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それぞれの理由

久遠は目を伏せ、少し間をおいてから、静かに語り出した。


「……俺がここに来た理由は、妹の灯里(あかり)を守るためです。


俺と灯里がまだ幼い頃、親が離婚しました。

父親はろくでなしで、金にだらしなく、母にも手をあげるような、典型的なクズでした。


次第に俺や灯里も殴るようになり、逃げるように父親の前から姿を消しました。

母は、幼い二人を必死に育ててくれました。

そのおかげで俺も、病弱だった灯里も学校には普通に通えました。


でも、俺が高校生になってすぐ、母が死にました。

過労が原因の事故だった。

母は、いくつもの仕事をかけ持ちしていたんです。

俺もバイトを始めたし、もう無理しなくてもいいと何度も言った。

叔父に頼ろうと提案もした。

でも母は、首を振るだけでした。

『彼には彼の家族があるから』と。


……俺は馬鹿でした。

気づいてあげられなかった。

確かに生活は苦しかった。

でも、あそこまで無理をする必要はなかったはずなんです。

母が死んで、しばらく経った頃、叔父が教えてくれました。

父親が、母を強請っていたことを。

あのクズは、灯里を盗撮し、売春させたくなかったら金を寄越せと脅していたんです。

怒りでうまく息ができませんでした。


その夏、俺たちの前にあのクズは現れました。

周りには、地元で有名な不良グループもいました。


『拳護、でかくなったな。灯里は……美人になったなぁ。

俺のこと、覚えてるか?』


忘れるはずがありませんでした。

俺は無視して、灯里の手を引いてその場を去ろうとしました。

しかし、不良たちが俺たちの前に立ちはだかり、引き剥がしました。


『悪いな、拳護。

俺らが用事あるのは、灯里だけなんだわ』


あのクズがそう言うと、不良たちは灯里を連れて行こうとしました。

俺は必死に止めようとしました。

しかし、袋叩きにされ、その場に倒れ込みました。


『……お兄ちゃん!助けて!』


その声で力が滾り、気付けば不良たちを殴り倒していました。

しかし、俺はいつの間にか腹部をナイフで刺されていました。

意識を失いそうになりましたが、灯里の『お兄ちゃん!お兄ちゃん……!』と泣き叫ぶ声に、ぷつりと何かが切れ、そこで記憶は途切れました。


目を覚ますと、そこは病院のベッドでした。

傍らには、泣き腫らした灯里が眠っていて、しばらくすると、叔父と警察が入ってきました。


……俺は、人を殺していたんです。


でもそれは、あのクズではなく、不良の一人でした。

あのクズは、現場から逃げていたんです。

俺は結局、正当防衛が認められ、罪に問われることはありませんでした。


記憶はない。

なのに、拳に残る感触だけは消えない……。


叔父は、俺たちに寄り添ってくれました。

そして、力の扱いを学びなさいと、ボクシングを勧めてくれたんです。

しかし、プロになって誇れる兄になろうと思っていた矢先、網膜剥離になってしまった……。

きっとボクサーになるな、という神からのお告げだったんです。

当然の報いだと、どこかで思いました。

だって、今でもあの感触を思い出して、人を全力で殴ることができませんから。

全力で闘えないボクサーを見てもつまらないでしょ?


