【幼児化王妃の危機⑤】・・・大雪様著
さて今回も大雪様です。
先日のウサギ話ありがとうございます。さくらもピーターラビット大好きです!そして大根着ぐるみを着たうさぎさんも大好きです!
いつもお忙しい中、どうもありがとうございます!!
周囲を覆い尽くす魔の霧の中。
全ての感覚を遮断されているにも関わらず、それは感じ取れた。
「これ……榊さん?」
強大な霊力が出現したかと思うと、一気にそれが爆発したのを感じた。
続いて、魔の霧によって歪められていた空間が、更に歪んでいく。
「やばい……」
このままでは、歪みに飲み込まれる。
すぐに彼等の元に向おうとした蒼麗だったが、ふと置いてきた果竪達の事が頭によぎる。
そうだ……このままでは果竪達もこの歪みに巻き込まれる!!
そう思い振り返るが、足を踏み出すことは出来なかった。
どちらかに行けばどちらかを見捨てる事になる。
「大丈夫よお姉様」
「蒼花?!」
白い霧の中から声が聞こえたかと思えば、車に置いてきた筈の双子の妹が姿を現わす。
「萩波達は大丈夫でしょう。子供にすら欲情する変態だろうと、あの凪国国王は天界でも名のある実力者。その側近達もそれぞれに死地を潜り抜けてきている猛者達よ。放っておいてもなんとかするでしょう」
「でも……」
「それより、問題はバスの方よ。行くわよお姉様」
「え?きゃっ!」
蒼花に腕を引っ張られた蒼麗は、引き摺られるようにして走らされる。
そんな二人を追いかけるように白い霧が濃度を増す。
「ちっ……どこまでも邪魔をする気ね」
小賢しい奴らだ
さて、どうしてくれよう
――姫様
忌々しげに笑った時、白い霧に混じり声が聞こえてくる。
――姫様
再度呼ばれて、蒼花は溜息混じりに答えた。
――何よ
――私達が行きましょうか?
何処に……とは聞かなかった。
ただ、蒼花は面倒くさげに答える。
――別に良いわ。私に売られたケンカは私が自分で買い取るから。それよりさっさと此処から退きなさい。
蒼花は自分の護衛役達を促す。
何時も側に居る彼等。
例え側に姿が見えなくても、必ず数人は潜んでいる。
最強と名高い、幼馴染み達で結成された蒼花の盾であり剣。
己を全ての災いから守り、何事にも煩わされず恙なく暮らせるようにと全力を尽くすことが使命。
しかし、蒼花といえどただ守られているだけではない
――姫様
――退け
再度命じると、彼等の気配が霧の中から消えるのを感じた。
今頃は安全地帯で待機している事だろう。
自分とて、出来るならばさっさと姉を連れて安全地帯に飛びたかったが、この状態では姉は死に物狂いで抵抗するだろう。
「本当に面倒な事」
「え?」
「気にしなくていいですわ、お姉様」
姉に微笑みながら、蒼花は手を振り魔の霧をなぎ払う。
霧が晴れ、姿を現わす小型バスに、蒼麗が叫ぶ。
「バスがっ!」
バスを覆い尽くすそれに蒼花が舌打ちする。
「あの馬鹿っ!」
既にあの状態では手遅れだ
「雪那さんっ!」
「お姉様っ!」
蒼麗が蒼花の手を振り払い走る先には、バスの前に立ち尽くす血まみれの男の腕に抱く雪那の姿があった。
「雪那さんを離しなさい!」
蒼麗の叫びに反応したそれが、高く飛び上がり蒼麗の背後に降り立つ。
「待って!」
今からではもう追いつけない。
勝ち誇ったように笑うそれは、そのまま仲間達と共に雪那を連れて走り去ろうとした。
「止まれゲス」
思わず聞き惚れる美声に足を止めたのが運の尽き。
白くほっそりとした腕が目の前に差し出された次の瞬間には、首をギリギリと絞められていた。
キィィィィっ!
他の仲間達が慌てて駆け寄るが、恐ろしいまで完全無欠な造形美を持つ目の前の美少女の一睨みによって、骨すら残さず灰になる。
「もとはこの山の遭難者みたいだけど、今はただの化け物か」
ソウナンシャ?
