表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

昨日までの現実が終わった日

目を閉じると、周囲の音がやけに鮮明に広がった。

街が崩れ落ちる轟音、人々の絶叫…。

そして、謎の生物たちの咆哮が、確実にこちらへ迫ってくる。


もう逃げる力は残っていなかった。

全てを諦め、ただ終わりを受け入れようとしたそのとき。


耳の奥に、かすかな声が落ちてきた。


「………こちら第三班。生存者発見。…これより魔物の殲滅に移る」


瑛慈は息を呑んだ。

ゆっくりと目を開ける。


月明かりを裂くように、四つの黒い影が上空から降下してきた。さっき見た謎の女性とは明らかに違う。

黒スーツ姿の男女。

一人は長い髪を束ね杖を持った女で、瑛慈の近くに着地した。

他の三人は謎の生物たちの方へと降り立った。

女は瑛慈に駆け寄り、手を伸ばす。

杖の先で魔法陣が展開し、淡い光の壁が瑛慈を包み込む。

温かい光が肌を撫で、恐怖を薄く溶かしていく。


「もう大丈夫。落ち着いて」

声は柔らかく、しかし目には戦場を読み切る鋭さが宿っていた。


「ちょっと!民間人の救出が優先でしょ!」

杖を持つ女は、謎の生物たちへと向かった三人に向けて叫んだ。

「そっちはお前に任せた。私達は魔物の殲滅に専念する」

「生存者一人なら君一人で十分守れるでしょ?」

「安全確保したら援護を頼むヨ」

女の言葉を気にもとめず、三人は散開した。


月光を反射するのは、背中の大剣、両手の拳銃、腰の日本刀。

どれも現実離れした存在感を放ち、彼らの動きは人間のそれを超えていた。


背中に大剣を背負った男が一歩踏み込むと、地面が爆ぜた。

彼が振り抜いた瞬間、音より先に衝撃が走り、謎の生物の身体が一瞬で切り裂かれ、宙へ吹き飛んだ。


両手に拳銃を持つ男は、流れるような動きで謎の生物たちの中央へ飛び込む。

銃声は乾いた破裂音ではなく、雷のような響き。さっきの警察官たちの拳銃とは明らかに違った。

放たれた弾丸が光の弾へと変わり、次々と謎の生物たちの身体を穿っていく。


腰に日本刀を差した男は、音もなく抜刀した。

刃が月光を受けて煌めき、次の瞬間には謎の生物たちの首や腕が宙を舞い、身体が静かに崩れ落ちた。

斬撃を見た覚えがない。ただ、風が走り、結果だけが残った。


瑛慈は震える声で呟く。

「……な、なにが起きてるんだ……?」


女は優しく微笑み、光の盾を強めながら、

「説明は後。…ただ一つ言えることは、この世界に魔王が復活してしまったということ」


戦いの音が、少しずつ遠ざかっていく。

ついさっきまで地獄のようだった景色から、徐々に静寂が戻っていった。



耳の奥では、まだ銃声と咆哮が反響している気がした。

だが実際には、街には静寂しかなかった。

さっきまで濁流のように押し寄せていた混乱は、嘘のように消えていた。


瑛慈は地面に手をつき、荒い息を繰り返していた。

視界が波打ち、光が滲む。足に力が入らない。

まるで体の中心から何か大きなものを抜き取られたような感覚…。


(……終わった。生きている……本当に?)


戦場の中心に立っていた大剣の男が、剣を軽い動作で背に収める。

そして、耳元の無線に手を当てた。

「こちら第三班、C地区の殲滅完了。生存者の保護を頼む」

『了解。第一班、第二班よりA・B地区の殲滅完了を確認。各班は待機』

「…それで、あの謎の魔法使いは?私達が到着したときには、もう姿がなかったが?」

『現在、魔王と交戦中の模様…』

「なら私達も援護に向かったほうが…」

『必要ない。そちらは封印班が向かっている。各班は周辺の警戒を』

「…了解した」


完全な静寂。

魔物の咆哮も、爆ぜるような戦闘音も、完全に消えた。

その静けさが、逆に耳に痛いほどだ。

大剣の男が無線で報告を終えると、振り返って短く告げる。


「ここの安全は確保された」


その言葉を聞いた瞬間――。

瑛慈の体から、力が一気に抜け落ちた。


光の障壁が音もなくふっと消えた。杖を持つ女が瑛慈のそばに膝をつく。

すぐ目の前で、彼女の声が柔らかく響いた。


「もう心配ない。……よく耐えたわ」


瑛慈は言葉を返そうと口を開いた。

しかし喉が震え、声にならない。

指先が痺れる。視界の端から暗闇がじわりと広がっていく。

張り詰めていたものが、音を立てて崩れた気がした。

もう逃げる必要もない。

死ぬかもしれないという恐怖が、ふっと消える。

代わりに、胸の奥から、重く鈍い疲労が溢れてくる。


――助かった。

――生きている。


そう思った瞬間、全身が、糸の切れた操り人形のように動かなくなった。

思考が霞んでいく。

そして、世界が柔らかな闇に沈んでいく。


瑛慈は静かに目を閉じた。

抵抗する気力もなかった。

ただ深く深く、眠りへ落ちていく。


――もう、大丈夫…………。


意識はそこで途切れた。



次に目を開けたとき、瑛慈は白い天井を見つめていた。

どれほど時間が経ったのか分からない。

瞼が重く、頭は鈍く痛む。

機械の規則正しい電子音。消毒の匂い。

瑛慈はゆっくりと瞬きをした。


ここは…病院……?


