採用の理由が雑
露骨に怪しいけど好奇心が抑えられなくて応募してしまった。まあ受かるとも限らないしな。万が一に就職してダメそうなら即行で辞めればいいし。選ばなければ他の仕事もあるし。
そして今日はギルドの通信室――文字通り通信用の魔道具が設置された部屋で、極小規模な出張所を除いた各支部に設置されている――で面接だ。音声のみだけど。テレビ電話的なやつも存在しないことはないが、設置されているのは各国王都支部と本部ぐらいらしい。ギルド以外もあるんだろうけど知らん。
長期雇用や雇用内容によってはこうして面接が行われるが、対面できる距離ではないときはこうして支部の通信ごしに音声面接が利用されるのだ。交通手段が限られている世界で遠路はるばる赴いて不採用とかたまったもんじゃないしな。
「早速だけれど始めようか。僕はアレクシス・ファイン。よろしくお願いいたします。ああ、採用なら住み込みになるわけだしタメ口でも大丈夫だよ。話しやすいようにどうぞ。気楽にね」
意外と若そうな声だった。なんというか前世だと『優しそうだけど裏切る』とか言われていそうな声である。いや、胡散臭い求人のせいで俺がそういう見方をしてしまっているだけかもしれないけれど。
「ルドガー・ベッセルさん、19歳。ペットはスライムね。出身はルクレンじゃなくてベッセル村なんだね。どのあたり?」
資料……所謂履歴書を見ているのか、彼が問う。ルクレンはこの街のことだ。ベッセル村は故郷の村。どうでもいいが俺の姓は村の名前が由来だ。別に村長一族だとかいう話ではなく、平民も姓を名乗るようになった時に大半の家が村の名前を由来にしたのだ。その名残で故郷では今でも三分の一近くがベッセルさんである。田舎あるあるだろう。
「位置的にはルクレンとライバより東で……ライバを頂点にルクレンとベッセルを繋ぐと正三角形になるような感じかな」
少し考え、俺は答える。ライバは依頼主の住む町だ。
ベッセル村は近くにダンジョンや名所があるわけでもなく、口頭で“この辺り”というのは少し難しい。目の前に地図でもあれば『ここ!』って言えるんだろうけど。ベッセル村からルクレンには馬車で7日間ほど掛かり、日本で言うなら東京から山形ぐらいの距離になる。ルクレンからライバへも大体そのぐらいだろう。車とか新幹線が恋しい。
「なるほど。それなら帰省時も安心だね。離れると何かと大変だから」
通信越しにさらさらとペンを走らせる音が響く。今の内容を書き留めているのだろう。そんな音も拾えるとかめちゃくちゃ性能いいな、この通信機。
「じゃあ、次の質問ね。ルドガーさんは魔族とか平気? ぶっちゃけ僕魔族なんだけど」
ええ……なんかこの兄ちゃん(仮)突然剛速球ぶっこんできたんだけど。こちらの手元の資料を見てみる。普通のやや怪しい求人案内である。たしかに依頼人の種族とかわざわざ書くことないけれども。
「ま…なにて……?」
「魔族だよ。知らない?」
聞き間違いかと思ったけど聞き間違いじゃなかった。緩い調子で再度告げられる。
「いや知っているけど」
この世界には大まかに分けて人族と亜人、獣人、魔族が存在する。総称してヒト。
文化や居住環境の違いもあるため、基本的には人族や亜人や獣人はそれぞれの種族で固まって暮らしている。別種族は大きな都市で極稀にすれ違うこともある程度の遭遇率だ。
だがそれはあくまで魔族以外は、である。魔族は何もかも謎で、どこでどう暮らしているのかさっぱりわからないのだ。せいぜい長命だとか魔力(魔法)特化型だとかぐらいしか知られていない。身体的特徴は不明である。しかし知名度が低いからか迫害の対象という話も聞かない。