でも、魔王が復活し、今度は魔物が灯里を襲うところに直面した時、全力で殴ることができたんです。

人間じゃなければ、全力を出せる。

今度こそ、妹を守ると誓いました。

もう二度と、泣かせない。

もう二度と、大切なものを奪わせないと……」


そこで、久遠は黙り込んだ。

よく見ると、その目には涙が浮かんでいた。

掛ける言葉が見つからない。

晴香は、もらい泣きしている。

エレーナは、表情を変えず、デザートのパフェを食べていた。

すると、パフェをつつきながら呟いた。


「君が無意識に魔力を抑えていたのは、そんな過去があったからなんだな。

人を殺したという罪悪感が力を抑え込み、妹を守りたいという想いが、魔力を解放させた。

だから君が物静かなのは、感情を出さないようにして、自らを律しているのか。

きっと、君は優しい人間だ。

妹と君を傷付けた不良の為に、その罪を一生背負っていくのだろう」


久遠は静かに返す。


「……当然です。

どんな理由があっても、人を殺していい理由なんてないから」


「私なら、そんな奴は殺されても仕方ないと思うがね。

でも、君の言う通りだ。自らを正当化させようと、誰かを殺すことは許されない。

だがな、そんなに背負い込むことはないよ。

君はもう、大切な人を失うつらさも、人を傷付ける痛みも、耐える苦しみも知っている。

君は一人じゃない。妹がいる。きっとその重荷を一緒に背負いたいはずだよ」


エレーナの言葉は少しキツいが、嘘偽りはない。

だからこそ、真っ直ぐ人の心に届く。

なら俺は、どんな言葉をかけるべきだろうか。

……分からない。

分からないけど、何か言わなければ……。

久遠がせっかく話してくれたのに、その想いを無下にしてしまう。

俺たちはたまたま出会って、一緒のパーティーになっただけの関係。

だけど今は、命を預け合う仲間になったんだ。

なら、かける言葉はシンプルでいいのかもしれない。


「これからは、一緒に戦いましょう」


我ながら、薄っぺらい言葉だと思った。

しかし、これが本心なのだ。

それでも彼は、涙を拭い、笑って言ってくれた。


「……ありがとうございます」


きっと、彼の痛みも苦しみも理解してあげられない。

俺が逃げてきた日々を、彼は逃げることすら許されなかったのだから。

彼が本来過ごすべき時間を、俺は自分には何もないと嘆き、無駄に過ごしてきた。

もしも、人生を入れ替えたら、彼と同じことができるだろうか?

……いや、きっと無理だ。

自分自身のためじゃなく、大切な妹のために費やしてきた彼は、本当に凄い。

きっとそれが強さの理由なのかもしれない。


そして、一つだけ理解できることがあった。

大切な誰かのためになら、頑張れるということだ。

レベルは全然違う。

それでも、その人を守りたいという想いが、人を強くすることを知っている。


そんなことを考えていると、瑛慈は、途端に自分の人生が情けなく思えた。

彼らの人生と比べると、自分が抱えていたものなど、惨めなほどちっぽけなものだったから。


「……じゃあ次は、俺が自己紹介しますね」


瑛慈は、姿勢を正して自己紹介をしようとしたが、エレーナに止められた。


「君は、このパーティーのリーダーだ。最後に決まっているだろう」


エレーナは食べ終わった食器を端に寄せ、話し出した。


「エレーナ・ファウストだ。歳は確か……25歳だったかな?

ここには、資格を取れと言われ、連れて来られた」


それっきり黙ってしまった。


瑛慈は思わず口を開く。


「えっと、それだけ?」


「あぁ。話すことなど特に無いからな」


間髪を入れずに言った。

いやいや、君が一番謎で、一番知りたいんだと瑛慈は心の中でツッコんでいた。

聞きたいことは山程ある。何から聞くのがいいのか考えていると、晴香が涙を拭いながら問いかけた。


「…エレーナさんは、本当に魔王を封印したんですか?」


エレーナは少し考える素振りをしてから呟く。


「まぁ、君たちには話しておくべきか」


そして、何かを思い出すかのように、左上を見ながら話し出した。


「確かに、私はかつて魔王を封印した一人だ。だがそれも、遠い昔のことだ……」


エレーナが話し終える前に、瑛慈は不思議に思っていたことを聞いた。


「ちょっと待ってください。封印したのって400年以上も前のことでしたよね?」


「そうだよ?」


エレーナは、何が不思議なのだと言わんばかりの顔で答える。

しかし、瑛慈が何故そんなことを聞いたのか理解し、言葉を続けた。


「あぁ、そういうことか……。

私は人間とエルフのハーフだからね。ちょ~長生きなんだよ。

だから正直、魔王を封印した時のこともうろ覚えなんだ」


さも普通のことのように告げた。

エルフなんて存在は、ファンタジーの中だけの話ではないのか。

豆鉄砲を食らったような表情をした瑛慈を見て、笑いながら言う。


「魔王や魔物がいるんだ。エルフがいたって不思議ではないだろう?」


「私、エルフに初めて会いました!

やっぱり、エルフって長生きだし老けないんですね」


晴香が、先ほどまで泣いていたのが嘘のように、嬉々としてエレーナを見つめていた。


「まぁ、純血のエルフではないがね。

私は、エルフの血を強く受け継いでいるから、何百年と生きてきたし、老いることもない。

ただ、ハーフだから見た目はほぼ人間だがな」


エレーナはニッコリと微笑み、耳を指さして言った。


「ほら、耳もそんなに尖ってないでしょ?」


瑛慈は、彼女の秘密を知り、合点がいった。

エレーナは、かつてアイドルグループ『Full Fleur』のメンバー"不破エレナ"として活躍していた。

10年前、初めて会った彼女は15歳だった。

しかし今思えば、卒業をした日と比べても、全然変わらない。

髪型やメイクの違いからだろうと思っていたが、半エルフと聞いて納得した。

いや、正確には納得せざるを得ない。

あの頃と変わらない姿でここにいるのだから。

瑛慈はもう一つ質問した。


「なぜ、不破エレナと名乗って、アイドルになったんですか?

