第61話「混乱」
それから数日、王国全体は未曾有の事態に見舞われることになる。
チェリードの感じた予感は既に、感じていたその瞬間に的中していたのだ。その日の夜、どこからともなく現れた魔物が王国内の町を襲ったという。
幸い魔物の数は少なかったため、警備をしていた者によって討伐され事なきを得る、はずだったのだ……
「おい! 国からの救援はまだなのか!」
「それが、人手が足りないようで…………!」
「くそっ! 何が起きてるんだ、この国で!」
次の日以降も、魔物は現れた。しかもその魔物の強さは、日を追う毎に強まっていく。
現れる魔物も十、二十、三十と数を増していき、最初はスライムのようなか弱い魔物だったのが数日後には骸骨騎士のような強力な魔物に変わっている。
もはや普通の門番、兵士では歯が立たなくなってくると、国の方から騎士が派遣されることも少なくなかった。
この未曾有の事態に、オルタール王国は町中の冒険者を集わせ魔物を打倒する政策を立てるも、人数が足りず、魔物の殲滅を目標としたこの作戦もいまいちな状況であった。
そして、
「は、俺たちが戦うの!?」
彼ら弟子の五人も、その魔物の襲来に立ち向かうことになった。
「ああ、人手が足りないらしいからね。まあ慈善活動みたいなもんさ」
「えぇ~……まじかよ」
「まあ良いじゃないかチェリード。どうせ学校だって休校なんだ、暇をもて余すよりはよっぽど有益だしね」
確かにデセリンの言う通り、この非常事態で学校が休校になっている。加えて王国は避難警告まで出す始末だ。
(この状況下なら大人しくするのが普通だろ……)と思いつつも、この場で乗り気ではないのが自分だけだと気づいた時、結局行かざるを得ないのだと悟った。
「まあそうだなー。このままじゃ放って置くわけにもいかないし…………よし! やるか!」
「じゃあお前たち、準備はいいね?」
治療薬を詰め込んだ鞄を背負い、一同は一斉に声を上げる。
「よし! じゃあ魔物退治に出発するよ!」
そして師匠の掛け声で、師匠と五人の弟子は王国目指して出発した。
~オルタール王国学校前~
王国は既に魔物で溢れかえっており、そこに住む人々は混乱しきっていた。
宛も無くただ魔物から逃げる者、勝ち目がないのに立ち向かう者、ただ唖然と殺されるのを待つ者…………
あの師匠でさえ、この凄惨な光景に驚嘆している。
「くっ……! まさかここまでひどいとは」
「あまりにひどすぎる……これは……」
「メロとリーナは怪我人の手当て、三人は魔物を倒してこい! いいね!?」
「「はい!」」
「よし、行こうチェリード、ジェイル!」
「あぁ!」
「フン」
こうして二手に分かれて行動することになった弟子達。しかし、これが後の戦況に影響するとは、まだ誰も知り得ることができないのだった……
「『反射壁』!」
「〈上級水魔法〉!」
「はぁっ!」
王国の中心へ向かった三人は、迫り来る敵をばっばったと薙ぎ倒していく。現れては倒し、現れては倒し、現れては倒し………
しかし耳にしていたより随分と弱く、三人ともその呆気なさに少し困惑している。
「おい、こいつら弱くねえか? てっきりもっと強いのがいるのかと……」
「甘いなチェリード、強い奴は国の中心にあるお城にいるんだよ」
「あ、確かにそうか!」
「おい、油断するなよ」
その道中、これといって強力な魔物は現れず、三人は気付けば城が目の前にあった。
そしてそこで、彼らは目にしてしまった。
「こ、これは!?」
「ッ……まじかよ」
噴水を囲むように積まれた兵士の死体、一面に広がる血の海、そして死体の奥に見える、暗黒の騎士の禍々しい兜。
「あ、あいつは……」
デセリンがその存在に気づき一歩前に踏み出した瞬間、騎士は彼らを認識した。そしてその深緑色の瞳が見えたその時、デセリンの本能が逃走を求めた。
「!? まずい! チェリード、早く『防御壁』を――――!」
しかし呼び掛けるのが一足遅かった。チェリードが彼の声に気づいた時にはもう、瞬く間に放たれた闇の斬撃は目と鼻の先まで距離を近づけていた。そして、
チュドーーンッ!!
