第4話 『101人目の転生者』
「そうか、そういうことか…」
リオンは茫然とした表情で机上の埃を見つめていた。
自分の置かれている状況が、延いてはこの世界がどれほど恐ろしいものなのか、セイルの話を聞いてようやく理解できたからだ。
「だから殺し合いを…」
「その通りです、リオン」
とセイルは深く頷いた。
「すべては神の掌のだった…。私たちはこの世界に転生させられただけでなく、はじめから殺し合うように仕組まれていたのです」
「でも、ちょっと待ってくれ」
リオンは思い切ってセイルに尋ねた。
「全員が全員、神の望み通りに動くわけじゃないだろ? そもそも自分以外の99人全員を殺すなんてあまりに馬鹿げた話だ。現に、あんたたちは俺を殺そうとしていないじゃないか」
「その通りです。はじめの100人がこの世界に転生させられてからしばらくは小さな争いこそあったものの、そこまで大きな問題は起こりませんでした。時が経つほど転生者の人数が減っていく都合上、何人かの問題児さえ処理してしまえばイザコザは起きませんからね。はじめのうちはそれで上手く回ってたんですよ」
「はじめのうちは?」
「長らく転生者たちの人数は70程度で停滞していました。問題児たちを処理し、あとは全員がおのおのの生活でも営みながら天寿を全うする気でした。しかし、問題が発生しました。神の介入だ」
「神の介入…?」
「今から三十年前、突如として101人目の転生者がこの世界に誕生しました。君と同じ、モブNPCの人格を上書きするようにしてこの世に転生してきたんですよ」
「それがどうして問題になるんだ?」
話がうまく飲み込めない。
リオンは首を傾げた。
「そう、はじめは誰もそんなこと気にしていなかった。今更転生者がひとり増えたところで何も現状は変わらない…と、そう思っていました」
「つまり、そいつが争いを望むやつだったってことか?」
「それもそうですが、状況はさらに最悪でした。そいつが101人目の転生者であることは説明しましたね?」
「ああ」
とリオンは頷いた。
「問題はそいつが持っていた能力です」
「能力?」
リオンは首を傾げた。
「確かに『勇者物語』はレベルを上げれば色んな能力や魔法を使えるようになった記憶があるが…。その能力のことか?」
「いや、その能力のことではありません。確かに僕らは魔法や能力を使うことができるが…」
と言いながら、セイルは掌の上に小さな水の塊を作り出した。
「うおっ、そんなこともできるのか!」
「ふっ、確かに僕も最初は驚きましたよ。まあ、慣れてしまえばどうということもありませんが」
と言って、セイルはめんどくさそうに掌の水の塊をその辺に投げ捨てた。
地面の上に、水の塊が弾けて散らばる。
リオンはその光景を驚嘆の目で見つめていたが、セイルはそんなことにはお構いなしといった様子で語を継いだ。
「話を戻しましょう。101人目の転生者が持っていた能力。それは、この世界の常識を根柢から覆すものだったんですよ」
『崩壊者』
「君はその能力を知っていますか?」
セイルは緊張のこもった口調で、静かにそう告げた。
「ブレイカー…」
リオンは静かに呟き、その言葉を吟味した。
どこかで聞きおぼえがあるような気もしたが、しかしどうにも思い出せなかった。
「101人目の転生者が、自分の持つ能力のことをそう呼んでいました。『勇者物語』のゲームにもいくつかの能力はありますが、そのどれにも当てはまらない。彼が持っていたのはまったく新しい能力です」
「…ちょっと待ってくれ、話が見えない。そいつが崩壊者とかいう能力をそいつが持っていたとして、どうしてそれが最悪な状況に繋がるんだよ?」
「うん、順を追って話しましょう」
セイルは頷きながら話を続けた。
「三十年前のある日、101人目の転生者。つまり崩壊者の所持者が人を殺したんです」
「殺した…?」
「ええ。誰もそれを止めることができませんでした。そして、本当の最悪はその後に起こりました」
リオンは遠くを眺めながら、静かに呟いた。
まるで思い出したくもない何かを、記憶のパンドラをそっと開けるように、だ。
