【幼児化王妃の危機 雪那編 忘れられた約束⑦】・・・大雪様著
誰も居ない
妹も、雪那さんも、修さんも
町には蒼麗だけ
孤独
一人
一人きり
独りぼっち
恐怖が忍び寄る
孤独と言う名の恐怖は次第に狂気を呼び覚ま
「とりあえず、修さんが消えた時に妙な気配感じたから、それをボコればいいのね」
さなかった。
それどころか、とってもポジティブ。
「図書館の中にいる事は確かだよね、図書館の中で消えたんだし」
誰も居ない図書館は、寧ろ静寂さが恐ろしさを誘うが、蒼麗はあっけらかんとしていた。
このぐらいがなんだ。自分はもっと酷い目にあった事がある。
「とりあえず、調べ物しながら捜してみようか」
何処までもポジティブだった。
悲鳴が聞こえる――
男の絶叫。
すぐに修のものだと分かった。
ってか、天使のくせして何してるのだ。
「うっさいわねあの男!」
とりあえず黙らせに行こうと決め、長椅子から立ち上がる。
だが、そこで雪那がいる事に気づいた。
「放置したら、お姉様に絶交されてしまうわ」
『だよね』
蒼花は舌打ちすると、雪那の頬に触れる。
と、その胸ぐらを掴んだ。
「起きろおぉぉぉぉっ!」
榊が居れば、即座に切れる事間違いなし。
胸ぐら掴んでがくがくと揺さぶる蒼花に、一切の手加減はない。
「あ……あうぅぅぅ!」
揺さぶられ、三半規管を刺激され強制覚醒させられた雪那だが、今度は激しい揺れに意識が飛びそうだった。
「とっとと立って!」
「は、はいっ!」
何が何だか分からない。
だが、蒼花は雪那が状況を判断する時間をくれなかった。
荒々しく手首を掴まれると、そのまま走り出される。
「うえぇぇぇえ?!」
ピョンっと、來が蒼花の頭の上にのっかり、二人と一匹は疾走する。
血だまりを躊躇なく踏みつけ、飛び散る血にも頓着せず、ひたすら走った。
「ど、どこに行くんですか?!」
「絶叫野郎のところよ」
と、そのまま蒼花が目の前に迫った扉を蹴り開けた。
「居たわね」
「い、居たって……修さん?」
そこは自習部屋らしく、いくつもの机が並んでいる。
その中央に、俯いたまま佇む修の姿に雪那はホッとした。
「修さんも無事だったんですね」
「それはどうかしら?」
「え?」
「天雷」
ドォォォンと雷が雪那の真横に落ちる。
目映い閃光と衝撃に、常人ならばあっという間に吹っ飛ぶが、瞬時に蒼花が張った結界が雪那を守る。
「……修さん?」
「精神を浸食されたみたい」
「浸食?」
「ようは、イッちゃったって事よ。まあ、仮にも天使だから一時的だろうけど――軟弱なこと」
この程度で狂うなんて……
修の手の中に剣が現れる。
「あ……ああ、あ……」
ゆっくりと上げて露わになった顔に、蒼花が鋭く舌打ちする。
焦点があっていないどころか、狂気の光を宿している。
「天雷」
再び舞い降りる天の光。
それを、腕を一薙ぎさせる事でかき消せば、尋常ではない速さで修が襲い掛かってきた。
「あの子を返せ!」
「修さん!」
「あの子って誰よ」
見当はついていたが、あえて聞いてみる。
しかし、修は何も答えない。
「返せ、返せ、返せえぇぇぇぇぇぇっ!」
「何を返して欲しいのかはっきり言わなきゃ無理ね。まあ言っても無理だろうけど」
不敵に微笑むと、軽く床を蹴って修の顎を蹴り上げる。
そのまま優雅にバク転して着地すると、雪那の腕を掴んで共に後ろに下がる。
「お返ししてあげる」
蒼花は女神に相応しい笑みを浮かべた。
「これで死んだらそれまでよ――天雷」
修が放つよりも数倍の威力をもつ雷が、始原の天使を包み込んだ。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
妹達のピンチにも気づかず、一人無人の図書館で調査していた蒼麗は先程見つけた歴史書を読みながら考えを纏めていく。
