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第60話「図書室の魔女」


 ――――あの日から、チェリードはおかしくなってしまった。



 来る日も来る日も、彼は図書室に行っては本を読んでいる彼女の元へ駆け寄って初恋の男子のような初々しさで話しかけるのだ。


「あれはまずいだろうね、さすがに」


「ど、どうしよう…………」


「最近僕たちのこと無視するのも関係あるんですかね?」


「リド……何があったんだろう」


 言葉通りに人が変わってしまったチェリードに、師匠とその弟子は頭を悩ませていた。


 事態は思っているより深刻だった。口を開けば「ハーネム」「ハーネム」と四六時中言葉にしている。学校でも人目を気にせず、恋心を露にする彼の姿はあまりに恥ずかしくて見てられない。



 とはいえ、これといった解決手段も無いまま一ヶ月が過ぎてしまった。何をするにしても支障を来す彼が本格的に邪魔になった師匠は、あれを野山にでも捨てようかと迷うほどに心を痛めていた。


(((まずい……本当にまずい)))


 いかなる回復魔法も効かず、教会に行っても進展がなかった今、もはや解決の可能性は一つに絞られていた。


「師匠」


「ああわかってる。でも危険だ。相手が未知数すぎる」


「で、でも! ここで動かなきゃ、チェリードをまじで捨てに行かなきゃなくなります!」


「そ、それもそうか…………」


「師匠っ! お願いします! リドを救うために!」


 二人の必死の説得により、師匠はついに決意する。


「わかったよ、お前たち。でも無茶はしないよ、いいね?」


「「はい!」」




 ――――かくして始まった“図書室の魔女打倒作戦”。


 夕方から夜にかけてハーネムの帰るのを待ち、校門を出て少しの所で待機し、奇襲を仕掛けるという作戦内容の元、デセリン、リーナ、ジェイルは行動を開始した。


「チッ、なんで俺が」


「いいじゃないか、別に」


「そうそう! それにジェイルも嫌でしょ? リドがずっと『ハーネムが~ハーネムが~』って惚気てたら」


「…………はぁ」


 無理矢理連れてこられたジェイルは乗り気ではなさそうだが、二人は依然としてやる気に満ちている。


「じゃあこっからは別行動。ジェイル、標的が出てきたら合図を出してくれるかい?」


「了解」


「リーナは僕と一緒に待ち伏せしよう」


「うん!! わかった!」


 こうして、校門付近の茂みにはジェイルが、ハーネムの通学路にはデセリンとリーナが待機することになった。


 太陽がまだギラギラと輝く中、時折汗を滴しながら三人はその標的の帰りを待ちわびた。



 そして、


「ついに来たか」


 ターゲットが姿を現した。


 笑みを浮かべながら歩いている彼女を見た瞬間に、ジェイルは予め用意しておいた鎖を小さく鳴らした。


「!」


「どうやら現れたみたいだね」


 二人のいる場所まで伸びた鎖を伝って音が彼らの耳に届いた。


 待つこと五分、ついに二人の視界に彼女が写り込む。


「「(来た!)」」


 彼らはギリギリまで引き付けてから奇襲を仕掛けようと、今すぐに攻めようとはせずその場で待つことにした。


 ハーネムは思ったより歩くのが遅い。歩幅が小さく、それでいて時々寄り道をするからだろうか。


「(ねぇ! まだ行っちゃダメ?)」


「(もうちょっとだけ待とう。絶好の機会を伺うんだ)」


「(ええ~~!?)」


 二人と彼女との距離、おおよそ30メートルを縮めるため、二人は辛抱強くじっと耐えた。



 ――――25、20、15…………距離が近づくにつれ、緊迫感も増していく。


 そしてもうすぐ距離が無くなるというところで、


「かくれんぼ?」


 と彼女は呟いた。それに驚いたリーナが立ち上がってしまったことで、


「あっ、何やってるんだ!」


「あ、ごめんっ!!」


 隠れていた二人は共に標的にバレてしまった。


「なんで立ち上がっちゃうんだ、君は!」


「だって私たちのことバレちゃったのかなって――――」


 作戦が失敗したことで二人が揉めていると、ハーネムはおもむろに低木を指を差す。


「見いつけた」


『キュキュ!』


 彼女が言っていたのは、このウサギの魔獣(モンスター)のようだった。まんまと騙された二人は腹をくくり、強攻突破を試みた。


「今さら引くわけにも行かない。せめて、チェリードだけでも治してもらおう!」


「?」


「うんっ! わかった!」


 状況がわからないハーネムと、自棄になって彼女を倒そうとする二人。


「はあああっ!」


 先攻は当然デセリン、彼女の油断を突くため〈中級氷魔法(フリーガル)〉を放つ。四肢を狙った氷の刃は弧を描きながら彼女を襲う。


