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戦場への入学

国家対魔戦術学校――入学式。


指定された日時と場所は、東京近郊の山間部にある巨大な施設だった。

地上から見えるのは、無機質なコンクリート造りの建物と広大なグラウンド。

地面や壁に刻まれた魔法陣や無数の線がなければ、どこにでもある学校施設のようにも見える佇まいだった。


瑛慈は、指定された制服に身を包み、正門をくぐる。

胸元には、見慣れない校章が光っていた。

制服といっても、スーツに近いデザインだが、この歳になってまで制服を着ることに、どこか恥ずかしさを覚える。


構内は、異様なほど静かだった。

私語を交わす者はほとんどいない。

ただ、互いを測るような視線だけが、無言で行き交っている。


案内に従い、瑛慈たちは巨大な体育館のような場所へと通された。

かつて通っていた学校の体育館を思わせる作りに、一瞬だけ懐かしさが胸をかすめる。


並べられた座席に、百人にも満たない新入生が整列していく。

年齢も性別もばらばらだ。

制服が自然に馴染んでいる者もいれば、どこか浮いている者もいる。


――俺も、その一人だ。


瑛慈は背筋を伸ばし、前方を見据えた。

ほどなくして、壇上に数名の人物が現れる。

白髪の外套を纏った老人、黒スーツの特異事象対策室の幹部、白衣の研究員。

かつて見てきた入学式とは似ても似つかない光景だった。


「では校長、挨拶を」


白髪の老人が一歩前に出ると、マイクの前に立つ。

照明に照らされた白髪が淡く輝き、会場は静寂が広がった。

その視線には、覚悟を量るような鋭さがあった。


「新入生諸君。国家対魔戦術学校へようこそ」


拍手は、なかった。


「校長の清玄寺道幻です。

まず初めに、ここに集まったすべての人間に敬意を表したい」


ゆっくりと一語一語、言葉を選ぶように続ける。


「年齢も、性別も、職業も、過ごしてきた人生も違う。

それでも、諸君は未知に向き合う覚悟を選んだ」


校長の声は淡々としているが、重みがあった。


「ご存じのとおり、魔王は日本で復活した。

だが、魔王災害はこの国だけにとどまらなかった。

魔王の出現とほぼ同時に、世界各地で魔物が出現し、人々を襲い、街を破壊した」


ざわめきが広がる。

魔王災害が、日本だけの出来事ではなかったことを、初めて知る者も多い。


「その事態を受け、国際特異事象対策機構——IACO(イアコ)は、数百年にわたって秘匿してきた魔物および魔法の存在を、世界へ公表した。

隠し続けることでしか保てなかった安全は、もはや意味を失ったのだ」


 校長の目は、あの日を思い返すように細められていた。


「日本は、魔王復活の地であり、最前線だ。

ゆえに政府は、国際機関の支援を受け、世界で初めて魔王討伐に備えるための特別教育機関——本校《国家対魔戦術学校》を設立した」


その言葉に、場内の空気がはっきりと変わった。


「我々が教えるのは、魔物と戦う術。

魔法を扱う知識、自分の生命を守る方法、そして……恐怖に負けずに立ち向かう心だ」


声に、わずかな力がこもる。


「ここで必要なのものはただ一つ。

戦う意志、そして生き抜く覚悟だけだ」


一拍、間を置いて言葉を続けた。


「だが、その先に待つのは、栄光ではなく――

死の可能性です」


視線を壇上から会場全体へと流し、それぞれの胸に問いかけるように言った。


「諸君がここに来た理由はさまざまだろう。

家族を失った者。

真実を知りたいと足を踏み入れた者。

逃げたままでは終われないと決意した者。

未来を守りたいと願った者。

…そのすべてが、正しい」


瑛慈の胸が、微かに熱を帯びた。


「だが、入学を後悔している者もいるだろう。

今なら、まだ引き返せる」


会場後方の扉が、ゆっくりと開いた。

外の光が、一本の線となって床を照らす。


「あの扉を出れば、一般人としての生活に戻れる。

我々は、追わない。責めもしない」


会場は沈黙に包まれた。

誰一人、立ち上がらない。

清玄寺校長の視線が、全体をゆっくりとなぞる。

そして、深く、静かに頭を下げる。


「諸君の入学を歓迎する。

ようこそ……世界の未来を担う勇者候補生諸君」


拍手は起こらなかった。

誰もがその言葉の意味と重さを、噛み締めていた。


入学式は、それで終わりだった。


拍手も、校歌もない。

あるのは、静かな現実だけ。

瑛慈は、胸元の校章に触れた。

冷たいはずの金属が、今はわずかに温かい。


もう、あのなんとなく生きてきた平凡な日々には戻れない。

それでも。

俺は進むと決めたんだ。


瑛慈は前を向いた。

ここが、日常の終わりであり、戦場への入口なのだから。



その後、新入生たちはそれぞれの教室へと移動した。

A組・B組・C組の教室があった。

廊下には新入生が溢れ、その中をかいくぐって瑛慈はA組の教室へと向かった。

扉には座席表が貼られており、瑛慈は真ん中の列、後ろの席だった。

すでに席に着いている者もちらほらとおり、瑛慈は後ろから眺めていた。

