第8話「決闘 Ⅲ 」
「君の居る場所はもうわかった! これからは俺が攻撃する番だ! うおおおおお!!」
チェリードとマルーサの状況は形成逆転、一気にチェリード側が有利になった。
流れを自分のものにしたチェリードは、殴られた衝撃でよろけているマルーサに渾身の一撃を食らわす。
「がはっ!」
腕を後ろまで引き寄せて、勢い良く放ったその拳は腹の溝に痛快に直撃した。面白いほどに体が吹き飛んだマルーサに向かって走り、更なる追撃を食らわした。
「…………ッ! ハッ! フッ!!」
「ぐっ! うぐっ! がはっっ!」
一発一発に力を込め、チェリードは胴体を殴り続けた。一方、抵抗すらままならないマルーサはただ彼の攻撃に耐えることしかできなかった。
「……クッソ……こんなはずじゃなかったのに!!」
チェリードの拳を手のひらで止めて、拳を振り払ったマルーサは、反撃しようとチェリードに拳を向けた。
「オラアアアアア!!!」
「『防御壁』!」
しかし、大きく拳を振りかぶったのを見て、チェリードは咄嗟に「防御壁」を展開、タイミング良く攻撃を防ぐことに成功した。
「チッ……ダメか…………!」
マルーサは悔しそうな顔を浮かべていた。能力が圧倒的に劣っているチェリードに押されていることにとてつもない憤怒と苛立ちを覚えた。
「俺も……負けっぱなしは嫌だッ!」
マルーサはチェリードの方を睨み付けながら離れた。そして、
「〈中級炎魔法〉ッ!!」
怒りに身を任せ、前に繰り出した火の玉を優に超える大きさの火炎球を生成し、乱暴に投げるようにその炎の魔法を放った。
「くっ……! 負けるか!!」
巨大な火炎を前に、チェリードは一瞬怖がりながら、左手に力を込めながら「防御壁」を展開した。
熱い、熱い、熱い。先程とは比べ物にならない程の熱さだ。障壁から漏れ出す熱を痛いほど肌で感じながら、彼の体は徐々に後ろに下がりつつあった。炎の勢いに負けてしまいそうだ。
(くっ……このままじゃ…………!)
足が地面を擦って、後退している。防御壁を展開し続けている腕が震え始めている。だんだんと力が入らなくなっていく。そして、熱さも共にどんどんと高くなっていく。
(でも…………)
足に力を入れ直し、
(こんなとこで負けるわけにはいかないんだ!)
「うおおおおおおおおお!!」
チェリードは防御壁で押し返し、巨大な火炎球を振り払った!
「なに!?」
渾身の魔法を防いだ彼を見て、マルーサは動揺していた。
「はあああああ!!!」
その時、
沈みかかった夕日がチェリードの瞳を燃やした!
「食らえ!!」
防御壁を展開したまま、マルーサに一直線に走った。そしてチェリードは、左腕を右側に振りかぶり、そして、
「『シールドバッシュッ』!!」
凪ぎ払うように繰り出された防御壁は、マルーサの体を思いっきり吹っ飛ばした。その体は放物線を描くようにフィールドの端から端へと飛んでいった。
「ぐはぁッッ!!」
「はぁ…………はぁ…………」
(なんだ……? 今の感覚…………体が勝手に動いて……「シールドバッシュ」ってなんだ…………?)
「シールドバッシュ」。彼は無意識にそう言っていた。あの一瞬、彼の瞳は確かに燃えていた。流れに身を任せ、自然と体が動いたあの瞬間、彼は激昂状態になっていた。
ギャラリーも彼の攻撃を見てざわついていた。しかし、
「…………はぁ………………はぁ…………」
マルーサの様子を見て、皆固唾を飲んだ。
マルーサはまだ意識があった――――いや、もう気絶寸前かもしれなかった。俯きながら、ただ呼吸音だけが静かにこの場で聞こえていた。
「これで…………俺の勝ちだ」
この時、チェリードも疲弊していた。微かに腕に火傷の跡が付いているのを少し見つめて、両手を地面に付け俯いてるマルーサの前に立った。
フィールドの真ん中、風と共に刹那の静寂が訪れる。そして右の拳を振り上げた。
「これで、終わり――――」
「スパラアアアアアアアアアアァァァァァァァ!」
怒号のような雄叫びが校庭を響かせた。
そして次の瞬間。
ガシィィィン!!!
