何者にもなれなかった女冒険者(10)
「おいおいおい、今日で何日目になるんだよ?
この席に居た万年底辺冒険者……早く あの辛気臭い顔を見せろってんだ」
「もう若くもねえ 三十路手前の女だからな。
遠出をするにしても無理は出来ないだろう、気長に待とうぜ」
旅籠屋内の酒場の一角。隅に設けられた席に座るガラの悪そうな二人組の冒険者達が、酒盛りをしながら誰かの帰還を願っていた。
なお彼等の他にもう一名 仲間が居るのだが、先日の冒険で大怪我を負ったために二階の宿泊所で療養している最中であった。
「あの若い連中、この前とは言ってることが真逆だな」
カウンター席でラド貝の葡萄酒蒸しを摘まんでいた青年商人が、珍しいものを眺めるような目付きで所感を零した。
「おうよ、何でも この近くの樹林帯であの女達に窮地を救われたんだとよ。
だから礼と詫びも兼ねて、酒と料理を奢ろうとしてやがるんだよ」
「へぇ、見た目の割りに随分と殊勝じゃないか。
……いや、冒険者ってのは そういうものだったっけな」
自身もまた冒険者稼業に身を窶していた時代のことを思い出したのか、途中から店主の言葉に納得する素振りを見せた。
冒険者は自由身分。自由とは責任を伴い、義と理を尊ばなければならない。
道中で生命を救われたのに何の恩返しもしないようでは、そのうち同業者から信用されなくなるだろう。
それ以前に、ヒトとしての矜持を腐らせることにもなるのだ。
「まあ奴等が焦れるのも分からなくもないがな。
あの女と"春風"が依頼を受けてから今日で二週間。かなりの長丁場だぜ」
「商隊の護衛なら、それくらいの日数は余裕で溶けるけどね。
錬成像事件の依頼自体は、既に達成されているんだっけ?」
「ああ、一昨日くらいに御上から通達があった。
首謀者はとっちめたが、錬成像の残党がまだ徘徊してるんだとよ」
この旅籠屋の酒場は冒険者統括機構と提携して運営されているので、依頼の斡旋を含めた情報のやり取りは定期的に行われている。
「それは何よりなことだよ。
だったら僕も、そろそろ本腰を入れて仕入れをしていこうかな」
青年商人も今ではすっかり酒場に馴染みきっている様子である。
店主や他の客達から聞いて回った情報は膨大で、少しずつだが販売用の製品の買い付けも進んでいる。
錬成像事件さえ解消すれば、いつでも商売を始められるといったところか。
そんな彼等の他愛のない一日が過ぎ去ろうとした時、朗らかな風が舞い込んだ。
「こんにちわー!」
昼下がりの微睡を一瞬で醒ますような、あっけらかんとした女性の声が店内に響き渡った。
入り口の扉が開き、新たな客が旅籠屋内の酒場に来店したのである。
[ オルクシア地方 ~ レネ領 エスピラ高地 旅籠屋『バルサムバーグ』 ]
『真鍮館』を壊滅させたアルビトラは一旦 冒険者統括機構のサルロス支部まで戻り、報告を済ませて依頼を完遂した。
その頃になると役人や政府関係者も動き始めており、レネ家を始めとした事件に関わっていた者達は軒並み捕縛されていたという。
その後、追加で発生した依頼により『中枢個体』を喪って暴走する錬成像の討伐を行うことになった。
「……という感じで、けっこう時間かかっちゃった!」
他の客達から注目の視線を浴びながらも一切気にすることなく、空いていたカウンター席に腰掛けながら店主へ気さくに話し掛けていた。
「そりゃ随分と大変なことになったもんだなぁ。
だが、その分だけ たんまり稼げたんじゃないのか?」
「うん! 最初の依頼は お姉さんと半分こにしたから十万デルミスでしょ。
追加の依頼は歩合制だったけど、一万二千デルミスくらいになったよ!」
「ははは! そいつは良い。庶民の年収の何年分だ?
