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僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(4)


 [ ロンデル地方 ~ 王都圏 ラインタン ]


 低空飛行で幾つかの丘を越え、等間隔で築かれた村や町を通り過ぎていく。

 アルビトラ達は途中で一度 小休止を挟み、更に正午過ぎに差し掛かったところで王都圏の北側に位置する都市の一つ、ラインタンの市街地に立ち寄っていた。


 都市の北門から入って直ぐの区画、大通りを歩いて適当に目に留まった飲食店で二人は遅めの食事を採ることにしたのである。



「王都に近付いているだけあって、この辺りは品数も豊富だな」



「んー……」



「どうかしたのか?」


 庶民の間でも解禁され始めた ふわふわの白パン、香辛料の利いたスープ、辺境では滅多に見掛けることのない油揚げ(フリッター)なる料理……いずれも中々の出来栄えだ。

 だと言うのに、アルビトラは僅かに顔を(しか)めている。



「気のせいかもしれないけど、前に来た時より ちょっと味が落ちてるかも」



「そうか? このコドラの油揚げ(フリッター)ってのは中々 イケるじゃないか。

 外側はサクサクで、中身はふわふわ……これはマッキリーでも広めたいな!」


 コドラとは、ロンデルバルクを含む大陸中央東部で特によく獲れる白身魚の一種であり古来より庶民の腹を満たして来た大衆魚。

 淡泊で味気ないが量だけは獲れるため渋々ながら食べられ続けていたが、昨今では油揚げ(フリッター)の普及により人気が急上昇しているのだ。



「まあ……北方では油は貴重品だから、調理に使うなんて相当の贅沢なんだけど」



「私はどっちかっていうと軽く炙っただけのほうが好きだったかなー。

 それに何だか、魚自体も昔より小振りになっちゃってる気がするし」



「ふむ、魚の生態系に何か変化でも起こっているのかもしれないな」


 思うところがありつつも相変わらず常人の数倍の量を食べ進めるアルビトラを一瞥した後に、ヴィルツはふと頭上を仰ぎ見た。

 すると、少し離れた場所で警邏のための気球が一機 風に乗って揺蕩う様子が視界に映る。王都圏の各都市では最低でも一機は常時 飛んでいるそうだ。



 スカイトラス地方の空を飛んでいる時にヴィルツが遭遇した気球船に比べれば遥かに小さい。精々が二、三人乗りといったところか。

 空からの哨戒や偵察は非常に有効である半面、それを実現できているのは、ロンデルバルク王国の優れた工業力があってこそである。



「食用に回せるくらい膨大な精油所や資源を持っているのなら

 そりゃ気球ってのを造れるくらい工業が発展するわけだ。

 その結果、どんな代償を支払っているのかは分かったもんじゃないが……」


 空に浮かぶ気球から、目の前の大皿に盛られた油揚げ(フリッター)に視点を戻してロンデルバルクという国の在り方と工業の因果関係に思いを馳せる。


 しかし今は、旅先で美味しい物が食べられるのだから それで良いではないか。

 一先ず、そう呑み込んでから二人は目の前の食事を堪能したのであった。




「ごちそうさまでしたー!

 色々と言っちゃったけど、おいしいものはおいしいからヨシ!

 今日 食べられることに感謝だよ! よ!」



「……結局、九割近くはアンタの腹の中に入って行ったもんな?

 後で胃もたれしても僕は知らないぞ」



「えへへー」



「まあ良い、腹も満たせたなら そろそろ行くか。

 ブレイズも食事を終えている頃合いだろうしな」


 都市に入る前に牡牛型の魔物と遭遇しており、軽く撃退したついでに臨時の餌として飼い竜に振舞っていたのである。


 気球による空の目があるとはいえ、全ての魔物の接近を完全に防げるというわけではないらしい。地上の兵士達による哨戒や、防衛依頼を受けた冒険者といった存在は依然として王都圏内でも必要とされている。



「次はもうアンバーハイヴまで行くの?」



「ああ、此処からはブレイズを降ろせる場所が限られているからな。

 その点、王都の近くには飼い竜用の停泊地が設けられているから

 僕等にとっては都合が良いんだ」



「あー、あの盆地だね!

 お兄さんみたいに北方からやって来たヒトがよく利用する場所だー」


 キーリメルベス連邦の使者や豪商など、古来より空からロンデルバルクの地を行き来する者達のために解放された場所というわけである。

 幸い、これ以降は魔物や魔鳥を見掛けることはなく、またヴィルツの手綱捌きも実に巧みであったために哨戒中の気球から狙撃されるようなこともなかった。


 宣言通りに二人と一頭は、西の空が橙色に染まるより先に王都へと歩を進めた。






 [ ロンデル地方 ~ 王都圏 ロンデ・タン盆地 ]


 ロンデルバルク王国南東端の港湾地帯から僅かに西側に位置する小さな岩山。

 周囲を壁のような巨岩で囲まれた盆地には四頭ほどの飼い竜が留まっていた。



「よし……よし! ここだブレイズ、降りてくれ。

 くれぐれも他の竜と喧嘩なんてするんじゃないぞ?」



「ギュ ギュルゥ」


 一旦、二百メッテほど高度を上げた後に旋回して速度を落としながら滑空し、両翼を上下にバサバサと羽搏かせながら ゆっくりと降下していく。

 自身の飼い竜に滔々と言い聞かせるように、それでいて一方的になり過ぎないよう慎重に心を通わせながら手綱を操り、両脚から綺麗に盆地の地面へと降立った。


 飼い竜は愛玩動物や道具などではなく、共に生き抜くための無二の相棒。

 ヴィルツという青年は、若者なりに生命に対する尊重を欠かさなかった。



「(これまでに立ち寄った町の近くで降りていた時もそうだったけど)