身体は重いが、痛みはない。

ただ、長い夢から目覚めたような、ぼんやりした感覚だけが残っている。


「…ったく、早く公にしておけば、こんな被害にはならなかったのに……」


天井を見つめていると、声が聞こえた。ベットの傍ら、テレビの光がちらつく。


「……おやっ、目が覚めたようね?」


女性の柔らかな声。

声のする方を見ると、スーツ姿の女性が立っていた。

見覚えのある顔………。光の障壁で守ってくれた女性だ。


「ここは政府が管理する特別な病院。安全は保証されてるから、ゆっくり休んで」


優しく微笑むと、彼女は落ち着いた声で続けた。


「自己紹介がまだだったね。私は、"二級魔導師"の氷室史帆里…。

…君にはもっと聞きたいことがあるか…」


彼女はテレビの音量を上げ、画面を瑛慈の方に向けた。


「ちょうど、総理の会見が始まったところよ」


瑛慈はゆっくりと身体を起こし、テレビを見つめた。


画面には緊急特番の赤い帯。

総理大臣は、明らかに憔悴していた。

官邸の会見室は異様な静けさに包まれ、記者たちのざわめきすら抑えられている。


「……まずは、昨夜の未確認生物による襲撃において、多数の犠牲者を出してしまったことを、政府として深くお詫び申し上げます」

総理の声は震えていた。

テレビの下部には“死者数・負傷者数(速報)”のテロップが赤く点滅している。瑛慈は胸がきゅっと締めつけられた。自分が生き残ったのは、ただの運だったのかもしれない。


「……各地で発生した"未確認生物による襲撃"について、政府はこれまで把握していた事実を、公に明らかにする必要があると判断しました」


あの夜、自分を襲った謎の生物たちの姿が、瞬時に脳裏へよみがえる。

総理は言葉を慎重に選ぶように、ゆっくりと続ける。

「昨日、永い間封印されていた存在――通称“魔王”が復活した可能性があります。それに伴い、全国で“魔物”と呼ばれる生物が出現し、被害を引き起こしました…。

そして、政府は永年、それら超常現象への対処組織──“特異事象対策室”の存在を秘匿してきました。魔物や魔法といった事象を、国家の安全保障上の理由から……国民には知らせずにきたのです」


総理は苦い表情で言葉を切った。


「しかし、その判断が今回の初動を遅らせ、多くの命を救えませんでした。本来ならば対策室が即座に動き、魔王…そして魔物の襲撃に対応できていたはずでした。

……すべては、政府が事実を覆い隠してきた弊害です」


会見室の空気が重く沈む。

テレビ越しにも、責任の重さが伝わってくる。

 

そんな空気を切り裂くように、総理は画面に新しい資料を映し出した。

「しかし……最悪の事態を防いだのは、ひとりの魔法使いでした」


モニターには、月明かりで顔までは分からないが、女性のシルエットが映し出された。

長い髪。細い腕。だが、その姿からは、ただ者ではない“気配”だけが伝わってきた。


「彼女は、かつて魔王を封印した魔法使いです。復活の予兆を独自に察知し、政府より先に動いていました。彼女の迅速な対処により、いくつもの初期出現地点が制圧され……」


総理は言葉を慎重に選びながら続けた。


「……その行動によって、特異事象対策室の部隊も隠密状態のままではいられず、結果的に現場へ出動することが可能になりました。

つまり、彼女が先に“道を切り開いた”ことで、対策室がようやく国民の前に姿を見せ、被害を最小限に抑えることができたのです」


瑛慈の背筋がぞくりとした。

あの夜──死を覚悟した瞬間、ひとすじの光が走った。

魔物が一瞬で塵になり、俺は命拾いした。


あれは……まさか。


「……魔法使い、だったのか?」


 小さく呟いた声は、誰に届くこともなく空気に溶けた。


画面の中で、総理はさらに深く頭を下げた。


「国民の皆さまの信頼を裏切り、多くの犠牲を生んでしまったこと……心よりお詫び申し上げます。今後は魔法、魔物、そして魔王に関するすべての情報を開示し、対策を強化してまいります」


その謝罪の姿勢は確かに真剣だったが、失われた命が戻るわけではない。

テレビの前で、天満瑛慈はただ拳を握りしめた。


魔王…。

魔物…。

魔法…。


あまりにも現実離れした単語が、当然のように発せられていく。昨日までの世界は、確かに現実で、整然としていて、魔法なんて物語の中にしか存在しなかったはずだ。


なのに――。


天満瑛慈は、握りしめた拳の震えを止められなかった。


昨日、自分を襲ったあの“魔物”は、もうニュースの向こうの出来事ではない。

あれは、確かに自分の喉元に爪を突き立てようとしていた。

生き残ったのは奇跡か、それとも――。


自分を救ったのが誰かもわからない。

だが確かに“何か”が、世界の裏側で動いている。

瑛慈はようやく理解した。

世界は、昨日を境に変わってしまったのだ。

そして自分もまた、その変化のただ中にいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