【幼児化王妃の危機 雪那編 忘れられた約束⑥】・・・大雪様著
微かな揺れが足を伝わったかと思えば、一気に建物が揺れた。
「きゃぁぁぁあっ!」
悲鳴をあげる雪那を余所に、蒼花は溜息をついた。
「強引に異空間に繋げられたみたいね」
一気に変わりゆく光景がそれを表わしていた。
一方、それは蒼麗と修をも襲っていた。
配電室に入ってすぐの揺れに、二人で部屋の中を転がった。
バタンと扉が閉まるが、どうにも出来ない。
「蒼麗ちゃんこっちだ!」
腕を引っ張られて机の下に二人で隠れる。
しばらくすると、揺れが収まった。
「今の揺れ凄かったですね……蒼花達は大丈夫かしら」
「早く戻った方が良いな」
修は配電盤へと駆け寄りブレーカーをあげた。
「…………」
「どうしました?」
「電気が点かない」
ブレーカーを全てあげるが、電気が供給された際に点く洋燈はつかなかった。
「今ので何処かおかしくなったんでしょうか?」
「分からない。とにかく、一度蒼花達の元に戻ろう」
なんだか嫌な予感がしてならない。
ってか、ここに来てからいつも嫌な予感しかしないが。
修がまず最初に外への扉に手をかける。
ギィイィときしみ音と共に扉が開いた。
視界に映ったのは、先程までなかった白いもや状のものが立ちこめる廊下だった。
「煙……霧、か?」
いや、ちょっと待て。
どうして霧が建物内に発生しているんだ。
薄いが、確かに霧に包まれた廊下に修は茫然とした。
「修さん?」
扉を開けて立ち尽くす修に後ろから声をかける。
扉の外に何か異変が起きているようだが、彼の体でよく見えない。
「修さん、どうしたんですか?」
とりあえず修の元まで行こうと足を踏み出した時、何かがつま先に当たった。
「ん?」
カランと音を立てたそれを拾い上げる。
「……石?」
それは、掌に収まる大きさほどのアメジストだった。
パワーストーンの一つとして人間界で有名だが、蒼麗が拾ったものは原石に近い状態で一切加工はされていない。
「綺麗……」
しかも、このパワーストーンにはきちんと力が宿っている。
先程の地震でどこかから落ちたのだろうか。
「……貰って行こうかな」
雪那にあげれば、少しは気持ちが安らいでくれるかもしれない。
それをポケットに入れると、蒼麗は修の元へと向った。
「修さん」
「あ、蒼麗ちゃん……」
「何かおかしくなってるんですか?」
修の体と壁の隙間から顔を出すと、蒼麗にも異変の内容が分かった。
「霧……」
「ああ。なんでこんな所に……」
「何処か窓が開いていたんでしょう」
そう言うと、スタスタと歩き出す蒼麗に修はあっけにとられた。
「え?ちょ、ちょっと!」
「蒼花……ちゃんと雪那さんの側にいるかしら」
またそこら辺をふらふらしていなければ良いが。
「まあ、蒼花は霊媒の能力はお母様が封じてくれているから大丈夫だけど……」
寧ろ、今は雪那の方がなんだか心配だ。
「來もいるけど……」
あの子も気分屋だから。
「ま、待って蒼麗ちゃん!」
「修さん」
追いかけてきた修が蒼麗の隣を歩き出す。
「歩くの速いね」
「そうですか?あまり気にした事ないんですけど」
「いや、速いと思うよ。それに、凄く度胸がある」
「度胸……」
「普通、こういう場所だったら恐くて動けなくなるものだけど」
そうか……やっぱり普通は動けなくなるんだ……
蒼麗は、どんどん普通から離れていく自分に、心の中で嘆いた。
「雪那さん達と比べると女の子らしくないですからね」
「いや、そんなことは」
修が立ち止まる。
「修さん?」
「蒼麗ちゃんこっちに!」
修に腕を掴まれた瞬間、前方から凄まじい鳴声が聞こえた。
「ん?」
「しまった! 気づかれた!」
それがこちらに向って走ってくる。
「あれ……」
服を着ているが、人ではない。
なぜなら、顔を形成する筈のパーツが何もなく、一つの肉の塊となっている。
その手には、鉄パイプ。
修は蒼麗を守るように立ちはだかる。
そんな彼に、それは鉄パイプを振り回した。
「っ!」
蒼麗を抱きかかえて横に避けると、それの横っ腹を蹴りつける。
ぐらりとバランスを崩すがそれも一瞬。体制を立て直し、追いかけてくる。
「くそっ!」
修は力を発動させる。
「あ、あれ?」
修の手の中に集まった光が急激に輝きを失っていく。
「力が……」
まるで何かに吸収されていくようだ。
「私が相手をしますね」
「え?!」
修の腕からピョンっと抜け出すと、蒼麗はそれに向って走っていく。
そして――
「はぁ!」
それの顔面に跳び蹴りすると、相手の鉄パイプを奪って側頭部を殴りつけた。
それがトドメとなったのか、床に倒れたまま動かなくなる。
ぽいっとその上に衝撃で折れた鉄パイプを捨てた蒼麗に、修は開いた口が塞がらなかった。
「さあ行きましょうか」
「え、あの」
自分が苦戦していたのに、どうしてそうも簡単に葬っちゃえるの?
