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僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(5)


 [ 王都アンバーハイヴ ~ 古冠の門(オールドクラウン) ]


「外壁は一メッテくらいしかないのに、門楼(ゲートハウス)はやたらとデカイんだな」


 王都アンバーハイヴは海に面した港湾都市であり、八角形状の外壁の北西端に唯一の出入り口である正門が設けられている。

 ヴィルツの言う通り、正門および左右を固める四角柱の塔……即ち、門楼(ゲートハウス)は三十メッテ近くもの高さがあり、明らかに浮いていた。



「津波が来た時の放水のために壁は低く造り直したけど、

 正門はそのまま、というか むしろ逆に増築したんだよ!」



「あー……成程、門楼(ゲートハウス)の屋上を気球の発着場にしたんだな」


 正門の天辺を見上げると、今 正に哨戒用の気球が降りて来るところであった。



「そうそう、緊急時とかに便利なんだってさ」



「ふん、まるで(ハイヴ)から飛び発つミツバチみたいだぜ……」


 などと所感を零しながら入都手続きを済ませていく。

 今回は一時的な滞在ということで、期間を定めた簡易な滞在者証をその場で発行してもらった。


 既に門を閉ざす時刻であったが、聖槍騎士団の副団長であるレギの名を出した途端に通行者の監視をしていた一人の若手の兵士が目を丸くして敬礼をする。



「レギ様の御友人でしたか! ならば、お通ししないわけにはいきません!」



「わー! 本当にあっさり通れたよ。副団長さん、すごい人気だねぃ」


「ああ、ここまでとは流石に僕も予想外だ」


 レギと離れたからか、いつの間にかヴィルツの一人称が「僕」に戻っている。

 少し呆気に取られながらも二人が門楼(ゲートハウス)を潜り抜けようとした時、やや年配の男性の兵士からも声を掛けられた。



「ここ数年の間、上位種の魔物の出現頻度が倍増しておりましてな。

 レギ様が王都に滞在しておられなければ、我々は甚大な被害を被っていた……。

 今日(こんにち)の平和が続いているのも、あの御方のおかげなのです」



「そっか! だから兵士さん達は皆 副団長さんに感謝してるんだー」



「我々だけではござらん。王都に住む臣民一同 レギ様を称えております。

 御友人が訪ねて来られたとあらば誠に喜ばしい限りですぞ」



「そいつは何より、幼馴染の僕も鼻が高いよ……」


 熱烈に歓迎しようとする年配の兵士に対し、ヴィルツは苦笑交じりに返事をしながら市街地へと入って行った。


 兵士達の言うようにエルドスヴァンス級の魔物ともなれば相当の脅威。討伐を試みるなら複数名の精鋭騎士で綿密な作戦を練って挑まなければならない。

 冒険者でいえば第一等級だけで揃えたパーティであっても常に全滅の危険性が付き纏うと言われている。



 だが"北方の勇者"レギ・ゼオは上位種を単騎で仕留められるだけの実力がある。


 冒険者としての位階や功績を示す際に、たびたび冒険点という制度が用いられることがあるが、レギの現在の値は「六十三」。


 アルビトラには及ばないにしろ、彼もまた十二分に規格外の存在なのであった。




「本当に凄い奴だよ、レギは……」



「お兄さん?」



「ああ、いや……何でもない! それより、さっさと宿を探すか」


 意味深な呟きと共に達観した瞳を浮かべるヴィルツの変化を目敏く察するアルビトラであったが言及は控えておいた。

 何故ならば、お腹が空いてそれどころではなかったからである。



「ん、宿屋だったら すぐ右手にあるよ! よ!

 アンバーハイブは西区に旅人用のお店や宿屋、酒場なんかが密集してるんだー。

 ちなみに左手側には共用の大きな馬舎が建ってるよ」



「おお、本当だ。

 こんなに門楼(ゲートハウス)から近い場所にあるのかよ!」


 真横を振り向くと、彼女が言った通りに建物の壁には宿屋であることを示す看板が吊り下げられている。少し離れた場所には酒場や雑貨店なども散見された。


 王都の入口というだけあり景観のためか統一された建築様式が徹底されている。

 いずれも木骨造(ハーフティンバー)に白い漆喰壁(ライムプラスター)、屋根は琥珀色に染色された粘板岩(スレート)を巧みに使った三角屋根が多い。



「……随分と太い木骨造(ハーフティンバー)だな、それに色もやけに濃いし。

 もしかして、これ全部が『シジマの樹』か?」



「んー、今まで気にしたことなかったけど、言われてみればそうかも!」


 革鞄からボロボロの冊子を取り出して、ぱらぱらと(ページ)を捲る。

 タルヴォア家の屋敷で、家宰グレアムから聞いた『シジマの樹』の特性について記したメモを読み返した。



「うんうん、色や太さが合致してる! 

 『シジマの樹』は樫の一種で、特に硬くて加工し難いけど

 防火性と防水性に優れている上に腐食にも強い……らしいねぃ」



「成程な、火を噴く魔物の襲撃や、海側からの水害にも備えているのか。

 屋根には粘板岩(スレート)が使われているし、ただの景観重視ってわけじゃなさそうだ」


 粘板岩(スレート)もまた耐火性に優れ、水捌けが良く塩害にも強い建材である。

 商人ならではの鋭い分析。どうやらヴィルツは建築物にも精通しているようだ。


 軒を連ねる宿屋群の中で周囲より少し上等な佇まいの建物を見定めると、ヴィルツは此処を当面の活動拠点に定めた。




「『ウテルの弦亭』……か、中々 良さそうじゃないか」


 三階建ての建造物で、窓の配置からして他の宿屋よりも部屋が広そうだった。

 年季と趣が感じられるメルク樫の扉は、恐らく王都が津波の被害を受ける前から存在するのだろう。



「うんうん、流石は元冒険者なだけあって宿選びが上手だねぃ。

 ここなら食堂の料理もおいしそうだし、私も賛成だよ!」


 ヴィルツの選択にアルビトラもにっこりと微笑みながら称賛する。

 彼女が宿を評価する基準は、やはり第一に食事なのだ。


 周囲を見渡せば夕暮れ時を過ぎて宵闇に浸る時分にて街路の端に等間隔で佇立する設置式の提燈(ランタン)へ、兵士達が順番に火を灯し始めている。

 その優しい光に照らされながら一日の仕事を終えた住人達も帰路に着いていた。






 [ 王都アンバーハイヴ ~ 西区 『ウテルの弦亭』食堂 ]


