家の中から一匹残らず駆逐してやる
どきどき! 同居人は魔族のイケメン! 引っ越した先は玄関入ってすぐから汚部屋なのが丸わかり! 俺、これからど~なっちゃうの~?
まず目につくのは溢れる生活用品である。なんで玄関入ってすぐに目につく位置からあるんだよ。せめて部屋に入ってからあれよ。
「なんだこれ汚いな!」
もはや雇用主とか関係ない。率直な感想を述べる。他人の家なら流石にグッと飲み込むが、今日から俺もここで暮らすのだ。この状態は否定しておかないとやばい気がする。
「片付けって苦手なんだよね」
アレクの方を見ると、彼は少し恥ずかしそうに笑って頬を搔いた。この面に騙されてはいけない。これはもう苦手とかそういう話ではなく片付けの一切をぶん投げている。
改めて廊下を見てみる。ゴミというより未使用の生活用品が多く、買ってきたものをそのまま置いたような感じだ。意外と埃とかゴミとかは落ちていない。
「買い出しとかどうしてんの? 転移使えるってことは収納も使えるんだろ? 収納に入れて持ち運んでるんじゃないの? 片付けるの面倒なら収納に入れっぱなしでいいじゃん」
とりあえず原因を探ってみることにした。俺も買い出しの時は片手で済むような荷物以外は収納に入れ、家に帰ってからそれぞれの置き場の前で出して保管する。食料品なら台所、トイレットペーパー(ちなみにロールじゃなくて四角い紙)ならトイレの保管棚だとかだ。
「収納は取り出すときに思い出すのが大変だから、空の魔法鞄持って行ってそこに入れているよ。で、取り出し忘れないように帰ってきたらすぐに一度全部出すんだ」
それだ!!!!全部出してから片づけていないから溜まる一方なんだ!!片付けろ!!!!
……まあ、片付けられる性質なら最初から片付けるよな。そこは今後頑張って意識改革するしかないだろう。とりあえずアレクの中で“取り出し忘れ”の方が重要であることはなんとなくわかった。買ったことや手に入れたことそのものを忘れ、再度購入して物をダブらせることは避けられるだろう。
……いや避けられるか? 取り出してもこんなごちゃ混ぜになっていたら普通に分からなくなって重複買いするだろう。現に離れたところに似たようなサイズで同じような絵が描かれた麻袋が複数あったぞ。
「……よし。次は部屋案内してくれ」
ここはあとで片付けるとして、部屋を見よう。意外と部屋はマシかもしれない。
入り口近くにある応接室は意外にも普通だった。まあ応接室は散らかる要素少ないもんな。あと俺の部屋予定の空き部屋や使用頻度が低かったり空いている部屋はきれいだった。トイレや風呂場もきれいなもので、どうやら定期的に洗浄魔法をかけているらしい。乱雑していたわりに廊下に目立つ埃がなかったのも洗浄魔法のおかげだろう。
問題はリビングとキッチン・書斎・倉庫・作業場である。部屋の前までしか行かなかったアレクの私室も多分ヤバいが、プライベートの事なのでそこはいいだろう。
リビングもよくわからんメモだとか本だとかが散乱していた。
キッチンには使用して洗浄(多分洗浄魔法)をかけてはいるであろうが食器や調理器具が出しっぱなし、密閉されてはいるが保存食やワインもテーブルに置きっぱなし。
書斎には本が床置き、本棚は空きが目立つ上にジャンルもサイズもバラバラ。倉庫は物がみっしり詰められ(廊下にもあんなにあったのに)、作業場は器具や素材や書類が広げられたまま。
そうして再度リビングにやってきた。
「きっったな!!足の踏み場がない!!」
「何回言うのさ。あと隙間まだあるし。まだいける」
アレクが肩を竦める。何回でも言ってやらぁ!!!!『まだいける』じゃねぇんだわ。限界に挑戦しようとするな。隙間埋めとか、こちとらテトリスやってるわけじゃねぇんだぞ。
「……ここに契約書広げるとか無理だろ」
リビングのローテーブルには書類が、ソファには背もたれに洋服類が適当にひっかけられ、座るところにはタオル類がこんもりと山になっていた。畳め。めちゃくちゃ皺になってんぞ。
