第3話 『世界は再構成された』
「なんで…、なんでお前が生きてるんだ!」
リオンの絶叫が響き渡る。
彼の顔には、いまだ忘れ得ぬ恐怖の色が刻み込まれていた。
「え…なんで私の名前…」
しかし当のアイラ本人は、なぜ自分の名が叫ばれているのか分かっていない様子だ。
きょとんとした表情でリオンを見つめている。
「また俺を殺しにきたのか!」
リオンは無意識に半歩引き下がり、戦闘の構えをとる。
「おいおい、揉め事はやめてくれよ!」
商店の老人が大声をだしてリオンを制止しようとしたが、彼の耳にはもはや届かなかった。
「…どなたかは存じませんが、あなた失礼ですよ」
アイラもリオンに応戦する形で、腰に携えていた剣を素早い動きで抜き構えた。
―この時だった。
リオンはあることに初めて気が付いた。
アイラの服装が、先ほどまでと違っている。
いま、目の前にいる彼女は薄い銀色の甲冑を身に着けており、手には剣を握っている。
リオンは、その姿に見覚えがあった。
「勇者…物語…」
そう。
目の前にいる彼女の姿こそ、彼が幼い頃プレイしたゲーム。『勇者物語』に登場するユニークNPC、アイラ=スカーレットそのものだったからだ。
「なッ…!」
リオンのその言葉を聞いた瞬間、アイラは驚いた様子で目を見開いた。
「あなた…、まさか転生者…?」
「え…」
今度はリオンが驚く番だった。
なぜ俺が転生者だと知っている?
まさか彼女もそうなのか?
いやそもそも、今目の前にいるアイラは、俺の知っているアイラと本当に同じ人物なのか?
「そこまでにしてもらいましょう!」
その時、膠着した二人を目覚めさせるように、男の声が響き渡った。
声の主は、紫髪のセイルと呼ばれていた人物だった。
セイルはリオンの方につかつかと歩み寄ると、彼の構えていた拳にそっと掌で触れ、そのまま手を下げさせた。
「君、いまは拳を収めてくれないか。それにアイラも、こんな人通りの多い場所で無闇に剣を抜くものじゃありませんよ」
「は、はい…」
セイルに怒られてしゅんとしたアイラは、べそをかいたような表情で剣を鞘に納めた。
そしてセイルは、リオンに向かって静かに、冷ややかに言い放った。
「君も転生者ですね?」
「何で、あんたがそれを…」
リオンが唖然とした表情でいると、それを見たリオンはハア、とため息をついた。
「やはりそうか。ついてきなさい、人目につかない場所で事情を説明しよう」
リオンがハッと我に返って辺りを見渡すと、いつの間にやら物好きな見物人たちが、三人の周りを取り囲むようにして集まっていた。
「さあ、早く行きましょう」
そういうとセイルは、見物人たちを押しのけてさっさと歩き出した。
「ま、待ってください!」
アイラは慌てて彼の後を追いかけていった。
何がなにやらわけが分からないが、とりあえずリオンも二人についていくことにした。
*
「ふむ、ここでいいでしょう」
そこは廃ビルの一室だった。
いや、正確にはビルというよりは粗末なレンガ造りの建物なのだが、いたる所に埃やら蜘蛛の巣やらが散乱している。どうやら長い間使われたことがない場所らしい。
「少し休みましょうか」
そういうとセイルは置き去られたままの椅子を引き寄せて、積もっていた埃を丁寧に振り払ってからゆっくりと腰かけた。
「何をしているのです、君もはやくかけなさい」
リオンが訝し気に辺りを見渡していると、ふいにセイルがそう言った。
その言葉に促されるまま、リオンは席についた。
「さて、どこから話しましょうか。…いや、その前に君の名前を聞いておきましょう」
セイルはテーブルに肘をつき、ジッとリオンを見つめた。
リオンには、その視線が彼が何かを試そうとしているかのように思えた。
リオンはその視線に応えるように、慎重に口を開いた。
「…竹田海斗だ。この世界ではリオンと呼ばれている」
「ふむ…」
セイルはため息をついた。
その拍子に、テーブルの埃がふっと舞い上がった。
「その様子、もしかしてあんたたちも同じなのか?」
「ええ。君の考え通り、私たちも君と同じ転生者です」