 例によって一人部屋にそれぞれが滞在するよう手続きを済ませてから食堂のテーブルに腰掛けた二人の前には、取っ手の付いた小さな鍋と小麦粉のパン、そしてやや筋が入っているが牛肉のローストやコドラの巣焼き(パイ)などが並べられた。



「へぇ、小鍋の中身はフィッシュスープってやつか。

 蓋を開けた途端にラド貝やモルサ魚の香りが仄かに漂ってきたぜ」



「そうそう、港町だけあって新鮮な魚介類がたくさんだよ!」



「よーし、そんじゃあ王都への無事の到着を祝して……乾杯だ」



「かんぱーい!」


 二人は着席したまま陶器製の杯を掲げて食事の音頭とした。

 なおヴィルツの杯には地産の葡萄酒(ワイン)が、アルビトラの杯には蜂蜜酒(ミード)が注がれている。生憎とコルキオ酒は取り扱っていなかった。


 王都アンバーハイヴでは漁業だけでなく養蜂業も盛んな土地柄なため、甘めの酒精は蜂蜜酒(ミード)が席巻しており林檎種(シードル)ですら稀なのだそうだ。



「うーん、やっぱり ちょっと甘さが強いねぃ」


 小鍋に入ったスープや牛肉のローストを味わいながら、蜂蜜酒(ミード)で流し込んだアルビトラがほんの少しだけ眉を(ひそ)める。


 蜂蜜酒(ミード)の中には香辛料を加えたり、辛口に仕上げた品種も存在するのだが、生憎とこの宿で提供されているのは かなり甘味が強い代物であった。

 魚介類の出汁(だし)の旨味や、臭いとの相性は残念ながらよろしくない。



「残しても良いんだぞ? どうせ代金は全て僕が支払うんだ。

 まあ経費で落とすつもりだけど」



「それはぜったいにダメー! お残しは、常世全ての悪だよ!

 一度食卓に並べた物はぜんぶ食べ切るのが私の中での掟なの」


 ふんす! と珍しく鼻息を荒くしながらアルビトラはスープとお酒をがんばって完食しようと奮闘を続けるのであった。



「ははっ、食料を無駄にしないってのは褒めてやるけどなぁ」


「いいよ、いいよ! たまに食事で失敗するのも旅の醍醐味だもん!」


 食糧品の流通が乏しい北方の出身者だからなのか、ヴィルツは呆れながらも関心する一方で、甘いお酒と魚介類の組み合わせを頭の中で想像してしまいアルビトラに僅かながら同情していた。


 ともあれ料理の味 自体は申し分なく。和やかな雰囲気で談笑しながら夕食を終えると、そのまま互いの部屋に向かう

 僅か三日の旅路だったとはいえ高度三千メッテの空で強風を浴びて飛び続けた疲労はそれなりに深い。今宵は大人しく休んでおくのが得策だと判断したのだ。



「レギの話だと出店の許可が出るまで最速で二日、三日だそうだからな。

 明日からは観光がてら王都を巡って、目ぼしい商材でも探したいな」



「了解だよー。護衛のついでに私が王都を案内してあげる!

 昔より変わっちゃってる箇所はあるだろうけど、だいたいは分かるもん」



「是非 よろしく頼む。土地勘のある奴が居ると心強いからなぁ。

 じゃあ、おやすみ……アンタもしっかり休みな」



「お兄さんもね! おやすみー」


 三階の北側の廊下で挨拶を交わし、それぞれの部屋へと足を運ぶ。


 一人用の個室は四方が約三メッテ程度のこじんまりとした空間であったが、調度品や寝台はよく手入れが施されていて早くも居心地の良さを感じさせてくれる。

 また部屋の中央には身体を拭くためのお湯が入った木桶や、拭き布、香油などが用意されている。これも宿泊者に対する奉公の一環といったところか。



「できれば湯船に浸かりたいねぃ……ま、それは明日まで我慢かな」


 衣服を脱いで備え付けの収納棚(ワードローブ)に吊り下げた後に しっかりと身体を拭いて身を清め、汗を流す。


 王都には大衆浴場が存在するが決して店数は多くない。昼の間に予約を入れておくのが常識とされており、今から利用するのは難しいのである。



「くんくん……だいじょうぶそうだね! じゃあ、日記だけ書いて寝ようっと!」


 久しぶりに ふかふかの布団でぐっすりと眠れるのだから、なるべく清潔でありたいものだ。

 アルビトラは万全の状態を整えると、本日の出来事を簡潔に冊子に記述してから寝台へと勢いよく飛び込み、深い眠りに着いた。




 そうして、微睡(まどろみ)と共に王都での一日目の夜が更けていく。


 旅路の疲れも、苦悩も、夕食での失敗も、湯船に浸かれない不満も。そして彼女の肉体に刻まれた時間の流れ……生物としての老化も、須らく白紙へと巻き戻る。


 翌朝 目が覚める頃には、一切の疲労や苦悩が払拭された無垢な狐人(フォクシアン)の冒険者が再誕するという摂理(あしあと)が刻まれていくのであった。






 [ 王都アンバーハイヴ ~ 『女王へと至る路(ビーライン)』 ]


