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【幼児化王妃の危機 雪那編 忘れられた約束③】・・・大雪様著


 女王様が降臨なされた


 後に、苦労の、いや、原始の天使の一人が言っていた言葉である。




 身につけている服装はカジュアルだが上品で女の子らしい


 しかし、そんな清楚な服装が包み込む肢体は、悩ましい蠱惑的な曲線美が描く究極の肢体


 だが――


「手を出したら殺される、手を出したら殺される」


 例えどれほど年齢にそぐわない女性美溢れた極上の豊満な肢体だろうと、指一本触れようとしたが最後、自分は消されるだろう。


 修は抗いがたい誘惑を必死にはねのける。

というか、制御装置で全身から溢れる色香と魅力を押さえつけてもこれなのだ。


 外せば一体自分はどうなってしまうのか?


「玉英姫なんて目じゃないな」

「あら?後で凪王に殺されるわよ?」


 妻を巡って妹と争う凪王。

 しかし、あれでいて妹の事も大変な可愛がりようらしく、侮辱したり手を出せば確実に殺られるだろう。


「煩いな……ってか、助けるならもっと早くして欲しかったんだけどな」

「あら、一番体に負担のかからない方法で助けてあげたって言うのに」


 蒼花の言葉に修が顔をしかめる。

 確かに、それはそうだろうが……。


「狭間への移動、出来ないとは言わせないぞ」


 空間転移は本来、神々でもそれを補助する道具がなければ単独では行えない高度な術。

 それこそ、門などの補助装置なくして実施する場合、一般的な神では術を発動させる事すら出来ない、または発動させられても力がすっからかんになってぶっ倒れてしまい、移動自体が出来なくなる。


 それを容易に行う事が出来るのは、天界でも限られた者達のみ。


「確か、天帝一族と十二王家は全員出来る筈だったな」


つまり、蒼花も可能だという事だ。


「出来るわよ。でも、出来たからどうだって言うのよ。目標物が探せなければやるだけ無駄。言っておくけど、狭間の世界で何の印もつけていない目標物を探すというのは、砂漠の中での砂金探しぐらい難しい事なんだけど」