 (ものすごく真剣な表情だねぃ……後ろから見てるだけで息を呑む感じ!)」


 多くの荷物に加えて、ヒトを二人も乗せている。

 雑に着地させれば如何に飼い竜とて両脚を砕いて二度と立てなくなってしまう。




「いい着地だった、今日も一日 有難うな。

 奮発してマナスター地方で買っておいた牛肉を置いておくから夜に食べな」



「楽しい空の旅だったよ! またよろしくねぃ」



「ギュルゥイ!」


 飼い竜の頭を撫でながら能う限り労いつつ、ヴィルツ達も地面へと降りる。

 この頃になると、飼い竜はアルビトラに対する恐怖心も幾らか払拭されているようだった。




「とりあえず今日のところは商売は一旦 置いておいて宿の確保を優先する。

 アンタとの契約は、あと四日も残ってるからな」



「了解だよ! 一週間って言われた時はどうなるかと思ったけど

 これだけ早く王都に到着できるなら納得だよ」


 盆地からは徒歩で向かわなければならない。

 王都を囲む外壁の門が開城するのは朝と昼と夕方の三回なので、少しだけ急いだほうが良いだろう。



「だけど初めて王都に来て、いきなり商売って出来るものなの?

 私はよく知らないけど、色々と許可とかいるんじゃない?」



「アンタの言う通りだ……闇市とかなら話は別だが、真っ当な商売をするなら

 紹介状や保証人の居ない余所者じゃあ露店を開くことすら難しいだろう」


 それでも地方都市ならば、やり方次第では何とかなることもある。

 しかし王都ともなれば警備は厳重で、厳しい法の目が有った。



「だが僕なら大丈夫だ! 実は同郷の幼馴染が王都で暮らしている。

 商売が軌道に乗るまでは、そいつに口利きをお願いしようと思ってるんだ」



「そっかー、持つべきものは友ってやつだね!」


 盆地より離れた二人は、そのまま徒歩で王都アンバーハイヴへと向かった。






 [ ロンデル地方 ~ 王都圏 王都アンバーハイヴ ]


「此れがロンデルバルクの中枢か……」


 やや琥珀色じみた外壁を越えたヴィルツが感嘆の声を漏らした。

 微かに香る潮の香、行き交うヒトの喧噪が響き渡り、夕暮れ時だというのに華やかさは損なわれない。


 意外だったのは、王都を囲む外壁がそこまでの高さではなかった点。

 唯一、海に面した東側だけは津波対策なのか三十メッテほどの防壁が築かれていたが他の三方は精々が一メッテほど。申し訳程度の境界線といった具合である。


 そんな低めの外壁の傍には、石造りの小屋が等間隔で設けられており常備兵や冒険者などが一定数 駐屯していた。




「あれは八十年くらい前だったかなぁ。

 大きな津波が壁を越えて押し寄せて、王都中を水浸しにしたことがあったの」



「へぇ……?」


 異様に低い外壁を見渡して訝しむヴィルツの様子を見て、それとなくアルビトラが説明を始めた。恰も見て来たかのような言い草である。



「その時は四方を高い壁で囲んでいたせいで、思うように放水できなかったり

 町で暮らしてるヒト達が大勢 逃げ遅れて大変だったんだー」



「……そうか、過去の教訓を活かした結果なんだな」



「うん、長いこと続いてる国だけのことはあるよね!

 でも壁を低くした弊害もあったりするよ」

 

 説明の最中にアルビトラは視線をヴィルツからやや離れた方角へと移した。

 その先には、不自然に地面を隆起させながら王都に迫る一筋の線が垣間見える。

 


 ゴ バァ !


 地中を掘り進みながら低い壁の傍まで忍び寄った何者かが、勢いよく土塊を捲り挙げて這い出る。()れは全長 八メッテほどの巨躯を誇る赤い大蛇であった。



「魔物だー! 魔物が出やがったぞ!」

「南東 第六区画の外壁警備隊はただちに集結せよ」

「誰か、近くの気球兵に連絡を! 我々が足止めしている間に狙撃させろ!」


 周辺を警戒していた常備兵達が声を挙げ、出現した魔物への対処に取り掛かる。

 害敵に対する冷静な判断、素早く対応など練度の高さを伺わせた。




「壁を低くして魔物に襲われ易くなった分を、数と練度で補ってるってわけか。

 これなら魔物を退けるのに そう時間は掛からないだろうな」


 離れた場所より一連の兵の動きを垣間見たヴィルツは感心したように頷く。

 一方でアルビトラのほうは、何とも言えない表情を浮かべていた。



「んー……あれはエルドスヴァンスっていう魔物だねぃ。

 この辺でよく出没するグールスヴァンスっていう大蛇型の魔物の上位種だよ」



「北方じゃあ見掛けない魔物だが、危険なのか?」



「見掛け通りに力が強いし、意外とすばしっこいんだよねぃ。

 しかも地面に潜って奇襲する知能も持ち合わせているから単体でも厄介だけど

 あの赤い個体に至っては更に口から火を噴くの!」



 彼女の言う通り、この上位種の魔物は体内に可燃性のガスを蓄える器官を有しており、吐息に乗じて燃焼させて放射する性質を持つ。

 また魔法(スペリオル)などで狙撃したり、武器で貫いた際に、その器官に火花が引火しようものなら大爆発を引き起こす恐れがあった。



「なんだって? そりゃもう小型の竜種じゃないか!