そんな未知の存在だと言われたところでどうリアクションするのが正解なんだコレ。
「雇い主が魔族だからっていう理由で生じるような不都合が思いつかないんだけど。それにそこ気にするなら募集要項で触れておけばよかったんじゃないか?」
なので素直に口にしてみた。通信機の向こうで楽し気に笑う声がする。
「でも同居人がいつまでも若いままって人族的にはおかしいでしょ? 募集要項で書かなかったのは魔族っていう情報が独り歩きしても嫌だから」
ああ、寿命に併せて外見年齢の加齢もゆっくりなのか。そりゃあ確かに告知しておかないと後々面倒そうだよな。
「そういうことか。なら俺は気にしない」
年取ってからよっぽど気になるようなら転職すりゃいいし。わかった、と彼は短く返した。にしても魔族かー。たしかにちょっとびっくりしたし、こっちも何か驚かせたいな。んー……なんか持ちネタあったかなー。
……あったわ。
「あ、ちなみに俺は異界渡りの転生者!」
つい弾んだ声を出してしまう。
転生は転生でも俺のように異世界からやってきた者には“異界渡り”と呼ばれている。転生者の中でも異界渡りは特殊な技術や知識をもたらすことが多く(中には俺みたいに大した影響がない奴もいただろうけれど)、それなりに驚かれる。囲い込みも過去にはあったようだが、現在は禁じられている。だいたいは囲い込みをしようとした奴が痛い目に合うというオチで、教訓としてか絵本にもなっていたり。転生者目線で言うならば所謂ざまぁものである。
「……異界渡り?」
なんか空気変わった。緩かったアレクシスの声音が急にド低音になった。イケボだねと茶化す勇気はない。
「出身は、どこの?」
さも重要かのようにアレクシスは問う。どこ……俺のところはこっちでなんて言うんだっけ。この世界から見て異世界は一つではなかったりする。俺らの現代地球のほかにもパラレルワールドのようなところや魔法文明が発達している世界もあるとかなんとか。そっちからの人は少ないらしいけど。
「えっと、第一界の日本」
ぶっちゃけ一番メジャーな異界である。出身国にバラつきはあるだろうけれど、そこまで変わったことではないはずだ。言うて転生者自体が珍しいものではあるが。
パチン!と指を鳴らす音が聞こえた。ご機嫌な鼻歌も聞こえる。もちろん俺からではない。
「採用」
えぇ……(困惑)
後日理由を聞いたら『第一界の日本出身者は食事のレパートリーと味的に期待大って父さんが言っていたから』とのこと。顔も知らんおっさん(仮)に炊事のハードル爆上げされていた。
※
採用宣言のあとは色々な話を詰め、時間は流れて一ヶ月後。
俺は一昨日付けで退職。昨日は俺の部署とジオとノーマンが送別会を開いてくれた。全部ぶちまけるなら酔った勢いということにして送別会、それも退職後のほうがいいだろうとノーマンが提案してくれたのだ。ナイスアシスト。あと送別会自体普通に嬉しい。
ちょっと多めに強い酒煽ってべっしょべしょに泣きしながら浮気されたことをぶちまけ、ジオとノーマンが横から当時の状況を客観的事実として補足してくれた。圧倒的説得力。念のためにこの間は俺のお気持ちメインでぶちまけた(はず。酔っぱらいの記憶なので)ので、リナの悪口は言っていない。少々情けないが、どうせ翌日にはルクレンから去るし恥はかき捨てである。男性陣は同情してくれ、女性陣はリナに嫌悪感丸出しだった。あまりのガチ泣きにちょっとドン引きもされていたが些細なことだ。
あとは普通に思い出話だとか、お互いお世話になりましたとかいう話をして解散。その後、俺は家も引き払ったので宿で一泊。地元の宿って泊まる機会ないからテンション上がった。
