何者にもなれなかった女冒険者(1)
・本編の合間に、短期集中で更新していく予定です。
どうぞ気軽にお付き合いください。
・なお本編とは独立した物語ですので、
未読の方でも問題なくお楽しみいただけます。
「おいおいおい、何の冗談だよ?
お前みたいな万年底辺冒険者が、こんな高ランクの依頼を受けるのかぁ?」
「ギャハハハ! もう若くもねえ 三十路手前のババアがよ!
夢を追い駆けるような年齢でもないくせに、身の程を弁えやがれ!」
旅籠屋内の酒場の一角。隅に設けられた席に一人で座っていた女冒険者の傍で、ガラの悪そうな同業者の男達が好き放題に汚い言葉を吐き出していた。
かなり酔いが回っているらしく、普段のなけなしの理性すら残っていない。
「いい加減に引退しろよババア! お前みたいな奴が居ると酒が不味くなるぜ」
「まあ今更、冒険者を辞めたところでまともに稼げるとは思えないけどなぁ。
身体を売れるような歳でもねぇだろうし、さっさと首でも吊っちまいな」
「…………」
散々な言われようではあるが、女冒険者は一切 言い返すこともなく震えながら俯き、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。
「(どうしていつも こんな目に……でも反論したらもっと酷いことに……)」
「……聞いてんのかよ、おい!!」
ダ ン ッ !!
「ひィッ!?」
余りにも反応が無いものだから苛立ちを募らせた男が拳でテーブルを激しく打ちのめした。思わず女冒険者は短い悲鳴を挙げて肩を震わせてしまった。
「けっ、この程度でビビってんじゃねーよ」
「もう行こうぜ、こんな奴に関わっても仕方ないぜ。
身の丈に合わねぇ依頼を受けて勝手に死んじまいな!!」
呆れ果てた男達は、言いたいだけ言ってからそのまま別の席へと移っていった。
「……はぁ」
最後まで何も言い返せなかった彼女は、席に座ったまま深い溜息を零すのみ。
その視線の先には男達に絡まれる原因となった、ある一枚の冒険依頼書が置かれている。これから、この依頼を受けるかどうか検討していたところだったのだ。
依頼書の内容を要約すると以下の通りであった。
エスブルト共和国とロンデルバルク王国の国境付近にて謎の錬成像が徘徊するようになり、多くの商隊や警備兵が被害に遭うようになった。
錬成像は複数体が確認されており、倒しても倒しても一向に数が減らないどころか、むしろ増え続ける一方だ。
この錬成像の生産元を突き止め、元凶と思しき錬金術師を討伐せよ。
依頼達成時の報酬額は二十万デルミス。
冒険者統括機構による難易度評定は、上から三番目である「閃陽」。
依頼を受けるなら第二等級以上の冒険者であることが推奨される。
デルミスとは、上記の二つの国を含む複数国が加盟している『デルク同盟』という連合体で採用された共通貨幣である。
一般庶民の年収が凡そ三万デルミスであることを考えれば、二十万デルミスという金額が如何に破格の報酬であるのかは容易に想像できることだろう。
当然ながら依頼の難易度も相応に高く評定されており、この見すぼらしい女冒険者が達成できるとは思えなかった。
同業者の男達が彼女を散々に罵倒していたのも当然の話である。正に、身の程を弁えろ……というやつだ。
「…………」
それでも彼女はテーブルの上に置いた冒険依頼書をじっと見詰めていた。
もう後がない……どんよりとした暗い雰囲気を身に纏わせながら。