「行っけーーっ!」


 続いてリーナも、背中に装備している槍を取り出し、真正面から突きの一撃を仕掛けた。


 ハーネムは不思議そうに二人を見ながら、軽々と跳びはねながら後ろへ下がった。


「あ、リーナ危ない!」


「え?」


 とここで不運にも、山なりに飛んだ氷魔法が落ちる地点と突き進んでいくリーナの位置が重なり、結果的にデセリンは味方を攻撃してしまった。


「え、ちょっとデセリン何やってるの!? 足が固まって動かないんだけど! あと手も!」


「そっちが勝手に突き進んだんだ! 僕は『横か後ろから攻撃』って伝えたと思うんだけど?」


「え~!? でも攻撃したのはそっちじゃんっ!」


「あぁ~(もしかして相性悪いのか、僕たち)…………もういいからそこで待ってて、あとは僕が何とかするから!」


 その後デセリンが果敢にも猛攻を仕掛けるが、ありとあらゆる攻撃はハーネムを前に無力だった。


「くっ……なんで当たらないんだ…………?」


「フフフ…………」


 彼女はただ笑うだけで、攻撃をしてこない。


(このままじゃ埒が明かない。一旦引いた方が賢明か)


 このままだらだらと攻撃しても無意味だと悟ったデセリンはリーナの氷を溶かしたのだが、ここで


「?」


 いつの間にかハーネムの両足には鎖が巻き付けられていたことに気づかされる。


「ジェイル!?」


「デセリン、時間かけすぎだ」


 そしてジェイルが手に持っていた鎖を勢い良く引くと、彼女の体は両脇に生えている木にくくりつけられた鎖によって宙に拘束された。


「すごい! 一瞬で捕まえちゃった!」


「相変わらず手際が良いな、君は……」


「デセリンほもっと経験を積め」


 ジェイルの肩に置かれたデセリンの手をどかして、彼は縛られたハーネムを呼んだ。


「俺の仲間があんたにべっとりで困ってる。どうにかできないか」


「あぁ、あの子のことね」


 この状況に全く動じないハーネムはしばらく考えた後、


「いいよ。元に戻してあげる」


 と、あっさりとチェリードのあの状態を治してくれると言ってくれたのだ。


「え、いいの!?」


「いいの、あれは私の()()だったから」


「実験?」


「そろそろ、下ろしてくれないかな」


「ああ」


 彼女の言った言葉にデセリンは疑念を抱くも、それを聞き出すことはできず、結局その後はハーネムに謝ったあとに別れてしまった。


「実験ってなんだろう…………」


「も~デセリンまだそれで考えこんでんの? もう夜ご飯だよ」


「いやでも、学年一位なんだ、何かあるに――――」


「デセリン、飯が冷めるよ」


「あ、ごめんなさい」


 デセリンは彼女の発言がよっぽど気になるのか、帰ってからというもの常にそのことについて考えていた。


「そうそう、別に考えるのは後でもできるじゃんか」


「お前も少しは反省しろ、チェリード」


「はい…………」


 意外なことに、家に帰った時にはチェリードはいつも通りの彼に戻っていた。ハーネムのことを聞いても「あー、紫の髪色のあの子か」と、まるで自分とは顔見知りの人ですよと言わんばかりの返答ばかりが返ってくる。


「しかし、ハーネム・ウェディンは本当に魔女だったのか?」


「少なくとも関係はありそうだけどねぇ、あの娘」


 結局、彼らは彼女が魔女であるかどうか知ることはできなかった、唯一知っているチェリードも、また記憶を失ってしまったのでその真意を知らない。



「てかさ」


「ん?」


「最近なんか不可解なこと多くない? 前の亜怪とか、今回の魔女? のこととか」


 チェリードが皆の方を向いて聞くと、


「確かにそうかもね。僕も最近、道端ですごいレアな本を見つけたよ。図書館に届けたら『突然消えたから見つかって良かった』って」


「わ、私も、友達と話してる時話が噛み合わないことが多い、かも…………」


 皆口々に最近起きた不可解な出来事を挙げていく。


「この頃は魔物(モンスター)がやけに活発化してるからね。もしかしたら近々何か起こっちまうかもねぇ」


「じゃあもしかしたら……」


「こっちの方に来る、なんてのもあり得る。お前たち、魔物が落ち着くまで十分に気を付けな」


 師匠もまたそれを感じているらしく、五人の弟子達に気を引き締めるよう強く言いつけた。




 ――――最近は不安の風がよく吹く。


 これからの行く先でも暗示しているのだろうか……いや、そうでなくとも…………


(なんか、嫌になってくるよな)



 ――――今日はやけに寒い風が部屋に入り込んできていた。

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