 ……まあ荷電粒子哮(ドラゴンブレス)に比べれば、可愛いもんだろうけどさ」

 


「まあねぃ。だから安全に対処するのなら一度 火を噴かせて

 お腹を空っぽにさせてから仕留めることだよ」


 言うのは簡単だが、それはアルビトラほどの位階にある冒険者だからこそ。

 一般的な常備兵や冒険者にとっては中々に困難な偉業である。


 これが通常のグールスヴァンスであれば、彼等とて被害を覚悟で挑めば充分に職務を全う出来ただろうに、不幸な偶然が重なってしまった。




「ま、見て見ぬ振りは出来ないよな。

 アルビトラ! 僕のほうは良いから、あいつらの助太刀をしてやってくれ」



「了解だよぅ! お兄さんなら、きっとそう言うと思ったよー」


 この数日の間に、ある程度はヴィルツという人物像を理解し始めていた。

 仮にエルドスヴァンスが矛先を傾けたとしても、彼ならば自力で防ぐだけの実力を持ち合わせていることも。


 だからこそ、アルビトラは言われた通りに躊躇なく護衛対象から離れた。






「ギシャァァァァ!!」



「来るぞ、躱せー!」

「あんなデカい尾で薙ぎ払われたら一溜りもないぞ!」


 エルドスヴァンスの長い胴体が楕円を描くように(うごめ)き、その予備動作を見咎めた兵士の一人が悲鳴にも近い叫び声を挙げる。

 瞬時に他の兵士達もその意図を察して、ある者は後方へと跳び退()き、ある者は真横に転がるようにして緊急回避を試みる。


 その直後だった、僅かな胴部の動きを拡張させるかのように末尾へと運動力を伝播させることで、まるで巨大な鞭の如く空間ごと薙ぎ払ったのだ。


 ブォォオン!! という野太い風切り音が木霊し、逃げ遅れた数名の兵士の肉体を防具ごと砕いてしまったのである。



「ぐああぁぁ!!」

「ちくしょ……う……」


「ハンス! ロドリー! ……くそっ、他の者は無事か!?」


 苦悶に満ちる断末魔の声が戦の喧噪の中で掻き消される。

 貴い犠牲なれど上位種の魔物の初撃を大半の兵が避けきったのだから、やはり王都の警備に就いている者達の覚悟と練度は高いのだろう。



「シュルルゥゥゥ……」


 必殺の尾撃でも大した成果を挙げられないと悟った魔物は、一度大きく息を吸い込み……腹部をボコン! と異様なまでに膨らませる。

 体内に蓄えた可燃性ガスを放射する予備動作であった。



「拙い、此処で吐き出す気か!」

「松明を持っている者は今直ぐに消せ! 壁ごと吹っ飛ぶぞ!」

魔法使い(ドルイド)は……気球に乗った魔法使い(ドルイド)はまだ着かないのか!?」


 今度は跳び退()いたり、身を伏せるだけでは凌ぐことは出来ないと理解した者達から一斉に怒号が飛び交う。

 本質がガスの放射である以上、手持ちの照明ですら命取りに成り得るのだから。




「(ん……サルロスの町の地下倉庫で戦った時とは真逆の意味になるけど)

 (剣で斬った時に火花が出ちゃうと、その時点でオシマイだよね)」


 風のロープを壁に固着して超高速移動で兵士達の救援に向かう最中、アルビトラは至極冷静な検分を済ませていた。



「だったら、定石通りにガスを吐き出させてからだよねぃ。

 起きようか……アガネソーラ、(コンクエスト)(アンジール)!」


 戦場に飛び込み、抜刀と同時に己が無二の相棒の真名を告げる。


 さすらば彼女の呼び声に応じるかのように粋然刀(カタナ)の鞘、柄、鍔にそれぞれ設えてある赫い宝玉が輝きを放ち、真紅の光粒を放出し始めた――




 フォォ……―― ォン。


 惑星の息吹たる魔力とは異なる真紅の光粒、即ち『霊滓』なる未知の力。

 宝玉より澎湃(ほうはい)と吐き出され続ける『霊滓』は、やがてアルビトラの周囲で三つの塊を形成していく。


 これぞ彼女の持つ『霊刀アガネソーラ』の真髄。

 所持者の意志で自由自在に飛び回る、高密度の『霊滓』による浮遊盾であった。



「いいよ、いいよー! 兵士さん達を護るように配置しよう!」


 まるで使い魔に指示を出すかのような要領で周囲で形成された浮遊盾に話し掛けると、余さず彼女を意志を汲み取ってきびきびと動き始めた。

 その頃になると、ようやく周囲の兵士達も状況の変化に気付き始める。



「だ、誰だ? 冒険者なのか?」

「見たこともない障壁魔術だな……何者だ?」

「しかも発生が物凄く速い! これなら、もしかしたら助かるかも……」



「グルシャァァ!!」


 エルドスヴァンスが前方へ向けてガスを吐き出しながら顎門(あぎと)を何度か開閉して牙を打ち鳴らすという奇妙な動作を見せた、次の瞬間。

 ボッ! という引火音が鳴り、吐き出され続けるガスが悍ましき炎の津波へと様変わりを果たした。つまり口内の牙を火打石代わりにして着火したのだろう。


 迫り来る灼熱、然れどアルビトラの採った策のほうが一枚上手であった。



「ぐぅぅ、熱ぃ!」

「いや、だけど ここまで炎は届いていないぞ」

「見ろよ!あの真紅の盾が炎の波を掻き分けてくれてやがらあ!」


 兵士達から歓声が挙がる。困惑と歓喜が入り混じったかのような面持ち。

 対する上位種の魔物は不可思議な現象を見たとばかりに訝し始めた。






「凄ぇ……これが、あの粋然刀(カタナ)の本当の力ってことか!