そんな一連の騒動をカウンター席より眺めていた他の客が、酒場の主人と思しき中年の男性に話を振った。
「あの女冒険者、言われ放題だったが何者なんだい?」
「ああ、奴は十年くらい前からこの辺で活動している、それなりの古株さ。
昔は多少は名の知れた冒険者ギルドに所属していたんだがなぁ……」
彼女の素性を知っていると思しき酒場の主人は、何やら言葉の節を濁しながら注文通りの酒を用意して木盃を注いでいた。
「……十年も冒険者をやっている割には、ロクな装備を持っていないようだが?」
女冒険者の身形は、所々が破れかけた粗末な革鎧の上に中古品と思しき金属製の胴鎧を着用しており、腰に帯びた片手剣は如何にも大量生産された代物。
そして女性の体格でも扱い易そうな小さな盾と、雑嚢鞄を下げている程度だ。
駆け出しの冒険者に毛が生えた程度の井出立ちであった。
「(特にあの剣、手入れはしているようだが……あまり良くない使い方だな)」
「何年か前に大きな冒険依頼を失敗した上に所属ギルドが壊滅したんだよ。
あいつ一人を除いた仲間全員が死んじまって、そこから先は転落する一方だ。
おまけに後遺症の治療のために借金地獄……そりゃ覇気も無くなるわな」
「そいつはまた、随分と難儀なことで」
カウンター席に座る客……羽振りの良さそうな青年商人は、差し出された木盃を手に取って葡萄酒を一口だけ味わった。
「再起を図って新たなギルドを結成したり、中途編入したりもしたようだが
決まってあいつ以外の悉くが冒険中に命を落とすもんだから
今じゃ誰も協力してくれなくなって単独活動専門になっちまったよ」
「……単独活動専門の冒険者に熟せる依頼なんて多寡が知れている。
精々が小型の魔物退治だの、薬草などの素材の採取だのってところだな。
そりゃ借金返済も進まないだろうし、あんな武器しか持てないのも頷ける」
男性の商人は鋭い眼光で女冒険者が身に纏う装備の一つ一つを注視し、正確な検分を進めていく。どうやら彼の鑑定眼は確かなものであるらしい。
「あの分では、いよいよ首が回らなくなって来たんだろうな。
一か八かの大勝負で高難易度の依頼に手を出そうとしているってところか」
「ま、他にもおっぴらに出来ない事情があるのかもしれねぇが
兄ちゃんも あの女には自分から近寄らないほうが良いぜ、不運が移るからな」
「それを決めるのは僕じゃなくて、彼女の運命と意思次第だよ」
「(……ここで動けなかったら今までの全てが無意味なる、それだけは駄目!)」
しばらく依頼書を見詰めていた女冒険者は意を決して席から立ち上がろうと左足に重心を懸けて、右脇腹を庇いながらゆっくりと身を起こした。
「……よし、決めた」
悩んでいても埒が明かない。たとえ達成する見込みがなくても一発逆転に懸けるしかないのだ。店主が話していたように借金地獄の中をみじめに生きる彼女には、もう後が残されていない。
それに、この大量の錬金像が暴れ回るという事件に関しては少なからず心当たりがあった。だからこそ無理を承知で受けたいと思ったのだ。
「なんだ? やっと注文する気になったのか?
お前さんの懐具合じゃ難しいと思うが、たまには水以外の物も頼んでくれ」
「いえ、この依頼の受諾を……」
女冒険者がカウンター席まで近寄り、おどおどした瞳で厳つい店主を見詰めながら依頼書を差し出した。
こういった元冒険者が切り盛りしている旅籠屋は、得てして冒険者統括機構と提携していることが多く、冒険依頼の窓口の代理も兼ねているのである。
「はぁ……依頼者に書かれている注意書きは読んだのか?
