第59話「魔女の使い魔 Ⅱ 」
「で~はではでは。早速始めさせてもらいましょうか、哀れな皆さん方」
屈託のない笑顔で司教は夢魔に取り憑かれた人たちを集める。その中にはマトマもいる。
「あっ、マトマだ……」
「知り合い?」
「あぁ、最近できた友達」
「ふーん」
疑っているのか、リーナは怪しそうにこちらを見ている。
「いや、本当だって……」
「さあさあさあ! 皆さん始めますからどうかお離れになりますよう願います」
手の平に魔方陣が描かれた手袋を着け、皆を円を囲むように置いてから、司教は儀式を始めた。
「はい、これで終わりですよ。皆様方!」
儀式は予想以上に早く、いや、本当に一瞬で終わってしまった。
師匠が行ったお祓いとは打って変わって恐ろしいほど早く終わってしまった。こんなにあっさりしてて良いのかと、チェリードは元気になった人たちをまじまじと見つめている、
「メロちゃん!」
「あ、リーナちゃん」
「よかった~! 元気になってくれて!」
「えへへ……」
リーナがメロに抱きついているのを横目に、彼はマトマの元へ真っ先に向かう。
「おぉ、お前、来てたのか。昨日ぶりだな……!」
彼は至っていつも通りの調子だった。
「あぁ、もう大丈夫なのか?」
「もちろんだ。てかなんでお前はここに?」
「いや、『マトマが死んだ』なんて聞いたら…………想像しちゃうだろ?」
ぽかんとするマトマだったが、その意味を理解したのか直ぐ様笑い出す。
「そんなわけあるか! 全く、お前は心配性なんだな」
「そ、そうだよな。ハハハ…………」
半笑いを返しつつ、よろめきながらゆっくり立ち上がるマトマを支えていると、
「おやおや、二人はお友達でしたか」
また司教が二人の間に入り込んできた。
「この人が助けてくれたんだ。感謝しないとな」
二人はお礼をしようと頭を下げると、申し訳なさそうに司教はお辞儀を止めさせようとする。
「いやいやそれほどでも、いいんですよこの程度のこと…………」
しかし、マトマの顔を見た彼は
「しかしながら君の状態は中々のものでしたよ? よっぽど魔女に嫌われたんでしょうね、故やら由やらは存じ上げませんが」
と苦笑した。
「あの、さっきも言ってた魔女って」
「あぁ、存在しませんよ。もう既に消滅しましたので」
「え? それじゃあ矛盾してるんじゃ」
「そうなんですねぇ、矛盾してるんですよねぇ」
司教の言い方にイラッと来たが、彼は至って真剣そうだった。
「本来、ここまで重症になるなんて不自然で違和感があるんですよ、私としては。嗚呼恐ろしい……」
「………………」
「もしかしたら、消滅したはずの魔女が復活!? いやはや、考えたくないものです」
この司教が恐れるのだから、きっと「魔女の復活」というのはいささか恐ろしいことなのだろうか。しかしそんなこと、微塵も理解していない彼にはわかり得ないだろう。
しかしチェリードには疑問が一つあった。夢魔によって死亡したのはマトマのみ。それ以外は死ぬどころか死とは縁が無さそうな症状に悩まされただけだった。
なぜよりによって、マトマだけがこうなってしまったのか。
(魔女の復活って司教さんは言ってたけど……もしいるのなら、それは学校の中にいるってことだよな)
師匠も言っていた「魔女」の存在…………そればかりが気になってしょうがないチェリードはその正体を掴みたくなった。
「まあとはいえ、詮索は止めといた方が良いでしょう」
「え、なんで!?」
「不謹慎な存在なんです、魔女という忌まわしき人は! 関わったらどうなるのか、見当も付きません」
「はぁ…………」
しかしながら「詮索するな」と言われたら却って詮索したくなるもの。
続々と教会に来た人達が帰り始めた頃合いを見計らい、師匠達にばれないようにチェリードは一人学校に向かう。
(魔女がなんなのか、あんなこと言われたら気になるに決まってんだろ!)
まだ日が沈みきるまで時間がある。校内にもまだ人がいるだろうという勝手な推測を立て、誰が魔女か、静かな校舎の中を探すチェリード。
とここで、マルーサとの会話を思い出す。
『なあ、いつもより少ないな』
『確かに。それも全員大人しい奴ばっかりじゃねえか? てか頭良い奴も来てないのがちらほらいるな』
『そういえばメロも、『今日は悪いから』って、学校休むって言ってたな……』
(大人しいやつ……大人しい奴が行きそうな場所…………図書室か!)
チェリードはすぐに図書室に向かった。ちなみに校舎には誰もいなかったので、走って図書室へ向かった。普通は廊下を走ると先生に怒られてしまうのだが、その心配もない。
すると、図書室に着いた時に冷や汗が背筋を伝う感覚に陥る。
「!!」
何か恐ろしいものが扉の奥にいるような……いや、あるいは想像している「魔女」が本当にいるかのような…………
ひどく緊張した手で恐る恐る扉を開けると、
「また、会ってしまったのね」
魔女などとは程遠い、あの少女がいた。
「また?」
「あ、ごめんね」
このやり取りは二回目だが、そのことを彼は覚えていない。
「〈記憶付与〉」
彼女はチェリードの頭を撫でながら唱える。
「思い出した?」
瞬きした瞬間、脳裏に彼女との記憶が蘇る。
「ハーネム……」
そう呼びかけると、ハーネムは儚げな表情で笑った。
「ウフフ、良かった」
二人の距離が近いことに今更気づいたチェリードは彼女に戸惑いつつも、早速本題に入ろうと一方的に問いただす。
「なあ、ハーネム。ハーネムは、その……『魔女』なのか?」
その言葉を聞いた瞬間、ハッとしたような表情を見せた後、また優しく微笑み、
「そうだよ、チェリード君」
と当たり前のようにハーネムは答えた。
「!?」
「私、魔女なの」
「え、いや、でも、え」
突然のことに言葉を詰まらせる。
「私、図書室の魔女なのよ」
当惑する彼に、彼女は更に付け加えた。自分が「図書室の魔女」であると。
「言いたくなかったんだけどね」
「え、なんで……? なんで、ハーネムは……」
頭の整理が追い付かなかった。ただ彼女が魔女であるというシンプルな事実を前に、チェリードは要らぬ思考力を費やし、脳内をめちゃくちゃに掻き乱していた。
彼女自身、彼にとっては謎と不思議で溢れた存在だからより一層収拾がつかなくなったのだろう。
すると、
「なんでって、それはね…………」
まるでチェリードを面白がるように笑いながら近づき、真横に来て、
「君のこと、好きだから」
と耳元で囁いた。
「……………………!」
――――心臓が一瞬止まった。
とにかく言いたいことがたくさんあった……ような気がする。
しかし閑散としたこの図書室で、それらは「好き」という言葉の余韻に流れてどこへ行ってしまうのだ。
そもそも、ハーネムのことを一目見た時から既に、ただただ綺麗な髪に見惚れていたことに気づく。加えて、全てを見透かしたような紫色の瞳や、可愛らしくも大人びた雰囲気、思わず勘違いしそうな言動にも。
「恋」に、落ちてしまった。
それを考えるだけで、呼吸すら忘れてあの少女のことを思い出してしまう。
ハーネム・ウェディン
固有能力「?????」
図書室によくいる可憐な少女。紫色の髪と目が特徴的で、ハスキーボイスも相まって不思議な印象を植え付けている。
正体は、図書室の魔女。