 明朝、ヴィルツとアルビトラは『ウテルの弦亭』に荷物を預けたまま外に出て、西区から再び正門の近くへと足を運んだ。


 出店許可が下りるまでの間に王都を観光しながら、商材ないしは美味そうな商売の種を見付けておくためである。


 土地勘を養い、住人の暮らしを直接目にするのは新天地での商売の鉄則なのだ。



「ふぁ~~! 流石に疲れが抜け切らないぜ、僕も歳かな?」



「まだまだ若いのに何 言ってるの、お兄さん!」



「……たった一晩で全回復なんて、アンタ どんな肉体してんだよ」


 気怠そうに足を運びながら大欠伸を噛ますヴィルツに対して、アルビトのほうは元気いっぱい! 今すぐにでも全力疾走で駆けて行きそうなほどだ。

 なお日の出を迎えて間もない時刻ということもあり、道行く人影は疎らだった。




「本当に今から王都を歩いて回るのかよ、朝食を済ませてからじゃ駄目なのか?」



「ふっふっふっ、それは素人の考えなのです!」


 ちょっと偉そうにふんぞり返る真似をしながらアルビトラが語り始める。



「アンバーハイヴの住人の朝はすごく早いんだよー、特に漁師さん達はね。

 だから王都の食堂は日が昇る前に少しの間だけ開店して、すぐに閉めるの。

 その後はお昼近くの時間帯まで休憩して、もう一度 開店する感じだねぃ」



「そういえば宿屋内の食堂には誰も居なかったな。

 じゃあ、この都市に住んでる普通の奴はどこで朝食を採るんだ?」



「うん、たとえばこの中央通りを見てみてよ!

 昨日の夜には見掛けなかった屋台がいっぱい並んでいるよねぃ」


 正門から一直線に伸びる王都の中央通り、通称 『女王へと至る路(ビーライン)』の脇を指差すと、彼女の言う通り小さな移動式屋台が点在していた。




「へぇ? いい匂いが漂っていると思ってはいたが

 茹でた馬鈴薯だの、パンに葉野菜と揚げた白身魚を挟んだ軽食だの、

 牛肉の巣焼き(ミートパイ)だの、色んな屋台があるもんだ」



「もう少し経つとね、この街で働いてるヒト達が仕事前にやってきて

 好きなもの買ってから職場に向かうんだよー」



「ふむふむ、こういう屋台をやってる連中相手に売れそうな物を仕入れるのも

 中々 面白いかもしれないな」


 食堂の開店時間が遅いからこそ、その隙間で営業する者達というわけである。

 なお同じ飲食業でも王都内の区画によっては様式や開店時間が異なるため、それに合わせて屋台を引いて回るそうだ。




「……しかし自宅で、奥さんの手料理をゆっくり味わいたいとは思わないのか?」


 遠く離れた国に長期出張中のヴィルツだからこそ、ふとした疑念を懐く。



「んー、昔は普通に家で朝食を済ませていたみたいなんだけど

 やっぱり大きな津波を経験したり、工業が発展していくにつれて

 王都で暮らしてるヒトの生活も段々と変化してるみたいなの」



「そういうもんか……まあ、良い。

 折角 異国に来たのなら、その地の流儀に合わせるまでだ。

 早速、何か腹に入れていくか」


 とりあえず最初に目に留まった茹でた馬鈴薯を購入し、中央通りを歩きながら少しずつ口の中に入れていく。

 港湾都市ならではの上質な塩が適度に振り掛けられており、シンプルな調理ながら馬鈴薯の甘みと食べ応えを最大限に引き出していた。そして腹持ちも良い。



「ほふほふひて おひひいねぃ」



「ちゃんと呑み込んでから喋れっての! だけど、確かに中々 いけるな」



「……ごくん。じゃあ このまま中央通りを進みながら案内していくね」


 一瞬で買い込んだ馬鈴薯を食べ尽くしたアルビトラは、革鞄より いつものボロボロの冊子を開いて(ページ)を捲ってみせた。

 そこには王都の簡単な地図と思しき手書きの図が記されている。



「それ、アンタが描いたのか? 意外と器用なんだな」



「えへへー、朝起きた後に王都のことを思い出しながら ぱぱっとね!

 けっこう長い間、旅先でメモし続けて来たから これくらいなら朝飯前だよぅ」


 ヴィルツも事前に王都近辺の地図を入手してはいたが、全て真実とは限らない。

 現地に赴いた者の案内を頼れるのなら、それが一番善いと弁えていた。



挿絵(By みてみん)



「さっきも少し言ったけど、このアンバーハイヴは海に面していて

 市街地はほぼ八角形の外壁で囲われているの!

 この中央通りの端から端までは……だいたい四千メッテくらいになるのかな?」



「ラインタンや他の都市の倍近くの広さはありそうだ。

 僕達が潜った正門は北西にあって、この中央通りは南東に向かって

 一直線に伸びている……徒歩で渡るなら一刻半は掛かるだろうな」



「うん、寄り道せずに直進すれば それくらいになるのかな」


 中央通りの幅は凡そ二十メッテ。これくらいの広さであれば仮に四千メッテの長さとはいえ路の先が視えそうなものだが、生憎と途中で坂道になっていた。



「王都は大きく別けて三段階に標高差を設けてあるんだよ。

 都市の奥に行くに連れて高くなっているの。

 また津波に襲われた時に水の流れを制御するためなんだって!」



「成程、そういえば外壁にも放水の工夫が施してあるようだな」


 昨日 訪れた時は長旅の疲労と宵闇の視界の悪さで気付かなかったが、よくよく見れば外壁の根本に等間隔で小さな穴が開けられており、鉄格子が施されている。

 南東の最奥区画から段差を活用して逃した水を、此処から外へ出すのだろう。



「都市の人口は約十五万人と言われているが、

 アンタのような冒険者や、僕みたいな流れの商人などの一時滞在者。

 それから不法滞在者なんかも含めると二十万人くらいになるんだろうな」



「そうそう、デルク同盟に参加してる国の中でも かなり大きいよ!