推奨は第二等級以上の冒険者だ! お前さんの冒険点を言ってみろ」
「……八、です」
冒険点とは、冒険者の実績に応じて加算される位階のようなものである。
依頼を達成する毎に冒険者統括機構が査定を行い、一定条件を満たしていると判断されれば点数が上昇していくという仕組み。
そしてこの冒険点の値に応じて等級が定められるのである。
第二等級ならば十五点といった具合であり、彼女の八点は第四等級に位置する。
依頼書に書かれている推奨条件には程遠かった。
「話にならんな。そんな貧弱な装備で、仲間も居ない。
お前さんにこの依頼は無理だ! 自分から死にに行くようなもんだぞ?」
「それでも……受けないといけない、です」
この覇気を失った女冒険者にしては珍しく食い下がる。
生活資金のこともあるが、何よりも彼女はこの事件そのものに対して強く拘泥しているようであった。
「(錬成像というのは、錬金術によって造られる作業用の絡繰りだ)
(だったら当然、この事件の首謀者は錬金術師ということになるが……)
(彼女はその首謀者と何かしら関わりでもあるのかな?)」
女冒険者と店主のやり取りを傍で聞いていた青年商人は、ちびちびと葡萄酒を口にしながら間近で彼女のことを観察していた。
暴言を吐く酔客にすら震えて縮こまっていた彼女がここまで食い下がるのだから只ならぬ事情が絡んでいるのだろう。
「そんなに金が必要なら、もう少し身の丈にあった依頼を選んだらどうだ?」
「それじゃダメなんです。私が冒険できるのは、あと一回くらいだから。
この依頼を受けて……せめてこの錬成像だけでも停めないといけないから!」
「……昔の依頼で死んじまった仲間や、学院時代のことを引き摺ってんのかよ」
その後も店主の判断に対して女冒険者は抗い続け、カウンター席の前で延々と押し問答を繰り返す。
やがて両者のやり取りは酒場に居た他の客達の注目の的になっていき、次第に騒ぎを聞きつけた者達による野次が飛んで来るようになった。
「さっきから五月蠅ぇと思ってたら、あいつが喚いてんのか……珍しい」
「ちょっと可哀そうな気もするけどね~。まあ手を貸してやろうにも
僕はもう半年単位で別の子とパーティを組む契約をしてるから無理かな」
「げぇっ、その錬成像の依頼 俺も受けようとしていた所なんだよな」
次第に店主側の言い分が正しい。女冒険者にこの依頼を受けてほしくない。という野次が大半を占めるようになり、いよいよ彼女の心が折れかけた。
なお冒険者統括機構の建物内や、こういった旅籠屋の酒場で正式な手続きをせずに依頼内容に着手した場合、後で軽くない罰則が与えられることが常である。
最悪の場合は冒険者の資格を剥奪されてしまうことも有り得るのだ。
「あんな不運を振り撒くだけの女まで参画してきたら
私達まで全滅しちまうじゃない。引っ込んでろっての!」
「十年も冒険者やってて自分の適性すら分からないのなら本当に終わってるぜ。
センスねーよ。そりゃどんどん落ちぶれるのも当然だ」
彼等が忌避するのも無理はない。
この女冒険者のような経歴の持ち主は見ているだけで縁起が悪くなる疫病神のような扱いであり、冒険者という生き物は殊更に縁起というものを気にするのだ。
「……うぅ」
次第に野次は罵倒に代わり、いよいよ彼女は窮地に立たされる。
「(さて、どうしたものかな……こんな雰囲気になってしまえば)
(彼女はもう、この辺りで活動することすら難しくなるんじゃないか?)」
木杯が空になるまでの間、青年商人はじっくりと観察を続けた。
助ける気もなければ、義理もない。それが世の常だ。
「(冒険者は自由身分と云われているが、実のところ横の繋がりが重要な稼業)
(自由ということは、全ての責任と自衛を担わなければならない……)
(苦難に陥った際に頼れるのは自分自身の力か、懇意にしている者だけだ)」
故に、職業柄それ以外の者に対しては常に警戒しなければならない。
同業者から煙たがられる者は余程の実力か資金がない限り孤立を深める一方で、行く先々で様々な妨害や嫌がらせを受けることになるのである。
眼前の女冒険者も、このままでは遠からずそうなっていくように思えた。
「こんにちわー!」
