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『ゲテモノ食い』・・・大雪様著

大雪様プレゼンツ。

題名を見れば解る、あのネタです。



アルファーレン達は思う。


 どうして王妃と呼ばれる少女の口から蛙の足が出ているのか?


 どうして王妃と呼ばれる少女の手に、串に刺さった丸焼きの蛙があるのか?


 もしゃもしゃもしゃ


 ぱくぱくぱく


 本当にそんな食べる音が出るのか――


 なんて呆けていた彼らだが、ようやく我に返り叫んだ。


「果竪后っ! それはなんだっ」

「蛙」


 うん、わかってる


 素速い回答ありがとう


 でも、聞きたいのはそこじゃなくて


「なんで王妃であるそなたが蛙など食べてるっ」


 そんなに凪国の食生活は逼迫しているのか?!


 もともと蛙を食べる文化ならまだしも、凪国にはそんな文化があるなど聞いた事はない。


 と、その時である。

 ぴょんぴょんと果竪の目の前をバッタが飛び跳ねた――瞬間。


 パシ、ムシャ、バキ、ペキ


 口から、バッタの足が飛び出たのもつかの間。

 あっという間に平らげた凪国王妃。


「凪国をナメないで下さい」

「いや、ちょ待て! そこまで逼迫しているのか?!」

「凪国は食虫文化があるのかよっ」

「及ばずながら妾達も食料援助するぞっ」


 魔王三兄弟。

 彼らは本気で凪国の食糧事情を心配した。


 が、果竪はふっと鼻で笑う。


「食料の方は大丈夫ですよ。以前より食糧自給率がアップしたんで」


 果竪が凪国に戻る前から、食料自給率の促進に力を注いできた凪国は、今では以前の数百倍は改善されている。


「ならば、何故」

「小さい頃に食べた味って忘れられないんで」


 その言葉に、アルファーレンはハッとする。


 天界十三世界では、暗黒大戦と呼ばれる大規模な戦争が起きていた時期がある。他の世界にまで影響を及ぼしたそれは、当然天界も焼き尽くし、食べるものも満足に手に入らなかったという。


 食べられるものならば何でも食べた。

 普通の食料などは全て貴族や豪商など力有るものに渡り、民達は草や土を煮込み、中には石を囓って飢えをしのいだ者達もいた。


 それからすれば、蛙などはご馳走だっただろう。


「すまない」

「いえ、いいんですよ」


 決して忘れてはならない過去。

 しかし何時までも引き摺りすぎていては前に進めない。


「果竪后も食事には苦労したのじゃな」


 リアナージャの言葉に果竪は頷く。


「ええ。男性陣は貴族や豪商とかの愛妾として拉致監禁されていたせいで、衣食住に関しては困らなかったらしいですけど、特に女性陣はみんな苦労して」


 愛妾ゆえの贅沢――だが、アルファーレン達は、凪国上層部の男性陣にとってそれが不本意である事は容易に想像出来た。

 自らの意思ならばまだしも、彼らは皆家族や住んでいた村や町を滅ぼされて強引に凌辱されたか、両親に売り飛ばされたか、自分の姉妹や大切なものの身代わりとして、身売りした者達が殆どだ。


 大切な物を奪われ、自由を奪われ、その見返りとしての衣食住――だが、奴隷同然の彼らにとってそれらが救いになる事はなかっただろう。

 あれほど高潔な者達なのだから。


 そうして、男達の劣情に晒され、凌辱の限りを尽くされる代わりに、貴族の姫君の様に贅沢な生活を強いられてきた男性陣とは裏腹に、貞操こそ守られたが、食べる物を手に入れる事すら困難な生活を強いられてきた女性陣。


 どちらが幸せだったのか――


 それは本人達しか分からない。

 アルファーレン達が分かるのは、とりあえず果竪が蛙や虫を普通に食べられるようになったのが、その大戦での経験だという事だけ。


「あ――因みに、他の奴等もそうなのか?」

「はい」


 涼雪も、葵花も、梅香もそうだ。

 葵花と梅香は転生しているが、以前の記憶を取り戻すやいなや普通に食べている。


 涼雪は言わずもがな。

 明燐も笑顔で豪快に蛙を噛みちぎる。


「昔は本当に食べるのに苦労しましたからね~。調味料も手に入らなくて。塩なんて、海水を蒸発させて手に入れるか、岩塩を探し出して手に入るしかなくて、でもそれもいつもじゃなかったし」