 ただの業物じゃないとは思っていたが、想像以上だぜ!」


 一方、離れた場所で戦いの趨勢を見守っていたヴィルツは、アルビトラの放った真紅の光粒である『霊滓』の効果に瞠目していた。



「正当な手順で構築した障壁魔術……いや結界魔法並の防御力かもしれない。

 それをたったあれだけの手順で実現するなんて、いったいどんな絡繰りだ?」


 元冒険者であり商人として並外れた鑑定眼を持つ彼がここまで太鼓判を押すのだから、アルビトラ本人のみならず彼女の掌に在る粋然刀(カタナ)もまた規格外なのだ。






「んー、思ったより放射範囲が広いかな? さっさと斬りに行きたいけど

 浮遊盾(オービット)の操作に集中しないと、このヒト達は黒焦げだし……」


 興奮しながら見守るヴィルツとは裏腹に、アルビトラの表情はさえない。


 彼女が単独であれば、エルドスヴァンスといえど大した脅威にはならないが、周囲の人間や壁への被害を防ぎながら反撃に転じるのは中々に困難なのだ。

 どうしたものか、と次の手を考えながら浮遊盾を維持していると彼女達の頭上の空より何かがやって来る気配がした。



 夕暮れ時 特有の西から東へ伸びる黒い影を地上に刻みて現れたのは、風に乗って空を揺蕩う一機の気球。


 上空 千メッテから急速に高度を落とし、やがて三十メッテほどまで降下した段階で搭乗者の一人が徐に身を乗り出すと、あろうことか飛び降りたのだ。



「今度は何だ? 誰か落ちて来るぞ」

「気球なら魔法使い(ドルイド)が乗ってるんじゃなかったのかよ?」

「いや、あの御方は……よし、これで魔物は対処できる!!」


 アルビトラの浮遊盾に護られつつ、どうにか灼熱の範囲外に逃れようとしていた兵士達が口々に動揺を露わとする。

 しかし一部は上空から飛び降りた者の正体に心当たりがあるのか、得心がいったとばかりに その場で声援を送り始めていた。




「よく保ち堪えてくれた! あとは僕に任せてくれ」


 頭上より降り注ぐ、自信に満ちた声色。

 両掌で握り締める漆黒の両手剣を振り上げた体勢のままエルドスヴァンス目掛けて一挙に迫る。



「ギジャアア?」


 遅巻きながら事態の変化に気付いたのか、大蛇の頭部が直上へと傾き顎門(あぎと)を開けようとしたが、時 既に遅し。



 ダガァン! という轟音と共に頭部目掛けて両手剣の分厚い刃が叩き込まれる。


 鋼鉄よりも硬いとされるエルドスヴァンスの頭蓋を叩き割り、そのまま両断。

 可燃性ガスが蓄えられた器官を傷付けることなく一撃で仕留めてみせた。

それだけに留まらず、斬撃時の反動を利用して空中で巧みに姿勢制御を行うことで安全確実に両脚から着地したのである。


 僅か一手で状況を変え得る、正に英雄と呼ぶに相応しき力。

 しかし兵士達の大喝采を浴びながら顔を挙げた英雄の表情は優れなかった。



「申し訳ない、もう少し早く駆け付けることが出来ていれば……」


 背負っていた大きな鞘に両手剣を納めながら犠牲となった二名の兵士達の傍まで近寄り、跪いて謝罪の言葉を発した。



「何を仰るのです! 貴方様と、そこの冒険者の御方の助太刀がなければ

 ここに居た兵士の大半は炎に呑まれるか食い殺されていた!」


「その通り! ここ数年の間、上位種の魔物の侵入を(ことごと)く防げているのは

 間違いなくレギ様のおかげです」



「……有難う、そう言ってもらえるなら救われるよ」


 骸に祈りを捧げた後に、ゆっくりと立ち上がる。

 純白の騎士衣(サーコート)を纏った二十代前半と思しき青年だった。

 両手両足にはそれぞれ灰銀の腕甲(ガントレット)脚甲(グリーブ)を身に着け、頭部には軽兜。


 若輩ながら数多の死線を潜り抜けて来たと思しき精悍な顔付きで、瞳には慈愛に満ちた優しさが垣間見える。

 ほどほどの長さの頭髪は、戦いの邪魔にならぬよう一律で束ねて上方向に傾けているのだが、特徴的なのはその髪色……北方人 特有の青紫色をしていた。



「上空から見渡したが他に魔物の姿はなかったよ。

 だが暫くは僕が付近の守りを固めよう、皆は交代の時間まで寛いでいてくれ」



「よろしいのですか? 第三王女殿下 直属であらせられる貴方様に

 このような外壁の警備など……」



「ああ、姫様には後で納得してもらうさ。

 上位種が出たのなら、僕が警備に就くのが一番 被害を抑えられるからね」


 その後も幾らか兵士達と話して納得させることに成功した青年は、次にアルビトラへ労いの言葉を掛けようと歩み寄り、目の前で軽兜を脱いで素顔を晒す。




