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分かれたる道

瑛慈がグラウンドに到着すると、ちょうど開始のチャイムが鳴り響いた。

思わず立ち止まり、辺りを見渡した。

地面には、大小さまざまな魔法陣が描かれていた。円形の幾何学模様、見たこともない複雑な紋様。

それらは、まるでこの場所そのものが異界へと変わってしまったかのような錯覚を覚えさせる。

クラスメイトたちは、その魔法陣を避けるように、等間隔で立っていた。

誰もが落ち着かない様子で、周囲を窺っている。


その時、一つの魔法陣が光った。

次の瞬間、突如として四人の人影が現れる。

担任の真柄伊吹。

そして、その隣には、見覚えのある三人。

瑛慈を救出した特事室のメンバーだ。

この学校へと導いてくれた氷室史帆里。

日本刀を扱っていた男と、二丁拳銃を携えていた男。

これは、現実なんだ。

ここは、あの災害の延長線上にある場所なのだと、改めて思い知らされた。


「では、授業を始める」

真柄の低い声が、グラウンドに響いた。


「今回は、魔王および魔物との戦い方についてだ。この中にはすでに戦闘経験もある者もいるだろう。だが………」


一拍置き、真柄は続けた。


「一人で戦うことは許されない。

基本的に四人一組のパーティーを組む。

理由は単純だ。それが最も生存率が高いからだ」


前衛の勇者や戦士、後衛・支援の魔法使いや僧侶。

アニメやゲームで見てきた役割分担が、現実の戦術として語られていく。


「現在、この世界で戦える者は圧倒的に少ない。だから、死なれちゃ困るんだ」

さらっと言われたが、その言葉の重みが胸に残った。


「それでも、死ぬ可能性は当然ある。だが、四人のうち一人でも生きて帰れば、情報は残る。その時倒すことができなくても、未来へ繋ぐことができる」


――本気だ。

ここは、覚悟のない者が立っていい場所じゃない。

全員の顔に微かな不安の色が滲んだ。


「安心しろ。パーティーは、死なないことを前提に組むのが基本だ」

一瞬、優しく微笑んだ。しかし、再び険しい顔に戻る。


「そのため、政府は戦闘に関わる者に資格制度を設けた。勇者、魔法使い、武器使用者……すべてにだ。

資格の無い者は、パーティーを組むことも、魔法を使うことも禁止している」


そして、真柄は続ける。


「パーティー編成は、試験時の成績や面接を考慮し、すでにこちらで組んだ。名前を呼ばれた者は前に出ろ」


次々と班が呼ばれていく。


「第一班。勇者候補、蘆屋朔をリーダーとし、弥勒院真守。巴琴子。黒須晶来」


蘆屋朔…。

顔を見て、少しだけ驚いた。

彼は、一次試験で俺に話しかけてきた少しチャラそうな青年だったのだ。

彼も勇者候補なのか…。


「続いて第二班。勇者候補、天満瑛慈をリーダーとし………」

名前を呼ばれ、慌てて前に出た。

リーダー…。自分には似合わない言葉だが、勇者を目指す以上、避けては通れない。


「安倍晴香。久遠拳護。エレーナ・ファウスト………」


エレーナ………。


その名を聞いた瞬間、無意識に振り返っていた。

こちらへ歩いてくる女性。

長い黒髪、整った輪郭。記憶の奥に焼き付いている姿。

不破エレナ。

俺が、あの頃推していたアイドルだ。

………けれど、名前が違う。


「そんなに見つめるな。恥ずかしいだろう?」

からかうような声。

その声音すら、懐かしい。

分からない。

同じなのに、どこか違う。

瑛慈は混乱していた。


「…以上、全六班。これからは、そのメンバーで行動する。

軽く自己紹介をしておけ」


真柄の指示で、俺たちは自然と集まった。

班員の顔を見ると、みんな俺よりも若そうだ。

普段ならありえないが、率先して自己紹介をした。

「天満瑛慈です。勇者を目指してます。リーダーの器でもないし、頼りないと思いますが、これからよろしくお願いします」


軽く頭を下げる。


「…久遠拳護です。…戦う力が欲しくて、この学校に来ました。…お願いします」

左目が白濁した、物静かな青年だ。


「安倍晴香です。えっと…私は、式神が使えます。えーっと…。足を引っ張るかもしれませんが、よろしくお願いします!」

少し緊張した様子の女性は、ハキハキと喋り、深々と頭を下げた。


そして…。


「エレーナ・ファウストだ。魔法使いだ。この学校には……仕方なく来た。以上」


それだけ言うと、彼女は口を閉ざした。

我慢できず、俺は尋ねてしまった。


「…君は、不破エレナではないんですか?」


彼女は一瞬だけ視線をこちらに向け、微かに笑った。


「不破エレナか…。それは仮初の姿だよ。

私であって、私ではない」


否定でも肯定でもない答え。

それでも、胸の奥で何かが確かに繋がった。

今はその答えで十分か…。


「では、ここからは私が担当するわ。

私は、2級魔導師、氷室史帆里だ」


聞きたいことは山程あるが、一緒に班になったのだ。

これからいくらでも聞ける。

溢れそうな喜びを隠すように、氷室の方へと向いた。


「ここからは、魔法について学んでもらう。もう分かっていると思うが、魔法はフィクションでもオカルトでもない。

すでに魔法を使える者、魔力を覚醒した者もいるだろうが、扱い方を知る者は少ない。

ここではそれを学んでもらう」


そう言うと、軽く指を鳴らした。

その瞬間、突如として手元に大きな杖が現れた。


「魔法とは一言で言えば、特殊なエネルギー"魔力"を扱う技術です」


俺は、無意識に自分の掌を見つめていた。

本当にそんな力が流れているのだろうか。


「例えば、電気を流せば電化製品は動くでしょ?それと同じように、魔力を使うことで“魔法”が発動する。

この魔力は、君たち自身の体の中に流れているもの。空気中や地面にも、存在する。

ただし、ほとんどの人間はそれを感じ取れない。長年、政府が公表しなかった理由もそこにある。科学の常識では説明しづらかったから。しかし、魔王が復活したことで、多くの人間が覚醒した」