「崩壊者の能力。101人目の転生者だけに許された、この世界の根底を覆す悪魔の力。その能力とは、崩壊者を持つ転生者が他の転生者を殺した時、新たに世界を再構成することだったのです」
「再構成…」
その時リオンのなかで、何かが結びつこうとしていた。
いくつもの断片的な情報が、徐々に繋がっていく。
―待て。待ってくれ。
その話の続きを、リオンは聞きたくなかった。
耳を塞いでしまいたかった。
その話の先を聞いてしまったら、自分がもう、どこにも戻れないような気がしたからだ。
「やめろ…やめてくれ…」
リオンは絶望に駆られながら、隣に座っていたアイラを見つめた。
アイラはきょとんとした表情でリオンを見つめ返した。
「いいや、君にはこの話を最後まで聞く義務がある。なぜなら、君こそが101人目の転生者にして、崩壊者の現所持者だからです」
「まさか、そんな…」
リオンの心臓がけたたましい音をたてて鼓動を鳴らす。
「ええ、君の想像通りです。30年前のその日、世界が再構成された後に亡くなっていたはずのユニークNPCが突如として復活しました。《《新しい転生者たち》》の魂をその身に宿してね。ここにいるアイラもつい八か月前に転生してきたばかりだ、つまり…」
セイルは静かに言い放った。
「無限に続く殺し合い…。全ては、神の掌の上だったのですよ。」
*
「…落ち着きましたか?」
どこからか声が聞こえる。
その声につられるようにして、リオンは目を覚ました。
「あれ、ここは…?」
そう呟きながら、リオンは起き上がった。
どうやらベッドに横になっていたらしい。…といっても木が打ちっぱなしのボロベッドに寝かされていたらしく、全身がきしきしと痛んだ。
「さっきのホテルですよ」
どうやら、ずっと付き添っていてくれたらしい。
リオンが目を覚ましたのを確認すると、彼女はホッとした様子で胸をなでおろしていた。
「ホテル…?」
「ええ、私たちがいたところですよ。知らなかったんですか?」
「ああ、いや。はじめてきたもんだから…」
リオンは辺りを見渡したが、確かに景色は変わっていない。
ただの廃墟だと思っていたが、どうやら彼女の言う通り使われなくなったホテルらしい。
―どうりでベッドなんかがあるわけだ…。
リオンは全身の痛みをほぐすために立ち上がってノビをした。
「俺、どのくらい寝てましたか?」
「うーん、三十分くらいですかねえ。話を聞くなり気絶しちゃうからビックリしちゃいましたよ」
「ああ、そう…」
リオンは思わず赤面する。
まさか自分の精神がそれほど軟弱だとは思ってもいなかった。
「…こんな世界、アイラさんは怖くないんですか?」
だしぬけに、ふいに、リオンは彼女に尋ねた。
なぜ自分がそんなことを彼女に聞いたのか、彼には分からなかった。
いや、その質問自体に意味はないかもしれない。
だが、何となく彼女に尋ねてみたくなった、それだけだ。
「ふふ、こわいですよ」
彼女は笑った。
―なぜ、どうして。
リオンには、彼女の笑みが理解できなかった。
「ならどうして、そんなに笑っていられるんです」
彼女はまた笑って、答えた。
「私、あんまり暗いことは考えないようにしてるんです。確かに命を狙われそうになったことは何度かあるけれど…。でも、この世界もそんなに悪いものじゃないですよ?」
アイラはそれだけ言ってしまうと、背を向けて入口のほうへと歩き出した。
しかし、途中で振り返った。
「あと敬語はやめてください。なんだか距離を感じるし、あなたのほうが年上なんですから」
*
二人で階を降りると、先ほどの部屋でセイルが待っていた。
どうやら本を読んでいたらしい。
二人が帰ってきたことに気が付くと、彼はリオンに向かって笑いかけた。
「おや、思ったより早く戻ってきましたね」
「ああ、すまない。もう大丈夫だ」
「ふっ、それはよかった」
セイルは読みかけていた本を閉じ、椅子に座りなおした。
「さて話を続けよう。今度はもう気絶しないでくれよ?」
そして、ニヤリと笑った。
「ああ、大丈夫だ」
リオンとアイラも椅子に座った。
そうして、セイルはまた語り始めた。
最悪の続きを。




