町へ行こうよ!―初馬車は十分で飽きた―
諸君。
諸君らは田舎と聞いてどんな風景を思い浮かべるだろうか。
絵に描いたような田舎……といえば『とりあえず畑。あと民家がぽつぽつ』といったところじゃないだろうか。俺だって同じ想像をするだろう。
しかし、一口に“田舎”といっても実際には色んなタイプの田舎が存在する。
土地で言うなら海寄り(または島)か山寄りか。
商店の有無とその規模、交通機関の有無や頻度。ご近所さんちとの距離(物理)だとか。
ようはハイパーど田舎か、それなりの田舎かである。
電車もバスもそもそも通っていないか、それとも数時間に一本だけでもあるのかだと田舎度合いが違うのではないだろうか。
……前置きが長くなった。
俺が言いたいのはベッセル村の田舎度についてだ。ベッセル村はご存じ農村、絵に描いたような田舎である。
車が存在する前世ではハイパーど田舎一歩手前ぐらいの扱いを受けるだろうが、この世界においてはやや栄えている方の田舎らしい。田舎としての戦闘能力はそれほど高くはない半端な田舎っぷり。
イメージとしては郊外のちょっと先にあるタイプの田舎だろうか。この時点で何回田舎って言っているんだろうか俺は。
“らしい”“だろうか”という言い方をしたのは俺自身が他を知らないからだ。
最近十歳になったばかりの俺は他の土地に行ったことがない。
先ほど言った“ベッセル村は田舎の中でも最弱説”はあくまで大人の村人やふらりと立ち寄った旅人がそう言っているのを聞いただけにすぎない。
だが一応根拠はあるらしい。学校で習ったんだが、この世界には魔道式飛行船なるものがある。
飛行船は日常生活を支える大切な輸送手段と言っていい。生きるために必要な塩を筆頭にその他調味料や一次産業の成果物、二次産業の材料さらには成果物を輸送してくれる。もちろん、便や物量に制限があるので万能ではないが。
ベッセル村は飛行船の発着場がある町―― ロクソンに割と近いのだ。
ただ、ベッセル村から一番近い町は物流の中継地点とも言える場所。ここは二番目の運送拠点であり、配送拠点でもある。物資は飛行船発着場がある町から陸路で第二運送拠点である最寄り町へと輸送され、この町からベッセル村や他の村へと配送されるのだ。
距離としてはベッセル村から馬車で半日ほど走らせ……正確には歩かせたところにある。お馬さんをドコドコ走らせたらもっと速いんだろうが、体力的にそれは不可能だ。途中で何度も馬を変えれば出来ないこともないが、ただの村人には無理。
現代日本の基準からすれば『半日もかかる』ではあるが、この世界の基準からすれば十分早いし近い。
その町から更に先のロクソンまではベッセル村からだと一日半。もちろん休憩や野営を含んだ時間。純粋な移動時間……つまりはぶっ通しでの進行だともっと早く着く。
村で作られた農作物を売るためにもそこそこ流通の条件がいい立地というのは当然といえば当然かもしれない。
さて、俺がベッセル村の立地について長々語ったのには訳がある。
なんと! 近場の町と飛行船がある町に連れて行って貰えることになったのだ!
※
夕食もとっくに終わり、下の弟二人が寝静まった頃。
他の家族はリビングで明日の支度だとか晩酌だとかで過ごしていた。もちろん俺は明日の準備側である。教科書を読んで予習中。
「今度の町行きはルドガーも連れて行こうかと思うんだが」
そう切り出したのは父だった。急に自分の名前が出て、俺は教科書から顔を上げる。
「どっちの町?」
問うのは一番上のラインハルトことハル兄ちゃんである。“どっち”というのは最寄りかその先の町かという意味だろう。
ハル兄ちゃんは使用できる魔法が特殊なため、町行きには毎回同行している。恐らく今回も同行。
「どっちにしようかなと思っていてな。慣らすのなら近くの方なんだが、ほら、もうすぐ記念祭だろう?」
「そういえばそうねぇ」
父の言葉に母は思い出したように返して頷いた。
記念祭というのは飛行船発着場がある町の催しだ。毎年秋の半ばに飛行船開通を記念する祭りが五日開催されている。
元々そこそこ栄えた町ではあるが、この祭りでは色んな出店が立ち並び、遠方から集まった魔道具や雑貨・食品が大放出されるのだ。読んで字のごとく秋の大バザール!
