僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(1)
真紅の光粒が舞い踊る、災厄が具現化したかのような戦場。
"悲劇の谷"と称されし忌地に於いて、嘗ての惨劇など児戯に等しいと言わんばかりの大規模な破砕が齎された。たったの一撃で。
「うきゅぅぅ……」
僅か数分前までは雄大な自然が広がっていた筈の岩場の跡を狐人の冒険者、アルビトラが盛大に吹き飛ばされながら無様に転がり回る。
奥の手である『霊刀アガネソーラ』の真価を解放し、『霊滓』を纏った状態であったので辛くも耐え抜くことが出来た。しかし二度目は無いだろう……。
「我が一撃を五体満足で凌ぐか。見事 也!」
此度の破砕を齎した武人が称賛の言葉を贈った。
数多の絶望を覆した歴戦の勇士が更なる真紅の光粒を迸らせた。
「……すごいね、ここ数百年の間に出会ってきたヒトの中でも段違いだよぅ」
二十メッテほど転がった所で地面に刀身を突き刺し、強引に肉体を縫い留める。
そうして よろよろと立ち上がりながら、アルビトラは周囲を見渡した。
正に爆心地。雑草どころか小石の一つすら残っていない。
武人を中心とした半径六百メッテ、つまり直径にして千二百メッテほどが更地と化していたのである。
もしも此処が市街地なら、町一つが地図上から消えている頃合いだろう。
その武人は余りにも強大であった。
元より二メッテを優に超える巨漢ではあるが、いざ対峙してみるとアルビトラをしても数倍に膨れ上がって視えてしまうほどの威圧感を放っている。
「(特に気合の入った大技って感じじゃなかったねぃ)
(いつでも、何度でも、さっきみたいな一撃を放てるってことかな)」
全く消耗した様子を見せていないことから、この爆心地を齎す一撃は相手にとって息をするのと同義の攻撃であると察した。
或いは、まだ手加減をしている可能性すらあるのだ。
「『風紡』!」
独自魔術の行使。右掌を突き出し、武人の背後の地面に向けて風のロープを射出すると同時に固着させ、自身の肉体を亜光速域で稼働させる。
「ほう、疾いな……」
一気に接敵し、向かって左……相手の右側面を擦れ違う刹那に抜刀、一閃。
一太刀目で右腕を狙い、返す刀で首筋を撫で斬りにして納刀する太刀筋だった。
しかし武人は慌てる素振りを見せず、アルビトラが跳躍した瞬間には右掌で握る巨大な斧を振るっていた。
ガ ガィィン! と凄まじい金属同士の激突音が鳴り響き、亜光速域にて放たれた二重の太刀筋が阻まれたばかりか、続く音速超えの衝撃波をも掻き消したのだ。
「……ッ!!」
武人の背後、五メッテの距離で着地しながら納刀したアルビトラは、珍しく大きく目を見開き驚愕を露わにする。
ここまで完璧に己の居合貫きを捌かれたのは初めての経験だった。
亜光速域で稼働するアルビトラの動きに付いて来れていたわけではない。
恐らくは数多の実戦経験と勘、磨き上げた技によって防がれたのだろう。
それが如何に途方も無い芸当であるのか、二つ名持ちの冒険者である彼女だからこそ、誰よりも深刻に理解させられる。
「ん、長引くと拙そうだねぃ!」
即座に意識を切り替えて、反転し、跳躍。動揺するのは敵を斬り伏せた後で好きなだけやれば良い。とばかりに絶え間なく攻勢を維持し続けた。
相手の懐に潜り込み、抜刀と同時に右脚の側面狙いの鋭い斬撃。返す刀で刀身を撥ね上げ防具の僅かな隙間に捻じ込むように斬り上げた。
ガィィン! ガギギ……。
一撃目は斧で捌かれ、二撃目は巧みに上半身を逸らして金属製の胸当てを駆使して受け流してみせたのである。
しかも絶妙な角度を付けて太刀筋の真芯を外しているので、魔鋼材すら断ち斬るアルビトラの斬撃の真価を発揮させて貰えなかった。
彼我の体格差や防具の特性を瞬時に活用した上での処方といったところか。
「まだ、動けるよ」
「…………ぬぅ」
常に一箇所に留まるような真似はせず、武人の周囲を衛星の如く周りながら都度 居合貫きを繰り出して行く。
抜刀、一閃……納刀と擦り足を一体化させることで、相手の得物が最も反撃に転じ難い位置取りと呼吸を徹底した。
「でやぁぁ!」
幾度となく金属同士の激突音が鳴り響き、双方の真紅の光粒が削られていく。
一合 過ぎる度に斬撃が加速し、精度が増す。舞い散る火花は恰も花園の如し。
「ふっ……ふん! せいっ!」
巨大な斧を巧みに振るい、時には柄を用いてアルビトラの太刀筋を往なすことで只管に耐え抜き続ける武人。如何に鍛え上げた肉体とはいえ、一度でも刃が届けば落命は免れないというのに斧を扱う体捌きに淀みはなく、表情すら崩れない。
僅か数十秒なれど並の武芸者であれば百回は死んでいるであろう責め苦の一切に怯まない、動じない、絶望しない。そればかりか目敏く反撃の糸口を模索する。
「(そろそろ頃合いかな?)」
絶え間なく居合貫きを敢行する最中、抜刀すると見せ掛けて風のロープを射出。先んじて受け太刀を試みていた武人の持つ斧の刀身に固着させると……。
「術式解除!」
風のロープを象っていた遍く風を解き放つ。
周囲に滞留していた真紅の光粒や砂埃をも纏めて吹き飛ばす爆風を生じさせることにより武人の掌より得物を弾き飛ばすという算段であった。
同じような攻防を繰り返して律動を刻み込んだ直後に、変化球を投じるというのは単純ながらも有効な戦術なのである。……しかし。
「面白い手管だ」
「……硬いねぃ!」
爆風が張れた先に垣間見えるのは、諸手で斧の柄を握り締めて重心を落とし、がっつりと防御姿勢を採る巨漢の武人の姿。まるで通じた素振り無し。
驚くより先にアルビトラは動き出していた。直後、彼女にとって遥か頭上より落雷のような一撃が降り注ぐ。
ドッ ゴォォォン!!