「そう、か…」
可能性として、リオンはそれを思いつかなかったわけではない。
しかし、思い至らなかったのだ。
彼が異世界に転生してきてから、わずか一日しか経っていないのだから。
「ほう、101人目にしてはあまり驚かないのですね。先代はもっと驚いていたと聞きましたが。もしかして事情が違うのでしょうか?」
「質問を返して悪いが、101人目ってどういうことだ?」
「なるほど…ふむ…」
セイルは何かを考え込むようにうんうんと頷いた。
それからアイラに短く目配せをし、またリオンのほうに向き直った。
「竹田くん…。いや、今はリオンと呼ばせてもらいます。君のことを信じて、私たちの知っていることをすべて話しましょう。長い話になります、いいですね?」
「あ、ああ…」
そうしてセイルは、この世界の成り立ち、彼が経験してきたこと、この世界で今何が起きているのか。その全てを、ゆっくりと語り始めた。
*
「勇者物語、もちろん君は知っていますね?」
「ああ、たしか1970年代のアメリカのPCゲームだろ。元のタイトルは…BRAVE STORYだったか。小さい頃よく遊んだんだ」
「その通り。今私たちがいるこの世界は、その勇者物語の話をもとに再現された異世界です。その説明は聞きましたか?」
「説明…。ああ、あの神とか名乗ってたやつにか? それなら聞いた」
「ふむ、それならいい。話を戻しましょう。この世界はその神とやらが創り出したものです。何の為にそんなものを創りだしたのか、その理由は知りませんがね。とにかく、はじめにこの『勇者物語』の世界を神は創った。ところが、どうも神はそれだけじゃ飽き足りなかったらしい。神は地球で死んだ100人の魂をひとところに集めた。この100という数字、君なら覚えがあるんじゃないですか?」
「100…。まさか、ユニークNPCのことか?」
「その通り」
セイルは静かに頷いた。
「勇者物語では特徴のあるアバター100体のことをユニークNPCと呼んでいた。まあ、俗にいうモブではないNPCのことです。…とにかく、神は100人の死んだ者たちの魂を集め、こう言いました。『君たちの魂をユニークNPCに転生させてあげよう。だから、殺し合いをしてほしい』とね…」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
リオンは慌てて立ち上がった。
その拍子に、彼の座っていた椅子が後ろに倒れてしまった。
「じゃあ、あんたたちは俺を殺す気なのか!」
しかし、当のセイルは落ち着き払った様子で、リオンをなだめた。
「そう慌ててはいけない、話はまだ続きがあります。ほら、座りなさい」
セイルは片手をひょいと出して、リオンを席につくように促した。
すると、先ほどから押し黙っていたアイラが口をはさんだ。
「大丈夫ですよリオンさん。私たちはあなたと敵対するつもりはありません」
そう言って彼女は、優しく微笑んだ。
考えてみれば、リオンが異世界に来てからというものの、彼の味方は誰一人としていなかった。
ともすれば殺されていたかもしれない。
それがここにきて、仲間と思われる人物たちが現れた。
その事実が、彼女の声が、リオンを落ち着かせた。
「悪い…、気が動転しちまった」
リオンは椅子を立て直し、再び腰かけた。
「構いません。見たところまだこっちに来て日が浅いのでしょう?」
「ああ、つい昨日転生させられたばっかりだ」
「なんと!」
セイルはここにきて初めて驚いた表情を見せた。
どうやらアイラも同じ様子らしい。
紺碧の双眼をまんまると見開いている。
「それは驚きですね。時間軸にズレがあることは承知していましたが、まさかそれほどとは…。いや、その話はまた今度にしましょう。とにかく、話の続きです」
セイルは改まってリオンのほうに視線を投げ、こう言った。
「神は私たち100人の魂を集めてこういったんだ
殺し合いをしろ。最後に残った人物には、どんな願いも一つ叶え、元の世界に転生させてやる。
とね…」




