表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

きっかけはド修羅場

一話目は元の職場を退職して街を出るきっかけです。浮気系ネタ注意。別に読まなくても大丈夫。多分。

スッキリするようなざまぁは無い。

 ルドガー・ベッセル、19歳。ファンタジーな世界に転生した転生者だ。ちなみに転生者は珍しいには珍しいがちょっとびっくりされる程度の存在である。

 そんな俺がひとり――正確にはペット一匹と共に生まれ育った村から都会に出てきて早三年。


 兄さん、事件です。

 職場に泊まり込む準備をするために一時帰宅したら家がラブホになっていました。


 いや意味が分からん。



 オーケー、オーケー。話を少し前に戻そう。

 先に言ったとおり、俺は急遽泊まり込んで仕事することになった。もともと泊まり込みを予定していたがそれも一泊程度で帰れるだろうと思っていて大した準備をしていなかったのだ。

 ちなみに職業はファンタジー世界でよくある冒険者ギルド所属の事務員である。

 前世的に言うなら主に派遣業務斡旋を行い、素材を主とした売買の仲介、魔石の売買、必要に応じてダンジョンや魔物の巣の間引き時の支援業務を行う。

 冒険者ギルドは国が結成したではなく大規模な組合といったものではあるが、各国各地にて運営する以上は法を遵守し、時には協力し合うこともある。ダンジョンの間引きがそれにあたるだろう。

 ダンジョンや魔物の巣の間引きは基本的は土地の管理者の管轄ではあるが、それらが騎士団や軍といった討伐隊の編成が難しい或いは補いたい場合は人材の派遣、または物資の支援をギルドに依頼されることがある。もちろん有償だけど。

 で、近々ダンジョン内の間引きが行われることになった。

 戦闘人員は領主が編成した騎士団がメインだが、場所が場所なので“ギルドからダンジョンに詳しい冒険者の派遣”というものと“魔石の魔力充填または魔石の提供”の依頼だ。

 魔石は魔道具を動かすのに使ったりもするし、属性魔法が苦手な人が発動補助具として使用する。発動補助具は誘い水的な感じだと思ってほしい。間引きでは後者の用途がメインだ。

 魔物から入手した魔石は中の魔力がなくなっても数回は再充填ができる。砕けるまでは可能。なんてエコ!前世で言うなら充電電池。

 俺は基本的には物品管理や発注業務が主な事務員だが、小遣い稼ぎがてら通常業務時間外に魔石の魔力充填を担当したりもする。業務として充填作業をすると一個あたり売価の数パーセントが手当として付くのだ。

 これは自慢なんだけど俺はそこそこ魔力が多くて操作も得意。

 しかもウチの支部で大量の魔石に充填できるような魔力量と操作ができて通常業務時間外も動けそうな奴は俺とあと二人ぐらい。食堂勤務のジオと営業ポジのノーマンだ。部署は違うがどちらも割と歳が近く、これまでも何度か一緒に充填作業を行っているため仲は良い。

 今日の十六時ぐらいに魔石でいっぱいになったバケツ3つ分が作業場に運ばれてきて、「ひとりバケツひとつな」と頷き合った。

「今回は間引き使用分と通常依頼分で重なったみたいだし、多いよな」

 俺がそう言うと「だなぁ」とジオが頷いた。

 そしてノーマンが言った「ってか、これ一晩じゃ無理じゃね?」

 俺もそう思う。

「オレらは寮だからいいけど、ルドガーは自宅だろ? 帰るの?」

 ジオが問う。ノーマンとジオは職場裏にある寮住みで、俺だけ自宅住みだった。現在は同じ職場の受付嬢である年上彼女――リナと同棲中だ。ちなみに今日は彼女は休みで友達と出かけている。

