表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

楽な道の終わり

瑛慈は深く息を吸い、話し始めた。


「天満瑛慈、32歳です。ここに来る前は、普通の会社員でした。

十年ほど勤めていましたが、魔王災害を機に勇者を目指しました。

でも俺は、昔からスポーツも勉強も平均点の器用貧乏で、与えられた仕事もただこなすだけの、何の才能もない人間です。


気づけばこの歳になり、代わりの利く仕事をこなし、誰かの歯車でいることに慣れていました。

そんな俺の心を満たしてくれたのが、『Full Fleur(フル・フルール)』の不破エレナでした。

推し活は逃避ではなく、唯一の光だったんです。

でも、彼女の卒業とともにその光も消えました。それと同時期に魔王が復活し、文字通り、世界は変わってしまった。


生きる意味が無くなっていた俺には、どうでもいい世界だった。

魔物によって破壊されていく街、殺される人々。

虚無の心は、恐怖よりも諦めが勝っていた。

……それでも不思議なもので、人は"生きたい"と思ってしまうんです。

心の奥底には生への執着があった。

そのあとは、ひたすら逃げました。

逃げて、逃げて、逃げました……。


俺の人生、振り返ると逃げるばかりです。

才能がないから、あの人とは違うからと、できない理由を探して。

そうやって言い訳をして、逃げることばかりを選んできた。

何でそんな道を選んだのかは、自分でもよく分かっています。


それが一番、楽だから。

立ち向かうより、挑戦しない道を選べば傷つかずに済む。

ぬるま湯に浸かって、なあなあで生きることに慣れてしまったんです。


でも、そんな俺が死ぬ間際、一人の魔法使いに命を救われ、助けられ、そこでやっと覚悟ができた。

運良く助かったわけではなく、眠っていた力が目覚めたからだと知り、力があるなら戦わなければと思いました。

もう逃げたくないんです。

俺を"ヒーロー"と言ってくれたエレーナの幸せを、あの笑顔を守りたい。

こんな歳でヒーローなんて笑えますけど……。

言い訳をして生きるのも終わりにしたいんです」


瑛慈はそこで、深呼吸をした。


「……俺には、みなさんのように特別な力はありません。

それでも、生かされたこの命に意味があるハズだから。

変わるなら、今しかないんです。 後悔しないために、逃げる人生を終わらせます。

だって俺は、勇者候補になったから。

このパーティーのリーダーだから。

リーダーなんて器じゃないけど、絶対に強くなります!

だから、どうかよろしくお願いします!!」


瑛慈は深く頭を下げた。

しばらく、無言の時間が続いた。

こんな奴がリーダーなんて……と思っているのかもしれない。哀れだ、情けないと思っているのかもしれない。

ゆっくりと頭を上げた。


「君は、自分には才能はない。平均点の器用貧乏と言ったが、なぜそう思うんだ?

そんな人間は、君以外にもいただろう」


エレーナが瑛慈を見つめ、聞いてきた。


「俺の周りにいた人は、成績も上がり、部活でも結果を残し、出世もした。それなのに俺だけは、どれだけ頑張っても、上がることもなければ、下がることもなかった。

だから俺は、こういう人間なんだと思ったんだ」


瑛慈は自分を嘲笑うように、そう答えた。


「これだけは言っておくよ。

君は何もないわけじゃない。

勇者候補としてここにいるのだからな」


エレーナがそう言ってくれるのと同時に、明るさを取り戻した晴香も続いた。


「そうですよ!

