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異世界恋愛短編

あなたに好きだと伝えたくて……

作者: 喜田 花恋

「明日生きて帰れたら、あなたに好きだと伝えたい」の続編です。こちらだけでもお楽しみいただけると思います。


 魔王の咆哮が、戦場に響き渡る。


 魔王城の玉座の間は、死の瘴気で満ちていた。その中心で、勇者リオネルが剣を振り上げる。


「ガルド、援護を──!」


「任せろッ!!」


 盾を構え、巨体を翻す。ガルドは魔王の振り下ろした巨大な腕を受け止め、一瞬の隙をつくった。


 すかさず、魔法使いエルナが詠唱を終える。


「光よ、勇者の刃に宿れ!」


 リオネルの剣が蒼白く光を放ち、その一閃が魔王の胸を深々と貫いた。


「ぐ、あああああああッ……!」


 黒き巨体が仰け反り、耳を裂くような断末魔が響く。


 全員が息を呑んだ。


 ──終わった。


 魔王の体は塵となり、風に溶けて消えていく。勝利の余韻が広がりかけた──その瞬間だった。


「く……魔王たるこの俺が、こんなちっぽけな人間どもに……」


 黒い瘴気が渦を巻き、魔王の頭部だけが宙に浮かび上がる。


「こんな、ちっぽけな人間どもにぃぃぃぃ!」


 絶叫と共に、魔王は大地を揺るがす魔力を解き放った。


 黒紫のエネルギーが全身から噴き出す。魔王城が悲鳴を上げ、崩壊を始めた。


「こ、これは……ッ!」


 エルナが蒼白な顔で叫ぶ。


「自爆魔法よ! この規模……城どころか、この地そのものを吹き飛ばすつもりよ!」


 リオネルが剣を構え、叫ぶ。


「逃げろッ! みんな、早く──!」


 だが、出口はすでに瓦礫に塞がれ、脱出は不可能だった。


 ミリィは立ち尽くしていた。体が震え、足が動かない。


「いや……こんな……こんなところで……!」


 そのときだった。


「──俺に、任せろ!!」


 怒号が、爆音を裂いて響いた。


 ガルドだった。


 力強く握られた盾。全身を包むのは、魔力と、命の炎。


「ミリィッ! リオネルッ! エルナ! お前らと旅ができて、本当に楽しかった……。俺は、同じ過ちは繰り返さない」


「ガルド!? な、何を──!」


 リオネルの叫びも届かない。


 ガルドの足元に、巨大な魔法陣が展開された。


 ──古の守護魔法。


 本来ならば、数日かけた儀式と百人の魔術師を必要とする、神域の防御術。


 だが彼は、自らの命を代償に、それを強引に発動した。


「──()()()()、お前らを絶対に守る!!!」


 光のドームが、彼ら四人を包み込む。


 その直後──


 魔王の頭部が爆ぜた。


 黒と赤の閃光が空を裂き、大地を割る。魔王城は一瞬で崩壊し、轟音が天と地を揺るがした。


 大地が砕け、炎と破片が渦を巻く。


 そして──すべてが、飲み込まれていった。




 ──やがて、爆煙は静かに晴れていく。


 音も、風も、魔力の気配すら消え去ったあとの世界。


 魔王城は跡形もなかった。瓦礫すら燃え尽き、一面に広がるのは、黒く焦げた大地だけ。


 その中心に──


 ドーム状に展開されていた守護の結界が、傷ひとつなく残っていた。


「……うそ……」


 ミリィが、膝をついた。


 彼女の視線の先には、盾を構えたまま、動かない男がいた。


 ガルド。


 彼の命の炎は、すでに尽きていた。


「ガルド……さん……?」


 震える声が、彼の名を呼ぶ。


 リオネルも、エルナも、言葉を失っていた。


「……守ってくれたんだ……俺たち全員を……」


 リオネルの声が、かすかに揺れる。


