愛と正義のひーろー! 7・・・さくら書く
明睡は目の前で繰り広げられる悪夢に、そっと目頭をおさえた。
認めたくない。
絶対、認めたくなかった。
悪夢に違いない。きっとそうだ。
「現実逃避してんじゃないわよ」
げしっと足蹴にされて、容赦なく現実に引きずり戻される。
激しく抵抗したものの、引きずり倒され足蹴にされれば目も覚めるってもんだ。明睡は茨戯をにらんだ。
「・・・とりあえず、足どけろ」
「あら~? そんなこと言っていいのかしらぁ~?」
にやあ~と笑う絶世の美女。振るい付きたくなるほどの美貌だ。だが、その薔薇に隠された棘は鋭くも、むごい。
・・・だいたい誰がこの美女を見て、男だと思うのだ。盟友を見上げて、こちらも優美な美貌の主は思う。
「・・・まったく、鞭が似合う奴ならここにいるのに、何だって俺のお姫様は・・・」
おとなしく守られてくれないのか・・・!
明燐には鞭より花だろう? 薔薇と砂糖細工に可憐なレース、リボンだろう!
・・・まあ、確かにカラフルなそれも似合うが、漆黒や真紅が異様に似合うのは否めないが!
むしろどこの十二歳?と言えちゃうくらいの、妖艶な身体つきだけどさ!
嬉々として鞭を振るうお姫様を見て、こういうのもありだな、とちらっと思った事もあるけどさ!
「あらぁ、あなたのお姫様だって、守りたいものがあるからじゃないの!」
ほら、ほら、オニイサマ? あなたのいもうとぎみはもっと過激な行動に出てますわよ~?
ほら、と示された方向を嫌々ながら見てみれば、愛しい妹が可愛い果堅を・・・。
いや!
幻覚だ! 俺の可愛いお姫様はあんなことしない!
あんな、あんな・・・。
誰に教えてもらったんだ、明燐!
ーーーーーーー亀甲縛りだなんてっっ!
「・・・とりあえず、戻ってこい! 明燐!」
がしっと水鏡を鷲掴み、がたがた言わせる明睡に、茨戯がため息を吐いた。
「・・・うん。とりあえず、あんたもねー・・・」
やれやれと言いたげな茨戯の言葉を受け流し、明睡は水鏡に向かって叫んだ。
「明燐っ!」
何が悔しいって、あんなに生き生きと楽しそうに「果堅」を縛り上げてる妹だ。
「誰だ、俺の可愛いお姫様に、あんな破廉恥な仕置き方法を教え込んだ奴はああっ!!!」
幻覚と分かっていたけど、その瞬間、明睡の頬に血の涙が見えた気がした茨戯だった。
「・・・元より誰より純粋で、誰より女王様だったわよ、あんたのお姫様は・・・」
そりゃーもう、十二歳とは思えないくらいの鞭捌きだったし、女王様振りだったわよ~?
ひれ伏して足蹴にされたい奴、続出。
「違あああう! 明燐はいつまでも可愛い俺の(俺だけの)お姫様なんだ!」
「・・・それ、涼雪が聞いたらなんて言うのかしらぁ・・・」
・・・茨戯が呟き、ぶちきれた明睡と茨戯が喧嘩を始め、茨戯が止めるのも聞かずに明睡が現世にやって来るまで、あと少し。
神界の凪国の王の間で、水鏡を前にそんなひと悶着があったなんてもちろん知らない、果堅率いる美少女戦隊・・・と、女王様二人。
果堅お手製のこんにゃくホワイトの衣装を身に着けた玉英と、鞭の女王・明燐サマの前で、同じく真っ白い衣装に身を包んだ雪那が、赤い縄を手に、彼女たちと顔を付き合せていた。
真剣な面持ちの雪那が、優しい顔で柔らかい声で、諭すように紡ぐ言葉の羅列・・・。
「この縄では肌を痛めてしまうわ。縛るにはこれ! 榊が選び抜いた究極の荒縄です! それにこの縛り方では愛が足りませんよ? きつく締まりすぎて痛いだけです」
にーっこり。
天使の微笑は、悪魔のいざないだった。女王様ズに縄を勧めてどうする雪那。
