愛と正義のひーろー!6・・・さくら書く
その瞬間、世界の破滅の音が鳴り響いたのを、始原の天使は耳にした。
「アズラエル・・・」
「・・・なんだ」
頭ふりふり、修は半身の名を呼んだ。頭が痛い。
倣岸不遜な半身は、顔色ひとつ変えやしない。
・・・何ってふてぶてしい奴だ。
「・・・本当のことを言われちゃ、凪国国王と言えども傷付くだろー?」
・・・何気に修も、失礼だった。
「・・・とりあえず、貴様ら、死んでくるか?」
凪国国王が真顔で冷笑しながら、真剣をすらりと抜き去った。
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三人が切った張ったをやっている間、遠めに浮かぶ果堅を見上げていた美少女たち。
「ここはやっぱり、美少女戦隊の出番だと思うの!」
わくわくした顔でチヒロが恵美と雪那を振り返った。
「明燐さんと玉英さんに歯向かうってこと?」
あの女王様ズに?
理恵の脳裏を、厳しいお色気レッスン講座「女王様への道!」が過ぎった。
あの俊敏の鞭使いに歯向かうって・・・? あの・・・? 理恵の背中を冷や汗が伝う。
「それは、無謀も良いとこ無謀じゃないかと・・・」
理恵はとっとと尻尾を巻いた。
無理。かなり無理。
高笑いする明燐。暗躍する玉英。とてもじゃないが、太刀打ちできない。
「えー、でも、きっと果堅ちゃんと明燐さんたち、私たちの熟練度を試しているんじゃないかなー?」
チヒロが小首を傾げて見せた。
それに恵美がこくこくと頷く。心なしか、頬がばら色だ。
「え、恵美・・・?」
「特訓の成果を見せるときよね!」
「明燐さん、きっと、私たちの訓練の成果を見たいんじゃないかな?」
・・・いえ、訓練って、お色気攻撃しか習ってませんけど。
むしろお色気攻撃以外、教わっていませんけど!
理恵が待ったを掛けるも、チヒロと恵美は呼吸もばっちり叫んでいた。
「「何てったって、ワタシタチ、愛と正義のひーろーですから!」」
ねー。
と小首かしげて頷きあう美少女は可愛い。そりゃもう眼福物の愛らしさだ。
・・・ただし発言はものすごく残念だ。
チヒロの傍らで宙を見上げて大きくため息を吐いたオウランの姿がやるせなかった。
「オウランさん、あなたも止めなさいよ!」
「無理だ。ああなったら、チヒロはとまらない」
「じゃ、レミレア!」
「無理」
「そんなあ・・・」
恵美とチヒロの気合の篭った発言に、誰も静止をかけられなかった。
チヒロを止めるべきオウランは傍観に回り(チヒロ良ければすべて良し)、レミレアは恵美を止める気なんぞさらさら無い。むしろ楽しそうだなー、とわくわくした目線を送っている。
なんか、大型犬の尻尾が見える。遊んで遊んで、と振られているのが見えるようだ。
「・・・レミレア・・・」
そして・・・恵美を止めるべき保護者は、今も、萩波と戦っていた。
魔王様! と理恵が振り向いても、アルファーレンは萩波であそん・・・いえいえげほげほ。
「じゃ、じゃあ、雪那!」
最後の良心とばかりに、理恵が声をかけたは、七宮家の野菜姫。
雪那は彼方の果堅を見て、何事かを考えてから理恵を見た。
「・・・ちいちゃんと恵美ちゃんを止めることは出来ないと思うわ、理恵ちゃん。私たちも行きましょう? それに、あの縄の使い方には、明燐さんに一言申し上げたいと思うの。ね、榊」
雪那が小首を傾げて傍らの榊を伺った。
「そうですね、お嬢様。明燐殿は類まれな鞭使いですが、縄の扱いには少々甘さがあります」
榊が顔色ひとつ変えずに話している。
それにうんうんと頷いて。
「やっぱり。あれじゃ跡がついちゃうわ。良かったわ、榊、私でも明燐さんに教えてあげられることがありそうで」
「も・・・もしもーし?」
何を明燐に伝授する気なの、雪那さんっ!