分からない。自分が何者かも分からない。
ただ、眠っている自分達に声が聞こえた。
奪え
奪い取れ
今からここに来るバスに乗る女達を奪い取れ――と
息苦しさなど何年ぶりに感じただろう。
ただ苦しくて、死の恐怖を感じて無我夢中で暴れる。
おかしい
死の恐怖を感じるなんて
だって自分はもうずっと以前にこの山で死――
バキンと音がなったのを最後に、意識は消えた。
「蒼花!大丈夫?!」
姉が自分を心配してくれる
それだけで蒼花は天にも昇るような気持ちになる。
「やっぱりお姉様は最高だわ!!」
蒼花のシスコン度が更にアップした。
「にしても、さっさと意識を取り戻してくれないかしら」
意識を失ったままの雪那を抱き上げたまま、蒼花は小型バスを見る。
「蒼花!雪那さんは?!」
「怪我一つありませんわ」
「そっか!じゃあバスの方を」
「もう無理です」
「へ?」
蒼花はにっこりと笑うと、姉の手を掴む。
「蒼花?」
「空間が崩れます。飛ばされますからしっかりと掴まっていて下さいな」
奴らも面倒な事をしてくれた。
よりにもよって、あの類い希なる霊力を持つ人間の男を暴走させてくれるなど。
そもそもきちんとした修行もしていないというのに、あれほど感情を高ぶらせれば暴走して当然だ。
一度神有一族に叩き込んで修行をさせるべきかもしれない
霊能力者や占者など、その手の者達ではその名を知らぬ者が居ないかの一族
小型バスから溢れる黒い光が魔の霧を切り裂き周囲を覆い尽くす。
音もなく崩壊していく地面に、蒼花達の体が投げ出される。
「行き着く先は地獄か、それとも――」
左腕に雪那を抱きかかえ、右手で姉の手を掴んだまま蒼花はこの狂った空間を切り裂くために力を解放した。
来ては駄目だよ
はやく此処から逃げて
ほら忘れてしまうんだ
思い出してはいけないよ
何もかも忘れて
逃げ延びるんだ
か~ごめ かごめ
誰?
気づいた時、蒼麗は暗闇の中に立っていた。
何もない何処までも続く暗闇に、常人であれば気が触れる事は間違いない。
しかし、蒼麗はその暗闇に恐怖する事はなかった。
彼女の意識は、遠くから聞こえてくるその歌に向けられていたからだ。
か~ごめ かごめ
聞こえてくる子供達の歌声
歩いて歩いて
蒼麗はその子達を見つけた
数人の子供達が歌う中、一人の小さな少女が中心でかがんでいる。
それを見ながら、蒼麗はただぼんやりと歌を聞き入っていた。
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀と滑った
うしろの正面
その時、蒼麗の背筋にゾッとした悪寒がかけめぐる。
駄目
その先を歌ってはいけない
止めようとした蒼麗が、中心に居る少女に手を伸ばす。
すると、まるで声が聞こえたように少女が顔を上げた。
それは
「雪那さん――」
茫然と呟いた蒼麗の耳に、最後の歌詞が入る。
だああぁぁぁぁれ~~!!
ミツケタ
コノコドモダ
「お姉様!!」
「はい?!」
妹の声に反射的に返事をした途端、目の前の光景が消える。
幼い雪那も何もかも消え、妹のドアップが映り込んでくる。
「蒼花?」
「そうですわ、お姉様」
「私……あれ……」
じゃあ、さっきのは夢?
「また何か見ましたの?」
「う……いや、なんていうか説明が難しいんだけど……」
そうして起き上がった蒼麗は、ふと周りの光景に眉をひそめた。
「ここは?」
見覚えのない場所だった。
周りは木々で囲まれており、周囲に道らしきものはない。
「……山?森?」
「さあ?どちらでしょうね」
「ってか……ここは現実世界?」
先ほどまで自分達を覆っていた霧が作り出した世界では、到底感じられない生気を感じる。
しかも、今は昼間なのか木々の間から太陽の光が差し込んでいる。
「少なくとも、霧の中ではないですわね」
「そっか……」
その言葉だけで、蒼麗は自分達が現実世界に戻った事を理解する。
「とりあえず一安心……って、そ、そういえば雪那さんは?!」
「そこにいますわ」
蒼花が指さす方向に雪那は居た。
緑の絨毯の様な草の上に寝かされている。
「雪那さん!」
蒼麗が慌てて駆け寄り脈を取る。
どうやらただ眠っているようだった。
「どこか休ませられる場所を捜さないと……」
「人里があると良いのですがね」
「そうだね……あ、他のみんなもいるの?」
「此処にはいませんわ。たぶん、それぞれ別の場所に飛ばされたのではないかしら」
「そんな……」
彼等を思い、蒼麗は眉をひそめる。
「まあ、生きてはいるでしょうね」
「怪我してないかな」
「あの程度でくたばるのならばそれまでという事ですわ」
「蒼花……」
手厳しい妹の言葉に蒼麗はガクリと項垂れる。
自分への優しさを、少しでも周囲に分けて欲しいと思うのは贅沢だろうか。
「えっと、とにかく人里を捜さないと」
そう言うと、蒼麗は雪那を背中に背負う。
「お姉様がそんな事しなくていいですわ!」
「大丈夫だよ。雪那さん軽いし」
アルバイトでは山小屋に荷物を運ぶ歩荷も毎年行い、百キロ近い荷物を運び上げていたのだ。
華奢な体つきの雪那を背負って歩くぐらいわけはない。
「それに、落ちこぼれだけど私も神だよ?」
そもそも神の身体能力は人間と比べて格段に高い。
崖から飛び降りても怪我一つないぐらいだ。
それに馬鹿みたいに順応力が高く、低地から突然高地に行っても低酸素脳症すら起こらない。
しかし、蒼花は蒼麗をまるで人間の少女の中でも一際か弱い存在のように扱う。
「お姉様が背負うぐらいなら私が背負います!」
「蒼花に背負わせたら私が殺されるから」
誰に?
