第63話「勇者、参上」
「暗黒の騎士、ヴァルトールよ! 今日こそお前を倒すッ!!」
『全く……懲りない奴だな、貴様も』
古びた鞘から聖剣を抜き、高らかな声で勇者は言う。
「父上……! ――――っ、来てくれたんだ……!」
「デセリン、離れるんだ。さあ」
「はい!」
……しかし勇者は今、一人の息子を持つ父親としての一面もある。
彼は父の優しさでデセリンを逃がし、父としての、そして勇者としての威厳を騎士にぶつける。
『――――あの決闘から十五年。十五年も経てば子も生まれるか…………』
「さあ、勝負といこうじゃないか、ヴァルトール!」
『あぁそうだな…………では行くぞッ!!』
そして、両者は長きに渡る勝負に終止符を打つため、互いの正義の剣を交える。
「はあああああッッ!!」
『フンッ!』
光と闇のように決して混じり合うことの意志をぶつけ、両者は拮抗する。互いに譲れないもののため、必死に戦っているのだ。
――――かつて、父親が語ってくれた。残虐非道、冷酷極悪の暗黒の騎士と戦ったと。しかしその心ほ真っ直ぐで、戦士としての心は気高くあったと。
「ヴァルトール! 今まで犯した残虐、その命で償ってもらおう!!」
『断る! 我にはまだ生きねばならぬのだ!』
更に戦いは苛烈を増す。
他の一切を引き付けず、二人の戦いは苛烈を増していく。
今目の前にいる極悪を倒すため、今目の前にいる因縁を倒すため、二人はぶつかり合った。
「す、すごい…………」
「っ………………」
遠くで繰り広げられている戦いを、デセリンとジェイルはただ、指を咥えて見ていることしかできなかった。
(見えた!)
――――この一撃で、全てが決まる。
勇者は全神経を集中させ、終わらせるための準備を始めた。
「〈聖楔〉!!」
聖なる十字架に、共に光輝く四の楔が打ち付けられる。共に磔にされた暗黒の騎士は、稀有な危機感に襲われ無我夢中にもがく。
『!!』
「これで終わりだッ!」
そして、勇者はその一撃に全身全霊を懸けた。
「〈天・禍・災・光〉ァァ!!」
分け与えられた数多の命を光へと変化させ、聖なる輝きを放ちながら騎士に向かって一筋の光は剣先から放たれた。
『グオオオオォォ…………!!』
不死と謳われた身体は朽ち果て、暗黒の騎士は初めて死への恐怖を感じた。
(これが……死への畏れ…………これがぁ…………!)
ただ崩れていく自分を見ながら、ヴァルトールは死を受け入れながらその姿を灰へと変えた。
こうして、突如現れた勇者の手によって暗黒の騎士は討伐された。
「大丈夫か、デセリン」
「はい……!」
「ハハ、どうしたデセリン。泣いてるぞ」
「いや、だってまさか来てくれるとは思わなくて…………」
寮に入ってから、長らく叶わなかった父親との再会。それが今実現したことに、デセリンは頬を濡らす。
「あがっ、痛えぇ……」
「あ、チェリード! 良かった、無事で」
そしてすぐに、とばっちりを食らったチェリードもようやく目を覚まし、事態は収束へと向かっていく……
「うぐっ!!」
「チェリード!?」
突然、チェリードが頭を抱えながら悶え始めた。
「ぐあああぁぁ…………」
「!?」
ふと左腕を見ると、漆黒の炎が彼を覆おうとしている。その炎はどす黒く、濁っていた。
そんなことも気づかずチェリードは苦しみ、ついには倒れ、痛みから逃れようと足をバタバタと動かした。
そして炎が消えると、
「…………あれ?」
先程まで暴れていたのが嘘のようにじたばたするのを止め、けろっとした表情のまま立ち上がった。
「チェリード、大丈夫かい!?」
「え、いや、全然大丈夫だけど」
「え?」
あまりに突然のことで戸惑っていると、チェリードは何やら左腕に違和感を持っていることに気づく。
見てみると、手の甲から肩にかけて紅色の紋章のようなものが薄く浮き上がっていた。
「なんだコレ?」
「こんな紋章初めて見た……模様から察するにこれは――――」
「まあナンともないし、大丈夫だろ」
「…………」
特別気にしていない様子のチェリード。それに対してジェイルはただ彼を睨むばかりだった。そしてデセリンは彼の声の調子がおかしいことに気づいたが、気のせいだろうと特に気には止めなかった。
「大丈夫かい? 君」
「え? まぁ……あなたは?」
「僕はロイド・フリーツ・ワーグナー。元勇者であり、今は父親でもある」
「え!? 勇者!? てか、デセリンの父親!?」
ロイドの言葉を聞いて、チェリードは二つの意味で驚いた。一つはデセリンの父親であること、もう一つは彼の父親が勇者であったこと。
「あはは……言い忘れてたんだけど、実は僕の父親は僕たちが生まれる前まで活躍してた勇者なんだ。そうですよね? 父上」
「こらデセリン、恥ずかしいからやめなさい」