 他にこの規模の都市は、デルシアスタ王国の王都マルドプスくらいだねぃ」



「デルシアスタか……そっちも行ってみたいが、デルシアン語を覚えてからだな」


 デルシアスタ王国はロンデルバルクやエスブルトと同じくデルク同盟を代表する大国であったが、主要な言語が異なっていた。

 特にヴィルツのような大陸北部からやって来た者にとっては頭の痛い話だ。


 一応、ロンデルバルクとエスブルトの主要言語も細かい部分が異なるのだが、大本が同じであるために どちらか片方さえ修得すれば、もう片方も短期間で扱えるようになるのである。



「お兄さんは器用そうだから、きっと すぐに覚えられるよー。

 今だって違和感なくロンド語を話せてるし!」



「ははっ、あの旅籠屋(はたごや)に滞在していた間に店主に協力してもらったからな。

 おかげで日常会話程度なら余裕だぜ」


 談笑を交えながら中央通りを進みつつ、アルビトラは王都について語り続けた。


 八角形の都市は東西南北で区画が隔てられており、昨晩 彼女達が泊まった『ウテルの弦亭』など一時滞在者向けの宿泊施設や酒場や店は西区に密集している。

 なお冒険者統括機構(マスカラード)の支部の建物も、この西区に存在していた。


 そして中央通りを挟んだ北区には、主に労働者達の住宅が立ち並び、外壁付近には鍛冶工房や気球の生産工場などが密集しているとのこと。



「そりゃそうか、炉を備えた工房は市街地の端に固めておくのが定石だもんな」



「うん! 港とかロンダリア大河とか、水源はいっぱいあるけど

 やっぱり火事が起こった時に燃え広がると怖いからねぃ」



「王都の鍛冶技術がどんなものか、時間に余裕が出来たら覗いてみたいもんだ」



「それも面白そうだね! あ、でも北区の奥まった場所は行かないほうが良いよ。

 お兄さんはお金持ってるから、ガラの悪いヒト達に絡まれちゃうよー」



「……不法滞在者達の貧民街ってやつか。

 栄えた都市のお約束だな、その忠告は有難く受け取っておくよ」


 ヴィルツもまた冒険者時代に数多くの町を見て来たのだろう。

 各地の貧民街で体験した様々な思い出を想起したのか複雑な表情を浮かべた。



「なんだかごめんねぃ! じゃあ、気を取り直して先を進もうか」


 少しだけ申し訳なさそうに謝った後に、アルビトラは更に中央通りを前進した。

 向かって左手の北区の住宅からは、職場に向かう労働者達の姿が少しずつ増え始めていた。


 そうして四半刻ほど歩き続けていくと路の途中で緩やかな傾斜に差し掛かり、それを登った先には区画を仕切るための石造りの壁が築かれていた。



「ここから一段 高くなっているんだよ!

 中央通りはお貴族様の馬車なんかも通るから坂道になってるけど、

 他の場所だと石造の階段が多かったかなぁ」



「こうして目の前で見ると、本当に都市規模で災害に備えているんだな」



「津波対策もだけど、外から魔物に侵入された時なんかも

 こうして段差を付けておくと高い位置に陣地を築けて有利なんだってさ」



「一挙両得ってわけか、流石は長く続いてる大国なだけはあるぜ」


 更に四半刻ほど歩くと、都市内に広がる広大な林が見えて来た。

 人工的に整備された公園施設であり、中央には円形の噴水が設けられている。



「ここが丁度、王都の市街地の中心だよ。

 あの噴水の周りには屋台とか、旅芸人(ジョングルール)の一座がいて賑やかなんだー」



「いい場所だな、一息着くには持ってこいだ」


 彼女が説明してくれたように移動式の屋台や行商人の露店が並んでおり、都市に住む者達が大勢 行き交っている。

 耳を澄ませば何処(いずこ)から容器な楽器の音色が響いてくる。ただ突っ立っているだけでも一日中 退屈することはないだろう。



「折角だし、何か買っていくか?」



「やったー! さっきは馬鈴薯だったから今度は牛肉の巣焼き(ミートパイ)

 腸詰肉の包みがいいかな」



「じゃあ、それでいいや……本当にアンタはよく食うよな」


 手頃な屋台で幾つくかの食べ物を購入し、噴水近くに腰掛けて堪能する。

 牛肉の巣焼き(ミートパイ)は消費期限が過ぎた塩漬け肉が使われているのだが、香草や香辛料のおかげで特に気にならない。


 硬く焼いたパンで腸詰肉を挟んだ軽食と併せて、食べ応えは中々のもので肉本来の味わいもあってかヴィルツはすっかり満腹近くになってしまった。



「……少し食べ過ぎたか、昼食は控えめにしよう」



「えー、私はまだまだ全然 食べ足りないけよぅ」



「アンタがもし王都で暮らすようなことでもあったら、

 この辺の屋台の食べ物全部 食らい尽くしそうで恐ろしいぜ……」


 冗談交じりに(うそぶ)きつつ、十分ほどの休憩を採ってからヴィルツ達は再び中央通りを南東に向かって歩き出した。



「此処から先は都市の奥部に入っていくよ!