 確かに蒼花の言うとおりである。

 狭間の世界は広く、常にあちこちがねじくれている。

 力ないもの、意思の弱いものが迷い込めば永遠の迷い人になるか取り込まれて消えてしまうかのどちらかである。

 蒼花であればそのどちらにもなりはしないだろうが、果たして捜す対象までがそうとは限らない。

 流石に修も反論する事は出来なかった。


 すると、蒼花が邪魔だから後ろに下がっていろと修の首根っこを掴み池から引き上げる。


 ああ、これが恵美や理恵だったら……


 きっと優しく抱きしめてまずは再会を喜んでくれて、そのままくんずほぐれつ――


 ゴスっ


「あらごめんなさい。頭に蚊が止ってたわ」

「わざとだろうっ!」


 踵落としを喰らった修が抗議するが、蒼花は聞かない。

 それどころか、しっしっと野良犬でも払うように追い払われる。


「ああ、そこにあるのは使って良いから」

「は?」


 池の縁に設置されている大石に背中を預けた修は、蒼花の言葉に背後を振り返る。

 側面はでこぼこだが、上は磨かれたように真っ平らの石の上に置かれたものに目を丸くする。


「これは……」


 そこには、竹皮に包まれたお握りと水筒、そして着替えの服とバスタオルが置いてあった。


「お姉様に感謝する事ね」


 姉は分かっていたのだろう


 眠る前に、必要なら持っていきなさいと自分に手渡したそれ。

 他の者の為に容易された事に嫉妬を覚えるが、姉の好意を無視する事も出来ない。


 修は石の陰で服を着替えると、竹皮に包まれたお握りを頬張る。

 一口食べて、自分がどれだけ空腹だったかに気づいた。

 見れば、おかずとして卵焼きと唐揚げ、漬け物も入っている。

 水筒は二本あり、一つは味噌汁が、一つにはお茶が入っていた。


「蒼麗は優しいな」

「当たり前ですわ! 私のお姉様なんですものっ」


 そう言って勝ち誇った様に笑う蒼花に呆れながら、修は思う。

 まあ、誇りに思うその気持ちが分からないでもないが……。


「さてと、時間もないしさっさと始めないとね」

「何をするつもりだ?」

「交信」


 今日は満月


 月の力が最大限になっており、術の助けには十分になる


 そして――


 蒼花は澄み切った池の水面を見詰めた


 ここの水は他とは違い力を失っていない


「交信って誰と? 何のために?」

「物資補給と人手の補充よ。まあ、後者は出来て一人だと思うけど」


それに、向こうも動ける者達は多くない筈だし


 蒼花は修の見ている前で術を組む。

 池の周りに設置した結界石が、蒼花の術に反応し場を形成していく。


 流石は『天界の華』


 練り上げられていく術の美しさに修は魅入られた。


 そうして――術が完成する。


「さてと――」


 光が消え、先ほどと同じ静寂が辺りに戻ると、蒼花は宙を見詰めたまま口を開いた。


「繋がったわよ」

『流石ですね、蒼花公主様』

「この声! 萩波か?!」


 その声は、修の耳にもしっかりと届いた。


「やっぱり映像は無理か」

『声だけでも収穫ものですよ。私は幾らやっても無理でしたが』


 どこからともなく響いてくる萩波の声が苦笑した響きを持った。


「交信って……」

「強制的に結界に穴を開けて声だけ通るようにしたのよ」


 蒼花の言葉に、萩波が応える。


『常葉地区――常盤町の周りを覆う霧の結界は、あらゆる者を拒むだけでなく、中との連絡も断っていますからね』

「なんだと?っていうか、ここって常葉地区なのか?!」

「何処だと思ってたのよ」

『どうやら修とは合流したばかりと見ても宜しいですか?』

「たった今、狭間から引きずり出してきたからね」


 そう言うと、蒼花はとりあえず今までの経緯を説明する。


『そうですか……で、修は今まで一人で?』

「あ、ああ。気づいたら白い霧の中を一人で歩いていた。他のみなを捜したが何処にも居なくてな……」


 ようやくお腹も満たして一息ついたが、その疲労は濃かった。


 その後、改めて最初から小型バスが霧に包まれてからの事を説明すると、萩波が溜息をつくのが聞こえた。


『他の方達は音信不通ですか……』

「ああ……恵美と理恵も……くそっ! 今こうしている間にもどれだけ不安がってるか!」


 出来る事ならば今すぐ彼女達を探しに行きたい


 しかし、あの狭間に再び戻ったとしても自分に出来る事は殆ど無い


 それどころか、再び迷い人として彷徨うのがおちだ


 とすれば、蒼花に協力を頼まなければならないのだが


「あの子達は大丈夫でしょう」

『ですね。誰かかれか側に居るでしょう』

「な、なんでそんな事が分かるんだ」


 なんでも何も……


 恵美の場合はあの魔王が


 理恵の場合もあの夜の眷族が


 意地でも手放さないだろう


 万が一離れても、必ず誰かが側にいるに違いない


「ちくしょう!どうして俺だけ一人になっちまったんだっ」


 日頃の行い?


 詰めが甘い?