 その事実が、胸を刺すような痛みを伴って、皆の中に染み渡っていく。


「……嘘……ですよね……起きて……ください……」


 ミリィは、崩れ落ちたガルドの体にすがり、震える声で囁いた。


「……わたし……まだ……何も、伝えてないのに……!」


 涙が、止まらなかった。


 彼は、最後の最後まで、皆の盾だった。


 誰よりも強く、誰よりも優しく──


 命を懸けて、守ってくれたのだった。


「いやあああああっ……!」


 ミリィの叫び声が、静まり返った世界に響いた。


◇◇◇


─ガルドの回想─


 良かった……。


 今度こそ、みんなを守れた……。


 それだけで、もう十分だ。



 ──あの時も、すべてが燃えていた。


 魔王の断末魔とともに放たれた爆発は、空を裂き、大地を砕いた。誰よりも早く気づいた俺は、即座に盾を構えて、みんなを守ろうとした。


 けれど──遅かった。


 間に合わなかった。


 リオネルも、エルナも、ミリィも……みんな、俺の目の前で、爆炎の中に消えた。


 そして、生き残ったのは……俺一人だけだった。


 あの光景は、何度も夢に出てきた。


 誰もいない焼け野原。崩れた城の瓦礫。立ち尽くすしかなかった俺の足元に転がっていたのは、仲間の剣、杖、ローブの切れ端……それだけだった。


 それでも、生き残った俺は“英雄”と呼ばれた。


 国に戻れば民は歓声を上げ、王は爵位をくれると言い、詩人どもは勝手に歌を作って騒いだ。


 何が英雄だ……。俺の盾で、誰一人守れなかった。自分が愛した人すらも……。


 その後、俺は人との接触を避け、山の中で暮らし始めた。誰とも会わず、誰とも話さず、飯を食って寝るだけの生活。朝日が昇っても、夕日が沈んでも、心は何も動かなかった。


 ずっと、そうして朽ちていくんだろうと思ってた。


 ──あの日までは。



 「すまない。旅の者だが……一晩、雨宿りをさせてもらえないだろうか」


 戸を叩いた旅商人に、たいしたものは出せなかったが、それでも小さな火を囲んで、一緒に酒を飲んだ。


 無言のまま、時間が過ぎていった。ふと、そいつがぽつりと話し出した。


 「……あんた、“時の秘宝”って知ってるか?」


 その言葉に、心の奥が、わずかに震えた。


 「古代の王国にあったっていう、時を巻き戻す宝石さ。遺跡の奥底に眠ってるとか、流れ星の落ちた場所にあるとか……まあ、夢物語だろうがな」


 そいつは笑っていた。信じてなかったんだろう。俺だって、そう思ってた。普通なら。


 でも、その夜──眠れなかった。


 気がつけば、拳を握っていた。


 “もしも戻れるなら”なんて、何度も考えた。考えて、否定して、それでも夢に見て……そしてまた、思ってしまった。


 「……今度こそ、守れるかもしれない」


 ミリィに、まだ言えてなかった。あの気持ちだけは、ずっと胸に刺さったままだ。



 次の日の朝、俺は何年ぶりかに剣を背負い、山を降りた。


 そして旅が始まった。


 幾度も困難に見舞われ、命を落としかけたこともあった。


 本当に存在するのか──疑い、諦めそうになったこともあった。

 

 それでも、俺は探し続けた。時の秘宝を。過去をやり直す唯一の方法を。


 何十年という歳月が過ぎ去っても、過去へ戻れるという、たったひとつの希望だけが、俺を突き動かしていた。



 途中、古い文献にたどり着いた。


 “古の守護魔法”。


 数日がかりの儀式と、大勢の魔術師が必要だと言われたその魔法を──俺は、自分の命を代償にすぐに発動出来るようになった。


 もう、同じ後悔は繰り返さないために──。


 

