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幕間物語 『吉良朝日』

―ガタッ…


 足元に穴が空いた。

 手と足を封じられ、一直線に落下する。

 何て呆気ない最後だ、何てくだらない人生だ。

 ああ、もっと。もっと。

 もっと俺を満たしてほしかった。

 もっと俺を歓喜させてほしかった。

 

 そしてもっと、人を殺したかった。


 『させてあげよう』



「ッ!」


 吉良朝日は目を開けた。

 真っ白い天井。

 真っ白い壁。

 いや、そもそもそれは壁なのか?

 どちらかと言えば、真っ白い空間がどこまでも続いているように思えた。


『やあ、ようやく目が覚めたね』


 見知らぬ誰かの声。

 吉良朝日はその方を向いた。


「誰だ、お前」

『お前とは失礼だなあ、僕は神だよ』


 神?

 神にしては胡散臭い見た目だと彼は思った。

 何といっても、身体が黒いモヤに覆われているのだから。

 どちらかと言えば悪魔のほうが近いだろう。


「どうでもいい。ここは地獄なのか」

『地獄ではないね。行きたいなら送ってあげるけど?』


 吉良朝日は嘲笑した。


「いいさ、行かなくて済むならそれに越したことはない」

『ははは。それは良かった』


 吉良朝日は辺りを見渡す。


「ならここはどこなんだ」

『死後の世界だよ。君は死んだんだ』

「そうか、死んだか」


 吉良朝日はさして興味もない様子で言葉を吐き捨てた。


『あれ、あんまり驚かないね』

「死には興味がない。人を殺すのは好きだがな」

『ははは。頭おっかし~』


 神は楽しそうに笑った。


『だが、そんな君だからわざわざ選んだんだ』

「どういう意味だ?」

『つまり、もっと人殺しをさせてあげるってこと』


 その言葉を聞いた瞬間、吉良朝日は勢いよく立ち上がった。

 そして神のほうへ近づいていき、思いっきり首根っこをつかんだ。


「本当だろうな?」

『うっ、苦し…くはないけど不敬だよ? 君』

「どうでもいい。さっさと答えろ」

『はいはい、だから君を転生させてあげよ~ってこと』


 神はめんどくさそうに手をひらひらさせながら答えた。


「転生?」

『そ、勇者物語の世界にね。…ところでそろそろ手ぇ放してくれない?』


 吉良朝日はゆっくりと手を放す。

 彼の目には、歓喜の情が滲んでいた。


「そうか。また殺せるのか。クハハ、くはははは!」

 吉良朝日は笑った。

 高慢に、傲慢に。


『ハア、イカれてるねえ君。説明とか聞かなくていいのお? だって君、勇者物語が何かとか知らないでしょお。君が死んだ後のゲームだし』

「いい、さっさと生き返らせろ!」

『いやあ、こっちにも段取りってものがあるからさあ…』

「さっさとしろ!」

『もう、分かったよお』


 神は残念そうに足元を見下ろした。

 正確には、足元よりさらに下にある『勇者物語』の異世界を。


「何をしている?」

『見てるんだよ。僕の崩壊者ブレイカーくんがちゃんと働いているかをね。おっ、ナイスタイミング。ちょうどやってくれたところだ』


 その言葉と同時に、吉良朝日の身体が薄く消えはじめた。


「なんだこれは、俺は生き返るのか?」

『そうだよ』

「また人を殺してもいいのか?」

『いくらでも』

「そうか、ならもういい。じゃあな」

『ハア、まったく問題児だなあ。…あ、そうだ。これだけは伝えなきゃね』


 神はふりふりと手を振りながら、最後に吉良朝日に向かってこう言った。


『君の行く世界には、君とおなじように生き返った転生者が全部で100人いる。そいつらを全員殺したら好きな願いを一つ叶えてあげるよ。ついでに地球にも戻してあげるからね~』


 一瞬、吉良朝日は神のほうをへと視線を向けたが、彼は何も言わず、無表情のままだった。


『ハア、まったく何考えてるんだかねえ。さ、次の仕事だ』


 吉良朝日は薄く消えゆく身体を見つめ、それからゆっくりと目を瞑った。


 彼はその時、次の殺戮を夢見ていた。

 あの青春を。

 歓喜の一夜を。


 そして、吉良朝日は異世界に転生した。

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