つい先刻までアルビトラが立っていた位置に斧が叩き付けられた。
再び半径六百メッテほどの衝撃波が円形に拡散し、大地が陥没していく。
「うきゅぅぅ……」
直撃こそ免れたものの至近距離で余波を浴びたためか、糸の切れた木偶人形の如く空中を切り揉みしながら吹き飛ばされる。
『霊滓』の被膜を喪っている今となっては衝撃を減衰させる術は無し。散々に揉みくちゃにされた挙句に大地に激突し、そのまま倒れ伏したまま動けなくなった。
「類稀なる遣い手であった。貴殿の名と存在は、決して忘れぬと誓おう」
巨大な斧を右掌のみで握り直し、巨漢の武人が悠然と近付いてくる。
発する言葉に偽りなく、纏う闘気は聊かも衰えず。油断も、慢心も、一切見受けられないヒトの形をした災厄が容赦なく前進を続けたのだ。
そうして この日、"春風"のアルビトラは敗北を喫した。
時は僅かに遡る――
【 第二話『僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を』 】
[ オルクシア地方 ~ レネ領 エスピラ高地 旅籠屋『バルサムバーグ』 ]
「おう、流石に元冒険者なだけあって書類に抜かりねぇな。
じゃあ後はこっちで手続きを済ませて御上に言っとくぜ、精々 頑張りな」
青年商人ヴィルツが提出した冒険依頼書にアルビトラが己の名を記入し、窓口代行を務める酒場の店主が受諾を認めた。
依頼書の内容自体は至ってシンプルであった。
ロンデルバルク王国の王都アンバーハイヴまでの道中の護衛。
日程の目安は一週間ほど。
途中で幾つかの村や町に立ち寄り、商品を仕入れたり情報収集をするのだが昨今の錬成像事件の影響もあり警邏隊の人手不足で治安が悪化している。
そこで現地で敵対した魔物、野盗、その他 立ちはだかる脅威を排除すること。
依頼達成時の報酬額は二万デルミス。
荷物が全て無事なら追加で一万デルミス。
更に個別依頼料として五万デルミス……合計で八万デルミス。
依頼を受諾できる条件は"春風"のアルビトラ本人であること。
多少、毛色は異なるが商隊護衛は冒険者にとって定番の依頼だ。
冒険者統括機構が直々に発布していた錬成像事件に比べれば流石に劣るものの、約一週間の拘束で報酬二万デルミスは破格の待遇である。
更に追加報酬や個別依頼料まで上乗せするというのだから、このヴィルツ・ウォーラフという男が並々ならぬ覚悟でアルビトラを雇用しようとしていることは如実に伝わってくることだろう。
「有難う。王都で一儲け出来たら、またこの店にも立ち寄らせてもらうよ」
「ははっ! 兄ちゃんくらい羽振りの良い奴はいつでも大歓迎だ。
掘り出し物の酒でもあったら宜しく頼むぜ」
「ロンデルバルクは蒸留酒や果実酒が名産だったっけ、覚えておくよ。
そういうわけで、明日から早速 行けるか?」
店主に軽く手を振って挨拶した後に、ヴィルツはカウンター席で山と積まれた料理を平らげている最中のアルビトラへと声を掛けた。
「んー……ひまふふでもひーほー」
「口の中のものを呑み込んでから喋れ!」
「……んぐ! 今直ぐでも良いよ?」
言われた通り もごもごと口を動かして、ごくんと呑み込んでから返事をする。
先刻 黄金色の錬成像の残党処理を終えて戻って来たばかりであるというのに、彼女は一切 疲労した様子を見せなかった。
「今直ぐって……大丈夫なのか? 少しくらい休息は必要だろう」
「だいじょうぶだよー。残党討伐は結構のんびりやってたからね。
いい休憩になっていたのかも」
「そうか、じゃあ お言葉に甘えて東角の刻を目安に経つとしよう。
商機ってのは速さと回数が大事だからな」
「はーい! でも、ここから王都までだったら馬車で一ヶ月は掛かるよね?
