1.逃げるは怖いが役に立つ
逃げるという言葉にどんな印象を持つか。
逃げるは恥だが役に立つという言葉もあるが、基本的にはあまり良い印象は持たれない。
逃げずに立ち向かう、逃げずに頑張る。
逃げないという行動は基本どこへ行っても評価されるし、その姿を見る者には美しく見えるし、逃げない者が輝かしい将来を得るのだろう。
逃げない事こそ正義、逃げる事は悪なのだ。
でも本当にそうだろうか。
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それは一瞬の事だった。
先生の怒声を背負いながら逃げるように廊下を駆ける。
目指すは正面玄関。
興奮していたせいだろうか。
前へ前へと運ぶ足の片方が滑ってしまった。
「あっ」
咄嗟に手をつこうとするが遅かった。
額に冷たさと衝撃が走り、視界が真っ暗になる。
「いてててて.....」
高校生になって頭からずっこけるとか滑稽にも程があるだろう。
授業が終わった瞬間に飛び出してきたのでまだ他の生徒は来ないだろうが、もしもということもある。
こんな無様な姿を見せるわけにはいかない。
そう思い、未だにジンジンする額を抑えながらゆっくりと起き上がろうとする。
「あの....大丈夫ですか?」
「え?」
おいおい、嘘だろ。
他の生徒に見られてるじゃん。
しかも声からするに女子。
え、いつから見られたの?もしかして教室から飛び出してきたところから?いやいやそれは流石に....。
「あのー、ほんとに大丈夫ですか?頭も打ってたみたいですし...」
優しい。
けどその優しさが俺には毒なんだ。
恥ずかしさで死にそうなんだ。
とりあえずこれ以上心配をかけるわけにはいかない。
俺が惨めになるだけだからな....。
「いやー、廊下でどれくらい早く走れるか知りたかったんですけどねえ...俺の足に廊下がついてこれなかったみたいですね!!はっはっはっ。決して!!決して!!うっかり転んだとかそんなんじゃ.....」
苦し紛れの下手くそな言い訳を早口で捲し立てながら俺を覗き込む女子へと顔を向ける。
その瞬間、言葉が出なくなる。
言い訳が惨めになったからとかそういう理由ではない。
流れるような黄金の髪。透き通るような碧眼。そして黒光りした鉄の鎧。
明らかにうちの高校の生徒ではない少女が少し驚いた表情を浮かべ立っていた。
それだけではなかった。
ありきたりの窓と教室に挟まれた廊下は中世風の街並みに変わっている。
寂れた廊下からは想像もつかないほど多くの人波が俺を通り過ぎていく。
はっきりと分かる。
ここは俺がさっきまでいた高校ではない。
「....病院に連れて行ってあげた方がいいのでしょうか....」
おい待て。
確かによくわからない言い訳をしたとは思う。
だからと言ってそんな可哀想な目で見ないでくれ。
全然正常なのに頭打っておかしくなったのねみたいな顔をしないでくれない!?
「い、いや!!大丈夫です!!!」
「......ほんとですか?」
信用して貰えていない。
美女にあたおか認定されるのは心が痛みまくるが...。
「ほんとに大丈夫なんで!!心配してくれてありがとうございます!それではっ!!」
「あ、ちょっ....」
痛む心を抑えて無理やり笑顔をつく凛そそくさとその場を後にする。
呼び止める声が聞こえた気がするが気にしない。
所詮は見ず知らずの他人。
顔は合わせたが、お互い名前すらも知らない。
一回別れてしまえば二度と会うこともないだろう。
勿論、美女に病院に連れて行って貰えばそこから経過を気にして会う機会が増えて恋心が....みたいなのも期待しなかったわけではない。
でも、よく考えてほしい。
そんなの漫画やアニメの話である。
普通だとか落ちこぼれだとか言ってる割にはみんなイケメンだし声も良い。
それに比べて俺はどうだ。
パッとしない顔、パッとしない声。
こんなのがどうやってラブロマンスするって言うんだ。
自分で言っていて悲しくなってくるがな。
「ん?見慣れない服装に黒髪.....もしかしてっ!!」
背後に響く声に現実に引き戻される。
振り返ってみれば何とびっくり!!
凄い勢いでさっきの金髪美女がこちらへ走ってくるではないか。
え、ラブロマンス始まっちゃうの!?
こんな冴えない男でも始められちゃうの!?
漫画やアニメのような世界に来たら顔とか声も関係なく薔薇色ライフがお約束されちゃうの!?
いやー、困っちゃうなぁぁぁ。
デートとかしたことないし、それどころか女子とまともに話したこともないし。
シャキッ
「え?」
頭お花畑状態の俺を襲う首筋の冷たい感触。
何となく嫌な予感がする。
恐る恐る目だけ動かし、感触の正体を探る。
間違いない。
銀光りする鋭い刀身。
アニメでしか見たことのないような長剣がすぐそこにあった。
え、俺殺されちゃうの?
待て待て待て待て待て待て。
全然状況が飲み込めない。
首筋に長剣の存在は理解した。
理解できないのはその持ち主の表情だ。
さっきとは打って変わって険しい。
それだけではない。
可哀想なものを見る目が大したことないように思えるほどのゴミを見るような目。
え、この短時間に何が!?
「王宮から王族代々伝わる秘宝が盗まれたと聞いたから情報を頼りに街を散策していましたら....まさかこんなに簡単に見つかるとは」
え、王族?秘宝?
何それ初耳なんですけど
「あ、あの.....何の事だか....」
「嘘はやめてくださる?」
「ひっ......」
首に添えられた刀身が少し押し込められ微かな痛みが走る。
どうやら言い訳は彼女を怒らせる原因にしかならないらしい。やっぱり冴えない男にラブロマンスなんて始まるわけはなかった。それどころかあらぬ疑いをかけられてしまっているっぽいぞ.....。
仕方ない。
おさまれ、足の震え。
落ち着け、心臓のドラム。
冷静になれ、俺の頭脳。
ここで失敗したら待っているのは間違いなく死。
やりたい事も彼女もあるわけではないが、だからと言って死にたいわけではない。
だから........。
「逃げろおおおおおおおお!!!!!!」
初めまして。
完結を目指して頑張って書こうと思います。