足首に激痛が走る。まるで何かに噛まれたような痛みが走る。
「アガァッッ!!」
(なんだ……これは!?)
恐る恐る足元を見ると、そこにあったのはトラバサミだった。鉄製のトラバサミが彼の右足首をガブリと噛んでいた。チェリードは急いで取り外そうとするが、その牙はしっかり噛み付いており、到底外すことなどできなかった。
ふと、視線を感じた。バッと後ろを振り返ると、杖を持ったスパラが申し訳なさそうな顔でチェリードを見つめていた。
「……フッ…………フフッ…………フーッハッハッハッハ!!」
マルーサは笑った。とんでもない声量で、高笑いをしていた。まるで今まで企んでいたことが成功したかのような達成感に満ち溢れていた。
「この時を……! この時を待ってたんだ……!」
「ぐっ! なんだと……!?」
「何のために! 俺が『ルール』を作ったと思ってんだ…………?」
「!!」
「お前が作るとロクなことにならないからな……それもこれも全部! この時のため!!」
彼は今気づいた。なぜマルーサがわざわざルールを作ったのか。たった今、それが理解できた。
チェリードは、負けていた。決闘が始まる前から、既にチェリードは負けていた。
そして、勝ち誇ったような笑みを見せながら、マルーサは言った。
「さあ、俺の本当の固有能力を見せる時!!」
「なに!?」
「『隠密』はラハークの固有能力だ! わざと俺が使ったように見せて、俺の固有能力を隠すために利用させてもらったぜ…………」
「ッ!! ちくしょう!」
何もかもが、相手の思う壺だった。全てはあの三人のシナリオ通りに動いていた。闇に消えていく夕日が、チェリードの終わりを啓示するかのようだった。
「さあ、いくぜ」
また、あの時のように詠唱をし始めた。
「闇よ。深き闇よ。穢れに穢れた悪魔に私の力を捧ぐ。大地の恵みを奪い、生きるを糧とする生き物に偉大なる死を。全てを飲み込み、大地をも飲み込まんとするこの黒魔術に、我に、豪快なる勝利を」
あの時の詠唱が、今度は最期まで言い切ることができてしまった。あの時の思い出がフラッシュバックした彼は、一気に鼓動が早まった。ついには動悸まで起きるようになってしまった。
そうこう言ってる間に、詠唱が終わってしまった。
「食らえ、必殺魔法!!」
マルーサの方を見ると、いつの間にか片腕を天に差し出し、そしてその手の先にはには黒い球体状の物体が存在していた。そして、
「〈上級闇魔法〉!!!」
最初は小さいただの黒い魔法弾だった。しかし次第にその大きさを増していった黒い物体は、チェリードの目の前に来た時には、チェリードを軽く飲み込んでしまうほどの大きさにまで増幅していった。
その様子は、まるでブラックホールのようだった。
チュドーーーーン!!
地面を抉り取りながらブラックホールはチェリードの体に着弾した。
今まで聞いたことのない音を発しながら魔法は命中し、爆発した。辺り一体は衝撃波で枯れ葉や砂ぼこりが舞った。
あまりの規模の大きさにギャラリーにいた生徒が戸惑っていた。
「ねえこれ大丈夫?」
「やりすぎじゃね?」
「あいつ、死んだな……」
皆が心配しているなか、この爆音に校内にいた人も気づいた。
そして数分後、偶然校舎にいたライナー先生が校庭へと駆けつけた。
「チェリード君!!!」
彼の声を叫びながら先生は近くへ駆け寄ろうとした。
しかし、
「「「!!??」」」
無傷だった。傷一つ付いていなかった。
確かにあの黒い魔法弾はチェリードの体に直撃した。マルーサ含め、その場にいた全員が彼の被弾する瞬間を目撃していた。
しかし、傷一つ付いていなかった。いや、むしろ先程まで負っていた火傷の傷すら失くなっていた。なぜか彼の体は戦う前のような完全に回復されていた状態に戻っていた。
しかし、彼の瞳は充血しているかのように紅く染まっていた。紅に染まったこの瞳はどこを見ているのだろうか。
「………………」
「チェリード君!! チェリード君!!」
先生が慌てて肩を揺さぶりながら必死に声をかけている。顔は強張らせ、余裕の無い声になっていた。
「――――――――ハッッ!!!」
先生の必死の叫びは無事チェリードに届いたようだった。正気を取り戻した彼は、状況は把握するために周りを見渡した。
マルーサは驚きすぎて腰を抜かしていたようだった。ラハークとスパラは不安そうな目で彼らのことを見ていた。ギャラリーはこの状況を見て唖然としていた。