 が、とりあえずそれを言えば煩そうだから萩波は口をつぐんだ。


 のだが――


「日頃の行いの悪さと詰めの甘さじゃない?」

「んなっ?!」


 あんまり意味がなかった。


『けれど、蒼花公主様が雪那さんを保護できて良かったですよ』

「保護したのはお姉様よ」

『そうですね』

「けど、良く助けられたな」


 修が疑問を口にする。

 自分達では恵美と理恵を守るのだけで精一杯だった。


 榊が暴走したから――


 彼の霊力が一気に膨れあがった為、そちらに気を取られてしまったのだ。

 しかし止める暇もなく飛ばされてしまったが。


「それは勿論お姉様だからよ。ふふ、お姉様に狙われたが最後、何処までも追いかけられるわね」

「は?」

「だから、あの時雪那を連れ去られたとしても、お姉様は地の果てまで追いかけるって事」


 意味が分からない


 しかし、蒼花も萩波もクスクスと笑い続けるだけだった。


「それで、そっちの状況を説明して頂戴」

『私達も全員無事ですよ。空間が歪んだ後、私達が降り立ったのは常葉地区のすぐ外でした』

「という事は、そんなに離れてない所に居たって事か。けど、それならどうして合流しなかったんだ?」

「入れないからよ」

「え?」

『仰るとおりです』


 無事に霧の結界から抜け出したものの、たどり着いたのは常葉地区の外。

 そこから中に入ろうとしても、気づけば同じ場所にたどり着くのだ。


『ただ、此処から別の場所に向う事は可能です』


 常葉地区以外の場所に行くことは可能だという。

 勿論、七宮家にも恵美達の家にも行ける。天界にも戻れる。

 しかし、常葉地区に入ろうとすれば、まるで狸に化かされたようにたどり着けない。


『常葉地区への数少ない道は全て霧に包まれております』


 それだけではない。道無き道を進んでも同じなのだ。

 常葉地区自体が霧によって覆い尽くされ、遮断されているらしい。


「だいたい予想通りね。まあ外に出られたとしても、出る気はないけれど」

「は? なんでだ? この町はおかしいんだろう? なら、今は外に出る方が優先なんじゃないのか?」


 蒼花から町に誰も居ない事を聞いた。

 また、警察署での雪那の様子も聞いた。


 ならば、すぐにでも此処から離れるべきではないか?


「離れたら雪那は死ぬわ」


 蒼花は、來に話した事を再度伝えた。


「し、死ぬ?」

「呪いでね。まあ今考えてみると、雪那は此処に呼ばれたわね、確実に」

『でしょうね』

「ど、どういう事だよ!」

「どうもこうもないわよ」


 蒼花が言い捨てると、修がムッとした表情で言い返す。


「ってか、呼ばれたとかって、その呪いにか? じゃああんたは分かってたのに放置したって事か?!」


 詳しくは分からないが、呪いなんていうとんでもないのに呼ばれた。

 そしてそれに応じて来てしまったとなれば、雪那にとってどれだけ危ない状況なのかは修ですら予想が出来た。


「仕方ないじゃない。それが一番良い方法だったんだから。とはいえ、まさか外に出られなくなるとは思わなかったわよ、私もね」

「思わないって、あんたはここの状況を知っていたんじゃないのか?」

「私が?知るわけないじゃない。知ってるのは昔のことだけよ」


 ここが聖地だったこと


 血なまぐさい儀式や伝承が多くあったこと


 そして、雪那が此処で過去に何かの事件に巻き込まれたことぐらいだ


 それらから、蒼花はつなぎ合わせただけだ


 たぶん、こんな感じだろう――と


 ただ、それだけだ


「本当にそれだけなのか?」

「くどいわね」

「ってか、なんであんたはそこまで知ってるんだ?」

「気づいたからよ」


 首を傾げる修に蒼花は溜息をついた。


「仕方ないわね。説明するわ」

『私も、もう一度聞きたく存じます』

「そうね。貴方にも一部しか伝えてなかったものね」


 果竪が呪われている事と、その呪いがどこから来たものか


 それだけしか伝えていなかった


「そもそもの始まりは、果竪よ」

「果竪ちゃん?」


 修がキョトンとした眼差しで蒼花を見る。


「そう。私が果竪に薬をかけたっていう話は、もう説明するまでもないと思うけど」

「ああ」

「その薬をかけたのも、その呪い回避の為だったって言ったらどうする?」


 ギョッとする修に蒼花が楽しげに笑った。


「嘘だろ? 何で」

「必要だったからよ。そうね……あの日、お姉様と一緒に果竪が美容液作りをしているところに私が来たのよ」


 それは、何気ないごく普通の訪問になる筈だった。


「果竪の様子が……正確には、果竪の纏う神気がおかしかったのよ。普通なら全く気づかないでしょうけどね」


 気づいた理由はごく単純だ。


「果竪にかけられていた呪いが完成する寸前だったから。そう……果竪を呪い殺そうとして、それまで影を潜めていた呪いが一気に膨れあがる――その最中で私がかぎ取ったのよ」


 突然果竪の体からわき出た黒いものが、その体を覆い尽くそうとした。

 黒い手が、その無垢な魂を食らいつくそうとした。


 それを見た瞬間、勝手に手が動いていた。


『蒼花公主様はこれまでに数多くの経験を積まれています。だからこそ可能だったのでしょう』


 反射的に対処方法を判断し、果竪に向けて姉が持っていた美容液の作りかけをかけたのだ。


「な、なんで?!」

「果竪を消す為よ」


 消す?!