「有難う、旅の御方。君が居なかったら彼等は……ん?」



「あれ? もしかして副団長さん かな? かな?」


 夕暮れの陽光に照らされた互いの顔が明らかとなるにつれて、青年は意外そうな反応を見せた。それはアルビトラ側も同じだった。


 そう、彼こそはロンデルバルク王国が誇る『聖槍騎士団』の副団長。

 アルビトラが過去に王都を訪れた際に、二人は面識を得ていたのである。


 といっても魔物討伐の依頼を受けて共に行動していた聖槍騎士団の中で、特に良い動きをする騎士が居ると記憶していた程度の間柄だ。

 尤も、アルビトラが記憶に留めていたのだから相当の実力者には間違いない。




「そうか! 君ほどの冒険者だったら先程の活躍ぶりも当然だな」



「えへへー、ちょっとだけ打つ手に困ってたのは内緒だよぅ。

 それにしても副団長さんは、前に見た時よりも随分と騎士っぽくなったねぃ。

 一瞬 誰だか分らなかったよ!」



「はは……本当はこんなに長くロンデルバルクに居座る気はなかったけどね」


 彼は産まれながらの騎士の家系ではなく、王国の出身者ですらなかった。


 数年前に遥か遠いキーリメルベス連邦から流れて来た冒険者ながら、この国の第三王女に一目で気に入られて半ば無理やり彼女の傍遣いに抜擢された。

 だが王女の側近が何の爵位や役職も持たないようでは王室の威厳が損なわれるということで、例外的に聖槍騎士団の副団長の役職を与えられたのだ。



 通常であれば有り得ない人選。周囲からの批判が飛び交うであろう事態。


 しかし彼は特別だった。最初はお飾りの役職ながら、持前の圧倒的な実力と人柄の良さで周囲を黙らせ、反対する者達を納得させてしまったのである。




「……"北方の勇者"様が、今じゃあ王家の飼い犬だとはなぁ。

 とんでもない大出生をしたじゃないか、レギ!」


 事態の収束を見咎めたヴィルツもまた堂々と二人の傍へと歩きながら、気安い口調で副団長へ声を掛ける。



「君はまさか、ヴィルツ? ……ヴィルツなのか!?」



「ほよ? お兄さんも、この副団長さんと知り合いだったのー?」



「ふっ、知り合いも何も……なあ」


 少し困ったような表情を浮かべるヴィルツであったが、何処となく嬉しそうな様子がアルビトラにも伝わっていた。



「というか、アンタのほうこそレギと面識があったことに驚きだよ。

 なんせコイツは俺様と同じ村の出身で、昔は散々一緒に旅をした仲間なんだ」


 同郷の出身だという副団長の前だからだろうか、ヴィルツの一人称が「僕」から「俺様」に変化していた。



「ま、一応 紹介しておいてやるか。その様子だと顔は知ってるが

 聖槍騎士団の副団長としてしか認識してないみたいだしな」


 高位の役職に就いている旧友に対して、臆することなく隣に並び立つ。

 ヴィルツの背丈は一メッテと七十七トルメッテ、副団長はそれよりも僅かに低かったが、そう大差はないようであった。それが二人の距離そのものである。



「コイツは俺様と同じシルベール領国の出身で、名前はレギ・ゼオ。

 一緒に故郷の村を飛び出して、冒険者になって、ギルドを立ち上げたもんだ。

 ……"北方の勇者"っていう二つ名でならアンタも聞いたことあるよな?」



「もちろん! たしかキーリメルベス連邦最強の冒険者だよね。

 そっかー、それなら副団長さんの飛び抜けた強さも納得だよぅ」



「……"春風"のアルビトラさんに言われると、恐れ多いことだけどね。

 流石に君と一対一で戦うことになったら、今の僕では勝てる気はしない」




 "北方の勇者"レギ・ゼオ。


 最上位である二つ名持ちの冒険者の中でも、特に有名な救国の大英雄。

 数多の依頼を受けて人々を救い、困難を乗り越え、やがてキーリメルベス連邦全土を揺るがした大災厄……通称『ゼビル島事変』を仲間達と共に解決する。


 その功績を認められて、彼は名実ともに勇者として称えられた。

 キーリメルベス連邦を救うという大きな目的を遂げた後は、当時の冒険者ギルドを解散して仲間達はそれぞれ別々の人生を歩み出したという。




「で、ロンデルバルクに渡って上手いことやってると聞いてな。

 顔を見に行くついでに、ちょっとばかり頼らせてもらおうと思ったんだ」



「あはは、相変わらずヴィルツは抜け目がないなぁ」


 朗らかに笑い合う二人の青年達。

 たとえ別々の路を歩むことになっても、遠く離れた場所で過ごしていても、幼き頃から培ってきたであろう絆は(いささ)かも陰らない。



「(王都に居る幼馴染って副団長さんのことだったんだねぃ……あれ?)