氷室はおもむろに、杖を上に掲げた。

すると、頬を撫でる程度の風が唸りを上げ、巨大な竜巻が発生する。

「……まあ、言葉で説明するよりも、魔法は実際に見たほうが分かりやすいだろう。このようにして、魔法を発動する」


言葉よりも、圧倒的な説得力だ。

そして杖を振ると、巨大な竜巻は消えた。


「残念ながら魔法は才能だ。訓練したところで扱えるものではない。

だが、魔法が使えないからといって、魔力が使えないというわけではない。魔力を使うことで、身体強化をすることもできる。

そして、魔法を知ることで、魔王・魔物との戦闘で対処できるようになる。

だから、全員が魔法を学ぶことは必須科目だから忘れないように」


「では、次に魔法使いの資格についてだ。

六つの区分で分けられ、最上位の特級魔導師から、最下位の3級魔術師となっている」


氷室は淡々と語る。

その語り口は、まるですでに全員が知っている前提で話しているかのようだった。


「特級魔導師は世界に数人しかいない。

なぜなら、全系統の魔法を扱え、一人で国を落とすだけの力を持つからだ。

現在、日本にはいないとされていた。しかし、資格を持っていないだけで、それだけの力を持つ者はいる」


氷室の視線がふいにこちらへ――正確には、その後ろへ向いた。


「そうでしょう?」


氷室は、はっきりと名を呼ぶ。


「………エレーナ・ファウスト」


全員の視線が彼女へと注がれる。

だが、当の本人は気にも留めない様子で、軽く肩を落とすだけだった。


「そんな力は無いと言っただろう?」


どこか面倒くさそうに、エレーナは言う。


「まったく、無資格で魔法を使ったからって…話を大きくするな…」


自嘲気味にそう言って、視線を逸らす。

その態度に、氷室は一歩も引かなかった。


「なにを言う。あなたがいたから、魔王災害も最小限に済んだんだ。

復活した魔王だってあなたの協力がなければ、封印班は別空間へ閉じ込めることはできなかった」


それでも、エレーナは首を横に振った。


「それは君たちが優秀だったからだよ」


淡々と、感情を削ぎ落とすように、

「私は…何もしていない」


その言葉に、俺の胸がざわついた。

本当にそう思っているのか。

それとも、そう思い込もうとしているのか…。


「エレーナ・ファウスト。

あなたはかつて、魔王を封印した一人でしょう?」


あちこちから、ざわめきが起こった。

瑛慈も当然、驚いていた。

もう、二人の会話に入る余地はどこにもない。


「そんな大層なことしてないよ…」


まるで、自分の話ではないかのように、エレーナは困ったように肩をすくめるだけだった。


「そうでなければ、説明がつかないの。

魔王復活の数分前、災害が発生した全地点に、同時に謎の結界が張られていた。

あなたは魔王復活を予兆していたのでしょう。しかし、我々がすぐには動くことができないと判断し、無資格でありながら魔法を使い、人々を救った」


冷静な分析が、事実として積み重ねられていく。


「魔力痕跡を辿れば、すぐに分かることよ」


エレーナは、小さく息を吐いた。


「そんな伝説級の魔法使いが、魔力の痕跡なんて残すわけなかろう。

私は無資格だから、この学校で資格を取れと言われ、連れて来られただけ…」