だって、瑛慈さんはこのパーティーのリーダーなんですから。

自信持ってください!」


瑛慈がみんなを見渡すと、久遠も微笑んでくれた。

今はその言葉だけで、ここにいていい理由ができた気がした。


瑛慈が安堵から姿勢を崩すと、エレーナがふいに聞いてきた。


「君はいつからか、握手会にもライブにも来なくなった。なぜだ?」


あまりに唐突だった。

まさかエレーナ自身から、アイドル時代の話を振ってくるとは思わなかった。

瑛慈は、少し考えてから答えた。


「……身の程をわきまえたからです。

俺は、古参と呼ばれるファンだったかもしれません。

でも、熱狂的なファンは他にもいました。

毎回のようにCDを買って、ライブに参戦し、握手会にも行き、ブログにコメントをする。

俺も初めのうちはそうでしたから。

でも、フルフルが有名になるにつれ、ファンも増える。

徐々にテレビや雑誌など、メディアへと活動の場は広がり、SNSのフォロワーも増えていった。

そして、ついにはみんなのアイドルとなった。


ずっと見てきたからこそ、ようやく花開いたフルフルを誇らしく思ったよ。

でも、それと同時に、みんなの努力の軌跡と、俺が過ごしてきた現実との差が、重くのしかかってきた。

古参だからと言っても結局、俺はファンの一人。路傍の石ころなんだ。

だったら、一緒に隣を歩くんじゃなくて、後ろからそっと支えようと思ったんだ。

俺は、特別じゃなくていいって思ったんだよ」


エレーナは静かに聞いていたが、少し思案してから話し出した。


「アイドルにとって、ファンは全員が特別な存在だ。

だから、この人だけという特別なファンはいない。

だがな、アイドルだって人間だ。自分の中には特別な人っているんだよ。

どんなに頑張っていても、心ない言葉に傷付くことがある。

そんなとき、欲しかった言葉をくれたり、笑わせてくれたり、ファンレターをくれたり、色々ある。

……ただ、それを恋愛だと勘違いするなよ。


卒業した藤原紫苑にも、そんな特別なファンがいた。

そのファンは、無口な人だった。笑って話を聞いてくれて、優しい言葉をかけてくれる人だった。

だが、君のようにライブにも、握手会にもパタリと来なくなったんだ。

紫苑は寂しそうに、『今日も来なかった』『何してるのかな?』と私に話してくれたよ。


そして月日は経ち、紫苑の下にその人からファンレターが届いた。

数枚の便箋にはガタガタとした文字で、歌番組やライブ映像、雑誌の感想が書かれていた。

しかしそれは、途中で終わっていた。

終わり際の便箋には、『また会いたかった』『もっと話したかった』『ありがとう』と、崩れた文字で書き記されていた。

最後の便箋は、家族からのものだった。

重い病に伏せていたこと。

最期まで紫苑を思っていたこと。

丁寧に書かれていた。


紫苑は泣き崩れていたよ。

アイドルが、誰かの人生に大きく関わる存在のように、ファンもまた、アイドルの人生に大きく寄り添う存在なんだ。

ライブも握手会も、みんなが毎回来れるわけじゃない。

一回一回を、最初で最後の気持ちでやらなければいけない。そう思った出来事だったよ」


エレーナは、瑛慈をまっすぐ見つめて言った。


「応援の仕方は、人それぞれだ。好きの重さも、熱量も、全部違う。

でもな、アイドルってのは、ファンに支えてもらいたいわけじゃない。

夢に向かって、一緒に歩いてほしいんだよ。

同じ目線で、同じ景色を見て、喜びを分かち合いたいんだ。

どんなに有名になっても驕ることなく、それだけは変わらない想いだった。


君にもそうであってほしかった。

だから、これからは自分なんてと思わず、私たちと一緒に歩いてくれ。

君は、君なんだ。

誰かと比べる必要なんてない。

変わりたいなら、変わればいい。

……もし、逃げ出そうとしたら、私たちが止めるから安心しろ」


エレーナは、いたずらっぽい笑みを浮かべ言うと、あの頃と同じ満開の笑顔を見せる。

思わず涙が零れそうになった。

ここまで本音を話したこともなかったし、受け止めてくれるとも思わなかった。

だが、これが仲間になるということなんだと思う。

まだ知らないことの方が多い。

だから、長い月日をかけてお互いをさらけ出す時間を経ることで、本当の意味で仲間になるのだ。

瑛慈は再び深く頭を下げた。

そして、頭を上げると同時にチャイムが鳴り響いた。

どうやら休憩の時間は終わりを迎えたようだ。

瑛慈たちは食器を片付けると、教室へと向かった。



教室に入ると、クラスメイトたちはすでに席に着いていた。

瑛慈たちも席に着くと、少しして再びチャイムが鳴り、真柄が入ってきた。


「入学してすぐの授業はどうだった?当然、疲れただろう。

いきなり魔物や魔法の知識を学び、剣や銃火器も扱ったんだからな」


少し口元を緩ませ言う。

しかし、すぐに表情は戻った。


「だが、魔王や魔物は待ってはくれない。

この瞬間にも襲ってきてもおかしくないんだ。

君たちには一刻も早く、戦力になってもらわなければ困る。

これからも詰め込み授業で教えていくから、覚悟しておけ」


これは生死に関わるものなんだと、瑛慈は改めて思った。

魔王は、一時的に別空間に閉じ込めているだけで、力を取り戻すのも時間の問題なのだ。

瑛慈は、エレーナたちに自分のことを情けなく語っていたことを恥ずかしく思っていた。

ここにいる以上、そんなものは捨てて、早く強くならなければいけない。

背筋を伸ばすと、真柄の話に耳を傾けた。


「戦力になってもらわなければ困るが、まずは装備を整える必要がある。

君たちに支給した武器は、あくまでも訓練用だ。

下位魔物が相手なら、十分に戦える代物。

しかし、それ以上の相手となると心もとない。

だから、君たちにも専用武器を用意しなければならん」


そこまで言うと、真柄は教室の扉を開いた。


「午後はここの地下にある研究所に行き、そこで装備を整える。

全員、ついて来い」


返事を待たずして、教室を出ていってしまう。

瑛慈たちは慌てて、真柄を追いかけた。


廊下を歩きながら辺りを見渡す。見れば見るほど、普通の学校にしか見えない。

こんな所に本当に研究所があるのかと疑ってしまう。

すると、地下へと続く階段が見えた。


下りていくと、思いのほか長かった。

すでに地下三階ぶんくらいは下りている。

真柄の後ろにいた生徒が口を開く。


「先生、エレベーターはないんですか?