 向かって右手の南区には大きな港があって、漁師や船乗りが暮らしてるよ。

 魚河岸なんかもあるから、一度は日の出前に寄ってみるといいかも」



「その港からデルシアスタ王国やラナリア皇国との交易船も出ているんだっけ。

 落ち着いたら一度 見に行ってみるかな」



「うんうん、で向かって左手の東区には富裕層やお貴族様の邸宅が並んでるの。

 警邏も多いから、余所から来たばかりのお兄さんには居心地悪いかもねぃ」



「ふん、いずれはそういう連中を相手に大きな取引をしたいもんだな」


 中央広場より歩くこと四半刻、二回目となる緩やかな傾斜が見えて来た。

 正門付近と比較すると、都合 十五メッテほど標高が高くなるのである。


 坂道を登った先には、やはり区画を仕切るための十メッテほどの壁が聳え立っていたのだが、今度は門が設けられており数名の兵士が警備に就いていた。




「そこのお前達、停まれ! これより先は やんごとなき御方の住まわれる場所。

 どこの馬とも知れぬ者を通すわけにはいかないのだ」


 純白の鎧に身を包み、斧槍(ハルバード)を携えた兵士の一人が厳しい目付きでアルビトラとヴィルツを睨み据える。

 練度と職務意識の高さは言うまでもなく、装備の質も辺境の町はおろか王都圏の各都市よりも格段に上等であるようだった。



「んー、私達はただ観光してるだけだよ。

 都市に入る許可なら、ちゃんともらってるし!」


 兵士の態度に一切臆することなく、アルビトラは冒険者証と滞在許可証の二つを取り出して彼の眼前に掲げて見せた。



「冒険者とその護衛か。

 しかし只の滞在許可ではこの先には…………む? アルビトラ、だと?」


 二つの証に記されていた名前を見咎めた兵士の表情が驚愕に包まれた。



「そうか、お前達……いや貴殿達がアルビトラ殿とヴィルツ殿なのか」



「僕のことも知っているのか? 意外だな」


 アルビトラは二つ名持ちの現役の冒険者で、数年前にもこの王都に立ち寄ったことがある。ならば兵士の中には彼女のことを覚えているものが居たとしても不思議ではなかったが、初めて訪れるヴィルツのことまで知っているとは、これ如何に?



「……大変失礼いたしました!

 お二人のことは昨晩の間にレギ様より伺っております!

 王都を観光されるだけなのでしたら、どうぞお通りください」


 二人の正体を検めた途端、打って変わった態度で背筋を伸ばし、斧槍(ハルバード)の穂先を垂直に傾けて敬礼の姿勢を採る。

 どうやらヴィルツ達が東区の近くにも立ち寄ることを見越して、事前に兵士達を説き伏せてくれていたらしい。



「そっか、ここの兵士さん達は皆 副団長さんのことを信頼してるもんね」



「あいつには頭が上がらないな……貸し一つじゃ済まないかもしれねぇ」



「やっぱり、持つべきものは友だよねぃ。

 じゃあ遠慮なく通っちゃおう! お勤めご苦労様でーす!」



「ふふっ、そうだな……そう思っておくか」


 苦笑するヴィルツに思うところがあったのかアルビトラが更に声を掛けようとした時、周囲の他の兵士達も揃って路を空けて門を通してくれたので、とりあえず二人はそのまま中央通りを直進することを優先した。






 [ 王都アンバーハイヴ ~ 『女王へと至る路(ビーライン)』南東 ]


「うおっ、何だあのデカい建物は!?」


 暫く歩いていると、富裕層が暮らすという東区の中でも一際巨大な壁と、その内側に建っているのであろう建物の屋根だけが視界に映った。

 貴族家の邸宅だとしても、流石にこれは常軌を逸している。



「あー、あれは『コーデリオ教団』の大聖堂だねぃ

 津波の被害に遭う前は、あそこに王城が建っていたんだけど

 今は別の場所に移転しちゃったから、空いた土地を教団が買い取ったんだよ」


 『コーデリオ教団』とは、この大陸の管轄者である"(トーラー)"を信仰する大きな宗教組織であり、辺境の国でも一度くらいは名を聞く機会があるほどであった。




「ほぉ……そりゃあ、ご立派なこって。

 流石はデルク同盟の各国で国教に指定されているだけのことはあるな」


 感嘆の声色を発しながらヴィルツが息を呑んだ。

 中央通りから少し離れた場所に建っているにも拘らず、王城を改築しただけのことはあって十二分にその威容が伝わって来ている。



「お兄さんが生まれ育った国だと、ああいう大聖堂はなかったのー?」



「ああ、キーリメルベス連邦内にも『コーデリオ教団』は進出しているが

 街中の目立たない場所に、ひっそりと教会が建っているくらいだった。

 "(トーラー)"を支持する奴自体は、北方でもそれなりに多いんだけどな」



 "(トーラー)"とは、ヒトの頂点に立たされた者の総称。


 遥か太古の時代に於いては神々なる存在達が地上を席巻して信仰の対象となっていたそうなのだが現在はすっかり落ちぶれ、斬獲され尽くし、忘れ去られた。


 神々を遥かに凌駕してしまったヒトを制御し、新たな秩序を敷くために各大陸の出身者の中より一人ずつ"(トーラー)"という存在が選出されるようになったという。



「その"(トーラー)"の直轄地自体が大陸中央部に存在しているからか、

 お膝元の『ラナンコード教皇領』に程近いデルク同盟の各国が

 影響を強く受けるのは当然といったところだな」



「うん、これまでに立ち寄ったコルディットやトルカの町なんかにも

 『コーデリオ教団』の教会が必ず建っていたしね」



「そういえば、確かに……教団のシンボルマークの逆翼の茨紋を

 ちらっと見掛けたような気がするな」



「王都は敬虔な信徒が多いから意識しておいたほうがいいよー。

 教団のことを悪く言ったり、ないがしろにすると後で商売がし辛くなるかも」



「うへぇ、顔に出ないよう常に気を付けておかないとな!

