三度目のご訪問・・・大雪様著
『三度目のご訪問』
二度目の凪国国王達の来訪から一週間後。
今度は王妃が一人で魔王城へとやって来た。
どうして来たのかと問えば、エイミールに呼ばれたと果竪は答えた。
「果竪お姉様とお茶がしたかったんです」
エイミールは目を潤ませながら三人の兄達に告げる。
三人の兄達が美形過ぎるせいで、近づく女性は兄達狙いばかり。
おかげで、近寄ってくる女性達からは敵意と殺意入り交じる視線を向けられ、罵詈雑言、誹謗中傷される日々。
まあ、美形の兄達や魔王軍の上層部に溺愛されているのだ。
その妻の座を、愛妾の座を狙う女性達にとっては正しくエイミールは敵であろう。
そんなエイミールにとって、果竪は初めて自分に下心なく優しくしてくれた女性だった。
「ダメですか?」
シュンとなるエイミールに兄馬鹿三人衆は即座に否定する。
「ま、まあよかろう」
「そうだな、果竪は無害だし」
「そうじゃ!あの娘ならばエイミールの友として認めてもよかろう!!」
「ありがとうございます、アルファーレン兄様、アマレッティ兄様、リアナージャ兄様!!」
そうして、果竪とエイミールのお茶会は始まった。
「果竪お姉様、見て下さい!!これ、エミーが頑張って作ったんです」
「うわぁ!凄い、上手に出来てるわ」
そうしてエイミールが作った御菓子を一口頬張った果竪はにこりと笑う。
「味も完璧!あ、これ私が作った大根の煮物」
大根の煮物?!
遠くから見守っていた魔王軍の皆様が目をむく。
お茶会には相応しくないだろう、それは。
だが――
この前、果竪が仕事の邪魔をしたお詫びにと送って来た漬け物は実に美味しかった。
絶妙な漬け具合、その歯ごたえに味。
一口噛んだ瞬間、魂は天の楽園へと吹っ飛ばされた。
頭の先から足のつま先まで通り抜けた衝撃の心地良さは、自分の理想とする女性と激しくまぐわい頂点を極めたのと同じぐらいである。
それが煮物
魔王軍の中にはジュルリと唾液を垂らすもの達が続出した。
「ふん、たるんでるぞ貴様ら」
「いや、そういうアルファーレン兄上も」
その瞬間、アルファーレンは凄まじい速さで零れそうになる唾を手で拭った。
氷の貴公子と呼ばれる麗しき魔王の唾液垂らし未遂は、ある意味衝撃なのは間違いない。
「うわぁ!!凄く美味しいです、果竪お姉様!!」
「本当?嬉しい。あ、多めに作ったから、後で他の方々にもお裾分けしてね」
その言葉に、魔王軍は果竪を神と崇めた。
いや、果竪はもとから女神だが、それを差し置いても彼らにとっては心優しき神である。
「あのね、今度はお友達も連れてきたいんだけどいいかな?」
「お友達ですか?」
「うん。あ、勿論他の皆さんにもお願いするけど」
兄達を始め多くの者達に溺愛されているエイミールに引き合わせるならば、やはり許可は必要である。
「どういう方達なんですか?」
「えっとね、私にとって凄く大切な人達なの。苦しい時、辛い時にずっと一緒に居てくれた人達や、私を目覚めさせてくれた子とか」
そこで果竪は考える。
蓮璋と蛍花はまだいい。しかし、蒼麗を呼ぶと蒼花が必ずついてくる。
自分の夫や周囲など比べものにならないほど美しく華麗にして可憐。その美貌はどんなものであろうと、生物であるかぎりは一瞬にして魅了されその虜となる。
蒼花が抑えなければ、即座に彼女の思うがままに動く傀儡人形となる。
……………………
「ごめん、目覚めさせてくれた子はちょっと後になると思うけど」
蒼麗を連れてくる場合には蒼花の対処方法を十分に考えなければならない。
その美貌も色香もそうだが、潜在能力や戦闘技術、更にはその恐ろしいほどの知謀はもはや発射された核弾頭よりも恐ろしい。
真綿にくるまれるように育てられながらも、蒼花はあまりにも世事に通じ裏世界を知り尽している。策謀に長け、相手を思いのままに掌で転がす様は正しく妖姫そのものなのに、相手が蒼花であるとそれが正しい事に思えてしまう。
蒼花が、いや、蒼麗の幼馴染み達が行うだけで全てが正しいと思えてしまう。
まるでそう思うように魂に刻み込まれているかのように
神である自分達でさえそうなのだ。
それが相反する世界である魔界に来たらどうなるか?