「良く見るタイプだったのね」
良く見るタイプ?!
って何時も何見て生活してるの?!
「ただ、武器の類はあった方が良いですね。蒼花達の元に戻る前に何か手に入れましょう」
そう言うと、蒼麗は再びスタスタと歩き出した。
「あ、そうだ。これ雪那さんにあげようと思ってたんですけど、修さんにあげます」
手渡されたのは、アメジストだった。
ずっしりとした重み。
感じる力の気配に、修は蒼麗を見る。
「これは……」
「さっきの配電室で見つけたんです。お守りに持ってると良いと思います」
そう言うと、蒼麗は再び歩き出した。
『どうする?』
「どうするって言ってもね……」
姉が戻ってくるまではどうしようもない。
蒼花は血と錆に覆われた世界で、気絶した雪那を寝かせた長椅子の端に座りながら頭の上の來に答えた。
『退屈』
「なら見回りでも行って来い」
『え~、マジめんどくさい~』
こいつ……
到底五歳児とは思えない発言してないか?
「とにかく少し黙ってて」
『むぅ~~』
不満たらたらの來がプラカードをしまい込む。
が、ふとその手を止めた。
カツン……カツン……
『何か来る』
「そうね」
舌打ちすると、蒼花は懐からジュースの缶を取り出す。
飲もうと思ってもってきた一本。
それを中身が入ったまま音のする方へと投げつけた。
ガンっと何かに当たり転がる音が聞こえる。
「帰れ」
何者も抗う事が許されない王者の威厳溢れる口調に、足音が止んだ。
二言目はない。
蒼花の意識は既に他に移り、近くにあった新聞を手に取る頃、足音が遠のいていくのが聞こえた。
『追っ払った』
「そうね」
たった一言でそれを遠ざけた恐ろしき女神。
悔しげに鳴きながら、周囲から遠ざかるそれらの気配に蒼花は何時もの口調で呟いた。
「お姉様……はやく戻ってこないかしら」
彼女に敵う者は居なかった。
歩いても歩いてもたどり着けない
何処までも続く廊下に、修は頭痛を覚えた
「修さん、大丈夫ですか?」
「蒼麗ちゃんこそ大丈夫かい?」
もうどれだけ歩いただろうか?