「そうか……」

「だから、調理法も自然と丸焼きかぶつ切りにして焼くっていう感じで――大抵のものは焼けば食べられますから」


 蛙とか、蛇とか、虫とか、イモリとか――


 その時だった。


「そういえば――リアナージャ様も蛇」


 キランと果竪の瞳が光った気がした。


「ち、違うぞっ! 妾は竜じゃっ!」

「蛇の進化形が竜ですよね?」


 いや、それ何か違う。

 たしかに蛟は竜の配下ではあるが――。


「この前、アナコンダ退治したんですよ~」


 アナコンダが凪国のある村を襲ったそれ。


「涼雪が鉈片手に笑顔で突っ走って」


 涼雪が?


 あの春の女神のように穏やかな女性が?


 明睡の無体に耐え抜き、元夫の横暴にも負けずに幸せを勝ち取った彼女が?


「で、仕留めたアナコンダは見事に皮をはがれて凪国経済に貢献し、お肉は私達のお腹に収まりました」


 喰ったんかいっ!


「もっと出て来てくれないかな~アナコンダ」


 やめて、マジで


 アナコンダの大量発生なんて恐すぎるから


 そういえば、自分達ってこの後果竪達に食事のお呼ばれしてる気が――


 そしてその会場に向って歩いている最中だった気が――


「あ、話している間に着きましたね~」


 そしてアルファーレン達はその光景を見てしまった。



********



「すいません、この私、凪国をナメテました」


 榊が出されたゲテモノ料理にギブアップする。

 その隣では、「あ~ん」と明燐が蓮璋の口元に蛇の丸焼きを運んでいる。

 蓮璋は何の躊躇いもなく食べていた。


 榊の中で、蓮璋に対する尊敬度が三割増しとなる。

 自分は果たして出来るだろうか。

 お嬢様が蛇を口元にもってきて、果たして――。


「いや、好き嫌いは誰にでもあるから」


 蓮璋の優しさに榊はそっと目元に溜まったものをぬぐった。


「涼雪ちゃん、材料持って来たよ~」

「ありがとうございます果竪様。じゃあ、隣の机において下さい」


 そう言うと、涼雪は蛇の皮をむきむき、その長い胴体をぶつ切りにしていく。

 その雄々しさに、凪国の男性陣が胸キュンしたのをアルファーレン達はたしかに見た。


 絶対にこの国を敵に回したくない


 彼らは心の中で誓った。


「あら? アルファーレン様達、全然食べてないですね」

「魔界の食べ物は違うんじゃないかな~?」

「たしかに、食べ慣れていないのは食べにくいですね」


 涼雪は素直に頷いた。


「それに、蛇とか蛙とか苦手な人多いし」

「果竪様の言うとおりですね」


 良かった


 そこの認識はずれていないらしい


「じゃあ、もとの原型が分らないように揚げ物にしてあげるのはどうかな?」


 梅香の言葉に、かたやホッとし、かたや反論があがる。


「梅香! どうしてこいつらにそんなに優しくするのさぁ!」


 ぷんぷんと怒り梅香に抱きつくのは、魔性の色香を持つ天使――朱詩。

 面白い事が大好きで、人をおちょくる事が趣味な厄介な男。

 しかも、その存在全てが男を狂わせる生来の男狂いであり、魔性の色香と媚薬化した体液を持つというとんでもない能力を持つ。


 その濃密な色香は、アルファーレン達でも血迷うほどに凄まじい効果。

 もし本気でこられれば、道を誤るかもしれない。


 と、その視線がすっとアルファーレン達に向けられる。

 頬を膨らませ、拗ねたような顔をする朱詩。

 性別を超越した美貌と色香に、凪国の男性陣も欲情をかき立てられる。


 が、梅香は至極冷静だった。


「朱詩、離れて」

「嫌だね」


 朱詩は絶対に離れない。

 それどころか、梅香を抱きしめる腕に力を入れる。


「刃物持ってるんだから離れてってば!」