果竪は問題事を持ち込まないことに決めた。
「果竪お姉様?」
「あ、大丈夫。気にしないで」
安心させるように微笑み、エイミールの菓子をもう一つ口に含もうとした時だった。
突然地面を突き破り現れる緑色の大蛇。
太さは大人が10人手を伸ばして円を作ったほど。
長さは十メートルは軽く越えるだろう。
その顔はもはや凶悪で、チロチロと長い舌を出す。
果竪達が驚く間もなく、大蛇がエイミールに襲いかかる。
「「「エミーっ!!」」」
アルファーレン、アマレッティ、リアナージャの三人が叫び、他の魔王軍も青ざめる。
大蛇がエイミールを捕えるなか、果竪がエイミールの手を掴む。
ともに引き摺られ、果竪の体が宙を舞う。
「くっ!!」
「お姉様っ!!」
大蛇が果竪に気づき振り落とそうとするが、果竪は意地でも離れない。
その様に、大蛇が果竪に牙を突き立てようとする。
そうして自分に向かってくる大蛇の口に果竪はキランと目を光らせ、それを放り投げた。
大蛇の口の中に消えていくのは真っ赤な大根。
ゴクンと大蛇がそれを飲み込む。
ギャァァァァァァ!!
大蛇が叫びまんどり打つ。
それでもエイミールを離さないところが凄いが、その姿はそれまで怒り狂っていたアルファーレン達でさえ涙するほど無様過ぎた。
「あれ、何?」
レミレアが問えば、果竪はエイミールの手をしっかりと握りしめたまま声高に言った。
「唐辛子大根!!品種改良に改良を重ねて作ったもので、その体は情熱を表わす赤!!食べればあっと言う間に体を熱く火照らせる素晴らしい効能を持った大根よ!!」
いや、熱く火照らせるどころのレベルの話じゃねぇし
魔王軍全員が思った。
どう見たって大蛇はその辛さに苦しんでいる。
と――大蛇が叫んだ。
『この……たかが大根のくせに!!』
たかが大根
その言葉は果竪に喧嘩を売ったのは言うまでもない。
「何を言うの貴方!!」
果竪の神気が膨れあがる様に、アルファーレンはほぅ……と息を吐く。
それはあの凪国国王達の足下にすら及ばないが、酷く清廉で美しく魔族すら魅入られるような美しさだった。
「流石は王妃という事か……」
呆然とそんな事を呟く。
だが、次の瞬間全力で前言を撤回したくなった。
というのも
「いい?!たかが大根なんて言わないで!!大根はアイドルなのよ!!ってか貴方に大根だなんて呼び捨てにされたくないわっ!!」
エイミールを連れ去られそうになったうえに大根まで罵倒されたからには、何時も優しい果竪も黙ってられない。
果竪は大蛇を厳しく睨付けて叫んだ。
「これからは、世界一美しく気高く宇宙一素敵な大根様とお呼びするのよっ!!」
激しく呼びたくねぇ!!
大蛇だけではなく、魔王軍全員も全力で思う。
ってか、世界一美しく気高く宇宙一素敵
いや、ここまではまだいい
しかし、様?様?大根に様?!
「どうしたの?!呼べないの?!」
無理です
魔王軍全員が心の中で断言する。
確かに大根は美味しい。その魅力に自分達も囚われつつある。
しかし大根に様?様付けしろと?
だが、そんな困惑の魔王軍に更なる衝撃が訪れる。
「私の国ではみんな笑顔でそう呼んでるわよっ!!」
ここに、明燐達が居れば即座に嘘だと叫んだだろう。
しかし残念なことに誰もいない。
そう――居なかったからこそ
魔王軍達は凄まじい衝撃を受けてしまった。
凪国では、大根に長すぎる形容詞をつけた挙句に様付けで呼んでいる?!