まあ、アンタの場合は大半が食費や魔具の修理代で消えるんだろうが……」
言いながらコルキオ酒のミルク割りと、ツマミのナッツ類を差し出した。
彼女が一人で来店したことについて自分から詮索するような真似はしない。
「わーい! ありがとう、おじさん!」
ナッツ類は表面を軽く炙ってあるようで香ばしい匂いが漂っており、更に少量のルミュールの実も添えられていた。
南海の風味を強く感じさせるコルキオ酒との相性は抜群で、合わせた時の味わいは素朴ながらも上品なデザートを口にしているようであった。
一仕事終えた後の楽しみとばかりに、ほくほくしながら堪能するアルビトラの傍に二人組のガラの悪そうな冒険者達が近寄って来た。
「な、なあ……あんた。あの時は助けてくれて有難うよ」
「おかげで俺達の仲間も一命を取り留めたぜ」
「ほよ? ああ! 林の中で戦ってたヒト達だね。無事で良かったよー」
「ところで あんた一人なのか? 一緒に居た 背の高い女はどうしたんだ?」
「そうそう。俺達は奴に借りを返したいと思って待ってたんだよ!」
「んー……」
女冒険者に触れられた途端、アルビトラはナッツ類を口に運ぶ手を停めた。
同時に、洗い物をしていた店主もピクリと眉を動かして微かに反応を示す。
「お姉さんの魂は、きっと今頃 次の旅に向かったと思うよ」
「な、なんだって!?」
「……ッ! それは、残念だったな」
二人組の内の細身の男の方は盛大に驚愕し、もう片方のがっちりとした体格の男の方は渋面を浮かべつつも告げられた言葉を受け容れた様子だった。
彼等とて一端の冒険者、この稼業を続ける以上は死は身近なものであることを誰よりも理解している。
「結局、死にやがったのかよ……だから身の程を知れって言ったのによ」
「お姉さんのことを待っていてくれたんだったら、ごめんねぃ」
「気にするな。どうせ俺達も仲間の傷が治るまでは次の依頼は受けられねぇ。
それよりも、せめて あの女に一杯捧げさせてくれや」
「そうしてもらえると、お姉さんもきっと喜ぶと思うよ」
「よし、じゃあ……最期まで冒険者だったあいつに!」
「次は良い人生を送れよな……乾杯!」
「ん、かんぱーい!」
二人組がそれぞれ飲みかけの麦酒の入った木杯を掲げ、アルビトラもまた彼等に倣って盃を軽く掲げてみせた。
そうして彼等は元の席へと戻っていくのであった。
「あいつは満足して逝けたのか?」
少し間を置いて、再びアルビトラの眼前までやって来た店主が静かに訊ねた。
「そうだねぃ……。
お姉さんの尊厳は守ったつもりだよ。無念も晴らせたと思ってる!」
懐から女冒険者の冒険者証を取り出して、そっと店主に渡した。
冒険者が殉職した場合、遺体が残っていれば予め指定しておいた墓地へ埋葬するか火葬することになり、冒険者証は最も懇意にしていた窓口で保管するのが慣例。
彼女の場合は、この旅籠屋の酒場だったというわけだ。
「半分こした報酬のお姉さんの取り分は、抱えていた借金返済に宛がったり
お墓を建てる費用に使ってもらったよ。あとは首都の実家に送金かな」
「……そうか、なら良い」
アルビトラ程の実力が有りながら仲間を助けることが出来なかったのか?
とでも言いたげな表情を店主は一瞬だけ浮かべたが、それ以上を言葉にすることはなかった。
元より死出の旅路だったことは、彼とて察していた。
目的を遂げて、借金も返して、周りに迷惑を掛けることなく人生の幕を閉じたのなら冒険者の生涯としては申し分ない。
アルビトラの方もまた、これ以上 女冒険者について誰かに語る気はなかった。
既に仲間の死を悼む心は白紙となっている。ならば旅立った女冒険者の門出が、幸多いものとなるよう祈るくらいで丁度良い。
生還した者として、今は目の前のおいしいお酒と食べ物をめいっぱい楽しもう。そしてこれからも冒険者として旅を続けていくのである。
「(お姉さんは、あんな状態だったのに最後まで諦めようとしなかった……)」
彼女は確かに何者にもなれなかった。しかしアルビトラという存在を動かした。
その結果、悲願を果たして宿痾の清算を成し遂げたのなら、上出来だろう。
一方でアルビトラはどうだろうか?
冒険者として類稀なる強さ。悩みの無い達観した人格。どこにでも行ける肉体。
それは傷も、痛みも、悲しみも、そして老いすら捲き戻ってしまうからこそ会得した経歴と名声である。
どこまでも歩き続けることが出来る、足跡を刻み続けられる。
だが、裏を返せば果て無き旅路であり、どこにも辿り着けていないということ。
何者にもなれていない、と言い換えることが出来てしまう。
『何者にもなれなかった女冒険者』とはアルビトラ自身のことでもあったのだ。
故に、軽やかに吹き抜ける春風の如し――
店主達との一幕を終えた後、アルビトラは暫くゆったりと過ごした。
酒の肴に錬成像事件のあらましを語ったり、近隣諸国の動向や『廃薔薇機関』について幾つか情報を交換し合った。
そんな折に、それまでカウンター席の端で独りで食事を続けていた男性……青年商人がアルビトラの傍まで距離を詰めて、話し掛けて来たのである。
「やあ、少しだけ良いか?」
「いいよー、お兄さんは恰好からして商人か何かかな? かな?