依頼書には約一週間の護衛って書いてあったけど、いいの?」
元気いっぱいに返事をしてから、至極真っ当な疑問を口にする。
この一ヶ月というのも寄り道をせずに直行した場合の日数なのだ。
仮に道中で立ち寄った町などで商品を仕入れて回るとしたら、更なる日数を要することになるだろう。到底 一週間で足りる筈もない。
「そこは問題ないさ、僕に考えがある」
不敵な笑みを浮かべながら答えると建物の二階へと足を運び、それまで滞在していた宿泊部屋内から手荷物を一固めにして再び一階へと戻る。
その僅かな間にアルビトラは全ての料理を完食していたという。
[ オルクシア地方 ~ レネ領 エスピラ高地 ]
「忘れ物はないか? くれぐれもその粋然刀だけは忘れるんじゃないぞ」
「この子は私の一部みたいなものだもん、手放すわけないよ!」
「そうだったな……じゃあ出発だ」
宣言通り 東角の刻に差し掛かった辺りで二人は旅籠屋の外に出ると、そのままヴィルツが先導するようにして山路を南下し始めようとした。
「ほよ? 商人のお兄さん! 馬車には乗らないのー?」
併設されている馬舎には目もくれず、そのまま木柵を越えて歩き出したものだから思わずアルビトラは首を傾げてしまった。
そもそも、このヴィルツという男は大き目の雑嚢こそ肩に下げてはいるものの、商材と思しき代物は何一つ持参していない。
これから現地で仕入れて売り捌いていくとしても、運搬のための幌馬車の一台くらいは所持していなければ辻褄が合わなかった。
「ああ、今は持っていない。
いずれこの地に支店を出した時に従業員用の馬と車体は購入する予定だけどな」
エスピラ高地の南側、即ちロンデルバルク王国のタルヴォア領へと続く路はゴツゴツとした岩地が続いている。
自然豊かな樹林帯が広がっていた北側の山路とは異なり、長い年月を掛けてヒトや馬、そして馬車の轍により踏み削られて出来上がったヒトの路。
「その代わり、僕には僕の足がある。
旅籠屋の馬舎では停めてもらえなかったから、この辺で放していたのさ」
少し歩いた先に周囲を岩で囲われた、やや開けた場所へと辿り着く。
僅かに上空を見上げた後に、ヴィルツは何かの骨を削り出して仕上げたと思しき珍妙な笛を取り出して口に咥え、独特の音色を奏で始めた。
~~~♪
「あっ! それって、もしかして竜笛かな? かな?」
興味深々といった具合で、瞳を輝かせながらアルビトラが見上げてくる。
ヴィルツは得意気な表情で頷き、そのまま堂に入った吹奏を続けながら徐に右掌を天高く掲げた……すると。
「ギュエエエエ!」
上空に黒い影が現れたかと思うと、ヴィルツ達の直上で何度か旋回して少しずつ速度を落とした後に、ゆっくりと降下し始めた。
バサッ バサッ と凄まじい羽搏き音を轟かせながら、その巨大な生き物は開けた岩場へ両脚から降り立ったのである。
「わー! この子ってエアドラゴンだよね! ちょっと小さいけど」
「アンタくらいの冒険歴なら流石に知っているか。
その通り、コイツはキーリメルベス連邦内で運用されている飼い竜さ。
マッキリーから此処まで、僕は空を飛んで来たんだよ」
竜種と呼ばれる生物がこの常世には存在している。
其はヒトや魔物、精霊といった者達とは一線を画す生態系と進化を繰り返して来た種であり、本来ならばヒトと相容れるようなものでなかった。
ラナリキリュート大陸では、『キーリメルベス大山脈』という大陸最高峰の山々に野生のエアドラゴンが棲息しているのだが、北方の一部の民はこのエアドラゴンを時間を掛けて手懐け、数世代を経て飼い慣らすことに成功していた。
ヒトに使役された竜種は『飼い竜』と呼ばれ、野生種よりも二回りほど小振りで脆弱ながら貴重な空の便として活用されているのである。
先端がやや丸みを帯びた二本の角、鱗の色は緑と茶色の中間。牙こそ野生のエアドラゴンと同じ本数が生えているが愛嬌のある瞳のせいで凶悪さは感じない。
「すごいね! いくらキーリメルベス連邦から来たヒトといっても
飼い竜って普通は専門の軍隊とか、近衛隊がお仕事で扱うくらいで
個人で持ってるのは王族とか大富豪とか、一部の部族だけなんでしょ?」
比較的、竜種が身近な存在である北方人ですらこれなのだ。
大陸中央部ともなれば竜種と敵対することはあれど、飼い竜を所持している国は非常に珍しい。気球の実用化でその代替とする国も出始めているが、稀である。
なお大陸南部のラナリア皇国ともなれば、竜種は更に縁遠いものとなる。
「ふふん、ちょっとした昔のコネでね。特別に譲ってもらったんだよ。
そんなわけで、僕の荷物は全部コイツが運んでくれるのさ」
「あっ、たしかに。飼い竜だったら幌馬車 一台半分くらいは積めるもんね!」
エアドラゴンにしては小振りといえど、ヴィルツの飼い竜は両翼を広げると全幅十二メッテほど。全高は五メッテを超えるだろう。
アルビトラの見立て通り、彼女達 二人を乗せて尚も普通の馬車よりも商材を載せることが出来るのである。