「そんな刃物ぐらいで僕を傷つけられるわけないだろ? それよりアルファーレン達になんでそんなに優しくするのさ」

「お客様をもてなして何が悪いの」


 梅香が呆れたように言えば、朱詩のオーラが黒さを増す。

 すいません、それ以上奴を刺激しないで下さい。


 側で果竪を手伝っている理恵とチヒロが怯えてるんですけど。

 恵美と雪那は微笑んでるけど。


「離れろおぉぉ!」

「梅香の馬鹿! 僕が君から離れた途端に他の男に襲われてもいいって言うの?!」


 朱詩は男にもてる。

 女にももてるが、それ以上に男にもてる。

 人通りの多い場所で朱詩を一人にした途端にかっ攫われる。

 人通りがなくても、攫われる。


 たしかに朱詩の言うとおりだ――ここに攫う馬鹿はいないが。

 何せ、全員朱詩の本性を知っているから。

 それこそ、骨まで利用されるに違いないだろう。


「別に遠くに行けって言ってないじゃないっ」

「言ってるも同然だよっ!」


 喧嘩勃発。

 しかし、朱詩の方は何処か楽しんでいる様子がある。

 寧ろ、梅香の前世である小梅の時と全く変わらない光景に、凪国側は微笑み、それを知らない魔王側や榊達は心配そうに見つめる。


「いいのか?」

「からかってるだけですよ」


 萩波が果竪にちょっかいをかけながら答える。

 その隣では、涼雪が揚げ物にする為に蛇と蛙を細切りにしていた。


 その豪快な料理に、オトメン達の胸がキュンとした。


 何故だろう?


 オトメン達の胸をキュンキュンさせていく度に、恋愛ゲームの好感度上昇の時のように音楽がどこからともなく聞こえてくるのは。


「凄いな」

「凄まじいな」

「流石じゃのう」


 あの鬼畜どもが頬を桜色に染めて身悶えている。

 彼らの中の女を確実に撃ち抜いている。


「理恵ちゃんは何の料理が好きなの?」


 蛙?蛇?虫?サソリ?イグアナ?


 笑顔で聞いてくる果竪に、理恵は涙目で激しく首を横に振った。


 すいません、ないです


 普通のがいいです


 普通って何?


 理恵は普通というものが一番難しいという事を失念していた。


「サソリの姿揚げも美味しいんだよ~」

「へ、へぇ~」

「あとね、熊肉とか~」

「理恵さんは熊のお肉が食べたいんですか?」


 涼雪が食いついてきた。


「へ? いや――」


 蛇に比べたらマシというぐらいであって、好き好んで食べたいわけではない。

 それなら、鹿やイノシシの方が――。


「待ってて下さい! 今狩ってきます!」


 片手に鉈、片手に槍。


 行く気だ。

 この人――いや、この女神様マジで行く気だ。


「え、いや、ちょっと待ってってばぁぁ!」


 理恵が止める間もなく、涼雪が走り出す。


「あ、私も」


 梅香が同行を申し出ようとするが、朱詩が邪魔して動けない。


「朱詩の馬鹿! 涼雪さん一人で行っちゃったじゃないっ」

「梅香はここに僕といるの!」


 この我が儘男が――


「それに、明睡が一緒に行ったんだから邪魔しちゃ駄目だよ、めっ」


 ピンっと梅香の額にデコピンする朱詩がカラカラと笑う。


「熊鍋ってラーメン入れてもいいかな?」

「葵花、アンタ……少しラーメンから離れなさいよ」


 太るわよ――と茨戯が嗜めるが、葵花はさっさとラーメンの袋を開けていく。


「ちっ……転生前は主様主様って可愛かったのに」

「その私に手を出した鬼畜は誰ですか」

「うふふふ――そ~んなに……犯られたい?」


 ガシッと葵花の頭を掴んで持ち上げる薔薇の美女。


「凄いな……」

「凄いのう」

「普段は美女にしか見えないのに」


 今は完全に男にしか見えない。


 これが恋?


 これが愛?