毎回この階段を上り下りするのはキツいですよ……」


真柄は振り返ることなく答えた。


「研究所専用の入口にはあるが、校舎内からはこの階段しかない。

これもトレーニングだと思え」


それからほどなくして研究所の入口についた。

簡素な入口だが、横には掌紋認証が設置されている。


「今回は省くが、研究所に入るには掌紋認証が必要だ。

全員登録済みだから、次からはここに掌をあてて入るように」


そう言い、真柄が掌紋認証に掌をあてると扉が開いた。

入るように促され入室すると、そこは白で統一された施設で、様々な機械や魔道具があり、たくさんの研究員や特事室メンバーがいた。


「ここが、特事室のための装備開発施設『対魔兵装技術研究所』。通称『兵装研』だ。

現在は君たちの装備の開発も行っている」


そこへ、白髪混じりの長髪で丸眼鏡をかけた研究員がやってきた。


「君等が真柄くんの受け持つ生徒かね?」


真柄が一礼する。


「この方は、兵装研の所長、蔵守工造さんだ。ここの全ての装備開発に携わっている。

我々の着ている黒スーツや、君たちの着ている制服も蔵守所長が開発されたものだ」


紹介を受けた蔵守が話し出す。


「着心地はどうかね?デザインは若い者に任せたが、性能は私が一任した。

一見、普通の衣服と変わらない。

しかし、伸縮性があり動きやすいが、斬撃耐性があり、魔法ダメージの軽減もしてくれる優れものなんだよ」


説明する表情はどこか得意げだった。


「さてさて。君等には、適性検査時に勇者適性や、魔法と武器の適性度、魔力量を検査し、データを集めさせてもらったよ。

午前の授業で、さらに解像度を高めることができた。

そして、これから精密に検査させてもらい、個々に合う装備を整える準備をしよう」


蔵守が前方にあった、前面が透明なボデイスキャナーに似た機械の前へと移動する。


「では、一人ずつ検査していくから、暇だったら研究所内を見学しても構わない。

ただし、研究員の邪魔はしないように」


机の上にあった資料を手に取り、全員を見渡すと、一番近くにいた瑛慈を指さした。


「じゃあ、まずは君から。

武器を持ってその中に入ってくれ」


瑛慈は言われるがまま、剣を抜き取り、機械の中へと入った。

中は、剣を振れるだけのスペースがあるが、目新しいものは特段ない。

扉が閉まると、蔵守の声が聞こえてきた。


「天満瑛慈くんだね。

君の選んだ武器は、ロングソードか。

いかにも勇者の剣って感じだ。適性度は普通。

魔法の基本属性は、水。

魔力量は……平均的だね」


蔵守は首を傾げた。


「君、本当に勇者候補なのかい?」


思わず蔵守の方を振り返った。

そう思うよなと感じながらも、ははは……と愛想笑いを浮かべるしかない。


「おっと、失敬。これは失言だった。

君は力が覚醒して間もないのか。

現時点では、勇者には程遠いな。まぁ頑張りたまえ。

では、出てきていいぞ」


瑛慈が出ると、久遠が呼ばれ、入れ替わりに入った。


「久遠拳護くん。

武器は……未定。元ボクサーなら、ガントレットをベースに作ろうか。

魔法は使えず、魔力量もごくわずか。

だが、魔力量の波形が不安定だな。

よし。出ていいぞ」


続いて晴香が呼ばれる。


「安倍晴香くん。

君は安倍晴明の末裔か!これは期待できる。

武器は杖。自分のものを使っているようだね。