「アンタ、竜への騎乗の経験は? 初めてなら少し慣らしておかないとな」
「ん、だいじょうぶ! けっこう昔だけど何回か乗せてもらったことあるよ!」
「そりゃ何より。じゃあ早速 飛び発とうじゃないか。
『ブレイズ』! この娘は僕が雇った冒険者だ、仲良くしてくれよ」
「グュルゥ…… ッグォ!!」
ブレイズと呼ばれた飼い竜がちらっとアルビトラの方を見咎めた瞬間、ビクッと身体を震わせた後に何かを恐れるように首ごと背けていってしまった。
ヒトに飼い慣らされたとはいえ、僅かに残る野生の勘に由来する危険感知とでもいうべき反応か……。
「ありゃりゃ、怖がらせちゃった? だいじょうぶだよー。
商人のお兄さんの飼い竜だったら私、食べません!」
キリリッ! と凛々しい顔付きを浮かべたつもりで堂々と言い放つ。
その様子に飼い竜は、ますます恐れ慄くのであった。
「ま、まあブレイズがすんなり乗せてくれそうなら問題はないな……多分」
飼い竜の背中には専用の鞍が装着してあり、その鞍の隅に括り付けてあった縄梯子を降ろす。そうして手馴れた様子を一挙に登ってみせた。
「ほいっ! と」
「横着するんじゃあない! なんて高さまで跳ぶんだよ、本当に規格外な奴だな」
一方、アルビトラはその場で軽く跳躍を行い、空中で一回転しながら飼い竜の背に すとんと飛び乗ってみせた。
何やら背中には、大小様々な箱が頑丈そうな鉄綱で括り付けてあるようだ。
「んー、これがキーリメルベス連邦から持って来た商品なの?」
「ああ、残念ながらあの旅籠屋の客達にはあまり売れなかったがな。
王都に定住している連中になら幾らか捌けると願いたいもんだな」
どうやら積まれていたのは調度品や工芸品、織物や種子が大半を占めていた。
確かに旅の途中に立ち寄った冒険者達にとっては縁の薄い品々だったのだろう。
「飼い竜で飛んで行けば、王都まで三日くらいだろう。
だが途中の町で掘り出し物が見つかるかもしれないからな?
その都度、アンタには僕の護衛をしてもらう」
「珍しい商品を抱えていたら、それだけで狙われちゃうからねぃ」
「そういうことだ。ほらっ、空は寒いから頭に被っておくといい」
鞍に設えた収納袋よりゴーグル付きの飛行帽を二つ取り出し、片方をアルビトラへと手渡してからお手本とばかりに自分の分を装着してみせる。
「ありがとう! こ、こうかな……。
昔、竜に乗った時は着の身のままだったんだよぅ」
見よう見真似で装着しようとするも思いの外、上手くいかない様子。
アルビトラにしては珍しく戸惑った様子でわたわた していると、見兼ねたヴィルツがそっと近付いて手伝ってくれた。
「二つ名持ちの冒険者サマにも苦手なことがあるんだな?」
小馬鹿にするというよりは からかうような雰囲気で両掌を伸ばし、頭上の狐耳を押さえ付けない程度に飛行帽を被せつつ、両側面より垂れる四つの留め紐を緩めに縛ってくれた。
もし狐耳が圧迫されて苦しくなったら、いつでも外せるようにとの配慮である。
このヴィルツという男は ぶっきらぼうのように思えてその実、細かい部分の配慮が出来る人物であるようだった。
「(このヒト……やっぱり、ただの商人じゃないねぃ)」
しかし、アルビトラが何より関心を懐いたのはヴィルツの見せた足運び。
飼い竜の背の上という特殊な足場であるのに、平地を歩くのと全く変わらぬ気軽さで距離を詰めて来たのだ。しかも極めて静粛に。
山路を共に歩いている時から薄々 気付いてはいたが、彼の挙措は暗殺者を彷彿とさせる独特の呼吸と間合いの詰め方で、それでいて自然体で実践している。
「これでよし、合わないと感じたら 帽子は脱げば良いさ。
僕の後ろに座っていれば、そこまで風圧は気にならないだろうからな」
「はーい!」
飼い竜の首元、手綱を引ける席にヴィルツが腰掛けてみせると、その直ぐ後ろの席ににアルビトラもまた座り込んだ。
細かい懸念は幾つかあるが些末なことだ。今は、新たな空の旅を楽しもう。
「往くぞ! ブレイズ、飛んでくれ」
「ギュルルィィ!!」
防風ゴーグルで双眸を覆い、力強く手綱を握り締めて往年の相棒の名を呼ぶと、主人の命令に答えるべく凛々しい鳴き声と共に両翼を広げた。
そして数歩の助走を付けながら羽搏き始め、ダンッ! と岩場の地面を豪快に蹴って遥か大空へと舞い上がる。
急激な空気抵抗に見舞われたが、アルビトラにとっては心地良い体験だった。
数秒の間は地上から十メッテほどの高さで羽搏きながら徐々に高度を上昇させ、五分が経過する頃には二百メッテほど飛び上がる。
エスピラ高地の平均標高は約千メッテなので、現在の高度は千二百メッテ前後といったところか。
「わー! ちょっと飛んだだけでも絶景だねぃ!」
「一応、あと五分くらいは慣らしてから三千メッテまで上がるからな」
無邪気に燥ぐアルビトラと、彼女が上空の気圧に慣れるよう気遣うヴィルツ。
