【幼児化王妃の危機 雪那編 忘れられた約束④】・・・大雪様著
・・・大雪様からの頂き物です。ありがたいことに今回もメッセージつきでした。
「今後も雪那のアイテム『赤縄』を活躍させていきたいと思います」
・・・流石だ。大雪さん、さくら付いて行きます!(マテ)
被害者は蒼麗って(苦笑)事は決定なんですね?
うふ。ふふふ。そんで蒼花サマに修兄ちゃんが足蹴にされるのですねー・・・。
蒼花との通信を終えた後、萩波は一人滞在地である隣町のホテルへと向う。
そこは、神が経営しているホテルだった。
最上階のスイートルームの扉を開けると、心地良い美声が聞こえてきた。
「お帰りなさいませ」
明燐が出迎えと共に手をさしのべ、そこに外套をかける。
彼女は優雅な足取りで奥に消えた。
「あら? 通信上手く行えたの?」
ソファーに座る茨戯と蓮璋がこちらに問うように視線を向けると、萩波は静かに頷いた。
ふと、此処に居ないはずの二つの気配を感じる。
「明睡、朱詩、貴方がたも来たんですね」
すると、奥から名を呼ばれた二人の姿が現れた。
「果竪が倒れたって聞いたので」
「他の上層部から無事か確認して来い~って言われたんだ~」
「無事ですよ、当たり前でしょう?」
しかし、危なかったのも事実だった。
常葉地区に何とか入れないかと探っていた時に起きたあれを思い出すと、今でも苛立ちが募る。
「果竪、待ちなさい!!」
明燐の慌てた声が聞こえたかと思うと、パタパタと走る音が聞こえる。
ほどなく姿を現わした愛する妻が小さな体でぶつかってきた。
「むぎゃっ」
「おやおや」
倒れそうになった体をサッと支えると、その小さな体を抱き上げた。
「お出迎えにしてはいささか勢いが良すぎましたね」
「しゅうは、そうれいは?」
夫よりも友人の心配か……
だが、相手が蒼麗ならば仕方ない
「先ほど通信をしてきました。無事なようですよ。常葉地区にいるそうです」
「ほんちょう?」
舌が上手く回らないらしく、幼い舌っ足らずな口調のまま首を傾げる。
そこで萩波は気づいた。
「泣いていたのですか?」
「こわいゆめ、みた」
「恐い夢ですか?」
コクコクと頷いた果竪は、不安そうな顔をした。
「せつなちゃん、くわれる」
「――え?」
「くろいのに、とりこまれりゅ」
「果竪……」
雪那に何かあれば果竪も無事では済まない
いや、それどころか待ち受けているのは死だ
それを最初に知った時、ふざけるなと怒鳴りたかった
何故果竪が死ななければならない?
何故?
何故?!
ようやく取り戻した腕の中の愛しい存在
それをまた失う?
許し難かった
だから絶対に雪那は死なせられない
「果竪、大丈夫ですよ。私達が動きますから」
「だいじょうぶ?」
「ええ」
「かじゅもてつだう」
「それハダメ」
見れば、玉英と明燐もすぐ側に立っていた。
彼女達に視線で合図すると、果竪を明燐へと手渡す。
「しゅうは?」
「果竪はまだ本調子ではないのですから、もう少し休んでいて下さいね」
そう言うと、明燐は果竪を連れて再び寝室へと向った。
ほどなく泣き出す声に玉英も向うが、しばらくは泣き止まないだろう。
「それで、どうすると?」
明睡の言葉に、萩波は蒼花と話し合った事を伝えた。
「じゃあ僕が行くんだね~」
「ええ。頼みますよ」
「おっけ~」
「アタシ達は、外での情報収集って事ね」
「ええ。忙しくなりますよ。あと、十二王家から一人、こちらに来られるそうです」
は?