「いや、予定通り泊まるわ。一度帰って着替え持ち出して、メモ置いておかないと。……連泊になりそうだし、ダイフクも連れてきていい?」

 ダイフクとは俺のペットの小型スライムのことだ。通常はサッカーボールサイズのスライムが多いが、ダイフクはコブシ大ぐらいのこぶりちゃんである。見た目はどちらかというと水まんじゅうだけど、水まんじゅうちゃんは名前として微妙なのでダイフクになった。

 こいつこそが一緒に村から出てきた相棒だ。

 エサは水と俺の魔力なため、あまり長いこと離れたくないのだ。なお、上司には連泊時に連れてくる許可を得ている。

「いいよ。ダイフクちゃん大人しいし」

「かわいいよな」

 何度か連れてきていたため、二人は快諾してくれた。ありがたい。

「じゃあちょうど今時間空いているし、これから取りに行こうぜ。勤務時間中だけど言えば所長も許可してくれるだろ!」

 ノーマンがぱちんとウインクをし、ジオが某お菓子屋のマスコットのようにぺろりと舌を出して「いいねぇ!」と乗った。

「え、お前らも来るの? なんで?」

 荷物とペットといっても服は制服だし、必要なのは下着とシャツぐらいなものだ。そんなに大荷物でもない。俺が疑問を口にすると二人はニヤリと笑った。あ、多分ろくでもねぇ理由だ。

「合法的にリナちゃんの生活空間が拝める」

 ジオの言葉にノーマンが同意するようにうんうんと頷いて見せた。

「やめろよ変態くせぇ。ってかそもそも元は俺の部屋ですぅ。俺の気配も感じて悔しさに歯ぎしりするがいい」

 唇をわざとらしくとがらせてブーイング。

 俺は二年前に寮を出た。リナとは一年前から付き合い始め、十か月ほど前に俺の家で同棲を開始したのだ。リナはもともと女子寮にいた。

 来年にはと結婚の約束もしていて、俺がこうして充填手当のために泊まり込んで働くのも結婚資金の足しにしたいからだった。

「それでもいい! いいから所長に許可貰ってさっさと行こうぜ!」

「女子の部屋とかテンション上がるな!!」

 がっしりと両サイドから肩を組まれて逃げられず、俺たちは所長室へ向かった。


 引き摺られるようにして自宅へと向かい、急かされながら部屋の鍵を開ける。部屋は五階建て集合住宅の三階だ。

 構造的には前世のマンションと変わらない。ただしエレベーターなるものはないので上の階のほうが家賃が安い。

 音が響くと近所迷惑になるので静かにドアを開ける。これは前世からの癖だ。

「……ん?」

 ふと、違和感を覚えて口から短い疑問の声が漏れた。

(リナ、いるのかな)

 奥のほうに人の気配を感じた。うちは玄関から手前にトイレと風呂、台所とリビング、書斎兼物置、最奥に寝室がある。

 ほかの二人も気が付いたようで不思議そうにしていた。

「リナちゃん出かけてるって言ってなかったか?」

「帰ってきたんじゃね? リビングじゃないなら寝てるのかね」

 起こしちゃ悪いよな、とジオとノーマンは囁くように言った。気を遣う素振りを見せつつも彼らは俺の後に続いた。

 具合悪くて寝ているのなら泊まり込まずに持ち帰りにするかな、と思いながら静かに歩を進める。

(ダイフクは……っと)

 きょろきょろと見回すとリビングの隅っこ転がる夜光貝に似た大きな巻貝を見つけた。いた。

 この貝はダイフクのお気に入りの場所兼シェルターである。子供の頃に叔父さんから貰ったものをそのまま与えた。

 近寄って持ち上げるとそれなりに重い。念のため中身を確認する。入り口部分に半透明のダイフクボディがみっちりと詰まってた。

 小声で「ダイフク」と呼べばふるんと震えて反応を示す。起きてはいるらしい。いや、スライムって寝るのか知らんけど。

「ちょっと着替えとってくる」

 ダイフクをノーマンに預け……ノーマンめちゃくちゃ嬉しそうだなオイ。みちっと詰まった部分見てにこにこしていた。他所んちの飼い猫や飼い犬抱っこさせてもらったときと同じ感覚なんだろうか。