「大抵女性が迷惑をかけられるのですがね」


 ハッと、明燐が鼻で笑う様に、アルファーレン達はギクリとした。

 自分達も――違うとは言えない。

 その過ぎたる激情で愛しい相手を愛する。

 その恋情はもはや相手を燃やしつくしてもなお激しく燃えたぎる。


 そして迷惑は大抵女性がひっかぶる。


「果竪が良い例ですわ」

「確かに……」


 複数の『完未』――それも、凪国の王と上層部の殆どを制御している『枷』である果竪は、たぶんアルファーレン達が知る不幸者の最たるものに入る。



 全てを狂わし、全てを破滅に追いやる『完未』


 ただそこにいるだけであらゆる争いを生み出す彼ら


 しかし、そんな彼らは妄執的な愛を捧げられ、好かれる事はあっても、決して嫌われる事はない


 たとえ『完未』が世界を滅ぼそうとも、普通の者達にとってはそれさえも甘美なる蜜にしかならない


 殺されても良いから仕えたい、手に入れたい


 だが、『枷』は違う


 普通の者達にとって、『完未』に溺愛される『枷』は憎悪と殺意の対象



 伝説がある


 『枷』と『完未』の伝説


 この世には、数多の種族が存在する


 しかし、それらは全て三つのタイプに分かれるのだ


 一つは『枷』


 一つは『完未』


 一つはそれ以外の者達


 『枷』は『完未』の為に存在し


 『完未』は『枷』無くしては自由を得られない


 そしてそれ以外の者達は『完未』に妄執的な愛を乞い、『枷』に憎悪と殺意を抱く


 『枷』


 それは『化け物』、『完未(かんみ/かみ)』と呼ばれる完全無欠の存在を制御する存在。『調律師』とも呼ばれる。



 『完未』


 それは完全無欠な存在で全ての者達の羨望の的であり、全てを惑わせる存在。


「まあ――恵美さんや理恵さん、チヒロさん、そして雪那さんも、『枷』だとは思いますが」


 アルファーレン達が押し黙った。


「『枷』は『完未』を唯一制御出来る存在。けれどそれゆえに、『枷』は普通の者達からすれば殺したいほど憎い存在となる。世界の全てを敵に回すと言っても過言ではない」

「…………」

「嫌でしたら、『枷』として発現しない事」


 でないと


「不幸になるでしょうね」


 『完未』という化け物達に愛されたがゆえに、幾つもの苦難に巻き込まれた凪国王妃。

 彼女の不幸の大半は『枷』だったがゆえの悲劇。


「けど――果竪后は発現した」


 アルファーレンの言葉に、明燐は笑う。


「ええ、そうですわ――だって、それが『枷』なんですからね」


 見捨てられない


 何とかしたい


 最初の調律師は言ったという


『どうして、彼らは幸せになってはいけないの?』


 あらゆるものを手にしながら、そのせいで不幸になった『完未』達


 彼らに変化を与え、滅びを受け入れさせ


 同時に、未来を選ぶ権利を手に入れさせた



***********



 アルファーレン達が『完未』という言葉を初めて聞いたのは、何気ない会話での出来事だった。

 蒼花が恵美と理恵に対して告げたのだ。


 あんた達も『枷』ね


 そしてアルファーレン達は『完未』


 分らない単語


 思わせぶりな口調


 でも、あの天界の華はそれ以上告げることはなかった。


 それから数日後、アルファーレン達に『枷』と『完未』について説明したのは、スルーシこと修だった。


「『完未』――ああ、知ってる」

「修兄?」

「『完未』と『枷』の事だろう?」


 修がお茶を飲みながらつげた。


「お前も知ってるよな?」

「いや、知らないな」

「へ? そうなのか?」


 片割れたる美貌の青年に聞けば、首を横に振る。

 ならばと彼の兄弟に聞いても首を傾げていた。


「そうか……知らないのか」

「何なんだ? その『完未』って」

「だから名前のとおり、完全無欠な存在で全ての者達の羨望の的、全てを惑わせる存在の事だよ」

「惑わせる? ですか?」

「ああ。そもそもこの世には、数多の種族があるが、それらは全て『完未』、『枷』、それ以外に分けられる」


 修がお茶菓子に手を伸ばす。


「それ以外にはないんですか?」


 雪那の質問に修が頷いた。


「ああ。で、それぞれの割合だが、『完遂』はこの世に存在する数多の世界――全世界の全人口をあわせた数の0.01%にも満たないとされている。『枷』はそれよりも更に少ない」