あんぐりと口を開ける配下達に、萩波が苦笑する。
「本当に蒼花公主様は……幼馴染みとはいえ、十二王家のご子息達を顎で使うところはあっぱれですね」
「……いやいや、それ、一大事じゃない」
十二王家は遙か雲の上の存在。
例え死ぬほど努力したって、どんなにのし上がったって絶対に超えられない壁に隔たれた先にいる存在だ。
その神力の強大さは原初神に匹敵するうえ、天界では天帝一族に次ぐ名誉と名声、権力と身分、地位を持つ。
正しく、神々にとっての神が天帝一族と十二王家である。
後は、特殊五家と呼ばれる五つの一族も同様の存在であるが、こちらは十二王家に比べると滅多に表舞台に出てこない秘された一族であり、その存在自体が疑われている。
その為、表の十二王家、裏の特殊五家と呼ばれる
その十二王家の一人が来る
当主や夫人でなくとも、その子息一人が来るだけでも普通は一大事だった
「普通はそうですね」
「普通って……まあ、気持ちは分かるけど」
茨戯は、自分達に身近なあの少女達を思い出す
十二王家の中でも筆頭の星家の姫たる二人の少女
母は天帝の義妹でもあり、少女の一人は次期天帝たる皇太子の許嫁でもある
にも関わらず、その姉の方がごく普通に庶民生活を営み、それを追いかけて妹がいつもちょっかいをかけてくる
そう……あの二人も確かに雲の上の存在だ
「とにかく、滞在の準備をせねば」
「そうね」
そうして、萩波達は三日後に来る予定の十二王家の子息の為に奔走したのだった。
本来であれば、チチチと鳥の鳴声が聞こえる筈だ。
本来であれば、朝日が差し込んでくる筈だ。
しかし――
「動物いないのか」
雨戸をあければ、昨日とは打って変わって曇天の空が見えた。
しかも、庭に出てみれば白い霧が立ちこめており、蒼麗の体にまとわりつくように動く。
「寒っ」
早朝という事も手伝い、蒼麗は肌寒さを感じて先ほどまで寝ていた部屋へと戻った。
「もう少し寝てたいな」
そう言って、雪那の隣に敷いた布団に潜り込もうとした時である。
「…………」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
自分が先ほどまで寝ていた布団の中でもぞもぞ動く黒いもの。
しかもそれは移動し、雪那の布団の中へと潜り込んでいく。
「はぁ……はぁ……はぁ……くぅぉぉぉぉおおおおおお!!」
「ん……あぁ……あんっ」
「くっ……やっぱり美少女はいいな……この肌触り、この弾力、マジ鼻血もの――」
そこで、自分に向けられる視線に気づいた。
「…………」
「…………」
蒼麗からのイタイ人でも見るような視線。
その視線が言っている
変態だ、この人
「ち、違うぞ!! 俺はただ、外に出た事で布団が冷えるから戻ってくるまでの間暖めておこうと思って!! いや、まあ確かに雪那ちゃんの美肌に思わず吸い付いてツッコみたくなるぐらい欲情したけど、けれどお触りだけで我慢して」
だが、それ以上は言えなかった。
ゴスっと確実に顔にめり込んだ見事すぎる踵落としによって。
「ド変態殺すぞ」
「蒼花?!」
「お姉様大丈夫ですか?! 嫌な予感がして来てみましたのっ!!」
先ほどの悪鬼のような表情は一瞬にして消え去り、聖女の様な健気さで姉を心配する妹はどこから見ても完璧だった。
「あれ、修さんだよね? どうしてここに……まさか、狭間から落ちてきたのかな?!」
「嫌ですわお姉様! どこの世界に女性の寝床に落ちる馬鹿がおりますの? あのアルファーレンでさえ、恵美以外の女性の布団の中に落ちるようなヘマはしません事よ? あれは疲れが見せた幻覚ですわ」
「そ、そう?」
あまりにも驚きすぎたせいか、いつもならツッコむ妹の台詞に蒼麗は戸惑いながらも納得してしまった。
「さあ、朝ご飯にしましょう。あ、修ですが、今朝方合流しましたので食事後にお話でも聞きましょうか」