「大丈夫!??」
先生は涙目になりながら尋ねた。
「は、はい、大丈夫です…………」
「ねえ、何があったの? 私に教えて?」
先生はただ真顔でこちらを見つめていた。しかし、目元は少し赤くなっていた。
「すいません……よく覚えていなくて」
まだ混乱していたこともあって、チェリードはあの時の状況が未だに思い出せなかった。彼は魔法が当たるその瞬間、赤い何かが目の前に現れたのを最後に気を失っていた。
「とりあえず、今日は早く帰って休んでね? 明日話を聞くから」
「は、はい…………」
先生はチェリードにそう言った後、この場にいる全員に向かって、
「今日のところは、みんなも早く帰ること! わかったかな? みんな?」
と、先程までとは一転、明るく振る舞いながら質問した。
「「「は、はーい!」」」
先生の切り替えの早さに戸惑いながら、ギャラリーは先生の指示通り一斉に下校していった。時は既に夜を迎えていた。
そして、チェリードと三人も、先生に怒られた後、少しだけ話をしてから帰った。
「――――なあ」
「――――ん?」
「どうして君は俺のことを虐めるの?」
「………………」
「ねえ、どうし――――」
「うっせーな黙れよ!!」
「!!!」
「…………チッ、はぁ…………」
「あ…………」
マルーサは彼に怒鳴った後、溜め息をついてそそくさと帰ってしまった。スパラとラハークもそれについて行くように彼の後を追った。
「……帰るか」
そう呟いて彼も帰った。
家へ帰る途中、痛みと共に決闘の時の傷が戻っていたことに気づいた。そして、それとは別に焼けたような痛みが後からじわじわ押し寄せてきた。
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「リド君おかえ――――どうしたのその傷!!」
チェリードが家の扉をガチャリと開けると、母親のケネルが夕飯の準備をしていた。たちまち彼の姿を見ると、ケネルは顔色を変えて、彼の元へ近寄った。
「今日は特にひどいじゃない!! 一体何があったの!?」
「いや……なんでもないよ…………」
「なんでもないわけないでしょう……! どうして私に話してくれないの?」
「――――ほんとになんでもないんだ」
傷の手当てもしないまま、リーナとすれ違うように階段を上って自分の部屋へと向かった。
「ねえ、お母さん。リドは何であんな風になってるの?」
「それがわからないのよ。喧嘩にしては傷が大きすぎるし…………リーナこそ、何か知らない?」
「んー、クラスが別だからわかんないや」
「そう…………」
(……なんで、俺はこんなに不幸なんだろうな……)
なぜこんなに不幸なのか、彼は考えてみた。転生する前の出来事が関係するかもしれない、と思ったところで結局元々記憶喪失だった彼には何も思い出せなかった。
夕日はとっくに沈み、明るい月が夜空に浮かんでいた。そんな月とは裏腹に暗い気持ちになっていたチェリードが自分の部屋に入ると、なぜかそこにいる父のローディが窓から見える月を儚げに見ていた。
「お父さん?」
「………………」
「お父さん??」
「うおっ」
「なんでこの部屋にいるの?」
「いや~…………特に何もないよ」
そう言うとローディは焦っている様子を見せながら部屋を出ていった。
丁度部屋から出ていくときに、ローディが何かの本を持っていることに気づいた。
(なんだったんだろう…………)
なぜここに父親がいたのかよくわからなかったが、疑問より眠気が勝った彼はベッドに寝転んだ。
(今日は、なんだかよくわからない一日だったな……)
体から染み出すように溢れ出る疲労が彼を夢へと誘った。
マルーサ・ケルセン
固有能力「上級闇魔法」
闇属性魔法の上級魔法を初めから使用できる(本来は習得するのにかなりの時間がかかる)。闇魔法のエネルギーを球体状に変形、圧縮し、それを投げ飛ばすように魔法を解放することでダメージを与える。
スパラ・チビャス
固有能力「罠:トラバサミ」
トラバサミのような罠を仕掛けることができる。発動はその人が自由に行うことができ、発動すると、地面に設置した罠が対象の足をガチンと挟む。
ラハーク・ハート
固有能力「隠密」
自分の魔力を消費し、自分を姿を透明人間のようにその場にいる全員から見えなくすることができる。また、姿を見えなくすると同時に、自分の足音と影も消すことができる。訓練次第で、特定の相手だけに使用することも可能。