魔物という現実
久しぶりの投稿です。
結局、魔法の授業で魔力コントロールを身につけることはできなかった。
何度も雷晶球の電流を浴び、掌はいまだにヒリヒリと熱を持っている。
「この時間で制御できるなんて思ってないわ」
氷室が淡々と告げた。
「こればかりは、慣れるしかない。
それは君たちに貸してあげるから、自主的に訓練してね」
そう言ったところで、終了のチャイムが鳴り響いた。
「次の授業もここで行う。もう分かっていると思うが、座学はほとんどない。実践が一番覚えるからな」
そう言い残し、氷室は魔法陣の中へ入る。
次の瞬間、光に包まれて姿を消した。
瑛慈は、初めて魔法を使った反動と、魔力コントロールに神経を使いすぎたせいか、疲れが押し寄せその場に座り込んだ。
想像以上に、魔力の制御は心身に負担がかかる。
周囲を見渡すと、同じように座り込んでいる生徒が何人もいた。
「だいぶ苦戦していたようだな、瑛慈」
エレーナが、安倍晴香とともに歩み寄ってくる。
「さすが、魔法使い。二人は難なくコントロールできるみたいですね…。
何かコツはないですか?」
「私は、魔法使いじゃないんですけど…。
晴香は困ったように笑った。
「氷室さんも言ってましたけど、慣れるしかないんですよ」
「そうだぞ」
エレーナが肩をすくめる。
「一朝一夕で身につくものじゃない。…まぁ、焦る必要はない。君はまだ、殻を破ったばかりのヒヨコなんだからな」
そう言って、近くに転がっていた雷晶球を拾い、瑛慈に渡した。
魔力を意識しないように注意を払い、びくびくとそれを受け取る。
するとそこへ久遠も合流してきた。
「瑛慈さん、大変そうですね…」
久遠は心配そうに手を差し伸べ、瑛慈を立たせてくれた。
「…ははっ。勇者候補なのに、こんな情けないところを見せちゃって…」
「そんなことないですよ。俺なんて、魔力がほとんどないみたいなので…」
「でも、さっきは魔力を使って、ものすごい動きをしたじゃないですか」
そこへ、エレーナが割って入った。
「久遠。君は魔力がほぼない…"ように視える"だけだ」
久遠は怪訝そうな顔をしていた。
「きっと、無意識に魔力を抑えているんだろう」
「俺はそんなこと…」
「君のような奴は、珍しくもない」
エレーナは静かに続けた。
「きっと過去に何かあったのだろう?」
久遠は何も答えず、そっと視線を伏せた。
重たい沈黙が流れる。
それを感じ取った晴香が、ぱっと明るく声を上げた。
「…あっ、もうすぐ授業が始まりそうですよ!」
久遠には、思っている以上に重い過去があるのかもしれない。
全力ではなかったパンチも、失明したことだけが理由ではない−−そんな気がした。
だが、それを聞くには、まだ彼のことを知らなすぎた。
「では、授業を始めよう」
氷室と、もう一人の小柄な女性が魔法陣から現れると、すぐに授業が始まった。
「次は、魔物について詳しく説明する」
氷室が静かに語り出す。
「魔物は伝説上の生き物とされているが、知っての通り、実在する。
だが、不思議だと思わないか?
……魔王が復活するまで、魔物の目撃例がこんなにも少なかったのか…」
一拍置いてから、続けた。
「…単純な話だ。人間側が"見えなかった"だけだ。
魔王の復活により、魔界の魔力にさらされたことで人間の感覚が覚醒された。魔力覚醒もその影響よ」
「そして魔物の食料は、魔力だ。
奴らの住む魔界は、魔力で満たされているから食事をする必要はない。
だが、こちらの世界では別だ。
魔力を補給するために、人間を喰らう…。
なんてことはほぼない」
氷室は笑みを浮かべながら言った。
「こちらの世界にいる魔物は、龍脈…昔からパワースポットといわれる魔力の満ちている所に棲みついているんだ。
だから、人間を襲う必要もなく、捕食する魔物は少ない。
だが、中には危険な魔物もいる。その対処が我々、特事室の役目よ」
「しかし、その"危険な魔物"は魔将ではない」
声がわずかに低くなった。
「魔将と出会えば、確実に死ぬ。だから、名前も姿も知る者は少ない。
その中で我々が把握している魔将が一体いる。
その名は、"ベルフェル"」
空気が、一気に張りつめた。
「よく知られた名だと、七つの大罪・怠惰−−ベルフェゴール。
見た目は、眠そうな目をしたやる気のない青年だったらしい。
魔力は中位魔物レベル。
しかし、遭遇した特事室の人間全員が疑問を持った」
生徒がその"疑問"を聞いた。
「その疑問とは何ですか?