「え? やっぱり修さんいるの?」
「ここではなく別の部屋ですわ。疲れていたようですから今は眠っていますわ。さあさあ」
そうして姉にいまだ眠っている雪那を強引に起こして共に外に出した後、蒼花は静かに部屋の扉を閉めた。
「ぐおぉぉぉぉっ」
いまだ姉の布団でもだえる修に、蒼花はにこりと笑った。
「部屋にいないと思えば、よりにもよって私のお姉様の布団にっ!!」
「お、男なら美少女がいれば特攻するのが本能だっ!! 普通、雪那ちゃんみたいな美少女がいれば誰だって命を賭けて忍び込むだろ!!」
「なら最初から雪那の布団に入り込めばいいでしょうが!! このボケ天使、マジ死ねっ!!」
雪那の布団に潜り込んだ事はどうでも良いらしい
蒼花にとっては、姉の布団に潜り込んだ事の方が重要だった
「自分で慰めてろボケっ!!」
「ぐはっ!!」
そうして修は強制睡眠させられ、起きたのはお昼に近い頃だった。
「で、お姉様はこれからどうしますの?」
修と改めて再会し、今までの出来事を話し合いながら終えた昼食。
片付けをしていた蒼麗は妹の質問に考え込んだ。
「う~ん、それが問題なんだよね~。もともとここに来た目的は、神木の朝露を手に入れる為だからそれを優先するべきなんだろうけど……町に誰も居ないっていう異常事態真っ最中だからね~」
「このまま帰ります?」
「お、おいっ」
食器の片付けを雪那と共にしていた修が慌てたように割って入る。
「いや、帰らないよ。帰ったら神木の朝露が手に入らないし」
というか、そもそも神木の朝露を手に入れるのに時間がかかりそうだと思ったから、滞在に必要な買い出しまでしたぐらいだ。
「そうですわね」
「それに……この町の状態も凄く気になるし」
誰も居ない町
ライフラインだけが生きているのに誰も居ない
まるで住人全てが神隠しにあったように
「町のことまで気にかけるなんて」
「気にかけるも何も……このままにしておけないじゃない」
とりあえず、何があったのか原因調査ぐらいは出来るだろう
「じゃあ、まず先にどちらを行いますか?」
「う~ん、町の調査かな?」
「どうしてですの?」
「神木の朝露はもし見つけられなくても、時間をかなりかければ代用品が作れるけれど、町の方の異変は違うじゃない?」
そもそも神木の朝露は、果竪を元に戻す為の薬品作りの材料と言うよりは、材料同士の生成反応を早める触媒として使用される。
あれば良いが、なければそれはそれで仕方なかったりする。
まあ……晶石の欠片の浄化にも時間がかかるので問題と言えば問題だが。
しかし、町の異変は違う
居なくなった住人達の失踪原因によっては、時間を食うことでその命が尽きてしまうかもしれない
「では、町の調査をしましょうか。どうせ、町の調査をする途中で神木の朝露のある場所にも足を運ぶでしょうから」
「だよね」
この常葉町は聖地としての言い伝えもあり、そういう場所では神木の朝露の純度もかなり高い。きっと素晴らしいものがとれるだろう。
「そういえば、果竪さん達は大丈夫かな?」
「ああ、果竪達なら隣町にいるらしいわ」
「え?! 本当?!」
「果竪が熱を出して倒れてるので、後方支援を担当してもらう事になりました」
「そ、そうなんだ~」
「物資と人手を頼みました。人手としては、朱詩が来るそうです。三日後との事ですけど」
「朱詩さんが……迷惑をかけちゃうね」
「どうせ力をもてあましているのですから、良いストレス発散になるでしょう」
にこりとあどけない笑みを浮かべる妹に、そんなものなのかな~と蒼麗は心の中だけで思ったのだった。
か~ごめ かごめ
籠の中の鳥は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面――
振り返ってはいけないよ?