微妙に噛み合わないやり取りを続けながら、やがてエスピラ高地の最頂部を越えて低い雲の幕を突き破った。
彼の言う高度三千メッテともなれば、地上の朗らかな微風とは比べ物にならない強風が吹き荒れている。
にも関わらず、アルビトラは一切 同様した素振りを見せなかった。
「(このくらいの風圧なんて、慣れきってますって感じだな)」
僅かに首を後方に傾け、視界の端でアルビトラの様子を一瞥した。
彼女は変わらず眼下の景色を眺めながら燥いでいる、そのうち「おやつでも食べたいねぃ」とでも言い出し兼ねないくらいの気軽さで寛いでいる。
「(酒場の店主の話だと、彼女は目視できない速度で敵に迫って斬るそうだが)
(早く実戦で視てみたいもんだ……その戦いぶりと、粋然刀の真価をな)」
その後、二人と一頭は幾らかの世間話を交えながら南下を続け、少し大きめの町の近くで降下することにした。
[ スカイトラス地方 ~ タルヴォア領 コルディットの町 ]
エスピラ高地を要するロンデルバルク王国北端のスカイトラス地方は、全体的に標高が高めの地勢となっている。
したがって農業には適さず、限定的な酪農、採掘業や織物、近年では軍需産業に力を入れていることでも有名であった。
ヴィルツは旅籠屋に滞在している間、飼い竜が逗留できそうな場所を事前に調べ上げていたのである。
「よーし、店主の言った通りだな。
町から百メッテほど離れた あの岩場なら問題はないだろう。
ブレイズ! ちょっと慎重に降りていってくれ。町の連中を驚かせたくない」
「グゥルイ!」
小気味よく頷き、言われた通りに岩場の直上を何周か巡って徐々に速度と高度を落として行く。羽搏く回数も最小限に抑えて滑空しているようだった。
「よく訓練されてるんだね!」
「コイツとはそれなりに長い付き合いだからな~。
マッキリー辺りの吹雪の空に比べれば、この辺は楽園みたいなもんだよ」
調子に乗り始めたのか、あろうことか既に手綱を手放している。
それでも滞りなく着陸してみせるのだから、現地民のことを気遣いながらも彼とこの飼い竜にとっては慣れた降下手順の一つだということらしい。
ぱぱっと飛行帽を外して鞍の上に置いたアルビトラは、騎乗した時と同じく縄梯子は使わずにそのまま地面へと跳び降りていった。
「悪いが、一刻ほど此処で待っていてくれよ。
さっと町を見て回ったら、また直ぐに飛び発つからな」
「おいしそうなお肉が売っていたら、おみやげに買って戻るよー」
「グゥル!」
飼い竜と積み荷を残したまま町の入口へと歩いて向かうと、槍を持った番兵が二人ほど屯していた。
「僕は行商人のヴィルツ・ウォーラフ。後ろの女は護衛の冒険者だ。
食糧などを買い足したいので一刻ほど町中を散策させてもらうぞ」
「もうじき陽が暮れるっていうのに珍しいな。
どうせなら此処で宿を採っていけば良いんじゃないか? ……通って良し」
「生憎と、今日はもう少しだけ南下したい気分なんだ」
商人組合が発行している印章を差し出し、番兵が改めると意外とあっさり町中に入ることが適った。
初対面の番兵とも気さくに話す様子から実に旅慣れていることが伺えた。
「んー……」
「どうかしたのか?」
「ん、今のところはだいじょうぶそう……かな?」
「そうだな、僕達に手出ししない限りは放っておいて良いぞ」
入口を過ぎた辺りでアルビトラが狐耳をぴくぴく動かしながら少しだけ渋い顔を浮かべてみせると、彼女の言わんとすることを察していたのかヴィルツは特に気にする素振りを見せなかった。
或いは、気付かないふりをすることが余計なトラブルを避けることに繋がると考えているのだろう。そんな依頼主の判断にアルビトラは素直に従っておいた。
ともあれ、夕暮れ時を間近に控えた町中を二人は練り歩いていく。
サルロスの町ほど洗練されてはいないが、国境近くの辺境にしては充分に栄えている方だろう。
旅人や冒険者向けの道具を取り扱っている店も疎らに見受けられた。
「ここではどんなものを見て回るのかな?」
「鉱物や武具は王都でも取り扱っている店が多いだろうし、まあ織物だろうな。
地方や文化によって編み方に細かい違いが出てくるもんだ。
一通り揃えておけば意外と好事家がいい値段で買ってくれるのさ」
それに、その土地の文化を知る切欠にもなる……と歴史学者のようなことを言いながらヴィルツは目に留まった織物や生地を次々と物色していった。
コルディットは特にこれといった特徴のない町である。
四方を石壁で囲われているが、壁の中は三つの川が等間隔で流れており、大きな貧富の差も特に見当たらない。昔から変わらぬ統治が成されている証である。
「この付近はねぇ、タルヴォア辺境伯様のお膝元ですからな。
儂が子供の頃から平々凡々な暮らしを続けておりますわ」
「百年くらい前までは戦の最前線っちゅうことで
町中が鍛冶工房をやっとったんです。でも今は織物屋と半々ってところですな」
「お嬢さん! うちの自慢の山羊肉の腸詰を試していってよ!