で、昼近くに起床。目が明かず、目元が少し重くてひんやり気持ちいい。ジェルタイプのアイマスクを使用している感じだ。ふるりと震えるそれをそっと剥がして体を起こす。アイマスクもといダイフクを手の平に乗せ、顔の高さまで持ち上げた。
「おはよー、だいふくー。ありがとなー」
どういたしましてとでも言うようにダイフクは大きくぽよんと体を波立たせた。
俺が泣いた日や熱がある日は何も言わず(いや言えないんだけど)にアイマスクやアイスノン役をしてくれるのだ。それは子供の頃から変わらない。
泣いたせいで目元が痛いのでサクッと治癒魔法かけて治し、ダイフクをそっと下ろす。次いでベッドから下り、収納魔法で格納していた二日酔いの薬を一気に煽った。不味い、もう一杯……はいらん。
今日は昼から新たな雇用主――アレクシスに会い、一緒にライバへ向かうことになっている。なんでわざわざこっちに?と思わなくもない。向こうはライバに住んでいる(正確にはライバの町はずれらしいけど)んだから、俺だけ行って合流すりゃいいじゃん。まあでも来てくれるって言ってるし。話し相手が居たら野営も多少マシだよな。
待ち合わせは街の中心地である噴水広場。老若男女問わず周りでは「待った」「今来たところ」などありふれたやりとりがされている。時計あるしアクセスしやすいから定番の待ち合わせスポットだもんな、ここ。どうでもいいけど近くのベンチに座っている爺ちゃんピクリとも動かないんだけど生きてんのかな。たまにそういう爺ちゃん婆ちゃん見かけるけど、無駄に緊張しない? 待ち人探すフリして近寄って様子見るか。
「よっこいしょっと」
俺は立ち上がり、爺ちゃんの方に向けて足を動かそうとする。そこでようやくその方向から一人の青年がこちらに向かって来ているのに気が付いた。完全に爺ちゃんに意識持っていかれていたわ。ついでに青年の近くにいる人たちは彼の顔にちょっと色めき立っているようだ。
青年は黒の長めの短髪に赤い瞳で、外見年齢は二十代前半か半ばといったところだろうか。優しそうな顔をしたイケメンである。超絶美形とまではいかないが、街で見かけたら確かにちょっと見ちゃう感じ。
そんな彼は真っ直ぐ俺の方に歩を進め、やがて目の前にたどり着いた。
「こんにちは。ルドガーさんかな?」
柔らかな微笑を浮かべて彼は言う。やはり聞き覚えのある声だ。俺の特徴を伝えていたからすぐわかったんだろう。今は近くに俺と同じ赤毛の男なんていないし。
ややツリ目で初対面だと性格キツめに見えると言われる俺とは対照的かもしれない。ここでもそんな第一印象を持たれないよう、俺は笑顔を浮かべた。
「ああ。あ、呼び捨てでいいよ。こっちはダイフク」
蓋を開けたままのボディバッグにいるダイフクを指さし、軽く紹介する。ダイフクは『よっ!』とでも言いたげに小さく跳ねた。それを見てアレクシスは「本当に普通のスライムより小さいねぇ」と楽しそうに目を細める。
「じゃあ僕の事はアレクで。これからよろしくね」
言うなり、彼は右手を差し出してきた。「よろしく」と俺はそれに応えて握り返す。すぐそばで爺ちゃんが「フゴッ!」と変な声を出したのでお互い顔を見合わせて笑ってしまった。よかった爺ちゃん生きてた!
「とりあえず移動しようか。入場記録の都合もあるし、街を出てから転移するよ」
アレクはなんてことないかのように告げるが、とんでもないことが混じっていた。それに気が付いた瞬間、俺は目を剥く。
「テン…イ……?」
「あれ? 知らない? 転移魔法。第一界からの転生者は大体知っているって昔聞いたけど」
「知ってるけど!!知ってるけどさぁ!!!」
マジでなんでコイツの方が『あれ、僕なんかやっちゃいました?』ムーブかましてんの?