その時、場違いな程にあっけらかんとした女性の声が店内に響き渡った。
入り口の扉が開き、新たな客が旅籠屋内の酒場に来店したのである。
「このお店に立ち寄るのも久しぶりだねぃ」
見た目で判別するのなら十七歳前後の少女といった風貌。
頭の上に突き出た二つの銀色の狐耳と、青い長羽織の背面より外部に出された狐尾からは彼女が純人種ではなく、狐人と呼ばれている獣人の一種であることが見て取れる。
そして奇妙な形状の刀剣を佩いており、長旅でくたくたになった装束からして、彼女もまた冒険者稼業に身を窶す者であることを物語っていた。
「なんだなんだ、見かけない奴が入ってきたぜ」
「団体じゃなくて一人かよ。
アイツもそこの冴えないババァと同じ単独活動専門ってか?」
「いや、待て。銀髪の狐人といったら、あの"春風"じゃないのか」
「え、嘘だろ? なんで二つ名持ちの冒険者がこんな辺鄙な店に……」
店内に屯していた冒険者達の視線が一挙に集まり、口々に野次が飛び交う。
その井出立ちを見て、早くも何者であるのか見当が付いた者も居るようだ。
なお二つ名持ちとは、最上位の限られた冒険者のみに与えられる称号のようなものだが、その多くは大規模な冒険者ギルドに所属しているのが常である。
「(あの紐で吊るしてある奇妙な刀剣……相当な業物だな)
(初めて見る顔だが、そこいらの冒険者とは一線を画す人物と見た)」
入店した者の装備品や足運びを目敏く観察していた青年商人は一目で彼女が只者ではないことを見抜いていた。
「おじさーん! 前によく注文してたやつって、まだあるー?」
「おう! 何年ぶりだよ、相変わらず全く変わってねぇな。
勿論 ちゃんとアンタのボトルは取ってあるから、少し待ってな」
長旅の疲れなど一切感じさせない、元気いっぱいな笑顔を浮かべて店主が立つカウンター席の近くまで距離を詰めると、店主は僅かに懐かしむ素振りを見せた後に冴えない女冒険者の相手を中断して新たな客のオーダーを受けることにした。
酒類が納めてある棚の奥に置かれていたボトルを取り出し、軽く埃を振り払ってからカウンターの上にドンッと置く。瓶と同じ透明の液体が半分ほど残っていた。
その液体を徐に木盃に注ぎ、続いて新鮮なミルクを足して掻き混ぜて真白になったものを狐人の冒険者の眼前に差し出した。
「ほらよ! こんなのを飲むのは、ここいらじゃアンタくらいなもんだ。
あとツマミはちょっと待っててくや、冒険依頼のやり取りの最中なんでな」
「わーい、ありがとう! のんびり待ってるから気にしなくていいよぅ」
ミルクで割った液体を受け取り、おいしそうに口に含んで喉を潤し始めた。
木盃からは仄かに甘い植物の香りが漂っているが、それ以上に酒精の香りが印象深く、それなりに強い酒であることが伺えた。
「あ、それ……コルキオですよね?
ここから、ずっと南の方の国で造られている珍しいお酒……だったかと」
真白な液体の入った木盃を傍で見詰めながら、女冒険者がぼそっと呟いた。
「お姉さん、このお酒のこと知ってるの? 物知りだね!」
「こいつは学だけは有りやがるからな。冒険者としちゃカラっきしなのによ」
「うぅ……」
店主に言われて、すぐに口籠ってしまった。
コルキオとは、大陸南部に自生する黒くて分厚い殻に包まれた丸い果実であり、可食部は真白。その果汁を醗酵して蒸留させることで独特の酒が出来上がる。
しかし、この酒場を内包する旅籠屋が建っているのは大陸東部の大国の一つであるエスブルト共和国の国境沿い。故に、コルキオの酒を知る者はあまり多くない。
「(珍品扱いとはいえ国境沿いの僻地にまで、そんな酒が回って来るなんて)
(流石は大国の名に恥じぬ流通網が築かれているということか)
(それを一目で判別した、あの女冒険者の知識量も中々のようだが)」
店主達のやり取りを横目で眺め続ける青年商人は密かに彼女のことを評価したものの会話に混ざる気は一切ない様子であった。
「で、話を再開させてもらうがな。
この錬成像絡みの事件は確実に首謀者を潰さないと何度だって再発する。
周りの連中も言っていたように、お前さんが参画しても足を引っ張るだけだ。