ベッセル村の村人にとっても記念祭は貴重な買い出しの機会で、買い出しに数日人員割ける家庭は数名送り出したり、そうでなければ手間賃払って他所の家に業務委託するってわけ。
「今年はルディも一緒?」
嬉しそうに聞き返すのは二番目の兄であるリヒト兄ちゃんである。リヒト兄ちゃんも去年から買い出し遠征組だ。
鑑定が使えるので商品の良し悪しが分かるのと、勉強熱心なので“外”を学ぶ機会が嬉しいらしい。あと去年友達出来たんだって。そういえば時々誰かに手紙出しているな。
「ちょっと早いかもしれないけれど、ルドガーなら大丈夫じゃないかしら」
きちんと言いつけは守る子だもの、と母の援護射撃。
ママンそれちょっとフラグじゃない?と思ったものの、お外に行ってみたい俺はお口チャック。
「それなら今年は俺と、ラインハルト、リヒト、ルドガーで行くか。……いつも留守を任せてすまんな」
父は母に軽く詫びる。うちには俺の下に未就学の弟二人がいるので父か母、または長兄が残るしかない。しかし長兄は特殊スキル持ちのためメンバーから外せないのだ。
「いいのよ。人混み苦手だし。そのかわりお土産よろしくね」
母は首を横に振り、にっこりと笑ってみせた。
父は都会(ベッセル村比較)に遠出するとき、必ず留守番の家族にお土産をくれる。決して高価なものではないけれど、子供には村にないようなお菓子ひとつ、母には小物とか。ちなみに去年のお土産は綺麗な髪留めで、これまでの“お土産”も母の宝箱に大事に収まっているのを家族はみんな知っている。
「ちゃんとお父さんとお兄ちゃんたちの言うこと聞くのよ?」
母の念押しに「わかった!」と俺は大きく頷いた。都会が俺を呼んでいる!
※
そして旅立ちの日。天気は快晴。どこまでも青い空が澄みわたっていた。
「全員いるか?」
村の出入り口に集合した面々を見渡し、父が問う。父が今回の旅のリーダーを務める。それに対し、中年男性が「問題ない」と返した。
このおじさんは村で店をやっている。食料品と雑貨のお店だ。いつも大変お世話になっております。ちなみにおじさんがサブリーダー。
同行者はその店のおじさんに衣料品と布の店のおばさん、村長のとこの下働きの兄ちゃん。そして我が家。
近所の人のお使いは我が家で受け持つことになったのでその他の村人はいないようだ。
出発は朝の九時で、おやつ時に最寄り町に立ち寄り小休憩。そこから更に進み、日が落ちる前に野営の準備を行い一泊。朝日が昇るとともに出発し、その夕暮れにはロクソン到着という予定だ。
前世で言う中学生と小学生な年齢である子供二人(リヒト兄ちゃんと俺)を連れての旅なので少し余裕を持たせた旅程にになる。
なお、最寄り町では宿泊しないとのこと。宿はタダではないので……。絞れるところは絞るのだ。遊びの旅行ではないので仕方ないね。
「今年も世話になるよ! よろしくね!」とハル兄ちゃんの肩を叩いておばさんが笑う。
「任せてよ!」とハル兄ちゃんもどこか誇らしげに応えた。我が兄ながら頼もしい。
全員顔見知りなので「よろしく」という軽い挨拶以外のイベントは特にない。
移動は馬二頭で引く四輪幌馬車だ。ちなみに馬も馬車も村の共有財産であり、各家庭で少額ずつお金を出し合って維持管理を行っている。金額は家庭ごとに異なり、前年使用実績で決まる。前世の県営とか市営の団地みたいなシステム。基本、我が家は高い。
乗ったことはないが、乗り心地としては最悪なのは想像に難くない。俺の尻が割れませんように。
まずは父とハル兄ちゃんが御者台に乗り、その他は荷台へ乗り込んだ。各々クッションを尻に敷いてスタンバイ。
御者台からハル兄ちゃんが「出るぞー」と声をかけてきたので、「大丈夫だ」とおじさんが返す。
ガッタン、ゴットン。
まあ、そんな感じ。揺れる揺れる。そしてお馬さんは意外とスローペースなので進みもゆっくり。徒歩よりかはマシだろうけれども。
でも想像よりかは安定しているかもしれない。なにせこの馬車の車輪はただの木製ではなく、スライム素材の疑似ゴムが使用されているので多少は衝撃が吸収されているのかも。まあ馬車本体部分の揺れはどうしようもないが。
あ、スライムといえばダイフクは今日はお留守番です。
馬車の乗り心地について考えるのも、代わり映えしない景色を見るのにも俺は即行で飽きた。ので、今度は馬車内を見回す。おじさん、おばさん、兄ちゃん、リヒト兄ちゃん、そして俺。以上だ!!