それにしては隙の無い座り方をしているね。
あと、その髪の色……この辺じゃ珍しいよ!」
「一応は元冒険者なもんでね。
そしてご名答だ、僕は北方のキーリメルベス連邦からやって来た!」
青年商人の井出立ちは、北方人特有の青紫色の長い髪を紐で結っており、厚めの布地の外套を羽織っていた。
アルビトラが言ったように大陸中央東部の『デルク同盟』勢力圏内では滅多に見掛けることのない恰好である。
「まあ、それはさて置き。今回はかなり大規模な事件だったみたいだな?
アンタ達の活躍のおかげで、僕も無事に商売を始められそうだ」
「えへへー、私だけだったら手掛かりすら掴めなかったかもねぃ」
「これだけの冒険依頼を達成したのなら、
アンタの冒険点も確実に上がったんじゃないか? 一つ……いや二つくらいか」
冒険点とは、その名の通り冒険者が成し遂げた功績を示す値であり、そのまま冒険者としての格を証明したり、依頼を受ける際の条件に用いられることもあった。
「いやぁ、それが私の場合だと特に何も変化は起きなかったんだよー」
「そんな筈はない! この依頼の難易度は上から三番目の「閃陽」だ。
少人数で解決したのなら冒険者統括機構の評価も鰻昇りだろう?」
元冒険者の彼は、これがどれほど凄まじい偉業であるのかを知悉していた。
「アンタが依頼を受ける時に、ちらっと冒険者証を視ていたが
記載されていた冒険点は十九……第二等級だったのなら
確実に一点以上は加算されて晴れて第一等級に昇格している筈だろ」
冒険者統括機構の査定による上位層である第一等級の条件は、冒険点が二十に到達することである。
「ふん、兄ちゃんは随分と抜け目ないな……だが、こいつは特別なんだよ」
洗い場での作業が一段落したのか、店主が会話に割って入る。
「冒険者証を見せてやりな」
「ん、私のはこれだよ!」
言われた通りに差し出されたアルビトラのボロボロの冒険者証には、確かに冒険点の欄に「 十九」と記載されており、青年商人の疑問は尤もだった。
「ま、これだけ使い古してちゃあ仕方ねぇか……磨いてやるから貸してみな」
何やら研磨剤や、独特の布のような物を取り出しながら要求する店主。
特に抵抗する素振りもなくアルビトラが手渡すと、それ等の道具を駆使して彼女の冒険者証をピカピカになるまで磨き始めたのである。
「そうか、冒険者証は特殊な素材で出来ているから
清掃するにしても専門の道具と技術が必要になるんだったな」
青年商人が感心したように店主の手付きを眺めていると、ボロボロに薄汚れていた物体が段々と元の輝きを取り戻し始めていく。
「……ほう」
年季を経た冒険者証が本来の姿を現した瞬間、店主は感嘆とした声を挙げた。
古くからアルビトラを知る彼ですらも、この状態で検めるのは初となるのだ。
「出来たぞ! これからは定期的に支部の連中に磨いてもらうようにするんだな」
「はーい!」
まるで数十年分の汚れが落ちたかのような自分の冒険者証を見て、にっこりと笑顔を浮かべながら受け取った。
「な、なん……だと?」
一方で、一部読めなくなっていた記載内容が明らかったとなったことで、青年商人は大きく口を開けて盛大に驚愕することになる。
何故ならば、冒険点の欄の左端に「二」の文字が現れていたからである。
つまり"春風"のアルビトラの真の冒険点は……二百十九。
ニ十点で第一等級の冒険者として認知されるのだから、この値が如何に常軌を逸しているのかは語るまでもなかった。
「二百十九……こんな値の冒険点、見たこと無いぞ。
何かの間違いじゃあないのか!?」
「驚くのも無理はないな。
俺も百は越えてるとは思っていたが……まさか二百以上だったとはな。
これも年季の成せる業ってやつか」
「僕の現役時代の相棒もかなりのものだったけど、それでも五十八点くらいだ!
今なら もう少し加算されているとは思うが……」
「いやいや、五十八点なら そいつも相当の化け物だぞ?
国家を救った大英雄サマですら五十点に届くかどうかなんだ。
兄ちゃん……今更だがアンタこそ何者だよ」
そんな店主の言葉は、動揺の極みにある青年商人には届かなかった。
なおアルビトラ本人はこの手のやり取りにはすっかり慣れてしまっているのか、そもそも興味が無いのか、「わー、綺麗になったねぃ!」などとピカピカになった自分の冒険者証を満足そうな笑顔で何度も眺めていたという。
「ふぅ……つい取り乱してしまった。
だが、ここまで規格外の冒険者だっていうのなら
アンタが腰に佩いてる、その見事な粋然刀にも納得できるな」
「ほよ? この子のこと?」
冷静さを取り戻した青年商人から急に愛用の武器について話を振られたので、思わず顔を合わせながら『霊刀アガネソーラ』の鞘を握り締めてみせた。
「そうだ! 粋然刀ってだけでも珍しいのに
アンタが持っている物は更に特異な逸品である気がしてね。
実は最初に見掛けた頃より、ずっと気になっていたんだ」
商人特有の珍品に対する興味本位を前面に出し、それまでの佇まいとは打って変わって双眸を炯々と燈らせていた。
「んー、たしかにちょっと変わった武器だとは思うけどねぃ」
「もし良ければ僕に譲ってはくれないか? 言い値で買……」
「それは絶対にダメー!