 そしてついに、北の果て。


 氷に閉ざされた神殿の最奥で、俺は見つけたんだ。


 青く澄んだ、小さな宝石──それが、「時の秘宝」だった。


 光に触れた瞬間、世界が反転した。


 気がつけば、俺は焚き火の前に立っていた。


 夜空には星が瞬き、風は静かに草を揺らしている。


 そして──そこに、彼女がいた。


 ミリィ。


 ローブの裾をぎゅっと握りしめ、少し離れた場所で、祈るように目を閉じている。


 あの日と、まったく同じ姿で。


 ……本当に、戻ってきたんだ。


 夢なんかじゃない。やり直せる。今度こそ。


 だから──


「……絶対、守ってみせる」


 たとえ、この命が尽きようとも──。


◇◇◇


 ─ミリィ視点─


「いやあああああっ……!」


 崩れた魔王城の中心で、私は叫んだ。言葉にならない声で、ただ泣き叫んだ。


 その腕の中には、もう動かないガルドさんがいる。あの大きな背中も、温かな声も、何もかもが消えてしまったみたいに静かで。


「嘘……嘘ですよね……こんなの、いや……っ」


 涙が止まらなかった。何度呼んでも、彼は目を開けてくれない。


 やっと、やっと言おうと思ったのに。


 ずっと伝えられなかった気持ちを、今度こそって、そう思ってたのに──。


「……わたし……わたし、まだ……ガルドさんに、ちゃんと……!」


 そのときだった。


 胸の奥が、熱くなった。


 身体の奥底から、何かが突き上げてくるような感覚。痛いくらいに心臓が脈打ち、頭の中が真っ白になっていく。


 ──まだ、終わってない。


 ──私は、誰も失いたくない!


 その瞬間、体中に光が走った。視界が、まばゆいほどの金色に染まる。


 私の周囲に、無数の魔法陣が展開された。空に浮かぶように現れる古代文字。魔力が空気を震わせ、焦土の大地に花のような文様が咲いていく。


「っ……これは……!」


 リオネルさんの驚く声が聞こえた。


「ミリィ……君、まさか……!」


 私は理解した。


 これは──賢者の力。


 私の中に眠っていた可能性。誰かのために、生まれてきた力。


 ためらう理由なんてない。


 私は両手を胸の前で組み、祈るように魔力を集中させた。


「──魂よ、まだこの世界に繋がれているのなら……どうか、この人に、命を」


 声は震えていたけれど、不思議と迷いはなかった。


 私の想いと、魔法が一つになる。


 魔法陣が一際強く光り、彼の体を包み込んだ。


 優しい風が吹き、無数の光の粒が、彼の胸元に吸い込まれていく。


 そして──


 ガルドさんの指先が、ぴくりと動いた。


「っ……ガルドさん……!」


 その瞬間、私は彼を強く、強く抱きしめていた。


 もう何も考えられなかった。彼が生きてる──それだけで、胸がいっぱいになった。


 やがて、ガルドさんの体が小さく震える。


「……ん、あ……れ……?」


 低くかすれた声。目を細めて、こちらを見る彼の瞳。


 そして──気づいたらしい。


 私に抱きしめられていることに。


「わ、わっ……!?」


 ガルドさんは顔を真っ赤にして、慌てて身体を起こし、半歩だけ距離を取った。


 「ミリィ……!? お、俺、なんで──っていうか、い、今のはその……!」

 

 あたふたする彼の姿。


 「ガルドさん」


 そう呼ぶと、彼はびくっとしてこちらを見た。そして、真っ直ぐに私の瞳を見つめてくる。


 これまでの私なら、きっとすぐに目をそらしていただろう。


 でも──今だけは、どうしてもそらしたくなかった。


 両手を胸に当てて、息を整え、声を震わせないように。


「……好きです。ガルドさんのことが、ずっと前から……大好きです」


 勇気を込めた、その一言。


 彼は一瞬、言葉を失って。


 そして──頬をさらに赤く染め、照れくさそうに、けれども優しく笑った。


「俺も……ミリィのことが好きだ。何十年も前から、ずっと……君のことが好きだった。やっと……やっと言えた」


 そう言って、ガルドさんは涙をこらえるように笑った。


 その姿を見て、私の目にも自然と涙がにじんだ。


 そのとき、黒い雲の切れ間から、やわらかな光がこぼれ落ちてきた。あたたかな陽の光が、そっと私たちを包み込む。


 まるで空までもが、静かに祝福してくれているようだった。

数ある中から、こちらの作品をお読みいただきありがとうございます。


誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
とても素敵で、大変素晴らしい短編を読ませて頂きました。 私は大好きで、大好物 です。 戦闘、魔法発動シーン、回想、説明書の流れが秀逸。 読みやすく、読み進め易い、そうこなくっちゃの展開、待っていたセリ…
前作とまとめて読んだほうがより盛り上がりますね! 第二弾で、ファンタジーとしてお話に奥行きが出てぐっと色づいたような気がします! お話の運びや言葉の選び方もとても良くて目に浮かぶようでした。面白かった…
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