 ジオは小声で「オレらここで待っているから」と俺に向けて言った。

 お家ウォッチング目的に来たとはいえ、流石に彼女が寝ているかもしれない寝室に踏み込む気はないらしい。ここで悪乗りしてついてこないあたり良い奴らだ。

 そのまま真っ直ぐ進み、書斎を通り過ぎる。

 寝室のドアノブを握ろうとして気が付いた。

 微かに漏れ出る女の喘ぎ声と、男の吐息交じりの声。そしてベッドの軋む音。



 ―― で、冒頭に至るってワケ。



「ルドガー?」

 ジオとノーマンは怪訝な顔で俺を見ていた。

 リビングを突き抜ける形で廊下が続いているため、ドアノブに手をかけようとして硬直したままの俺の様子が丸見えだったようだ。

 何かを察したのか二人は互いに頷き合い、気配を殺してこちらに寄ってきた。ノーマンは俺を押しのけてドアにぴったりと耳を当て数秒漏れ出る音を聞いた。やがて彼は耳を離し、小さく首を振る。

『どうする?』

 口の動きだけで俺に問う。どう、しようかな。どうなんかな。ちょっと意味が分からなすぎて。だって同棲も、結婚できたらいいね来年ねって言い出したのあっちなんだぜ?

 いやだけど、ほんっっとうに嫌だけど……確かめなきゃ、だよなぁ……。

 とりあえず俺は音声遮断の結界を張った。範囲は広くないし効果も長くはないけど、こういう時は便利だ。ちょっと今は集中できないから不安ではあるけれど。

「音声遮断の結界張った。相手の面も見ておきたいし……確認、する」

 最後は絞り出すような声になってしまった。

「じゃあオレは開けるときにドア周りに向こうからの認識阻害かけとくわ。気休め程度だけど」

 ノーマンの提案に「うん」と短く返す。

 ベッドの配置的に少しのぞき込む形にはなるが、認識阻害があるのなら数秒は気づかれないだろう。

「こっちは身体強化かけて男の顔がっつりみて頭に入れておく」

 まかせとけ!とジオが俺の肩をパシンと叩いて頼もしいことを言ってくれた。

「ありがとな」

 この場に居たのが魔力操作得意かつ良い奴らでよかった。こういった繊細な魔力操作を要する隠蔽魔法は俺らみたいな一般人には同時複数使用は難易度が高すぎる。

 ひとりだったら絶対向こうに気づかれていただろう。

 数秒の間。

「開けるぞ」

 ノーマンが短く告げ、そっとドアノブを捻る。ゆっくりと開くドア。ちなみに外開き。キィッと小さくとも鳴ってしまった音は部屋の入り口付近でしか聞こえないよう細工済みだ。

 目の前に広がったのは予想通りの光景だった。絡み合うのはリナと三十代半ばぐらいの男。

(っっっ!!)

 “それ”を認識すると喉にすっぱいものが込み上げてくる。

 俺は口元を手で覆って必死で吐き気を押し込めた。

「あれ……?」

 そんな中、ジオが何かに気が付いたような声を漏らした。

 それを聞き返すより先に「これ以上はまずいから」とノーマンはドアを閉め、ひとまず三人と抱えられたままのダイフクはリビングに移動する。

 ジオは少しばかり気まずそうな顔で、少し戸惑う素振りを見せた後に口を開いた。

「オレ、あいつ知ってるわ。肉屋のとこの婿だ。ダンって名前だったっけ……たぶんルドガーも知っている」

 食堂で出す肉類の配達に来ている奴だよと補足するジオの声がどこか遠くに聞こえた気がした。

 肉屋のダン……ああ、知っている。何度か納品内容と控えに確認があって話す機会があったし、一年ぐらい前に肉屋の娘さんから「結婚しました。夫です」と紹介されたんだ。今後店に深く関わってくるしってことで。