勿論、蒼花の信望者達である
何せ、蒼花は『天界の華』と呼ばれる絶世の美姫
聡明で文武に優れ、あらゆる才に恵まれた賢姫
その上、天界中の羨望と憧れの的であり、天界上層部にとって庇護し守るべき存在である
その妹に肉体労働?
冗談ではない
天帝夫妻、他の十二王家からも溺愛されその寵愛を一身に受ける双子の妹は守られ傅かれる存在
間違っても肉体労働なんてさせられない
「お姉様ってば!私、お姉様に命じられればこの場で全裸にでもなれますのに」
「…………」
その瞬間、もの凄い速さで逃げ出した蒼麗に、物陰から二人を見守っていた蒼花の護衛役達が涙したとかなんとか。
だが、蒼麗の見事な逃げっぷりも蒼花の健脚には敵わない。
というか、深窓の姫君のくせにどうしてそんなに足が速いのかという疑問を始め、問い質したい疑問は多々あるが、蒼麗は見事に捕まった。
「お姉様、捕まえましたわ!」
「ひぃぃぃっ!」
「ふふ、雪那の命が惜しければ私から離れないで下さいな」
そんな悪役極まりない台詞を吐く妹に、蒼麗は逃げられるものなら逃げたかった。
しかし、この妹の事だ。やると言えばやる。
下手に逃げれば雪那の首が落ちる、マジで!!
そんな事になれば、榊の暴走はもはやノンストップ暴走列車。
というか、もう一人の魔王の出来上がりである。
いや、もしかしたら冥界に殴り込み、雪那を取り戻そうとするかもしれない。
まるで蛸のようにひっつき自分に甘えてくる妹に蒼麗は泣いた――心の中で。
「けど、本当に他のみんなは何処にいるんだろう」
「人間界の何処かにはいるでしょうね」
あの空間の歪みから逃げ切れた場合ではあるが――
しかし、その可能性は低い
(萩波達は……無事に逃げ延びたみたいだけど、魔王達は駄目だったみたいね)
蒼花はそっと姉に気づかれないように小さく溜息をついた。
だが、それも当然だ
魔王達はあまりにも距離が近すぎたのだ
あの小型バスに居た者達は直撃だった
何せ、姉がバスに駆けつけた際にはもはや気配は何も残っていなかった
最初の暴走で飛ばしてしまったのだろう
飛んだのではなく、飛ばした
魔界の実力者達と言えど、突然の暴走には対処しきれなかったに違いない
(悪くて狭間を漂っているか……)
まあ、一人にさえならなければ何とかなるだろうが
なんて事を考えていると、よりにもよって双子の姉が元凶たるあの男を褒め称える。
「にしても、榊さんは凄いよね。人間なのにあの霊力は中々いないよ」
「お姉様ってば……あのノンストップ暴走列車の何処を見てそう思うんですの?」
蒼花……
因みに、蒼花の中では萩波は公開ロリコン鬼畜、アルファーレンは青少年保護法違反、修は歩く延髄下半身直結男となっている。
他にもまだまだあるらしいが、説明すると長くなるからここまでにしておく。
「鬼だ」
「言っときますけど、どれほど強い力を持っていても制御出来ずに暴走させた挙げ句に他の者達を巻き込むなんて、凄くもなんともありませんことよ、お姉様」
妹の言うことは正論だった
「そ、そうだね、確かに」
けれど、神とは違い人間の場合、いくら力があるからといってもそういう方面を学ぶ場は限られている。
しかも、死ぬまで力が開花しない、気づかない人もいるぐらいだし……。
「あ、けどやっぱりあの空間の歪みは榊さんが原因だったんだね」
「勿論ですわ、お姉様。どうせ雪那を攫われそうになって暴走したのでしょうけど。それが面倒な事に空間を歪める力に作用して暴走させたというところでしょうね」
「や、やっぱり凄い」
というか、よほど榊の方が神らしいと思うのは自分だけではないはずだ。
「あ、道に出ましたわお姉様」
蒼花の言葉に蒼麗が顔を上げれば、いつの間にか木々が消え、前方に塗装された道路が見えた。更に、遠くに建物の姿が見える。
「あそこなら場所を聞けるね」
「ラブホテルは此処にはありませんけど」
「現在地だって!」
――続く
蒼花サマ最強。
大雪様、付いて行きます・・・!