家族以外の名前は、まあ、いいだろう。だって元々“商店のおじさん”“布屋のおばさん”でしか呼んでなかったし。下働きの兄ちゃんはイサクだった気がするけど、多分呼ぶこともないから覚えなくていいよ。
「ルディ、本出してくれない? いつものやつ」
隣に座るリヒト兄ちゃんに頼まれ、俺は収納魔法で収納していた本を取り出して手渡す。“いつものやつ”というのは異界渡りの転生者たちの元の世界について纏められた本だ。
絵本とか児童書とかのように子供向けでもなく、どちらかというとお堅い専門書に近い“それ”は十三歳であるリヒト兄ちゃんにはまだ早いように思うが、お気に入りらしい。
去年ロクソンに行ったときに買って貰ったんだったか。
これは村の学校にも置いてある本で、俺が転生者判定を受けた時にもその本があった。どこの界のどういう時代のうんちゃらみたいな説明が載っているらしい。で、転生者の家族はこの本を格安で購入できるんだって。悩める転生者とその家族の理解を深めるためにとかなんとか。
「リヒト兄ちゃん……こんな揺れでよく本なんか読めるね」
ガッタン、ゴットン。幌馬車は揺れるよ。俺らを乗せて。漫画でも微妙なのに専門書なんて読む気にならんわ。
「だって暇だし」
リヒト兄ちゃんが短く返す。それはそう。暇だよな。
おじさんや下働き兄ちゃんは御者交代や後方警戒があるけれど、おばさんや俺たちキッズはすることないもん。
トランプは持っているからソリティアでもするかと思ったけど、風が吹き抜けるせいでそれもできない。カード飛んでっっちゃう。
「急に大きく揺れることもあるから、舌嚙まないようにね」
向かいに座るおばさんが小さく笑った。なるほど、お喋りもそれはそれで危険らしい。納得したところでガタン!と大きく揺れた。実にタイムリー。
おばさんは手持ちの魔法鞄から編み棒と毛糸を出して何かを編み始めていた。マフラーだろうか。おばさんの店にはおばさんが作った物も並ぶので冬に向けての商品かもしれない。
下働きの兄ちゃんは後方を警戒中。
「おじさんは収納魔法持ちだっけ」
おばさんの魔法鞄を見て思い出したので訊いてみた。おじさんは「そうだ」と短く答える。
「ルドガーもだったな。ラインハルトといい、リヒトといい、クラウスんとこの倅はスキルに恵まれたもんだ」
おじさんは一人納得したようにうんうん頷いた。
リヒト兄ちゃんについては鑑定のことで、ハル兄ちゃんに関しては収納魔法と――なんと、結界の能力持ちである。
あ、この世界では魔法とスキルは使い分けされていない。魔法という能力という意味合い程度に捉えてほしい。
収納魔法は空間魔法の素養の有無が重要らしいので、後天的に覚えることも無いわけではないけれど取得は難しいんだって。
異界渡りの転生者は高確率で空間魔法の素養があるとか。空間というか次元というか、そういうのを渡ってきているからだろうか。知らんけど。
「俺たち以外にも収納魔法持ちっているんだよね?」
収納魔法持ちは珍しいが、村には何人か存在していたはずだ。確か学校のお爺ちゃん先生もそうだった。
「あと三人だな。容量はバラバラだが、そのうち一人がお前と同じ時間停止持ちだったか」
おじさんの言葉に、俺は「そうなんだ」と返す。結構いるなぁ。
俺も収納魔法持ちだと分かったときにお爺ちゃん先生から色々教わった。
収納魔法持ちはコミュニティの中(この場合はベッセル村)で情報共有される。『窃盗事件あったら真っ先に容疑者じゃん……』と小心者丸出しで焦る俺にお爺ちゃん先生は豪快に笑って『だからこそ、それ以上にメリットがあることを押し出していくんだ』と言った。
曰く、こういう買い出しの時だとかの代行だとか。
曰く、成人済み収納持ち村人は食料・水や燃料の備蓄保管庫を代行(定期的な棚卸必須)することでコミュニティに貢献し、信頼を得ているらしい。収納の容量は限られているため、代行者には保管料が村の運営費から支払われる。
収納魔法内だと虫や獣に食い荒らされたり、よそ者に強奪されたりする心配ないもんな。魔法使用者が魔法使用できない状態にならなければ最高の保管庫だろう。
素晴らしいwin-winだと思ったね。
実際、少量ずつ溜め込む形でこれをやっていたおかげで不作の年や窃盗団から難を逃れたということも多いらしい。
また、一応はリスク分散のために一人に預けすぎないなどの取り決めもあるとか。なので前世の物語で見かけた『個人が某猫型ロボットのように収納して運搬し、コミュニティの柱となって栄えさせる』というのはほぼない。
全くないことは無かったらしいが、その柱は永遠のものではないので……折れた途端に崩壊するパターン多数。さもありなん。子供向けのお話にもなっているこの世界の常識である。
はっ!
あまりにも暇すぎて収納魔法のあれこれについて脳内復習していた。
「おいおい……眼が遠くを見ていたぞ。暇だったら風魔法で羽か紙でも浮かせて魔力制御の練習でもしてな」
どうやら俺はそうとうヤバい目をしていたらしい。おじさんは苦笑いを浮かべている。
「そうするー」
俺は素直な良い子なので、言われたとおりに練習で暇を潰すことにした。
ガッタン、ゴットン。幌馬車が揺れる。
はやく着かないかな。
これ以上、モブの名前を増やしたくないので……
あっ。続き物です。
追記:ひっそり長男の呼び方変えました