 基本的に俺がやりとりするのは経理関係担当している奥さんのほうなんだけど、会った時にガタイのいいワイルド系のイケメンだなって印象が強くて覚えていた。

 奥さん大らかでいい人なのに、人の彼女と日も明るいうちから乳繰り合って何やってんだこの馬鹿。死ねばいいのに。

 リナはリナで人が結婚資金のために泊まり込みで仕事しくるねって中で家に男引き込んでナニするとか何考えてんの?人の心とかないの?俺別に寝取られ願望とかないし、なんなら今クソ地雷になったんだけど。

 ん? ふたりが結婚したのは一年前。

 俺たちが付き合い始めた ―― リナからの告白は一年前。

 高嶺の花な美人受付嬢からの告白に舞い上がり、奥さんからクソ野郎を紹介された時も内心『俺も彼女できたんですよ。お互いハッピーいいですね!』とか思ってたりして。

 これは疑心暗鬼の末の邪推なんだけど……クソ野郎が結婚したから俺と付き合いはじめて、下手するとこれまでも陰でクソ野郎と乳繰り合っていた可能性ある……?

 この部屋は仕送りと諸々引いて残る金を寮住まい中に頑張って貯めて、ダイフクと一緒に探した物件だ。ペット可で日当たりもよし、治安も悪くなくて家賃も高すぎない。

 田舎から出てきた俺にとっての城だった。

 家具も調理関係の魔道具や器具、その他諸々も少しずつ集めていった。安物ばかりだけど思い入れはある。リナと暮らすようになってベッドは買い換えたけど、変わったのはそれぐらいだ。

 過去はわからないけど、現在進行形で汚された我が家と裏切られた俺。

 ぷつん、と俺の中で何かが切れた。

「ゴミ掃除しないと」

 そうだよ。家の中でゴミが出たら掃除して捨てないと。

 聞かせるつもりで呟いたわけではない言葉。正しく独り言。

「ルドガー……?」

 黙り込みから突拍子もない言葉を口走った俺にノーマンが聞き返す。

 俺はそれどころではなかった。捨てて燃やそう。大炎上させてやろう。でも物理的な着火と直接的な人殺しじゃない。それはよくない。

 社会的に燃やしてやればいい。幸いなことに俺には味方となってくれる証言者と状況証拠が揃い、先手を打てる状態なのだ! 日頃の行いがいいからかな!センキュー神様!がんばって社会的に殺してみせるね!

 覚悟完了。

「ジオ、ごめんけどダッシュで肉屋の娘さん……クソ野郎の奥さん連れてきて。ノーマンは所長に軽く状況説明と、今日は職場に戻れないことを伝えに行ってほしい」

 可能な限り冷静さを装った声で二人に頼む。

 ジオはすぐに「分かった」と頷いてくれた。彼は「すぐ戻るから!」と告げて足早に部屋を去る。多分身体強化を使って最速で向かってくれるだろう。

 しかしノーマンの方はもの言いたげな様子だ。大方俺をひとりにして大丈夫か迷っているのだろう。色んな意味で危ないもんな。わかるわかる。逆の立場だったら俺も悩むわ。

 そんなノーマンをよそに、俺は三人掛けのソファをひっつかんだ。音声遮断の結界を解除して身体強化に切り替える。そうして難なくソファを抱え、寝室の前に移動した。

 ドスン!と少し乱暴にソファをおろす。外開きの寝室ドアを塞ぐようにして置かれたそれ。部屋の中から慌てるような声が聞こえた。流石に気が付いたらしい。いや、気づくように音を立てたんだけど。