魔王軍は凪国の凄さを思い知った。
自分達とは格が違う。
「そうか……これが、魔界と天界の違いか……」
アルファーレンが汗を垂らしながら呟く。
そんな、天界に対して激しく失礼な感想を抱いている事を凪国が知ればどうなるか……。
「さあ!!呼びなさいっ!!」
いや、それよりとっととエイミールを助けろよ。
そうつっこむ者もいない。
しかし、やはりエイミールへの愛は人一倍飛び抜けているのか、一番早くアルファーレンがその事実を思い出し、すぐさま力を放つ。
だが、大蛇はそれを避けた。
その事実に、魔王軍が息を呑む。
最強と名高い魔王の攻撃を避けるなんて……
しかも、大蛇はずる賢くエイミールを盾にするように持ち上げる。
「エミー!!」
アルファーレンが叫ぶ。
「どうする?!あれでは下手に攻撃できんぞっ!!」
「あのやろうっ!!」
リアナージャとアマレッティが怒りの声を上げる。
しかし、あれではどうしようもない。
「う……あぁっ」
体を締め付ける力が増したのか、エイミールが悲鳴をあげる。
「エミーちゃんっ!!」
「果竪……お姉様だけでも……逃げて…」
エイミールといまだ手を繋いだままの果竪は、大蛇の体に足を乗っけてはいるが、かなり無理な体勢でもあった。
しかも、落ちれば確実に怪我をするほどの高さに居る。
「だからって、エミーちゃん一人置いて逃げられるわけがないでしょうっ!!」
そう言うと、果竪は大蛇の体に隠し持っていた短刀を突き立てる。
「きゃっ!!」
硬い鱗が刃を弾いた。
衝撃に体勢を崩す。
それを見計らったかのように、大蛇が身を震わせ果竪の体が落下する。
「果竪お姉様っ!!」
魔王軍もハッとするが、すかさず大蛇がエイミールの真上に牙をつきつける。
まるで動けばエイミールを喰らうとでもいうように。
一方、果竪は転がり落ちそうになる体を立て直そうとするが上手くいかない。
こうなればエイミールの手を離すしかないと心に決める。
でないと、宙づりになった自分の全体重がエイミールにかかり余計に苦しませてしまう。
そうして断腸の思いで手を離した果竪だったが、それを狙ったかのように大蛇の尻尾が果竪へと向かう。
尻尾は針のように鋭く尖っており、刺されば間違いなく絶命する事は簡単に想像出来た。
しかし、宙に浮いている状態では体制を立て直す事は出来ない。
果竪は衝撃に目を瞑る。
迫り来る死に走馬燈が見える。
初めて大根と出会った日
初めて大根を自分で実らせた日
大根の品種改良に明けくれ失敗するも大根に慰められた日々
愛する大根に囲まれその愛しさに酔いしれる日々
そのほっそりと逞しい白く輝く肢体に変な人に襲われないかと心配し心を細らせた日々
大根
ああ大根
私の愛しい大根達
ってか、大根以外出て来ないのかよ
走馬燈ですら最初に出てきてその殆どを占める大根だった
因みに、他のもの――例えば友人とか夫とかは出てきたのかと言うと、最後まで走馬燈を見る前に果竪は誰かに抱き抱えられてしまった。
驚いて目を明けた果竪が口を開こうとする。
が、それよりも速くに
落ちる
大蛇の首
「他は譲りましょう」
自分を抱き締める夫が冷ややかに言うが否や、果竪は夫の纏う衣服の袖によって視界を遮られる。
それは夫なりの気遣い。
気配を探れば、明燐や宰相達が居る事も分かった。
それに気を取られた果竪は、あっと言う間に夫の術の虜となる。
耳を塞がれ感覚を閉じられる。
下で行われる虐殺を知る事がないように施された優しさ
一方、萩波から受けたアルファーレンは、今までのうっぷんをはらすかのように術を解放する。
果竪が大蛇に様付けで大根を呼べと言うぐらいから、少しずつ近づいてきた幾つもの殺意。
自分達が本気になれば簡単に潰せるが、既にエイミールが囚われの身となっていた。
下手に動けば奴らはエイミールを害する。
ゆえに、彼らは動けなかった。
隙を探すが、小物のくせに驚くほど統率されたそれらはアルファーレン達の隙をついてあっと言う間に後ろをとった。
気付いている。
気付いているが、エイミールを思えば動けない。
だが――それも先程までの話である。
アルファーレンはそこ居た者達を殺しつくした後、その惨状を見せないようにエイミールを眠らせた萩波を見上げた。
「言いたくはないが……今回は礼を言おう」
「いえ、構いませんよ。それで行くのですか?」
「ああ。せっかく譲ってくれたからな」
大蛇は奴の一部。
奴の力の一部にしか過ぎない。
本体は別に居て、安全なところから今回の事態を引き起こしたのだ。
それの首を落とすだけで手を引いた萩波だが、本当は即座に相手を殺しにいきたいと思っている事はアルファーレンにも痛いほど分かった。
だが、それをあえて譲るというのは、萩波が自分の気持ちを知っているから。
エイミールを捕えようとした相手を殺してやりたいと思う自分の気持ちを。
「相手の情報はいりますか?大の幼女好きで自分の一族の幼女にも手を出しまくり、更には人間界でも幼女を探しては手を出しまくった馬鹿の」
「いや、いい」
アルファーレンは冷酷に微笑む。
「私はこの世界の王だ。どこに隠れようとも探し出してみせよう」
その言葉に、魔王軍が頷く。
望むところだ――と。
「それは宜しい。ああ、ですが潰すならばその馬鹿とそれに協力した者達だけにして下さいね。他の方達は慎ましく暮らしているだけですから」
仕組んだ者だけ始末しろ
そう告げる萩波にリアナージャとアマレッティが頷く。
「当たり前じゃ」
「本人が償うべき罪だからな」
そして血の祭典は始まった。
数日後――
邪魔されてしまったお茶会が再び行われる。
今度は萩波達も居たが、アルファーレン達は何も言わなかった。
「で、なんであの時駆けつけれたんだ?」
アマレッティが萩波に聞けば、彼はにっこりと言った。
「果竪がこちらに窺うと聞いてましたので、ずっと水鏡で見守っていたんですよ」
果竪のプライバシー欠片もなしっ!!