今のエレーナを見ていると、不思議でならない」


エレーナは少し考えてから話し出した。


「私は、何百年とかけて世界各地を飛び周り、魔法を学んできた。

でも、魔法をいくら学んでも解明できないものがあった。

それが日本のアイドルだ」


「世界には人を魅了するアーティストが必ずいるだろう?唯一無二の歌声、圧倒的なダンス、絶世の美男美女。

だが、アイドルは違った。

ほぼ素人のどこにでもいるような可愛くて、格好いい子たちの集まり。

歌もダンスも特別上手いわけでもないのに、輝いている。

私は興味を持ったよ。

人を魅惑させる精神魔法を使わず、ファンを心酔させる。

なぜ、人々は熱狂的に応援するのかとね。


だから、私はアイドルになった。

キラキラ輝くアイドルは、さぞ華やかな生活をしているんだろうと思っていたよ。

だが、待っていたのは地獄だったよ。

毎日、体力作りに走らされ、帰ってきたら筋トレ。それが終わったら、ダンスレッスンにボイストレーニング。

フルフルが結成してからデビューまでは、それが延々と続いたよ。

毎日、青春の尊い時間を犠牲に、同じことを繰り返す。それでも報われる保証なんてどこにもない。

売れるのなんて一握りのアイドルだけだ。

無名のアイドルが簡単に売れるはずがない。

そんなことも分からないほど、当時の私は無知だった。


デビューしても、プロモーション活動で心身ともに疲弊していく日々を過ごした。

それなのに無理にでも笑ってなきゃいけない。


あぁ、ここは私の居場所じゃない……。


これだったら魔法を学んだ方がよかったと激しく後悔したよ。

それでも続けようとしたのは、こんな私を推しだと、応援すると言ってくれるファンができたからだ。

その時、分かったんだ。

歌やダンスの上手さ以上に、ひたむきに頑張る姿や、アイドルにかける熱情が、人の心を動かすのだと。

ファンがいるから、アイドルは輝くんだ。

いや、輝けるんだよ。

いわば表裏一体なんだって思ったよ」


エレーナは、瑛慈を見つめて言葉を続けた。


「だれかさんが言っていたことがあったな。

『推しの言葉は魔法なんだよ』と。

『たった一言で、嫌なことも疲れも、どこかに飛んでいくんだ』とね。

そんなわけないだろう、と思っていたが、私もいつの日か理解したよ。

アイドルにとっても、ファンからの言葉は魔法だったからね。

にわかに信じがたいことだ。


かつての私だったら、そんなものは精神魔法をかければいいだろうと思ったよ。

だが、そんなものは嘘っぱちさ。

同じ目線で、同じ目標を持ち、一緒に困難に立ち向かってくれる。

そんなヒーローの言葉だから、魔法のような効力になるんだとね……」


エレーナは想いに耽るように、窓の外をぼんやりと眺め、そこで言葉は途切れた。

瑛慈は、不破エレナのことなら何でも知っていると自負していたが、それは表面上だけだ。

彼女が抱えていたつらさも苦しさも、知った気になっていただけなのだ。

楽しかったことよりも、その方が多いのかもしれない。

それでも、10年もの時間をアイドルとして過ごしたのは、そこに価値を見出したからだろう。

何にも代えがたい何かを。


「……エレーナ。君はアイドルになってよかったと思う?」


エレーナは再び瑛慈を見やると、ぽつりと呟いた。


「あぁ。魔法以上のものを学べたよ。

エルフにとっての10年なんてあっという間だけど、私には何百年もの価値があった。

卒業するのが惜しいほどにね」


あの頃と変わらない笑顔を見せてくれた。

瑛慈には、それが何よりも嬉しかった。


「……じゃあ、何でやめたんですか?」


落ち着きを戻したのか、今まで黙っていた久遠が質問した。


「そうだな……。それは瑛慈の自己紹介をしてからにしようじゃないか」


彼女たちは、赤裸々に自らのことを教えてくれた。

きっと話したくなかったこともあるだろう。

立場やそこからくる劣等感、壮絶な過去と背負った覚悟、俺の知らなかった努力や見出した価値。

皆がそれぞれの過去を抱え、ここへ来た。

だが、俺には何もない。

守りたいと思った人も、自分よりも遥かに優れていた。むしろあの時、守られていたのだ。

そんな俺が、勇者候補?

このパーティーのリーダー?

……場違いなんじゃないか。


それでも−−

もう逃げたくない。覚悟を持ってここに来たんだ。

何もないなら、ここから積み上げればいい。

彼女たちと並び立てる自分になるしかない。

瑛慈は姿勢を正し、皆に向き合った。

ありのままの自分を知ってもらい、あとは委ねればいい。

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