 俺はすぐさまリビングに戻り、適当な低めの収納棚を手にする。

「よいしょ」

 我ながら気の抜けるような声とともにソファの前のスペースに下した。

 並び的には【ドア・ソファ・棚・壁】である。突っ張り棒のような役割を果たすように配置したのだ。もし相手も身体強化可能ならただのバリケードは破られるからな。

 絶対に出さない。逃がさない。風呂も、なんならトイレも使わせてやんない。魔法での洗浄も頭からすっぽ抜けていることを期待しよう。そのみっともない姿のまま同僚と取引先担当の目の前で俺に問い詰められればいい。奥さんもこっち(俺側)に引き込めればなおよし。ダメそうなら一人で頑張ろう。

 俺は「よっこらしょ」とソファに腰かけた。大した運動じゃなかったのにソファに沈み込んだ体が重く感じる。気持ちの問題か。

 部屋の中が超エキサイティンッぽいけど。ちょっとバタバタしたあと「ルディ?! そこにいるの?!」とかめちゃくちゃ聞こえる。男の声が聞こえないってことは隠れてやり過ごしてシラ切るか決めかねているって感じかな。まあリナの態度だけでだいぶ墓穴掘っている感あるけど。リナちゃんどしたん?話聞こか? ほかの人たちが戻ってきた後でなぁ!!!

「……オレらが帰ってくるまで絶対そこ開けるなよ」

 ノーマンは小さくため息を吐き、俺に念押しする。「うん」と俺は素直に頷いておいた。逃がしたくないし、言いがかりつけられたくないし。

 俺はノーマンに向けて両腕を伸ばし「ダイフク」とちいさな生きものの名を呼んだ。縋るような声だったかもしれない。ノーマンは「ほら」とダイフクが入ったままの巻貝を俺の両手に乗せてくれた。

 ようやく納得してくれたのか、彼もその場を後にした。

「ねえ!! 開けて!!! ルディそこにいるんでしょう?! ここを開けて!!」

 ドンドンドンドンと強く扉をたたきながら彼女が叫ぶ。今日の朝までかわいいなと思っていた高めの声は『うるせぇな』としか思えなかった。悲しいね。

「入ってます」

 怒涛のノックに思わずクソみたいなボケ返しをしてしまった。トイレかよ、とセルフ突っ込みをする。

 扉の向こうで「はぁ?!」とすごいドスのきいた声でキレ返された。ええ……リナちゃんこわぁい。というかその声初めて聞いたんですけど。

 キレたいのはこっちである。いやすでにキレているけれども。

 なんか……一周まわって楽しくなってきたな。

「ふはは! 口の利き方に気を付けたまえよ! ところで近所迷惑だからもうちょい声のボリューム落としてくんない? あ!無理だし遅いか!クソデカ喘ぎ声すっげぇ漏れてたもんな!」

 俺がまくし立てるとリナはなんとも表現できない奇声を発し、ドンッと強く扉を叩いた。叩いたっつーか多分これ蹴ったな。あとで傷とかないか見ておこう。修繕費請求したろっと。いやぁ、百年の恋も冷めるわ。

 とりあえず関係者が揃うまで煽り散らかして考える隙を与えないように時間を稼ごう。

 あ、そうだそうだ。リナのご両親にもチクっておかないとな。もう挨拶済ませちゃっているんだわ。同じ街のちょっと離れた地区住み。ご両親厳しいのが嫌でリナは寮住まいだったんだって。

 確かにご両親真面目そうだったな。リナから“あることないこと”どころか“ないことないこと”吹き込まれたら絶対面倒くさいことになるから先手打っておかないと。

 移動させた収納棚の中にレターセットを入れていたはず。おっ。あったあった。今のうちに手紙書いておこう。ちょっと送料高いけど、同じ街の中なら速達が可能だ。明日の朝には着く。

 朝早くからこんなクソみたいな内容の手紙読まされるご両親が心底かわいそう。書かなきゃいけない俺はもっとかわいそう。うちの親にはまだ何も伝えていなかったのは不幸中の幸いか。