蒼花達の居る場所に向い始めてから、かなりの距離を歩いている。
しかし、廊下の終わりは見えず、見える視界も変わらない。
「一体……何が起きてるんだ」
「もう少ししたら抜け出ますよ」
苛立つ自分に笑顔を向ける蒼麗に、修は力なく笑った。
「なんだか、蒼麗ちゃんがそう言うと納得できるよ」
「ふふ、ありがとうございます。あ、そろそろですよ」
蒼麗が立ち止まる。
それにあわせて、修も足を止めた。
「修さん、刀か何かありますか?」
「ああ」
修の手の中に、彼の愛用の剣が出現する。
天使が剣――さしずめ、裁きの使いというところだろうか。
「じゃあ、ここをこう言う風にぐるりと切って下さい」
「え?」
「はやくはやく」
蒼麗に促され、修は剣を構える。
「力は」
「使わなくて良いです」
そう、使わなくて良い。だって目眩ましの術の源はそこにある。
「はあっ!」
かけ声と共に、修が剣を振るう。
何かがびりびりと破れる音がした。
「そのまま上から下に振り下ろして!」
「こうかっ?!」
渾身の力を込めて振り下ろせば、硝子が割れる音がした。
すると、一気に辺りが歪み出す。
「こ、これは!」
「術が壊れたんです」
ぐにゃぐにゃと歪んだ視界
見ているだけで吐き気がこみ上げる。
「ぐっ……」
「目を瞑って下さい」
蒼麗の言葉に、修は両手で目を覆った。
少しでも、その気持ちの悪い光景から逃れられるように。
――それからどれだけ時間が経ったのか。
蒼麗の声に手を外せば、目の前に扉があった。
それは、配電室に向う為に一番最初に通った扉だ。
「……戻ってこれたのか?」
「はい。ここを開けたら、すぐに蒼花達の居る場所ですよ」
蒼麗は躊躇いなくドアノブを回した。
「……あれれ? 蒼花がいない?」
待ち合わせ場所にしていた場所に蒼花が居ない。
それどころか、雪那と來も居なかった。
しかも、ここにも薄いが霧がかかっている。
「こんな状況で何処に行っちまったんだ?!」
「外に出た感じじゃないけど……」
しかし辺りに気配は感じられない。
「何処に行ったのかしら……」
辺りをキョロキョロと見まわし、妹達の名を呼ぶ。
だが、返事はない。
「何処に行ったんだろう……」
そのまま修から一人離れて図書館の奥へと歩き出す。
「蒼麗ちゃん?!」
「あ、ちょっと奥の方を見てきますね」
「蒼麗ちゃん何処だ?!」
「修さん?」
後ろで叫び続ける修を振り返った蒼麗は、想像しなかった光景に茫然とする。
「……修さん、どこ?」
声だけが、後ろから聞こえてくる。
しかしその声も次第に聞こえなくなっていく。
「修さん?!」
「蒼……ど……いる……蒼麗……」
終に聞こえなくなった修の声に、蒼麗は先程まで彼が居た場所へと走る。
姿は何処にもない。
「修さん、修さん?!」
その時蒼麗は気づいていなかった。
先程まで周囲を覆っていた霧が完全に消えていることを。
それは、彼女だけが現実世界に戻された事を意味する。
怪奇も何も干渉しない、ただの無害なゴーストタウンと化した町に、修を呼ぶ蒼麗の声が哀しく響き渡った。
突然霧に覆われて消えてしまった蒼麗に、修は慌てた。
だが、蒼麗が先程まで居た場所に駆け寄っても、既にそこには誰も居ない。
それどころか、生臭い臭いに我に返った時には、周囲の様子は一変していた。
赤錆と血に塗れたあの世界――
「くっ……また取り込まれたのか?」
後ずされば、足が血だまりを踏む。
飛び散る血がスボンを紅く染め上げ、生臭さが絡みつく。
「っ……」
二度とごめんだと思った世界に、ただ一人
不思議だ
今までなにものであろうとこんな気持ちは抱かなかったというのに
恐怖と孤独が修を蝕んでいく
「俺は……」
ふと、修の脳裏にイメージが飛び込んでくる
絶叫し狂った一人の男
自分と同じようにこの世界に堕とされた男は一人ではなかった
しかし、疑心、絶望、憎悪、殺意により繰り広げられた血の惨劇
男が狂ったように笑いながら、窓硝子へと飛び込み――
「やめろおぉぉぉ!」
モウオマエハココカラニゲラレナイ
オマエモオレタチとオナジニナルンダ
音もなく忍び寄った怨霊と呼ばれる者達が、座り込む修の上でクスクスと笑い続けた。
――続く
はわあっ! そ、そそ蒼麗さんっ!あなただけが頼りなのにぃっ!←さくら心の声。