「つまり、それ以外の者達が殆どをしめるという事ですか」


 榊の言葉に修が頷く。

 足を組み直し、天井をしばらく見つめた後、ゆっくりと目の前に座る雪那へと視線を戻した。


「ああ。で、さっきの『完未』に戻るけど、『完未』は全ての面でこの世に過ぎたるほどの能力を有してる――いわば何でも出来るオールマイティの究極版だな。容姿は絶世レベル、その他あらゆる才能が飛び抜け、最高のレベルに達している」

「アルファーレン兄様のような方でしょうか?」


 恵美が首を傾げる。


「だな。容姿が優れているのも、才能が飛び抜けているのもこの世界にはごまんといるが、『完未』の能力に比べれば、それらは全て敵にもなりゃしないレベルだ。更に、『完未』と呼ばれる者達がそれらと決定的に違うものの一つとして、周囲から異常なまでに熱望、熱愛、崇拝、心酔、執着されている事だと言われている」


 ふと、アルファーレンは萩波達を思い出す。


「で、恐ろしいのは、何もせずただそこに居るだけで、それ以外の者達の間で『完未』を巡る『完未争奪』戦を引き起こさせ、安定を崩して破壊を起こす。そうして相手を、国を、世界を狂わして破滅へと追いやり、関わる全ての者達を不幸のどん底に叩き落とした挙げ句に大量に死なせてしまう。傾国の美姫とかいるだろ? あれも『完未』の一種だと言われてる。本人無意識で起きてるんだと」


 為政者を狂わせ、国を傾け統べてを滅ぼす――傾国の美姫


 それもまた同じだと修は言う。


「かと言って、何かしても結局はその過ぎたる美貌と能力が仇となり、やっぱり相手を、国を、世界すら狂わして破滅へと追い込む」

「とんでもない存在だな」


 アルファーレンが呟けば、修が哀しげに笑った。


「ああ、しかも『完未』にも能力差があってな。傾国の美姫とかは、「お前が王を狂わしたんだろっ!」って討たれる場合が多いだろ? けど、力の強い『完未』だと、相手に全く不満が産まれないんだ。寧ろ「お前のに為に死ねて本望」って叫ぶぐらい、絶対に悪感情を抱かない」

「恐ろしいのう……狂っておるな、それは」

「そう――狂ってるさ。しかもそれすら気づかないんだ。けど、『完未』と呼ばれる側からすればたまったもんじゃない。勝手に自分の事で争われて、しかも好きな相手や大切な相手まで自分のせいで滅ぼされていくんだ。だから、奴等は完璧ゆえの不幸な存在と言われている」


 修が何処か不憫そうに眉をひそめる。


「勿論、『完未』と呼ばれる奴等もその運命をどうにかしようとしたが、どれだけ努力しようと何をしようとどうにもならない。ああ、何でも創世の二神ですらその運命に抗えなかったそうだ」


 創世の二神


 それは、最初の全てを造った存在である。

 彼らは世界であり、命であり、そしてこの世に存在する全てである。

 その存在でさえ、どうにもならなかったのか。


「ただ、『枷』だけが『完未』を制御出来たという」

「『枷』?」

「ああ。『完未』の過ぎたる力を制御し、調律する。完全なものを不完全にする事で。それゆえに、この世界には『滅び』が生まれたとも言われている。そんな『枷』達は『調律師』と呼ばれているそうだ」


 修が疲れたように言う。


「果竪ちゃんが『枷』だって言ってました」

「らしいな。蒼麗ちゃんもそうだ」

「そうなんですか?」

「『完未』は大抵『枷』の周囲にいるとされているからな」

「ならば、果竪の『完未』はあの王達か?」

「そう聞いてる」


 リアナージャの言葉に修が頷く。


「凪国の上層部と王は全員『完未』で、『枷』である果竪と契約しているらしい」

「契約?」

「そう。簡単に言えば、自分の『枷』になってもらう。いわば専属っていう奴か?」

「『枷』が居ない者達もいるのかえ?」

「ああ、いる。けど、『枷』がないと、さっき言ったとおり『完未』は全てを滅ぼす。だから、『完未』は自分を制御してくれる『枷』を必死になって捜す。逆に言えば、捜せなければ狂って死ぬだけだ」