「前はこうじゃなかったんだよ。半年ぐらい前までは住み込みのお手伝いさん夫婦がいたんだけど、人族的に高齢なのもあって辞めて息子さん夫婦のところに同居になったんだ」
なるほど。やはり前任者がいたらしい。
「その息子さんも成人するまではここで暮らしていてね、すごく賑やかで楽しかった。あっと言う間だったな」
アレクは懐かしそうに目を細め、部屋を見渡した。俺には見えない記憶を目で追っているのだろう。
ってか『笑顔が絶えないアットホームな職場です』で本当にアットホームで笑顔が絶えない環境なことってあるんだ……。世の中まだまだ知らないことばかりである。雰囲気的にツッコむに突っ込めないので神妙な面で頷いておいた。俺はそこそこに空気の読める男。
「求人募集もかけたんだけどね、全然応募なくて。その間に“こう”なってしまった」
彼は肩を竦めて見せた。それでこの惨状かー。
「苦手なことをサクッと外注に出したのはえらい。ただ、あの『未経験者歓迎! 笑顔が絶えないアットホームな職場です!』の文言は辞めた方がいいと思う。いや、ほら、逆にそういう雰囲気が苦手な人とか最近結構多いかもしれないしそうじゃないかもしれないし」
本人はいたって真剣だったらしく、しょんぼりしていた。茶化す空気でもないし、かといって同じ失敗を繰り返さないようやんわりと伝えてみた。最後の方は早口だ。俺にも『だってあれ死ぬほど胡散くせぇもん。そりゃ応募こねぇわ』と言わない優しさはある。
今にして思うと町はずれ住み込み・雇い主訳アリ(魔族)・魔道具関連で別途魔法契約必要となると確かに給料は高くなるだろう。その事情も知らず、トドメにあの文言は胡散臭さしかなかった。あの文言がなければ何人かは応募あったかもしれない。
そういうものなんだねとアレクは納得してくれたようだ。素直。
「応接室使おうぜ、あそこならスペースが……」
俺が言いかけたものの、黒いものが視界に入って言葉を止めた。一瞬でもわかる。黒くて、素早い、名前も言いたくない虫。それが、壁に。
カヒュッ(※ルドガーの喉の奥から漏れ出た音)
「あ、ゴキブリ」
「――――ッッ!!!」
アレクが「あ」と言った時点で俺はゴキブリを水の球で包む!そして即座に凍結!!!氷のボールがゴトンと音を立てて落ちた。
「んいぃぃぃ!!!!!」
俺はボールを引っ掴み窓際に駆け寄って一気に窓を開け放つ。落ちている紙に足を取られてスっ転びそうになったが気合で耐えた。自身に全力の身体強化をかけ ――
「どりゃぁぁあああ!!!!!!」
―― 外に向かって氷のボール(ゴキ入り)をぶん投げた。プロ野球選手も真っ青なスピードと飛距離で、氷のボールは平原に消えた。一連の動作はおそらく十秒も掛かっていなかったに違いない。多分。
急な動きにボディバッグの中にいたダイフクが小さく震えるが、『なんだいつものか』とばかりに再びだらだらし始めた。慣れたものである。
「……はい?」
突然の出来事に理解が追い付かなかったのか、アレクが間の抜けた声を発した。
室内に虫が出た時の俺の行動を初めて見た人は大体こういう反応をする。親とか兄弟もそうだったが皆慣れた。虫を食べてくれる蜘蛛以外は全力で追い出すか殺すかしなくてはならない。正直蜘蛛もこわいけど。
「ラブ・アンド・ピース!! サーチ・アンド・デストロイ!!! 見敵必殺で俺の心が平和になる!!!」
俺は吼えた。とても勇ましく吼えた。しかし敵は虫である。とはいえ基本的に殺すのは害虫で、てんとう虫さんだとかセミさんだとかダンゴムシさんだとかの無害な虫さんには穏便にお帰りいただいているけども。
俺は5ミリ以上の虫は触れないので、セミだとかは収納にめっちゃ柄の長い木製スコップを入れてあるのでそれでお外に出している。田舎にいたころに木工得意な近所のおっちゃんにお願いして作ってもらった特注品だ。