 リナと途中から参戦したクソ野郎の相手をしつつ手紙を書き終えた頃、ぞろぞろとお客さんがきた。いらっしゃい!待ってた!お茶は出せない。ごめん。

 やってきたのはジオとノーマン、クソ野郎の奥さんとその父である義父(肉屋の現店主)、なんと俺らの上司たる所長である。所長は五十代半ばの筋肉質強面だ。いい人なんだけど急に出てこられるとちょっとビビる。

 所長来るとは思わなかったなぁ……。普段から忙しい人、しかも今は間引きの準備もあってバタバタしているのに職員同士のプライベートに巻き込んでしまってすまねぇ、すまねぇ……。

 とりあえず所長には巻き込んで申し訳ないと謝り倒し、奥さんと店主には被害者の仲間意識を植え付けるため「こんなことになってしまって……」と声をかけた。ジオとノーマンにはお礼を言っておいた。

 所長は「お前が悪いわけじゃないだろう」という温かいお言葉をいただいた。同僚と上司には恵まれたんだな。恋人はうんこだったけど。

 たぶん所長来たのってリナが職場で俺との結婚と寿退社仄めかしていたっていうのもあると思うんだよな。結構広まっちゃっている話。

 ぶっちゃけ俺は具体的に昇進と昇給の話も出ていたし、リナが辞めても問題はなさそうだねって家でも話していたんだよ。つーかそんな状況で自宅で浮気するとかリナちゃんってば尻も軽けりゃ頭も軽いな。かわいそう。

 そんなこんなで役者は揃ったのでソファと棚をどかしてドアを開ける。念のためダイフクは風呂場に避難させておいた。水遊びでもしてな。

 室内は意外と臭くなかった。換気をしておくという知恵はあったらしい。飛び降りて逃げられる高さではなかったのは残念だったな。ざまぁ。

 まあ、二人とも服は整えられていてもお察しな感じの状態ではあった。きったねぇ。

「ちがうの、ルディ」

 リナが涙を浮かべて力なく首を横に振る。

 え、お前さっきまでスゲェどす声と甲高い奇声の波状で俺の事ヘタレだとか魔物も殺せない臆病者とか罵ってきたじゃん。流石に無理あるよそれ。騙されねぇって!!情緒ヤバ。なんかそういう怪異かよ。

「出てる出てる。全部声に出てる」

 ジオが俺の肩をちょんちょんとつついて小声で突っ込んできた。あと内容に引いているようだ。ノーマンも顔をひきつらせて「こわ」と呟き、それを聞き取ったリナに睨まれていた。鬼の形相ってこういうことか。

 肉屋側はというと店主は無言だけど無茶苦茶青筋立ててるし、奥さんは「もうしないって言ったのに!!」とキレ散らかし――って、クソ野郎前科あんのかよ。救えないわぁ。クソ野郎本人はというと顔を真っ青にしていた。そういえばこいつ婿養子っつってたな。離婚されて行くところあるんかな。どうでもいいけど。むしろ死ねばいい。

 そんなこんなで絵に描いたようなド修羅場である。

 俺からすれば被害者仲間の奥さんと、計算外だけど目撃者と被害者と元凶一名の共通の上司である所長がこうして来てくれた次点で勝ちなのだ。第三者視点で俺が完全被害者ポジなのは確定できたからな。

 ここまでくれば『ルドガーに嵌められた!』とか言いがかり吹っ掛けられることもないだろう。そのために事後の状態のまま閉じ込めたんだし。

 そんなことを考えている間もリナはつらつらと「あなたが泊まり込みばかりで寂しかったの」だとか、ようするに『私も悪かったけどルディにも責任があるのよ』的なことを言っていた。浮気する奴の間でそういうテンプレでも出回ってんの?