 恵美達の顔から血の気が引く。


「ただ居るだけで全てを滅ぼすんだ。正気でいられるわけがないだろ?」

「…………」

「まあ、そんなわけで『完未』にとって『枷』は大事な存在なんだよ」

「ふ~ん」

「大事に大事にし、溺愛し寵愛する。『完未』は絶対に自分の『枷』を傷つけない。でも、だからこそ……」

「修兄?」

「……だからこそ、『完未』に心酔し手に入れたいと願うそれ以外の者達からすれば、憎悪と殺意を向ける相手として認識されてしまうんだろうな……」


『枷』を溺愛する『完未』


 それゆえに、『枷』はそれ以外の者達によって、あらゆる苦難に追い込まれる



 そして――運が悪ければ殺されてしまうのだ



 そうして歴代の『枷』達の多くが殺されていった



***********



「で、『完未』に愛されすぎた『枷』は精神に異常をきたす前に大根に逃げるのか」

「何を言うのです! 大根は現実逃避の道具ではありません! 世界のアイドルなんですっ」


 果竪の叫びにアルファーレンは考える。

 その世界のアイドルをぶつ切りにして串に刺し、更に蛙も一緒に串刺しにして焼く王妃。

 たぶん色々と間違っているだろうが、もう何処とは言えなかった。


「大根、大根、愛しいマイハ~~トっ」


 くるくると大根を抱えて回り出す果竪。

 そういえば、ストレスが溜まった時はいつもより多く回っていると聞く。


 ――うん、三十回はまわったな


「確かに、あの王の妻をやっていればストレスも溜まるでしょう」


 しかもあの野獣。

 こんな幼児体型の王妃に発情し、絶対に無理なのに毎日毎日強引に関係を結んでいるらしい。

 王妃からすればたまったものではないし、何よりも連日のそれで高熱を出すことも多いという。



 過労です――


 話を聞いた時、当たり前だと思った。

 というか、あの男の性欲を一人の女が受け止める事が無理だろう。


 こなした数はいまや五桁に突入し、相手は老若男女問わず。

 どんな変態プレイでも可能とし、今では薬も効かない体だという。

 その手のプロですら最後には奴隷にしてと叫び、女郎や男娼はもう客を取らないと言い、身分や財力あるものはその全てをなげうってでも一夜の逢瀬を望む。


 今までに抱き潰す、抱き殺してきた数も知れない鬼畜男


 と、それだけ聞けば素晴らしい絶倫だが、実際の奴は好きな相手以外には全く反応しない男でもあった。

 なので、任務で渋々の時は、強引に暗示をかけるという。


 なのに――相手が果竪となると、もう誰も奴を止められない。

 果竪が怯えて泣こうが問題ナッシング。

 そんな奴は、果竪が男性に変化させられた時も止まらなかったという。


 いつもと違う性別も一興――と、泣き叫ぶ果竪を強引に寝室に連れ込み、次の日果竪は酷い下腹部痛と高熱を出して倒れた。


 鬼だ


 悪魔だ


 大魔王だ


 いや、そんな言葉ではもう言い尽くせない。


 奴は――


 ああ!この思いを表わす言葉があるのならば魔王の位を譲ってでもいい――と、アルファーレンは思い、榊は自分の影の総帥の地位を譲り渡しても良いとした。


 しかし、今までにもあらゆる名称がついてきた奴


 それを表せる言葉はもう――


 そんな時だ


「陛下は変態ですから」


 明燐の言葉に、アルファーレンと榊は全力で納得したのは。


 奴は変態だ


 そう、ドスケベなんてレベルじゃない。

 ロリコンの変態。


「後宮開いた方が良いのではないか?」

「そうですね――ですが、果竪さんにしか反応しなければ意味はないかと」


 本来であれば数百人で順番に受け止める、または同時に受け止めるべきそれも、他の女性の時には全く現れないとすれば、後宮の意味などない。

 しかしこのままでは確実に果竪は壊れる。


 だが、あの男が果たして後宮を開く事を認めるかどうか――


 別の女を側に寄せるかどうか――


 いや、それ以前に果竪以外にあの男の心を鷲づかみ出来るものが――