「対象の認識と同時に正確な位置に水魔法発動させて、瞬時に凍結。見たところ身体強化も反動のない上位版。詳しくないけど、普通に魔道師団とか入れるんじゃないの?」
そっちかー。
ここより稼げるのでは?とアレクが首を傾げる。冒険者にならない理由(野営が嫌なのと物理での殺傷が苦手)は伝えてはいたが、魔道師団(魔法の研究と戦闘での後衛を担う公務員みたいなもの)なら野営も少ないし物理攻撃メインではない。
「やだよ。戦争や暴動があったら対人戦になるし、後衛でも味方が大怪我しているところとか見たくないし」
前世の価値観はそうそう変わらない。世代じゃないから戦争なんて映画や漫画でしか見たことがないけれど、我が身に置き換えると身の毛がよだつ。痛いのも怖いのも嫌だ。
こんなんだから元カノに臆病者だとかヘタレだとか言われるんだろうけど、選択肢がないような切羽詰まった状況じゃなければ無理に変わる必要もないと思う。全部ひっくるめて“俺”だから。
「そうなんだ。まあ、そのおかげで君がここで働いてくれるわけだしね。僕としては都合がよかった」
俺を揶揄うことなく、アレクは穏やかに微笑んでそう言った。彼は再びぐるりと部屋を見渡す。
「ほんとうに、心の底から感謝しているよ」
力強く彼は言葉を放つ。
発したのが汚部屋の中心でなければとてもいいセリフだったのにな。
雇用上の契約も終え、軽く自室を整える。前の住民のベッドは収納に入れ、一人暮らしの頃に使っていたベッドを出す。
ちなみに同棲時代のベッドは事後のあの状態のままリナの実家に送りつけた。捨てるの勿体ないもんな。実にエコである。ご両親には申し訳ないけど、リナが死ぬほど気まずい思いをしてくれていると嬉しい。
本棚とか机はそのまま使わせてもらって、カーペットだとかソファは自前のを使おう。部屋も広いし。
そもそもこの家自体かなり大きいんだよな。もとは金持ちの別荘で、裏の山で狩りを楽しむために建てたんだとか。金持ちの考えることはわかんねーな。
そして空き家になって激安叩き売りされていたのを独り立ちしたアレクが買い取ったんだって。まあ町中でもない場所にぽつんとあるんだもんな。町中の家よりはそりゃ安いわ。
増築前の方だけでもリビングと応接室と書斎を除いても部屋が五つ、増築分は倉庫と作業場があるし。散らかっているのが普段アレクが使っているエリアだけなのは不幸中の幸いだろう。
ダイフクを部屋に残し、リビングに戻るとアレクが茶を飲んで待っていた。こいつ、こんなところでよくくつろげるよな。繊細そうな見かけのわりにかなり図太いのかもしれん。ローテーブルの上に載っていた書類は適当に押しのけられている。意地でも片付けないその意志の強さよ。だがそれも今日までだ。
「とりあえず掃除!!するぞ!!!」
パンッパンッと両手を叩き、俺は気合を入れた。
「えっ。でもこれ絶対一日じゃ終わらないよね? 先にご近所さんと町の人に挨拶しておかなくていいの?」
吃驚した顔でアレンが言う。ご近所さんは牧場の人たちの事だろう。
「めちゃくちゃ常識的なこと言ってる……。魔族ってもっと超然的な感じかと思った」
「当たり前だよ。集落に引き籠り系の魔族はともかく、こっちは百年近く人里で社会生活送っているんだよ。なんなら人族より長いんだからね。ベテラン先輩と呼んでくれてもかまわないよ」
そして胸を張ったドヤ顔である。社会生活は長くとも生活能力がここまでクソなのは逆にすごい。まあ、俺も前世の価値観矯正する気ないから人のこと言えないけど。
「ベテラン先輩! 俺の心が死ぬので掃除が先です! このきったねぇ部屋を片付けて害虫どもを皆殺しにしないと安心して寝られません!! 俺の仕事だし、全部俺がやるから!お願いだから片付けさせて!」
夜中にカサッカサッと鳴る音にビクビクしながらベッドに蹲るのは絶対に嫌だ。虫がいないのなら明日からでもいいが、見てしまったからにはやるしかない。
「う……うん。君がそれでいいなら」
やや引き気味にアレクが頷いた。あざーーーッス!!!強引に予定変えてごめんね雇用主!!!