魔法は、5属性使えるが基本魔法しか使えないのか。

魔力量は、陰陽師の家系にしては少なめだね。

それに、君も波形が不安定だな。

少し残念だが、まだ若いからこんなもんか」


そして、エレーナが呼ばれた。


「君がエレーナ・ファウストか。

かつて魔王を封印した魔法使いの一人。お目にかかれて光栄だ。

武器は、君も自分の杖があるね。魔法も全属性扱える……」


そこで、突如として警告音が鳴り響いた。


「これはたまげた。魔力量は……測定不能だ」


蔵守は笑って出るように指示した。


パーティーみんなの検査が終わったので、瑛慈は研究所内を見学しようと歩き出した。

すると、蘆屋にすれ違い際、呼び止められた。


「なぁ、瑛慈さん。俺の検査も見ていってくれないか?」


瑛慈は不思議に思ったが、断る理由も特になかったので了承した。


「蘆屋朔。

君は、あの道満の末裔か……。よく対魔校への入学を許されたな。

まぁ、私が知ったこっちゃないがね」


入るように促され、蘆屋は素直に応じていた。

しかし、その目は蔵守を睨みつけ、その視線は瞬きひとつしなかった。


「まさか勇者候補とはね。驚きだ。

武器は短剣。

魔法も4属性使えて、すでに上級魔法も扱える。魔力量も申し分ないな。

……だが、君も魔力波形が不安定だ。

機械の不具合か?」


そう言うと、蔵守が機械の様子を見に、周囲を点検する。

するとそこで、エレーナに呼ばれた。


「おーい、瑛慈。君もこっちへ来い」


瑛慈は、蘆屋の方を一瞥した。彼がなぜ見てくれと言ったのか分からないが、勇者候補として優れているのは分かった。

瑛慈は、呼ばれた方へと走って向かう。

後ろからは困惑した蔵守の声が聞こえてきた。


「うーん。機械の不具合は見られなかった……。だが突然、波形が安定した。

それに魔力数値も減少した……」


瑛慈がエレーナたちと合流すると、どうしたのかと聞いた。

エレーナはディスプレイ内にある剣を見ながら言う。


「ほれ、見てみろ。これは聖剣のレプリカだ。

勇者なら一度は持ってみたいと思わないか?」


だが、瑛慈は不思議に思った。なぜなら、エレーナの視線は瑛慈ではなく、蘆屋の方を向いていたからだ。

そういえば、彼と初めて会ったときに言われたことがある。

『面白い力持ってんね』

『あんたのおかげで、ここにいる奴らは合格する』と。

エレーナと蘆屋は俺の持つ力の秘密を知っているのだ。

だから、蘆屋はその力を使おうと俺を近くに呼び、エレーナは逆にその邪魔をしようと彼から離したのだろうか。

分からない……。

分からないが、きっとこの力が勇者候補としてここに来れた理由だ。

瑛慈は、エレーナを見た。


「なぁエレーナ、俺の力って何なんだ?」


エレーナは腕を組み、答えた。


「今はまだ、教えない」


「何故だ?力の秘密を知っていれば……」


「君は楽な道を選んできたんだろ?

ここでも同じ道を選ぶのか?」


瑛慈は何も言い返せなかった。

変わりたいと思っているのに、同じ轍を踏もうとしていた。

俺が持つ力が何かは自分で考え、強くならなければ意味がない。

瑛慈は拳を握り締め、決意をそっと固める。

エレーナはその姿を見て、ほくそ笑んでいた。

彼女はいつだって俺の道を照らしてくれる。

歩くべき道が、再び見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