「えへへ……」
デセリンはロイドに頭を撫でられ、無邪気な子供のように笑っている。
「勇者ロイド、先程は助けて頂き誠にありがとうございます」
「おやおや、君まで…………ところで君たちの名前は?」
「チェリード・ドブライです!」
「ジェイル・チェーンゾナーです」
「そうか。ならチェリード、ジェイル、それからデセリン。君たちに頼みがある」
そう言うと、ロイドは後ろに広がる凄惨な町の風景を指差した。
「さっきこの騒動の主犯を倒したけど、国中はまだ魔物で溢れ返っている。だから、その魔物達を僕と一緒に倒して欲しい」
「わかりました!」
チェリードは元気良く返事をした。
「わかりました」
「わかりました、父上!」
それに続いてジェイルとデセリンも返事をした。
「ありがとう。じゃあ僕とチェリードがこっちの方を、ジェイルとデセリンは反対側を頼むよ」
「ち、父上! なんで僕じゃ……!」
寂しそうな顔をしながらデセリンは聞くと、
「チェリードには僕の盾になってもらおうかなって」
と笑顔で答えた。
「え、そんな理由で!?」
「ハハ、冗談だよ! 単純に役割の問題だよ、デセリン」
デセリンは少し不満げな表情を見せたが、仕方がないと納得したようだ。
「じゃあ、二人とも、そっちは頼んだよ」
「はい! 父上もお気を付けて!」
こうして、多少の準備を整えた後、四人は二手に分かれ、町に蔓延る魔物を倒すため走り出した。
――――やはり、勇者さえいれば自分は必要ないのでは?
ロイド、チェリードの魔物討伐はスムーズに進んだ。…………と言っても、チェリードは出る幕がなく、ロイドの単独撃破がほとんどであった。
「大丈夫かい? チェリード」
「大丈夫も何も、俺何もしてませんけど!?」
「まあまあまあ」
その後も結局全ての魔物をロイドが倒し、退屈になってしまうほどチェリードは何もしなかった……いや、何もできなかった。
しばらく戦い続け余裕が出てきた頃、ロイドはチェリードに一つ質問を投げかけた。
「チェリード、もし自分に絶大な力があったら、それをどんな風に使う?」
「力……ですか?」
「そうだ」
力……今の自分にとって、必要なもの。非力な自分にとって、何かを成すために必要なもの。
しばらく考えた後、チェリードはこう答えた。
「誰かを……大切な人を守るために使いたいです」
「そうか……君にぴったりだと思うよ」
その時のチェリードの真剣な眼差しが、ロイドにとってはやけに印象づけられたようだった。
――――父上、僕の憧れの父上。
一方、ジェイルとデセリンの方はというと、
「くっ……! 手強いな」
「だが、負けるほど強くもない」
あの二人のようには行かず、少し苦戦している様子。
『『ウボオオオー!』』
「〈上級岩魔法〉!」
「はぁッ!」
しかしながら負けているわけでもなく、少しずつだが魔物の数を減らしていた。
そうして余裕が生まれてきた頃、デセリンもまたジェイルに疑問をぶつけた。
「ジェイル、なぜチェリードの『あの姿』を見た時、あんなに怒ってたんだい?」
「あぁ、あれか」
ジェイルは建物の壁に寄りかかると、少しだけその理由を語り始めた。
「昔、あいつに殺されかけたことがあるんだ。結局誰が殺そうとしたのかはわからなかったが、そいつの見た目は全身が赤黒く染まっていた、正にあいつのような見た目だった」
「そうか、だから……」
「あぁ。それに…………」
ジェイルはその後何かを言いかけたが、険しい顔をしながら口を噤む。
「ジェイル?」
「気にするな。結論、俺がただ恨んでる、それだけだ」
そして、どこか悲しそうな表情のままジェイルは空を見上げ、地面を見つめた。
その後、四人は国の入り口の門の前で合流した後、
「え、折角会えたのに……」
「まあやることがたくさんあるからな」
ロイドは「魔物討伐のため隣の国に行く」と三人に伝え、そこで別れを告げた。
「まあまた会えるさ、デセリン」
「うん……そうだよね」
そして三人は師匠達とも合流し、ひとまずこの一件は解決ということになった。
・暗黒の騎士について
名前は「ヴァルトール」。五十年前から姿を現した、半不死身の魔物。
死んだ魔物を蘇らせた「亡霊軍」を作り、生物の命を狩り取る冷酷な騎士。兜の中からは深緑色の瞳がぐらぐらと揺れている。
ロイド・フリーツ・ワーグナー
固有能力「天・禍・災・光」
光と闇、そして聖なる勇者の力が織り成す、勇者最強の必殺技。全ての魔物に対して特効がある。
デセリン・ワーグナーの父親であり、かつての勇者。現在は遠くの村で静かに暮らしているが、非常事態の時は駆け付けてくれる。
※申し訳ございませんが、本小説はここで終了です。
更新されることはありません。