それで首謀者に逃げられちまったらお仕舞だろ? 何年か前の時みたいにな」
「こ、今度は……あの時みたいなことは、絶対しません。
あれから少しずつ、地道に錬成像対策を準備してきました」
新たに来店した狐人から女冒険者の方へ視線と言葉を戻しながら忠告を発した店主に対して、まだまだ怖気付いてはいるものの女冒険者のほうも必死に食い下がろうとした。
どうやら無策で高ランクの依頼に挑もうとしているわけではなさそうだが、それでも彼女の実力では他の冒険者達の害に成る可能性は依然として高い。
「対策ねぇ? 金欠のくせに、そんなもんになけなしの金をつぎ込んでたのか。
馬鹿な奴だぜ、普通は自分のことに使うのが最優先だろうに。
せめて お前さんを補佐する仲間の一人でも雇ってからにするんだな」
「……そんなお金はありません」
依頼書を握り締めながら その場で俯く。やはり彼女は八方塞がりだ。
「んー……、お姉さんはその依頼を受けるつもりなの?」
コルキオ酒のミルク割りを飲みながら二人の会話を隣で聞いていた狐人の冒険者が、椅子から少し身を乗り出しながら興味本位で尋ねてきた。
「はい、報酬の高さが魅力的なことも理由の一つですが
何よりも、この事件の首謀者に心当たりがありまして……。
危険なことは分かってますけど、どうしてもこの手で解決したいんです」
「何度も言うがお前さんじゃ自殺しに行くようなもんだ、諦めな」
店主の打倒な意見に、周囲で野次を飛ばしていた他の冒険者達も皆、一様にして頷くばかり。
「そうだねぃ、たしかに依頼書に書かれている内容と
お姉さんの強さだと、かなり不釣り合いだと思うよ?
それに、そのお腹と太腿の感じだと遠出するのも大変なんじゃない?」
「……っ!」
狐人の黄金色の双眸が、女冒険者の右脇腹を突き刺すように見詰めた。
独特の間延びした口調や振舞いからは、どこか朗らかで自由奔放な印象を与える人物なれど、二つ名持ちというだけのことはあり確かな洞察力を有している。
「それから、お姉さんの武器……そっちに置いてる片手剣。
柄巻の小指を添える部分だけ、あんまり擦り切れてないよね。
もう長いこと、まともに武器を振るえてないんじゃないのかな? かな?」
更なる質問を受けて女冒険者は顔面蒼白となった。
次いで店主も、件の柄巻を見据えて渋いを顔を浮かべた。
「おいおい、そこまでお前さんの怪我は酷くなってたのかよ。
武器も振れないってなりゃあ冒険者資格を剥奪されるぜ!」
「うっ、まだ大丈夫です! 大丈夫ですから、せめてこの依頼だけは……」
身体を震わせながら必死に訴える。それほどまでにこの事件と依頼は彼女にとって重大なことなのだろう。それは店主にも充分に伝わっている。
「お姉さんの今の状態でこの依頼を受ければ、十中八九 命を落とすと思うよ?
それでもやりたいって言うの?」
「は、はい! 理由は……言えませんけど、
私がこの事件を起こしている錬成像を停めないといけないんです!
だから、危険なのは承知の上で依頼を受けたいんです!」
「ふーん、そうなんだ。なんだか大変そうな事情がありそうだねぃ」
必死に訴える女冒険者を後目に、狐人は終始のんびりとした雰囲気を醸し出したまま木盃に注がれた液体を飲み干していく。
「もしも、このまま何もせずに目を逸らし続けていたら
今日まで生き永らえてきた意味が、全部なくなっちゃうんです。
私が歩んで来た道程も、私のために犠牲になった子達も……無意味になる」
「…………」
「依頼を受けることも、事件に挑むこともできないのなら
これ以上、生き続けても何にもならないから!!」
胸の奥底に潜めていた想いと言葉が溢れ、目には涙が滲み始めた。
大柄な男性の店主や、野次を飛ばす冒険者達の前では懸命に堪えていたものの、見た目だけでいえば自分よりも年下で、常にのんびりとした狐人の少女が相手だったので警戒心が緩み、溜め込んでいたものが不意に噴出し始めたのだろう。
そんな女冒険者の姿を見咎めた狐人は、木盃の中身を空にしてから改めて彼女の頭の天辺から爪先まで、じっくりと観察した。そして静かに立ち上がる。
「んー、生きた屍になっちゃうのは辛いからねぃ。
いいよ! お姉さんがそこまで覚悟してるっていうのなら私、協力しまーす!」