振り返らずに逃げなさい
でないと
地獄に落ちてしまうからね
「凄いな……」
先に進む蒼麗と雪那の後ろから歩く修は、隣に立つ蒼花に声をかけた。
「これ、明らかにまず過ぎるだろう」
「声を小さくしてくれない? お姉様に聞かれてしまうわ」
距離は取っているが、へたをすればお姉様に聞こえてしまう。
ギロリと睨むが、修はそれどころではないようだった。
「これ、普通は気が狂うぞ」
「そう?」
「ただの人間である雪那ちゃんが耐えれるわけがない」
虎視眈々と生者を狙って次から次へと自分達に近づいてくるそれら
昨日に比べて、より強くなっている事には蒼花も気づいていた
「気をつけておいた方が良いわ。油断すると、引きずり込まれるから」
「引きずり込まれる?」
「そう……空間を歪ませて別の世界に。まあ、正確には人の深層心理の中にある恐怖を具現化させるものだけどね」
「恐怖だと?」
「そう。人それぞれの恐怖を読み取り、具現化するのよ。だから、人によって見えているものが違うの」
「…………」
「最初は現実世界に体を残したまま、意識だけが囚われる。現実世界と恐怖の世界の中を行き来する。そうして最後は存在全てが恐怖の世界へと取り込まれて消えてしまう」
「ここの住人達は……それが原因なのか?」
「さあね。ただ、無関係ではなさそうよ」
「詳しいな……」
「知り合いでそういう類の力を持つのがいるからね」
修が驚くのが分かった。
「確かにこの力の能力者は今では天界でも珍しい力の一つに認定されているけど、天帝陛下の宮殿には何人も居たのよ。だから対処方法は一通り聞かされているわ」
「じゃあ」
「けれど、他者まではどうしようもない。言ったでしょう?それぞれの恐怖を具現化するって」
だから、それをどうにかするのも本人にしか出来ないのだ
「けど……それってかなり高度な術じゃないのか?」
「術というか能力ね。まあ――高度には高度だわ。けど、ここはもともと聖地だから小さな力でも増幅されやすい。良い力も、悪い力もね」
「呪いも……か?」
「そうね。それも増幅されるわ」
「……厄介だな」
人の深層心理に潜む恐怖を具現化する
それは、自分ですら巻き込まれる可能性がある
「嫌なら、お姉様の側からなるべく離れない事ね」
「は?」
「お姉様の側なら平気だから」
「平気って……そういえば、萩波と話していた時も言ってたよな? 蒼麗ちゃんなら地の果てまで追いかけられるって」
「そうね……まあ、見てれば分かると思うわよ」
そう言うと、それ以上蒼花は喋らなかった。
蒼麗ちゃんか……
修は蒼麗を見る。
天界では力無しとされ、落ちこぼれの姫君として蔑まされている。
別に自分はそんな事はどうでも良いが、何の力も発現させられていない蒼麗がそんな恐ろしい力の前でも平気だなんて普通は信じられない。
しかし……
「確かに……何の影響も受けてないみたいだな」
というか、全く気づいていない。
この粘り着くような邪気も、虎視眈々と狙う黒い者達も、何一つ。
「俺なら三日でギブアップするな」
「軟弱ね」
嘲笑うように言うと、蒼花は姉をみつめた。
「ねえ、スルーシ」
「なんだよ」
「面白いもの見せてあげるわ」
『天界の華』たる美姫の企む瞳に、修は嫌な予感がした。
「なんか段々霧が濃くなって来てるね~」
朝よりも濃くなって来た霧。
少しずつだが、周囲が見えなくなってきている。
その様子に、小型バスでの事を思い出したのか、雪那が強く手を握りしめる。
「大丈夫ですよ、ちゃんと手を繋いでますから」
その言葉に、雪那がホッと息を吐いた時だった。
突然、何かに躓いたように体が前のめりになり地面に転がった。
「きゃっ」
「うわわっ!」
どうやら蒼麗まで巻き込んでしまったらしい。
慌てて謝ろうとした時、グイっと右足が引っ張られた。
「え、なに………ひっ!!」
地面から生えた黒いものが自分の足首を掴んでいた。
が、黒いものはすぐに形を変え、血塗れの手が雪那の足首を握りしめていく。
「いやぁぁっ」
叫んだ途端、足を引っ張られて後ろへと引き摺られていく。
掴まるものが何もない塗装された歩道のアスファルトの上を、雪那は悲鳴をあげながら引っ張られていった。
このままでは殺される!!
しかし、腕を払おうと足を動かしても手は外れず、それどころかもう片方の足まで掴まれる。恐怖に極限まで目を見開く。
「榊、榊、榊ぃぃっ!」
どうして来てくれないの?!
私のことが嫌いになったの?!
すぐに駆けつけてくれるっていったのに――
「雪那さん大丈夫?!」
ガッと手首が力強く掴まれた。
蒼麗が心配に自分を見ているのが見えた。
その途端、引き摺られていた体が止った。
いや、足首を掴む手は相変わらず自分を凄まじい力で引っ張っている。
だが、先程までのように引き摺ることは出来ないようだった。
「っ!!」
掴まれた足首が痛い。手を振り払おうと暴れると余計に強く掴んでくる。
「立ち上がれますか?」
無理――そう言おうとした。
「よいしょっ」
「きゃっ!」
蒼麗が自分の腕を握りしめたままにも関わらず、するっと――本当に息つく暇もなく立ち上がらせてくれた。
すると、今度は足首を掴む手の方が逆に引き摺られる。
「怪我はしてないですか?」
「あ、はい。でも、足首が」
「足首?」
蒼麗が雪那の足首に触れる。
その手を振り払おうと新たな手が蒼麗の手を叩こうとする。
しかし、手は目的を果たせなかった。
「何もないですけど」
蒼麗は見えてないらしい
そして見えてない相手には、どうやら影響はないようだ
雪那は蒼麗の腕を握りしめる。
すると手が伸びて、蒼麗の手を握りしめている雪那の手を外させようとした。
もの凄い力に手が外れそうになる。
「雪那さん? 手を離したいの?」
「ち、ちが――」
後ろから口を塞がれる。
「雪那さん?」
違う違う違う!!