思わず叫んでしまう。その大声に鳩が飛び、爺ちゃんは再びフゴッと鳴いた。
街の外へと向かいながら話を聞いた。
転移魔法はもともと存在せず、彼の祖父の代に魔族と魔法文明が発達した界からの転生者が開発したものらしい。膨大な魔力と操作技術そして空間魔法の素養を要するうえ、その他条件も加味すると特殊な補助具無しでは人族にはまず発動できないから広まらなかったのではとアレクが補足する。つまり俺には使えそうで使えない。一回ぐらい使ってみたかったな、人力どこでもなドア。補助具手に入ればチャンスあるか? でも広まってないっていうことはそうそう手に入らないってことだろ。堂々巡りである。
街を出て人目のつかないところまで移動し、アレクに「慣れるまでは混乱すると思うから目を閉じて」と言われて素直に応じる。瞬きをした次の瞬間に別の景色っていうのは分かっていても衝撃的だろうしな。
「目を開けていいよ」と言われて瞼を上げる。目の前にはいかにも古そうな大きな家があった。増改築がされたのか、母屋らしき部分のほうが古く、そうでない部分はやや新しめの印象だ。それについて尋ねてみる。
「そうそう。そっちの新しいほうは新しく作ったんだ。新しい作業場が欲しくてさ」
そういえばコイツ魔道具製造整備職だったわ。魔族っていう方が頭に残ってて忘れかけてた。地理的にはどうなっているんだとあたりを見回す。平原である。家を挟んで向こう側に小さな山。家とは逆を見ると離れたところに牧場らしきものと、町らしきものが見えた。障害物はないが逆に言うと目印になるものもないため距離感掴みづらいけど、町まで1km以上2km未満、牧場は1km以内といったところだろうか。つまり遠くても徒歩三十分ちょっとの距離。なるほど悪くない立地だ。
「牧場と町にはあとで行こうか。とりあえず家を案内するよ」
アレクは上機嫌に家へと歩を進める。手荷物はないけれど、先に中の説明を受けたほうが帰ってきた後が楽だろう。
「よろしくー」
「よろしくされたー」
俺の言葉に緩い調子で返し、彼はドア横に嵌められた銀色の板に触れる。カチャンと鍵の開く音が聞こえた。個人認証のロックだったらしい。
「すげー」
ルクレンでもそうそう見かけない技術だ。前世ではあったけど、こっちでも似たようなのがあるとは思わなかった。
「個人識別型の物理的な錠と結界の二重ロックだよ。倉庫サイズの超大型金庫とかにも使われる技術だね」
アレクが楽しそうに教えてくれた。あとでルドガーの情報も登録しようねと続けて。
「随分と厳重なんだな」
前世の銀行の窓口から見えた巨大な金庫の入り口を思い出しながら口にする。どう考えても個人レベルのセキュリティではない。
「高価な魔道具も置いてあるから、多少はね。打合せ通りそっちの契約も先に済ませちゃおうか」
そうだった。魔道具に関する情報や持ち出しに関する制限をすべく、魔法で契約を結ぶのだった。当然と言えば当然である。
アレクがドアを開くのを待つ。その時間がやけにゆっくりと感じた。
(ここが新しい職場で、新しく暮らす場所)
今更ながらにドキドキと胸が高鳴る。計画的とは言えない転職と引っ越しだったけれど、きっといいものになると信じたい。
開かれたドア、その向こうは ――
「きっっったなっっ!!!!!!」
物が乱雑する、所謂汚部屋或いは汚屋敷だった。
補足:主人公は本編前に「転移魔法とかないのかな」と結構探してみたけど見つからなかったということで。(なので転移魔法の存在を知らず、前回の時点で陸路と空路しか挙げなかった。ちなみに海沿いや大陸移動は普通に海路あり)