 ……"(トーラー)"には昔、一度だけ会ったことがあるんだが

 僕には到底 彼女を信仰する気にはなれなかった」


 ヴィルツの脳裏に浮かぶのは、その昔 レギ達と共に冒険した日々の最終章。

 遥かなる雄峰キーリメルベス大山脈の頂上である霊峰にて、凄まじく長い髪を引き摺るようにして歩く、出不精な女性の姿を垣間見たのだ。


 多忙を極めているのか、双眸には疲弊の色が強く滲み出ていた。

 とてもではないが、このような立派な大聖堂を建てるような者達から崇め奉られるような人物には思えない。



「私もあるよ! 変わった感じのヒトだよね~」



「アンタにだけは言われたくないだろうよ」



「えへへー」


 などと軽口を交わし合いながら歩を進める最中にも、ヴィルツは大陸北部との文化の違いを改めて感じ取って気を引き締めるのであった。






 更に一刻ほど歩き続け、時には周囲を見渡したり、近くの店に立ち寄ってみたりしながら、二人はいよいよ『女王へと至る路(ビーライン)』の終着点へと辿り着く。


 王都に入る前に教えてもらっていた通り、最奥の海に面した外壁は三十メッテほどの高さとなっており、貴族家の邸宅もまた高台の上に建て直されていた。



「この辺りの邸宅の多くは気球の発着場を備えているんだな。

 もし次に津波が押し寄せた時には、真っ先に逃げ出すため……か」



「それもあるけど、気球は最先端の技術だからねぃ。

 自家用の気球を持つことは、お貴族様にとって自慢になるのかも」



「見栄っ張りにも程がある……と言いたいところだが、

 僕が家を建てたマッキリーにも、見てくれのために飼い竜を所持しようとする

 間抜けな貴族や豪商人が結構居たりしたっけな」


 とはいえ非常時の役に立つ分だけ、空の便を保有することには意義がある。

 一部の特権階級が率先して新技術を普及させているからこそ、末端にも浸透し易くなるという側面があった。



「(昔はこんな物が空を飛ぶなんて夢にも思わなかったよ)

 (もし、これから先……誰でも気軽に空を飛べるようになっちゃったら)

 (この大陸はどうなっていくんだろうねぃ)」


 気球の発着場を見上げながら、数百年の時を生きるアルビトラはふと疑問を呈する。この王都だけを切り取って見ても随分と様変わりしたものだ。



「おい、どうかしたのか?」



「えへへ、なんでもないよー!

 それよりも、これからどうするの? 中央通りをこのまま進む?」



「進むと言ってもな……目の前の扉門は完全に閉まってるじゃないか」


 『女王へと至る路(ビーライン)』の終着点。即ち、市街地の南東端の外壁にて、二人の眼前には魔鋼材の巨大な扉門が(そび)えていた。

 高さにして五メッテ。観音開きの構造で、横幅は十五メッテといったところか。


 なお海沿いの地勢ということで防水、防錆、耐塩のための鍍金(メッキ)加工が施されており全体的に琥珀色に染め上げられている。



「というか、この先に何があるんだ?

 やたらデカい塔のような物が壁越しに薄っすらと見えるが……」



「んー、扉門の先は海なんだけど大きな橋が架かってるんだよ!

 その橋の先に孤島があって、そこに今の王城が建っているの」



「ふむ、東区から移転したと言っていたやつか」



「そうそう! 元々は頑丈な大灯台が建っていた孤島だったんだけどねぃ。

 津波の影響が及ばないし、魔物からも襲われ難いってことで

 新たな『クィーンズランス城』として生まれ変わったの!」



「ほほう、そいつは機会があれば一度くらいは見学してみたいもんだな」



「お兄さんなら、今すぐにでも登城できるんじゃないの?

 あの副団長さんにお願いすれば、きっと二つ返事で応えてくれるよ」


 これまでのレギのヴィルツに対する篤実な対応を見る限り、その可能性は高い。

 しかし当のヴィルツ本人は首を横に振って拒否を示した。



「……いいや、そこまでレギに甘えるわけにはいかねぇよ。

 あいつにだって今の立場があるだろうしな。職権乱用はさせたくはない。

 城に入るなら商人として正当に出入りするか、呼び出された時くらいにしたい」



「真面目だねぃ! そういうの、いいと思うよ」


 にっこりと微笑みながら若者達の友誼と距離感を尊重するアルビトラ。

 同時に、これまでのやり取りで微かに感じた疑問を口に出してみたくなった。



「お兄さんと、あの副団長さんは昔の仲間だったそうだけど

 とても立派になった副団長さんに対して本当はどう思っているの?」


 ヴィルツとて自分の商会を立ち上げて、祖国から遠く離れた国にまで進出しているのだから商人としては順風満帆といって差し支えない。


 しかしレギに関しては祖国から勇者として称えられているだけでなく、ロンデルバルク王国でも声望と地位を得て、第三王女の寵愛まで受けている。

 同じ村から旅立った、同年代の幼馴染なのに凄まじい差といえるだろう。




「ふっ、どう思うも何も……レギはレギだし、僕は僕だからな。

 あいつとの才能の差なんて、それこそ嫌と言うほどに思い知らされてきたさ」


 遠い目をしながら虚空を見上げた。

 流れる雲の形は大陸北部とは異なれども、澄んだ蒼穹は故郷とそう変わらない。



「アンタには以前にも言ったことがあると思うが

 僕の昔の仲間は、どいつもこいつも常軌を逸した凄い奴ばかり。

 だがレギはそんな連中の中でも一際強く輝いていた……僕だけが凡人だった」



 精霊に愛され、天賦の才と不屈の心を兼ね備えた未来の勇者。


 類を見ない莫大な魔力量を有するハーフノームの幼き"魔導師(トライン)"。


 大陸北部を揺るがす大災厄と同種のチカラを宿した魔弾の射手。


 軍事国家マッキリーが産み出した最高傑作、"至銀の乙女"。


 亡郷より生き延びた竜人種(ドラゴニア)の猛き戦士長。



 いずれも一騎当千の英雄の器であり、長い旅路を経て余さず開花を果たした。

 対して当時のヴィルツはといえば少しだけ器用で、口が回る程度の男。


 筋力も、魔力も、運も、戦闘勘も、何もかもが英雄の器には程遠い。



「世の中の不条理や、仲間達との格差なんて骨の髄まで味わった。

 何故、僕はこんなにも中途半端なんだろう? 