もしかして、人間の言葉を話したのに、中位レベルだったから…?」
「いいや、違う。下位でも中位でも人間の言葉を話す奴はいるからな。
大きな理由は一つだけだ。
ベルフェルの周りには十数人もの原型のない死体が転がっていた。その中には特事室の人間もいた。
中位レベルの魔物に特事室の人間が殺されるはずがない……。
恐怖を押し殺し、一人が尋ねた。
『お前は何者だ……なぜ魔力を抑えてる…?』とね」
「すると奴は、こう答えた。
『だって戦うのめんどくさいじゃん』」
「続けて、『ここにある死体は、お前がやったのか?』と聞いた。
そうしたら、欠伸をしながら言ったそうだ。
『僕の食事を邪魔したから、めんどくさかったけど殺したの』と」
「怒りのあまり、一人が飛びかかった。
……次の瞬間、身体が弾け飛んだ。
奴は眠たそうな目で、それを眺めていただけだった」
瑛慈は背筋が冷えるのを感じた。
「その後、奴は満足したのか、扉を開き帰って行ったそうだ。
生きてられたのも、奴の性格と気まぐれのおかげ」
「君たちの中にも、いずれ魔将と遭遇する者もいるだろう。
倒すことができなくとも、退けてほしい。
けど、一番は生きることを考えて」
「そのためにも我々は、魔物と協力関係を築いている」
そして、隣にいる女性を紹介した。
「彼女は、召喚魔法を得意とする、1級魔導師、"神結ルナ"さんだ」
神結ルナが一歩前へ出た。
「魔物を召喚するには主に三つあります」
指を立てる。
「①魔物と契約を結ぶ。②友好関係を結ぶ。③継承する」
「このいずれかで魔物を使い魔・式神として召喚することができる。
あとは、強制に召喚することもできるが……おすすめはしない」
「一番多いのが魔物と契約を結び、使い魔にすること。
対価を支払うことで、召喚できるようになる。
魔物によるが、自らの血や肉、大量の魔力を捧げることなどで可能になる」
「そして②。私が召喚するほとんどの魔物は、友好関係を結んだ子が多い。
簡単に言えば、友達になって呼ぶの。
これは代償がない。けど、信頼を裏切った時の報復は計り知れないけどね」
神結が杖を振るい、詠唱する。
地面に魔法陣が浮かび上がると、光った。
すると、中型犬ほどの大きさの白い斑点のある黒猫が現れた。
魔物と呼ぶにはあまりにも可愛らしい見た目だったが、普通の猫ではないと一目で分かった。
二本足で立ち、黒スーツを着ていて、何よりも喋ったのだ。
「……んにゃ?突然にゃんだ、ルナ」
「いきなり呼んでごめんね。ちょっと協力してほしいの」
神結が魔物を紹介した。
「彼はケット・シーの"シャンス"。
使い魔っていうより、私の大切な友達」
シャンスはどこか嬉しそうな表情をしていた。
「魔物と友好関係を結べば、魔力をあまり使わず呼ぶことができるわ。
おすすめだけど、一番難しいかもね」
「そして最後は、使い魔・式神を継承する。
さすがに私にはそんな高尚な使い魔はいない…。だが、この中に一人いる。
……安倍家の娘よ、出てきて」
神結が安倍晴香を呼んだ。
晴香は恐る恐る、前へと歩み出る。
「…あの、私……」
安倍晴香が何かを話そうとしていたが、それを制して神結が話し出した。
「君たちは、魔法資格について氷室ちゃんから教わっているわよね?