「この町って、強い霊場に建ってるんだ」
それも、ちょっとやそっとのものではない。
古代は、多くの部族がこの土地を巡って争ったという。
「確かに霊場はシャーマンとか、そういう系にとっては垂涎ものだし」
その上、風水的にも力強き場所は上手く使えば他から攻められる機会を格段に減らすことが出来る。
「しかも……この町って、なんだか特殊な宗教があったみたいね」
蒼麗はぱらぱらと町の宗教について書かれたページを見た。
そこに何度も書かれている、魂の救済という文字。
それは宗教にはよくある言葉だが……。
「いくつもの宗教が発足しては、消えている……でも、行っている事は特に変わりない」
信者を集めて、なにやら儀式を行っている。
ただ、その儀式の詳しい内容や目的は書かれていない。
「ん?」
歴史書をめくっていた蒼麗は、ふと視線に気づき顔を上げた。
目
目
目
目、目、目、目、目玉
沢山の目玉が、本棚の向こうからのぞいている。
それは、一つの本棚だけでない。
周囲の全ての本棚から、数え切れないほどの目玉が蒼麗を見ている。
ギョロリと、憎悪に染まった目玉。
「なんだ、唯の目玉か」
蒼麗は特に気にせず、歴史書を読むのを再開した。
ア……アア……アガガガガ
しかし、目玉達の方は黙っていない。
蒼麗に向けて一気に距離を縮めてくる。
「え~と」
なんだかこの宗教が気になる。
それは今までの経験から培った勘によるものだ。
と、蒼麗に目玉達が一気に襲い掛かった。
アアアァァァァァアっ!!
「って、唯でさえ私頭が悪くて考えるの苦手なんですから黙ってて下さい!」
なにやら周囲が煩い事に、蒼麗が顔を上げた。
途端に、巨大な目玉が眼前にある。
「…………」
次の瞬間、親玉とも言うべき巨大な目玉が絶叫する。
蒼麗に歴史書で殴られたのだ。
「しまった……余計に煩くなった」
ってか、目玉しかないのに叫べるって体の中はどうなっているんだろう?
って、今は町の歴史を調べる方が先だ。余計な事は考えないようにしないと。
「凄いね、お姉ちゃん」
「いえ、余計に酷くしちゃった気が……って、え?」
後ろを振り返った蒼麗は、それほど離れていない場所に一人の少女を見つけた。
七歳ぐらいだろうか?
手に、テディベアを持っている。
「……貴女は」
「お姉ちゃん、人間?」
「え?」
「違うよね? じゃなければ、とっくの昔に消えてるもの」
いっそ青白いと言える顔色で、その少女はクスクスと笑っている。
「……あなたは?」
「わたし? わたしはミコト」
「ミコト……ちゃん?」
「そう、あなたは?」
「蒼麗って言います」
「そうなんだ……ねえ、ここから早く出てった方がいいよ」
「え?」
少女の言葉に、蒼麗が首を傾げる。
「この町がおかしいって気づいてるでしょう?」
「う、うん」
「なら早く出て行った方が良い。私が目覚めたように、向こうも既に目覚めてる」
「目覚めてる?」
「この怪奇の元凶。生け贄を求めてる」
「い、生け贄?!」
「あの子が必死に抑えてるけど、夜は魔の時間。まだ日の高い今のうちに出て行きなさい」
「でも、妹や雪那さん、修さんがいないし。それに他の人達も」
「他の人達になんて構ってないで、出て行った方が良い」
少女が少し強い口調で言う。
「それに、雪那があの雪那なら、もう無理よ」
「え?」
「あの子は選ばれた子。選定の儀式で、選ばれた子。一度は上手く逃げられたけど、今度は逃げられない。ううん、最初からあの子は逃げられてないの」
「どういう事?」
「あの子が逃げた事で儀式は止まった。今度は絶対に逃がさない」
「それは貴方が?」
蒼麗が疑問を口にすると、少女が笑う。
「違う。奴ら、ううん、あの人。狂女は今も求めている、願っている、ただ一つの望みを。悲劇は強すぎる力、賢すぎた知識、そしてこの地に来てしまった事」