 何故、レギのようにはなれないのだろう……ってな」



「…………」


 自虐気味に語ってはいるが、ヴィルツの表情には苦悩や嫉妬の色は見えない。

 或いは、とっくの昔に乗り越えて来たからこその達観と軽標な吐露なのだろう。



「そもそも一緒に故郷の村を飛び出して冒険者になろうとしたのだって

 僕がレギを無理やり誘ったのが始まりだ。

 なのに頭角を現したのはレギだけで、僕は金魚の糞もいいところだった」



「それでも お兄さんは副団長さん達と最後まで一緒に旅をしたんだよね?」



「ああ! 何度も挫折しかけたけどな。その都度、レギを始めとした仲間達に

 ケツを引っ(ぱた)かれて、どうにかこうにか付いて行ったんだよ」


 その口調からは呆れ半分、昔の仲間達に対する信頼と友情が半分といった具合である。きっと現在でも良好な関係を維持しているのだろう。



「勿論、あいつらだって それぞれが悩みや大きな問題を抱えていた。

 その一つ一つに正面から馬鹿正直に挑み続けていく姿を見続けていたからかな?

 いつの間にか自分だけの悩みなんて ちっぽけなもんだと感じるようになった。

 ……あいつらの問題を一緒に解決してやることに、夢中になれたのさ」


 果たしてその境地に辿り着ける者は、どれほどいるだろうか。

 少なくともアルビトラにはそこまで誰かのために親身になって関わることは出来そうにない。一時的に隣に寄り添うのが精いっぱいである。



「(このお兄さんは確かに戦う力はそこそこ止まりみたいだけど)

 (面倒見の良さや、最後まで自分の(あし)で歩き続ける力は本物みたいだねぃ)」


 だからこそ天賦の才を持つ者達は、ヴィルツのことを決して侮らなかった。

 見捨てるどころか、最後まで真の仲間だと認めて旅の終わりを共に迎えたのだ。


 むしろ這い上がった弱者が強者の群れに付いて行けるようになった時、得てして強者達にとっても唯一無二の存在であり影の支柱と成るのである。




「レギはレギの、新たな冒険をロンデルバルクでやろうとしている。

 聖槍騎士団の副団長の座に就いているのは一時的な通過点に過ぎないんだろう。

 だったら僕も、あいつの顔に泥を塗らないような男に成らないとな!」


 ぐっと拳を握り締めて、軽く前に突き出す。まるで彼の目の前に、拳を重ね合わせる相手が居ると錯覚するほど堂に入った所作である。



「元々、珍しい物や歴史的価値のある物を集めるのが好きで冒険を始めた。

 まあ冒険者としてやりたいことはやり尽くしたから、次は商人の世界で

 レギ達に見劣りしないような偉業をやり遂げたいってところだな」


 仲間達との思い出は胸の中に大切に仕舞い込み、別々の路を歩み出した。

 嫉妬や葛藤は()うに昇華した。羨望はあるが、それも善き人生のスパイスだ。


 何故ならば、彼は既に最愛の妻が待つ自分の家庭を持つ身。

 一廉の(いただき)に達して尚も、更なる挑戦を続ける今を生きるヒト。



 それがヴィルツという青年の芯であり、新たに刻み出した足跡だったのだ。




「そっかー、離れた場所で過ごしていても

 お互いを大切に想ってるってことなんだね!」



「まあ、頼れる時は遠慮なく頼らせてもらうけどな!