たくさん魔法を覚える必要がある。
でも、私は召喚魔法しか使えない。もちろん基本魔法は使えるけど…。
それでも、1級魔導師になった。召喚魔法は誰でも使える魔法だけど、魔物を使役するということは、普通の魔法とはレベルが違うの。
召喚魔法だけで1級魔導師になるには、上位魔物…それこそ魔将レベルの魔物を使い魔にする必要があるから」
神結が安倍晴香に小声で何かを話した。
「分かっている。私もあなたと一緒よ。
だからこそ、あなたの実力を見ておきたいの」
「…分かりました。でも、あまり期待しないでくださいね」
安倍晴香は、一枚の人型の白い紙を取り出し、手印を結ぶ。
「――天后、来て」
そう呟くと、紙を宙へと放った。
ひらりと舞った瞬間、紙は空中で静かに溶け、白い水光へと変わった。
光の中から、ゆっくりと人の輪郭が浮かび上がる。
水の気配とともに、長い袖が揺れ、巫女装束に似た白水の衣をまとった女神が、静かに降り立った。
「……あら?はるちゃん。どうしたの?」
「水治ごめんね。今、授業中なの…」
安倍晴香がそう言うと、水治と呼ばれた式神は、瑛慈たちの方へ向いた。
「あらっ、はるちゃんのお友達?」
「まだ、クラスメイトになったばかりだから、友達っていうのは…」
「じゃあこちらの方々が、はるちゃんの先生?」
晴香は小さく頷いた。
「先生方、はるちゃんがお世話になってます」
綺麗なお辞儀をした。
傍から見ると、まるで母親のようで、でもこれこそが式神との深い関係性なのだと理解できる。
そして、再び神結が話し出した。
「彼女は、2級魔導師の資格をすでに持っている。
推薦で入ったほとんどの者は、資格者だから驚くことはないだろうが…」
「この式神は、"天后"。
十二天将と呼ばれる強力な式神の一体よ。
彼女は私と同じで、基本魔法しかまだ使えず、2級魔導師のレベルではない。
しかし、この十二天将を使役することは特級レベルなのよ。
継承する使い魔や式神は、こういった高位種族で誰でも扱えるわけではない。
ほとんどが家系によるもの」
「すまなかったね、安倍晴香。
天后もわざわざ出てきてもらって、助かりました」
神結は深くお辞儀をした。
「いいえ、お気になさらず。
はるちゃんのことを、今後ともよろしくお願いしますね」
そう言い残すと、式神は消えていった。
「最後に、強制召喚。これは禁術としている。
だが、いざという時のために教えておく。
主な召喚条件と方法は、①真名を知っている。②召喚詠唱を知っている。
③召喚したい魔物の一部を持っている。
いずれかを知っていれば、可能だ。
では、なぜ禁術としているか分かる?」
全員を見回し問うた。
すると、一人が答えた。
「自分よりも、強い魔物を召喚してしまった場合、制御できないから」
「その通り。
強制召喚は対価を支払う必要がない。
魔力さえ必要ない場合もある。
その代わり、魔物の方が強ければ殺される。
周りを巻き込む」
「そして、もう一つ禁術にした理由がある。
強制召喚は方法さえ分かれば、誰でも行える。
コックリさんがいい例えだな。あれは降霊術だが同じことだ。
普通、魔物は真名や召喚詠唱を教えたがらない。
人間という下等生物に扱われたくないからな。
しかし、かつてそれを簡単に教えていた魔物がいた。
理由は………術者を喰うため。
そういう魔将がいたのよ。
もちろん、今ではその名も召喚詠唱も消されたがね」
――消された、魔将。
いったい、どんな魔物なのだろうか……。
瑛慈は、なぜか胸の奥に、言いようのない寒気を覚えていた。
投稿間隔が空きますが、読んでもらえるとありがたいです。




