【幼児化王妃の危機 雪那編 忘れられた約束⑧】・・・大雪様著
彼女を表わす言葉
それは、到底一つだけでは不可能だ
詠雪之才 蛾眉曼碌 綽約多姿 天香国色 羞月閉花 傾城傾国 妖姿媚態 雪膚花貌
美人を表わす言葉は多いが、それら全てに当てはまる正に創世の二神がこの世に生み出した究極の美
それを具現化したか如き美貌の姫は『天界の華』と呼ばれ、天界上層部からの寵愛も深い
まるで真綿にくるむように、天宮の奥深くにて大切大切に守り育てられた、嫋やかで麗しき深窓の姫君
な筈なのに――
ゴスゴスゴス
『死ね、マジ死ね』
『ああん! 女王様もっと、もっと俺を激しく踏んでくれ!』
「修兄ちゃん……って、にいさま?!」
アルファーレンは死にたくなった。
何時の間にか用意した縄を、自分の首にひっかけ準備は万端。
側の崖から飛び降りれば万事オーケー。
自分の中のアズラエルとしての部分が、潔い死という名の逃走を薦めていた。
「ちょっ! アルファーレン兄貴、待て!」
「アルファーレン! そなたが居なくなれば誰があの変態を止められるのじゃ!」
兄弟も必死に止める。
まず恵美がアルファーレンに前からしがみつき、アマレッティが後ろから羽交い締めにし、リアナージャが縄をほどく。
流石は兄弟と元妹。
悲しいまでにスムーズな連携だ。
「あんなのが片割れ……もう生きていけん」
けぶる様な睫を振るえる。
瞼を閉じずとも脳裏に浮かぶ。
自分の中のアズラエルがシクシクと泣いている。
体制はバッチリ体育座りだ。
しかし、アズラエルの美貌をもってすれば、そんな間抜けな格好すらも美しかった。
流石は天使時代に数多の天使達、そして天使長達も虜にした絶世の美男子。
ふと、アルファーレンはアズラエル時代に老齢の天使長に襲われかけ、男であるにも関わらず妻にされかけた過去を思い出し、更に気が遠くなった。
歩く度に男女問わず告白され、隙を突かれては押し倒され、更には天使長達から是非とも妃にと婚姻届を持って追いかけ回されたあの頃。
一点の穢れもない清らかさはもとより、魔界の夜の一族よりも扇情的で背徳的な色香を纏い、その美貌は神々が作り上げた最高の芸術とさえ言われていた。
全てのパーツが揃い、絶妙なバランスでもって構成された美貌。
片割れに比べれば、中性的で女性と見紛う容姿に、多くの天使達はあっけなく堕天していった。
そしてついたあだ名が『魔性の天使』、『罪深き天使』。
もう将来堕天する事間違いなしと言わんばかりのそれに、絶対に最初につけた相手はそれを予想していたと思う。
まあ、確かにアズラエルの美貌が引き起こす騒動は凄まじかった。
彼の美貌にとち狂い身を滅ぼす天使達の続出は終らず、更には全ての天使長が百年の間に十三回も代わっているのを考えれば、正しく罪深くあるだろう。
だが問いたい
私のせいなのか?
私のせいなのか?
『ワシの重い、いや、想いを受け入れてくれ!』
全裸で飛びかかってきた天使長の、あの血走った眼は今でも思い出せる。
あの後、自分は完全な引きこもりになった。
軽く数十年ぐらい引きこもってやった。
スルーシがドアをぶち破り、部屋の隅でぶつぶつと呟く自分に根気強く心のカウンセリングをしてくれることウン十年。
そうだな……スルーシが守ってくれたっけ。
いつでも自分を守ってくれたスルーシ。
そしてついた新たなあだ名は『姫』。
二度目の引きこもりに突入したのは言うまでもない。
天使のくせして肉欲に染まり、アズラエルを情欲に塗れた眼でぎらぎらと見つめてきた仲間達。
お前ら本当に天使かとどれだけ問いたかっただろう。
ってか、私は男だ
妃ってなんだそれは
もしかしたら、転生の女神たる少女の件がなくても、いずれは堕天していたかもしれない……
アルファーレンは天使時代の記憶を鉄の箱に入れて蓋をした。
そしてガンガンと釘を打ち、奥底へと沈める。
もう二度と思い出すもんか
常に貞操の危機に見舞われていた天使時代はもはや悪夢と言って良い
スルーシの事だけ覚えてればそれでいい
そう……大切な半身だったのに……