長旅にも耐えられるくらい日持ちするよー」
町で暮らす者達の大半は大らかな気質で、余所から来た彼女達にも気軽に接してくれた。慣れているのだろう。
勧められた腸詰を試しに袋いっぱいに購入して店員とヴィルツをドン引きさせながら、アルビトラはそのような所感を懐いていた。
「タルヴォアかー。……まだ事件のことは伝わってないみたいだねぃ」
「アンタが依頼を片付けてから一ヶ月も経っていないからな。
だが直に噂は広まっていくだろうし、そうなればこの町もどうなることやら」
錬成像事件の首謀者はタルヴォア家の嫡子であり当主まで関わっているかは分からなかったが、それでもエスブルト政府からの責任追及は免れないだろう。
であれば、タルヴォア家が保有する領内にあるこの町が、将来的にどういった扱いになっていくのかは誰にも分かったものではない。
「いずれにせよ、アンタが気にするようなことじゃあないさ。
こういう町の住人ってのは何だかんだで強いからな」
「ん、そうだね!」
僅かに曇り掛けていた表情は一瞬で元通りに捲き戻る。
次いでアルビトラは右腕で紙袋を抱えたまま器用に冊子を取り出し、町人達から耳にしたことの一切を書き記していった。
「随分と年季の入った冊子だなー、何年 使い続けてるんだよ?」
「えっとね、これはたしか二年くらいかな? もう百冊以上になるよ!」
「ひゃ、百冊だって!? 見掛けによらずマメなんだな」
「えへへ、私って忘れっぽい性格だからねー。
お兄さんとの旅のことも、ばっちり書いておくよ! よ!」
「そりゃ結構。だが、そろそろ その"お兄さん"ってのは止めてくれ。
僕にはヴィルツ・ウォーラフっていう立派な名前があるんだよ!」
言いながら、ヴィルツは彼女が滅多に他人のことを名前で呼ばないことを思い出していた。
というよりも旅籠屋に居た時から、あの店主や女冒険者の名前がアルビトラの口から出て来た試しがないのである。
「んー、それはちょっと難しいかなぁ。
名前を覚えちゃうと、後で色々と大変っていうか……うーん、難しいねぃ」
彼女にしては珍しく考え込むような素振りを見せる。
両目を閉じて顎に指を当て、どう話せばいいのか考えあぐねている様子だった。
「ふん、それがアンタの流儀だっていうのなら無理強いはしないさ。
気が変わったらでいいから頭の隅に置いとくなり、メモしておいてくれ」
「うん! ありがとう、優しいんだね」
ぱぁっと目を見開いて笑顔を浮かべ、言われた通りに冊子に記入していた。
そんなやり取りを交えつつヴィルツは織物を、アルビトラは食べ物を買い込みながら一刻半ほどが経つ頃には、他に見て回る店もなさそうだったので入口へ引き返すことにした。
なお更に奥の区画まで足を運べば鍛冶工房や武具を扱っている店が並んでいるのだが、前述の通り今回は武具類を仕入れる予定はないので足を運ぶ理由がない。
「少し早めに出発できそうだな。
これなら日が暮れる前には、ここより南西のトルカに着けそうだ」
「その町で今日は一泊するのー?」
「ああ、トルカの近くには森林地帯がある。
通行人にブレイズの姿を見られる心配がないから都合が良いんだ。
森の住人には予め断りを入れておかないといけないけどな」
「色々と考えてるんだねー。
もしかして昔 冒険者やってた時も、こうやって細かい段取りをやってたの?」
「まあな。残念ながら僕は、あのパーティの中じゃ一人だけ不出来な凡人だった。
だから只管、雑用をやりまくって仲間達に貢献しようとした。
そうして世渡りの術を磨いた経験が活きているのかもしれないな……」
虚空を見上げて遠い目をしながら、嘯く。
自分を卑下するような言葉ではあるが、その面貌には聊かも後悔の色は無い。
ただ当時を懐かしみ、嘗ての仲間達を慮るような眼差しであった。
「ふーん、お兄さんは いい冒険をして来たんだね!」
「アンタも長いこと旅を続けているんだろ。
単独行動専門って話だが、ずっと仲間が居なかったわけじゃないだろう?」
「んー、居たこともあったかなぁ。
もう覚えてないよ、その時はまだ冊子にメモする習慣も無かったし」
笑顔はそのままに、前だけを見詰めて淡々と告げる。