 汗で心なしかテカった髪に、汗と涙でぐっちゃぐちゃになったリナの顔。朝まではそれでもかわいいって思えたんだろうけど。(二回目)

 中身も、ちょっと気が強いところもあって、ちょっと我儘だけどそこもかわいいと思っていました。(過去形)

 なんか、こう、さっきも言ったけどさぁ。コイツなんかの怪異の類? 理解できねぇわ。

「キッッッッショ」

 あまりにも妖怪じみた何かに見えて、俺は真っ直ぐリナを見据えてそう言ってしまった。すぐに『しまった』と思ったが口から飛び出した言葉は戻せない。

 リナは一瞬何を言われたのか理解できなかったかのように硬直し、やがて腰が抜けたようにその場にへたり込む。そのまま黙り込んでしまった。


 もう日も暮れているし、ジオとノーマンには帰ってもらった。

 この状況でできることはなにもなくなった。肉屋夫婦が離婚にしろ再構築にしろ、俺と奥さんへの慰謝料だとかもこの場で決められるものではない。俺とリナの職場在籍に関してもそうだ。

 ただ、俺はその場で明日の休みを所長からもぎ取った。明日は諸々動いて、明後日からはしばらくギルドの仮眠室で世話になろう。ここには戻りたくない。

「どうします?」と肉屋の店主が俺に話を振る。あっ、ちょっと血管落ち着いてますね。よかった。

「とりあえず家から叩き出しますね!」

 元気よく答える俺に、リナは信じられないといった目を向けてきた。俺はお前のその反応が信じられんわ。叩き出すに決まってんだろ。

「そもそも賃貸契約結んで家賃収めているのは俺だし。職場遠くなるけどリナは実家もあるし、なんならこれまでで浮いた家賃分のお金で宿の月間契約できるだろ。その間に家探すか入寮手続きでもすれば?」

 有無を言わさぬ勢いの俺の言葉に、リナはがっくりと項垂れる。

 これが実家が遠いとか家賃折半だったとか、その他金銭的に難しいなら話は別だが。しかし例に出したように彼女は実家もあるし、宿に泊まる金もある。ホームレス化はしないだろう。

「そちらがどうするかは置いておいて、もし何かあったら今日のことは証言しますんでいつでも声かけてくださいね!」

 肉屋も客商売だからな! 変な話が広まったら困るだろうし、一応言っておこう。この人たちも被害者。おお同盟者よ!

 奥さんと店主は「ありがとうございます」「助かります」と涙交じりに言葉を絞り出す。

 奥さんと俺はお互いに「うちのがすみませんね」と軽く詫び合い。まあ俺ら悪くないけどな。奥さんも『アンタが繋ぎとめておかないから!』ってこっちに矛先向けるタイプじゃなくて助かったわ。

「では、今日は解散ということで。ルドガーは休みだが、リナは出勤しろよ」

 そう言って取りまとめたのは我らが所長。あらぁ、リナちゃん出勤なのぉ?大変だねぇ! ジオとノーマンが同じ部署じゃなくてよかったな。まあ、あいつら別に言いふらすタイプじゃないからそこから話広まることはないだろうけど。

 その間に色々動かせてもらうわ!『サンキュー所長!』と思いを込めて所長にぱちーん!とアイコンタクト。所長もぱちーんと返してくれた。顔怖いけどノリのいいおっさんである。

「リナの荷物は二時間後に玄関ドアの前に置いておくから取りに来いよ」

 俺の言葉に“叩き出す”という意思に揺らぎないことを悟ったのかリナは無言でうなずいた。

 同棲初めてそんなに日数経っていないし、基本はもともと俺の私物を共用って形だったから大物はないはず。服とか化粧品とかバッグとかその他小物系かな。あっ洗髪剤類もか。言っても適当な箱三つもあれば足りるだろ。