 それにしたって依存し過ぎないよう線引きはしたいもんだ」


 王都での商売の許可を得る助力は求めるが、そこまでだ。

 レギの立場を過剰に利用して王城に入り、王族とのコネを築くなどもっての外。



「そういうことなら、今回は王城行きはやめておいたほうが良さそうねぃ。

 何かの切欠があった時に行ければいいし。

 お兄さん達の友情は大切にするべきだよ!」


 彼の本心を聞き遂げたアルビトラは、満足そうに頷きつつ踵を反そうとした。

 しかしヴィルツは足を留めたまま視線を虚空からアルビトラへと移し、真摯な面持ちで見据えながら口を開く。




「その"お兄さん"っていうの、そろそろ止めてくれないか。

 僕は、いや……俺様にはヴィルツ・ウォーラフっていう立派な名前がある」



「ほよ?」



「アルビトラの流儀は、コルディットの町を発つ前に聞いた。

 長寿の奴が、普通の寿命の奴の名前を覚えないようにするって理屈も分かる。

 けどな、やっぱり名前を呼んでもらえないってのは……堪えるもんだぜ」


 思えばヴィルツがレギ達と最後まで冒険を続けられたのは、どんなに困難な状況であっても互いの名前を呼び合い、励まし合うことが出来たからこそであった。



「俺様とアンタの関係は、所詮 依頼主と冒険者に過ぎない。

 だが一時とはいえ、同じ路を歩む旅の仲間であると思っている。

 だから、この七日間の間だけでも良い……名前で呼んじゃくれないか?」



「んー……」


 どうしたものかな、と困りながら後頭部を掻いた。

 別に他人の名前を呼ぶことが嫌なわけではない。覚えられないわけでもない。


 痛みも悲しみも忘れてしまう、白紙に戻ってしまう特異体質だからこそ。

 名前で呼び合った者が居なくなってしまった時に、その悲しさが丸ごと消えてしまう己の異常性や孤独性と より鮮明に向き合わなくてはならないのだ。



 であれば、旅の仲間と思い出は尊重しつつ、適度な間合いを保っておいたほうが良い。一瞬だけ近寄り、擦過し、すぐに遠くへと離脱する。


 ()れは彼女の戦い方にも、無意識のうちに反映されている生き様だ。



「……」



「……」




「……駄目か?」


 ヴィルツは器用で、察しの良い青年。

 そして過去の冒険の中で超常の存在とも接した経験を持っている。

 故に本人が語らずとも、アルビトラの立ち振る舞いや戦闘時の在り方などから、彼女が抱える問題を朧気ながら察している節があった。




「今は難しいねぃ……まあ考えておくよ!」



「そうか、変なこと言って悪かったな」



「いいよ、いいよ! 先に話を振ったのは私のほうだしねぃ。

 それじゃあ次は南区の港を見てから宿に戻ろうよ!」



「……ああ、そうしようか」


 それ以降は少しの間だけ ぎこちなさが残ったものの、ロンデルバルクが誇る広大な港と、その付近で営業していた飲食店で新鮮な魚介類を昼食として堪能しているうちに、すっかり潮風の(うち)に溶けていった。



 正午を過ぎた昼下がりからは南区から東区をゆっくりと散策し、ヴィルツは王都に滞在している漁師や冒険者、傭兵、巡礼中の修道士と接して聞き込みを行い、彼等が必要としている品物……つまり需要のある商品を調べて回る。

 一方で、アルビトラはちゃっかりと公衆浴場の予約を取り付けていた。 



 そうして王都で過ごす二日目は、特に大きな問題や魔物の襲撃などに遭うこともなく平穏に過ぎていく。


 ただ、その日の夜。アルビトラは布団に潜って眠りに着くまでの僅かな間、昼間にヴィルツから「名前で呼んでほしい」と言われた件について煩悶としていた。


 長く生き過ぎた彼女の在り方は、そう容易くは変われない。

 そして目が覚める頃には、僅かな煩悶もまた白紙へと戻るのだ……。






 [ 王都アンバーハイヴ ~ 西区 『ウテルの弦亭』 ]


 三日目の朝。例によって二人は軽食を販売している屋台で朝食を済ませるために日の出と共に宿を出ると、中央通りの先から豪奢な馬車が近付いて来たのである。



「うおお……何だ、あの派手な馬車?!

 白磁みたいな外装に金細工が盛沢山。凄い金が掛かってそうだぜ」



「あれはたしか、王城で使われてる馬車だったかな?

 馬車の側面に王家の紋章が描かれてるしー」


 アルビトラの指摘通り、車体側面に大輪の華と針のような杖を基調とした紋章が豪奢な金細工と宝石によって表現されている。


 二人が呆気に取られていると、馬車を引く二頭の白馬が『ウテルの弦亭』の前で急停止すると同時に御者台に座る騎士が、その場より敬礼をした。




「……まさか僕達に用事があるのか?」



「そんな雰囲気だよねぃ」


 少しだけ間を置いてから、白磁の車体に設えた扉がゆっくりと開き……中より見知った顔が現れた。聖槍騎士団 副団長のレギである。




「おはよう、二人とも。朝早くから申し訳ない……。

 この宿に泊まっていると聞いて寄らせてもらったよ」



「おう、レギ! 随分といい身分じゃねーかよ」


「おはよう、副団長さん」


 少し困ったような表情を浮かべながら気さくに挨拶をするレギに対し、ヴィルツは毒気を抜かれたような顔で言葉を返す一方、アルビトラは平常運転だった。




「実は、ヴィルツとアルビトラさんの事を姫様に話したところ

 二人に物凄く興味を持たれたようで、是非とも王城まで来て欲しいと仰られて

 この馬車で迎えに来たというわけなんだ」



「おいおいおい、そんなこと現実にあるのか……いや、昔 あったわ」



「ははっ! ウィルべリア王国を冒険していた時に似たようなことがあったよね」



「こういう感じで王族に呼ばれる時ってのは、大抵ロクな話じゃないんだよな。

 どうせ無理難題とか、突拍子もないお願いをされる展開だろ?」



「……それは僕の口からは、ちょっと言えないかな」


 ヴィルツの指摘に、レギが言い淀む。

 流石に現在の主君を悪く言う事は出来ないのだろう。


 二人にしか分からない過去の旅の記憶、当人同士の共通意識。

 ()れど、アルビトラはどこか貴いもののように感じていた。




「んー、お兄さんだけじゃなくて私もなの? どんな話なんだろう」



「うん、アルビトラさん……というより君の持っている武器かな。

 姫様は、その赫い宝玉の付いた粋然刀(カタナ)を見てみたいそうだ」



「そっかー、まあ私は護衛の依頼の最中だからねぃ。

 お兄さんが行くなら、そのまま付いて行くよ!」



「ふん、わざわざレギを迎えに寄こしたんだ。

 俺様のことも、ある程度は調べ上げているんだろうな!

 ……いいぜ、お前の顔に泥を塗りたいとは思わないし、行ってやるよ」


 やれやれ、といった風に笑みを浮かべながら覚悟を決める。




「助かるよ、ヴィルツ。それにアルビトラさんも。

 姫様は一度こうだと決めたら、滅多に意見を曲げない御方だからね」


 軽く頭を下げて礼を述べた後、レギは二人を馬車の中へと案内した。

 こうして急遽、アルビトラとヴィルツは公的な用件で王城へと赴くことになったのである。


・第2話の5節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・前節の後書き欄で、次節では第三王女が登場する……などと書いていたのですが

 色々あって王女の登場シーンは6節目に持ち越しさせていただきました!


・今回は王都の描写とレギに対するヴィルツの想い、

 アルビトラに対して名前で呼ぶように要求する真意に焦点を当てたかったので

 この辺りで区切られていただきました。

・前言撤回するような形となり、誠に申し訳ございません。


・次回は王城での一幕からの、第2話の山場へと繋がっていくシーン。

 起承転結の「転」に当たると考えておりますので、こうご期待ください!

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