その中の一人に目が止まった。

瑛慈の席の斜め左前、その席に座る髪の長い一人の女性。

どこかで見覚えがあった。

背もたれに預けられた身体の、その背中を覆うように、黒髪が静かに垂れている。

腰を越え、椅子の縁に触れ、さらにその下まで伸びる髪。

顔ははっきりとは見えない。

しかし、斜め後ろから見える肩口にかかる長い髪、そこから覗く横顔の輪郭のごく一部。それだけなのに、胸の奥がざわついた。

確信はなかった。ただ、心臓の鼓動が一拍、遅れて跳ねた。

その瞬間に、もう答えは出ていたのだと思う。

顔を見なくても、人は気付いてしまうのだと、その背中が教えていた。


「…………エレーナ?」


声が漏れていた。

数カ月しか経っていないから、見間違える訳がない。

まさかと思った。

勇者を育成する対魔戦術学校にいるなんて。


彼女がゆっくりと振り向いた。

すっと通った鼻筋と均整の取れた輪郭は彫刻のように端正で、澄んだ翠眼の瞳が異国の気配を漂わせている。見る者に綺麗という言葉以上の余白を残す顔だった。


「やぁ、天満瑛慈。久しぶりだね」


懐かしい笑顔と声。

もう遠い存在になってしまった彼女が目の前にいる。

思わず涙が零れそうになった。


「本当に君は、不破エ………」


瑛慈が話し終える前に、教室の扉が勢いよく開かれ、誰かが入ってきた。

いつの間にか、新入生全員が席に着いていた。


「全員揃ってるな?」


教室を見回し、そう口にしたのは大柄の男だった。

瑛慈を助けた特事室の班長と呼ばれていた男だったのだ。


「私はこのクラスの担任になった真柄伊吹だ」


エレーナは真柄の方へと向いてしまっていた。

本当はもっと話したいことがある。伝えたいことがある。溢れそうな想いは胸にしまい、瑛慈は真柄の方へ向いた。


「早速だが、このまま授業に入る。まずは魔王、そして魔物について説明する」


各々、机の上に用意されていた教科書を開きはじめる。


「魔王の正体は定かではない。人間の憎悪や嫉妬、怨嗟といった負の感情の集合体が魂となり、人間に受肉した姿が魔王とされている。

その魂だけが何千、何百年と巡り、人に受肉することで生きながら得てきた。しかし、約450年前、ここ日本で封印することができた」


教室がざわつく。

「450年前って言うと…」


「そう、その時の受肉体は誰もが知る人物だ。奴は第六天魔王と自らを呼んでいた。だが奴は受肉する人間を間違えた。彼は魔王に抗い、配下に討たれることで、やっと封印することができたんだ」


「だが、その封印が何故か解けた…」


魔王について語る真柄の声は、瑛慈には届いていない。斜め前に座る不破エレナのことで頭がいっぱいだったのだ。


「次に、魔物についてだ。魔物はいわゆる妖怪や悪魔、UMA、伝説上の生き物とされているもののことをいう。通常は魔界で暮らしているが、こちらの世界に潜む魔物もいる。

だがあの日、魔王が扉を開いたことであらゆる魔物がこちらの世界に侵攻してきたのだ。

扉を作ることができるのは魔王、そして魔将と呼ばれる上位魔物だけだ。

しかし、各地には魔界へ通ずる扉が点在する。…神隠しの正体がそれだ。今は特事室が監視しているからその心配はないが…」


生徒が真柄に質問をした。


「魔将は、普通の魔物と何が違うんですか?」


「魔将は、高い知性を持ち、人間の言葉を話す。そして何体もの眷属、魔物を従え、圧倒的強さを誇る。だから、魔将の姿も名前も知るものは少ない。

魔王は世界の終焉、魔将は確実に死をもたらす存在なんだ」


上の空で聞いていたが、なにも知らなかったことが次々と明かされていく。


「戦い方もこれから教えていく。魔法で戦うのか、武器を使って戦うのか、君達の自分にあった戦闘スタイルを見つけろ。

言葉で教えるよりも実戦のほうが覚える。

次の時間はそれを教える。全員グラウンドに集合だ。

この時間の授業は終了だ」


終了のチャイムが鳴り響くと、号令もなく、真柄はさっさと教室を出ていった。

教室はざわつき始めた。

授業の内容が現実離れしすぎていて、これがファンタジーの中の話ではなく、現実に起こっているとは到底思えない。

しかし、瑛慈は彼女のことでいっぱいだった。


「あの…君は、不破エレナなのか?」


再び振り返った彼女は微笑んだ。

「さぁ、どうだろうな?

………彼の指示通りグラウンドに移動しようではないか」


彼女は瑛慈の質問には答えようとはせず、長い黒髪を翻し颯爽と出ていってしまった。

確かに、見た目も声も、俺が推していた不破エレナだ。

だが、違う。喋り方も雰囲気も不破エレナであって、不破エレナではない。

あの時の記憶を覚えていたとしても、彼女にとって俺はただの一ファンでしかなかったのだろうか…。

いつの間にか教室には誰もおらず、瑛慈一人だけ取り残されていた。

淋しさを振り払おうと、急いでグラウンドへと向かった。


彼女は、本当に“不破エレナ”なのか。

それとも……俺の知らない、何かになってしまったのか…。

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