 (勇者と呼ばれてるヒトの仲間だったのなら、このお兄さんって……)」


 ヴィルツもまた勇者と共にキーリメルベス連邦を救った冒険者ということになるのだが、アルビトラは今更 驚く素振りは見せなかった。



「俺様、次はこの国の王都で店を出そうと思ってるんだ。

 そこで今のお前の力で融通しちゃくれないか?」



「そうだなぁ、僕から姫様に掛け合ってみよう。

 普通に手続きをするより遥かに早く許可を貰えるようになると思う。

 ただ、それでもニ、三日は必要だろうね」



「おっ! 言ってみるもんだな。それくらいなら余裕で待てるぜ!

 なんせ余所者は下働きから始めないといけないから、一年以上は掛かるんだ」



「ヴィルツの夢は、立ち上げた商会の販路を大陸全土に広げることだろ?

 だったら、その近道になる手伝いくらい喜んで引き受けるさ!」



「へへっ、やっぱ持つべきは友だぜ。じゃあ悪いけど遠慮なく頼らせてもらう。

 貸し一つってことで、よろしくな!」


 どうやら幼馴染との交渉は上手くいきそうであった。

 勿論、実際にレギの助力ですんなりと話が通るかどうかは分からないが、少なくとも出店までの手続きを済ます上で強力な足掛かりが出来たのは事実である。



「(こういう若い子達の絆って、いいものだよねぃ……)」


 そんな二人のやり取りをアルビトラは眩いものを眺めるような目で見守った。

 彼女では絶対に得られないであろう、真に対等な関係。心を砕いて、軽口を交えながら再会を祝う貴い光景だった。



「……それにしても王女様に気に入られるとは、色男ぶりは変わらねぇな。

 一緒に冒険者やってた時も、いつもお前ばかり行く先々でモテてたもんな!」



「姫様とは、そんな関係じゃないさ……。

 そういうヴィルツこそ、皆の中で真っ先に結婚したじゃないか。

 口喧嘩ばかりしていた、あのユングと結ばれるなんて思わなかったけどね」



「まあな、一番驚いてるのは俺様自身かもしれねぇよ。

 ……さて積もる話はあるが、お前の仕事の邪魔になっちゃいけないからな。

 そろそろ俺様達は王都に入らせてもらうぜ」



「ああ、ヴィルツとアルビトラさんだったら何も心配は要らない。

 少し開門の時間を過ぎているけど、僕の権限で入都の許可を出しておくよ」



「何から何まで悪いなぁ……落ち着いたら一杯やろうぜ」


 ぐっ……と拳を突き出すとレギの方もまた同様に拳を突き出して軽く重ね合わせていた。昔から何度も続けてきた彼等なりの親睦を深める儀式なのだろう。

 少し間を置いてから拳を離し、ヴィルツは笑顔を浮かべたまま王都の入口を目指して歩き出した。




「アルビトラさんはヴィルツの依頼を受けて一緒に行動しているのかな?

 いずれにせよ、さっきは兵士達に加勢してくれて有難う。

 その粋然刀(カタナ)が発した赤い光粒……初めて見たけど、凄い力を感じたよ」



「うん、王都に行くってことで七日間の護衛をやってるよ!

 んー……この子のことは私もよく分かっていないんだけど、

 気が付いた時からずっと一緒にいたんだー」



「……何か深い事情があるみたいだ。

 だけど、あのヴィルツが直接 君に依頼を出したということは

 彼の眼鏡に適うくらい希少な代物なのだろうね、僕も興味が湧いてきたよ」



「そう言えば最初に話した時もそんなこと言ってた気がするねぃ。

 じゃあ、私もこれで失礼しまーす!」



「ああ、縁があればまた会おう」


 戦いで散って逝った二名の兵士と、頭蓋を砕かれた魔物の前でそれぞれ祈りを捧げ、魂が正しく巡っていくことを願った。


 そうしてから先行するヴィルツの隣まで歩いて近寄り、正門を潜っていく。

 二人の眼前に映し出されたのは夕暮れ時を過ぎて宵闇に包まれ始めてなおも、輝きを損なわぬ煌びやかな王都の街並みであった――






 [ バルティア領 ~ 旧黄金郷 レガトニット城 円卓の間 ]


「……というわけで、『真鍮館』の生産施設は木っ端微塵なのさ!

 タルヴォアくんが丹精込めて造ってた錬成像(ゴーレム)もぶった斬られてたよ。

 今はもう冒険者統括機構(マスカラード)に掌握されてるんじゃないかな?」



「成程、カルシャナの設備は再起不能というわけか。

 時間を掛けて投資したというのに、本当に残念だ……」



「まあまあ、そう落ち込まないでよイルスバルデくん♪

 先進錬成式を組み込んだ『バルティア・ローゼスの機装剣』の残骸だけは

 この僕が直々に回収しておいたからさ!」


 カルシャナで起こった出来事、及び"春風"のアルビトラによって無惨に打ち砕かれたタルヴォア家の嫡子の末路を面白おかしく説明し終えたギラは至極ご満悦。

 反対に、多大な援助が水泡に帰したイルスバルデこと現バルティア公爵の表情は

限りなく曇りきっていたという。



「レスティート殿、『中枢個体』は回収しなかったのか?