 その時、ドオォォンと凄まじい音が響き渡る。


「な、なんだっ?!」


 と、何かが空から降ってきた。

 ドサリと目の前に落ちたそれ――。


 羆


「葵花ちゃん、鍋の用意~」


 何事もなかったように言い切る果竪に、それでいいのかと突っ込むアルファーレン達。

 一方、凪国側は慣れているのか何の突っ込みも出ない。


「いいのかこれで――」


 と、その時である。

 ガサガサと茂みから飛び出してきたそれにアルファーレン達は度肝を抜かれた。


 それは


 明睡をお姫様抱っこした涼雪


「大変です! 明睡様が足をくじかれて――」


 逆だろ!!


 どう見ても明睡は姫で涼雪は勇者――


 羆は魔王か?


 そしてここまで明睡を抱えて走ってきたのか涼雪さん?!


「凄い……」

「なんて素敵なのかしら」

「どうしましょう! この胸の高鳴り」

「明睡様が羨ましいっ」


 理恵、恵美、雪那、チヒロの四人の言葉に、彼女達の伴侶の美顔に青筋が浮かぶ。


 いや、待て待て


 相手は女


 か弱い?女


 そう――女


 その時、アルファーレンの中で何かが閃いた。


「涼雪!」

「はい?」

「お前のその雄々しさで萩波を誘惑しろっ!」


 あいつの心を撃ち抜いてやれ


 それは名案になる筈だった。


 が――


「ふざけんなっ!」


 面白くないのが1名――明睡である。


 自分の妻をあいつのものにする?


 明睡の中で何かが爆発した。


「いや、別に梅香や葵花、他の女性陣でもいいが――」


 ガッと、リアナージャとアマレッティが魔王の口を塞いだ時には遅かった。



*******



 魔王軍&影の総帥&異世界の王VS凪国上層部(男性陣)



 その中央で、食事の用意をする女性陣は溜息をつく。


「ど~して、静かにしてられないのかしら」

「いくらお腹が減ったからと言っても、戦わなくてもいいのに」


 葵花と梅香が溜息をつけば、雪那がふわりと美しい笑みを見せる。


「みんな仲好しさんですから~」

「そうですよ~、にいさまとみなさんは仲好しですし~」


 恵美もうんうんと頷く。

 その女神の様な美貌に優しい笑みを浮かべて。


「オウラン落ち着いてよ~」

「チヒロ、無理よ」


 泣きそうになるチヒロの肩に手を置き、理恵は力なく首を横に振った。


 奴は止まらない。

 今もニコニコと笑いながら凪国上層部の一人と打ち合っている。


「果竪、どうしますの?」


 明燐が首を傾げた。


「どうするって……」

「止めますか?」


 それまで我関せず状態で準備を手伝っていた蛍花が聞く。

 因みに彼女の夫も魔王軍の一人と戦っている。


「りゃんすー、どうする?」


 果竪にひっつきながら、玉瑛が涼雪を見る。


「熊鍋は醤油味の方が美味しいんですよ」


 違うし……


 涼雪は全く聞いていなかった。

 発端は己の夫だと言うのに。


「明睡様も醤油味が好きで」


 明燐は嘘だと悟った。

 味噌味の方が好きな兄が、あえて愛する妻に好みを合わせたのだ。

 そんな涙ぐましい努力に、明燐は心の中でガッツポーズする。


 頑張れお兄さま


 負けるなお兄さま


 心が通じ合ってもオトメンのまま変わらない兄だが、きっといつか逞しくなれるっ!


「あと30分ほどで出来上がりますけど」

「戦いは30分じゃ終わらないわね」


 理恵は、魔の力と神の力がぶつかりあい爆発を起こす様にそう呟く。

 たぶん、片方が倒れるまで絶対に止めない。

 しかも実力が拮抗している分、時間はかなりかかる。


「強制的に止めましょう」


 明燐がにっこりと笑った瞬間、理恵は嫌な予感がした。



 その後、30分きっかりに鞭の乱舞が男性陣を襲ったという――



終わり

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