」
レギの面貌に僅かな陰が指す。
彼の実力と名声、そして副団長としての活躍を以てしても、容易には払拭できぬ茨がこの国には纏わり付いているからだ。
「ええ、近頃は見え難いところで悪しき者達が本格的に蠢いております。
お母様もいよいよ手が回らなくなってきて、さぞ お辛いでしょうから」
王都を襲撃し続ける上位種の魔物の他にも不可解な事件が続出している。
一つ一つは偶然であるようにも思えるが、生憎とアンネルジュはそうは捉えていない。一連の騒動の裏では、きっと何者かが糸を引いている筈だと感じていた。
「だからこそ、わたくしの立場で出来る限りのことをしなくてはなりません。
レギ様には今後も頼りにさせていただきますわよ?」
「姫様との約束は最後まできっちりと守りますよ。
それに今では この都市にも愛着が湧いてきましたから」
真摯な眼差しで語るアンネルジュから市街地のほうへと視線を傾ける。
故郷から遠く離れた縁も所縁もなかった土地なれど、彼の発した言葉に嘘偽りは感じられない。
そんな純朴な"北方の勇者"を利用している立場であるアンネルジュは、若干の罪悪感を懐きながらも己の意思と判断を曲げる気は更々 無いようであった。
「(この国の各所で這い回る悪しき者達……『廃薔薇機関』に対処する為にも)
(聖槍騎士団の完全復活と天空を制する気球部隊の完成は絶対に必要です)
(レギ様には引き続き、それまでの時間稼ぎをしていただかなくては……)」
女王アルヘルミナや他の重臣達とて影で暗躍する者への対策は講じている。
しかし女王達はその一挙手一投足を常に注目される立場であり、狡猾な敵はその裏を掻いているのである。
だからこそアンネルジュは表向きは世間知らずな王女を演じて政争から距離を置き、偶然を装って騒動に対して一つ一つ手を打とうとしているのだ。
「アルビトラ様とヴィルツ様がどこまで動いてくださるかは未知数ですが
どうにかレギ様の代役を完遂してくれることを願いますわ」
昼間に面会した二人の様子を思い返す。
手が足りないところに降って湧いたような邂逅であったものの、王族を相手に一切動じなかったアルビトラに対して少なくない期待を寄せていた。
・第2話の6節目をお読みくださり、誠にありがとうございました!
・そして諸事情につき暫く間が空いてしまったことをお詫び申し上げます。
少しずつ復調して参りましたので、再び投稿を再開させていただきたいと思います。
・さて、今節では第三王女アンネルジュが登場いたしましたが、いかがでしたでしょうか。
物語的には主人公であるアルビトラに次の目的地を示唆する役処ではございますが
レギを召し抱えた人物ということで、ただのサブキャラクターには収まらない存在感を醸し出すことが出来ていれば幸いでございます。
・次節では廃薔薇機関のギラとゾガルディアの行動を綴らせていただきますので、どうかご期待ください。