 あれも先進錬成式の中核を成す、貴殿 自らが設計した最上位の錬成像(ゴーレム)だろう」


 バルティア公爵の隣に座る初老の男性……クレイベル卿が静かに口を開く。

 彼は実質的な『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』の副総帥であり、僅か十一歳の少女が巫山戯ながらに語った説明に対しても特に苛立ちを見せることもなく、非常に落ち着いた人格者であることを伺わせた。



「え、あんなの拾うなんて嫌だよ? 確かに僕が基礎設計をしたけどさ。

 タルヴォアくんの気色悪い趣味がてんこ盛りの別物になってたし、

 正直に言って視界に入れたくもなかったね~」



「馬鹿が! 『中枢個体』さえ復元すれば幾らでも計画は再始動できるだろう!

 貴様如きの趣味趣向で切り捨てるなど許されるものか!」


 やや離れた席に座るランカード卿が激昂を露わにする。

 大きく口を開き、今にも唾が飛び散る勢いで怒鳴り付けてきた。



「ふふん、そうは言っても僕の気分が乗らないんだよね~。

 だってさぁ? 自分の婚約者から剥ぎ取った顔の皮膚だの、乳房だの、

 あとはほら……色々な部位を移植してたんだぜ? もう関わりたくないよ」



「ぬぅぅ、それが事実なら確かに……女児に預けるには不埒過ぎるか。

 タルヴォア家の子倅め、なんと面妖な!」


 柳の如く受け流しつつ掌をひらひらと振ってみせながら弁明すると、叱責したランカード卿は毒気を抜かれたような面持ちとなった。



 先進錬成式は類稀な技術の結晶。その開発段階から関わっていたタルヴォア家の嫡子ですら全容を把握できていなかったとあらば常人では到底、解析不可能だ。


 唯一、特異な知識量と頭脳を誇るギラ・レスティート博士だけが現状で理解することが出来ており再現が可能なのだが、彼女が乗り気ではなくなったのなら、もう黄金色(こがねいろ)錬成像(ゴーレム)を新たに造ることは不可能なのだ。




「……仕方ない、『中枢個体』と軍事用錬成像(ゴーレム)の普及は諦めるとしよう。

 ギラ・レスティート、『バルティア・ローゼスの機装剣』はどうする気だ?」



「そっちは気が向いた時にでも修復してあげるよ。

 これも僕が特別に設計した武器だし、幸い まだ穢れてないからね~」



「いいだろう。それもまた先進錬成式を組み込んだ錬成像(ゴーレム)の亜種だ。

 最低限の投資の成果が残るのなら、無駄ではなかった」



「カルシャナは切り捨てるのですかな?」



「ああ、既に公的機関に制圧されているのなら手を出すのはよろしくない。

 いずれデルク同盟の全てを奪い尽くす日まで、我々の存在は秘匿するべきだ」


 落胆しながらも納得するバルティア公爵。

 冒険者統括機構(マスカラード)に加えてエスブルト政府の手の者がカルシャナを抑えてしまっている以上、下手に再介入して秘密結社の動向を勘付かれてしまえば彼等の計画に大きな支障を来す恐れがあった。


 総帥である彼が手を切ると判断したのだから、これ以上の反対意見や叱責の言葉を述べようとする者は現れなかった。




「ではタルヴォアの扱いと後処理の件はこれで完了とする。

 続いて取り零したロレーヌ家の至宝と、生き残りの二人の娘の件だが……」


 バルティア公爵がその青い瞳でランカード卿と、その隣に座るヴェイン卿の方へと冷ややかな視線を傾けた。



「うぐっ!」


「…………」


 僅かに狼狽するランカード卿に対して、ヴェイン卿はどっしりと座ったまま動じない。彼は獅子の頭部や身体的特徴を有する獅子人(レオニオン)という獣人種。

 己の失態を恥じつつも、余さず受け入れようとしている高潔そうな騎士だった。



「うふふ。死して尚も このお二人の目を欺いたのですから

 ロレーヌ殿という人物は、相当に用意周到だったみたいですわね」



「然様、至宝ごと屋敷の蔵に偽装結界を施していただけでなく

 その結界を解く鍵である実子達を何処(いずこ)かへと逃していたという」



「追跡調査をさせていた我が配下達より上がってきた報告によると

 二人の実子は、冒険者ギルド『月の(わだち)』に保護されているそうですな」


 クレイベル卿が淡々と補足を添えている間、ランカード卿は何の弁明も出来ずに脂汗を垂れ流すのみ。



「あらまあ、それはそれは大変ですこと」

 


「イルジア卿、件の至宝の探索と回収に関しては貴殿にも動いてもらうぞ。

 ロレーヌ家の財産の完全掌握は『廃薔薇機関(ローゼンハルク)』にとって大きな一歩となる」



「心得ておりますわ。貿易で財を成したロレーヌ家の屋敷とあらば

 さぞ調べ甲斐がありそうですもの……結界を調べて打ち破るのも一興ですし」


 妖艶な声色で語るのはイルジア卿と呼ばれた妙齢の女性。

 頭に大輪の華飾りを付け、まるで歌劇場の花形女優のような派手な井出立ちをしている。ギラとは異なる意味でこの場に似付かわしくない。


 数年前まではイルジア家に嫁いだ伯爵夫人に過ぎなかったが、夫の不可解な死を皮切りに嫁ぎ先の家を乗っ取り、自らが当主となった曰く付きの人物である。




「あの~~~、ちょっといいかなぁ?

 その議題って、僕とゾーガさんが居る意味あるのかい?