これからもずっと、この子と旅するって決めてるもん」
アルビトラにしては珍しく、明確な拒絶の意志を示す。
彼女にとっては自身の出自を辿るための唯一といって良い手掛かりなのだから、当然の反応といえるだろう。
「むぅ、そう簡単には行かない……か。
惜しいな、もっとじっくり視ていたい……」
「兄ちゃんはずっと、その武器のことも話してたもんなぁ」
数分の間、独りで勝手に唸ったり悩んだりしていた青年商人であったが、何やら妙案でも思い付いたのか、改めてアルビトラの方を見据えて来た。
「……良し、じゃあこうしよう!
僕はこれからロンデルバルク王国の王都まで商品の仕入れをしに行く。
その専属護衛としてアンタを雇う、直接指名の冒険依頼を出すぞ!」
「はえー」
「そうすれば護衛として雇っている間、魔物や野盗に襲われた時なんかに
その粋然刀を振るって戦うアンタをじっくりと観察できるからな」
「……おいおい、二つ名持ちの直接雇用は洒落にならない額になるぞ?」
「ここ数日の間 密かに考えていたことだ。
それだけの価値があると僕は思っているし、僕の好奇心が訴えているんだ。
依頼者用の記述書も既に書いておいた!」
「ん、まあ……次の予定は特にないし、私は別にいいよー」
「ふふん、決まりだな!
僕はヴィルツ……ヴィルツ・ウォーラフだ。
察しの通り、キーリメルベス連邦のマッキリーから来た旅の商人さ」
「長いこと店をやってるが、こんな奴も居るんだなぁ……」
事前に用意していたという依頼書を窓口代行の店主へと手渡しながら、青年商人改めヴィルツ・ウォーラフなる男が己の名を堂々と告げる。
流石にこの流れは想定していなかったのか店主は少しだけ渋い顔をしたものの、直ぐに書面を一通り確認した後に然るべき手続きを行ってくれた。
「アルビトラだよ、依頼はこの場で受けるから よろしくねぃ。
王都だったら、こことは違うおいしいものがいっぱいありそうで楽しみだよ」
革鞄より冊子を取り出し、早速ながらヴィルツのことを記述していく。
そうして流れるような勢いでアルビトラの次の旅の目的地が決まった。
この新たな出会いも、数日後には冒険譚へと昇華していくことになるのだろう。
いずれにせよ当面の間は彼女の歩みが途絶えることだけは、ない。
目的地すら分からない旅路なれど、足跡だけは常世に刻まれ続けていく。
歩み続ければ、彼女の出自や白紙化する現象への解を得られる日もやって来る。
傷も、痛みも、悲しみも、すべて白紙に捲き戻る。
その足跡は、まるで春風のように軽やかだった――
【 第一話『何者にもなれなかった女冒険者』 了 】
・第1話の10節目をお読みください、ここまで誠にありがとうございました。
これにてアルビトラの旅路の第1幕が閉幕となります。
とはいえ、まだまだ路は続いて行きますので、どうかお楽しみに。
・さて、来月からはまた本編の方の更新に専念する予定をしております。
本編の方が一区切りしましたら外伝を更新していきますので、
気長にお待ちいただければ幸いでございます。
※余力があれば、近いうちに第1話の用語集的なものを追記するかもしれません
・第2話、第3話の構成は既に考えてあって、書きたいこともまだまだあります。
第1話では明かせていないことも山程ありますからね!
・重ねてここまで読んでくださった方々に心よりお礼申し上げます!
本編でもアルビトラは登場しますので、良ければご覧ください。
それでは、また外伝 第2話でお会いしましょう。
もし良ければブックマーク、高評価、感想などをお待ちしております!
◆人物紹介
・ヴィルツ・ウォーラフ ※画像は第1話の5年後くらいの姿です
・『キーリメルベス連邦』勢力圏内のシルベール領国の出身。
現在はマッキリー連合国にて新居を構えていますが新妻に丸投げして出張中。
・"北方の勇者"の二つ名を持つ冒険者の元相棒で、
現在は商人としての新たな路を歩み始めました。