目を白黒させる理恵の背後で、始原の天使と天界の王の戦いは熾烈を極めた。
目にも留まらぬ剣戟。
その合間を縫って耳元で行われた消耗戦。・・・主に萩波の気力をそぐため、天使と堕天使は結託した。
・・・いつもそれぐらい意気投合していればいいのに・・・。
「・・・ふ。図星を指されたからって、八つ当たりとは・・・」
・・・青いな。
蒼銀の髪の美丈夫が鼻でふ、と笑った。
「ああ、青い」
短く刈られた黒髪の、精錬な美貌の主も意地悪く微笑む。
その二人の眼差しにむっとしたように眉を潜めて萩波がかえす。
「訂正なさい。果堅が待ち望んでいるのは、私です」
だが、その言葉にも、ふっと笑った二人。
「「大根だろう?(だよな?)」」
「・・・くっ・・・」
「この間、ウサギに大根の着ぐるみ着せて、うっとり見つめて、でろでろになってたぞー」
真っ赤に蕩けたあんな顔、まさに恋する乙女だったなぁ・・・と、思い返す修。
ちなみにその子ウサギは、真っ白な雪のような毛皮に真っ赤な紅玉のような瞳を持つ美獣だった。
果堅が誰かに見立てていたことを知っているが、修は口にしなかった。(・・・教えてやろうよ・・・)
「学校の校庭に農地を確保させてほしいと、理事長室まで直談判に来たぞ」
・・・とは、アルファーレン。
「果堅が農地を耕すのはいつものことです」
つんと明後日を向いた萩波だったが、アルファーレンは追求をやめなかった。
「・・・しっかり握った両手には、「実録、アイドル大根のすべて! あなたもこの種を植えれば大根とラブラブに!」・・・とあったが・・・?」
目を細めて、どうだとばかりに流し見る。
・・・まあ、その本の影に「実録、大根武者のすべて!」と言う本もあったがな・・・。
この世界では大根を毎日食べ続ければ、いざと言うとき大根の精霊が、主を助けに来てくれるのだそうだ。
この世界に来てから、恵美の授業時間、暇をもてあましていたときに読んだ本にはそんなことが書かれていた。(※魔王様、徒然草読破)
何の気なしに果堅妃に差し出した本。
「信じ抜けば、大根の精霊さんが・・・!!!
あの時の果堅妃の真剣さ。
一体誰に、大根を毎日食べさせるつもりだったのか。
・・・まあ、あの王妃と、こいつを見ていればおのずと分かるもの。
お互いを思いやるばかりに、空回りする彼ら。
魔王は二人のすれ違いっぷりを歯痒く思っていた。
だが、ここで明確な助け舟を向かわせないのが、彼なりのひねくれた友愛。
雨降って地固まるを実践し実現させた魔王閣下は、彼ら二人の絆を信じているのだ・・・。
「・・・理事長室で延々二時間、いかに大根がすばらしいか、いかに大根が麗しいかを懇々と諭されたぞ」
おかげで恵美との逢瀬が短くなった。
あの日は理事長室に恵美を呼んでいたのに・・・。
「・・・キスしか出来なかった」
あんなこともこんなこともする気満々だったのに。
学校の一室と言うのがスリルと羞恥をもたらす最高のスパイスなのに。
・・・八つ当たりってこれ。な事を言い募って、萩波を煽るアルファーレンだった。
「・・・お前、まさか校舎で恵美に不埒な行いを! 俺も混ぜろと言っておいただろー!」
叫ぶ修。
「・・・誰が混ぜるか」
憤るアルファーレン。
「ーーー大根になど負けません!!!」
萩波はタワーに向かって駆け出した。
「ことごとく負けていると思うのは私だけか・・・?」
「俺こないだ、果堅の、大根心の恋人宣言聞いたんだけど?」
「今行きますからね。果堅っ!!!」
萩波の背中を満足げに見、修は、傍らの半身を流し見た。
「・・・アズラエル、煽らなくても良いだろうに」
「あれぐらい言っておかねば奴は動かん・・・しがらみ、制約、その身に受けたモノは、私よりも業が深い」
「何度生まれ変わっても、愛するものはたった一人なのに、な」
分かんない輩が多すぎる・・・。
「神と言えども、ままならん」
昇華した我らは幸せなのかもしれん。
「愛する者のそばに、姿かたちが変わろうとも、その魂の元に、こうして在れるのだから」
我らは、紛れもなく、幸せなのだ。
その呟きに修、スルーシは頷いた。
「・・・ああ、そうだな。俺たちは幸せだ。またあの子に会えた」
「・・・だが、恵美は譲らん」
「ふん。必ず、振り向かせて見せる」
そんなことを言い合って、さあ、愛しい娘を腕に抱こうときびすを返した。