第1章妖怪飛脚 YOSIWARA妖怪事情1
妖怪編
YOSIWARA妖怪事情 1
ジパングの妖怪について考える時、この話のジパングの年号、つまり我らの年号である「天冥年間」がスタートした時期から、一世紀ほど前、ようやくオランダが独占した貿易が始まり、その頃、紅毛人がYOSIWARAの土地で引き起こしたドラゴン事件、つまり紅毛人のヨーステンと呼ばれた男が引き起こしたドラゴン事件について、我々は語ることを忘れてはならない。
というか、今思うに、三百年続いたEDO時代というのは、いつの時期を取ってみても常に妖怪の話題で騒然となり、三百年のEDO時代の終わりに至るまで、数知れない妖怪事件が起こった妖怪の時代だった訳であるが、三百年のEDO時代の妖怪騒動と呼ばれるもののキッカケは、その妖怪まみれの時代の起源は、このヨーステンと呼ばれる人物がYOSIWARAで引き起こしたドラゴン事件にあるというべきである。
ヨーステンのドラゴン事件以降、ジパングの妖怪は、確かに変わった。いろんな意味で。
三百年のEDO時代より前、ジパングには、独自の神代から数千年脈々と続く独特の長い歴史というものが確かにあった。妖怪たちも、三百年のEDO時代を超え、遙か昔、神代からのジパングの歴史とともに数々のエピソードや事件が、妖怪ついて、英雄、悪者との関わりについて語られてきている。
ところで、紅毛人のヨーステンと呼ばれる人物が、我々の物語の時代「天冥年間」、から遡ること百年まえ、ジパングの鎖国の始まりの頃YOSIWARAでドラゴン事件を起こしてから、丁度その頃から日本人の持つ妖怪たちのイメージは、変化を起こし始めた。
「天冥年間」には、もう、古来の日本の妖怪たちと、三百年のEDO時代の内のこの物語の「天冥年間」妖怪たちとを比べて、「天冥年間」の人びとてさえも、両者を全然違う存在として、違う本質を持つ存在としてみるようになっていた。