――――命中した。
『………………』
高速で放たれた攻撃を避けるなど、今の三人では成せるわけがなかった。あるいはその攻撃に予め気づけたとして、それを完全に防御しきることができただろうか。
しかし、騎士は微かに見ていた。斬撃が命中する寸前、桃髪の少年が障壁を展開していたことに。
「はぁ……はぁ……チッ、不意打ちか……」
「よく防いだな、チェリード……」
「いや、当たる直前、気付いたら展開してて…………」
まさかあの不意打ちを防ぐとは思ってもみなかった両者は、互いに向き合う。
『貴様ら、止めに来たのか』
暗黒は騎士は聞き取りづらいほど低い声で三人に尋ねる。
「うわっ喋れるの!?」
『我々のような上位の魔物ならな。しかしそんなこと、端から気にする必要は無い』
騎士は背中に収められた剣を抜刀し、剣を三人に突き立てた。
『我々と同胞は生き人を狩り取るためにこの地へ降りた。いざ尋常に勝負』
「チェリード、デセリン、来るぞ……!」
「!!」
噴水を飛び越え、最初に斬りかかるのは暗黒の騎士。三人は左右に避け、デセリンは魔法で、ジェイルは鎖で作製した剣で応戦した。
「食らえ!」
「はぁぁ!」
しかし身に纏った鉄黒の鎧は何事もなかったように弾き、反撃の一撃を食らわした。
『やはり子供にしては善くやる方だ』
「くっ……そぉ……!」
「まずいな……」
二人は切り傷を負ったが、まだ戦えそうである。それより問題なのは、恐らく相手に通用する攻撃手段を持ち合わせていないということ。
「二人とも!」
「チェリードは防御に徹してくれと助かる。僕たちはその間に……」
「突破口を切り開く」
チェリードは「防御壁」を展開しながら、二人と共に騎士のいる方向へ向かう。
しかし、
『甘い!』
「んなっ!」
展開してすぐ騎士の一太刀によって割られてしまった。
『そのような代物は直前まで隠すべきだ』
「くっ……! 二人とも、頼む!」
「「あぁ!」」
だがここで終わらないのがこの三人。この一瞬騎士の体が停止するのを見計らい、二人は鎧の隙間に狙いを定め、今放てる最大火力の攻撃を与えた。
「『雷槌・ボルテッカハンマー』!」
『ほう……』
ジェイルが鎖にハンマーで騎士の兜を吹っ飛ばし、
「〈融合魔法弾〉!」
瞬時に生成した魔法弾を暗黒の中へ押し込むように放った。
が、何も起こらなかった。
「「!?」」
『貴様ら、やはり見る目があるな。だが!』
〈融合魔法弾〉は現状デセリンが放てる最強の一撃だった。それなのに無傷、いや、まるで攻撃が無かったことにされている。
『それで我を倒せると思うな!』
「ぐはぁ!」
「くっ!!」
騎士は、子供ながらここまで戦えることに内心喜びつつも、手加減のつもりで二人を思いきり蹴飛ばした。
「デセリン! ジェイル!」
『では次は貴様の番…………ん?』
騎士が不審そうに自分を見ている。
『貴様、それは何かの冗談か?』
ふと自分の体を見ると、無数に現れた切り傷が自身を痛めつける。
――――またあいつが現れる。
「あぁ、なるほどな」
『?』
「よし、来るなら来い! それであいつをやっつけろ!」
『ふむ、訳がわからないな』
「まあ見てろって。さあ現れろ!」
チェリードの掛け声をトリガーに、赤と黒に染まる竜巻が彼を渦巻いた。
・暗黒の騎士について
正式名称、現在不明。
死んだ魔物を蘇らせた「亡霊軍」を作り、生物の命を狩り取る冷酷な騎士。兜の中からは深緑色の瞳がぐらぐらと揺れている。