アルファーレン達は果竪をちらりと見て心の中で涙した。
「お前……それ、盗撮っていうんじゃ」
「やはり夫としては妻の安全を守るのが使命ですからねぇ」
妻のためなら何をしてもいいのか
魔族にそう思われる凪国国王はもはや魔族すらも越えたかもしれない――倫理の点で。
「ってか、周りも止めろよ!!」
アマレッティの言い分は最もだった。
しかし――
「でも心配ですもの」
「今回も面倒事に巻き込まれたしな」
「果竪はトラブルメイカーだからね~」
「対策を講じる事は必要よね」
明燐、宰相、朱詩、茨戯の言い分にアマレッティは泣きたくなった。
「あんたら……」
「やれやれ、果竪もとんだ者達に好かれておるわ」
「「「「エイミール姫の方がより悲惨だけど」」」」
「「「何を言うっ!!(何を言うのじゃ!!)」」」
「エミーの何処が悲惨なんだっ!!」
「そうじゃ!!エミーは幸せじゃっ」
「お前等にエミーの何が分かるっ」
「貴方方に愛されたせいで、同性の友達が持てないところですわ」
明燐の指摘がアルファーレン達の胸に突き刺さる。
「そ、それは……」
「べ、別に同性の友など……」
「果竪がいるし大丈夫だろ」
「ええ、大丈夫でしょう。でも、今回のように巻き込まれるのは辞退したいですわ」
相手はエイミールを狙い、それに果竪が巻き込まれた形となった。
果竪の性格だ。死んだってエイミールを見捨てたりはしないだろう。
が、今回はそのせいで危うく殺されかけた。
「それについては謝罪しよう」
「おや?素直ですね」
「下手にお前等にへそを曲げられて王妃を来させないと言われたくないからな」
「ふむ……愛しい妹に果竪が近づいてもいいと?」
その言葉にアルファーレンは溜息をつく。
自分以上にエイミールが懐く相手など本当は消してしまいたい。
この世に生まれてきた事を後悔するほどに苦しめて抹殺したい。
だが、それをしてエイミールに泣かれるのはもっと嫌だ。
果竪はエイミールにとって初めて出来た同性の友達。
そして危機には、果竪は迷いなくエイミールの手を握り守ろうとしてくれた。
最終的に離す事になったが、それもエイミールの事を考えての事だとアルファーレンは知っている。
あの時、果竪が手を離さなければ、その重みにエイミールは更に苦しんだ。
自分が怪我をするのも構わず手を離そうとした果竪にアルファーレンは、いや魔王軍は敬意を表する。
「まあ、構いませんよ。果竪も友達が出来て嬉しいようですし」
「私としてはお前達の方が反対しそうに思えたがな」
「凄く憎らしいのは確かですよ。でも、もう束縛しないと決めましたから」
そうして果竪を見る眼差しに、アルファーレンは静かに萩波を見つめた。
今から数百年以上も昔、凪国で起きた事件の事は聞き及んでいる。
それゆえに凪国王妃が長い間国を離れていたことも。
そして先日、ようやく再会出来たことも。
アルファーレンは思う。
数百年もの間ずっと愛する妻と離れていた凪国国王。
けれどそれでも狂わず彼は自分の仕事をこなした。
果たして自分ならばそれが可能だろうかと。
そこまで考え、アルファーレンは愛しい少女の存在が自分から失われる恐怖に叫びたくなった。
絶えられるはずがない
それこそ全てを破壊尽くしてしまうだろう
愛しい少女を求め、魔界だけではなく全ての世界を
「お前は強いな」
「ふふ、強くなったんですよ」
強くなったからこそ
生き続けたからこそ自分は再び妻を取り戻すことが出来た
優美でたおやかな美しさの中に潜む強靱でしなやかな強さ
アルファーレンは言う。
「今度酒でも酌み交わすか」
「いいですね。とびっきりのを持っていきましょう」
少しだけ、互いの心うちが分かったような気がする。
そうして彼らは愛しい少女へと目を向けた。
終わり
三度目の来訪。ちょっと?だけ仲良くなった魔王様と萩波(すいません、勝手に仲良くさせてしまって(汗))。
四度目の来訪になったら二人はどうなるんだろうか