別にいいと言ったのにアレクが手伝ってくれることになった。有難い。有難いが……こいつ戦力になるのか? 現状見るに、こいつの中に片付けの概念があるのかもあやしい男だぞ。俺には分かる。こういうタイプは適当に部屋の隅にブルドーザーの如くまとめて寄せるだけで“片付けた”と言い張る。間違いない。
唐突だが、俺には便利な“収納”という魔法がある。収納を行ったものは頭の中にリストのようなものが思い浮かぶ。まんまゲームのようなアイテム欄と思ってほしい。俺の場合は意識しなければ朧げなイメージ(なんとなくこんなもの入れてたかなという程度)、意識すると文字でのリストだ。
さらに意識を集中すれば種別にソートしたり、画像の補足付きにもできる。これは人によって表現が異なるらしい。人によっては絵本のような簡略化された絵だったり(特に字も覚えていない子供に多い)、図鑑だとか標本だとか様々だ。
ちなみに俺は月に一回は物理的にノートに内容を書き起こし目録として使用している。場合によっては収納したり使用した時点で目録に書き加えたり削除したりもしていた。アナログ化しておくと意外と便利だ。
ただ、ゲームと違うのは収納しても正式名称や用途が分かるわけではないということ。表記は収納使用者の知識や認識がベース……ようは主観によるもので、よくわからないものはよくわからない物として処理される。
例えば、“かりんとう”を収納したとして、使用者が“かりんとう”の外見以外に何も知識がなければ“濃い茶色、細長いもの。親指ほどの大きさで少しごつごつしている”とか、下手するとあまりよろしくないものに似ているという表記になりかねない。お食事中の方がいるといけないので詳細は伏せさせていただく。
で、掃除の話に戻ろう。
俺が考えたのは『一度収納に入れ、まとめて取り出して各置き場に仕舞う』という単純なものだ。よくわからないものに関しては名称登録のためにアレクに確認をする必要があるが、手間としてはその程度だ。
一部屋ずつやれば俺の収納の容量もオーバーしないだろう。書類の類はとりあえず格納し、あとでファイリングすればいい。本も同じように格納し、種別にソートしてから順番に取り出して本棚に並べるだけでそれなりには整うだろうか。
じゃあアレクには確認以外で何をしてもらうか。流石に任せきりもよろしくないと思ったのか、やる気も充分のようだ。ここで『お前は待機』とも言いづらい。くっそ、お手伝いしたがる(おとなしく遊んでいてくれる方が大人的に助かる)実家の弟を思い出してやりづらいなぁ。確実にアレクのほうが俺より年上だけど。
「アレクは俺が分からないものがあればそれが何か教えて。あと虫が出たら確実に殺してほしい。できればさっき俺がやったやり方で」
とりあえず俺の代わりに汚れ仕事を請け負ってもらうことにした。さっきのゴキブリへの反応からして俺より虫嫌いということはないだろう。
「わかった。でも燃やす方が早くないかな? 僕、発動後でも自分の魔法なら魔力干渉で消火できるから延焼も心配ないし」
死体も残らないよ?と彼は小首を傾げる。言っていることは滅茶苦茶おっかないし非常識である。普通は道具もなしに発動後の魔法に干渉なんてできない。火は燃え続けるし、水は存在し続けるし、氷は一瞬で水になったりしない。魔法特化型種族ヤベェ。敵に回したくない。
「絶対だめだからな!!!特にゴキブリは!!燃えた状態で生きて動き回るから!!!」
叫ぶようにして即座に否定した。
前世でゴキブリと遭遇したとき『俺に魔法が使えたら火だるまにしてやるのに』とか思ったものだけど、あれって一番やっちゃいけないらしい。体の油かなにかの分泌物で即死しないとか。で、動き回って火が燃え移って火災にというケースもあったようだ。ネットのニュースで見た。だから俺は水で覆って凍結後に遠くにぶん投げる一択である。
虫が出る度に成長した魔法の精度、そして唸る俺の右肩。氷の中の虫が生きているのか死んでいるのかは俺にもわからない。
「わ……わかった。っていうか嫌いなのに詳しいね。普通そんなの知らないよ」
「嫌いだから、詳しいんだよ」
そういうものなんだ、とアレクは納得したようだ。
俺からすれば好きの反対は無関心っていうのは嘘だろって話だ。嫌いだからこそ確実に仕留めたい。仕留めたいからこそ詳しくなるものだと思っている。
子供の頃、村に『えー!そんなに詳しいとか本当は虫好きなんじゃないのぉ?』とか言って俺に虫を近づけて揶揄ってくる女がいたが今も許していない。
「……とりあえず、リビングから始めるか」
俺たちの戦いは始まったばかり!
打ち切りエンドに見せかけて続きます。
タイトル回収までは続きもの形式予定。回収後はオムニバス形式。