「ふっ……アズラエルの堕天など、あいつの変態化に比べれば微々たるものだ」
「否定できないところが悲しいのう」
「堕天って、微々たるもので収まるんだ……」
「それより、修お兄ちゃんをどうしよう……蒼花ちゃんに凄い迷惑をかけるなんて……」
恵美の言葉に、アルファーレン達は掌で顔を覆った。
見なきゃ良かった
なんで見てしまったんだ俺達
寧ろ、映像も出てこなければ救いがあった
蒼麗の作った鏡を使って現実世界の様子を確認出来るレイ・テッド達とは違い、アルファーレンが作り出した魔鏡によって、現実世界の様子を確認していた恵美達。
といっても、この狭間の世界では常に全てが不安定で、魔鏡がきちんと現実世界の様子を映し出したのはついさっきの事だ。
運良く――というか、アルファーレンの意地と根性と努力、そして妄執愛の賜により、恵美と離れずに済んだ彼等は、共にこの狭間の世界と呼ばれる場所に落ちてきた。
しかも、更に運の良い事に、アマレッティとリアナージャの二人もそれほど離れていない場所におり、すぐに合流出来た。
アルファーレンからすれば、恵美との二人っきりの時間を邪魔され本来なら腹立たしいが、この様な世界ではそうも言っていられない。
転移の術を使おうにも、場が歪み不安定すぎて発動せず、力ずくで空間を壊す事も出来ない。
やってやれない事はないのだが、この世界の事を殆ど分らない状況で下手なことをすると、別の世界に飛ばされてしまう危険性もある。
「蒼花公主がいればな……」
蒼花の力は、子供のくせにアルファーレンの力を軽く超えている。
この空間を力ずくで壊しても、他の世界に飛ばされる事はないだろう。
「何せ、原初神だからな、あいつは」
正確には、原初神の生まれ変わりの一人だ。
混沌自身であり、その混沌から次々と創造を行っていた創世の二神が作る事に疲れると、彼等の代わりに数多の世界創造を行ったと言われている。
あんな化け物級の者達なんて、絶対に敵に回したくない。
「既に怒らせてはいるがのう……」
リアナージャが疲れたように魔鏡を見る。
最初にこの鏡に映し出されたのは、修が雪那達に襲い掛かっている姿だった。
すぐに狂気に堕ちていると気づくも、ここからでは声すら届かない。
そんな修を一撃で黙らせた蒼花の力にアルファーレン達は畏怖を抱きつつ、修を心配する雪那の優しさに恵美が涙した。
だが――
「雪那に手を出すなどとは……」
雪那を抱きしめ、エロ親父顔負けの台詞を吐き、蒼花に踵落としをくらった修。
しかし、それで何かが目覚めたらしい。
もっと踏んでくれと叫びながら、蒼花の魅惑の白き足にしがみつく姿に、アルファーレンは可能ならば即座に半身の下半身を不能にしてやりたくなった。
魔界、いや、天使が馬鹿ばかりと天界に誤解されたらどうするんだ。
他のまともで努力家で、品行方正に日々仕事に励んでいる天使達や魔族まで、誤解されるではないか。
己を律し、己を厳しく戒め、溢れる欲を抑えて他者との交流をはかり、円滑なコミュニケーションにて天界とも良好関係を築き上げてきた魔族達まで、馬鹿と思われる!!
この時点でアルファーレンは疲労のあまり壊れていたらしい。
魔族が品行方正でどうするんだ。
というか、魔族が欲を制御して自分を律した時点で、魔族としての何かを間違えている気がする。
しかし、そこにツッこむものは誰もいなかった。
『くたばれこのゲス!』
『もっと……もっと俺を苛めてくれ! 罵ってくれ!』
「アルファーレン兄……」
「スルーシは……誰も信じられないだろうが……あれでも、天使の中では位も上から数えた方が早い上級天使の一人で、天使長の信頼も厚く、聡明で凛々しく頼もしい者だった……文武にも優れ、強大な力を操り、多くの天使達から慕われた人格者だった」
だったを、ことのほか強調するアルファーレン。
彼も信じたくはないのだろう。
今や、昔の大切な半身はドMに変わってしまった。
「スルーシ……あれか、そうなのか?私がお前の分まで奪ってしまったからなのか?!」
何を?