隣を歩くヴィルツは、そんなアルビトラの姿を見て何処か空虚な砂細工のような錯覚を覚えた。
「(この女……どれだけの年月を渡り歩いて来たんだ?)」
幾星霜もの間 冒険者として活動していることは、旅籠屋に滞在していた時にある程度は聞き齧っていた。
また現役の冒険者だった頃にも、そんな存在が居るらしきことを風の噂程度になら耳にしたこともあったような気がする
「(他人を名前で呼ばないってのも、その辺のことが関係していそうだな)」
類稀な長命種であればこそ、自分以外の者はいずれ先立つ。
故に名前を覚える、名前で呼ぶという行為自体が苦痛になるのかもしれない。
そして彼女からは苦痛という感情が取り挙げられていくのだ。
たとえそれが、どんなに信頼し合った仲間と過ごした時間であったとしても。
「…………」
「…………」
妙なところで気が回り、且つ目敏い性質でもあるヴィルツはそれ以上のことを踏み込んで尋ねるような真似は出来なかった。少なくとも現時点では。
暫しの沈黙を経て歩き続けていくと、やがて入口と思しき門が見え始める。
「……ねえ」
「ああ、これは面倒そうなことになりそうだ」
次の角を曲がれば門に至る小路を歩いている最中、ふとアルビトラが立ち止まって一言呟き、ヴィルツが溜息を吐いた。
「その荷物、僕が持っておいてやろう。適当に済ませてくれ」
「ん!」
ぽん! と羊肉の腸詰が詰まった紙袋をヴィルツに投げて渡し、左掌で鞘を握り締めながら背後を振り向いた。
「……チッ、気付かれてたか」
「ここまで来たら構うことはない。もうやっちまおうぜ」
「町中であんだけ買い込んでいたんだ、さぞや羽振りのいい商人様なようで」
「飼い竜まで持ってる商人なんて滅多に居るもんじゃないぜ」
鞘を棍棒のように構えるアルビトラを見て潜伏がバレていたことを察したのか、粗末な井出立ちの悪漢達が五人ほど、建物の影より姿を現した。
破落戸にしては体格が良く、手にした得物……片手剣や短剣を握る手付きも素人には見えなかった。
「冒険者崩れの破落戸だな。
こういうヒトの出入りが多い町にはよく居るものさ」
「んー、サルロスみたいに警備兵が頻繁に巡回してるような町だと
あんまり見掛けなかったんだけどねー」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる」
「俺達に気付いてたのなら、もう言わなくても分かるよなぁ?」
「その手に持ってる荷物と有り金全部、それから竜も置いていけよ」
「そうすれば命だけは見逃してやっても……いや」
破落戸の一人がアルビトラの素顔をまじまじと見詰め、口笛を吹いた。
「ひゅぅ~! こいつは中々 上玉じゃねぇかよ。それに狐人なんて珍しい。
町の助兵衛爺に売り飛ばせば、数年間は遊んで暮らせる金が……」
「いや、待てよ……銀毛の狐人? それって、まさか!」
ただでさえ、この辺りで狐人という種族を見掛けることは稀なのだ。
その上、更に稀少な銀色の体毛を持つ者となれば一人しか居ない。
ヒュン…… ボコォ!
アルビトラの正体に気付き掛けた破落戸の頭部が突如、凄まじい音を鳴らしながら吹っ飛んでいった。
「な、なんだ? いつの間に? ……ぐえっ」
「おいおい、あそこから何メッテあるんだよ……ぐおっ!」
瞬き一つの合間に二十メッテの距離を渡ったアルビトラは、次々に鞘による殴打を見舞っていく。側頭部、鳩尾、首筋と最小限の打突で昏倒させた。
「冗談じゃねぇ、俺達はタルヴォア家の護衛をやってたこともあるんだぞ!
たった一人の冒険者にここまで一方的に……」
リーダー格と思しき破落戸の常が両掌に短剣を構え、もう一人の仲間と共にアルビトラを左右から挟撃を仕掛けてくる。中々、悪くない動きだ。
「これで、どうだ!」
「得物を落としてから脚を狙えー!」
アルビトラから向かって左、片手剣を握り締めた破落戸が水平に得物を振るって空間を埋めて来たかと思えば、右から迫る二刀流の短剣が目にも止まらぬ速さで刺突を繰り出した。
しかも安易に頭や胴を突くのではなく、左腕と粋然刀を狙って着実に戦力を削ごうとしているのである。
「私達が町に入った時から尾行していただけのことはあるのかな?