「正確には、呪いの対象となっていた果竪を消す為。あの呪いは、果竪の姿形で判断していたらしいから」

「え?」

「よく呪いで対象者の写真とか使うのあるでしょう? あと、年齢とか名前とか色々書くのが」

「あ、ああ」

「果竪の場合は違うけど、それでも視覚的な判断をする奴だったらしく、果竪の姿を変えた瞬間、呪いが止ったのよ」


 止ったというよりは、呪い殺す対象が消えて混乱している様子だった。


「って、そんな事が可能なのか?」

「可能なのかではなく、可能だったのよ。ほら、呪いを肩代わりさせる為に、身代わりの依り代を容易するとかってあるでしょう?」


 確かに、ある


「勿論、あの時はそれを作っている暇なんてないから、果竪の方を変化させたの」


 一種の目眩ましだった


 しかし、思いの外その呪いは果竪の外見だけで判断していたらしく、姿が変わった瞬間、あっけなく止った


 ただし、止っただけで解呪は出来ていないが


「解くことは出来ないのか?」

「無理ね。あの子自体が自分から呪いを受け入れている以上は不可能だわ」

「自分から……?」

「無意識に、ね。無意識に、あの子は雪那を助けようとしたのよ」

「雪那ちゃんを?!」


 ここで雪那の名が出てくる事に、修は心底驚いているようだった。


「そう。雪那が果竪が呪われる原因を作った張本人」

「それって、雪那ちゃんが果竪ちゃんを呪った」

「違うわよ。もともと雪那が一番最初に呪われていたのよ。それが、周囲に伝染しただけ」


 蒼花の言うことはこうだった。


 果竪の呪いが誰からもたらされたものかを探るうちに、それが雪那からのものだと知ったという。


「しかも、雪那の呪いはつい最近のものではなく、十年は経過しているものよ」


 その十年の中で、呪いは雪那の魂に複雑にからみついたという。


「下手に解呪しようものなら、雪那ごと殺してしまうぐらいにね」

「なっ?!」

「助ける方法は、呪っている相手が呪うことを止めるか、相手を殺すか」


 その二つに一つしかない


「しかも困ったことに、その呪いが何時何処でかけられたものかが中々分からなかったのよ」


 ただ、雪那の記憶をのぞき見た時、呪いがかけられたであろう年齢の記憶に常葉町という名前が垣間見れた。


「だから、材料集めに常葉地区を選択させるようにお姉様を誘導したわ」


 そうしたら見事なまでに成功したという。


「その後、こちらでも常葉地区の状況を調べさせる為に手の者を放ったけれど、中に入る事自体不可能だった」


 しかし、それでも常葉地区に向うにつれて、雪那の中に潜む呪いが少しずつ活性化しているのが分かった。

 いや、活性化とは違う。呪いをかけた持ち主の歓喜の声のようだった。


 雪那が入れば、常葉地区に入れると確信した。

 と同時に、常葉地区へと雪那が呼ばれている事に気づいた。


「そこで、雪那に呪いをかけた相手がそこに居ると思ったのよ」


 加えて、雪那が十年前を最後に常葉地区に行っていない事から、そこで呪いを受けたのだと予測をつけた。


「けど、結局そこにたどり着く前にこうなっちゃったけど」


 霧に囚われ化け物に襲われた。

 そしてその化け物も、その呪いをかけた相手が放ったものではないかと蒼花は告げた。


「確かに……雪那を狙ってたし……けど、恵美と理恵も攫われかけた」

「その二人も呪われてるもの」

「なんだと?!」

「言ったでしょう?呪いは伝染してるって」


 強力すぎる呪いは、周囲に伝染する事がある。


「一番近くにいたんでしょうね……。見事なまでに呪われてるわ。ああ、チヒロもね」

「そんな……何とかならないのか?!」

「雪那の呪いがとければ大丈夫よ。但し、雪那が死ねば他の者達も死ぬわ」

「っ?!」


 恵美と理恵が死ぬというのか?


 あの二人が


 俺の大切な女神達がっ!!