勿論、ドSについてだ。
産まれた時から一緒で、共に育ってきた二人。
共に学び、共に遊び、共に仕事をしてきた誰よりも近しかった半身。
そう……口には出さないが、大切な大切な自分の片割れだった。
力も同じぐらい、能力も同じぐらいだった。
しかし、どうやらアズラエルは堕天する時に、スルーシの部分のドSを何処かで奪い取ってきてしまったらしい。
「すまん……この私がふがいなかったばかりに!」
ドSを全て奪い取られたスルーシをあんな変態にしてしまった。
アルファーレンの中のアズラエルは、もはや号泣していた。
「いや、それなんかおかしいから兄貴」
「アズラエルレベル、人に言う前世レベルで混乱しておるのう」
「にいさま……なんて痛々しい」
とりあえず、三人はアルファーレンを宥め慰めつつ、修をどうにかするべく元の世界に戻る事を誓い合ったのだった。
太股のエクササイズは色々と試してきた。
周囲は太っていないと言うが、自分は知っている。
それは若さがものを言っているだけであり、年を取れば筋肉も落ちる。
成人すれば、若いままで成長が止まる神だからといって、それに甘んじてばかりではいけない。
だから、常日頃から努力していた――
バタンと倒れた修を、蒼花は蹴飛ばした。
「ふぅ……千回も踵落としすると良い運動になるわね」
「お、修さんが……」
『気にすんな』
心優しい雪那が修を介抱しようとするが、來によって止められる。
全世界の美女、美少女、美幼女の味方と称するこの男の事だ。
何がどんな風になっているかは分らないが、一つ分るのは雪那みたいな美少女に優しい言葉をかけられ触れられれば、たちまち完全復活をする。
「今の時代の天使こそが怪奇現象だわ」
人間が聞けばぶっ飛ぶような感想を述べつつ、蒼花は周囲を見まわした。
相変らず、赤錆と血に塗れた世界。
キイキイと何かが鳴く声が聞こえ、異様な雰囲気に包まれている。
「しかも、前よりも強いわね」
以前よりももっと強く、もっと深く取り込まれた気がする。
自分一人だけならすぐに戻る事も出来るが、雪那と修を連れてとなると面倒だ。
「で、あんたは戻らないの?」
蒼花は來を見る。
まだ幼いが、來は父から受け継いだ、空間や世界を自由に渡る能力を持つ。
それゆえ、いますぐ元の世界に戻るのも可能なのだが……。
『蒼麗から蒼花頼まれた』
「でも、修が此処に居るという事は、お姉様が一人になるじゃない」
自分の護衛達は居るが、彼等もいざという時の駒になる為、蒼麗にはそうそう近づく事はしないだろう。
そう……自分達に比べればそれほどではないが、蒼麗もまた、向こうに既に知られている。
(まあ……私がここに引きずり込まれたのは雪那の事もあるし)
というか、正確には自ら雪那と共に移動しているだけだ。
何せ、今回も雪那だけが引きずり込まれ、蒼花自身が何もしなければ消えたのは雪那だけだった。
警察署の一件もあるのだろう。
蒼花の事は、取り込むよりこの場所から追い出す方が得策だと向こうはとったのだ。
(修は……あれか。半身が魔王だからかしら?)
その筋で引きずり込まれたとも考えられるが、それにしては……
(まあ、どうでも良いか)
どちらにしろ、やるべき事は決まっている。
「とっとと、元の世界に戻るわよ」
とはいえ、ここまで深くこの世界に自分達を取り込めたのだ。
此処から脱出出来ても、完全に怪奇現象のない世界に戻れるとは限らない。
せいぜい、あの霧が立ちこめる世界に戻るぐらいだ。
と、修が目を覚ましたらしい。
「く……イタタタ……」
「頭は治った?」
「俺はいつでも正常だ」
この時、魔鏡から様子を見ていたアルファーレンが目にも留まらぬ速さで自身の首に縄を巻き付け大騒ぎになっている事を、修は知らない。
どうやら、アルファーレンは修とは違い、自虐傾向に陥っているようだ。
流石は狭間の世界。
「それで、どうしてお姉様と一緒に出かけた筈のあんたが、一人でここにいるのよ」
「え、えっと……」
まるで悪戯が見つかった子供のような修を、蒼花が呆れたように見る。
「あっさりと取り込まれやがって」
「ひ、ヒドイ!けどもっと罵って俺を!」
この時、アルファーレンが地面を蹴って崖に身を躍らせようとして、慌てたリアナージャ達に引き上げられるも、泣きじゃくった恵美に抱きつかれてバランスを崩し
二人揃って崖から落ちかけているが、これも修が気づく事はなかった。
そんな告生天使ことスルーシ
本来なら生を告げる筈の彼だが、知らぬところで片割れに即死攻撃級のダメージを与える彼の方が、よほど告死天使に相応しいと気づいたのは、隠れ潜み状況を探る中で全てを知ってしまった蒼花の護衛達の感想だった。
――続く
閣下・・・苦労したんだねえ、しかも引きこもり天使。ウケタ。
いや、うけてどうする、さくら・・・。
修の変態具合は最高です。閣下のやさぐれ具合も楽しいです。