「この縛り方じゃ解いたときに痕が残ってしまいます。私は榊がしてくれたことなら全て受け入れますけど、まだまだ、果堅ちゃんは、そこまでに至ってないでしょう?」
にこにこ、ほんわり。
和む笑顔だ。・・・持ってるものが赤い縄じゃなかったら、ね。
木陰でお茶をしている良家の子女の内緒話なみに和やかで可愛らしい。・・・でも紡ぐ言葉は残念だ。
「・・・くっ・・・! スグ、ホシガラせてミセル!」
玉英さんたら、なんだか悔しそうに見える。
常の彼女の無感動無表情を知る人なら、驚愕ものだ。
「ええ。でも、信頼関係って大事なんですよ?」
「シンライカんケイ・・・?」
きょとん、と紅玉のような瞳を見開いて、玉英が小首を傾げた。
そんな玉英に雪那は頷いて見せた。
「相手に身も心もゆだねて恍惚のまま支配されることが、喜びとなり、やがて、相手に囚われたいとまで願うようになるのよ?」
そこに信頼がなければ、それはただの拷問ですよ? 苦痛だけが増大されて、恐怖が支配するだけ。
「・・・ゴウモン。キョうフ」
玉英がなお一層遠い眼差しになった。
はるかな過去を思い返す。地獄の方がまだましだと何度思ったことだろう。
抜け出したくて、抜け出せなくて、絶望して、けれど死ぬことすら出来なかった。
差し伸べられた、手。
離したくなかった。
「私たち」を繋ぎ止めてくれる、たった一人。
「玉英ちゃんは、そんな悲しい関係を望んではいないでしょう?」
果堅ちゃんと、めくるめく禁断の世界へ飛び込むのでしょう? そこに愛を感じるもの!
(・・・えーっと・・・雪那さんったら・・・)
「・・・アイ」
「そうです。愛と信頼が、縄であり鎖なんです」
榊が戸惑う私に、身をもって教えてくれたんです。
ね、と振り返り微笑む雪那に、榊は微笑んで頷いた。
「言い換えれば、愛と信頼があれば、縄など不要。でもそこに信頼を見出したいから、私はあえてお嬢様を縛るのです」
「ええ、榊」
にっこりと微笑みあって手を取り合った二人の姿は、まるで絵画のようだ。
・・・二人の手の中に赤い荒縄が無かったらね!
「・・・オシエテ、ししょー!」
玉英は、雪那の手をとり懇願した。しかも、なんだか雪那さんが師匠に昇格しているぞ?
その玉英のそばで、そっと目頭を押さえる明燐の姿があった。明燐にとっては(・・・立った! ク○ラが立った!)並みの衝撃だった。誰の声も耳に届かず、自分の殻に入り込んだままの玉英が。自己を守るためとはいえ、周囲から意識を切り離さなければ、すでに自死していたであろう彼女が。
初めて、兄と果堅以外を認めて自分から話をしている!
明燐は感激に震えた。
暖かい眼差しで、あやとり(・・・)をする少女二人を見つめていた。
「あ、ここをこうして、くぐらせて・・・」
「・・・こウ?」
美少女二人顔をつき合わせて、赤い縄を撫で繰り回し、あーでもない、こーでもないと真剣そのものだ。
「うう・・・ん。いつも榊に縛ってもらってるから・・・よくわかんない・・・。こう、だったかな? どうかしら、榊?」
「ええ。そこで、上から下に通して輪の中にくぐり入れるのです。・・・なかなか、お上手です。お嬢様」
首を傾げて榊に教授を頼みつつ「果堅」に縄を纏わせる雪那と、真剣な目線の玉英と明燐の二人。
「・・・コウ?」
「こうでしょうか? 榊さん」
「ええ。お二人ともお上手ですよ。縛る対象に対する、深い愛を感じます」
「ウフ」
「まあ、ほほ」
照れたように微笑む二人。
温かく見守る姿勢の、榊。
和やかだ。縄のレッスンじゃなかったら、ものすごく和むのに!