「ええっ!?」
右手を高らかに挙げて宣言した。
その瞬間、周囲の冒険者達が一斉にどよめき始める。
「嘘だろ? "春風"があのババアに手を貸すのか」
「くぅぅ……こうしちゃいられないね。
早く動き出さないと二つ名持ちに報酬を全部掻っ攫われちまうよ」
「ははは、こいつは面白いことになってきたな!」
そんな彼等と同じく、店主や青年商人も大いに驚いていた。
「正気かよ、アンタも物好きな女だな」
「えへへー、こういうのを見て見ぬふりは出来ないんだよ。
そんなわけで、おじさん! 私がいれば一緒に受けられるよね?」
照れたような仕草をしながら自分の冒険者証を店主に差し出す。
女冒険者は、それを横目でちらりと伺った。
登録名は『アルビトラ』、獲得した冒険点の欄には 十九と記載されていた。
二十点に達すれば第一等級の冒険者として認められるので、十九点であるならば第二等級の上澄みであり充分な強者と呼べるだろう。
「(こんなにボロボロな冒険者証は初めて見たかもしれない)
(所々 文字が掠れていたり、色褪せていたりして読み辛くなっているし……)」
高位の冒険者ともなれば時には危険な場所を旅したり、強大な魔物と戦ったりもするのだろう。自分とはまるで異なる世界に生きる強者の証のように感じた。
「ふん、二つ名持ちが面倒を見るっていうのなら文句を言う奴は居ないわな。
手続きはこっちでやっておく……まあ、最後に精々 頑張りな」
溜息を吐きながら女冒険者が持っていた依頼書を引ったくり、その場で依頼受諾の代行者として必要な筆記を済ませてくれた。
後はこの店主が冒険者統括機構の支部に連絡すれば、女冒険者と狐人……アルビトラは正式にこの依頼内容に着手する権利を得られるという運びである。
「あの……有難うございます、まさかこんな風になるなんて」
「いいんだよー、こういうのも旅の醍醐味だしね!
アドリブ大歓迎! その場の勢いと直感で動くのも楽しいんだよ」
元気よく両手を挙げて、にっこり微笑みながら答えた後に左掌を差し出した。
「じゃあ、改めまして! 私はアルビトラだよ。よろしくねぃ」
「よ、よろしく お願いします」
女冒険者のほうも左掌を差し出して、自然な流れで握手を交わした。
こうして二人の冒険者は偶然の出会いを経てパーティを組み、国境付近を騒がす難事件に挑むことになるのであった。
「片や廃業寸前の冴えない冒険者、片や二つ名持ちの実力者……か。
全てが片付いた後でなら、中々 面白そうな話が聞けそうだ」
彼女達のやり取りの一部始終を見届けた青年商人は、傍観者としての期待を込めて独りでそっと嘯いた。
・この度は、第1話の1節目をお読みくださり誠にありがとうございました。
・第1話の舞台となりますのは、大陸東部に位置するエスブルト共和国と
ロンデルバルク王国という大国間の国境沿い。
如何なる事件が起こっているのか、アルビトラの活躍をこうご期待ください!
・次回投稿予定は1/4もしくは1/5となります。
・もし良ければブックマーク登録や、下の評価欄でご評価をいただければ
今後の励みとなりますので是非よろしくお願いいたします!
・そして本編のほうにもご興味を持って頂けましたら、こちらからご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n1862kh/
◆人物紹介
・狐人の冒険者アルビトラ
・"春風"の二つ名を持つ最上位の冒険者にして、本作の主人公です。
天真爛漫で細かいことは気にしない、ですが時折 鋭い感性で周囲を翻弄します。
・とても長い年月を冒険者として活動しているだけのことはあり
戦闘面や、直感を活かした探索で特に実力を発揮します。
◆舞台紹介
・"豊穣の大陸"ラナリキリュート
・東西南北中央の各地で、それぞれ異なる文化圏を形成している豊かな大陸です。
・第1話の舞台は『デルク同盟』勢力に属するエスブルト共和国。
画像の右端をご参照いただければ、だいたいの位置が判別できるかと思います。
※上記の二種類の画像は作者が自分で描いたものでございます。
二次利用などはどうかお控え下さい。