 そうして俺以外に誰もいなくなった部屋。

 リナはカギを持ち出していないかチェックしてから財布だけ持たせて叩き出した。どうせ明日にはカギ変えるけどな。

 リナ両親への手紙は所長に預けたし、今日はリナの荷物をまとめてお終いか。

 にしても急に静かになったな。静か……あっ、ご近所さんに騒がしくしたお詫びしないと。明日用事がてら詫び菓子買っておこう。

「だいふくー。ダイフクちゃーん」

 ひさしぶりに一人になった家は妙に広く感じ、認めたくないけれど、なんだか寂しくなってダイフクを呼んだ。いそいそと風呂場に向かい、桶のなかでぷかぷか浮かんでいるダイフクを両手で掬う。ひんやり。

 当然ながらダイフクはしゃべらない。

 けれども水気を切るようにふるふると体全体を震わせ、やがて俺の掌の上でぺっしょりと潰れた。俺の掌を覆いながらもすりすりと揺れ動く様は、甘えているようにも、慰めているようにも見えた。

「ありがとなー」

 ダイフクはやさしいなぁ……という俺の涙声は風呂場に響いた。




「全部終わったら、引っ越そう。クソどもから慰謝料ぶんどって仕事も辞めて他の町に行こう。そうしよう」

 リナの荷物を出し終え、今日はすることがなくなった俺は決意する。

 上司も同僚も優しいし、仕事も忙しいけど嫌いじゃない。未練がないと言ったら噓になる。でも職場にはリナがいる。この程度の事ではクビになんてできっこないし、仕方がないだろう。

 そうなってくると俺は“浮気された男”という悪しき記憶に縛られたままになる。ここに居たまま話が外に広まったら“浮気された可哀そうな人”だ。

 まあ言わなくても皆すぐ察しそうではあるけれど。

 “可哀そう”がこちらにとっての武器になるのはほんの僅かな間だけで、すぐにそれはこちらに向けられた形の凶器となる。

 自分は可哀そうだからと思い続けるのは危険だ。なんでも許される免罪符を得たような気持になってしまう。実際はそんなわけないのに。

 “可哀そう”を武器にするのは慰謝料をぶんどるまで。それ以降は捨ててしまわなければ。

 だから、この街を出よう。


 それはそれとして俺が街を出ることでリナの浮気が表沙汰になることにちょっぴり期待して。できれば俺が去った後にクソ野郎ともども景気良く燃えてほしい。



視点の都合上入りきれなかった設定メモ


ルドガー・ベッセル

19歳 男 転生者

暗めの赤髪に翠眼。転生ものによくある高魔力+全属性+空間魔法持ちテンプレハイスぺ。

しかし前世(日本の都市部育ち現代っ子)からの価値観で生き物の殺傷が無理過ぎて無双とか俺TUEEEにはならなかった。魔物が可哀そうとかじゃなくて近接物理攻撃時の感触と反応が生理的に無理。(遠距離攻撃はギリいける)

熊と同じかそれ以上に危険な生物相手に率先して立ち向かうのも無理。

虫も無理。昆虫型の魔物どころか普通サイズの虫も近づけない。なのに田舎の農家生まれ。

頑張って獣の解体はできるようになった。死んだ後ならセーフ扱い。

前世知識は一般的な学生時代の知識と会社員時代の経験ぐらいですごい知識も特にない。他の転生者が頑張ったおかげで割と快適異世界なので頑張る気もない。

今生は5人兄弟の真ん中。



ダイフク

小型スライム(こぶし大サイズ)

賢いようだけれどちょっと鈍くさい子。夜光貝のような大きい巻貝がお気に入り。

ルドガーが子供の頃に出会ったスライム。家で飼っているニワトリにつつきまわされていた。可哀そうなので逃がした。

しばらくすると野良猫に猫パンチされていた。逃がした。

さらに何日かしてからルドガーが庭の井戸で水を汲もうと桶を落とし引き上げると中に入っていた。落ちたようだ。

観念して飼うことにした。

なお、巻貝を貰ってからは小動物や鳥から身を守れている。

特技は家具の隙間に落ちたものを回収することと、衣類のしつこい染み取り。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