少女はふっと何処か遠くを見つめる。
「もう誰の声も届かない。誰の声も聞こえない。ただ、最後の生け贄を求めて暴れ続ける」
「その生け贄が、雪那さん?」
「あなたから、あの選ばれた子と同じ気配がする。だから、あの子が生け贄」
「生け贄って……そんな事させません」
「強いのね、あなた……あなた、何者?」
「これでも神の端くれです……たいした力は持ってないけど」
「そう。なら、もしかしたら対抗出来るかも」
「え?」
「あの狂女の力は、どちらかと言えば魔の力が強い。天使や神の力はそれと相対する事が出来る。あるいは、聖女――」
「聖女……」
「でも、雪那は駄目。あの子は呪いで穢されてるから……もう駄目ね」
「ミコトさん?」
蒼麗の問いかけに、自嘲するような笑みを浮かべる。
「目覚めてすぐ、あなたを見つけて来たけれど……もうこれ以上は無理。また、眠らされる」
「眠ら……される?」
「私を眠りに堕とし、奴らはこの町を支配した。今まで貴方達がこのぐらいですんでいたのは、私の眠りが浅かったから。でも……もう無理。深く、深く眠る」
少女の姿が少しずつ薄らいでいく。
「ま、待って!」
「私が深く眠れば、それだけ奴らは自由に動く……その前に、はやくここから……」
「でも、まだ出て行けない! 雪那さんが生け贄にされると言うのなら、それこそ出て行けないよ!」
そう、この町で何が起きているのか、そして何故雪那が生け贄にされるのか?
それらを全てなかった事にして出て行くなんて出来ない!!
「……なら、あの子を見つけて」
「あの子?」
「男の子……私と同じぐらい……彼方……あの子なら、貴方の力になってくれる」
「力にって……」
「彼方だから……十年前に、雪那を儀式から、この町から逃がしたのは……」
「え?」
「……もう……力がでない……蒼麗……どうかこの町を……」
少女の姿が完全に消えた。
「修さん、修さん!」
蒼花の一撃を食らい、倒れたまま目を覚まさない修に雪那は必死に縋り付く。
心臓は動いているとはいえ、雷の直撃を受けたのだ。
このまま死んでしまう恐れだってある。
「大丈夫よ」
「で、でも!」
ボロボロと泣きじゃくる雪那に蒼花が溜息をつく。
彼女だって何も考えていないわけではなかった。
修に蹴りを入れた時、ちらりと懐に見えた紫の光。
あれは、アメジスト――それも、かなり強い力を持ったパワーストンだった。
だが、問題は邪気に侵されていた。
邪気に侵されたアメジストは、周りを破壊するほどのパワーを持っている。
それどころか、空間のエネルギーを一瞬にして邪悪な空間に変化させる事すらある。
勿論、持っている相手にも影響してしまい、それが修を狂気に塗れさせる原因となったといってもいい。
ならば、その邪気をどうにかすればいいだけだ。
もともとアメジスト自体は霊性の高い石とされ、悪い力を良い力へと変える効果がある。
また、邪悪なものから身を守るお守りとしての効果も期待できるものだから、その力だけを引き出してやればいい。
だから、邪気を焼き尽くす天雷を放ってアメジスト内にある邪気だけを払ってやった。
そうすると、残りは本来のアメジストの力だけが残る。
そうすれば、これ以上ない強力なお守りになるだろう。
「もし、修さんが死んだら……私、私……」
雪那が泣きながら、修にしがみつく。
と、蒼花は見逃さなかった。
「私……私……」
モミュモミュ
「って、きゃっ!」
胸が激しくもまれ、雪那が慌てて離れようとした。
が、腕を引っ張られて修の胸に倒れ込む。
「なんて可愛いんだ雪那ちゃん!」
「え、ええ?!」
「ああ、君が俺の為に泣いてくれるだけでもう俺は、俺は下半身の疼きを抑えられない! ってか、俺の方がよっぽど君を優しく縛ってあげ」
ゴス!!
蒼花の踵落としが顔面にめり込んだのは、言うまでもない。
――続く