御願い、手を離さないで!!
雪那は必死に蒼麗に願った。
「どこか具合が悪いのかな?」
蒼麗は何も言わなくなった雪那に首を傾げる。
そうして、雪那と繋いだ手を見た。まるで拒むように手を外そうとする。
しかし――
(なんか嫌な予感がするな)
外したら終わり、みたいな
考えた末に蒼麗は決めた。
「手を離さないで下さいね」
とりあえず御願いする。
そして、さっさと進むことにした。
ズンズンズン――そんな言葉が似合うような足取りで、蒼麗は雪那の手を繋いだまま歩き出す。
すると、手が慌てたように蒼麗と雪那の手に掴み掛かり、半ば強引に離そうとする。
しかし、しっかりと握りしめられた手はなかなか外れなかった。
とうとう手の方もしびれを切らしたのだろう。
蒼麗の足首を掴んで転ばせ、その隙に手を離させようとするが、逆に蒼麗によって踏まれていく。
「なんか変なの踏んでる気がするんだけど……」
地面を見ても真っ平らなアスファルトがあるだけ。
なんだろう?
この軟らかいものを踏みつぶす感覚は。
蒼麗ちゃん……
蒼麗は手を離さないでくれる。
雪那が嬉しさに頬をぬらす。
が、突然ガクンと体が下がった。
(え?)
地面が崩れていく感覚にハッと下を見た雪那は絶叫した。
エラバレタコ
あの警察署にいた警察官が、自分の両足を掴んでぶら下がっていた。
いや、彼だけではない。他にも沢山の血まみれの人達が居る。
(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!)
まるで自分を地獄の底に引きずり込もうとしているのか、凄まじい力で引き込もうとする。
雪那は死に物狂いで蒼麗の手を握りしめた。
この手を離せば、自分は間違いなく引きずり込まれてしまう。
雪那は叫んだ
手を離さないで
離さないで
離さないで!!
そういえば、と蒼麗はある事に気づいた。
町の異変を探るとしても、まず何処に行くのか考えて居なかった気がする。
これでは、とりあえず町中を歩き回っているだけにしか過ぎない。
「そういえば、もう少し行った先に図書館があった気がするな」
図書館であれば、この町についての詳しい情報を手に入れられるかもしれない。
その事を雪那に伝えようと蒼麗が振り向く。
「雪那さん、もう少し行った先に図書館がありますから、まずはそこに行きましょう」
雪那の異変なんて全く気づかず、それどころか強い力でその場に押留め引きずり込もうとする力にすら気づかずに、雪那の手を握りしめたまま歩き続けたのだった。
「あははははは!!」
後ろからそれを見ていた蒼花は大爆笑。
一方、修は絶句していた。
どうやら、雪那と同じモノが自分達にも見えていたらしい。
つまり、同じような影響を受けているのだ。
しかし蒼麗だけはそれに気づかず、今も雪那を捕らえようとする警察官達を寧ろ引き摺りあげている。
「あ、見てみてあの警察官!! お姉様に殴りかかってる!!」
雪那の足を掴んでいたそれは、蒼麗を忌々しげに睨み付けて殴りかかる。
しかし、蒼麗の体を全てすり抜けていく。
「あそこまで見事に無視されるなんて爆笑ものよね!!」
「爆笑っていうか……なんか不憫っていうか……」
なんであそこまでされていて気づかないのか?
いや、気づかないのは見えないし攻撃も当たらないからで……
ってかどうして見えない?
「馬鹿な奴ら。お姉様に危害を加えられる筈がないのに」
「ってか助けろよ」
「助けが必要だと思うの?あの状況で」
真顔の蒼花にそう言われた修は、しばらく蒼麗達を見た後――
力なく首を横に振ったのだった。
――続く
「全世界の美女と美少女、美幼女の味方!」
ゴ ス ッ !
機能停止中。