「どうすれば呪いは解けるんだ?!」

「解き方はさっきも言ったとおり。ただし、呪われた場所は此処だと分かっても、相手が分からないし、呪われた時の状況も分からなければ下手に手が出せないのよ」

「ならすぐにでも」

「魔が一番活性化する夜に出るの? 馬鹿じゃない? いくらあんたでも返り討ちにあうわよ?」


 既にこの町は異常状態になっているというのに


「っ……なら、どうすればいい?」

「まずこの町に何が起きたのかを探る事ね。同時に、雪那が呪いを受けた時の事を探る」


 でもね――


「ここに来てから、雪那の呪いは不安定になっているの」

「どういう事だ?」

「呪いがいつ加速しても不思議ではないということ。それに、呪いをかけた側か知らないけど、既に雪那にちょっかいをかけてきたわ」


 私にもね


「警察署での出来事か?」

「そう。しかもかなり強力な呪いとも言える力ね」


 対象者の心の不安を具現化し、恐怖の世界に陥れる忌むべき力


「使い方によっては、酷く残酷な事が出来るわ」

「…………で、どうして此処から出られないんだ?それを聞いたら、余計に此処から出してやらないと」

「そうね。ここに居る方がよほどちょっかいをかけられるわ。でも、駄目。此処から出たら死ぬから」

「どうしてっ」

「ねえ、どうして私とお姉様が此処に来れたと思う?」


 蒼花の質問に修が呼ばれたからだろとぶっきらぼうに答えた。


「そう。呼ばれた。雪那が呼ばれて、その雪那と一緒に居たから私達も共に此処に落ちてきた。ふふ、向こうもまさか私達まで来るとは思っていなかったでしょうね。抵抗が凄かったもの」


 しかし、抵抗すればするほど雪那を引き寄せられないと気づいたのか、ほどなく力は引き寄せるものだけに変わった。

 だからその力を利用し、共にこの霧の結界に囲まれた場所へと落ちてきてやったのだ。


「そこまでして引き寄せた相手を外になんて出すわけないでしょう? 普通」

「それは」

「愛しいものを側から離さないようにする為に足枷をはめるように、向こうも枷をはめたのよ」


 呪いという枷を


 雪那の中にあった呪いは一気に変化し、この地に楔を打った。


「楔が打たれた瞬間、雪那の呪いは止ったわ」

「止った?」

「そうよ。不思議よね? 外にいる時はあんなに進んでいたのに。まるで、この場所に呼び寄せて留めるのが目的だったみたい」


 誰だって、自分に死の呪いがかけられていれば必死に解こうとする。

 そしてその呪いが解けるならば、危険な場所にだって来ざるを得ないだろう。


 そう……正しくそれを狙っていたかのようだった


「ただし、呪いが止ったといっても、この場所自体が強力な呪いの場みたくなっているから、それに影響して不安定になってしまってるのよ」

「そんな……」

「しかも、呪いは確かに止ったけど、止めるという事は、この場所に来た雪那を死なせないためという事にならないかしら? 逆に言えば、この場所に居なければ死んでも良い。その証拠に、此処を出ればせき止められていた呪いは一気に爆発するようになってるわ」


 それは、修でも簡単に見られるだろう。


「だから、出られないの」

「来ないと言う方法は……なかったみたいだな」


 蒼花の顔を見れば分かる。

 あの時点で既に呪いはかなり進んでいたのだと。

 と言うことは、それほど日を置かずに雪那は死んでいただろう。


「そうね。それに、ここに雪那がいる事で呪いが止っているという事は、恵美や理恵、果竪、チヒロにとっては好都合よ。呪いの大本から彼女達に流れ込む呪いも止っているのだから」

「っ?! そ、そうかっ」


 そうだ、蒼花の言うとおりだ。


「けど……なんで、呪いを止めたんだ? 雪那ちゃんが無事なのは良いけど」

「さあね? ただ、向こうの目的は雪那を殺すのが目的ではなく、此処につれてくる事。それはさっきも言ったとおり。此処に連れてきて外に出られなくする。つまり、雪那が向こうにとって必要という事よ。それも生きたままの雪那がね」