まあまあ訓練された動きだよ」
一切動じる素振りを見せずに淡々と評定しながら最小限の動きで片手剣を躱す。
そのまま短剣による刺突が届かない間合いを維持しながら、相手が僅かに呼吸を乱し始めた瞬間を見計らって顎に痛烈なる打突を仕掛けた。
「おごォォッ!!」
鞘の先端……鐺の金属部分で強かなる一撃を浴びて吹き飛んだリーダー格は、直ぐに起き上がれず、そのまま地面に倒れ伏した。
顎の骨が砕けたか、さもなくば罅くらいは入ったのかもしれない。
「兄貴! く、くそ……俺達に手を出したらどうなるか、分かっているのか?」
「知らないよ」
最後に残った破落戸が片手剣を構え直すより先に素早く距離を詰める。
「知っていたとしても、たぶん私はすぐに忘れちゃうかも……ごめんね」
ドゴォ! と激しく腹部を打ち据える快音が鳴り響き、悲鳴を挙げる暇も無く男はその場で頽れた。僅か数秒の間の攻防、あっけない幕引きだった。
「これほどはな……その粋然刀を抜くまでもないってことか」
「あんまり町中で流血沙汰にはしたくないからねぃ。
そうなったら お兄さんも商売がし辛くなっちゃうでしょ?」
「ああ、全くだ。ぐぅの出ない正論だな。
ともあれ、ご苦労さん。いいものを見せてもらったよ」
軽い足取りで隣まで戻って来たアルビトラに紙袋を返しつつ、彼なりの労いの言葉を掛ける。
ヴィルツが着目している『霊刀アガネソーラ』の真価こそ視れなかったが、類稀な武芸の冴えと鞘の扱い方には大いにご満悦のようである。
「それにしてもタルヴォア家の元護衛……か。
軍需産業を担う貴族家に仕えていただけのことはある動きだったな」
「ん、お店のヒトも話していたけど、領地内なだけあって
この辺りだと、かなりの影響力があるみたいだね」
「ふむ……いっそタルヴォア家の屋敷の近くまで見に行ってみるか?
錬成像事件の顛末のこともあるし、様子を伺う程度にな」
「そうだねぃ、アフターケアをやっておくのは悪くないかも!」
黄金色の錬成像はタルヴォア家の嫡子が主体となって生産していた代物であり、当主の意向ではないとのことだが、それが真実かどうかは現時点では不明。
仮に一体でも本家の屋敷に配備されていたのなら、捨て置けるものではない。
「それじゃ、お兄さんの予定が狂わないのなら寄り道してもらってもいい?」
「ああ、先刻 言っていたトルカの町からなら屋敷はそう離れていない。
一泊してから明朝にでも伺えば大した時間の浪費にはならないさ。
本来なら明日から王都を目指す予定だったわけだしな」
そのまま二人は何事もなかったかのように入口から町の外へ出ると、飼い竜と合流して予定通りにトルカの町を目指す運びとなった。
飛び発つ直前に、しこたま買い込んだ腸詰をアルビトラが飼い竜に与えると、初対面の時とは打って変わって彼女に懐く様子を見せる。
「グゥルル……」
「ふふっ、いい子だねー!」
「おいおい。餌付けするのは良いが、飛ぶ前に腹を膨らませ過ぎないようにな」
橙色に染まる陽光に照らされたからであろうか。笑顔で飼い竜と戯れるアルビトラの姿は、一見すると見た目相応の少女のように思えた――
「(僕達なんかじゃあ、計り知れない程の旅路を続けていた伝説の冒険者)
(こうしている分には、その辺の町娘と変わらないのにな)」
何処か懐かしい想いと共に複雑な所感を懐き始めたヴィルツは、その出処が己の妻と出会った時の記憶であることに思い至った。
「(ああ、そうか……あいつのことを思い出していたんだな、僕は)」
そっと首に掛けていた頑丈な綱を手繰り寄せ、先端に括り付けていた ピカピカの結婚指輪を取り出して、じっと見詰めた。
ロンデルバルク王国からは遥か遠い北方の町で、留守を預かってくれている伴侶の……怒った顔を思い出し、独りで苦笑してから指輪を戻した。
「どうしたの、お兄さん?」
「いや、何でもない……陽が暮れる前に急ごうか」
飼い竜の背に騎乗すると同時、夕焼け空に向かって一挙に飛び発った。
次に向かうのはタルヴォア家の本家に程近いトルカの町。
思わぬ旅籠屋での出会いから護衛役を務めることになったアルビトラの新たな空の旅は始まったばかりである――
・第2話の1節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・当初は本編の第35話を再開していく予定でしたが、
外伝2話を先に描ききっておいた方が本編の第3章を続けるに当たり
良い感じに進められそうだなと判断いたしましたので、こちらを優先させていただきました。
・"春風"のアルビトラの第2幕、どうぞ見届けていただければ幸いです。
如何なる形で冒頭の敗北劇へと繋がるのか?
敗北した後のアルビトラはどうなってしまうのか?
第2話では少しずつ彼女の底が明かされていけば良いな……と考えています。