「あ! そしてこうでしたね、榊!」
「そうです。さすが、私のお嬢様!」
赤い縄を嬉々として引いた雪那。
榊の目が輝いた。
連携はばっちりだった。
「ソシテ、こウ・・・〆にギュッと」
呟きながら、玉英が赤い縄を引いた。
「むきゅううううううっ!!!」(←誰)
「玉英ちゃん、上手! 果堅ちゃん、どうかしら? さっきより締まっているのに、痛くないでしょう?」
「むきゅぅ・・・あ、たしかに」
ニコニコ顔の雪那に、素で答えてしまった、絶賛亀甲縛り体感中の果堅(←彼女でした)だった。
萩波が見たら、きっと泣く。
晴れやかな笑顔で雪那がそこに居るはずの榊を振り返った。
「・・・どうですか、榊! 雪那、上手に出来ましたよね?・・・あれ? 榊、榊ー?」
心細い声が某タワーの最上階に響いたが、答える声はなかった。
・・・答えるべき人は、約一名と絶賛交戦中だった。
いつの間にか現れた明睡が、怒りに震えながら剣を振り下ろしていた。
「・・・貴様が、元凶かあぁっっ!」
「・・・いきなり、斬り付けるとは、物騒な方ですね」
「あんな破廉恥なモノ、俺のお姫様に教え込むんじゃない!」
「失敬な! あれほど愛が深まるものは無いのですよ。それに私が縛るのはお嬢様だけです」
明睡の渾身の剣撃を、ひょいひょいと紙一重でかわす榊の姿があった。
「くっ! この、ちょこまかと・・・!」
「私とお嬢様は赤い縄で繋がっているんです」
もちろん夜になれば別のとこでも繋がりますが。
「そんな絆、叩き斬るっ!」
「私とお嬢様の赤い縄は、鋼鉄並みの強度ですよ」
何人たりとて引き剥がすことは出来ませんねー。
「きゃ、さ、榊!」
おろおろする雪那と。
「あれ? お兄様?」
きょとんとする明燐。
「・・・チヒロ、あれは止めんでいいのか?」
「わ、わわ。止めて、オウラン、止めて!」
腕を組んだまま憮然と戦いを見つめるオウランと、おろおろするチヒロの姿があった。
「やれやれ・・・」
首を振りふり、しばし剣戟を見やってから。
オウランがしゃんっと剣をいなした。
ぎりぎりと、明睡の剣を押さえつけ、剣呑な眼差しで切り込んだ。二人の間に火花が散る。
「頭を冷やせ。相手は丸腰だろう」
「こんな鬼畜、生かしておいても害なだけだ!」
吐き捨てるように言い放った明睡に、オウランはふん、と鼻を鳴らした。
「・・・貴様の上司は公開鬼畜らしいぞ」
「大きなお世話だ!」
むしろ、萩波は別格だ!
鬼畜の中の鬼畜! むしろキングオブ鬼畜なんだから! 鬼畜もあそこまで突き詰めればいっそ天晴れ!
「・・・お前、それ、褒めてるのか・・・?」
「無論!俺は王を尊敬している!命だって捧げて少しも惜しくないぞ!」
その答えにオウランはすこーし頭が痛くなった。
・・・葬るべきはどっちだろう・・・?
究極のロリコンか、救いようの無いシスコンか。
シスコン・・・ああ、もう一人厄介なのがいたなー・・・と、オウランは思った。
妹の魂を追いかけて、現世まで魔族引き連れてやってきた、非常識な奴が。
「害、か。だが・・・あの技術、技量は一考察の価値がある」
とりあえず・・・榊と言ったか? 奴が俺に教授し終わってから、煮るなり焼くなり好きにしろ。
「貴様・・・!」
「何。そいつの言うとおり、俺が使う相手もたった一人だ」
「・・・もしもーし。誰に使うツモリデスカー?」
チヒロが棒読みで呟いた。激しく逃げなきゃいけない気がする・・・。何だろう、この悪寒。
こっちを振り返り、にっこりと笑ったオウランの口元が、いじわるく上がったのをチヒロは見た。
「・・・オ・・・オウラン?」
「愛が深まるそうだ。・・・楽しみだな?チヒロ・・・」
ぺろりと赤い舌先が唇をなぞるのを見て、チヒロは遠い目をしてしまった。
とりあえず、榊の命は守られたようだ。
・・・ちなみに。
「ウフ。ウフフ。かじゅ・・・カワイイ」
「んんーんんんんー」
絶賛亀甲縛り体験中の果堅は、いまだに玉英の腕の中。
玉英プレゼンツの濃厚な口付けと、淫靡な指使いで腰が砕けていた。
・・・あれ?
萩波、間に合わなかった・・・?
いえいえ。
はるか階下から、駆け上る足音が聞こえて来た。
だんっ! と地面を踏みしめる音と共に、萩波が現れた・・・が。
前屈みでその場にくず折れた萩波の姿を、明睡でさえ予想できなかった。
「しゅ・・・王っ!」
血相変えた明睡が見たものは。
己が主が掲げた右手。
その親指は紛れもなく、びしっと天を指していた。
「玉英・・・よくやった・・・!」
・・・萩波。
・・・称えて、どうする。