幕間物語 『吉良朝日』
―ガタッ…
足元に穴が空いた。
手と足を封じられ、一直線に落下する。
何て呆気ない最後だ、何てくだらない人生だ。
ああ、もっと。もっと。
もっと俺を満たしてほしかった。
もっと俺を歓喜させてほしかった。
そしてもっと、人を殺したかった。
『させてあげよう』
*
「ッ!」
吉良朝日は目を開けた。
真っ白い天井。
真っ白い壁。
いや、そもそもそれは壁なのか?
どちらかと言えば、真っ白い空間がどこまでも続いているように思えた。
『やあ、ようやく目が覚めたね』
見知らぬ誰かの声。
吉良朝日はその方を向いた。
「誰だ、お前」
『お前とは失礼だなあ、僕は神だよ』
神?
神にしては胡散臭い見た目だと彼は思った。
何といっても、身体が黒いモヤに覆われているのだから。
どちらかと言えば悪魔のほうが近いだろう。
「どうでもいい。ここは地獄なのか」
『地獄ではないね。行きたいなら送ってあげるけど?』
吉良朝日は嘲笑した。
「いいさ、行かなくて済むならそれに越したことはない」
『ははは。それは良かった』
吉良朝日は辺りを見渡す。
「ならここはどこなんだ」
『死後の世界だよ。君は死んだんだ』
「そうか、死んだか」
吉良朝日はさして興味もない様子で言葉を吐き捨てた。
『あれ、あんまり驚かないね』
「死には興味がない。人を殺すのは好きだがな」
『ははは。頭おっかし~』
神は楽しそうに笑った。
『だが、そんな君だからわざわざ選んだんだ』
「どういう意味だ?」
『つまり、もっと人殺しをさせてあげるってこと』
その言葉を聞いた瞬間、吉良朝日は勢いよく立ち上がった。
そして神のほうへ近づいていき、思いっきり首根っこをつかんだ。
「本当だろうな?」
『うっ、苦し…くはないけど不敬だよ? 君』
「どうでもいい。さっさと答えろ」
『はいはい、だから君を転生させてあげよ~ってこと』
神はめんどくさそうに手をひらひらさせながら答えた。
「転生?」
『そ、勇者物語の世界にね。…ところでそろそろ手ぇ放してくれない?』
吉良朝日はゆっくりと手を放す。
彼の目には、歓喜の情が滲んでいた。
「そうか。また殺せるのか。クハハ、くはははは!」
吉良朝日は笑った。
高慢に、傲慢に。
『ハア、イカれてるねえ君。説明とか聞かなくていいのお? だって君、勇者物語が何かとか知らないでしょお。君が死んだ後のゲームだし』
「いい、さっさと生き返らせろ!」
『いやあ、こっちにも段取りってものがあるからさあ…』
「さっさとしろ!」
『もう、分かったよお』
神は残念そうに足元を見下ろした。
正確には、足元よりさらに下にある『勇者物語』の異世界を。
「何をしている?」
『見てるんだよ。僕の崩壊者くんがちゃんと働いているかをね。おっ、ナイスタイミング。ちょうどやってくれたところだ』
その言葉と同時に、吉良朝日の身体が薄く消えはじめた。
「なんだこれは、俺は生き返るのか?」
『そうだよ』
「また人を殺してもいいのか?」
『いくらでも』
「そうか、ならもういい。じゃあな」
『ハア、まったく問題児だなあ。…あ、そうだ。これだけは伝えなきゃね』
神はふりふりと手を振りながら、最後に吉良朝日に向かってこう言った。
『君の行く世界には、君とおなじように生き返った転生者が全部で100人いる。そいつらを全員殺したら好きな願いを一つ叶えてあげるよ。ついでに地球にも戻してあげるからね~』
一瞬、吉良朝日は神のほうをへと視線を向けたが、彼は何も言わず、無表情のままだった。
『ハア、まったく何考えてるんだかねえ。さ、次の仕事だ』
吉良朝日は薄く消えゆく身体を見つめ、それからゆっくりと目を瞑った。
彼はその時、次の殺戮を夢見ていた。
あの青春を。
歓喜の一夜を。
そして、吉良朝日は異世界に転生した。