 無いなら、もう帰りたいんだけど」


 空気を読む気がないのか、無造作に右腕で挙手しながらギラが断りを入れた。

 ランカード卿をはじめ、複数の幹部達から睨まれたが彼女は一切動じない。

 なおイルジア卿は面白い小動物を愛でるように微笑んでいた。



「……退席したいのなら好きにすれば良いが、何か用事でもあるのか?」



「いんや? 特には何もないよ♪

 強いて言うなら機装剣の修復だけど、これも気が向いたらだね~」



「そうか、だったら貴殿とゾガルディア・ダルジャークには

 新たに任せたい仕事があるのだが」



「ええー、つい先月 カルシャナまで遠出したばっかりなのにかい!?

 他の暇そうにしてる幹部くん達に任せればいいじゃないのさ」



「それも検討はしたのだがな。

 貴殿達に頼むのが最良だとクレイベル卿からの助言を受けた」


 隣に座る初老の男性を一瞥すると、バルティア公爵から引き継ぐ形でクレイベル卿が用件を述べ始める。




「つい先日、ロンデルバルク王国の"絶望の谷"にて不可解な武器が発見された。

 真紅の光粒を放つ宝玉のような物体を備えた大剣という話だ」



「へぇ……? それって、まさか」



「うむ。貴殿やダルジャーク卿が持つ『霊滓綺装』の可能性が示唆される」

 

 ギラの顔の右半分を覆う眼帯。ゾガルディアが背負う巨大な斧。

 それぞれ形状こそ大きく異なるものの赫い宝玉が埋め込まれており、青黒い金属と金細工など共通する箇所が散見された。



「発見者や回収を試みた多くの者達は、その真紅の光粒を浴びた瞬間に悶え始め、

 命辛々に"絶望の谷"より逃げ帰ったという……」



「あっはっは! そりゃ『霊滓』をモロに浴びちゃったんだねぇ。

 適正が無い奴が触れると身体の細胞がガンガン壊死しちゃうんだ。

 たぶん今頃、そいつ等は全員 苦しみ抜いて死んだんじゃないの~?」


 愉快そうに、無邪気に笑うギラ。

 これには流石のクレイベル卿も僅かに眉を潜めていた。

 ランカード卿に至っては青筋を浮かべて怒りを(こら)えている始末。



「……斯様な事情もあり、発見された武器は放置されたまま谷底で眠っている。

 そこで『霊滓綺装』を操る貴殿達に回収を任せるのが適任であると

 私からバルティア公爵に進言したのだよ」



「うんうん、それは的確な判断だね♪

 僕達としても新たな『霊滓綺装』の発見は願っても無いことだ。

 そういうことなら喜んで引き受けるとも! いいよね、ゾーガさん?」



「無論だ、現代を生きる者達には過ぎた代物 故に」


 

「じゃあ決まりだね~。少し休憩したら、直ぐに"絶望の谷"に向かうよ。

 たしかロンデルバルク南西のバルクラント地方の端っこだっけ♪」


 つまりバルティア領からも比較的近い場所ということである。


 自分が興味を持ったことに対しては積極的に行動する性質なのか、満面の笑顔で椅子から立ち上がり、挨拶もそこそこに円卓の間から立ち去ってしまった。



「……(しか)らば、これにて我も失礼する。

 貴公達の歩みが意義あるものと成り得ることを願っている」


 ギラの隣に座っていた巨漢の武人……ゾガルディアも席を立ち、居座る面々を一瞥しながら軽く会釈をしてから部屋より退出していった。




「くっ、あの糞餓鬼め……崇高なるこの会議の場を何だと思っているのだ!」


「ふふっ、いいじゃありませんか。

 賑やかな子は見ているだけで元気をもらえますわ」


「……」


「まあダルジャーク卿が付いているのなら、最低限の仕事はしてくれるだろう」


 ギラの傍若無人な振舞いに対して幹部達はそれぞれの所感を零した。




「彼女は常理の埒外を生きる特例だ、我々の価値観で縛るべきではないよ。

 それよりも話を戻そうか、ランカード卿?

 "絶望の谷"の件も座視できないが、今はロレーヌ家の件が最優先だ」



「は、はい……公爵閣下!

 私めに汚名返上の機会をお与え下さるのなら、何でも致す覚悟でございます!」


 そうしてギラ達を欠いた円卓の間では、暫しの間 公には明かせないような様々な段取りと今後の方針が話し合われた。


・第2話の4節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・いよいよ王都へ到着、からのヴィルツの幼馴染の登場。

 そして敵幹部達の始動と盛沢山の回となりましたが、如何でしたしょうか。


・第1話の頃から時折、存在が示唆されていた聖槍騎士団とその副団長レギ。

 彼もまた様々な変遷を遂げて勇者と呼ばれるようになった人物でございます。

 生まれ付き特別な血筋ではなく、行動と実績の果てに勇者となったタイプで

 物語の本筋に大きく関わることはないと思いますが、どうかヴィルツ共々 彼の動向も見守っていただければ幸いです。


・なお途中で話題に挙がっていたコドラという魚は、現実世界で例えるところの

 鱈に相当します。ロンデルバルク付近の海で特によく獲れるみたいですね。


・さて、次回は王都内の様子や名前の挙がっていた第3王女が登場いたします。

 如何なる展開となっていくのか、こうご期待ください!



◆おまけ


挿絵(By みてみん)


・現役の冒険者時代のヴィルツやレギ達です。

 外伝第2話からは5年くらい前の姿となります

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