「……これは聞くだけだが、雪那ちゃんじゃなければ外には出られるのか?」

「普通の人間なら無理よ。但し、私達であれば出られるわ。どうやら、向こうも私達に此処に居て欲しくないだろうし」


 常に感じていた嫌悪と憎悪の視線。

 まるでお前達がいるせいで欲しいものが手に入らないと言わんばかりのそれに、蒼花は笑いが止らなかった。


「ただし、出たが最後、二度と入る事は出来ないわ」


 つまり、それは自動的に雪那が向こうの手に落ちるという事だ。


「まあ、お姉様だけは別だけどね」

「は?」

「お姉様だけは出入り自由だと思うから」

「なんでだよ!」

『あの方は終わりを司る女神ですからね。終わりに関する事は基本的にあの方のお家芸。まだご本人が自由に使えはしませんが』


 そう、全ての終わりを司る姉ならば出来る


 終わりの一つである『破壊』を使えば良いだけだからだ


「でも、自分の意思で出来ないのよね~」


 無意識には出来るが、自分の意思でするには数多の制約がある。

 しかもどれも時間がかかるし、それぞれがやっかいなものばかり。


「簡単に終らせるとまずいからだろうけど」

「でも、ならどうすればいいんだ? 萩波達は入る事が出来ない。かといって、俺たちが出れば入れない。雪那ちゃんは此処から出られない」

「だから、ここで何が起きたかを探るって言ってるしょうが。とりあえず、昔の事も調べるけど、同時にこの町の異変を調べなければ呪いをかけた相手にだって行き着かない」


 たぶん、それがこの町全体を覆う結界も作り出していると思われる。


「何故この町に人が居ないのか? そして、どうしてその事を外の人間が知らないのか?」

「知らない……そういえば、そうだな。雪那ちゃんのお父さん達が知らないのもおかしい」


 普通に観光名所だから楽しんでおいでと笑顔で送ってくれた彼等を思い出し、修も首を傾げる。


「外のことは凪国国王達に任せるわ」

『御意。それと……霧の結界で気になった事があります』

「何?」

『この結界ですが、少しずつですが、拡大しているようです』

「拡大? ああ、範囲を広げているのね」

『計算では、このままでは一週間で隣町が飲み込まれます』

「貴方の事だから対処はしているでしょう?」

『術者を本国から呼び寄せています』

「そう。じゃあ、後で書状を送るからそれをうちの家に届けて」


 萩波が困惑したように「はぁ……」と返事をする。


「幼馴染みの誰かに代わりを頼むわ」

『は?!』

「だから、あんたの所から連れてきたら、凪国が手薄になるでしょう? それに比べて、十二王家の子供達はまだ領地なんて持ってないから手が空いているのよ」


 そうね……青輝なんていいわね


 別の件で出かけているあれを呼び寄せれば良い


「あとはこちらの用件だけど、人手と物資が欲しいわ」

『人手、ですか?』

「いやちょっと待て! 確かさっき外からは入れないって」

「一人ぐらいなら何とか出来るわよ。それにあんただけだと足りないのよ」

「何が」

「人手が。あんたも十分に使えるけどね」


 使えるけどね


 その言葉に、修は目を丸くする。


『良かったですね、修。蒼花公主様は貴方の事を高く買っているようですよ』

「良かった……のか?」


 なんだか素直に喜べない修だった。


『それでは、物資から先に御願い致します』

「物資は食料と日用雑貨類」

「それ買ったって言わなかったか? しかも大量に」

「買ったわよ。普通に暮らして十日分。けど、それで果たして足りるか分からないし。後は嗜好品もね。他には書物とかの趣味活動の道具」

『分かりました』

「あとは……結界石と宝玉の類」

『種類は?』

「問わない。ただし、回復系を多くして」

『御意』

「保管場所あるのか?」

「ここ、地下室も広いし開いてる部屋もあるからそこにおけばいいわ」

「凄いな……」

「で、次は人手だけど、誰か結界に詳しい相手が欲しいんだけど」

『それは……結界を破る為ですか?』

「いえ、張る為よ」


 蒼花はちらりと屋敷を囲む塀を見た。

 目隠しの結界にて見えなくしているが、少し周波数をあわせればすぐに見える。

 結界に張付くようにしてこちらに入ろうとしている者達の姿が。


「雪那を虎視眈々と狙っていて、常に側にくっついているのよ。屋敷にも入ろうとしてるし」


 大丈夫だと思うが、結界を優先させる人材が居た方がより安全だと思われる。


『でしたら朱詩を向わせましょう』

「ああ、あの結界博士ね。十分だわ」


 そうしてその他、幾つかの事を決めた後、蒼花は溜息をついた。


「これで最後ね、しばらくは通信が出来なくなるわ」

『次回は?』

「そうね……一週間後、ね。まあ、護衛役に手紙を届けさせればこちらからは情報を流せるけど」