二人の会話を聞いた時、俺の中で、何かがはっきりと繋がった。


――あの日。

魔物から俺を救ってくれた女性。

宙に浮かび、杖を掲げ、長い髪を風に靡かせていた影。

顔も、名前も分からなかった。

ただ、強烈な光と、柔らかな声だけが記憶に残っている。


……今なら分かる。


あれは――エレーナだったんだ。


伝説級の魔法使いだろうが、不破エレナじゃなかろうが、何だって構わない。

俺にとって彼女は………あの日、確かに俺を救ってくれた、一人の女性だった………。


「その話はひとまず終わりだ」


真柄がそう言って区切りを入れる。

エレーナは小さく息を吐き、ほんの一瞬だけ肩の力を抜いたように見えた。


「では、魔法が使えない者は、どうしたらいいのか…」


真柄は視線を巡らせ、はっきりと言い切る。


「武器を取れ。

剣でも槍でも銃でも…何でもいい。自分の戦い方を選べ」


その言葉は、魔法を扱えない者への救済のようにも聞こえた。


「世界には魔力の籠った魔道具も存在する。我々の研究所では、魔力を使いこなせずとも戦える武器の開発も行っている」


魔法が使えなくても、戦える。

その事実に、胸の奥がわずかに軽くなった。


「当然、武器を扱う者にも資格が必要になる」


真柄は淡々と続ける。


「近接武器は、最上位の特級聖騎士(パラディン)から、最下位の3級騎士だ。

遠距離武器は、特級射撃士〜3級射撃手となる」


資格と階級。

この世界で戦うには、力だけでは足りないということだ。


「そして、勇者資格だ」


その言葉に、自然と背筋が伸びる。


「勇者資格は、今説明したもののうち、二つの上位階級を取得した者が名乗れる。

勇者候補の六人は大変だろうが……取得できなければ、勇者にはなれない」


重い現実が、静かに突きつけられた。


「では、魔法資格を目指すものは、氷室の方へ。

それ以外は、私と、林崎、鷲尾の方へ来い。勇者候補生もこちらだ」


真柄の指示に従い、皆が動き出す。


日本刀を扱っていた男が林崎。

二丁拳銃を扱っていた男が鷲尾らしい。

改めて見ると、二人とも若かった。

おそらく、まだ二十代だろう。

それでも、前線に立ってきた者特有の貫禄があった。


「じゃあ、私たちは魔法資格を目指すから」


エレーナはそう言うと、迷いなく安倍晴香の腕を掴んだ。


「…あの、私、まだ魔法資格を目指すとは言ってない…」


戸惑う安倍に、エレーナはちらりと視線を向ける。


「魔力を見れば分かる。君は、陰陽師の家系だろう?

"安倍"の晴香」


安倍晴香は言葉を失ったように口を閉ざし、何か言いたげな表情を浮かべたまま、エレーナに引かれていった。


「…えっと、久遠さんはどうしますか?」


俺は隣にいた久遠拳護へ声をかけた。


「…俺も、天満さんと一緒で…」


短く、しかし迷いのない返事だ。


「じゃあ、行きましょうか」


短い会話を交わし、二人は真柄の待つ方へと向かった。

魔法の道へ進む者。

武器を手に戦う道を選ぶ者。

ここから先、同じクラスであっても、進む道は分かれていく。

そして、勇者を目指すことがどれだけ険しい道なのかを、俺はようやく実感するのだ。

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