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プロローグ  転生

竹田海斗たけだかいとはようやく落ち着きを取り戻したように見えた。

 彼は大きく深呼吸をしたが、身体が白いモヤで包まれていたため、その試みは失敗に終わった。


「ははは。だからここじゃ呼吸は意味ないんだって」


 そう言って彼の目前で笑っているのは、謎の人物。

 いや、そいつがはたして本当に()()であるのかは分からない。何せ、そいつの身体は黒いモヤで覆われているからだ。

 自分のことを『神』だと言っていたが、それも本当かどうか怪しかった。


「やっぱり、これは夢なんじゃないか?」


 竹田海斗は訝し気に神に尋ねる。

 しかし、返ってきた答えは先ほどまでと同じだった。


「だからぁ、何度も言ってるじゃないか。ここは死後の世界で、君がここにいるのは君が死んだからだよ」


 神はめんどくさそうに右手をヒラヒラさせながら適当に返事をした。


「そうか…」


 竹田海斗は肩を落とす。

 神はその様子を見て、ゲラゲラ笑いながら彼の肩を叩いた。


「そう落ち込むなよ。十八歳、だっけ? 若いのに気の毒だね~。ま、人生悪いことばかりじゃないさ。どうだい? モノは相談なんだが、君が望むなら『異世界』に転生させてあげようじゃないか」


「へえ」


 それを聞いた竹田海斗は、思わず顔をあげた。


「それは面白そうだ」

「うん。さらにスペシャル・サービス。なんと今なら前世の記憶も引き継げちゃいます!」

「うーん…」


 しかしこれを聞いた彼は、またしても顔を伏せた。


「あれ、あんまり乗り気じゃない?」

「まあ…記憶なんて引き継いじまったら家族とか友達のことを思い出しちまうだろ? だったら、そんなもの無くてもいいのかなって」


 竹田海斗がそう言うと、神は怒ったような様子でバッ! と立ち上がり、顔の前にでっかく人差指でぺケマークを作った。


「ナーンセンス! おいおい竹田少年。それはまったくナンセンスだ」

「な、なんだよ急に…」

「君は記憶を引き継いで転生するんだ。いや、そうするべきなんだ!」

「何でだよ?」

「フフフ。だってその方が面白そうだから」

「何だよそれ…。まあ、分かったよ」

「分かればよろしい」


 そういうと神は満足げにうなずきながら、さらに話を進めた。


「で、君の転生先なんだが、じゃーん!」


 神は自分の身体にまとわりついたモヤの中から小型の液晶パネルを取り出し、見せつけるようにして彼の目の前に差し出した。


「ねえねえ、君は知ってるでしょ? これ」


 液晶のタブレットには、ドット絵のチープなホーム画面が映し出されており、その中心にはデカデカと『BRAVE STORY』の文字が浮かび上がっていた。


「勇者物語…?」

「そ、ピンポーン!」


 竹田海斗はその画面を見つめながら、かつて夢中になって遊んだその《《ゲーム》》のことを思い出した。

 

 『勇者物語』。


 かなり古いゲームだ。ストーリーはいたって単純で、勇者が魔王を倒すだけの古典的なものである。だが、その完成度と自由度の高さから一部のマニアにカルト的な人気を誇る、いわゆる金字塔作品だ。


「何で、そんなものを…?」


 彼がそう尋ねると、神は少しムッとした様子で答えた。


「そんなもの、とは何だい。こんなにも面白いゲームなのに!」

「ま、まあ確かに面白いのは面白いが…」

「そうだろ!? だから君を勇者物語の世界に転生させるんだ~」

「はあ!?」


 彼が驚いて声を荒げると、神は液晶のタブレットをモヤにしまいこみ、両手をパンッと叩いた。

 すると、その音を合図に竹田海斗の身体が徐々に薄くなりはじめた。


「じゃ、説明は以上だよ。後は自分でいろいろ試してみてね」

「へ? お、おいちょっと待てよ。まだ聞きたいことが…!」

「じゃあね~」


 神は黒いモヤごしに右手をフリフリさせながら、竹田海斗を見送った。

 竹田海斗は神を問いただしてやろうと思ったが、白いモヤが彼の全身にまとわりつき、うまく言葉を発することができなかった。そして次第に、意識も薄れていった…。

 

 そうして彼が次に目を覚ますのは『勇者物語』世界の中になるのだが、彼は意識を失う直前、神の発した、こんな言葉を確かに聞き取っていた。


「ま、所詮はゲームの世界さ。君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」


 そして、竹田海斗は異世界に転生した。

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