 しかし、それにも限りがある。


『三日後、物資と人手を送る際に私の方からも手紙を送れますが……それも多くは無理ですね』

「ああ、そういえば果竪はどうしてるの?」

『今は、常葉町の隣町のホテルで眠っております』


 その言葉に忌ま忌ましさが感じられた。


「ここに近づけない方が良いわよ」

『そうですね……』


 向こうの目的は雪那だが、同じく呪われている果竪にもどんな影響があるか分からない。


「で、何か言いたそうね、修」

「いや……ただ、呪いは伝染してるって聞いたけど、呪われているのは果竪ちゃんと恵美と理恵、チヒロちゃんだけなんだろ?」

「そうよ」

「なんで?」

「は?」

「伝染するなら、他の奴らだって伝染するだろ」

「普通はね」

「なんで伝染しないんだ?」

「知らないわよ。ただ、恵美と理恵、チヒロは雪那と同じぐらい無垢な魂と美しさを持つから、その線で伝染したんじゃない?」

「果竪ちゃんは?」

「あの子のは、無意識に呪われていた雪那の呪いを自分に受け流しただけよ」


 ただ――


「その三人にしか伝染してないって事は、伝染させる対処を向こうが選んでいるのかもね。つまり高度な呪いよ。もっとレベルの低いものならば誰彼構わず伝染するものだから。という事は、向こうは恵美達も狙っていたのかもしれないわね」


 ただ、中でも雪那を一番狙っていたのだろう。

 もしかしたら、恵美達はスペア的な存在だったのかもしれない。


「だから、恵美達も下手をすれば此処に落ちたかもしれないわね」


 いや、小型バスから連れ攫われそうになっていたと言うことは、既に狙われていたという事だ。


「……恵美達は何処にいるんだろう」

「さあね? 狭間にいる可能性が高いけれど、もしかしたら既にこの町の何処かにいるかもしれない。また、居なくても狭間から戻った瞬間、此処に落ちるかもしれない」


 自分達が此処に落ちてきたように


「にしても、榊の奴……雪那ちゃんがピンチなのにあいつは何をしてるんだよ!!」

「榊……で、思い出した」

『はい?』

「命令。榊を真っ先に見つけなさい」

「は?」


 他の誰を見つけるよりも先に榊を見つけろ


 その命令に修も萩波も茫然とした。


「じゃないとお姉様が穢れちゃうのよっ!」

「な、何が、ってか何があったんだ?」

「……買いだした荷物を収納して料理を作っていた時の事よ」


 自分がちょっと席を外して戻って来ると、姉が凍り付き雪那が慌ててゆさぶっていた。


『一体何が……』

「何が?」



 蒼花は、ふふふふふふと笑いながら、そこで起きた事の記憶を二人にも流してやった。




『あの、これで私を縛って下さい!』


 そう言って雪那が渡したのは、紅い縄の束だった。


『は?へ?』

『私、いつも夜は榊に紅い縄で縛ってもらってて……特に不安な時には、もうぎゅっと強く縛ってもらうとそれだけで不安が吹き飛ぶんです!』

『は、はあ』

『今凄く不安なんです! 寝て起きたらまた別の場所にいるんじゃないかって! それに独りぼっちになっているんじゃないかって! だから、そんな事を考えないぐらいに強く私をこの赤縄で拘束して下さい!』


 出来れば、亀甲縛りがいいです!!


『きっこう……』

『榊が一番良くしてくれる縛り方なんです。そうして、いつもとろけて何も分からなくなるぐらいに愛してくれて――きゃっ!』


 頬を赤らめて照れる雪那だが、問題はそこではないだろう。


『だから、どうか私を激しく縛って下さい!一日でも縛られない日があると、もう、もう私駄目で……って、蒼麗ちゃん?!』




 そこで修と萩波に送られた記憶は終った。



「本当に……どうして榊が居ないのかと激しく怨んだわ」


 固まった姉を思い、蒼花がしくしくと両手で顔を覆う。


「本当に……スルーシの犠牲で榊が戻って来たらどれだけ良かったか!!」

『心中お察しします』

「ちょい待て! なんで俺の犠牲の上に成り立ってんの?! しかも何勝手に人を犠牲にしようとしてんの?!」

「一応天使だし」

『ですよね~』

「なら神でもいいだろっ!」

「こういう時は天使って相場が決まってるのよ」

「嘘だろ! 生け贄とかは処女だろう普通!」

「性転換してみる?」

『では、修ではなく修子しゅうこと呼びますか』

「ふざけんなぁぁぁぁっ!」


 そんな言い合いが明け方まで続いたらしい……



――続く

蒼麗さま、逃げてえええっ! うちの天然ボケは常識ことごとく榊に仕込まれているから、一筋縄(文字通り!)じゃ行かないわよおおお!

・・・雪那・・・雪那ったら・・・。

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